胡桃脳
木を、見上げる。
今年も、順調に、実が成っている。
今年の脳の供給も、順調そうだ。
最近、多くの新生児が、貧脳症。
脳が小さく、脳の機能が貧しくで生まれて来るから、補填する脳の供給も、追い付かない。
常に、不足気味。
でも、今年の実の出来具合から見て、今年は、大丈夫そうだ。
出来予想でも、豊作傾向と、伝えている。
政府筋、役人筋は、一安心だろう。
もうすぐ、枝に付いているのが持ちこたえられず、落ちて来る。
胡桃の実が、落ちて来る。
人に当たれば、大惨事に、成りかねない。
その為、まもなくすぐ、収穫されるだろう。
研究所から、車が、来るだろう。
ロボットに変形しかねないようなトラックが、来る。
無人で、遠距離操作のトラックが、来る。
荷台をガバッと開いて、アームを出す。
アームが、胡桃の木々を、揺さぶる。
アームに揺すられた木々は、胡桃を、落とす。
トラックの荷台に、落とす。
トラックは、胡桃を、ゴッソウと、収穫してゆく。
その様たるや、完全に、自動化されたライン作業、の趣きが強い。
彼は、言う。
「今回は、なんぼ、出来るかな?」
彼は、それに、答える。
「多分、需要分、賄えるだろう」
研究所敷地内、果樹園。
二人の男が、歩いている。
その恰好は、白衣。
だが、記章は、何も、付けていない。
白衣の下は、一人は、真っ黒なジャージ上下。
もう一人は、真っ緑なジャージ上下。
動き易そうだ。
仕事の合間の休憩、と云った風で、歩いている。
よく見ると、白衣の胸ポケットには、ワッペンが、縫い込んである。
それから、察すると、研究所職員関係、らしい。
スタッフ部門の人間、らしい。
キーンコーンカーンコーン ‥
キーンコーンカーンコーン ‥
チャイムの音が、鳴る。
チャイムの音が、響き渡る。
休憩時間が、終了する。
「ああ、終わりか」
「ちょっと遅刻、になる」
「まあ、ええんちゃう。
一分一秒を争う仕事やないねんから」
「まあ、そうだな」
男二人は、研究所へ、向かう。
二人は、部署に戻り、白衣を、脱ぐ。
ジャージ上下は、脱がない。
その上から、作業着を、着る。
ずず汚れて、シミが目立ち、なんとなく黄色い、白い作業着を着る。
手に手袋を嵌め、フードを被る。
マスクも、付ける。
そして、奥の扉を、空ける。
扉の向こうは、空間が広がる。
天井の高さは、普通の部屋と変わりが無い。
が、奥行きは、何倍も、ありそうだ。
両側には、並んでいる。
箱が、並んでいる。
大小の箱が、整然と、並んでいる。
箱のこちら向き側には、格子が、嵌まっている。
鉄の格子が、嵌まっている。
格子の合間からは、中の様子が、見てとれる。
中からは、音がしている。
うるさいほど、音が、している。
うるさいほど、鳴き声が、している。
ニャーニャー
VowWow
キーキー
鳴き声は、奥に行くほど、大きい。
が、手前は、静かだ。
扉に近い箱ほど、静けさを保っている。
扉に近い、箱の中の住人ほど、言葉を込めた視線を、送って来る。
『なんや、お前らか』
『何か、するんか?』
『また、面倒なこと、ちゃうやろな?』
豊潤に意味を込めた視線、を送って来る。
「正樹」
「なんだい?」
「こいつ、かなり、ええんちゃうか?」
「ああ、そう云えば、そうだな」
正樹は、箱の中の住人 ‥ 猫を見て、判断を下す。
下して、続ける。
「区画は?」
「C3の木」
「あそこか」
「あそこの木、成績ええなー」
「前も、そうだったな」
正樹と一人は、箱の中の住人、のチェックを続ける。
「蓮」
「ん?」
「こいつも、いいと思うんだが?」
「ああ、ええんとちゃうか」
蓮は、箱の中の住人 ‥ 犬を見て、判断を下す。
下して、続ける。
「区画は?」
「D2の木」
「あの木も、成績ええなー」
「ああ、安定している」
正樹と蓮は、箱の中の住人の、チェックを続ける。
「蓮、正樹」
事務室と箱管理室を繋ぐ扉から、声を掛けられる。
扉から、顔を、ヒョコっと、覗かせる。
覗かせた顔が、続ける。
「早く、ミーティング、行こう」
「ああ、分かった。
今、行くわ。
ほらっ、正樹」
蓮が、正樹を、促す。
正樹は、一つの箱の中を、覗き込んだまま、動かない。
動かず、じっと、箱の中の住人を、見つめている。
キーキー言う住人を、見つめている。
「実に、興味深い」
正樹の呟きが、蓮に、聞こえる。
「何が、興味深いねん?」
蓮が、正樹に、問う。
「この箱の中の住人だけど ‥ 」
正樹が、答える。
「眼が、落ち着いて来ている」
「は?」
「今まで、落ち着きの無い目と云うか、挙動不審の眼と云うか、
獣らしい眼だったのに、
落ち着きのある、言わば、人間っぽい眼になっている」
「そうか?」
蓮が、箱の中の住人を、見る、
見て、見つめる。
じっと、眼を、見つめる。
「そういや、そやな」
「だろ?」
「『胡桃が頭の中に落ち着いて、順調に脳になってる』、
ってことやないか?」
「そうかもしれないが、
『今までの、胡桃の頭の中への定着とは、違う』様な気がして」
「気のせいやろ。
何か、『今までとは違うもん見つけ出して、成果上げよう』としてるから、
そう見えるんちゃうか?」
「そうなのか?」
「そうそう。
そうしとこ」
「そうしとこう」
蓮と正樹は、ミーティングに、向かう。
ミーティング会場に、蓮と正樹は、入る。
ミーティング会場は、いつもの如く、第一会議室だ。
この研究所で、一番大きい会議室だ。
優に、百人ぐらいは、入る。
プロジェクターや音響機器、大きいスクリーンも、完備だ。
三々五々、様々な部署から、研究員や職員が、やって来る。
週に一回の、全体ミーティング。
ここで、それぞれの部署の業務進捗を確認し、今後の展開も確認する。
さすがに、全研究員・職員全員の参加は難しいので、各部署の代表者数人のみ、参加する。
蓮と正樹の部署は、蓮と正樹しかいないので、蓮と正樹は二人共、参加する。
左に蓮、右に正樹が座り、真ん中に、男は、挟まれる。
先程、ミーティング開始を知らせた男 ‥ 木本は、二人に、声を掛ける。
「ああ、間に合ったな」
「ああ、そのようや」
「木本」
正樹が、話し掛ける。
「何だ?」
「ミーティングが終わったら、ちょっと時間をくれないか」
「何故だ?」
「相談したいことがある」
「今、サッと済ますわけには、いかないのか?」
「時間が掛かりそうな気が、する」
「そうか。
OK」
正樹は、蓮に、向き直る。
「勿論、蓮も、参加してくれ」
「俺もかいな?」
「頼む」
「ああ、OK」
正樹の、含みを持たせる言い方は、いつものこと。
なので、慣れている蓮は、あっさりと、OKする。
正樹が、この言い方をする時は、大概、プラスに繋がることでもあるし。
ミーティングが、終わる。
各部署から、通り一辺倒の報告を受けて、ミーティングは、終わる。
目新しい事項は、さして無し。
蓮と正樹が、部署に戻る。
戻ると、山元が、出勤していた。
机・椅子に腰を落ち着けて、早速、パソコンのキーボードを、叩いている。
「山元さん、来てはったんですか?」
蓮が、話し掛けると、山元は、ピョコっと、頭を下げる。
「山元さん。
「ベテラン・パートさんは、今後はなるべく、ミーティングには、
参加して欲しい」、ってことなんですけど」
「パス」
「ですよね」
蓮は、正樹を、見る。
同意を求める様に、見る。
『仕方がない』と云った風情で、正樹は、肩を竦める。
肩を竦めて、口を、開く。
「山元さん」
「はい」
「山元さんの意見も聞きたいので、後ほど、時間もらえますか?」
「はい。
何ですか?」
「その時に、言います。
多分、悪いことやないです ‥ 多分」
蓮、正樹、木本、山元が、一同に、会する。
【箱管理課】とプレートが掛かっている部屋に、一同が、顔を合わせている。
先程の、事務室。
奥の扉の向こうは、箱を管理している部屋。
課の職員は、三人。
蓮、正樹、そして、パートの山元。
木本は、違う部署だが、何かと【箱管理課】に、顔を覗かせている。
先程、ミーティングで、二人の尻を叩いたのも、木本だ。
もはや、半課員みたいになっている。
正樹が、音頭を取って、みんなを集めたわけだが、口を開かない。
正樹が、沈思黙考して、口を開かないので、口火を切る者がいない。
で、沈黙が、落ちている。
「正樹」
「ん?」
「用って、何や?」
焦れた蓮が、尋ねる。
「もうちょっと、待ってくれたまえ。
もう少しで、まとまるから」
正樹が、再び、沈思黙考に、入る。
数秒して、正樹は、顔を、上げる。
眼に、光を灯して、顔を、上げる。
「やっぱりそうだ」
呟く。
「何が、「やっぱり」やねん?」
蓮が、尋ねる。
木本と山元も、ウンウン頷く。
「さっきの、箱の中の住人だよ」
「猿住人、か?」
「そう。
今までとは違い、眼に光があった」
「ああ。
そういや、そんなこと言ってたな。
で、それがどないしてん?」
蓮も、木本も山元も、集められた理由が、把握できない。
「今後、こういう状況が、頻発しそうな気がする」
「ええこっちゃないか。
胡桃脳の機能が増す、ってことやろ?」
「そうとばかりは、言えない」
「何でや?」
「猿・猫・犬と云った、『全ての住人の胡桃脳の機能が、増す』
と言うことは ‥ 」
「と言うことは?」
「全ての住人の知性が増す、ことになる」
「そやな」
蓮は、当たり前過ぎて、ちょっと、気が抜ける。
「考えてみてくれたまえ」
「何を?」
「『住人みんなが、今以上の知性を持つ』と言うことは、
『住人に、集団行動を採る考えが、浮かぶかもしれない』ってことだ」
「かもしれんな」
「突き詰めれば、『徒党を組んで、僕らに反するかもしれない』
ってことだ」
「大げさな」
「『大げさではない』、と思う」
「理由は?」
「先程の猿住人以外にも、猿住人ほどではないが、何人かの猫・犬住人にも、
眼の奥に、微かな知性の光が見られた」
「マジで?」
「マジだ」
『どう思う?』の意味を込めた視線を、蓮は、木本に、向ける。
「俺の意見を、求めているのか?」
木本は、視線の意味を、イマイチ掴み損ね、蓮に、問う。
「そう」
「うん。
俺も、『その可能性は、高い』、と思う」
「そうなんか」
『どう思います?』の意味を込めた視線を、蓮は、今度は、山元に向ける。
山元は、視線の意味をしっかと捉え、言葉を、返す。
「私も、そう思います」
「そうなんですか」
蓮は、現状の危険性を、ようやっと、理解する。
理解して、正樹に、慌てて、尋ねる。
「正樹」
「ん?」
「対処法は、考えてるんか?」
「正直、今し方、現状を把握したところだから、
具体的には、考えていない」
「そら、仕方無いわな~」
「でも、朧気だが、案は、一つ二つ、ある」
「マジで?」
「マジだ」
正樹は、返事をして、続ける。
「一つは、動物実験を、やめること」
「現状の、猫・犬・猿住人の箱を、やめるんか?」
「そう。
数値的には、胡桃脳作成のデータは、揃い過ぎるほど揃っている。
何も、動物実験しなくても、胡桃脳は、作成できる」
「けど、『ヒトにも使ってええ』と云う裏を取るために、
臨床実験って云うか、動物実験やってんのやろ?
それは、どうよ?」
「うん。
反対が多く出る、だろう。
そこで、第二案」
「おお」
「胡桃脳の備え付けを、選択制にする」
「はい?」
蓮は、正樹の言うことに、付いていけない。
続けて、訊く。
「どういうことや?」
「今は、基本的に、貧脳で生まれた人全員に、胡桃脳備え付けを、
義務化している」
「そやな」
「それを、胡桃脳備え付けを、個人の選択に、任せる」
「それは、マズいんと、ちゃうか?」
「昔より、『機能が不十分』とは云え、生体活動する上では、
生まれつき備わっている脳で、何ら問題は無い」
「まあ、そういや、そやな」
「従来より以上の能力を求めるから、胡桃脳にしているわけで」
「おお」
「だから、普通に生きたい人には、胡桃脳の必要は無いから、
貧脳であろうと、自前の脳で過ごしてもらう。
対して、より以上の能力を発揮して、
ビシバシ、役に立つ生き方をしたい人は、胡桃脳を備え付けてもらう」
「おお」
「そうすれば」
「そうすれば」
「胡桃脳自体の必要数が、半分以下に減るから、
動物実験の数も、減って来るだろう」
「なるほど」
「はい」
木本が、手を、挙げる。
「なんだい、木本」
正樹が、答えて、発言を、促す。
「そうであるなら、胡桃脳を使う限りは、動物実験は、
減りこそすれ、無くなりはしないな」
「それは、仕方が無い」
「多分、胡桃脳は、他に、胡桃脳を使う以上の方法が出て来ない限り、
未来永劫、使い続けられるだろう」
「そう思う」
「であるなら、胡桃脳がある限り、延々と、
動物実験は、続けられることになる」
「そうなると思う」
「であるなら、動物実験が、数は減ったりと云えど、
これからも続けられるのなら、
いつの日にか、そうなる怖れは、あるんじゃないか」
「怖れ ‥ か」
「『知性を持った箱住人が、人に反する』怖れ、だ」
正樹は、溜めて、言う。
「 ‥ 否定は、できない」
「やはり、な」
「でも、『可能性を、できるだけ低くすることは、できる』と思う」
正樹と木本の話が、煮詰めって来る。
蓮は、横目で、山元を、見る。
山元に、『なんかコメントして欲しい』眼で、見る。
だが、山元は、微動だにしない。
決まったことを受け入れて、実行することに、腹を括っているようだ。
パートとしては、望ましい態度。
だが、蓮は、一言、欲しい。
何らかのコメントが、欲しい。
蓮にとっては、山元も仲間なので、意見のやり取りが、欲しい。
話の中に、入って来て欲しい。
が、相変わらず、山元は、動かない。
蓮は、諦め、口を開く。
「なら、取り敢えず、第二案をやったら、ええんちゃうか?」
「だが、根本的解決には、ならないぞ」
木本の指摘にも怯まず、蓮は、言う。
「当面、第二案をしといて、根本的解決になりそうな、他の案が浮かんだら、
それに切り換えたら、ええやん」
「そうだな。
箱の中の住人の、反ヒト行動の可能性を、低くすることになるからな」
蓮の言葉に、正樹も、同意する。
「異存は、無い」
「私も、ありません」
木本と山元も、同意する。
「ほな、正樹。
上に上げる文面、考えて。
山元さんは、それを文書にして、清書して」
「分かった」
「はい」
上から動いてもらわなければならない案なので、まずは、現状を説明し、対応策を提示する文書を、上に、役員に、提出する。
今日、明日中にも、文書は、提出できるだろう。
そうすると、遅くても、今月中には、何らかの動きが、できるだろう。
まあ、大丈夫やろう。
蓮は、一安心して、思う。
でも、大丈夫じゃ、なかった。
遅かった。
その週の土日が明けて、翌月曜日に出勤して、蓮と正樹は、愕然とする。
箱の中の住人が、一切合切、いない。
全ての箱が、開け放たれている。
猫住人も、犬住人も、猿住人も、いない。
箱に、無理くり開けられた痕跡は、無い。
傷付けることなく、曲げることなく、戸が、開けられている。
至極真っ当に、開けられている。
戸は、外部からしか、開けられない。
錠と云ったものは無く、鍵も使用していない。
留め金を外せばいいだけだから、比較的、外し易いと云えば外し易い。
が、内部からは、絶対無理。
蓮と正樹は、愕然としながらも、箱を一つ一つ、確認する。
どの箱も、外部から、開けられている。
「正樹」
「どうした?」
「これ」
蓮が、一つの箱を、示す。
「これは ‥ 実に、興味深い」
その箱は、その箱のみは、戸から、開いていない。
箱の背側、戸とは反対側が、四角く、くり抜かれている。
箱は、鉄である戸以外は、木製。
その木製の背側を一部、くり抜いて、中のやつは外に出た、らしい。
「これを、見てくれ」
正樹が、蓮に、差し出し、示す。
くり抜かれた木片を、蓮は、見る。
「これが、どうした?」
「端を、見てくれ」
木片の端は、おかしな痕を、見せている。
摺り切っているような痕が、ある。
「これから、察するに ‥ 」
正樹が、口を、開く。
「察するに」
蓮も、応える。
「『箱の内部から摺り切って、木壁をくり抜いた』んだと思う」
「なるほど」
「よく見れば、この箱の中の片隅に、摺られた木片が、寄せてある」
「何で、磨り切ったんやろ?
そんなもんあったかな?」
正樹が、木片の断面を、凝視する。
それを、蓮に、指し示す。
「蓮、これを、見てくれ」
「なんや?」
蓮は、木片の断面を、見る。
断面は、磨り切られた部分は、『ギザギザに、荒い』と云うより、
『平滑的で、微かに荒い』と云う感じだ。
「気付いたかい?」
正樹は、『いい答えをもらえそうな教師の顔』をして、尋ねる。
「ああ。
この断面やけど、『比較的、滑らか』、やな」
「そうだろう。
僕の見る所では、『機械とか器具を使っては、この断面は、出せない』、
と思う」
「『何やったら、出せる』、と思う?」
正樹は、右手の親指を、唇に、当てる。
「僕の想定では ‥ 」
「では?」
「爪が、怪しい」
「爪?!」
爪!
