第六話 新たな出発、初めての討伐依頼
林で當間の名前を奪取して、ラムズデールの街に戻ってきた。
これで當間として冒険者に登録できるだろう。
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名前:トーマ・マモル
種族:人間
性別:男
年齢:28
レベル:3
HP:30/30
MP:3/3
SP:10/10
筋力:12
知力:2
俊敏力:7
持久力:9
スキル:【解析】【不正侵入】【痛撃】【追跡】
容姿:イリヤ・マスミ
状態:普通
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名前と一緒に、【追跡】スキルも奪ってきたのだが、このスキルは「マーキングした相手の位置が透過して見える」というとんでもない能力があった。
つまり、どんなに遠くにいても、人混みの中にいても一発でバレるというわけだ。
そりゃあ俺の居場所がわかるわけだ。
ついでにステータス値も奪っておこうかと思ったが、全部ゼロになっていたので無理だった。
スキルは死体からでも奪えるが、ステータス値は生きている相手からしか奪えないらしい。モンスター相手も同じだろうから気をつけないとな。
というわけで、ラムズデールに戻ってきた俺はすぐにギルドに向かおうと思ったのだけれど、その前に「とある場所」に立ち寄ることにした。
「いらっしゃい」
ギルドがある大通りから一本入った裏路地。
小洒落た店のドアを開けると、数多くの衣類や帽子が並べられていた。
ラムズデールで一番品揃えがある……という服飾店だ。
革鎧などの防具は売っていないが、衣類はここで全て揃えることができる。
とはいえ、貧乏人の俺は新品を買う金がないので、使い古しが売っている中古品店しか利用していないのだが。
店主の男はにこやかに出迎えてくれたが、俺の顔をみるやいなや温和な空気が一変し、怪訝そうな顔をする。
多分、転移者だと気づいたからだろう。
こういう対応をされるのもすっかり慣れた。
俺としても別に仲良くしたいわけじゃないし、商品を適正価格で売ってくれれば何でもいい。
「今日はどういったご要件で?」
「仮面が欲しい」
服飾店に来た理由がそれだ。
名前はトーマになったが、見た目はイリヤのままなのだ。
この顔でギルドに行けば、ミリネアに驚かれてしまう。
だからといって須藤や當間の顔で生きるのは絶対イヤだし、シンプルに顔を隠して行こうと考えたのだ。
「この店で一番安い仮面が欲しい」
「仮面? 身分を隠して夜会にでも行くのかね?」
「まぁ、そんなところだな」
夜会なんかに行くわけないが、正体がバレたくないというのは本当だからウソは言ってない。
店主はしばらく店内を歩き、壁にかかっていた仮面を持ってきた。
カラスの仮面だ。
驚いたのは、結構しっかりとした作りをしていたこと。
俺の鎧と同じ硬い革で出来ていて、耐久性もありそうだ。
だが、これが安いのか?
ひょっとして「この店で一番高い仮面」と聞き間違えたとか?
「それが一番安いのか?」
「そうだ」
「素人目にも良い作りをしているが」
「転移者の髪と同じ色のアクセサリーを好んでつける人間はいない」
ああ、なるほど。
最初は高額で取引されていたが、黒髪の転移者が嫌われるようになって安くなったってところか。
そんな理由で買い叩かれるなんて、これを作った革職人も大変だな。
まぁ、こちらとしては有り難いのだが。
「では、それをいただこうか」
代金を払って仮面を受け取る。
安いと言っても貧乏人の俺には結構な出費だったが、致し方ない。
試しにつけてみると、かなり顔にフィットした。
顔全体が隠れるわけじゃなく、目元と鼻を隠して口の部分が露出しているので息苦しくないのもいい。
これなら仮面をつけたままモンスターと戦えそうだ。
「よし、行くか」
準備が終わったところで、ギルドへと向かう。
俺が拠点にしている冒険者ギルド「フィアス・キャッツ」は、いつもと変わらない雰囲気だった。
毎日のように俺をバカにしていたあの現地人の冒険者たちは楽しそうに談笑しているし、受付のミリネアも忙しそうに働いている。
彼らも噂で俺の死を耳にしているはず。
なのに普段通りなのは、酒の肴にするくらいの小さな出来事なんだろう。
──ま、悼んでくれとはこれっぽっちも思わないが。
「すまない。冒険者に登録したいのだが」
ミリネアに声をかけた。
できれば他に受付嬢に手続きをしてほしかったのだが、彼女しかいなかった。
「……わかりました。少々お待ちください」
おや? と思った。
なんだかいつものミリネアと雰囲気が違う。
あの癒やされる笑顔が無いし、落ち込んでいるようにも見える。
──まさか、俺の死を悼んでくれているとか?
