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すれ違い夫婦はメモで事件を解決します

すれ違い夫婦はメモで事件を解決します~2・書店社長殺害事件~

作者: 出雲ノ阿国

「うー。さむっ」


 広田研人は凍えた身体を抱きしめるようにして帰宅した。寒さが厳しい1月10日。しかも今日は都内でも雪が降るような気温だ。寒がりの研人には厳しい状況である。自宅の暖房を入れ、ついでに冷蔵庫から鍋を取り出し、温める。昨日大量に作っておいたカレーの残りだ。

 ぐつぐつと鍋が煮立ってくると同時に、部屋もやっと暖まってきた。それでようやく人心地ついた。炊飯器を見ると白米が。出勤前の妻が炊いたものがまだ残っている。彼はこの都内のマンションで妻の茜と二人暮らしである。しかし、今は家に一人。茜はまだ仕事中だ。最近では珍しくもなくなった共働き夫婦である。

 ただ、二人の仕事内容が問題なのである。研人の仕事はトラックドライバー。その出勤時間は未明で、帰ってくるのは夕方4~5時頃。一方の茜は塾講師。昼頃に出勤し、帰宅は午後11頃。平日は全く生活リズムが合わない二人なのである。そのため、顔を合わせるのは土曜日の昼から日曜の夜という一日半ほどしかない。

 そんな二人だから、最近は徐々に距離が空きつつあった。単純接触効果とはよく言うが、その反対で、会わない分会話も弾まなくなっていった。それがここ一年の話である。ところが、つい一ヶ月前、ある出来事をきっかけに、二人は少しずつ話し始めるようになった。その出来事とはーー

 


ピンポーン



「ん?」


 ちょうどその時、来客のようだ。研人は一旦鍋の火を止め、インターホンへと向かう。すると、そこに写っていたのは、


「勇樹か」


「うん。兄さん、遊びに来たよ」


 研人の弟、勇樹だった。彼は警視庁捜査一課に勤務する刑事である。そしてそんな彼が一ヶ月ほど前、とある殺人事件の資料を持ち込んだことがある。それを研人が読んで犯人の予想をメモに残し、さらに茜が資料と研人が残したメモを読んでその犯人のアリバイを崩したのだ。ミステリー好きな二人は、メモを通じて事件の真相を言い当てたことで気分がよくなり、徐々に会話も生まれ始めた、という出来事があった。


「おじゃましまーす」


 研人はエントランスから上がってきた勇樹を部屋に上げる。今日も非番らしくラフな格好だ。こうして改めて見てみると大学生にしか見えない。これが現職の刑事だとは、街ゆく人は誰も思わないだろう。


「お?いい匂い。カレー?」


 その勇樹はリビングに入るなり鼻をひくつかせ、期待のこもった目で研人を見つめる。研人はため息をつきつつ、食っていいぞ、と言った。まあ元々量が多かったから、むしろ助かるかもしれない。勇樹はやったーと言いながら皿に白米とルーを盛り付ける。


「で、何の用だ」


 二人でカレーを食べながら研人はそう尋ねた。前回この弟が遊びに来たときには事件の資料を渡されたのだ。今回もそうかと思った。しかし勇樹はいやいや、と首を振った。


「兄さん。もしかして僕がまた殺人事件を持ってきたと思ってるの?やだなぁ。ほんとに遊びに来ただけなのに」


「そうか・・・」


「あれ?もしかして残念がってる?」


「そんな訳ないだろ」


「またまたー。強がっちゃって」


「黙れ」


 とはいいつつ、物足りなさを感じたのも事実だ。研人がミステリー好きというのもあるが、あれがあれば妻との会話が弾む気がするのだ。そういう意味でも不謹慎ながら若干期待していた研人だったが、勇樹は事件を持ってきていないようだ。

 しかしなぜか勇樹はニヤニヤ笑っている。その態度に研人が眉をひそめる。と、


「もー。仕方が無いから、これあげる」


 そう言って勇樹は紙の束をよこした。研人はそれを受け取り、ちらっと読む。冒頭には「事件があったのは1月5日の夜」とある。その後軽く読み進めていくと、殺人事件の記述だった。事件は持ち込んでいないとはなんだったのか。研人はジト目で弟を見つめる。


「おい。持ち込んでるじゃねえか」


「いやー。ほんとは兄さんに渡すつもりはなかったんだけどね。兄さんが乗り気だったから仕方なくだよ?」


「こいつ・・・」


 面倒くさい駆け引きをするやつだ。さっさと渡せばいいのに。事件が解けないんです!助けて兄さん!ってな感じで。かわいくない奴m。研人ははぁとため息をついた。

 勇樹はあははと笑った後、真面目な顔になった。


「犯人は絞り込んだんだけど、自供しないし証拠も出てこなくてね。だからちょっと難航してるんだ」


「ふーん」


 犯人を絞り込んだのなら俺の出る幕はないと思うが。自白を引き出したり証拠を見つけたりするのは警察の仕事だ。だがまあせっかくなら読んでみよう。そう思い研人は資料に目を落とした。


「何か分かったら教えてね」


「あいよ」


「じゃあ僕は帰るよ。ごちそうさま。おじゃましました」


「ん」


 勇樹には素っ気ない返事だけをして、研人は食い入るように資料を読み込んでいった。




☆☆☆




 事件があったのは1月5日の夜、東京の郊外にあるとある一軒家。庭付きのかなり大きな家だ。そこに勇樹はパトカーで急行する。すでに現場にはテープが張られている。勇樹はその家に入り、一階のリングへ。そこには既に彼の上司である林育三が立っていた。