爪か!
それは、身体に付いているんやから、取り上げようが無い。
「爪を、ギリギリ擦って、少しずつ、磨り切っていったんだろう」
「うわ。
地道過ぎる作業、やな」
「ああ。
しかし、『作業する音は、隠れてしまう』、と思う」
「ああ。
確かに」
箱の保管室は、常時、何らかの音が、している。
騒がしいと云っても、いいくらいだ。
ほとんどの猫・犬・猿住人が、何らかの音を、出している。
鳴き声
箱の中を、動く音。
箱の中を、叩く音。
箱の中を、擦る音。
鉄格子の戸を、ガシャガシャやる音。
その音に混じれば、爪を擦る音なんて、埋もれてしまうだろう。
隠れてしまう、だろう。
「で、そいつが、最初に、箱から脱出して」
「うん」
「他の箱も、次々、開けていったんか?」
「そう思う」
「むっちゃ知恵の廻るやつ、やなー」
「ああ、遅かった。
僕の想定より、かなり早い」
正樹は、悔しそうに、唇を噛んで、言う。
「どこ、行ったんやろ?」
蓮が、訊くとはなしに訊く。
「おそらく、あそこだ」
正樹が、指差した先は、ダクト ‥ 通気口。
通気口の、柵になっている口金具が、取り外されている。
正樹は、感心したように、続ける。
「普通に入り口から出れば、捕まるだろうから、通気口の管を伝って、
逃げたのだろう。
実に、興味深い」
「いやいや、感心してる場合やなくて、早よ捕まえな、あかんやん」
「それについては、手は、考えてある」
正樹は、バン型のミニカーを出す。
「それが、どうしたんや?」
蓮は、不可解そうに、尋ねる。
「これは、一見、ただのミニカーだが」
「おお」
「GPSが付いており、動画カメラも付いている」
「おっ」
「しかも」
「しかも」
「パソコンで、行き先を、コントロールできる」
「おお!」
「これで、後を追う」
「ええな、それ!」
蓮は、了解とばかりに、正樹に笑みをこぼす。
蓮が、説明する。
山元に、説明する。
正樹が、補足する。
山元に、現状を、説明する。
ミニカー作戦についても、説明する。
理解してもらい、助力を願う。
「その作戦の目途がつくまで、箱の中の住人逃亡については、
上への報告は控えたいと」
「そうです」
山元の指摘に、蓮は、素直に、頷く。
「上手く行く勝算は、あるんですか?」
「それは ‥ 」
「それは、あります」
蓮を助けて、正樹が、断言する。
山元が、フフッと息を抜いて、笑みを、こぼす。
「で、私に、何をしろと?」
「ああ、いいんです、いいんです。
いつも通り、しといてもろたら」
「別に、「特別なことは、しなくてもいい」、と?」
「はい。
ヘンに、いつもと違うことをしたら、怪しまれるので、
いつも通り、しといて下さい。
ただ ‥ 」
「ただ?」
「この件は、内緒にしといて下さい」
「ああ、それは勿論」
正樹が、通気口に、ミニカーを、セットする。
パソコンのキーボードを叩き、ミニカーを、発進させる。
パソコンの画面は、Windowで分割されている。
一つのWindowには、ミニカーから映し出される、動画。
一つのWindowには、ダクトの配置レイヤーと、建物の構内図レイヤーを重ねたものに、GPS機能を使ったミニカーの現在位置を記したもの。
もう一つのWindowには、ミニカーのバッテリー残量と、予想機動可能時間が、表示されている。
ミニカーは、静かに、ダクト内を、進む。
ミニカーのタイヤそのままでは、騒がしい道行きになってしまう。
ので、ミニカーのタイヤは、特殊静音製になっている。
と云っても、スポンジ・タイヤにしただけだが。
ダクト内を、進む。
どんどん、進む。
明らかに、箱の中の住人達が通った跡があるから、道を間違えることは無い。
右へ行ったり、左へ行ったり。
上に昇ったり、下に降りたり。
真っ直ぐが続いたり、カーブが続いたり。
当に、蛇行しながら、サーキットコースの様に、ダクト内を、ミニカーはゆく。
と、箱の中の住人達が通った跡が、急に途切れる。
そこから、ダクト外へ、出た様だ。
「正樹、そこ、どこや?」
「ここだ」
正樹が、パソコンの画面を、指差す。
蓮が、覗き込む。
通った跡が途切れていたのは、クリーニング室に繋がっているダクト。
「ここから、「外に出た」ってことか」
「そうだろう」
よく考えた、ものだ。
クリーニング室のダクトは、その業務上、空気の入れ替えを良くする為に、大き目のダクトを、設けている。
しかも、クリーニング室であれば、変装用とか、身を誤魔化す用の衣類等には、困らないだろう。
ミニカーの追跡は、ここまで。
「正樹」
「蓮」
「行くか」
「ああ」
蓮と正樹は、部屋を飛び出す。
山元は、溜め息を一つ吐き、パソコンの前に座る。
キーボードを叩き、ミニカーを、戻って来させる。
スッス スッス ‥
スッス スッス ‥
スッス スッス ‥
スッス スッス ‥
蓮と正樹は、走り出したい思いを堪え、廊下を急いで、進む。
途中、何人かとすれ違ったが、にこやかに、挨拶を交わす。
蓮と正樹は、クリーニング室に、着く。
ドアの左右に分かれ、壁に添う。
添って、構える。
蓮が、白衣の左のポケットから、出す。
正樹が、白衣の右のポケットから、出す。
銃には見えない銃を、出す。
銃と云っても、スタンガン程度の威力しかない。
所謂、空気銃で、筒先からは、圧縮された空気が、出る。
空気と云っても、相手にダメージを負わせたり、時には、気絶させることもできる。
蓮は、濃紺の銃を、構える。
正樹は、濃緑の銃を、構える。
蓮が、ドアを、開ける。
室内に、踏み込む。
Hold Up
蓮に遅れて、正樹も、室内に、踏み込む。
室内は、散乱していた。
汚れ物が、クリーニング済みが。
そして、そこら中が、洗濯物にまみれ、蠢いている。
蠢くものは、叫んでいる。
ニャーニャー
VowWow
キーキー
抜け出した、箱の中の住人の何人かは、ここに、いるようだ。
見つけはしたものの、どうやって、戻そうか?
蓮は、考え悩む。
正樹に、相談する。
正樹は、構内連絡機を取り出すと、ダイヤルを、押す。
「あ、山元さんですか?」
‥
「はい、見つかりました。
ミニカーを、こちらにやって下さい。
こちらは、クリーニング室です」
‥
「はい、ミニカーに先導してもらって、帰ってもらいます。
よろしくお願いします」
‥
「で」
正樹は、蓮の方を、向く。
「そうしよう」
正樹は、蓮が『隅々まで、理解済み』前提で、言葉を続ける。
「いやいや、何が?」
蓮は、分かっていない。
「僕と山元さんの会話で、分かっただろう」
「いや、薄っすらとしか、分からん。
詳しいとこは、全然、分からん。
しかも、山元さんの声は、俺には聞こえんし」
「ああ、そうか。
かいつまんで言うと、こういうことだ」
蓮と正樹の部署(箱管理課)から、山元さんにパソコンを操作してもらい、ダクトを使って、ミニカーを、こちら(クリーニング室)に、来させる。
ミニカーに先導してもらって、猫・犬・猿住人を、ダクトを使って、(箱管理室)に戻す。
「なるほど。
でも、それ、上手くいくか?」
「何か、懐疑点が、あるのかい?」
「素直に、ミニカーに付いて行くとは、限らんやろ?」
「それは、考えてある」
「何や?」
「エンドルフィン」
「エンドルフィン?」
「そう、エンドルフィン」
エンドルフィン ‥ 脳内麻薬(快楽)物質。
「エンドルフィンを抽出した液を、ミニカーに塗ってもらう」
「そら、こいつら、心地ええ感じになるから、それ、追い掛けよるわな。
でも、そんなもん、どこにあんねん」
「僕の机の中に、ある」
ある、らしい。
「なんで、そんなもんがあんねん?」
「『なにか、業務に使えそうだな』と思って、キープしている」
いやいや、「キープしている」って、そんなもん、どこから手に入れてん?
蓮は、『ツッコもう』と思ったが、今の事態に対処するのが先なので、やめておく。
それに、ツッコんだら、大層、ややこしくなりそうだ。
しばらくして、微かな音が、響く。
ダクトから、響く。
ミニカーは、ダクト内を、走り進む。
クリーニング室の通気口まで来ると、止まる。
「来たようだ」
「そやな」
ミニカーが来た途端、蠢くものの動きが、変わる。
猫・犬・猿住人が、何かを求めて、動く、首を巡らせる、眼を彷徨わせる。
例外無く、猫・犬・猿住人は、通気口を、見つめる。
そして、通気口へと、殺到する。
恐ろしきは、エンドルフィン効果。
猫・犬・猿住人が殺到すると同時に、ミニカーは走り出す。
方向を、一八〇度転換し、走り出す。
箱管理課を目指し、走り出す。
猫・犬・猿住人が、ダクト内を、走り出す。
にぎやかに、走り出す。
騒がしい音が、響く。
「あちゃー」
「まあ、仕方が無い」
蓮は、各部署への言い訳に、思いを、巡らす。
「足りん」
「何が、だい?」
「数」
何度数えても、数え方を変えても、足りない。
一人(匹?)、足りない。
「住人の人数、か?」
「そや」
「誰が、いない?」
「多分、猿住人が一人、いいひん」
「それって ‥ 」
「ああ。
多分、最初に出たやつ、や」
そいつは、多分、最初に自力で、箱から抜け出したやつ。
そいつは、多分、箱の木壁を切り抜いて、抜け出したやつ。
そいつは、多分、他の箱の鍵を開け放って、他の住人を解き放ったやつ。
蓮は、悔しそうに、続ける。
「おそらく、自分だけ、クリーニング室から、抜け出したんやろな」
「でも、クリーニング室は、鍵が掛かっていたが?」
「他の住人が、クリーニング室で騒いでいる隙に、自分だけ、こっそり、
抜け出したんやろ。
再び、ダクトから」
「ああ、なるほど」
「他の住人を解き放ったのも、追跡に対する目くらまし、
やったんかもしれんな」
「そこまで、頭が廻るだろうか?」
「あいつなら、やりかねん」
蓮は、逃げた猿住人に、個人的な思いがある、ようだ。
あ~、あいつとは、「アイ・コンタクト、できてた」と、思てたのに ‥
蓮は、悔やむ。
『フェイクやった』、ゆうことかい。
『俺を、騙くらかす手やった』、ゆうことかい。
蓮は、憤る。
無理も、無い。
逃げた猿住人は、『胡桃脳事業において、過去・現在を鑑みて、最高の成功事例』、だった。
そして、『未来の成果に繋がる事例』、でもあった。
その猿住人は、そのポテンシャルから、アメージング猿住人と、呼ばれている。
蓮は、すっかり、『アメージング猿住人と、意思疎通が築けた』と、思っていた。
でも、それは、フェイクだった。
アメージング猿住人の、目論みだった。
しかして、蓮は、まんまと、嵌まる。
策に、嵌まる。
蓮が喜んでいたアイ・コンタクトは、『詐欺師の眼差し』に、近いもの。
『容姿を武器にしている男女の、うるうる眼』に、近いもの。
『こちらが受け取る、眼差しに込められた意味』と、『その眼差しを送る者が、考えていること』は、まるで違う。
「どこに、逃げたんや」
蓮は、悔しそうに、呟く。
「蓮」
「ん?」
「沈思黙考に入るから、しばらく、放っといてくれたまえ」
「おお!
何か、どこ行きそうか、浮かんだんか?」
「朧げながら、見えているものがある。
それを、明確にする為、沈思黙考に入る」
正樹は、そう言うと、半目を閉じる。
綴じて、黙り込む。
メタ沈思黙考。
正樹が持つ膨大な情報群から、的確な情報を引き出す。
その為の、沈思黙考。
その情報にアクセスするにあたり、どれぐらいその周辺の情報群が整理されているか、その情報に的確なインデックスが付いているか等が、重要。
それらの具合で、沈思黙考時間は、大幅に変わる。
数秒から十数分まで、情報を引き出す時間は、変わる。
「うん」
正樹が、眼を、開く。
顔を、上げる。
今回は、数秒で、済んだようだ。
「回答を、得た」
「何処や?」
「蓮?」
「ん?」
「君なら、情報を得るには、どうする?」
「そやなー。
パソコンとかタブレットとかスマホで、ネットで検索する」
「それが使えない場合、は?」
「アナログに、頼るなー」
「具体的には?」
「本とか雑誌とか」
「何処で?」
「本屋と古本屋で、本とか雑誌とか立ち読んだり買ったり、
図書館で、本とか雑誌とか閲覧したりする」
あっ!
蓮は、思い付いた顔を、浮かべて、続ける。
「本屋とか古本屋とか、図書館」
「本屋とか古本屋は、忍び込みにくい上、得る情報が限定されてしまうから、
図書館、だろう」
「ここに、一番近い図書館は何処や?」
「府立図書館だろう。
お誂え向きに、あの周辺は緑が多いから、隠れる所に困らない」
蓮と正樹は、山元に経緯を説明し、図書館に、向かう。
図書館の職員に、聞き込む。
図書館の外周りの見張るガードマンにも、聞き込む。
テキトーに、出来事をデッチ上げ、聞き込む。
図書館内では、異常無し。
開架文書も、閉架文書も、異常無し。
館内の状況も、いつもと変りなし。
図書館の外回りでも、異常無し。
入館者も、退館者も、異常無し。
ちょっと変わった人や、明らかにホームレスと思われる人が、入退館したが、いつものことなので、いつもと変りなし。
「ただ ‥ 」
ガードマンが、口籠る。
「ただ?」
蓮が、問い直す。
「ここ、ニ、三日ほど、特徴のある人を、見ました」
「それは、どんな?」
蓮が、問う。
正樹も、ガードマンを、見つめる。
「濃紺のダブルのスーツを着て、異様に大きなサングラスを掛けて、
わりと猫背の人です」
「それで」
「図書館に入るでもなし、図書館の周りを、ちょっとウロチョロしては、
去って行きました」
「それだけ、ですか?」
「それだけ、です」
ガードマンが、断言する。
それは、この件と、関係無さそうやな。
「ただ ‥ 」
蓮が、なんとはなしに思っていた時、二度目の「ただ ‥ 」が、来る。
「ただ?」
「ちょっと、繁みを見て、ニヤッと笑ってた様に、思います」
「はあ」
「それ以降、姿を見せていない様に、思われます」
「はあ」
なんや、繋がりが有りそうで無さそうで、もどかしい感じやな。
蓮が、関係有りそうな無さそうな証言に、心の中で、身悶える。
アメージング猿住人が消えて、数日。
行方は、未だ、分からない。
が、幸いなことに、未だ、表沙汰にもなっていない。
【箱管理課】宛てに、封書が届く。
送り主の記載は、無い。
あからさまに、怪しい。
爆弾とか薬品が仕込まれている可能性が、ある。
蓮にも、正樹にも、山元にも、心当たりは無い。
だが、何処で誰に恨まれているか分からないので、完全否定もできない。
念の為、簡易スキャンを、かけてみる。
差し当たって、危険性は無い、様だ。
中身も、紙が一枚入っているだけ、のようだ。
蓮が、おそるおそる、開けてみる。
開封された封書には、便箋が一枚、入っているだけ。
便箋には、文字が二行、書かれているだけ。
https:// ‥‥‥‥
password: ‥‥‥‥
「『ここに、アクセスしろ』、ってことか」
「そのようだ」
蓮ろと正樹が、阿吽の呼吸で、言葉を交わす。
パソコンで、ブラウザを、開く。
URLを、入力する。
Enter
パスワード入力画面が、出る。
パスワードを、入力する。
Enter
画面が、暗くなる。
真っ暗な画面に、回転マークが、浮かび上がる。
動画再生の時に表示される、回転マークが、廻る。
しばらく待たされて、回転マークが、消える。
暗い画面に、音が響く。
ガシュガシュ ‥
ゴキュゴキュ ‥
ガシュガシュ ‥
ゴキュゴキュ ‥
何かを、咀嚼する音、だ。
硬いものと軟らかいものを、咀嚼する音、だ。
画面が、徐々に、明るくなる。
明るくはなるものの、夕闇ぐらいに明るさに、画面は、落ち着く。
動画は、人が、何かを、喰べているシーンらしい。
動く箸が、見える。
咀嚼している顔の動きが、見える。
喰べている人は、マスクをしている。
眼の周りだけ隠す、幅が太い、黒いマスクをしている。
イメージは、シャア・アズナブルか怪傑ゾロ、だ。
箸は、太く深みのある容器から、喰べ物を、取り出している。
スプーンで、取り出している。
容器は、複雑な形をしている、ようだ。
太い部分が続き、それが終わると、細い部分が少し続く。
それが終わると、また、太く大きい部分が続く。
太く大きい部分が始まると、翼の様に、左右に、細い部分が二つ、飛び出す。
その細い部分は二つとも、真ん中ぐらいから、内側に、折れ曲がっている。
太く大きい部分が終わると、二股に分かれた、細い部分が、飛び出している。
比較的スラッと伸びている感じ、だ。
容器は、水滴を、垂らしている。
太い部分から細い部分を伝って、滴り落ちている。
《やあ》
眼だけマスクが、気付いたかの様に、こちらへ、話し掛ける。
《さすがに、美味しいね》
眼だけマスクは、容器から、食べている物を、優雅に、箸で摘まみ出して言う。
《さすが、手塩に掛けて育てた胡桃脳、だ》
容器は、水滴を、垂らしている。
容器と繋がる細い部分を伝って、滴り落ちている。
アメージング猿住人は、泣いている。
涙は、首を伝って、滴り落ちている。
頭部は、切り開かれ、上部の髪と皮膚と頭蓋骨は、取り除かれている。
そこに、箸を突っ込まれ、胡桃脳を、取り出されている。
取り出されて、喰われている。
まるで、中華料理にあると云う、【猿の脳味噌を食べる料理】のようだ。
その料理の話にあるように、アメージング猿住人は、泣いている。
《ホントに、美味しい》
眼だけマスクは、ここで、ニヤリと、笑う。
当に、慇懃無礼に、笑う。
《常食にしたい、くらいだ》
なんやねん、こいつ。
何、言うとんねん。
蓮が、憤る。
なんだ、こいつ。
何を、とぼけたことを、言ってるんだ。
正樹も、憤る。
《うん。
常食に、しよう》
はい?
