第3話 『アーシャ・ラ・ヴィルンは善性を教えてもらいたい』
翌日。
手下が教えてくれた情報によれば、どうやらディオラとその取り巻き2人は、学校には来ていないようだった。さらに伝えられた情報によれば、休学しているらしい。
可哀そうだとは思わない。
イジメは犯罪だ。それも重罪の。
『悪意をもった行動は、必ず自分に返ってくる。それを意識しながら生きなさい』と父様も言っていた。
アイツ等がイジメを続けていれば、セーナは最終的に休学や退学に追い込まれていただろう。
下手したら、もっと悪いことに繋がったかもしれない。
その結果が自分の身に返ってきただけだ。
命があるだけ、感謝してもらいたい。
もっとも、そんな父様の言葉を教えられたのは、私が9歳のころだ。
当時は意味が分からなかったけど、今なら分かる。
私がやってきた過去の悪行は、私にも返ってきているから。
今日だって、誰も私と目を合わせようとしない。
有難いことに、セーナを除いて。
学食の一角。
10人は座れるだろう広々とした席には、まるで予約席かのように、私とセーナしか座っていない。
時間は昼休みということもあって、学食内は生徒でいっぱいだ。
料理が乗ったトレイを持ってウロチョロしている人は何人もいるが、唯一空いているテーブルを見つけて近寄ってきても、その全員が私を見てすぐに去っていく。
何もしてこなきゃ何もしないんだから、とっとと座ればいいのに。
昼食のパスタを食べ終わると、セーナが言いづらそうに口を開いた。
「あの、アーシャ様。クラスでおかしな噂を聞いたのですが……」
「言わせておきなさい」
誰が言い始めたか、そんなことは私にとって些細なことだから調べさせることはしなかったけど、セーナのクラスどころか、学校中に噂が広がっていた。
ディオラとその取り巻きが休学しているのは、どうやらあのアーシャが原因らしい、と。
その通りだろうけど、もとはと言えばアイツ等が悪いのだ。
だから私は悪びれないし、その結果を甘んじて受け入れるつもりだった。
「……正しい噂に、訂正しないのですか?」
「イジメは無くなったでしょ? 目的は達成できたわ」
だけど噂は、もう1つある。
アーシャを怒らせた理由は、新しいおもちゃのセーナを、ディオラがイジメていたからだという噂だ。
セーナは決して、私のおもちゃではないんだけれども。
「友達を助けるのは、当然のことでしょ。だから私がやった、アーシャのものに手を出したら報いを受ける。それが伝われば十分よ」
どうやらセーナはその美貌があだとなり、ディオラだけでなく、多数の女子から嫌がらせを受けていたようだった。
だけどその噂がたった今日、それらは一切無くなった。
セーナをイジメから守っているのは私じゃなくて、私についたイメージだった。
だから私は、その噂を止めることはしなかった。
「アーシャ様が悪いように言われているのは、気分が悪いですわ」
「嬉しいこと言ってくれるじゃない」
対面に座って、なんだか難しそうな顔をしているセーナに本心で返す。
セーナの綺麗な目をみながら、私は尋ねた。
「あなた、元々どうするつもりだったの?」
「どうするって、どういうことですか?」
「私が昨日あの場にいなかったら、セーナはどう対処していたのかってことよ」
「そうですね……。多分、何もできなかったと思います。わたくしはずっと、どうしたらイジメを止めてくれるか、どうしたら仲良くできるかを考えていましたから……」
「……加害者と被害者が、仲良く?」
味付けされたシマウマと、腹を空かしたライオンが仲良くできると思ってるの?
「ええ。ですからわたくしは、ただ待つつもりでした」
その言葉を聞いて、私は幼少のころに観た映画を思い出した。
そういえばあの映画で出てきたお姫様も、自分から行動はしていなかった。
困っても、イジワルされても、お姫様はただ待つだけ。
いつだって、助けてくれる王子様を待っているだけの存在だった。
でも、確かにそうかもしれない。
大多数の男性には、好きな女性を守りたい、支配したいという欲求があると本で読んだ。
となれば、やはり私の性格は恋愛に向いていない。
侮辱されたり攻撃されたりすれば、私は数秒で反撃の手段を考える。
そしてすぐに、それを実行してしまうのだ。
私だって、王子様に守ってもらってみたい。
いやー、助けてー、だなんて言ってみたい。
だけど私は、他者に守ってもらう前に、自分の身は自分で守ってしまう。
私よりも早い行動でもって、敵から守ってくれる王子様?
それ、私よりも早く手が出る王子様ってことでしょ?
単純にヤバいやつじゃない。
……とはいえ、自身の性格をすぐに変えることは、できそうにない。
今の私から変わるには、未知の要素が不可欠だ。
やはり、私に必要なのは善性だろう。
「セーナ、教えてほしいことがあるんだけど」
「アーシャ様が、わたくしに……? ええ! 喜んでお教えしますわっ!」
まだ何も言っていないのに、セーナは目を輝かせて快諾した。
この子、私が「家の弱みを言え。金庫のコードもだ!」とか言ったら、どうするつもりなのかしら……。
だけど生憎、午後の授業を知らせる予鈴が鳴った。
「放課後に教えてくれる? 迎えの車が来るまででいいから」
そう言って、私たちは食器トレイを片付けて午後の授業を受けるべく、それぞれの教室に戻った。