「お疲れ様です、警部」


「おお、広田。遅刻だぞ」


「勘弁して下さいよ、警部。別の仕事を切り上げて急いできたんですから」


 一見責めるような口調だが、勇樹にはこれが林なりの冗談だと分かっている。林は大柄で無精ひげを生やした一見怖そうな顔だが、実は温厚で部下の面倒見もいい。声を荒げて怒った姿なんて、誰も見たことがない。だからこそ勇樹も安心して林の冗談に乗ることが出来るのだ。

 さて、と林はつぶやく。そして顔をきっと引き締めた。冗談はここまでだ。そんな無言のメッセージを感じ、勇樹も真剣な顔になった。


「さて、被害者は田中隆一51歳。和泉書店という書店を営む男性だ。第一発見者は妻の田中泉50歳と書店従業員の伊藤夏帆40歳。被害者はこの家に妻の泉と二人で住んでいたそうだ。二人の間には子供が三人。長男の田中優成28歳と次男の田中晴雄27歳と三男の田中和信25歳だ。三人ともこの近くで一人暮らしをしている」


 林は事件の概要をそう説明してくれる。息継ぎのために一旦間を置いたタイミングで勇樹は林に言う。


「へぇ。イズミ書店で奥さんの名前がイズミさんですか」


「ああ。漢字は違うがな。書店は和らぐに泉で『和泉書店』、奥さんの名前は単に和らぐがない『泉』さんだ」


「自分のお店に奥さんの名前をつけるなんて、被害者は愛妻家のようですね」


「かもしれんな。その被害者は2階の書斎で胸を刺されていた。ちょうど入り口のところだ。家は荒らされた形跡は無し。死亡推定時刻は午後7時から8時の間。そして通報があったのが午後8時半だ」


「そうですか。容疑者は?」


「容疑者は被害者の子供三人だ。どうも午後7~8時のあいだ、それぞれこの家を訪れているらしい。その時に被害者を殺したと俺は睨んでいる」


「なぜお子さんがこの家を訪れていると分かるんですか?」


「これをみろ」


 勇樹の疑問に答えるために林はリビングにあるテーブルを指さした。そこには時計が入った白い箱、ビニール袋に入ったシャツ、裸の灰皿。そしてそれらに付随して三枚の紙が置いてあった。


 まず、時計が入った箱の下敷きになっている紙にはこう書いてあった。

『父さんへ

ちょっと早いけどお誕生日おめでとう。プレゼントを置いておきます。

優成』


 次にシャツの上にセロハンテープで留められた紙にはこう書いてあった。

『父さんへ

一日早いけど誕生日おめでとう。仕事中のようなのでプレゼントを置いておきます。

晴雄』


 最後に、灰皿の下にある紙にはこうだ。

『親父

置いとくぞ

和信』


「どれも被害者への誕生日プレゼントだ。そして被害者の誕生日は明日らしい。つまりこれらは今日置かれたものだ」


 なるほど、と返事をしながら勇樹はそれらをじっと見つめる。

 まずは時計。ロレックスだ。それもなんと新品らしい。かなり高価なものだ。100万は下らないと思われる。シャツは、ゴルフウェアらしい。躍動感のある肉食動物のロゴが入った、白いシンプルなデザインのものだ。そして灰皿は・・・。は、灰皿・・・。透明に輝くごく一般的なもの。プレゼントとしてはなかなか攻めたチョイスだ。勇樹はそう思ったが、林が勇樹に問いかけたので一旦その疑問を頭の隅に追いやった。


「私はこの中の誰か一人が被害者を殺したと考えている。お前はどう思う?」


「ええ。部屋の中で殺されていたんならこの家を訪れた者が犯人でしょうし、僕もそれに賛成です」


 林の言葉にそう返した。家は荒らされていないなら泥棒の犯行ではないだろう。となるとこの家に自由に出入りできる人物で、かつ実際に訪れている三兄弟が容疑者と考えるのがしっくりくる。


「普通に考えれば一人目が殺したら二人目が、二人目が殺したら三人目が死体に気付くはずですよね。しかし死体に気付いたのは電話を受けて自宅に戻った奥さんと伊藤さん。ということは、殺したのは最後に訪れた人物でしょうか」


「その可能性が高いな」


 勇樹の推理に林も頷く。


「それに動機の部分だが、これだけ大きな家だ。遺産相続でもめていてもおかしくはあるまい。・・・ま、とりあえず事情聴取だな。最初に被害者の妻である田中泉さんと従業員の伊藤さんだ。こっちに待機してもらっている」


 林はそういって勇樹を田中家のある一室へ案内した。うっすらほこりをかぶった一室だ。独り立ちした子供のいずれかが使っていた部屋だろうか。そこにいたのは目を泣きはらした初老の女性だった。その女性に林は優しく声をかける。


「失礼。田中さん。お辛いところ申し訳ありません。少しお話をお聞かせ願えますか」


 田中泉は林の言葉にぱっと顔を上げると、鼻をすすりながらこくんと頷いた。


「ぐすっ・・・。はい・・・。すみません。取り乱してしまって」


「いえ。お気になさらず。無理もないことです」


 泉はなんとか涙を拭いながら言葉を紡ぐ。勇樹たちはそれに相づちを打ちながら、ゆっくりと泉に耳を傾ける。


「明日は主人の誕生日なのに・・・。もう出会って30年近くになりますから、たまたには贅沢もいいかと思って高級フレンチを予約したんです。それがこんなになるなんて・・・。うぅ・・・」


「誕生日だったんですか。それは、なんというか・・・」


「ええ・・。ぐすっ。息子たちだって誕生日プレゼントを用意してたんです。長男は時計。次男はゴルフウェア、三男は灰皿だったと思います。今日それぞれ主人にプレゼントしに行くと言っていました」