はい?
蓮も正樹も、意味が、分からない。
《と云うわけで》
眼だけマスクは、続ける。
《今後も、新鮮な胡桃脳を、もらうことにする》
なんやて?
なんだ?
《つまり》
つまり ‥
つまり ‥
《『箱の中の住人たちを、今後も、供給してもらう』って、ことだ》
なんやて!
なんだ!
眼だけマスクは、アメージング猿住人の頭の中に、箸を入れる。
ガシュガシュ ‥
ゴキュゴキュ ‥
ガシュガシュ ‥
ゴキュゴキュ ‥
アメージング猿住人の頭の中から、胡桃脳を、取り出す。
それを、口に、入れる。
咀嚼する。
アメージング猿住人は、泣く、涙を流す。
くそっ!
ちくしょう!
蓮と正樹は、憤り続ける。
《と云うわけで》
眼だけマスクが、優雅に箸を進めながら、続ける。
《今後も、箱の中の住人の逃走幇助や誘拐を続けるから、
いい胡桃脳の箱の中の住人を、育ててくれたまえ》
眼だけマスクが、宣言する。
はあ?
なんだって?
蓮と正樹は、眼で、会話する。
『なんやねん、こいつ!』
『ムカつくやつ、だ!』
《そうそう》
眼だけマスクが、思い出したように、続ける。
《『なら、木から直接、胡桃採って、食ったらええやん。
わざわざ、箱の中の住人の頭の中から、胡桃脳、採らんでも』とか、
思ってるかもしれない》
眼だけマスクは、奇妙なイントネーションの関西弁を駆使して、話す。
連と正樹は、その様に、ムカつく。
ムカつきながらも、『そうしたらええやん』と思う。
《それは、遠慮する》
なんで、また?
何故?
《なぜならば ‥ 》
眼だけマスクは、ここでも、ニヤリと、笑う。
《箱の中の住人から採った胡桃脳の方が、美味しいからだ》
こいつ、狂っとんな。
マッド・グルマン。
眼だけマスクは、ややもすると、紳士的、貴族的に、見える。
腰の低い、育ちの良い、礼儀正しい男に、見える。
が、行動も言動も、マッド。
トチ狂っている。
《うん》
眼だけマスクが、更に、思い付いた様に、言う。
《実際、使われている胡桃脳でいいわけだから、箱の中の住人でなくても、
いいわけだ》
何を言い出すんや、こいつ。
何だって?
《なにも、苦労して、箱の中の住人を箱から出して、
胡桃脳を手当てしなくても、いいわけだ》
まさか ‥
まさか ‥
《胡桃脳を使っている人間なら、そこら中に、いるからな》
眼だけマスクは、ニヤリと笑って、高らかに言い上げる。
なんやて!
なんだって!
人間から、胡桃脳を、採り出す。
人間の脳は、無くなる。
人間の頭を、開く。
つまり、殺人。
なに、宣言、しとんねん!
蓮は、パソコンの画面を、食い入る様に、睨み付ける。
《と云うわけで ‥ 》
眼だけマスクは、溜めて、続ける。
《今後、『おかしな事件が起こる』と思うが、
私の仕業が多くなることを、あらかじめ、謝っておく》
眼だけマスクは、微苦笑しながら、頭を、下げる。
慇懃無礼に。
とことん、ムカつくやつ、やな~。
虫唾が走りまくるやつ、だ。
蓮と正樹の思いは、表現が違うにせよ、一致する。
動画再生は、唐突に、終わる。
眼だけマスクが、頭を下げたところで、終わる。
眼だけマスクは、頭を、下げ続けている。
止まった画面で、頭を、下げ続けている。
下げた顔に、微苦笑を、浮かべ続けている。
止まった画面で、顔に、微苦笑を浮かべ続けている。
「どうする?」
正樹が、蓮に、訊く。
「どうするもこうするも、こいつ、捕まえなあかんやろ!」
蓮が、勢い込んで、答える。
「激しく同意、だ」
「やろ」
「でも、どうやって?」
「そりゃ ‥ 」
ここまで言って、蓮は、詰まる。
蓮は、URLにアクセスして、動画を、再度、再生する。
が、手掛かりは、何も、得られなない。
動画の隅々まで見ても、手掛かりになりそうなものは、映っていない。
蓮は、困り果てた様に、続ける。
「どうしょ?」
正樹が、息を抜いて、肩の力を抜く。
「まあ、蓮も、リラックスしたまえ」
蓮も、息を抜いて、肩の力を、抜く。
正樹が、話を、続ける。
「状況を、整理しよう」
「おお」
「まず、箱の中の住人の逃走」
「うん」
「これは、眼だけマスクは関係無く、
『アメージング猿住人が、自分が逃げる為に、巻き起こした騒動』
だと、考えられる」
「そやな」
「だから、逃走行為自体に関しては、眼だけマスクの作為は、無い」
「うん」
「眼だけマスクの関与は、箱の中の住人の逃走以後、つまり、
アメージング猿住人が、この建物から抜け出して以後、と考えられる」
「うん?」
ここで、蓮は、腑に落ちないものを、感じる。
なんか、おかしい。
蓮は、正樹に、問う。
「眼だけマスクは、曰く、『逃走自体には、関わってへん』、
ってことやろ?」
「そう」
「なんで、そんな都合良く、逃走が起こること、分かってん?」
「ああ、それは、僕の推測だが ‥ 」
正樹は、一息、置いて、続ける。
「ずっと、『ここの施設を、監視していたんじゃないか』、と」
「マジで?」
「そう考えるのが、一番自然に、思える」
うわ~。
何が、目的で ‥
‥ グルメか、グルメ探求か。
正樹は、続ける。
「そして、『生物が実際に使っている、胡桃脳が美味である』ことを、
眼だけマスクは、認識した」
「うん、したな」
「で、先程の発言、になる」
《今後も、新鮮な胡桃脳を、もらうことにする》
《箱の中の住人から採った胡桃脳の方が、美味しいからだ》
《胡桃脳を使っている人間なら、そこら中に、いるからな》
「それ、あかんやろ」
「ああ、良くないな」
「『誘拐しまくりの、殺人しまくりを、宣言しとる』、ってことやろ」
「そうだな」
「止めなあかんやろ」
「絶対、止めなきゃ駄目だな」
が、
さて、どうしたものか?
蓮と正樹は、揃って、沈思黙考に、入る。
ブウン ‥
微かに、電気の流れる音が、響く。
ガヤガヤガヤ ‥
微かに、他の部屋から流れる、会話や動く音が、響く。
フオー フオー ‥
微かに、空気の流れる音が、響く。
蓮が、顔を、上げる。
「まあ、捕まえる方策は、これから考えるとして」
「として?」
正樹が、怪訝に、問う。
「まずは、眼だけマスクの居所と云うか、
アジトを突き止めな、あかんやろ」
「ああ、それは、賛成だ」
正樹は、得心して、頷く。
頷いて、続ける。
「それは、簡単だ」
「マジで?」
「この動画のURLを逆探知すれば、いい」
「いや、フェイク・サーバー、なんぼか、かましてるやろ」
「問題無い」
正樹は、さも当然と云った風に、断言する。
「マジか」
「マジだ」
「でも、URLだけやったら、このサイトのあるサーバーの場所しか、
分からへんやろ?」
「それも、問題無い」
「無い、んか?」
「問題無い。
ラスボス・サーバーが分かれば、それをサイバー攻撃して、
この動画を送った端末の在り処を、探り出す」
「怖っ!」
正樹は、澄ました顔で、答える。
「人の命が掛かっているのだから、当たり前のことだ。
‥ ただ ‥ 」
「ただ?」
「 ‥ アメージング猿住人は、もう駄目だろうな」
寂しそうに、呟く。
「ああ、あかんやろな」
蓮も、寂しそうに、呟く。
あんだけ、胡桃脳喰われてたら、よしんば、救出できても、元のアメージング猿住人には、戻れんやろな。
『アメージング猿住人の、思考のクオリティは、失われてる』やろな。
蓮は、振り切って、正樹に、願う。
「ほな、ラスボス・サーバーの突き止め、頼むわ」
「頼まれた」
「俺は、建物の周囲の状況を、探って来る」
「それは、やめてくれ」
「えっ?」
蓮が、正樹を、驚いて、見る。
「眼だけマスクが、警戒するかもしれないから、
ラスボス・サーバーを突き止めるまで、それは、やめてくれ」
「ああ、そういうことか」
「眼だけマスクを、油断させたい」
こっちが、対応策を繰り出せずに、手をこまねいている。
正樹は、眼だけマスクに、そう思わせたいらしい。
「分かった。
ほな、眼だけマスクの情報が無いか、ちょっと、そっち方面を、
探ってみる」
「そうしてくれ」
「おはよう御座います」
そこへ、山元が、出勤して来る。
「蓮、山元さんに、説明しといてくれたまえ」
言うや、正樹は、さっさと、部屋から出る。
「あ~っ」
蓮は、身悶える。
一方的に任されて、蓮は、身悶える。
「どうしたんですか?」
山元は、問う。
「いや、別に」
蓮は、誤魔化す。
「どうしたんですか?」
山元は、問い詰める。
「 ‥ はい、実は ‥ 」
蓮は、説明を、始める。
蓮、正樹、そして山元が、一同に会す。
と云っても、山元は、オブザーバー的立場。
議題の進行には、口を、挟まない。
「URLから、探ったところ ‥ 」
正樹が、言って、続ける。
「ラスボス・サーバーが、判明した」
「おお!」
「今は、ラスボス・サーバーから、サーバー管理者名かユーザー名が
抜き出せないか、試みている。
多分、『時間の問題で、抜き出せる』、と思う」
「マジか?」
「マジだ」
「さすが、頼りになる、凄腕ハッカー」
「それは、褒められているのか、けなされているのか、
微妙な心地になる評価、だな」
正樹が、苦笑して、言って続ける。
「蓮の方は、どうなんだい?」
「ちょっとだけやけど、成果は、あったで」
「マジか?」
「マジで」
「どんな成果だ?」
「ネット、図書館、近所の聞き込み、をしたんやけど、一番成果あったのは、
近所の聞き込み、やった」
「どんなものだ?」
「なんや、最近、近所に、イヤホンして、パッドを見ている男が、
いたらしい」
「そんなやつ、珍しくもない」
「いやいや、噂や口コミによると、通勤通学・帰宅時間外に、
決まって、出没したらしい」
「それは、妙だな」
「そやろ。
で、髪型とか靴とか、イヤホンとかパッドは、いつも同じ感じやけど、
服装は、毎回、変わっていたらしい」
「『制服とかじゃない』ってことか。
ますますヘン、だな」
「そやろ。
で、印、付けてみてん」
言うと、蓮は、机の上に、地図を広げて、続ける。
「ここら辺の地図に、ヘンな男の出没情報があった所に、
印を、落とし込んでみた」
蓮の広げた地図を見ると、そこらかしこに、印が、付いている。
×の印が、付いている。
蓮と正樹と山元は、地図を、見つめる。
食い入る様に、見つめる。
×印は、『ゆるやかに、円を描いている』様だ。
『ある点を核にして、円を描いている』様だ。
「蓮、ここ」
正樹が、何かに気付いて、尋ねる。
「ああ、ウチ、や。
ここの建てもん、や」
蓮は、正樹と山元の顔を、見廻す。
円の中心は、核は、ここの建物 ‥ この研究所施設、になっている。
ここの施設の周辺を、ヘンな男は、うろついていたことになる。
この施設を、監視していたことになる、探っていたことになる。
「では、『前から、ウチの施設を、監視していた』、と」
正樹が、問う。
「ああ、そうみたいや」
蓮が答えて、続ける。
「どうも、『脱走騒ぎが契機』ってことや、無さそうやな」
「『前から監視していたところに、うまく脱走騒ぎが起こった』、
ってことか」
「そやな。
動機は分からへんけど、『わりと前から、監視されてた』、
ってことやと思う」
いや、動機は分かるか。
蓮は、思い付いて、正樹を見つめる。
正樹が、蓮の言いたいことが、分かった様に、口を開く。
「マッド・グルマン」
「まあ、そやろな」
「『狂気じみていようと、美味しいものが食べたい』、と」
「あの動画を見たら、それが、一番妥当な理由やろな」
「また、どうして?」
「どっかで「胡桃脳は、美味い」とか聞き付けて、
胡桃脳を培養・活用しているウチに、眼ぇ付けたんとちゃうか」
「なんだ、それ」
正樹は、静かに憤って、続ける。
「そんなものの為に、アメージング猿住人は、苦しんで、おそらく、
死んだのか」
「そやろな」
蓮は、正樹を落ち着かせる様に、わざと素っ気無く、返す。
「蓮」
「ん?」
「このままでは、眼だけマスクは、連続殺人を、引き起こす」
「その可能性は、高いやろな」
「胡桃脳を賞味する為に、胡桃脳を使っている人を殺して、
胡桃脳を採り出すだろう」
「俺も、そう思う」
「その凶行を止める、あるいは、眼だけマスクを捕まえる、
何かいい手は無いか?」
お前の方が、ええ手、思い付くやろ。
と、蓮は言いたかった。
が、おいそれと、それが思い付かないほど、『正樹は、憤っている』のだろう。
「ええ手、な~」
蓮は、何の気なしに、時計を、見る。
なんやかんやで、今日の収穫時間が、来る。
時間は、お構いなしに、出来具合確認の時間を、求める。
あっ!
蓮の顔が、パッと、光る。
「ある。
思い付いた」
蓮が、自信ありげに、正樹に、頷く。
「こちらへ、並んでくださ~い」
スピーカーから、声が、響き渡る。
受付テントに向かって、三々五々、集まっていた人並みは、動く。
動いて、列を作る。
受付テントの横の、本部テントに、蓮と正樹は、いる。
目立たない様に、椅子に、座っている。
傍らには、山元と木本も、座っている。
「蓮」
「ん?」
「本当に、来るのか?」
「可能性、めちゃ高、やろ」
「ホントか?」
木本が、蓮に、半信半疑。
「ホンマ、ホンマ。
こんだけ煽ったら、来よるやろ」
蓮の手には、チラシが、ある。
今日のイベントのチラシが、ある。
【胡桃、取り放題!
