第1話 『アーシャ・ラ・ヴィルンは異性にモテたい』
※ 本作品の舞台設定はパラレルワールドです。文明の利器がでてきます。
※ 本作品を公募に出そうと考えています。予告ありで、非表示になる可能性があります。
※ 面白かった点や、気になった点など、自由にコメントを頂ければと思います。
私は幼少時より、暴力に訴えるのが得意で、人の考えを推測するのが苦手だった。
おもちゃを取られては殴り倒して奪い、「貸して」と言われれば笑いが止まらず、泣きじゃくるその子を丁寧に乱雑に、そのおもちゃで殴りつけた。
保育教師からは「人に優しくあれ」と睨まれていたが、家族からの教えはしかし、私にとって神聖なものだった。
『堂々たれ。それこそが、ヴィルン家の家訓である』
その教えの通り、私は女王の如く、絶対的な自信と暴力をもって幼少期を過ごした。
私の家族は世間から言うところの、悪だ。
奪い、盗み、破壊し、他人が栄光をつかむその一瞬に噛みつき、そうして繁栄してきた一族だ。
今でこそ法律を遵守しているが、それは罪に問われていないだけだろう。
だからこそ家族は、私のことを病的なまでに肯定した。
まさにヴィルン家の鑑だ、代々の才能を受け継いだ申し子だと。
私は敬愛する父ににんまりと微笑み、これからも期待に応えるだろう自分の未来に胸を膨らませた。
そんな私に衝撃が走ったのは、10才の頃だった。
私は、映画を観ていた。
その映画では奇妙なことに、王子が姫にキスをするのだ。
そして姫はうっとりとした顔で、王子に抱き着く。友情、希望、愛。
勧善懲悪の物語。
「うげぇ。なんにも分かってない。最後に勝つのは、狡猾な悪よ!」
普段通りの私だったら、そんな風に言っただろう。
だが奇妙なことに、奇妙なことに。
私はそんな映画を観て、いつの間にか、それが欲しいと感じていたのだ。
初等学校で得たものは、なるほどそれは素晴らしいものだった。
しかし、友情は得られなかった。
他者を寄せ付けない行動で得たのは、友ではなく手下。
その結果、異性から向けられた感情は、憧れや恐れ。
ヴィルン家としての栄光を約束された私に取り入ろうとする愚か者ばかり。
私は本物だ。
だからこそ、私が得るべきものは、偽りの関係では相応しくない。
私は変わらなければならない。
悪として卓越した私の才能は、私の欲望を満たすのに適切ではない。
今や15歳。
異性からの愛を求めても良い年齢だろう。
だが、愛を求めるならば悪性だけではダメだ。善性を学ばねばならない。
だから私は、ある人物に目をつけた。
そいつは、私のことを知らない転校生。
善良、柔和、そんな言葉を擬人化させたような女性。
長い黄金色の髪をもつセーナだ。
誰にでも優しいと評判で、ついたあだ名は聖女。
世界は善意に溢れていますというような整った顔を見ると、私の嗜虐心に火が付きそうになる。
「こんにちはセーナ」
「ごきげんようアーシャ様!」
この3日間、私は彼女と仲良くなるために奮闘してきた。
周りの視線が叫ぶ。「なぜ悪と善が仲良くする?」
理由は簡単だ。誰にも言えないが、単純明快だ。
異性と仲良くしたいからである。
しかし私の外見は、一言で言うならば熾烈だ。
ウェーブがかった髪は、重いヴァイオレット色。
目は吊り上がり、その眼光と佇まいは鋭い。
そも、染みついたオーラと評判が他者を遠ざける。
対するセーナの物腰は柔らかく、笑顔は自然で、その魅力は振り返ってでも見ようとする者が多い。
これだ、と思った。
こういう子と一緒に過ごすことによって、悪の印象は薄められる。
私は彼女の恋を応援しながら新たな人脈を広げ、素敵な男性を射止めるのだ。
だけど、この3日間で分かった問題があった。
セーナは、いじめられている。
「また、わたくしの靴のなかに硝子が……」
涙目のセーナが、靴の中から硝子の欠片を取り出す。
「あら本当ね」
ヴィルン家の淑女たる私から見れば、それは悪ですらない幼稚なお遊びだ。
傷つけたいのならば、確実にそうできる作戦を練るべきだ。
確認をされれば達成できない攻撃など、もはや攻撃ですらない。
しかしそれは、私の基準だ。
悪意にふれたことのない彼女からしてみれば、恐怖そのものだろう。
「大丈夫よ」
だから私はそう言う。
安心させるように……その外見には、ヴィルン家には相応しくない声色で、そう言う。
「私がついてるわ」
いじめがあると知ったのは2日前。犯人を割り出すのには、十分な時間だった。
私から見れば可愛いもの。
ひよっこの悪に、本当の悪意とは何かを教えてやるわ。
◆
優雅でゆったりとした学園生活を送りながら、私は手下に情報を集めさせた。
どうやら犯人の女学生、ディオラは、情報のかく乱や隠滅を一切しなかったらしい。
アホか。怠惰にもほどがある。
隠せ。さもなくばなすりつけろ。
いじめの対象であるセーナと同じ丸テーブルにつき、太陽光が降り注ぐ外庭の下、私はパラソルで日差しから守られながらアイスティーを嗜んでいた。
「どんな風に報復する?」