 気が動転しているのか、もとからおしゃべりな性格なのか、聞かれてもいないことをペラペラとしゃべる泉。母として息子から父への誕生日プレゼントが灰皿なのはどう思うのか、と。勇樹としては非常に気になったが、さすがに憔悴している泉の様子を見て聞くのははばかられた。

 そして泉の調子が一段落したのを見計らって、林が泉に切り込んだ。


「事件があった夜8時頃、あなたはどこで何をしていましたか?」


「ぅぅっ。今日は朝からずっとお店の方にいました。他の従業員も一緒です。それで、8時頃に店員である伊藤さんが血相を変えて飛び込んできたんです。電話中社長の叫び声がしたから様子を見てきてほしいって。それで行ってみたら・・・」


 死体を発見した、ということだろう。泉の最後の言葉は音にならなかった。


「そうですか・・・。その伊藤さんというのは、別室で待機してもらっている方ですね?」


「はい。私、一人で行くのは怖くて。伊藤さんにもついてきてもらったんです。ぐす・・・。もう店も閉める時間でしたし、伊藤さんもちょうどこの近くに住んでいますので・・・」


「そうですか。ありがとうございます」



 一旦礼を言って、林と勇樹は泉のいる部屋を出た。そして二人は話し合う。


「8時頃に伊藤が被害者の叫び声を聞いたのなら、それが殺されたときの悲鳴だろう。その時点で泉は書店にいたのならアリバイは証明されたと思うが」


「僕もそう思います。他の従業員も一緒にいたならまず間違いないですね」


 ここから書店までは車で20~30分ほどかかるらしい。そっと抜け出して殺害するという訳にはいかない距離だ。今日ずっと書店にいたのなら完璧なアリバイである。


「ああ。さて、次は伊藤に話を聞こう」


 泉の話をそうまとめ、林と勇樹は伊藤に話を聞くことにした。



 伊藤は和泉書店のパート従業員だ。見た目は普通の40代の主婦。ただ、死体を見たからか顔色は白かった。


「伊藤さん。少しお話を聞かせていただけませんか」


「え、ええ。私でよければ」


 伊藤は少し身構えがながらも、しっかりと林の言葉に頷いた。この人物は被害者の叫び声を電話越しに聞いたというから、重要人物である。勇樹も集中して伊藤の言葉に耳を傾ける。


「まず、あなたは被害者と電話でお話をされていたんですか?」


「はい。えっと・・・。午後7時ぐらいから1時間ぐらいはしていたと思います。今日社長は在宅ワークでしたので。ええ。仕事の話です。そしたら社長が急に叫び出して・・・」


 泉も言っていた。伊藤が電話中に叫び声を聞いたと。おそらくそこで殺害された可能性が高い。


「ほぉ。そこをもう少し詳しく教えて下さい」


 ここが肝心な所である。林も勇樹もずいと身を乗り出した。その勢いに伊藤は少したじろいだようだが、記憶を探ってその時の状況を述べ始めた。


「えっと・・・。今日の売り上げについて話していた時だと思います。社長のもとに誰が来客があったみたいで。社長が『ちょっと待ってくれ』と言って電話を耳から離したんです。でもかすかに向こうの声が聞こえて。えっと・・・。なんて言ってたかな・・・。あ、そうそう。『さらをくれるのか、ありがぐわーー』みたいな感じで悲鳴を上げたんですーー」


「い、今なんと!?」


 伊藤の言葉が終わらないうちに、勇樹は目を見開いた。そして林は思わず立ち上がって叫んだ。


 その勢いに伊藤はきゃっ、と軽く悲鳴を上げた。それで我に返った林は失礼、と咳払いし、改めて先ほどの発言を聞き返した。


「社長はなんと仰ったんですか?」


「え、えっと。『ありがぐわーー』、ですか?た、多分、ありがとうの途中で襲われたんだとーー」


「いや、その前です!何をプレゼントされてんですか!?」


「そ、その前ですか?お、お皿だと思います。さらをくれるのかって言っていたと思います」


 勇樹は思わず林を見つめる。すると林も勇樹を見つめており、目が合った。そしてうなずき合う。犯人はお皿をプレゼントした人だ。そしてそれには心当たりがある。先ほどの泉の話では・・・。


「え、と。それで泉さんとここに向かったんです。私と泉さんそれぞれが自分の車を運転して。30分ぐらいです。そして家に着いたら、社長が・・・」



 伊藤にお礼を言い、林と勇樹はリビングに戻った。そしてそのプレゼント類を見つめる。二人の視線は一致していた。灰皿である。


「警部。犯人は灰皿をプレゼントした三男の和信じゃないでしょうか」


「ああ。俺もそう思う。被害者が皿と言っていたのなら・・・。ん?ちょっと待て」


 そこで林の携帯に着信があったようだ。スマホを取り出し、応答する。


「もしもし。林だ。・・・おう。そうか。分かった。今から向かう」


 短いやりとりを終え、林はスマホをジャケットに戻した。そして勇樹に向かって言う。


「広田。被害者の子供三人が署に到着したようだ。今から署に戻って事情聴取をするぞ」


「はい」




 林と勇樹は署に戻った。容疑者である三人の子供が別々で待機しているようだ。


 まず二人は長男の優成から話を聞くことにした。


「田中優成さんですね。私は林と申します。こちらは部下の広田です。このような状況ですが、少しお話をお伺いできませんか?」


「ええ。刑事さん。私に出来ることなら協力します」


 優成は真面目な社会人という印象だった。きっちりとした七三分けに、ピシッとしたスーツ。黒縁の眼鏡。派手なところは見当たらない。署の警察官によると証券会社勤務のようだ。さもありなん、という真面目さである。