この度、財団法人NBF研究所の敷地内庭園に於いて、
胡桃の採り放題イベントを、行います。
胡桃脳にする為に、丁寧に栽培された胡桃なので、
味の方は、保証できると思います。
先着三十名様限定で、無料です。
(入場無料、もちろん、採った胡桃の持ち帰りも、無料です。)
振るって、ご参加ください。
日時:****年**月**日(*) **時~
場所:財団法人NBF研究所内 庭園
連絡先:(***)***‐**** 木本
よろしくお願いします。】
と、チラシには、書かれている。
「まあ、来てもらわないと、困る」
木本は、断言気味に、言って続ける。
「ウチの部署も、手伝ってるし」
「そやな」
「ウチの課とか、上役とかに、話持って行ったの俺なんで、
捕まえてもらわんと、困る」
「それは、重々、承知」
「で、蓮」
正樹が、訊く。
「ん?」
「怪しいやつは、来たのかい?」
「う~ん。
それが、まだ」
「「「 来てへんのかい! 」」」
三人は、一斉に、ツッコむ。
「今までは、家族連れが多くて ‥ 」
「そうは言っても、もう、二十人は、来ているんだろ?」
「そう思う」
「入場定員まで、すぐじゃないか」
「そやな。
う~ん ‥ 」
頭を伏せて悩み出した蓮を見て、三人の心の中には、浮かぶ。
『『『 今日は空振り、かもしれない。 』』』
同じ思いを、浮かべる。
「あれっ」
山元が、出し抜けに、声を漏らして、続ける。
「あの人、怪しいんじゃ、ないですか?」
山元の目配せ先に、蓮、正樹、木本も、眼をやる。
気付かれない様に、視線の端で、その人物を、捉える。
確かに、怪しい。
容姿も、恰好も、行動も、さしておかしいところは、無い。
ただ、何点かが、おかしい。
大き過ぎるサングラスを、掛けている。
こういう場に、男一人で来ている。
家族連れ、でもない。
カップル、でもない。
友達同士、でもない。
いや、偏見はいけないが、注意するに越したことは、ない。
こそこそ話が、始まる。
「こんなとこ、のこのこ、本人が、一人で来るか?」
と、蓮。
「いや、眼だけマスクの顔は詳しく知らないから、手下かもしれない」
と、正樹。
「と云うことは、あいつを捕まえて、アジトとか吐かせよう」
と、木本。
「とか言う前に、あの人、本人そのものでしょ?」
と、山元。
「ホンマに?」
蓮が、問い返す。
正樹も、木本も、『ホンマに?』の顔を、山元に向ける。
「だって、ほら」
山元の視線を辿り、視線の端で、怪しい男を、見る。
『『『 ああ、なるほど 』』』
なるほど、動作が、いちいち優雅。
いちいち、慇懃無礼。
「あ~、間違い無いな」
蓮が、保証する。
動画の動きに、よく似ている。
てか、そのもの。
「あんな顔してたのか」
と、正樹。
「サングラスで分からないところ以外は、イケメンと云うか、
正統派ハンサムだな」
と、木本。
「いや、綺麗で貴族的な顔立ち、と云うべきでしょう」
と、山元。
志向、性格はともかく、眼だけマスクの実際の顔は、皆、絶賛。
容姿も、悪くない。
背が高く、スラッと背筋が伸びている。
足が長く、顔が小さい。
袖口や首周りに、フリルのついた服が似合いそうだ。
誠に、残念中の残念な男だ。
蓮は、動画の中の眼だけマスクと比べ、心で、溜め息をつく。
一人で来ているので、眼だけマスクは、単独行動する。
一人で、木々を、選別する。
一人で、木々の胡桃を、採る。
明らかに、周りと、別行動だ。
明らかに、周りから、浮いている。
私が、眼だけマスク、です。
私だけ、周りの人と、目的が、違います。
と、オーラで示して、行動している様だ。
蓮が、受付に、行く。
受付から、参加者名簿を、もらって来る。
「これ」
名簿を示して、続ける。
「眼だけマスクの本名、載ってんのとちゃうか?」
「いや、さすがに、本名では、参加していないだろ」
正樹が、答える。
木本と山元も、ウンウン、頷く。
「分からへんで~」
蓮は、名簿を覗き込み、続ける。
「それらしいのは ‥ 桂枝雀」
「偽名、だ」
「偽名、だな」
「偽名、ですね」
三人とも、有無を言わせず、断定する。
「ほな、なんでこんなミエミエの偽名を、使うねん?」
蓮は、ちょっと怒った様に、勢い込んで、問う。
「それは、あれだろ」
正樹は、受けて、答える。
「『まさか、罠だ』とは、思ってないんだろう」
「ほな、純粋に、『胡桃採りに、来た』、と」
「そう」
「『なんの警戒もせずに、のこのこ、ウチにやって来た』、と」
「そう」
「舐められたもんやな~」
蓮は、再び、 ちょっと怒った様に、勢い込んで、言う。
「そう。
だから ‥ 」
「ある意味、チャンスだ」
「チャンス、か?」
「警戒をしていないのなら、無事に逃げる策とか手を、
打っていない可能性が、高い」
「確かに」
「おそらく、捕まえるのは、た易い」
「おお!」
蓮は、もう捕まえた気で、喜色満面。
「で、どうしよう?」
正樹が、考え込む。
蓮が、すかさず、軽く言う。
「こうしたら、ええんちゃうか?」
「どうするんだ?」
「眼だけマスクが一人になったら、こっちの四人で、取り囲む」
ノー・プラン。
こっちも、策とか手とか、考えていなかった、らしい。
蓮は、計画を練っていなかった、らしい。
「 ‥ じゃあ、そうしよう」
正樹の心中の溜め息が、聞こえるようだ。
正樹が、眼を向けると、木本と山元も、頷く。
『『やれやれ』』、と云った具合に、頷く。
眼だけマスクは、木から木へと、移りゆく。
それらの木の近くには、家族連れ等、人がいる。
作戦実行には、不適当。
しばらく、眼だけマスクを、なんとはなしに、眼の端で、追う。
眼だけマスクは、他愛無く、木を物色している、。
思い付いたように、胡桃を、拾っている。
胡桃を、矯めつ眇めつ、眺める。
培養前の、普通の大きさの胡桃を、じっくり、見つめる。
培養後の、胡桃脳になった状態を、想像しているのだろうか。
一つの木で、立ち止まる。
立ち止まって、じっくり、木を、眺める。
足元に落ちている胡桃を、拾う。
胡桃を、じっくり、見つめる。
ちょっと位置を変えて、再度、木を、眺める。
足元に落ちている胡桃を、再度、拾う。
胡桃を、再度、じっくり、見つめる。
これを、位置を変えながら、あと三回、行なう。
眼だけマスクが、微かに、頷く。
ニヤリと、頷く。
この木に、決めたらしい。
御誂え向きに、その木には、誰も、いない。
木の周りにも、誰も、いない。
時は、来た。
「作戦、開始」
蓮が、小さく言う。
正樹と木本と山元は、頷く。
四人は、一切に、立ち上がる。
サッサッサッ、と、音を立てない様に、歩む。
速やかに、その木に、近付く。
(サングラス姿の)眼だけマスクの前後左右に、ポジションを、取る。
お互いのポジションを、確認する。
お互いに頷き合い、眼だけマスクとの距離を、詰める。
サッサッサッと、音を立てない様に、詰める。
屈んで、胡桃を拾っていた(サングラス姿の)眼だけマスクが、立ち上がる。
視線を、前後左右に、巡らす。
『やれやれ』とばかりに、肩を、竦める。
肩を竦めると、右腕を上げ、伸ばす。
右掌を、前に、付き出す。
「STOP」
蓮、正樹、木本、山元は、歩みを、止める。
「大体、用事は分かるが、一応、訊いておこう」
眼だけマスクが、口を開き、問う。
「眼だけマスク、やな?」
蓮が、問い返す。
「何だ、それは?」
眼だけマスクが、怪訝な顔で、返す。
そうやった。
【眼だけマスク】って、俺らの間だけのスラング、みたいなもんやった。
眼だけマスクは、自分が、【眼だけマスク】って呼ばれてることは、知らんわな。
「胡桃脳を備えた猿、を誘拐したのは、お前やな」
蓮は、言い直して、問う。
眼だけマスクは、ファサッと、前髪を、横に、かき上げる。
「いかにも、僕だ」
全然、悪びれずに、返す。
「そいつを、俺らの元へ、帰してくれ、戻してくれ」
「それは無理、だ」
へっ?
蓮も、正樹も、木本も、山元も、顔に、?が浮かぶ。
眼だけマスクは、さも当然の様に、続ける。
「彼は、死んだんじゃないかな?」
「はあ?」
「脳味噌を大きく損傷すれば、早かれ遅かれ、死ぬ可能性は高いからな」
眼だけマスクは、サラッと、軽やかに答える。
『詳細な今までの経緯について、蓮・正樹・木本・山元は、了承済み』、という風に、答える。
「なんやそれ」
蓮は、憤りを隠さないで、続ける。
「まるっきり、無駄死にやないか」
「無駄死に、ではない」
眼だけマスクが、自信有り気に、断定する。
「無駄死に、やろ?」
「無駄死に、ではない」
「何で、そんなこと言える?」
「大変、美味しかった」
「はい?」
「彼の胡桃脳は、大変、美味しかった」
なんやて。
アメージング猿住人の胡桃脳は、大変、美味しかった。
眼だけマスクは、その胡桃脳の美味しさを、堪能した。
だから、『その美味しい桃脳を提供したアメージング猿住人の死は、無駄死にではない』、とでも言うんかい。
蓮は、思いの丈をぶつける様に、眼だけマスクを、睨む。
眼だけマスクは、蓮の思いが分かったかの様に、頷く。
『やれやれ』といった風に。
「僕に、ひと時でも、至高の時間を与えてくれたのだから、
彼の死は尊い」
何様。
眼だけマスクは、何様。
なんや、フランス貴族か、英国紳士か!
分からん。
ああ、分からんな。
分かりとうもないな。
眼だけマスクの志向と、全然、相容れない。
一滴も、共感できない。
眼だけマスクの物言いに、蓮は、ますます、心をヒートする。
これは、いけない。
正樹は、蓮を見て、判断を下す。
蓮の心と頭を、冷やさなくては。
蓮から、冷静な判断が、奪われてします。
敵の術中に、嵌まってしまう。
「どうしてだい?」
正樹が、口を、開く。
口を、挟む。
「いや、理由は、既に、言っているが」
眼だけマスクが、『これは、心外』と云う様に、眼を、パチクリさせる。
「どこだい?」
「いや、『僕に、ひと時でも、至高の時間を与えてくれた』、と」
「何が、そうなるんだい?」
眼だけマスクの顔に、ほんの微かだが、イラつきが、浮かぶ。
「『僕に、ひと時でも、至高の時間を与えてくれる』ほど美味しい胡桃脳を、
提供してくれたからだ」
「アメージング猿住人が?」
「あの、お猿さんは、アメージング猿住人、と言うのか?」
眼だけマスクが、何の気も無しに、軽く、返す。
「ああ、やっと僕たちが、
『動物にも胡桃脳を移植して、初めて高度な知性を持ちそうな』猿住人
だった」
「ふむ」
「『人間と動物が、心から、お互いの考えを理解し、共感を持てる』ことに、
道筋を付けてくれそうな、猿住人だった」
「ふむ」
眼だけマスクは、疑問を顔に出し、続ける。
「それと僕と、何の関係があるんだい?」
眼だけマスクの言葉に、蓮と木本と山元が、眼を剥く。
正樹の顔から、色が、消える。
「「何の関係も無い」、と言うのかい?」
「そう言ったんだが」
「何故、そう思う?」
眼だけマスクは、微かに、肩を竦ませる。
「逆に訊くが、どうして、『僕が、関係ある』と、思うんだい?」
正樹は、断を、下す。
ダメだ。
徹底的に、通じない。
どう転んでも、意思疎通が、出来ない。
まるで、異星人と、話している様だ。
当に、糠に釘、豆腐に鎹、だ。
正樹は、蓮を、見る。
憤りを超え、ちょっと、『呆れてものも言えない』状態が、見て取れる。
木本と山元も、同じ状態みたいだ。
話し合いは、無駄、だな。
正樹が、再び、断を、下す。
「やめてくれ」
「なんだい?」
眼だけマスクが、訊き直す。
「胡桃脳を食べることは、やめてくれ」
正樹が、言う。
強く、言う。
眼だけマスクは、『これは、異な事を』とばかりに、眼を、丸める。
「いやいや、『僕が、美食を楽しめない』じゃないか」
「これから、どうやって、胡桃脳を、集めるんだい?」
「ふむ、君たちの施設から、提供を受けるのは、どうだろう?」
「胡桃脳になる前の胡桃なら、どうぞ」
「それは、困る」
眼だけマスクは、ここで、ニヤリと笑い、続ける。
「胡桃よりも、胡桃脳の方が、何倍も、美味しい」
マッド・グルマン。
「それは、何かい?」
「ふむ」
「胡桃を、胡桃脳に培養したものでもいいのかい?」
「それも、なるべく、避けたい」
眼だけマスクは、ここでも、ニヤリと笑い、続ける。
「最近まで活動していた胡桃脳の方が、何倍も、美味しい」
マッド・グルマン、再び。
活動している胡桃脳とは、動物の頭の中で活動している胡桃脳のこと、だろう。
それはつまり、これからも、(胡桃脳を持つ)箱の中の住人を、誘拐するかもしれない、と云うこと。
それはつまり、胡桃脳を持っている人間から、胡桃脳を取り出すかもしれない、と云うこと。
とどのつまり、殺人を犯しかねない、と云うこと。
「聞き捨てならんな」
「ああ、聞き捨てならない」
「聞き捨てなりませんね」
蓮、木本、山元が、次々に、声を上げる。
「おや、どうするんだい?」
眼だけマスクは、あくまで慇懃無礼を崩さずに、問う。
「お前を、捕まえる」
正樹が、断固として、返答する。
おやおや。
眼だけマスクは、眼を細める。
正樹を、小馬鹿にする様に、眼を、細める。
パンパン ‥
(サングラス姿の)眼だけマスクが、手を、叩く。
腕を水平に上げ、縦にした両掌を、打ち合わせる。
レストランで、ボーイを、呼ぶ様に。
ザッ ‥
一斉に、振り向く。
こちらを、振り向く。
家族連れ、カップル等々が、一人残らず、こちらを、振り向く。
ザッザッ ‥ ザッザッ ‥
そして、こちらへ、距離を、詰める。
みんなグル、やったんか!
蓮が、驚く。
正樹も、木本も、山元も、目を丸くして、驚きを隠せない。
手伝いの研究所職員も、驚いている。
驚いて、固まっている。
「ふむ。
形勢、逆転だ」
眼だけマスクは、『どうする?どうする?』という様に、正樹を、見る。
明らかに、面白がって、見る。
正樹が、顔を、顰める。
顰めて、俯く。
声を、漏らす。
ウッ ‥ ウッ ‥
ウッ ‥ ウッ ‥
‥‥
アハハッ ‥ アハハッ ‥
アハハッ ‥ アハハッ ‥
漏らした声は、可笑しくって仕方が無い声に、変わる。
何が、可笑しい?
眼だけマスクは、眉を、竦める。
「ここは、僕達のホーム、だ」
正樹が、高らかに、宣言する。
「だから、僕達は、逃げ攻めるさ」
その正樹の声を合図として、正樹、始め、蓮も、木本も、山元も、逃げる。
速やかに、その場を、翻して去る。
手伝いの研究所職員も、スイッチが入ったかの様に、すぐさま動いて、持ち場を去る。
ブブブ ‥
ゴゴゴ ‥
と、同時に、音が響く。
重そうな音が、響き渡る。
何かが動く音が、響き渡る。
その音は、移動している。
その音は、近付いている。
その音が、現れる。
その機械が、現れる。
ロボットに変形しかねない様な、無人遠隔操作のトラックが、現れる。
トラックの荷台が、ガバッと、開く。
にょんと、荷台から、アームが、飛び出す。
トラックは、眼だけマスク目掛けて、近付く。
アームは、眼だけマスクを、目指している。
眼だけマスクの配下らしき、家族連れ、カップル等が、集まって来る。
眼だけマスクの元へ、速やかに、集結する。
眼だけマスクをかばう様に、眼だけマスクの周りに、円陣を、組む。
あかんて。
ヤバいて。
引かれるて。
安全地帯に逃げ込んだ蓮は、円陣を見て、そう思う。
早よ逃げな、あかんやろ。
正樹と、視線を、交わす。
正樹も、そう思って、いるようだ。
木本とも、視線を、交わす。
ヤバい。
やはり、そう思って、いるようだ。
山元とも、視線を、交わす。
ヤバいんじゃ、ないですか。
やはり、そう思って、いるようだ。
アハハッ ‥ アハハッ ‥
トラックと、配下の円陣の距離が、数メートルになった時、響く。
眼だけマスクの高らかな笑い声が、再び、響く。
アハハッ ‥ アハハッ ‥
可笑しくって仕方が無い、らしい。
なに、笑っとんねん。
痩せ我慢か。
いや、痩せ我慢では、無い。
蓮の思いに反して、眼だけマスクは、余裕の笑みを、浮かべている。
眼だけマスクは、取り出す。
ポケットから、掌サイズの、筒状のものを、取り出す。
その筒状と云うか、円柱形のものは、頭頂部が、赤くなっている。
明らかに、赤いボタンと、なっている。
眼だけマスクは、その掌サイズの円柱を、高々と、掲げる、
右腕で、頭上に、高々と、掲げる。
そして、右手親指で、赤いボタンを、押す。
ブブブ ‥ ブウン ‥‥
ゴゴゴ ‥ ゴウン ‥‥
トラックは、急停止する。
アームも、動きを、止める。
まるで、急に、電源を切られたかの様に、トラックもアームも、止まる。
何、しよった!
蓮は、眼だけマスクを、見る、睨む。
「どうも、遠隔操作の電波を、ジャックされたらしいな」
正樹が、呟く。
『電波を乗っ取られて、止まってしもた』って、ことか。
と、すると、
‥ ブブブ
‥ ゴゴゴ
トラックが、再び、動き出す。
動き出して、方向転換する。
一八〇度、方向転換する。
方向転換したトラックは、走り出す。
木々の生い茂る庭の、外へ、向かって。
研究所の庭園の、外へ、向かって。
トラックの背後に、人々は、続く。
眼だけマスクを始め、眼だけマスクの配下の、家族連れ、カップル等も、続く。
並んで、一列になり、粛々と、続く。
まるで、トラックを先頭にした、大名行列のように、続く。
こんな手が、あったのか ‥ 。
正樹が、感心して、悔やむ。
トラックの遠隔操作電波は、完全に、乗っ取られている。
心強い味方が、手強い敵と、化している。
トラックが先頭なので、トラックを壊したくないこちらは、手を出せない。
よしんば攻撃しても、トラックが、盾になり弾き返し、逆にこちらを、攻撃して来る。
トラックは、進む。
行列も、進む。
眼だけマスクの顔は、勝ち誇る。
ああ、このまま、まんまと、逃してしまうのか。
正樹は、眉を寄せ、顔を曇らせる。
「電波とかデジタルとかで、あかんのなら、
アナログとか物理的にとかで、いかなあかんな」
蓮が、言う。
正樹は、蓮を、見る。
蓮は、口角を上げて、ニヤッと、笑う。
研究所の敷地への入り口であり、出口。
の外側を、少し行ったところ。
人もトラックも、ここを通る。
ここに、掘る。
溝を、掘る。
深くなくても、いい。
数センチで、充分だ。
人は、いい。
なんなく通る、だろう。
だが、トラックは?
