【6章-4話】無表情少女とズル休み
「―今日の指導はここまで…っ!」
タビアストの宣言で、第2回目の指導が終わる。
今日、メリア達がしたのは、説明されたように連携をする練習と詠った、超スパルタ訓練を行った。
内容としては2人で合わせて魔法陣を展開し、結界に向かって攻撃を打つということが目的だ。
だが、タビアストによる強化しまくった結界により、展開が上手くいっていなかったり、詠唱が狂っていたりしたら即反撃が来るという残酷な仕掛けが作動するので、恐怖でしかない。
(やだやだやだやだやだやだやだやりたくないもうやりたくないもうやりたくないやりたくないやりたくない)
仕掛けが作動する度、メリアのメンタルは抉られる。
自身でも感じない魔力の漏れ、魔術式の空白。
それだけでも即攻撃が来るのだ。
そして一時的な現実逃避の手段としてあった、人格転換も出来ない、気絶しても代わらないのだ。
気絶した時はまあ良いのかもしれないが、ずっと使ってきた現実逃避手段を禁じられたのなら、メリアのメンタルは2倍以上に抉られる。
メリアが歩く姿は、闇を感じるざるを得ない。
(帰ろう。うん)
メリアは前回と同じようにさっさとその場を去り、廊下を歩いていた。
途中、ひとつの空き教室の扉の空いた隙間から、複数人が話をする声が聞こえた。
「―――?」
「―――!?」
「―――っ」
明確には分からないが、時折詠唱のようなものも聞こえる。
(…何かしてる、なのかな…?入ってみる…?いや怖い怖い怖いっ怖い怖い怖い)
空き教室前で明らか怪しくウロウロと歩いている姿は誰もが見ても不自然極まりないが、何かの節目で立ち止まると、空き教室の前に立つ。
(…覗くだけ。覗くだけ)
両目を出せる分だけ顔を出して、警戒しながら中を見る。
目を動かして人物を探すが、右側に棚があるくらいで、人らしき陰はあまり見当たらない。
(あれっ……。もう少し中に…)
メリアが更に中側に体重をかけると、その拍子に片足を扉にぶつけてしまった。
「いったっ…」
痛みで小さく声に出すと、中からはっきりと声がした。
「……誰かいる?」
(っ……?!)
息を殺すと、静寂の中で足音が聞こえる。
それも、段々と近付いてくる。
人がいたのはメリアが覗いていた範囲の死角だったのか、右側の棚の方角の場所から足音が聞こえてくる。
(もういっそ入っちゃう…?)
そんな考えが浮かんだ時には、メリアの片足はとっくに中に入っていた。
その途端、背後から詠唱が聞こえ、手を力強く引かれる感触がした。
こんな強く引けるのは男子生徒、或いは教師位だろう。
後ろを振り向くと、意外な人物に驚かされた。
(…無表情少女様っ!?)
自身が勝手に付けた2つ名?だが、この時初めてしっくりくるなぁ、と実感した瞬間になった。
メリアが無表情少女の方をまじまじと見つめていると、無表情少女とその通り無表情のままで目が合う。
(あれ…、片方の目の色…?)
直ぐに無表情少女は空き教室に目を戻したが、頭の中に直接声が流れてきた。
(そんなこと考えてないで今の状況を考えたら…?)
『え、無ひょ…』
(いいから黙ってて)
結界書法魔術を操っているのは魔力なので物理的に何をしても無意味だが、無表情少女はメリアの口元を掴む。
(…っ!)
(後で話すから、今はとにかく何もしないで)
(は、はいっ…!)
メリアは咄嗟に俯いて目を固く閉じる。
そうこう会話してる間にも、足音はもう近くまで来ていた。
しかし、そこから足音が無くなった。
しばらくすると、次第に足音が遠くなり、話声が戻った。
「……来て」
無表情少女はいつの間に展開していた魔法陣を閉じると、メリアを強引に連れてその場から離れた。
引っ張られて廊下を歩いていたメリアの頭は、次の授業のことでいっぱいになっていた。
指導の終わりから次の授業までには休憩は10分も無い。
(どうしようどうしようどうしようどうしよう次の授業でまた怒られるかも…。…それは流石にやだ…。けど…)
時々見える廊下の時計を見ると、もう既に授業が始まって15分が経っていた。
昨日のように怒られる姿を想像するだけで自然身震いしてしまう。
空き教室から随分と遠ざかり、メリアは何処にいるのか全く分からない。
辺りで、無表情少女は握っていた手を解く。
「授業も始まったようね…。これで何回目のズル休みかしら」
指を折って数える姿に、メリアは説明を求められずゾッとした。
(多い…)
「…まぁ、いいかしら。メリア・ファスリード。貴方、多重人格で人前で声が出せないって聞いた割に、随分と好奇心旺盛なのね」
『…え、えー、えっと?』
「私、人の心…心理操作とか、心理視が出来るの。産まれてからずっと」
(心理操作…)
魔力を持つ者の中には、極僅かだが先天的能力を持つ者もいる。
能力は身体操作を持つ者、心理操作を持つ者など様々ある。
先天的能力を持つ者は、魔術で扱う方法とは異なった方法で使い方をするのだ。
思えば、無表情少女に思い当たる節はあった。
異様に詠唱が短かったり、片目だけ目の色が一時的に変化していた。
無表情少女は腰に片手を当てていたが、メリアがポカンと自分を見ているのを見ると、その場に沈黙が続く。
ようやく無表情が崩れ、疲れたような顔で額に手を当てて言う。
「…無表情少女無表情少女って……。言わないでおこうと思ったけど、…気が散るからもう名乗るわね。私はラウィーヌ・ホリアベリン。2年生」
『宜しくお願いします…』
「宜しく」
(…)
メリアが何も言わず黙り込むと、無表情少女―ラウィーヌは小さい溜息をついて言った。
「あぁ、さっきの空き教室の話もしなきゃならないから。何処か無いかしら…」
ラウィーヌは顎に指を添えてわざとらしく声を出す。
「ズル休みの出来る場所…。誰か……」
そこで止めて、一方を見つめると、更にわざとらしく声を出す。
「…そこにおられる御二方。是非、御一緒にいかがでしょうか」
ラウィーヌが差した方向にいたのは、話しながらこちらに向かってくる、ナウアールと青年の2人だった。
ナウアールは手に持っていた本を閉じると、ラウィーヌに返事を返す。
「…いいね。折角なら生徒会室に招待するよ。久しぶりのズル休みだ」
「…そうですか」
ラウィーヌに誘われたナウアールと青年は答える。
(バレませんようにバレませんようにバレませんように…。あ、詠唱…星…)
メリアは真昼間にあるはずの無い星を探す。
ラウィーヌはまた無表情に戻り、皆バレないように、と慎重に足音を忍ばせながら生徒会室へと向かった。