「ありがとうございます。まず、あなたは今日お父さんの家を訪れましたか?」


「ええ。父に誕生日プレゼントを贈るために。時計です」


「現場にあっものですね。たしか新品のロレックスだったと。高かったのでは?」


「まぁ、多少値は張りましたが。父の書店がちょうどこの正月で書店創業30周年だったので。そのお祝いも兼ねたつもりです。それを思えば妥当だと思います。晴雄のゴルフウェアはセンスがあると思いますが、少なくとも灰皿よりはふさわしいかと」


「え、ええ。そうですよね」


「母から聞いた時は私も驚きましたよ。まったく。いつまでの親のすねをかじってるくせに」


 やはり和信の灰皿は家族から見ても違和感があるようだ。しかし優成は母親に似ておしゃべりなようで、その後も優成は和信に対して愚痴をこぼす。いくらケンカ中だからって灰皿はないだろう、もうこの際値段は構わないからもっとセンスのあるものを。うんぬんかんぬん。

 そこで勇樹はとあることが気になった。そこで優成の言葉が一度途切れたタイミングで問いかけた。


「優成さん。和信さんは被害者とケンカをしていたんですか?」


 和信と被害者がケンカをしていたという情報だ。もしこれが本当なら殺す動機になり得るかもしれない。そう思う勇樹だった。果たして、優成の返答は肯定だった。


「ええ。和信はバンド活動をしていましてね。それが父は気に入らなかったみたいです。定職に就け、さもないと財産は渡さん、と言っては和信とケンカになっていました」


「なるほど」


 これはいい情報を聞けた。遺産がらみのケンカだった。これが理由で殺人に及ぶケースは少なくない。ということは、和信は父親を殺す動機があるようだ。もっとも、次男の晴雄も、そして長男の優成もなんらかのトラブルがあったかもしれないから、まだ油断は出来ないが。

 ひとしきり和信の話が聞けたことで、話題は再び優成の行動へ。林が問いかける。


「それで、あなたはプレゼントを一階のリビングのテーブルに置いたのですか?」


「ええ。テーブルにゴルフウェアと晴雄からのメーセージカードがあったので、私もそれに倣って時計を置いてメーセージを添えました」


 と、またもやここで重要な証言が出てきた。晴雄は優成より前にこの家を訪れているようだ。これは覚えておこう、と勇樹は思った。


「和信さんのプレゼントはなかったですか?」


「ええ、無かったです。僕が二番目だと思います」


 優成の視点だと、晴雄、優成、和信の順番になるらしい。もっとも、他の兄弟と照らし合わせる必要があるが。優成の証言だと最後に訪れたのは和信のようだ。


「お父さんの姿は見ていませんか?」


「ええ。プレゼントを置いてすぐに帰りました。その後予定もあったので長居も出来ませんでしたし」


「ふむ。そうですか。ちなみに何時頃ここを訪れましたか?」


「うーん。細かい時間は覚えていないです。7時半は過ぎていたと思いますが」


「なるほど。ありがとうございます」



 三人の容疑者がいる以上、優成意外にも話を聞かなければならない。一旦事情聴取を終え、礼を言って優成のいる部屋を出る。そして別室で林と勇樹が話し合う。


「優成の前に晴雄が訪れていたみたいだな。それにしてもロレックスの新品か。高いだろうに。だが父親思いのいい息子じゃないか」


「そうですね・・・」


 お祝いを兼ねているとは言え何かの節目でもない誕生日に新品の高級時計だ。なかなかできる芸当じゃない。そう言えば自分は田舎の両親の誕生日にはメールを送るだけだったな・・・。勇樹はそう思いかけて、あわてて殺人事件に切り替えた。


「今の話が他の兄弟と矛盾がないか、慎重に進めていく必要がありますね」


「ああ。よし。次は次男の晴雄だ」



 二人は次いで次男の晴雄が待つ部屋に入った。先ほどと同じく軽く自己紹介した後、早速本題に入った。


「はい。僕はゴルフウェアを贈りました。父は部屋で電話中だったのでテーブルに置いて帰ることにしたんです。同僚と飲みに行く予定もあったし」


 晴雄も優成に似て、黒いスーツを着こなした真面目な出で立ちだった。ただ、優成と違い、左手に薬指。既婚者であるらしい。そういえば優成よりは柔らかな雰囲気がある。その当たりが女性受けするポイントかもしれない、と勇樹は勝手に分析した。


「そうですか。ちなみになぜゴルフウェアをプレゼントすることにしたんですか?」


「父の趣味はゴルフなんです。健康にもいいからそれは続けてほしくて。ただでさえベビースモーカーだし。だからゴルフウェアにしました。まあ兄のロレックスと比べるとかすんでしまいますけど」


 ロレックスなんて送られたら、なにを贈ってもかすんでしまう。できのいい兄を持った晴雄に勇樹は同情した。うちの家庭だって、一見勇樹のほうが優秀に見えるが、実は兄の研人の方が・・・。

 と、どうでもいいことに思考が流れていることを自覚し、勇樹は頭を振って切り替えた。


「なるほど。ちなみにテーブルには他に何か置いていましたか?他のご兄弟のプレゼントとか」


「いえ。何も置いていませんでした。僕が一番初めに来たと思います」


 晴雄は首を振って答える。これは優成の証言とも一致する答えだ。どうやら来た順番は晴雄、優成、和信と考えてよさそうだ。


「分かりました。ちなみに何時頃ここを訪れましたか?」


「えっと・・・。確か7時過ぎだったと思います」


 優成は7時半以降に訪れたと言っていた。晴雄が優成より前に訪れていたのなら、7時という時間も矛盾が無い。そしてその時間なら伊藤と被害者が電話している時間とも一致する。