「ほ、報復だなんて……」
「は?」
「ひっ」
セーナがビクリと震える。
いけない。
あまりの甘さに、つい本性で対応してしまった。
「や、やり返せば、同じ格に下がる。そうお父様に教わりました」
そりゃそうよ。
同じ場所まで下がらなきゃ、殴れないじゃない。
見下ろすだけじゃつまらないわ。
それに、ヴィルン家でさえイジメは禁止されている。
やつらは禁忌を犯した。
父様も言っている。
大切なものを傷つけられたら、格下だろうとも見せつけてやれ、と。
「……私は、この痛みを知っています。あえて他の人に与えたいとは思えません」
さすが聖女。
だけど、それじゃあいけない。
それじゃあ、男は近寄ってこない。
セーナは花の如く笑っているべきだ。
ただでさえ私という爆弾が近くにいるのだ。
爆弾処理をしてでも射止めたいと思える女でなければ困る。
「……痛い目に合わせないと、無くならないわよ」
なにせ、他者をいたぶるのは快感だ。それは私がよく知っている。
「現状維持か、報復して立場を分からせるか、2つに1つよ」
言うが、セーナの表情は暗い。
ティーグラスを持ちながら、格段の香りの紅茶にも口をつけようとしない。
私はさらに追い打ちをかけた。
「行為はエスカレートしていくわ。手遅れになってからじゃ、遅いのよ」
セーナがティーグラスを口に近づける。
どれだけ心苦しいのだろうか、手が震えている。正直理解できない。
これが善性か。
だが中身を飲み干したセーナの顔には、覚悟の色があった。
「分かりました。やりましょう」
さて。打算こそあれど、セーナを守りたいのは本心だ。
なにせセーナは、私にとっての初めての友人だ。
これはもはや、私の復讐でもある。
「とりあえず、ディオラの裸写真でもバラまいてみる?」
「へ?」
セーナが信じられないという顔で私を見てきた。
けど、女性相手ならば有効な手だ。もはやこの1手で潰せるまである。
「な、なにもそこまでしなくても……」
「何言ってるの? 容赦なんてしないわ。してやんない」
私の初めての友人を傷つけた罪は重いのだ。
「悪をもって悪を征し、善を成す。それが私のやり方よ」
もっとも、その善とは私の利益だ。
一般的な善とは違うが、なに、人助けだ。
ならば善だろう。
「ア、アーシャ様。私も見ているだけでは嫌ですわ。どうか、私も行える程度の報復に致しましょう? ね? そうしましょう?」
それも一理ある。
自分で仕返してこその報復だ。
「分かったわ」
よほど嬉しかったのか、安堵の表情を浮かべるセーナを横目に、私も紅茶を飲み干して席を立った。
◆
だが、その日の放課後、事件が起きた。
セーナの鞄が、切り刻まれた。
それを知れたのは、帰り支度を終えたあと。
手下の1人が、教えてくれたからだった。
セーナの教室は1つ上の階だ。
私はカバンを持ったまま、大急ぎで現場へと向かった。
教室のドアを開けると、4人の視線が私に降り注いだ。
腕を組み、仁王立ちをする主犯格のディオラと、その後ろでニヤニヤと笑う取り巻きのザコ2人。
そして、綺麗だった目を真っ赤に腫れ上がらせて、膝をついて泣いているセーナの視線だった。
「あーしゃ様ぁ……」
その手には、元々カバンだっただろう物が握りしめられていた。
鋭利な物で切りつけたのだろう、ズタズタだった。
教科書も、ノートも、筆記用具も、全てがバラバラに破壊され、いたるとことに散乱している。
自分のカバンを床に落として、私は声を発した。
「おい」
低い声がでた。
自分の髪が逆立つのを感じる。
私の怒りで、教室の温度がグンと下がるのを感じる。
「な、なによアーシャ。貴女には、か、関係ないじゃない」
震えながら、か細い声でディオラが言う。
コイツらは知っているはずだ。私の悪行を。
私をなめたヤツが、攻撃してきたヤツが、恥をかかせてきたやつらが、どんな目に遭ってきたかを、こいつらは知っているはずだ。
なのに。
「私が大事にしている人間に、なにしてんの?」
そもそもこの2日間、必要以上にセーナと一緒にいたのは、守るためだ。
彼女は私の保護下にあると教えるために、今日も暑い日差しの中、わざわざ中庭で休憩をとったのだ。
「し、知らなかったのよ!」
そりゃ、お前の怠慢だ。
私は散々アピールしてやった。
「私の大切な友人を泣かせたんだ。許さない」
ディオラとその取り巻きの顔から、血の気が引く。
今や真っ青で、「あ、あ」と口をガタガタ震わせている。
私はそんなヤツらを睨みながら、頬を赤く染めているセーナへと手を差し伸べた。
涙で溢れている瞳が、しかしその奥でキラリと輝く。
善性は、ひとまず良い。
セーナから教えてもらうのは後回しだ。
これは、勧悪懲悪の必要がある。
「さあセーナ。とびっきりの悪意を魅せてあげましょう」
「……はい!」
涙で顔中を濡らしたまま、セーナが私の手をぱしっと掴み、満面の笑みで答えた。
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