第三話 相川愛莉
「ご、ごめん、まさかここまで怒るなんて思わなくて」
「うるさい、話しかけないで」
生まれて初めて、男の股を蹴ってしまった。
まだ、むにゃっ、とした感覚が足に残っている。
「だってさ、その、下の毛もピンクだったらおもしろいって思って……」
「まだ蹴られたりないの?」
「すいませんでした」
蹴られた時のことを思い出したのか、素直にペコリと頭を下げる。
「……まぁ、いいわ、今回だけは許してあげる。次はないと思いなさい」
相手はまだ分別も分かってない少年だし、心から謝っているのが表情や仕草から感じられたので許してあげることにした。
……それはそうと。
私は、目の前にある扉をなかなか開けないでいる。
「どうしたんだ、ありす。ドアの前に突っ立って?」
「ぜ、全然してない! 配属ガチャの方が千倍緊張したわよ!」
「……配属ガチャ?」
「い、いえ、なんでもないわ、気にしないで」
反射的に余計なことを口走ってしまった。
正直、緊張している。
現実からかけ離れたこの世界のクラスメイトはどんな少年少女たちなのか、その中に10歳以上年上の私が入ってしまってもいいのか。
だけど、ここまできて帰るわけにはいかない。
私は何としても元の世界にかえり、恋愛レアリティショーを見なくてはいけない。
「(トントン)初めまして。豊口ほのかです。よろしく……。間違えました、ありすです。よろしくお願い致します」
「と、とよ? さっきから、どうしちまったんだアリス……」
扉を開けると、クラスメイトの若者たちの視線を一斉に浴びる。
……同じ会社の社員たちの前でプレゼンしても全く緊張しない私だけど、特殊な環境にいるためか、緊張の糸が途切れない。
「お、やっときたか、アリスと一ノ瀬、少し遅刻だぞ」
教卓に、先生とは思えないほど小柄な男の子がたち、私たちのことをまるで生徒のように説教してきた。
そして、その姿には見覚えがあった。
「あんた何やってんの?」
「あんたじゃなくてパパだろ? いや間違えた、先生だ」
そう、パパ。
今朝初めましてをした。コンクリートおっぱいに窒息させられていたショタがそこにいた。
全く似合ってないメガネとスーツを身に纏って。
「遅くなりました。パパ」
「うるさい! お前にパパと呼ばれる筋合いはない! 帰れ!」
「いや、あの、今登校したばかりなのですけど……」
お父さんが学校の先生で、担任教師。元の世界ではありえない現象が起きている。
『えー、みなさん、ご入学おめでとうございます』
体育館の教壇で、いかにも校長先生って姿の校長先生が話している。
一つ、気づいたことがある。
生徒のレベル(顔の)がかなり高い。
全生徒が、雑誌のモデルをしていても、おかしくない程に。
『では、新入生代表より、新入生歓迎の言葉をいただきます。では神龍時君。よろしくお願いします』
校長先生によばれ、一人の生徒が壇上に上がった。
その少年の立ち姿、背格好、顔面、全てが高水準。
背筋をピンと伸ばし、さらさらの黒髪を靡かせ、キラリと白い歯を見せながらはにかむ。
身長も180センチ以上はあるだろう。
まるで、小さい頃に憧れていた、少女漫画にでてくる王子様みたいだった。
「ふふっ、ありすったら、渚君という彼氏がいながら、神龍時君にも気があるんだぁ」
突然、後ろから声をかけられた。
声のした方へ振り向くと、そこにはポニーテールの活発そうな女生徒が手を振っていた。
「はろはろ〜、私は相川愛梨。クラスメイトよ、よろしくね♪」
にこっとはにかみながら手を差し出す少女。
「え、あ、ええ、よろしくね」
あたふたしながら、その手をぎゅっと握る。
一回り年下の女の子に、フレンドリーに挨拶をされて少し戸惑ってしまった。
「彼の名前は、神龍寺童貞、なんでも、この学園の学園長の息子さんらしいよ?」
「へー、そうなんだ。っていうか、ものすごい名前ね……」
「ふふ、とってもかっこいい名前よね」
か、かっこいい? どちらかと言えばバカにされそうな名前がするのだけど……。
「なんでも、すでに十数人から告白されているとか……。だから、彼を狙うならフラグ立てからしっかりね!」
「ふ、ふらぐだて? ちょ、ちょっとまって、あなたなにか勘違いしてない!」
「てれちゃってかわいい」
「わ、私は照れてなんか……」
「うふふ、そうね、照れてなんかないわよね〜」
くっ、まさか私が10個も下の学生に遊ばれるなんて……!
「改めて、よろしくね!」