「ありがとうございます」



 お礼を言って一旦晴雄の前から辞した。そして林と勇樹は話をまとめるため話し合う。


「彼もいい息子だな。健康のことも考えてるなんて」


「そうですね」


 高価な時計はそれだけで喜ばれるだろうし、ゴルフウェアだって趣味と実益を兼ねた、よく考えられたものだ。ここまでは普通の誕生日プレゼントとして理解できる。


「優成の話と矛盾はなかったな?」


「無かったと思います。訪れた順番も、時間も」


 今のところ、7時すぎに晴雄が訪れ、7時半以降に優成が訪れた。そしてそのあとが和信だろう。


「最後は三男の和信だ」


 問題は灰皿をプレゼントしたという三男だ。



 林と勇樹は和信が待つ部屋に入った。その和信に対して勇樹が抱いた第一印象は、まさにバンドマン、だ。


「あなたは灰皿をプレゼントされたんですね?」


「親父はベビースモーカーなんだよ。だから灰皿でもいいじゃねえか」


「あ、ああ・・・。そうですな」


 和信は兄二人と打って変わって、派手な出で立ちの男だった。髪は茶色に染め、両耳に派手なピアス。ゴテゴテしたネックレスにダメージジーンズ。典型的なバンドマンというような格好なのである。いや、本当にバンドマンだからむしろそれでいいのだが。


「兄貴たちがプレゼントを机に置いてたから俺もそうしたよ。親父とはケンカ中だから顔を合わせたくなかったし、ツレと飲む約束があったんでな」


 被害者とケンカ中。そして三兄弟の中で最後に訪れた。優成たちの証言が、本人の口から証明された形だ。


「ちなみにケンカの原因は?」


「ああ?バンドをやめて働けってことだよ!余計なお世話だ!ったく」


 和信は苛立ったように吐き捨てる。父親の忠告がよほど腹に据えかねていたらしい。殺されたのに、悲しみよりそれに対する怒りが大きいように感じる。


「ほぉ。それでもプレゼントは用意されたんですね」


「お袋が何か用意しろってうるさかったんだよ!」


「そうですか。ではあなたが三人の兄弟の中で一番最後にあの家を訪れたんですね」


「そうだろうよ!なあもういいだろ!いつまで俺を尋問すんだよ!」


 始まってすぐだが、和信がすぐに怒り出してしまった。テーブルをどん、と叩いて怒り心頭な様子だ。


「もしかして俺を疑ってんのか!?確かに俺は親父とケンカしてたが、殺してはいねえ!それに親父ともめてるのなら兄貴たちもそうだ!みんなちょっとでも遺産をもらおうと躍起だったからな!」


「まあまあ落ち着いて」


「ふん!もういいだろ!俺はやっちゃいねえ!」


 林は和信をなだめるが、和信は聞く耳を持たない。仕方なく林たちは事情聴取を切り上げることにしあt。


「最後に一つだけ・・・。あなたは何時頃に被害者宅を訪れましたか?」


「覚えてねえよ!」



 最後は怒鳴り散らす和信に追いやられるようにして、林と勇樹は部屋を飛び出した。

 二人になったところで、林は勇樹に問うた。


「どう思う?広田」


 林の問いに、勇樹は自分の考えを述べた。


「まず怪しいのは和信ですね」


「そうだな。俺もそう思う」


「灰皿は皿と言えますし、ここを訪れた時間を覚えていないというのも怪しいです。動機も十分」


 加えて、あの態度。見ようによっては警察を拒絶しているようにも見える。単なる警察嫌いか、それとも彼が犯人だからか・・・。


「それに、最初に述べましたが、一番最後に訪れた人が殺したと考えるのが自然です」


 勇樹の言葉に、林は力強く頷いた。

 

「よし。和信を重点的に捜査しよう。まずは家宅捜索だ」


「はい!」


 こうして警察は和信を最有力の容疑者として捜査を始めた。


 しかし、有力な証拠は未だつかめていない。




☆☆☆




「ふーん」


 資料を読み終わって、研人はそう息を吐いた。これでも研人はな事件を一つ解決した実績がある。その研人からしたら、こんな事件なんてーー


「ーー分からん」


 全然分からなかった。犯人は和信じゃねえの?皿って言ってんならもう決まりだろ。

 資料を読みながら食べていたカレーはすっかり平らげてしまった。しかしまだ腹7分目ほど。もう少し食べたい。今度は少なめにしてもう一杯盛り付ける。


「うーん」


 咀嚼しながら考える。和信を中心に捜査している。ならば犯人は和信ではないのか?なにか見落としていることがあるのか?少なくとも違和感、矛盾点、不自然な点。なにか見つけたい。見つければ、茜がそこからなにか導き出すかもしれない。前回のように。

 俺は名探偵ではない。茜も名探偵ではない。でも二人そろえば。なにか分かるかもしれない。せめてそのとっかかりだけでも見つけたい。


 カレーを平らげ、風呂に入って考える。前回は風呂上がりにピンと来たんだっけ。そう思いつつ湯船で考えるが、なにも思いつかない。当然、身体をふいているときも。前回は偶然だったのかなぁ。そうがっかりしながら丹念に身体を拭く。廊下が濡れて怒られることがないように。


「ふわ~」


 あくびが出た。皿洗いでもして寝るか、とキッチンへ。カチャカチャと音を立てて入念に洗う。カレーだからしっかり汚れを落とさないと。そして洗い終わって、時計を見ると午後9時近くだった。いい時間だ。