トラックは、おいそれとは、通れないはず。
溝に、足を、取られるはず。
溝に、タイヤが、嵌まり込むはず。
入り口には、シャッターを、降ろしている。
セキュリティの為に、二重シャッターに、なっている。
しかも、シャッターの手前には、扉が、控えている。
分厚い、左右開きの、扉が、控えている。
溝を掘る時間は、充分過ぎる程、稼いでくれそうだ。
溝が、掘れる、出来る。
人手は、蓮、正樹、木本、山元の他には、必要無かった。
タイヤを落とすのに、左右宇二つの溝は、必要無い。
トラックを動けなくすれば、それでいい。
片側のみ、一つの溝を、作成する。
ガー ‥
ガー ‥
すんなり、扉が、開く。
ギャギャ ‥ ガー ‥
すんなり、シャッターも、開く。
溝の作成が出来たので、被害が出る前に、扉とシャッターを、開け放ったらしい。
ギャギャ ‥ ガー ‥
すんなり、二枚目のシャッターも、開く。
開いたシャッターの後ろに、一群列が、続く。
トラックを先頭にして、眼だけマスク一党が、続く。
蓮は、右腕を水平にして、胸の前に、かざす。
右手の掌は、上にする。
左腕を後ろにまわし、腰の辺りに、備える。
右脚を、後ろに、下げる。
身体を、礼をする様に、屈める。
どうぞ、お通り下さい。
通れるもんなら。
蓮は、貴族風に、優雅に、姿勢で、伝える。
メッセージを、伝える。
眼だけマスク、に。
(サングラス姿の)眼だけマスクは、溝を、眼にする。
『これは、参った』と云う風に、手で、眼を、覆う。
しかし、口は、浮かべる。
ニヤリの笑みを、浮かべる。
行列は、一端、止まる。
眼だけマスクは、傍らにいた男女に、耳打ちする。
男女は、コクンと頷くと、前方に、行く。
トラックのすぐ後ろに控える人々のところへ、行く。
それらの人々に、耳打ち、する。
それらの人々も、コクンと、頷く。
それらの人々は、トラックの荷台に、群がる。
ワラワラと、群がる。
トラックの荷台から、取り出す。
ワラワラと、取り出す。
胡桃を、取り出す。
取り出した胡桃を、溝に、放り込む。
続々、ワラワラと、放り込む。
溝は、胡桃で、埋まる。
これで、支障は、無くなったな。
眼だけマスクの合図と共に、行列は、動き出す。
トラックを先頭に、進み出す。
キュッキュッ ギュッギュッ ‥
キュッキュッ ギュッギュッ ‥
トラックのタイヤが、胡桃に、乗る。
胡桃が、音を、立てる。
トラックは、構わず、進む。
キュッキュッ ギュッギュッ ‥ パキッ ‥
キュッキュッ ギュッギュッ ‥ パキッ ‥
胡桃の割れる音が、響く。
断続的に、響く。
丹精込めて育てた胡桃が、無残に、割られる。
食されることも無く、タイヤに踏みつけられ、使い捨てされる。
蓮は、眼を潤ませ、右手を、握りしめる。
正樹は、厳しい視線を、眼だけマスクに、飛ばす。
木本は、山元の顔を、胸元で、隠す。
キュッキュッ ギュッギュッ ‥
キュッキュッ ギュッギュッ ‥
音は、響く。
キュッキュッ ギュッギュッ ‥ パキッ ‥
キュッキュッ ギュッギュッ ‥ パキッ ‥
音は、響き渡り続ける。
トラックが通った後も、行進は、続く。
人の列は、続く。
溝に入った胡桃を踏みつけながら、行進は、続く。
行列は、通り過ぎ、進んで行く。
施設から遠く離れ、去ってゆく。
行列は、視界の端に差し掛かり、ついには、見えなくなる。
眼だけマスク一味の行列が、完全に、去る。
沈黙が、落ちる。
蓮、正樹、木本、山元、始め、研究所職員達に、沈黙が、落ちる。
沈黙が落ち、みんなの肩が、揺れる。
「 ‥ アハハ」
「 ‥ ハハハ」
「 ‥ ワハハ」
「 ‥ フフフ」
「「「「「「「「「「 アハハハハ 」」」」」」」」」」
笑い声が、響く。
肩を揺らし、笑う。
「役者!」
「名レスラー!」
「エンターティナー!」
「本格女優!」
「「「「「「「「「「 グッジョブ! 」」」」」」」」」」
蓮と、正樹と、木本と、山元と、研究所職員達は、お互いに、褒めそやす。
四人は、素早く、施設内に、戻る。
四人揃って、【箱管理課】へ、帰る。
「さて、と」
正樹が、机に着く。
椅子に座り、パソコンを、立ち上げる。
立ち上がったパソコンを操作して、画面を、出す。
出した画面には、地図が、映っている。
地図上では、赤印が、移動している。
正樹は、そこまで、操作すると、向き直る。
正樹の後ろで、椅子に座って見守っていた、蓮、木本、山元に、向き直る。
一八〇度、後ろに向き直った正樹は、言う。
「こんな感じ、だ」
パソコンの画面を、指し示して、言う。
三人は、一斉に、パソコンの画面を、覗き込む。
赤印は、トレーサー(発信機)の位置を、示している。
幾つかの胡桃に仕込んでおいた、トレーサーだ。
「お、動いとる、動いとる」
蓮が言う様に、赤印は、順調に、動いている。
道をゆき、道無き道を、ゆく。
「これ」
木本が、口を開いて、続ける。
「トラック行くの、無理じゃないか?」
道無き道を指して、問う。
「『トラック、捨てた』んだと、思う。」
正樹が、答える。
「捨てた、のか?」
「うん。
目立つ上、ちゃんとした道しか行けない」
「そうか」
「なるべく人目に付かない様に、道無き道みたいなところを、
行きたいだろうし」
「なるほど」
赤印は、動く。
動き続ける。
と、
急に、止まる。
止まって、その辺りで、細かに、動く。
ピクピクと、脈動する様に、動く。
「これ」
蓮が、すかさず、口を開いて、続ける。
「アジト、着いたんちゃうか?」
パソコンの画面を見つめていた正樹が、見つめたまま、答える。
「そのようだ」
「場所、分かるか?」
「この辺り、だな」
正樹が、キーボードを、叩く。
マウスを、操作する。
パソコンの画面に、レイヤーが、下りる。
赤印移動図に、現場地図のレイヤーが、重なる。
「ここか」
蓮が、言う。
赤印が止まった辺りは、三方、山に囲まれた、小さな小さな平野。
プチ盆地、と言ってもいい。
「お誂え向き、ですね」
「僕も、そう思う」
山元の指摘に、正樹も、同意する。
「蓮」
「ん?」
「もうそろそろか?」
「そやな。
『もうそろそろ』やと、思う」
蓮と正樹は、一列になって、道を、進んでいる。
山道を、進んでいる。
正確には、蓮が前、正樹が後ろだ。
蓮のMTBに続いて、正樹のMTBが、続いている。
MTBは、ランドナー仕様に、している。
物がたくさん運べるように、している。
純粋に、山道を走るのには適していないが、アウトドアやキャンプ等には、重宝する。
蓮と正樹が目指すのは、もちろん、プチ盆地。
眼だけマスクのアジトがあるであろう、赤印の止まった、プチ盆地。
蓮と正樹は、山の中腹で、木々がまばらに生えている所で、止まる。
そこは、木々の合間からとは云え、眺望が、開けている。
下界の景色が、見える。
プチ盆地の様子が、よく分かる。
プチ盆地は、小さな集落になっている。
が、人の気配は、無い。
家屋は、ここからでも分かるくらい、朽ち果てている。
田畑は、ここからでも分かるくらい、雑草が、生い茂っている。
その中で、一軒、真新しい家屋が、ある。
立派な家屋で、所謂、庄屋屋敷っぽい。
石垣が組んであり。重厚な門も、構えている。
屋敷の周りには、田畑が、設けられている。
家屋を囲む様に、田畑が、もうけられている。
堀の代わり、と、見ることもできる。
蓮と正樹は、顔を上げて、お互いの顔を、見る。
視線で、会話する。
『あそこ、やな』
『間違い無い』
『やけど、どうやって、近付く?』
「それも、問題無い」
正樹が、声に出して答えて、続ける。
「正々堂々、真正面から、行こう」
「はい?」
蓮は、鳩に豆鉄砲で、訊き返す。
「正面玄関から、普通に、行こう」
「いやいや、いやいや。
捕まるやん?」
「捕まるな」
「牢屋に、連行されるやん?」
「されるな」
「あかんやん」
「でも、被害を受けること無しに、中に侵入することは、できる」
「 ‥ そやな」
「眼だけマスクのことだから、僕達を、即処理することは、ないだろう」
「そやな」
「対面して、言葉を交わして、僕達をいたぶろうと、するだろう」
「するな」
「だから、無事に、『眼だけマスクと、対面できはする』、ってことだ」
「なるほど」
「よって、考えるのは」
「考えるのは?」
「その後の、逃げる算段だけ、すればいい」
「おお!
何か、考えが、あるんか?」
ここで、正樹は、にっこり、笑う。
「無い」
「ノー・プラン、かよ!」
蓮のツッコミは、速い。
「それは、追い追い、考えるさ」
正樹は、メゲるどころか、ツッコまれたことが嬉しそうに、返す。
「ほな、捕まりに、行くか」
「了解だ」
二台のMTBは、山を、下る。
山を出て、プチ盆地に、入る。
入って、道をゆく。
道は、舗装されていない。
『雨が降ったら、さぞ泥道になりそうな道』、だ。
その道を、MTBは、快調に、飛ばす。
眼だけマスク・アジトに向かって、一直線に、飛ばす。
アジトに、近付く。
アジトの前で、門番らしき人物に、止められる。
そして、捕まる。
予定通り、捕まる。
MTBは、没収される。
蓮と正樹は、連行される。
まんまと、アジトの中へ、連行される。
だが、母屋の中には、連行されない。
離れの方に、連行される。
門をくぐると、平屋建ての、「これぞ、庄屋屋敷」と云った家屋が、目に入る。
庄屋屋敷から庭を挟んで、「充分、普通の家屋」と云える離れも、目に入る。
そちらの離れの方に、連行される。
離れに入るが、靴は、脱がない。
そのまま、階段に、入る。
階段を、降りる。
階段を、降り切る。
闇。
暗い。
連行人が、スイッチを入れたらしく、灯りが点る。
眼の前に、浮かぶ。
牢屋が、浮かぶ。
二部屋の牢屋が、浮かぶ。
牢屋は、分厚い鉄の扉が、入り口。
鉄の扉には、眼に当たる部分に、覗き窓が、設けられている。
足元の部分に、物の取入・取出口らしきものが、設けられている。
後は、飾りも何も無い、鉄。
刑務所の、独居房の、キツい感じのものが、連想される。
蓮と正樹は、別々の牢屋に、入れ込まれる。
バス ‥
バス ‥
重々しい音が響き、鉄扉は、閉められる。
ガチャ ‥
ガチャ ‥
錠を掛ける音も、重々しく、響く。
コッコッ ‥
コッコッ ‥
連行人が去って行く靴の音も、響き渡る。
蓮は、待つ。
それら一連の音が、過ぎ去るまで、待つ。
過ぎ去ったのを確認し、捲り上げる。
着ていたTシャツを、捲り上げる。
裸の胸の、上部に、両手を、やる。
左右鎖骨の、下部分に、両手を、やる。
何かを摘まむ様に、両手の人差し指と親指を、合わせる。
そして、下に、引く。
ペリペリ ‥
ペリペリ ‥
と、
蓮の胸から腹部へ、引き剥がされる。
身体前面から、透明の薄いものが、引き剥がされる。
それは、腰のあるオブラートの様な、透明のシート。
蓮が、透明シートの真ん中上部を、強く、押す。
途端、透明シートに、光が、宿る。
光が宿って、透明シートは、ディスプレイになる。
画面下部には、キーボードが、浮かび上がる。
蓮は、キーボードに、指を、滑らす。
キーボードから、字を、入力する。
字は、画面に映り、文章を、紡ぐ。
文章が出来上がったところで、送信ボタンを、押す。
文章が、送付される。
待つこと、数十秒。
画面の受信ランプが、点く。
[こっちも、大丈夫だ]
送られて来たメールの文面を見て、蓮は、満足げな笑みを、浮かべる。
正樹も、透明シートを、使えたようだ。
これで、コミュニケーションには、なんら問題は、無い。
[どうする?]
[遅かれ早かれ、眼だけマスクから接触があるだろうから、
今は、のんびり、待っていよう]
[静養しとくか]
[そうしよう]
蓮は、透明シートを、胸に、戻す。
コッコッ ‥
コッコッ ‥
コッコッ ‥
コッコッ ‥
蓮と正樹が、夕食のパンを齧っていると、音が、響く。
こちらへ向かう、靴の音が、響く。
音は二つ、二人分。
牢屋の前で、その音は、止まる。
ガチャ ‥ バス ‥
蓮の居る牢屋に、光が、射し込む。
開かれた鉄扉から、人影が二つ、入り込む。
バス ‥
鉄扉は、再び、閉じられる。
男が、二人、蓮の前に、立っている。
一人は、先程の連行人で、腰に、メリケンサックらしきものと、スタンガンらしきものを、下げている。
物騒、極まりない。
もう一人は、真っ赤なパイプ椅子を、担いでいる。
パイプ椅子の背を持って、肩越しに、背負っている。
顔に、マスクをしている。
眼の周りだけ隠す、幅が太い、黒いマスクをしている。
眼だけマスク!
蓮は、眼だけマスクを、睨む。
眼だけマスクは、担いでいたパイプ椅子を、降ろす。
降ろして、椅子に、する。
そこに座り、脚を、組む。
背筋を、伸ばす。
下目使いに、蓮を、見る。
上から見下ろす様に、蓮を、見る。
当に、上から目線。
私が、直々に、尋問をしてやるぞ。
有難く、思え。
眼だけマスクの思考が、ビシビシ、蓮に、伝わる。
蓮は、変わらず、眼だけマスクを、キッと、睨み付けている。
おやおや。
と云った風に、眼だけマスクは、目線を、遊ばせる。
「まあ、褒め称えよう」
眼だけマスクが、口を開き、続ける。
「よく、私達のアジトを、突き止めた」
更に、続ける。
「でも、捕まってしまっては、どうこうも、ない」
眼だけマスクは、勝ち誇る様に、蓮を、見る。
そこには、嘲笑う感情しか、ない。
蓮は、口を、開かない。
やれやれ。
と云った風に、眼だけマスクは、肩を竦ませて、続ける。
雑談を端折って、結論だけを、言う。
「取り引きを、しないか?」
「 ‥ 取り引き ‥ ?」
蓮は、思わず、訊き返す。
「そう、取り引き」
眼だけマスクは、一刻、溜めて、続ける。
「私達は、胡桃が欲しい」
「おお」
「胡桃脳に近しい、美味しい胡桃が、欲しい」
「おお」
「だから ‥ 」
「だから ‥ 」
「胡桃を胡桃脳にする、培養方法と云うか、転換方法と云うか、
そう云うものを、教えてくれ」
「 ‥‥ 」
「それを教えてくれたら、私達が、その方法を適当にアレンジして、
美味しい胡桃脳モドキを、作ることにする」
「 ‥‥ 」
「いい話、だろう?
胡桃及び胡桃脳を、強奪される恐れが無くなり、
箱住人の命も、保障される。
それに ‥ 」
「 ‥ それに ‥ ? 」
「君達についても、解放しよう」
眼だけマスクは、『どうだ』とばかりに、胸を、心なしか、張る。
蓮は、眼だけマスクをじっと見て、眼を、伏せる。
「時間を、くれ」
「ん?」
「考える時間を、くれ」
眼だけマスクは、居丈高に、答える。
「ああ、構わない。
悩んでくれ。
時間は、一時間程で、いいか?」
「 ‥ 頼む」
蓮は、いかにも苦しそうに、言葉を、吐く。
「では、一時間後に、また、来る」
眼だけマスクは、『快い返事が、もらえるもの』と確信して、部屋を出る。
連行人と共に、部屋を出る。
バス ‥
ガチャ ‥
コッコッ ‥
コッコッ ‥
コッコッ ‥
コッコッ ‥
鉄扉が閉まり、二人の去る音が、響く。
蓮は、その音が過ぎ去るのを確認し、Tシャツを、捲る。
幕って、身体から、透明シートを、引き剥がす。
ペリペリ ‥
ペリペリ ‥
引き剥がされた透明シートに、光を、入れる。
透明シートの画面を、呼び出す。
メールのやり取りが、始まる。
[眼だけマスク、来よった]
[どうして、だい?]
[「俺らの胡桃が、欲しい」って]
[僕らの胡桃、かい?]
蓮は正樹に、眼だけマスクとのやり取りを、かいつまんで、説明する。
[と云うわけ、や]
[そう云うこと、か]
正樹は、そのまま、続ける。
[どうするんだい?]
[いや、『教えてやろう』かと]
[教えてやるのか?]
[その方が、『今後の被害も出えへんから、ええんちゃう』かと]
[なるほど ‥ ]
正樹は、返信をするものの、何か、煮え切らない。
[何か、あるんか?]
[いや、その方がいいのは、頭では分かっている。
が、理不尽な暴力に基づいた、理不尽な要求に屈した様で、
気分は、良くない]
[まあ、そやな ‥ ]
‥‥
‥‥
お互い考えているのか、画面に、沈黙が、下りる。
「こう云うのは、どうだい?]