いや、これは悼んでいるというより、ショックを受けているのかもしれない。
なにせ、毎日のように顔を合わせていた相手が、禁忌とされている同業者殺しの罪で捕まり、処刑されたのだ。
多分、俺がミリネアでもショックを受けると思う。
現実世界のニュースでもよくある「そういう人には見えなかったんですけどね」ってヤツだ。裏切られたと思われても仕方がない。
ミリネアの笑顔が見られないまま、手続きは粛々と進められた。
水晶に手を当て、こちらの個人情報を読み取る。
「……トーマ・マモル様ですね」
水晶に映し出されていたのは、いつも俺が【解析】で見ているステータスだ。
容姿や状態の部分は表示されていないが、名前はしっかりトーマになっている。
ミリネアが冒険者登録証にその情報を書き写し、小さなカードと手帳のようなものをこちらに差し出す。
冒険者証と銀行台帳だ。
さらに、新人への配給品として、いくつかのポーションも。
それから冒険者に関するルールをざっと説明された。
スタートは最低ランクのFからで、実績によってランク上げされること。
ランクによって受けられる依頼が決まっていること。
そして、いかなる理由があろうと同業者を手にかけてしまった場合は、絞首刑になること。
「依頼はあちらの掲示板に貼られていますので、そちらを確認してください」
「わかった」
ミリネアの視線の先に小さな掲示板があった。
依頼が張り出される掲示板だ。
気に入った依頼があったら依頼書を取って受付嬢に渡して受注するのだが、顔見知りになってきたら受付嬢から良い依頼を直接斡旋してもらえることもある。
いわゆる「掘り出し物」ってやつだ。
街には数多くのギルドがあるが、同じ場所で依頼を受け続けるメリットのひとつがそれなのだ。
しかし、と視線をミリネアに戻す。
やはり、明らかに雰囲気がいつもより暗い。
いつもピンと立っている耳もシナっとしてるし。
間接的とはいえ、俺のせいで落ち込ませていることに軽い罪悪感を覚えてしまう。
「すまない、少し良いか?」
なので、少しだけ誤解を解いてあげようと思った。
「イリヤという冒険者のことだが」
「……えっ!?」
ミリネアがハッとして顔をあげる。
元気を取り戻したかのようにピョコッと耳が動いたのが少し可愛かった。
「彼は同業者殺しなどしていない。犯人は別の人間だ」
「べ、別の人間?」
パチパチと目を瞬かせるミリネア。
「ま、まさか罪を擦り付けられた……とか?」
「そうだ」
「ということは、イリヤさんは無実?」
「ああ」
「……っ!」
ミリネアの顔が喜色に染まる。
やはり俺の逮捕の件で落ち込んでいたらしいな。
「で、でも、どうしてトーマさんがそんなことを知っているんですか?」
「俺はあいつの知り合いなんだ。罪を擦り付けられジャッジに追われていた彼の逃亡を助けた」
「逃亡?」
「ああ、イリヤは生きている。処刑されたのは顔が似ている別の人間だ。イリヤは無事に街を脱出したよ」
「……そう、だったんですね」
ミリネアがほっと安堵のため息を漏らす。
それを見て、俺はそっと受付カウンターを離れた。
干渉するのはここまでだ。
これ以上話していると、ボロが出ちゃうかもしれないからな。
俺がイリヤだバレてしまったら、ミリネアに迷惑がかかる可能性がある。
なにせ、冤罪だとはいえイリヤは同業者殺しの罪を犯した犯罪者なのだ。
親しくなりすぎず、適度な距離感を保っていけば問題ないだろう。
「……あん? なんだお前?」
掲示板にの依頼を見ていると、背後から声がした。
いつも俺に絡んできていた、あの現地冒険者たちだ。
「カラスの仮面かそれ?」
「はっ! 転移者様が不吉なカラス面って、どんな冗談だよ!」
「恥ずかしくて顔も見せられねぇってか? 転移者様は繊細なんだなぁ。ギャハハ!」
「……」
ううむ。これは誤算だったか。
仮面をつけていれば目立たないと思ったが、やぶ蛇だったかもしれない。
だけど、素顔を晒すわけにもいかないしな。
まぁ、無視すれば問題はないし、放置でいいか。
彼らのことは無視して依頼の張り紙を取り、足早にミリネアの元に戻る。
「この依頼を頼む」
「……え? ゴブリン討伐ですか?」
ミリネアがぎょっと目を見張った。
俺が取ってきたのは、Fランクのゴブリン討伐の依頼。
「問題はないだろう? 規定ではFランクの依頼まで受けることができるはずだ」
「そ、そうなのですが、最初は採取系からはじめられてはどうでしょうか? 危険なモンスター討伐系は、仕事に慣れてからでも……」
なんだか懐かしい感じがした。
2ヶ月前、イリヤの名前で冒険者をはじめたときも、同じようなアドバイスをしてくれたっけ。
きっと誰にでも同じような心配しているんだろうな。
ミリネアは本当に優しい子だ。
「ありがとう。だが、問題ない」
「そ、そうですか……わかりました」
依頼書に発注のスタンプを押し、差し出してくる。
これで依頼の受注手続きは終わり。
あとは標的となるゴブリンを倒して、彼らの魔晶石を持ってくれば完了だ。
「どうかお気をつけて」
「ああ。ありがとう」
そうして俺は、初めてのモンスター狩りに出発した。
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