 それにしても。この資料、机に出しっぱなしはまずいかな。前回はそのおかげで茜が読んで事件解決につながったが、せめてどこか引き出しに置いておこーー


「っ!」


 そこで生じた違和感。それを手近のメモに書き留めた。事件とは関係ないかもしれない。でもとりあえず、と。



☆☆☆




「ただいまー」


 広田茜は自宅であるマンションに帰ってきた。素早く電気をつけ、コートを脱ぐ。部屋は夫である研人が暖房をつけていてくれたようで、温かい。しかし、その夫は出迎えてはくれない。これはなにも仲が悪いという理由ではない。研人は明日の朝が早いためもう寝ているというのが理由だ。


「いい匂い」


 リビングにはかすかにカレーの匂いが残っていた。今日の夕食は二日目のカレーである。茜が昨日大量に作り置きしたのがまだ残っているのだ。研人はそれを食べたらしく、その残った匂いが茜の鼻を刺激する。茜は早速堅苦しいスーツを脱いで部屋着に着替え、冷蔵庫の鍋を温める。


 茜は朝が遅い分夜も遅い塾講師、研人は朝早い分夜も早いトラックドライバー。みごとなすれ違い夫婦である。そのため、平日に顔を合わせることはない。会えるのは土曜の昼から日曜の夜まで。限られた時間しか会えないため、最近までは徐々に会話も少なくなってきていた。

 しかし、つい一ヶ月前のことだ。研人の弟、勇樹がとある資料を持ってきた。それは刑事である彼が担当している殺人事件の資料だった。ミステリー好きの研人と茜は(メモ越しではあるが)協力し、事件の真相を突き止めた。そのおかげか、徐々に二人の会話も増えてきたように思う。

 さて、茜がなぜこんなことを思い出しているかというと、見つけたからである。


「また資料か」


 テーブルの上に、10枚ほどの紙束。文字がびっしりと書かれている。見た目は小説のようだが、おそらくこれは実際に起きた殺人事件の概要だ。


「喜んでいいのかしら」


 ミステリー好きの茜としては、小説を読むようにワクワクしてしまう。しかしこれは実際に起きた殺人事件である。一市民としては物騒な世の中を嘆くべきだろうか。

 しかし、せっかくなのだ。どうせ研人も読んでいるのだろう。それに、新しく会話の種になるかもしれない。そう思いつつ、茜はカレーを食べながら資料に目を通し始めた。





「うーん。分からない」


 茜は資料を読み込んだが、さすがにそれだけでは犯人もなにも分からなかった。しかし、ここからが本番である。研人が思いついたことをメモに残しているはずだ。それを読めばまた推理がはかどるかもしれない。

 

「あった」


 案の定、紙田場の最後の一枚の裏に、メモが貼ってあった。そこにはこう書いてあった。



 泉≠和泉

 灰皿を皿と言う?

 高価な時計を机に置きっぱなし?

 


「ふぅん」


 どうやら研人が抱いた違和感が列挙してあるらしい。その中には茜が共感できるものもあった。まずは二つ目。確かに灰皿を見て「皿」とは言わない気がする。しかし時計とシャツはもっと言わないだろう。「さら」と被害者が言ったのなら一番怪しいのは和信で間違いなはずだ。

 それから三つ目。これは長男の優成の行動だろう。彼は高価な時計をテーブルに置きっぱなしにして家を立ち去った。シャツぐらいならまだ分かるが、そんな高価なものをテーブルに置いておくだろうか。高価であればあるほど、手渡したくはならないだろうか。この優成の行動は怪しいと言えば怪しいかもしれない。

 しかし、一つ目の「泉≠和泉」とはどういうことだろうか。泉は被害者の妻である田中泉のこと。和泉は書店の名前、和泉書店のことである。その二つが違う、と言いたいのだろう。しかし、なぜそう言えるのだろうか。奥さんの名前から本屋の名前をとったと考えるのが自然だ。


「でも、これがどう事件とつながるのかな」

 

 優成だってやむにやまれぬ事情があったかもしれない。次の予定が差し迫っていた、とか。実際その後に予定があったと言っているし。「さら」だって、本当は灰皿と言ったのを伊藤が聞き間違えたかもしれないし。


 ピリリ ピリリ ピリリ


「ん?」


 そう考えていると、不意に携帯に着信があった。見ると、母からだった。なんの用だろうと思いつつ、電話に出てみる。


「もしもし、母さん。ひさしぶりやな。うん、元気やで。研人も。え?たこ焼き器?なんでそんなん送ってくんねん?え、いやいや。もう送ったんやったらもらうけど。しかもお下がり?なんでやねんな。ああ、うん。まあ使わせてもらうわ。ありがとう。うん。じゃあ元気でな」


 電話は母からだった。なんと、自宅で使わなくなったたこ焼き器をあげる、宅急便で送った、と。うちはリサイクルショップじゃない。まったく。ナニワが強すぎる。しかも中古って。どうせなら新品が欲しかったーー


「あっ!」


 待てよ?この被害者、もしかしたらーー。そうするとーー。


 茜は研人が残したメモの裏に気付いたことを殴り書いた。




☆☆☆




「ふわぁ」


 朝の三時。研人は出勤するために起き出した。寒い。ただでさえ寒い冬。それも日の出前となると身が刺されるようだ。急いで暖房をつけ、お湯を沸かす。お湯はいい。飲んだら身体が温まるし、インスタント味噌汁も作れる。


「さてさて」


 お湯が沸くのを待つ間、メモを見てみるとしよう。おそらく茜がなにか書き足しているはず。


「おっ」


 その研人の予想は当たった。研人が残したメモの裏に、こう書かれたあった。



 和泉=大阪

 「さら」=新品(大阪弁)