正樹が、メールを、打ち返す。
説明文と図が、ズラッと、羅列されている。
蓮は、それを、読み込む。
次第に、蓮の眼が、輝きを、増す。
[ええやん!]
蓮が、速攻で、メールを、返して、続ける。
[それで、行こう!]
[『賛成してくれる』と、思った]
[いや、賛成するやろう、これ。
ええ手、やん]
蓮と正樹は、意見の、大いなる一致を、みる。
コッコッ ‥
コッコッ ‥
そこへ、連行人の靴音が、響く。
バス ‥
蓮の牢屋の、鉄扉が、開く。
「出ろ」
連行人に促され、蓮は、牢屋を、出る。
バス ‥
今度は、正樹の牢屋の、鉄扉が、開く。
「出ろ」
連行人に促され、正樹が、牢屋を、出る。
蓮と正樹は、話さない。
黙って、連れられて行く。
でも、アイ・コンタクト。
連れていかれた先は、なんてことの無いドアの、前。
なんてことの無い部屋の、前
コンコン ‥ コンコン ‥
「連れて来ました」
ノックの音と共に、連行人が、部屋の中に、尋ねる。
「ああ、入ってくれ」
ガチャ
連行人が、ドアを、開ける。
連行人が、部屋に、入る。
連行人が、蓮と正樹を、促す。
蓮と正樹は、一歩、踏み出す。
連行人に続いて、部屋に、入る。
ガチャ
連行人が、部屋から、下がる。
部屋から退室して、ドアを、閉める。
部屋にいるのは、三人だけ、になる。
蓮と正樹は、立ったまま。
眼だけマスクは、座っている。
眼だけマスクは、相変わらず、眼の周りだけ隠す、幅が太い、黒いマスクをしている。
座ったまま、蓮と正樹に、対峙している。
座らせるつもりは、無い。
「どうだろう?」
眼だけマスクが、口を開いて、続ける。
蓮の眼を見て、続ける。
正樹は、『へっ?』と云う顔をして、プリテンダー。
話の内容について、知らない振りを、する。
「ああ、そうだったな」
眼だけマスクは、正樹に、蓮との交渉内容(胡桃脳の培養方法に関して)を、説明する。
正樹が知っている内容を、自分に都合良くアレンジし、説明する。
ゲッ、そんな話にしとる。
うわっ、嘘ばっかりだ。
蓮と正樹は、視線を交わして、会話する。
「で、どうだろう?」
眼だけマスクは、『色好い返事以外は、考えられない』が如く、尋ねる。
蓮と正樹は、胸中、呆れ顔。
が、そんなことはおくびにも出さず、蓮は、答える。
「断る」
眼だけマスクの顔が、止まる。
眼だけマスクのニヤリ顔が、固まる。
「すまん。
よく、聞こえなかった。
もう一度、言ってくれ」
眼だけマスクは、『再度、チャンスをやるから、ちゃんと返事しろ』と云う顔をして、質問を、重ねる。
蓮は、再度、答える。
「だが、断る」
眼だけマスクの時が、再び、止まる。
そして、時は、再び、動き出す。
「意味がよく、分からないな」
この期に及んでも、眼だけマスクは、余裕ぶって、言葉を、吐く。
認めたくないものを、認めない様に。
「だから、「胡桃脳の培養方法教えるとか、そんなん断る」って、
言うてんねん」
蓮は、諦めの悪い眼だけマスクに、少しキレ気味に、答える。
「 ‥ そうか」
ようやっと、眼だけマスクが、認めて、続ける。
「なら、帰すわけにはいかないな」
蓮と正樹の顔が、険しくなる。
眼だけマスクは、肩を竦めて、肘を曲げて、掌を上にする。
『やれやれ』ポーズを、取る。
眼は、『仕方が無いな』と、物語っている。
「君達には、ここで、飢え死にしてもらう」
「「はい?」」
蓮と正樹は、ほぼ同時に、訊き返す。
「干し殺し、だ。
今後、一切、食い物も飲み物も、支給しない」
蓮と正樹は、ショックに打ち震えているのか、固まる。
「勿論」
眼だけマスクは、続ける。
「僕たちに、協力を約束してくれたら、すぐにでも、支給を再開しよう。
もう一度、考え直しては、どうだ?」
体のいい、脅し。
体のいい、脅迫。
蓮と正樹は、眼を、合わせる。
お互いの意志を確認して、お互い、コクンと、頷く。
正樹は、言う。
「答えは、これだ」
二人して、声を、合わせる。
「「断る」」
蓮と正樹は、牢屋に、戻される。
交渉決裂。
後は、飢え死にするのを待つだけ、になる。
アハハ ‥
正樹の牢屋から、高らかな笑いが、響き渡る。
ハハハ ‥
思わず連られ、蓮も、笑い出す。
蓮は、透明シートを剥がし、メールを、打つ。
正樹に、メールを、打つ。
[可笑しかったな]
正樹から、返信が、来る。
[ああ、可笑しかった」
[あの顔、見たか?]
[ハッキリと、見た]
[一瞬、素の顔、出てたで]
[余裕、吹き飛んでいたな]
二人共、透明シートの画面を見て、『可笑しくって、仕方が無い』表情を、している。
余裕綽々、だ。
飢え死が待っているのに、余裕綽々、だ。
翌日。
絶食絶飲、二日目。
蓮は、鉄扉の足元、取入・取出口を、開く。
開いて、大声を、出す。
「参った!参った!」
続けて、叫ぶ。
「分かった!
言う通りに、する!」
素早く、監視人が、鉄扉の前に、来る。
「何を、言う通りに、するんだ?」
来て、質問を、発する。
「この間の話」
「この間の話?」
「胡桃脳の培養方法を教える、ってやつ」
「ちょっと、待っていろ」
監視人は、去る。
数分して、戻って来る。
ガチャ
バス ‥
鉄扉を、開ける。
「出ろ」
蓮は、牢屋から、引き出される。
連れて行かれた先は、見知った部屋。
眼だけマスクが、在する部屋。
ドアは開き、蓮だけ入る様に、促される。
蓮が、入る。
ドアは、閉まる。
「ああ、私は、嬉しい」
開口一番、眼だけマスクは、言う。
いつもの、《眼の周りだけマスク》を付けて、さも嬉しそうに、言って続ける。
「やっと、決心して、くれたんだね」
「まあな」
「うん、有難い」
「やけど、一つだけ、条件、付けさせてくれ」
眼だけマスクは、怪訝な顔を、する。
その顔は、『お前、自分の立場、分かってるのか?そんなこと、言えないだろ』と、物語っている。
「ああ、言ってみたまえ」
取り敢えず、聞くことにはした模様、だ。
「正樹を、培養方法解説書を取りに、帰してくれ」
「意味が、分からないな」
「俺が、人質として、残る」
「ああ、そういうことか。
解説書が手に入るまで、君の身柄は、こちらで預かり、
正樹君は、「取りに行くだけの仮解放」って、ことか」
「ああ」
「所謂、【走れメロス】パターン、だな」
「そう云や、そやな」
ここで、眼だけマスクが、ニヤリと、笑う。
「じゃあ、パターン通りに、前提条件を一つ、付けさせてもらおう」
「?」
「時間を、切る。
制限時間を、設ける」
「 ‥ 」
「正樹君が、逃げたり、解説書を持って来なかったり、
偽の解説書を持って来たりしたら、君の身柄は、保証できない」
「 ‥ 」
「また、正樹君が帰って来ても、制限時間をオーバーしたら、
君の身柄は、保証できない」
身柄は、保証できない。
つまり、その場合は、「殺すぞ」と、脅している。
蓮は、『上等だ』と、爽やかに、笑みを、浮かべる。
「構へん」
「構わない、のか?」
「ああ、構へん。
臨むところ、や」
「 ‥ ふむ」
眼だけマスクは、蓮を、一刻、見る。
「と、云うわけだ」
眼だけマスクの説明が終わり、正樹を、見つめる。
正樹が、眼だけマスクの視線を受け止めると、蓮の方を、向く。
蓮の顔を、見る。
蓮の眼を、見つめる。
信じた。
頼むで。
蓮の眼が、物語る。
やれやれ。
君は、いつも、どうして、こうなんだ。
正樹の眼も、物語る。
が、正樹の眼の光が、転調する。
任せておけ。
臨むところだ。
蓮の眼の光も、返す。
任せた。
「で、どうすれば、いいんだい?」
正樹が、眼だけマスクに、訊く。
「それは、OK、と云う返事で、いいのかな?」
「ああ、構わない」
「そうだな。
『明日の夜明けまでに戻って来る』で、どうだい?」
「ザっと一日、か」
「充分、だろう?」
眼だけマスクは、『まあ、それ以上、「余裕を与えるつもりは、無い」、けどね』の顔をして、問う。
「ああ、充分、だ」
正樹は、こちらはこちらで、余裕の笑みを浮かべて、答える。
蓮は、『覚悟を決めたものの、心配そうな』顔で、二人のやり取りを、見守る。
そんなに、心配そうな顔を、するなよ。
大丈夫さ。
正樹は、雄弁に、蓮に、視線を飛ばす。
じゃあ、行って来る。
正樹は、蓮の顔を振り切り、踵を返す。
「じゃあ、出発する」
「いいお土産を、待ってるよ」
正樹を、眼だけマスクが、居丈高に、見送る。
「戻って来る、かね?」
眼だけマスクが、蓮に、話し掛ける。
正樹を見送って、すぐ、話し掛ける。
「戻るに、決まってる」
蓮は、即答で、返す。
「それは、 ‥ どうかな?」
眼だけマスクは、意味深に、刻を溜めて、言う。
蓮は、『なんでや?』の顔を、返す。
「帰って来なかったら、自分が助かるのは、即確定だ」
蓮は、眼だけマスクを、見る、睨む。
眼だけマスクは、続ける。
「対して、帰って来たら、死にかねない、ほぼ死確定。
間違い無く、二人共、共倒れ」
愉快そうに、眼だけマスクは、言って、続ける。
「どうしたらいいかは、火を見るよりも明らか、じゃないか」
いたぶる様に、眼だけマスクは、続ける。
「まあ、9:1の確率で、私は、帰って来ない方に、掛けるね」
さも愉快そうに、断言する。
眼だけマスクは、蓮の心を、揺さぶっている。
揺さぶって、動揺させて、不安感・不信感を、増長させようとしている。
上等だ。
丁寧にゆうたら、『うんこ、召し上がれ』。
「ほな、俺は、10:0の確率で、帰って来る方に、掛ける」
ほう。
眼だけマスクは、さも意外そうに、眼を、丸くする。
「何か、掛けようか?」
キラッ
眼だけマスクの瞳が、悪戯小僧っぽく、光る。
「ええで」
蓮は、受ける。
がっちり、受ける。
「じゃあ、私が勝ったら ‥ 」
眼だけマスクは、溜める。
「 ‥‥ 」
溜め、続ける。
「君の命、だ」
蓮に向かって、薄笑いを浮かべて、宣言する。
「ええで」
蓮は、即答する。
「そんな即答して、いいのかい?」
「ああ、ええで」
「おやおや、『相棒に、全き信頼を置く』とは、美談だね~」
眼だけマスクは、皮肉に、言葉を、紡ぐ。
「ほな、俺が、勝ったら ‥ 」
蓮は、普通に溜めて、続ける。
「アメージング猿住人な」
「え?」
「アメージング猿住人を、解放してくれ」
いやいや。
眼だけマスクが、肩を、竦める。
蓮が、不安感に襲われ、問う。
「死んだのか?
「いや、死んではいない。
いないが、今や、アメージングでも、猿住人でもない。
普通の猿、だ」
「何で、や?」
う~ん。
眼だけマスクが、説明するのに、考え込む。
が、すぐに、口を開く。
「脳、が」
「アメージング猿住人の脳、が?」
「それが、半分くらいに、なってしまっている」
「はあ?」
蓮は、『なんや、それ』。
「半分くらい食している」
「何、を?」
「アメージング猿住人の脳、を」
「誰、が?」
「私、が」
「いつ?」
「この間。
動画、見ただろう?」
眼だけマスクは、一ミリも悪びれず、返して、続ける。
「でも、半分方残ったお蔭で、本能と云うか生存機能と云うか、
そう云うものは、残っているみたいだ。
生きて生活する分には、支障は無いようだ」
眼だけマスクは、ちょっと、ドヤ顔。
いや、ドヤ顔されても。
いや、ここ、ドヤ顔をするとこでは、無いやろう。
蓮の怒りが、沸々、募る。
「何で、半分方、残してん?」
感情を抑えた口調で、蓮は、訊く。
「お腹がいっぱいになったと云うか、食べ飽きたと云うか」
「はあ?」
「まあ、そんな感じ。
新鮮で美味しそうな胡桃脳も、新たに、調達されて来たし」
「はあ?」
ただの、眼だけマスクの気分次第か。
眼だけマスクの、胸先三寸か。
それで、アメージング猿住人の胡桃脳は、食い散らかされたんか!
蓮は、アメージング猿住人の胡桃脳に残る、スプーン跡を、想像する。
眼だけマスクが付けた、スプーン跡を想像し、胸が悪くなる。
「感謝は、いらない」
「はあ?」
「私が食べ残したお蔭で、アメージング猿住人君は、今も生きている。
感謝される程では、ない」
なんや、こいつ。
蓮は、ムカつきを通り越して、ちょっと、引く。
眼だけマスクに、薄気味悪さを、感じ始める。
「まあ、ゆっくり、待ちたまえ」
パンパン
眼だけマスクは、その台詞を言うと、手を、打ち鳴らす。
ガチャ
連行人が、入って来る。
蓮を、部屋から出して、連行する。
蓮は、眼だけマスクから離れられたことに、少し、ホッとする。
その日は、長い様な短い様な、ヘンな日だった。
時間の経ち方が、常一様では、無かった。
アッと言う間に、一時間は、経つ。
でも、ジリジリして、数十秒が、経たない。
そんな感じ。
しかし、それでも、時間は、前に進む。
昼間になり、夕方になり、夜が来る。
夜の帳が、すっかり、落ちる。
蓮が、眠りに着く前に、伝言が、来る。
眼だけマスクから、伝言が、来る。
[明日の夜明けは、六時頃、だ]
だから、『それまでに起きて、準備していろ』と云うこと、らしい。
『それまでに、覚悟を、決めておけ』と云うこと、らしい。
「明日は、明日の風が、吹く」
蓮は、呟く。
呟いて、横になる。
既に、蓮なりに、覚悟は、決めていた。
夜明け前。
まだ、暗い内に、蓮は、連行される。
眼だけマスクの部屋に、連行される。
外は、未だ、暗い、黒い。
少しの光も、白色も、無い。
ガチャ
「おはよう」
ドアを開けると、眼だけマスクが、挨拶を掛けて来る。
やけに爽やかに、挨拶を、掛けて来る。
既に、相変わらずの、眼の周りだけ隠す、幅が太い、黒いマスクをしている。
「おはよう」
連も、挨拶を、返す。
「よく眠れたかい?」
まあ、眠れなかっただろうね。
眼だけマスクは、そう問いた気に、訊く。
「案外、眠れたわ」
あんま眠れへんかったけど、そうは言うかいや。
蓮は、無理くり、余裕の笑みを、浮かべる。
「さて ‥ 」
眼だけマスクは、溜めて、続ける。
「もうすぐ、タイム・リミットだ」
「そやな」
「今のところ、正樹君は、戻っていないし、戻る気配も、無い」
「そうか」
蓮は、『心配してへんで』と云う風に、ぶっきら棒に、答える。
眼だけマスクは、そんな蓮を見て、口元を、手で覆う。
クスクス笑いを隠す様に、手で、覆う。
「まあ、泣いても笑っても、あと数十分くらいで、カタは付く」
「そやな」
「しかし、どうかな?」
「何が、や?」
眼だけマスクの問い掛けに、反応してしまう。
蓮は、思わず、反応して、しまう。
「本当に、『戻って来る』と、思うかい?」
楽しそうに、眼を細めて、眼だけマスクは、蓮に問う。
「勿論、やろ」
「そうかな」
眼だけマスクは、さも可笑しい風に、続ける。
「私なら、戻って来ないね。
絶対」
「正樹は、戻って来るわ」
「まあ、聞き給え」
眼だけマスクは、腕を前に出し、掌を蓮に向けて、言い、続ける。
「戻って来たら、正樹君は捕まる。
再度、捕虜化、だ」
「そやな」
「自由を奪われるどころか、拷問を受けかねない」
「 ‥ そやな」
「拷問の結果、命を、失いかねない」
「 ‥ 」
「それが分かり切っているのに、戻って来るかね?」
眼だけマスクは、勝ち誇ったように、高らかに、問う。
「戻って来る」
間髪入れす、蓮も、答える。
やれやれ。
眼だけマスクは、『どれだけ言っても分からない、聞き分けの悪い子供』を相手にした時の様に、肩を、竦める。
「その根拠は、何だい?
信頼関係だけ、だろ?」
「そうや」
「じゃあ、君の顔が蒼ざめ、身体が、愕然と崩れ去るのを、
楽しみにしておこう。
どちらにせよ、結果は、すぐに分かる」
眼だけマスクは、余裕の笑みを、崩さない。
暗い。
辺りは、暗い。
黒い。
が、少しずつ、少しずつ、暗さが、薄まって来る。
それに伴い、黒さに、白さが、混じって来る。
少しずつ、少しずつ。
明るく。
少しずつ、少しずつ。
白く。
白さに引きずられる様に、辺りの光に、赤味が、増して来る。
少しずつ、少しずつ。
赤味。
辺りが、半分以上、明るく白くなる。
かなり、赤味が、強くなる。
と、
地平線から、顔を、出して来る。
太陽が、日が、顔を出して来る。
未だ、球体の上部ちょっと、と云うところだが、顔を、出し始めている。
夜明けは、近い。
眼だけマスクは、ニヤリ顔を崩さず、蓮を、見る。
蓮は、眼だけマスクの視線を、そっぽを向いて、無視する。
地平線が、赤く黄色い。
太陽が、日が、赤く黄色い。
太陽の球体が、見る間に、せり上がる。
見る見る、昇って来る。
地平線に、太陽が半分、顔を出し、昇って来る。
地平線に光を放ち、赤く黄色い半円形が、存在を主張して、居座る。
輪郭を、光で、滲ましながら。
その半円形の中、地平線際に、黒点が一つ、浮かび上がる。
黒点は、大きくなって来る。
ゆっくりとだが、確実に。
太陽の昇る速度に負けず、徐々に、黒点は、近付いて来る。
近付き、大きくなるに連れ、黒点は、ただの点で、無くなる。
細長く、なる。
下部が、二本線に、分かれ、揺れる。
上部から、左右に、線が、突き出し、揺れる。
中央部に、クビレが、入る。
黒点は、ますます、近付く。
もはや、黒点では、ない。
黒いピクトさん、となる。
人型、だ。
人型は、大きく上下にも、揺れている。
駆けて、いる。
息を弾ませても、いる。
人型は、ますます、大きくなる。
こちらに、近付く。
こちらのアジトに、近付く。
連と、眼だけマスクの元に、近付く。
人型の容姿が、ぼんやりと、浮き上がって来る。
徐々に、露わに、なって来る。
「来たか」
眼だけマスクが、溜め息をつく様に、呟く。
「来たな」
連が、誇らし気に、呟く。
黒点が人型になり、人型が正樹になる。
もう、見間違えるべくもなく、正樹。
正樹が、走って、駆けて、こちらへ、辿り着こうとしている。
「認めよう。
ああ、認めよう」
眼だけマスクが、悔し気に、声を、張り上げて続ける。
「正樹君は、帰って来た。
君達の信頼関係の勝利、だ」
蓮は、眼だけマスクの言に、『当然やろ』の顔を、返す。
が、眼だけマスクは、ここでニヤリとして、続ける。
「が、果たして、胡桃脳の培養方法解説書は、渡してくれるのかな?」
「渡してくれるに、決まっとるやろ」
「はてさて」
眼だけマスクは、愉快そうに、眼を、細める。
正樹は、ますます、近付いて来る。
日が、地平線を出て、円い姿を、現わす。
ほぼそれと同時に、正樹は、アジトに、到着する。
「ギリ、だな」
「ギリでもなんでも、時間通りに、着いたやんけ」
「まあ、そうだ。
後は、『胡桃脳の培養方法解説書を、渡してくれるかどうか?』、だな」
眼だけマスクと蓮は、言い合いながら、正樹を、待ち受ける。
コンコン ‥ コンコン ‥
十数分の沈黙の後、ドアに、ノックの音が、響く。
「入り給え」
ガチャ
連行人が、入って来る。
正樹と共に、入って来る。
正樹が入るや、蓮と正樹は、アイ・コンタクト。
お疲れさん。
どう致しまして。
二人の口元が、フッと、朗らかに、緩む。
気に喰わない。
そんな二人を見て、眼だけマスクは、『気に喰わない』気持ちを、押し隠して、問う。
「胡桃脳培養方法解説書は、持って来たかい?」
「ああ。
持って来た」
正樹は、懐に大事そうに抱えたファイルを、取り出して、答える。
「どれどれ」
思わず手を出す、眼だけマスク。
それをかわして、胡桃脳培養方法解説書を、頭上に上げる、正樹。
「渡すのは、蓮と蓮の解放と、引き換えだ」
眼だけマスクは、『状況が分かっていない。可哀そうに』と、肩を、竦める。
「いやいや。
この、敵のアジトの中にいて、敵に囲まれている状況で、
よくそんなことが、言えるね」
眼だけマスクは、余裕を、崩さない。
が、正樹も、余裕を、崩さない。
「ただ単に、『無策で、僕が戻って来る』わけないだろう?」
「なんだって?」
正樹と眼だけマスク間の視線に、火花が、散る。
「僕がここに入って後、一時間、音沙汰が無かったら、
踏み込むことになっている」
「誰が?」
「研究所の職員」
「大人数かい?」
「そこそこ。
ここの周りを、グルっと、囲んでいる」
眼だけマスクは、正樹から眼を逸らさす、壁際のインターフォンを、取る。
[はい]
[ちょっと、外向けの監視カメラを、チェックしてくれ。
何か、映っているかもしれん]
[承知しました]
眼だけマスクの行動を、愉快気に見つめながら、正樹は、重ねる。
「そうそう」
「何だ?」
眼だけマスクは、余裕が無くなりつつあるのを、隠せない。
「多分、みんな武装していると思うから、そこのところも、
チェックしてくれたまえ」
「 ‥‥ 」
「じゃあ、交換と、いこう」
「 ‥ そうだな」
「但し、ここじゃない」
「 ‥ ?」
「外だ」
正樹は、外に出る。
アジトの入り口から、外に、踏み出す。
外には、もはや隠れるまでもなく、研究所の職員が、取り囲んでいる。
手に手に、武装している。
さすがに、銃や刀と云ったものはないが、麻酔銃や警棒らしきものを、ほぼ全員が、手にしている。
正樹に続いて、眼だけマスクと蓮が、外に出る。
二人の後ろには、控えている。
アジトの警備担当が、控えている。
こちらも、手に手に、武装している。
こちらも、麻酔銃や警棒らしきものを、手にしている。
正樹は、研究所の職員の一群と、アジトの警備担当の一群の、中間まで進む。
進んで、そこで、止まる。
止まって、踵を、返す。
180度、返す。
正樹は、眼だけマスクに、眼で、合図する。
眼だけマスクと蓮も、進む。
進んで、正樹のすぐそばまで、来る。
「交換だ」
正樹が、口を、開く。
「ああ」
眼だけマスクが、答える。
正樹が、懐から、胡桃脳培養方法解説書のファイルを、取り出す。
眼だけマスクが、蓮を、前に、押し出す。
胡桃脳培養方法解説書に、眼だけマスクが、触れようとする。
連が、正樹の方へ、一歩、踏み出す。
眼だけマスクが、胡桃脳培養方法解説書を、掴む。
連が、正樹に、更に、近付く。
正樹が、胡桃脳培養方法解説書を、離す。
連が、正樹と並ぶ。
胡桃脳培養方法解説書が、眼だけマスクの、手に渡る。
連が、180度、踵を返し、顔を向きを同じに、正樹と並ぶ。
ザッ
眼だけマスクの後ろに控える、アジトの警備担当の一群が、一歩、踏み出す。
ザッ
連と正樹の後ろに控える、研究所の職員の一群が、一歩、踏み出す。
「取り引き成立、だね」
「ああ」
正樹は、問う。
眼だけマスクは、返答する。
連と正樹は、眼だけマスクを視線に取らえたまま、動く。
顔を、前方に向けたまま、後ずさる。
そのまま後ずさり、研究所の職員の一群と、合流する。
研究所の一群は、アジトの一群から眼を離さすに、退却する。
顔を前方、アジトの一群に向けたまま、退却する。
武装具を、すぐに使えるようにして、構えて、退却する。
そんなに怯えなくても、いいんだけどね。
こっちから、手を、出しはしないよ。
眼だけマスクは、その様子を見て、肩を、竦める。
研究所の一群は、じりじりと、退却する。
アジトの一群は、動かない。
お互いが見えなくなった頃、お互いに、動く。
研究所の一群は、180度、踵を返して、研究所への、帰途につく。
アジトの一群は、アジトへ帰り、入る。
「正樹」
帰る途中、連が、正樹に、話し掛ける。
「ん?」
「渡してよかったんか?」
「何が?」
「解説書」
「ああ」
「他の部署のやつらとか始め、研究所全体の問題やろ」
「ああ」
「俺を助け出す為とは云え、みんな、怒ってるやろ」
「そうでもない」
「はい?」
「そうでもない」
「何で、また?」
蓮は、狐につままれたような顔を、する。
「正確に言えば、全然、怒ってない」
「?」
「いや、むしろ、喜んでいる」
「 ‥ ? ‥ ますます、分からん」
蓮は、狐に、つままれたまま。
「こう云うことだ」
正樹が、蓮に、説明する。
‥‥
‥‥
「それ、ええやんけ。
一石二鳥、ってやつやな」
「そうとも言うね」
「ええやん、ええやん。
正樹の案、か?」
「まあ」
「お前、スゴいな~」
蓮は、素直に、感心する。
正樹は、思う。
蓮の、この、素直なところが、羨ましいな。
老若男女・地位ステイタス問わず、「オモロいもんはオモロいし、つまらんもんはつまらん」と言える様な、素直なところが、羨ましいし、好ましい。
胡桃脳を巡るイザコザは、それで、一端、治まる。
治まりはしたが、終わってはいない。
連と正樹は無事に帰って来たが、眼だけマスクのアジトは、そのまま。
眼だけマスク一党の活動も、変わらす、行なわれていることだろう。
アメージング猿住人の行方も、分からない。
結局、プラマイ0。
元通りになったに、過ぎない。
元の木阿弥に、スタートラインに、戻ったに、過ぎない。
「いや、振り出し、スタートラインよりも、進んでは、いる」
「だな」
蓮、正樹、山元、木本が、一同に、会している。
箱管理課の部屋で、雑談を、している。
正樹の意見に、蓮が同意する。
山元と木本は、怪訝な顔を、する。
「どう云うこと、だ?」
木本の問いに、正樹が、答える。
「こう云うこと」
正樹は、自分のデスクの引き出しを、開ける。
開けて、ファイルを一冊、取り出す。
それを、四人で囲むテーブルの中央に、置く。
そのファイルには、書かれている。
タイトルが、【胡桃脳培養方法解説書】と、書かれている。
「!」
「!」
山元、木本は、驚く。
が、蓮は、澄まし顔。
「じゃあ、『眼だけマスクに渡したのは、偽物』だったのか?」
木本が、正樹に、問う。
「いや、偽物じゃない。
すぐ勘付かれてしまうだろうから、そんな危ない橋は、渡りたくない」
正樹は、キッパリと、否定する。
「じゃあ ‥ 」
木本に、更なる問いを言わせず、正樹が、口を開く。
「いや、正確には、一ヵ所だけ、本来の解説書と、異なるところがある」
「それは、何だ?」
「何ですか?」
木本が、勢い込んで、訊く。
山元も、思わず、連なる。
蓮は、変わらす、澄まし顔。
「脳波」
「はい?」
「胡桃を培養して胡桃脳にする際、胡桃脳が発する脳波が、
数百倍になる様に、アレンジしてある」
「そのアレンジした解説書を、渡したのか?」
「ああ」
木本は、正樹の返答を受けても、分からない。
『何故、そんなことをしたのか』、分からない。
「なんでまた?」
「何百倍もの脳波が出てたら、追跡し易い、だろ?」
「追跡?」
「胡桃脳を培養するわけだから、脳波から、眼だけマスク一党の動きとか、
『まる分かりになる』じゃないか」
「ああ!」
「なるほど!」
トレーサー付きの胡桃脳、ってわけか!
わけですか!
木本は、合点する。
山元も、合点する。
連と正樹は、ひそやかに、ドヤ顔。
十数日もしない内に、反応が、出る。
脳波の反応が、出る。
新しく出来た胡桃脳の反応が、出る。
しかも、いくつもの箇所から。
「早速、出たんか?」
「ああ」
正樹は、蓮に、パソコンの画面を、指し示す。
画面の地図上に、赤印が、幾つか、点いている。
「アジトだけやない、みたいやな」
「そうみたいだ」
眼だけマスクのアジトと、その周辺の幾つかの地点に、赤印が、点いている。
「分散して、培養してるってことか?」
「と、云うより」
「おお」
「おそらく、アジトの外で、収穫して培養して保管して、
アジトに持って行ってるんだろう」
「アジトでは、培養とか、してへんのか?」
「多分、食べるだけじゃないか。
あくまで、あそこは、人の住む拠点とか武器庫とか、なんだろう」
「なんや、それ」
「そうでないと、説明が付かない。
本来なら、アジト内に培養所とか畑とか設けた方が、便利なはずだ」
「手間の掛かる、汚れそうな仕事は、『外に出す』ってことか」
「まあ、そうだ」
「貴族か!お殿様か!」
蓮は、ツッコんで、憤る。
「まあ、眼だけマスク自体、それっぽいところが、見受けられる」
正樹は、いたずら小僧っぽい顔を浮かべて、答える。
「で、」
「うん」
「どうするんだ?」
木本、正樹に、問う。
「不幸中の幸い」
「悪いことと、いいことが、重なっているのか?」
「そうだ」
「悪いことは?」
「アジトの近くだから、武装した職員が、加勢し易い」
「そうだな」
「対して、いいことは」
「いいことは?」
「アジト自体ではないから、そんなに、対敵設備が無いと、思われる」
「なるほど」
木本が、頷く。
「具体的に、どうするんや?」
「僕に、アイデアが、ある」
連の問い掛けに、正樹は、即答する。
「お前、すごいな」
連が、感心する。
「何が、だ?」
「妥当かどうかは分からんけど、いつも、何らかのアイデア、
持ってるやん」
「ああ。
そう云えば、そうだな」
「それを、褒めとんねん」
連は、素直に、称賛する。
正樹は、ちょっと、照れる。
コホン
山元が、小さく咳払いを、一つ。
連と正樹は、我に返る。
「 ‥ そのアイデアだが ‥ 」
正樹は、蓮と、木本と、山元に、そのアイデアを、説明する。
「お、ええやん」
「なるほど」
「賛成、です」
三人は、好意的に、同意する。
正樹は、ホッと、する。
「じゃあ、いつものように、役割を分担して、頼む」
正樹が、言う。
三人は、一様に、頷く。
「おやおや」
眼だけマスクが、呟く。
相変わらず、目元だけを隠す、太い布の様なマスクを、している。
モニターを見て、呟く。
モニターに映し出されているのは、アジトの外周りの監視カメラが、映し出したもの。
モニターには、怪しい人影が、無数に、映し出されている。
その姿形から、NBF研究所の職員に、違いない。
連と正樹が所属する研究所の、職員だ。
監視カメラの映し出す状況から、モニターを見た感じから、アジト周りは、既に、囲まれているらしい。
「おやおや」
眼だけマスクが、再度、呟く。
アジトを囲んだつもり、らしい。
脱出できない様にしたつもり、らしい。
片腹痛い。
眼だけマスクは、憐れに、思う。
アジトには、要員も、食料も、武具も、その他諸々、充分過ぎる程、ある。
アジトだけで、独自で行動が、充分できる。
どうも、包囲して、干し殺しとかなんなり、するつもりらしい。
残念ながら、アジトの備えは、一年でも二年でも、大丈夫。
可哀そうに。
包囲するだけ、無駄無駄無駄。
眼だけマスクは、余裕を持って、モニターを、見つめる。
そこへ、アジトの要員が一人、入って来る。
気忙しく、呼吸を、荒立たせている。
「どうした?」
『あくまで優雅に』、眼だけマスクは、尋ねる。
「アジトが、包囲されています」
「それは、知ってる」
「胡桃の、収穫・培養・保管場所も、包囲されています」
「なんだって?」
「胡桃の、収穫・培養・保管場所も、包囲されています」
眼だけマスクは、二度聞きするが、返答は、変わらない。
そこへ、もう一人の要員が、入って来る。
こちらも、気忙しく、呼吸を、荒立たせている。
「報告します」
「何、だ?」
眼だけマスクは、嫌な予感がしたものの、訊く。
「胡桃の、収穫・培養・保管場所が、攻め込まれています」
「もう、か?」
「はい。
それで、収穫物と培養データと保管物が、収奪されています」
「なんだと!」
ここに来て、眼だけマスクは、余裕を、かなぐり捨てる。
「すぐさま、援軍を、出せ」
「「それは無理、です」」
要員は、二人共、即答する。
「何故、だ」
眼だけマスクは、下位の者に即答されたことが、気に喰わない。
「何故なら ‥ 」
一人の要員が答え、続ける。
「ここも包囲されている、からです」
「!」
そうか。
そう云うこと、か。
眼だけマスクは、合点する。
『アジトを先に包囲して、アジトから援軍が出るのを牽制して、他の所を、じっくり攻略しよう』、って云う寸法か。
『胡桃の、収穫・培養・保管場所を、アジトに居る人間をあざ笑うかの様に、攻め立てる狙い』、か。
眼だけマスクは、悔し紛れに、苦笑する。
上等、だ。
部屋に入って来た要員に、指示する。
「アメージング猿住人を、連れて来い」
「いや、しかし ‥ 」
一人の要員が、言い淀み、続ける。
「既に、知性を失くし、ほぼ野生に、戻っています。
『直に対応するのは、危ない』かと ‥ 」
「なら、檻に入れたまま、連れて来い!」
「「はい!」」
眼だけマスクの即答に、要員は二人共、即了解。
即了解して、速やかに、部屋を、出て行く。
ギギギ ‥
ギギギ ‥
アジトの入り口の大扉が、開く。
荘重な音を響かせながら、左右に、開く。
人が二人、通れるくらいの隙間が、開く。
そこで、開き止まる。
『『『『『『『『『『 何事か! 』』』』』』』』』』
アジトを取り囲む、研究所の職員は、構える。
ガラガラガラ ‥ ガラガラガラ ‥
入り口奥から、何物かが、転がる音が、響く。
『『『『『『『『『『 何事なのか! 』』』』』』』』』』
研究所の職員は、ますます、構える。
入り口の奥から、顔を出した物は、ディスプレイ。
三〇インチくらいの、ディスプレイ。
それに、光が、入る。
画面が、灯る。
‥‥
‥‥
[やあ]
画面に映し出された、眼だけマスクは、朗らかに、口を開く。
相変わらず、眼の周りだけを隠す、布状の太いマスクを、している。
[ごきげんよう]
画面の中の、眼だけマスクは、組んでいた脚を、組み替える。
[懲りずに、またおいでになるとは、ご苦労なことだ]
眼だけマスクは、画面を、睨む。
[が]
睨み、続ける。
[こう、アジトを包囲されてしまっては、何かと、困る]
更に、重ねて続ける、命じる。
[速やかに、包囲を解きたまえ]
そんなことできるわけ、ないやろ。
ミニターを見ていた、蓮は、思う。
[タダ、とは言わない。
交換条件、がある]
眼だけマスクが、含み笑いを、する。
パンパン
ボーイを呼ぶ様に、手を、打ち鳴らす。
ガラガラガラ ‥ ガラガラガラ ‥
アジトの要員が、何かを転がし、運んで来る。
四角いものの底にキャスターが付いたものを、転がし運んで来る。
またもや、モニターか。
と思ったが、違う様だ。
明らかに、画面が、無い。
ガラガラガラッ ‥
キャスターが、止まる。
四角いものが、止まる。
四角いものが、モニターに、映し出される。
四角いものは、檻。
黒光りする鉄格子の嵌まった、檻。
鉄格子の合間から、何かが、蠢いている。
せわしなく、動いている。
それは、鉄格子の合間から、腕を出しさえする。
『『『『『『『『『『 アメージング猿住人! 』』』』』』』』』』
その場に居て、モニターの画面を見た研究所の職員は、皆、一斉に思う。
画面に映し出されたアメージング猿住人は、落ち着きが、無い。
それは、挙動不審そのもの。
動きに、行動に、目的が無い、芯が無い。
その瞳には、力が、無い。
光が、無い。
知性の輝きが、無い。
アメージング猿住人は、ほとんど、野生に帰ったようだ。
本能のまま、動いている。
多分、胡桃脳を喰われてしまったせい、だろう。
最早、アメージング、ではない。
最早、猿住人、でもない。
ただの猿、と化している。
が、だからと云って、見捨てていいことには、ならない。
断じて、ならない。
蓮は、一歩、前に出る。
そのまま、進む。
包囲陣の先頭に、出る。
モニターと、相対す。
画面の中の眼だけマスクと、視線を、交わす。
火花が出そうな視線を、交わす。
「分かった」
蓮は、続ける。
「アメージング猿住人の解放と、包囲陣を解くことの取引、了解した」
[なら、包囲陣を、解いてくれたまえ]
「はあ?