 新品で喜ぶのはーー



 新品で喜ぶのは、か。それならあの怪しい行動にもつながる。


「なるほど」


 ということは、犯人はあいつか。研人はメモを両面写真に撮り、メッセージと共に弟に送った。




☆☆☆




「おはよう」


 土曜日の昼。茜が起きてきた。夜が遅い茜が長めに寝ると起きるのはこの時間になってしまう。そして日曜日の夜、研人が早めに就寝するまでがこの夫婦が顔を合わせられる時間である。


「おはよう」


 茜が起きてきたのを見た研人は、自分が座るこたつの毛布を上げ、横に座るように促す。それを見て茜はそこに素直にすっぽりと収まった。瀬間こたつに夫婦が並び合って座った。

 

「ミカンいるか?」


「ええ。もらうわ」


 研人がそう勧めると、茜は微笑んで研人が剥いたミカンを受け取った。少し前には見られなかった光景だが、つい最近は再び距離が縮まりつつある。それがうれしくて二人は同時に、相手に気付かれないほどの小ささではあるが、ほんのり口元に笑みを浮かべる。


「やっぱり冬はこたつでミカンね」


「そうだな」


 二人でこたつにこもりながら、まったりとした時間を過ごす。穏やかな時間だ。寒がりな研人だが、こういう時間があるなら冬も悪くないかも、と思った。

 しばらく黙っていた二人だが、不意に茜が研人に尋ねた。


「そう言えば、あれはどうなったの?」


「あれってなんだ?」


「あれよ。あの事件よ。勇樹くんが持ち込んだんでしょ?」


「ああ」


 つい先日、勇樹が持ち込んだ紙束。そこに書かれていたのは殺人事件の概要だ。ただし、フィクションではなく、実際に起こった血なまぐさい事件である。それを研人と茜が順番に読み、思ったことをそれぞれメモに書き記した。茜はそこまでしか把握していない。おそらく研人が勇樹になにか連絡したのだろうが、その結末がどうなったのかまでは茜は聞いていないのだ。

 そんな茜に対して研人はにやっと笑って言う。


「勇樹からメッセージが来たよ。犯人が捕まったって」


「へぇ。やっぱり優成が犯人だったの?」


「そうみたいだな。動機は遺産を巡るトラブルだってさ」


「物騒ね」


 不謹慎だが、事件が解決してよかった。それも自分たちの手で。実際に人が死んでいるから素直に喜んでいいのか分からないが、それでも研人も茜もまた事件を解決できた喜びをかみしめた。

 ひとしきり笑い合った後、茜は研人に言った。


「さて、答えあわせをしましょうか」


「よし」


 答え合わせ。どう考え、なぜその結論に達したのか。あのメモの真意は。それを確かめ合う話し合いだ。茜に促される形で返事をした研人だが、実は仕事中もこれが楽しみだったりする。研人はそんな内心を悟られないようにしつつ、茜の言葉に耳を傾ける。


「まずは私からね。研人が残したメモ。下の二つは分かったわ。灰皿を皿と表現するのは確かに違和感があるし、高価な時計を手渡さずテーブルに置いたのも不自然と言えば不自然だもの」


「そうだろ」


 うんうんと研人は頷く。研人が気付いた些細な違和感。後から思えばそれが事件解決のための重要なピースになったこともあり、誇らしい気持ちが沸いてくる。


「問題は最初よ。泉≠和泉。これ、どういういこと?奥さんの名前と書店の名前は違うってことよね?どうして気付いたの?」


「ああ、そうだ。書店の名前は奥さんから取ったんじゃない」


 勇樹も勘違いしていたが、実は奥さんの名前と書店の名前は別だ。それを解く鍵は、ある二人の人物の発言にある。研人は得意げに説明し出す。


「まず、優成がロレックスをプゼントした理由はなんて言ってた?」


「誕生日プレゼントと・・・。あと、書店の創業30周年のお祝いを兼ねていたって言ってたわね」


 一人目は優成。正確には、この正月に創業三十周年と言っていた。研人はそれを補足すると、次に茜にこう聞いた。


「それで、奥さんは被害者の誕生日に何をする予定だって言ってた?」


 二人目は妻の泉。


「えっと・・・。高級フレンチを予約したって言ってたわね」


「なぜ?」


「なぜ?出会って30年だから?」


「正確に言うと、出会って30年近く、なんだ」


「ーーあ!」


 そこで茜が目を見開いた。ピンと来たようだ。そう。それこそが研人が気付いた点。してやったり、というように研人は笑った。


「被害者と奥さんは出会って30年近く。つまり、30年は経っていないんだ。しかし書店はこの正月で創業30周年。奥さんに出会う前に書店が出来たんだ。だから書店の名前は奥さんから取ったんじゃない」


 資料を読んでいた夜。皿洗いを終えて時計を見ると9時近くだった。正確には8時57分。「~近く」というのはまだそこに達していない時に使う表現なのだ。研人はそこからこの時期のずれに気付いた。同じタイミングで灰皿を皿と言うか?と疑問にも思ったし、大切な資料を出しっぱなしはまずいかな、と思って優成の違和感にも気付いたのだ。


「なるほど・・・。そういうことね」


 茜はふぅと大きく息を吐いた。それが納得のため息だと分かった研人はうれしそうに笑う。自分の推理で相手を唸らせる。これこそがミステリーの醍醐味だろう。

 さて、自分が分かったのはここまでだ。あとは茜が解き明かした部分である。それを詳しく聞くため、今度は研人が茜に質問を始める。


「で、お前は和泉が大阪のことだって気付いたんだな」


 研人の言葉に今度は茜が自慢げに微笑んだ。鋭い観察眼、というのもあるが、彼女が大阪出身だからこそという理由も大いにあるだろうと研人は思った。


「そうよ。和泉が奥さんの名前じゃないなら、何か他の意味があるのか。私は大阪だと思ったの。大阪の南部は昔、和泉国って呼ばれていて、今でも地域名としてなじみがあるわ。それでもしかしたら被害者は大阪出身で、自分の出身地から書店の名前を取ったんじゃないかと思ったのよ」