『おんなじタイミングで、一斉に』やろ?」
[それは、困る]
「なんでや?」
[こちらは、かつてはアメージング猿住人だったものを、
解放するだけだから、全然、時間も手間も、掛からない]
「そやな」
[対して、そっちは、包囲陣を解くのに、多人数を動かすから、
時間が掛かる]
「そやな」
[また、包囲陣は、複数の収穫・培養・保管場所に渡っているから、
それを解くのに、手間も掛かる]
「 ‥ 確かに」
[だから、収穫・培養・保管場所の包囲陣を、先に解いてもらって、
ここ(アジト)の包囲陣を解く時に、かつてのアメージング猿住人を、
返すとしよう]
「 ‥ そうやな」
蓮は、包囲陣の中に、戻る。
眼だけマスクは、勝ち誇った顔で、そんな蓮を、見下ろす。
眼だけマスクは、カメラの前で、椅子に佇み、リラックスしている。
カメラは、動いていない。
放送通信設備は、動いていない。
相手の出方を、待つのみだ。
眼だけマスクの元へ、報告が、もたらされて来る。
曰く、
「第三収穫・培養・保管場所、包囲、解かれました」
等。
物事は、順調に、進んでいるらしい。
しばらくして、アジト以外の包囲陣は、全て、解かれる。
ふむ。
『結局は、今回も勝ち』、か。
眼だけマスクは、満更でもなく、思う。
向こうは、こっちを壊滅させるつもりで、臨んで来たのだろう。
が、収穫は、かつてのアメージング猿住人一匹の解放、か。
対して、こっちは、全ての施設を保った。
今後の活動にも、支障が無い。
眼だけマスクの眼が、光って、緩む。
どちらがプラスかマイナスか、明らか過ぎる程、明らかだな。
まあ、最後は、顔を見せてやるか。
眼だけマスクは、立ち上がる。
立ち上がって、部屋を、出る。
カッカッ ‥ カッカッ ‥
カッカッ ‥ カッカッ ‥
アジトの入り口、奥から、音が響く。
それは近付いて、響き渡る。
音が大きくなるに連れ、影が、露わになる。
影は、人型を、している。
音は、足音の様、だ。
人影の動きに合わせて、音が、鳴り響いている。
音が、かなり、大きくなる。
人影が、かなり、大きくなる。
人影は、マスクを、している。
眼の周りだけを隠す、布状の、幅が太めの、マスクをしている。
眼だけマスク、だ。
カッカッ ‥ カッカッ ‥
カッカッ ‥ カッカッ。
眼だけマスクは、止まる。
アメージング猿住人の入れられている檻、の横に立つ。
そして、口から、息を、抜く。
「ありがとう」
一言言って、続ける。
「他の所は、全て、解放されたようだ」
ズイ ‥
連が、一歩、前に出る。
包囲陣の先頭に立ち、眼だけマスクと、相対す。
「そうか」
「後は、『かつてのアメージング猿住人の解放と、
ここの包囲陣を解くことの引き換えだけ』、だな」
「そうや」
蓮は、じれったい。
もどかしそうに、眼だけマスクを、睨む。
「まあまあ」
そんな蓮を、はぐらかす様に、眼だけマスクが、続ける。
「まずは、かつてのアメージング猿住人君を、檻から、出してあげよう。
改めての交渉は、そこからだ」
まだ、なんか、交渉するつもりか!
俺らに、これ以上、譲歩さすつもりか!
『かつてのアメージング猿住人が、手の内にある』
それをいいことに、眼だけマスク一党は、今以上の有利な条件を、引き出すつもりでいる。
アメージング猿住人を檻から出して、不自由な囚われの身であることを、『満天下に晒す』つもりだ。
それを蓮、正樹、木本、山元、始め、研究所のみんなに、見せつけるつもりだ。
その上で、交渉を有利に運ぼうと、している。
なんて、汚い。
なんて、爽やかでない。
なんて、ダークサイド。
ガチャ ‥
鍵を開ける音が、響く。
ガラッ ‥
檻の扉を開ける音が、響く。
途端、
ビュン ‥
ヒュン ‥
空気を切り裂く音が、響く。
疾走する音が、加わる。
疾風怒濤。
一直線。
檻から放たれた風は、脇目も振らずに、駆ける。
連と、正樹と、山元の元へ、駆ける。
一陣の風は、三人の元へ来ると、ジャンプする。
ジャンプして、蓮に、飛び付く。
飛び付いて、嬉しさを隠せない顔を、左右に、振る。
連と、連の左右にいた山元と正樹も、嬉しさを、隠せない。
いつの間にか、取り囲んで、祝っている。
帰還を。
アメージング猿住人の帰還、を。
木本、始め、研究所の職員も、嬉しさを隠せない。
包囲陣全体が、暖かい、柔らかな雰囲気に、包まれる。
対して、
アジト側、眼だけマスク一党は、呆気に、取られている。
天使が、走り抜けた様に、沈黙が、広がっている。
眼だけマスクも、フリーズしている。
再起動が、なかなか、かからない。
形勢、大逆転。
と云うか、一方的な形勢、となる。
蓮と正樹、始め、研究所側は、これで憂いが、無くなる。
思う存分、何も気にすること無く、アジトを、攻め立てられる。
対して、アジト側は、
取引材料が、無い。
アジトは、包囲されている。
大将である眼だけマスクが、言わば、前線に出て来てしまっている。
一遍に、守勢も守勢、負け戦っぽくなって来る。
アメージング猿住人の、行動。
本能に任せた行動が、大勢を、決めてしまう。
連と、正樹と、山元に、大切に丁寧に、世話された記憶。
それが、真っ先に、三人の元に、走らせたのだろう。
胡桃脳が比較的残り、少しでも知性があれば、こう云う行動は、取れなかったに違いない。
言わば、本能あるがままの行動。
眼だけマスクは、アメージング猿住人の胡桃脳を食べた。
その為、アメージング猿住人から、知性は失われ、本能が、際立つことになった。
それが、この結果に、繋がる。
眼だけマスクにとっては、自業自得、身から出た錆。
今度は、蓮が、余裕を持つ番。
形勢、一気に逆転。
もうあかんやろ
蓮は、眼だけマスクに、心の中で、率直に、引導を渡す。
「形勢、大逆転、やな」
連の言葉に、『あっちの世界に、行っていた』眼だけマスクの眼光が、こっちの世界に、戻って来る。
戻って、蓮に、視線を移す。
眼で、蓮を、捕らえる。
捕らえると、眼の光が、力を、持ち出す。
光が、増し出す。
「それは、どうかな?」
眼だけマスクは、言葉を、返す。
ジョジョ立ちの様に、ポーズを決めて、返す。
「どうかな?」って、おいおい、大丈夫か?
蓮は、心配する。
『ショックのあまり、現状認識できひん様に、なったんちゃうか?』と、逆に、心配する。
ガガガ ‥
音が、響く。
重いものが開く音が、響く。
ジャキン ‥
重いものが突き出る音が、響く。
バサッ ‥
それが開く、大きく開く音が、響く。
ブー ‥ ブンブン ‥
それが廻る音が、響く。
辺り構わず、風が、吹く。
風が、吹き荒れる。
突風が、舞う。
アジトのてっぺんから、大きな棒が、突き出す。
それが、開く。
それが、廻る。
それは、アジトを覆うくらい、大きい。
アジトを、大きな笠で、包み込む様に、大きい。
それが、廻っている。
当然、浮遊力が、出る。
ヘリだな、こりゃ。
風から眼をかばいながら、蓮は、思う。
包囲陣を構成する職員も、眼をかばい、顔を伏せる、覆う。
包囲陣の陣形が、乱れる。
陣が、千々に乱れ、裂かれる。
アジトが、宙に、浮く。
アジトが、丸々、宙に、浮く。
上昇する。
そのまま、上昇を、続ける。
アジトは、もうそりゃデカいヘリコプター、となる。
いつの間にか、眼だけマスクだけを残し、アジトの要員は、いなくなっている。
アジト・ヘリに、乗り込んでいる。
アジト・ヘリは、ある程度まで上昇すると、そこで、停止する。
停止して、ホバリングして、何かを、降ろす。
それは、光り輝いている。
アジト・ヘリに繋がって、細長くもある。
「ハハハ」
眼だけマスクが、高らかに、口で、笑い出す。
笑い出して、続ける。
「そろそろ、お暇、しようかな」
眼だけマスクは、アジト・ヘリから下がる細長いものに、近付く。
それは、揺れている。
アジト・ヘリの動きに合わせて、揺れている。
アジト・ヘリの巻き起こす風に合わせて、揺れている。
眼だけマスクは、それを、しっかと、掴む。
掴んで、片足を、掛ける。
そして、蓮、正樹、山元、木本、始め、包囲陣に、向き直る。
それは、縄梯子。
アジト・ヘリから下がる細長いものは、縄梯子。
しかも、眼だけマスク仕様なのか、金色と、なっている。
「ハハハ」
眼だけマスクが、再び、笑う。
今度は、さも嬉しそうに、笑う。
包囲陣に向かって、身体を開き、対面して、笑う。
呆気に取られる、蓮、正樹、山元、木本、その他一同に、ほくそ笑む。
ルパン三世か、怪盗キッドか!
蓮は、思う。
『残念だったな、とっつあん(コナンくん)』ってところ、だろう。
バラバラ ‥
バラバラ ‥
アジト・ヘリは、上昇する。
地に、大きな影と、細長く揺れる尻尾の様な影を、落として、上昇する。
その影が、小さく縮み始める。
上昇に合わせて、縮み始める。
と、
影の縮小が、止まる。
影は、その大きさのまま、進む。
アジト・ヘリが、上昇モードから、航空モードへ、移行したらしい。
アジト・ヘリは、見る見る、遠ざかる。
影も、見る見る、遠ざかる。
アジトヘリの姿が、空の中へ、消える。
影は、地平線に、消え去る。
バラバラ ‥
バラバラ ‥
プロペラが廻る音は、まだ、響いている。
バラバラ ‥
バラ ‥ バラ ‥
その音も、しばらくして、小さく小さくなる。
バラ ‥‥
そして、消え去る。
完全に、去る。
眼だけマスクも、アジト・ヘリも、その一党も、完全に、去る。
今度は、何処へ、行くのだろう。
何処で、活動を、再開するのだろう。
何処で、胡桃脳を、栽培するのだろう。
と、
高らかに、声が、響く。
笑い声が、響く。
「ハハハ」
「アハハ」
連と正樹の笑い声が、響く。
「ハハハッ」
「アハハッ」
木本と山元の笑い声も、響く。
「「「「「「「「「「 ハハハッ アハハッ 」」」」」」」」」」
包囲陣一同の笑い声が、響き渡る。
何が、可笑しい?
何故、笑う?
出し抜かれて、おかしくなったのか?
悔しくて、情けなくて、自虐笑いか?
そうでは、なさそうだ。
みんながみんな、清々しく、笑っている。
爽やかに、笑っている。
連と正樹の笑いの意味を、木本と山元が解す。
そして、四人の笑いの意味を、包囲陣一同が、解したらしい。
「だってな」
連が、さも愉快そうに、言う。
「ああ、だって、だ」
正樹も、さも愉快そうに、言う。
「違いないな」
木本も、愉快痛快に、言う。
「そうですね」
山元も、愉快痛快に、言う。
包囲陣一同も、各自、ウンウン、頷く。
「だって」
連が、こっちの方を、向く。
向いて、続ける。
「培養方法、そのままやし」
肩を竦めて、『やれやれ』。
「蓮」
「ん?」
正樹が、訪ねて、続ける。
「誰に、言ってるんだい?」
明後日の方を見て、肩を竦めた蓮に、問う。
「まあ」
蓮は、言葉を濁し、続ける。
「なんとなく」
「なんとなく、か ‥ 」
正樹は、蓮の顔を見つめ、続ける。
「まあ、なんとなく、僕も、気持ちは分かる」
正樹が、答える。
それに合わせて、木本も山元も、コクンと、頷く。
包囲陣一同も、コクンと、頷く。
「これを、見てくれ」
正樹が、パソコンの画面を、指し示す。
どれどれ。
と云った風に、蓮が、パソコンの画面を、覗く。
赤印が、光っている。
光って、地図上に、留まっている。
「ちょっと、分かり難いな」
「じゃあ、分かり易く、しよう」
正樹が、パソコンのキーボードを、叩く。
画面の地図に、レイヤーが、下りて来る。
詳細地図のレイヤーが、下りて来る。
「ああ、これで、分かり易くなった」
赤印の居る地点が、判明する。
北緯南緯。
GPS上の座標。
住所・所在地。
「これで、いつでも行けるな」
木本が、横から、パソコンの画面を覗き込んで、言う。
「うん。
そうですね」
山元も、同意する。
「思ったんやけど」
連が、口を、開く。
「なんだい?」
正樹が、問い質す。
「こいつら、このままに、しとかへんか?」
「このままにして、『こちらから、壊滅工作とか行動を、起こさない』、
ってことかい?」
「そや。
勿論、監視を怠らんようにして、被害が出んようにはするけど」
「ふむ」
「まあ、体のいい、【塩漬け】、やな。
自分らだけで遣り繰りする分には、全然、こっちはかまへんからな」
「所謂、緩やかに包囲するような管理区状態、か」
「どや?」
「うん、いいと思う。
実利的にも、動員的にも、いいと思う」
「うん、俺も、賛成」
「私も、いいと、思います」
正樹も木本も山元も、蓮の提案に、賛成する。
ニャーニャー
VowWow
キーキー
元アメージング猿住人を始め、箱住人達は、皆、賛成のようだ。
ハハハ
連の胸に、眼だけマスクの高笑いが、響く。
ニヤリ
正樹の胸に、眼だけマスクの笑みが、浮かび上がる。
木本、山元、箱住人達、みんなの胸に、思い出される。
眼だけマスクとその一党の所業が、クッキリと、思い出される。
ムカつく。
が、
眼だけマスクとその一党は、蓮達の胸の中、頭の中では、もう、閉じ込められている。
井の中に、閉じ込められている。
そこで、笑っている。
笑みを、浮かべている。
一党で、行動している。
そこでは、何しても、無駄やな。
蓮は、思う。
無駄だな。
正樹も、思う。
足掻きみたいなもの、だな。
木本も、思う。
むなしいですね。
山元も、思う。
「ほな、【眼だけマスク、お山の大将化計画】発動、と云うことで」
「OK」
「分かった」
「はい」
四人は、心を合わせる。
そして、頭を囲んで、実行計画を、練る。
ニャーニャー
VowWow
キーキー
箱住人達は、騒ぐ。
だが、嬉しそうに、騒ぐ。
{了}