「なるほどな」


「それで、そこまで分かれば簡単よ。大阪では新品のことを、「サラ」って言うことがあるの。だから被害者はこう言いたかったんじゃないかしら。『サラのんをくれるんか、ありがとう』標準語で言うと、『新品のものをくれるのか、ありがとう』になるわね」


 茜がこれに気付いたのは大阪在住の母からの電話がきっかけだった。そう言えば、大阪南部は和泉というよな、と。そしてお下がりのたこ焼き器をくれると言っていたので、どうせならサラのたこ焼き器がよかったのに、と思ったのがひらめきにつながった。結果的に中古のたこ焼き器を送ってくれた母に感謝する茜だった。


「なるほど。新品のもの、か。それで、新品であることに驚くのは、高級時計ってわけか」


「ええ。ゴルフウェアは新品で当然だから驚かない。灰皿もまあ同じくそうでしょうね。ただ、ロレックスは中古でも十分価値があるから中古でもプレゼントとしては成り立つ。それなのに渡されたものが新品だと分かると、被害者は大層驚いたでしょうね」


「その驚いたところで刺された、と」


「そういうことね」


 結局「さら」という被害者の発言に惑わされたのだ。それが「皿」ではなく、「新品」を意味することに気付けるか、というのが今回の事件の鍵だった。今回は研人が書店の名前を含めた違和感に気付き、大阪出身の茜がその違和感の正体を見破った。

 今回の事件も二人で協力して真相を解き明かした。その余韻に浸りながら、茜は言う。


「あとで考えると、犯人が晴雄とは考えにくいわね」


「どうしてだ?」


「もし晴雄が犯人だとしましょう。じゃあ、プレゼントを置いておく理由がないのよ。プレゼントを置くなんて、自分がいた痕跡を残すだけだもの。その後に訪れた優成か和信に通報されれば自分が怪しまれるもの」


 晴雄は最初に被害者宅を訪れたことになっている。それはプレゼントを置いた順番から明かされたことだ。しかし、殺した上でプレゼントを置くのは考えがたい。次に来た優成か和信がもし死体を見つけて通報すればプレゼントを置いている自分が疑われるだけなのだ。


「ああ、そうか。でもそれじゃあ優成も同じことが言えるんじゃないか?和信が通報すれば優成か晴雄の二人に絞られる訳だから・・・」


 研人はそこまで言って、待てよ、と思い直した。今一度考えを整理し、改めて言葉を紡ぐ。


「・・・優成は自分のあとに訪れるのが和信だと分かっていた。そして父と和信はケンカ中だと知っていた。その上で、兄二人がテーブルにプレゼントを残していたら、まず間違いなく自分もプレゼントを置いて父親とは会わずに帰るだろうと予想できる」


「そうだと思うわ。優成は和信をうまく利用したのね」


 これで優成は最後に訪れた和信を犯人にしようとした。最後に訪れて死体を発見しなかったのは不自然=犯人は最後に訪れた和信。という図式を作りたかったのだろう。


「ああ。偶然か意図的かは分からないが、さら、の部分も含めてな」


 しかしもし電話で聞かれていたとたら、和信が訪れる前に死体が発見される可能性だってあった。それを考えると、悲鳴と「さら」が聞こえていたのは偶然だったのだろう。

 思えば和信と被害者がケンカしているというのも優成が明かしたことだ。それはさりげなく優成を容疑者に仕立てるための撒き餌だったのだろう。


「今回も名探偵広田夫婦の面目躍如ね」


 しかし、それは研人と茜には通じなかった。


「そうだな。勇樹にはなにか奢ってもらわないと」


 二つ続けて事件を解決した研人と茜は上機嫌だった。二人で目を見合わせ、くすくすと笑い合う。ここ最近はまるで無かった温かい雰囲気だ。


「ところで茜さんや」


 ひとしきり笑った後、研人が思い出したように茜に呼びかけた。しかし、そのわざとらいい言い方に警戒感を抱いた茜は少し顔が強張った。


「な、なんですか?」


「今朝、うちにこんなものが届いたんだが」


 そう言って研人は部屋の隅を指さした。その先にあったのは、黒猫が描かれた大きな段ボールだ。ちなみにこのロゴは研人が勤める会社のロゴでもある。

 それを見て茜はあっ、と思った。研人に伝え忘れていた。


「あー。うちの母親が送ってきたらしいのよ。ごめん。言い忘れてたわ。たこ焼き器よ」


「た、たこ焼き器・・・。なんでまた」


 研人は驚いた。やけに重いから気にはなっていたが、たこ焼き器だとは思わなかった。


「使わなくなったからもうあげるって」


「へぇ。何事かと思ったぞ」


「ごめん」


 謝る茜に研人はふっ、と笑いかけた。別に起こっているわけではない。ただちょっと驚いたから意地悪な聞き方をしただけだ。研人はやり過ぎたな、と謝罪の意味をこめて茜にこう提案した。


「まあいいや。せっかくだし、今日はたこ焼きパーティーでもするか」


 その研人の言葉に、茜はぱっと表情をほころばせた。


「いいわね。本場大阪の技を見せてあげるわ」


 研人の予想以上にノリノリになる茜に驚いた。大阪の人って、離れていても郷土愛が強いんだなと。しかし研人もたこ焼きパーティーは楽しみだ。なんだか恋人の頃に戻ったようだと感じながら研人は茜を助手席に乗せて中古の軽をスーパーへ向けて走らせていった。

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