一見、悪党の雑魚に見えるが救世主の伝説
20XX年──
軍事国家の暴走により、核戦争が勃発。
核兵器の応酬の末、恐怖と混乱から各国でも多くの争いが巻き起こり、それらに伴って生じた異常気象によって地球の環境は崩壊した。
法と秩序は失われ、地上はわずかな食料と水を暴力で奪い合う、弱肉強食の掟が支配する世界となっていた。
「ひ、ひいーっ!」
重い暗雲に覆われた空のもと、乾いた荒野に痩せこけた老人の悲鳴が響いた。
バイクで追跡してきた3人の男たちに囲まれてしまったのだ。
彼らは老人とは正反対に筋骨隆々の大柄で、特徴的なモヒカン頭とスパイク付きのプロテクターやベルトを身に付けていた。
手にはそれぞれ斧や棍棒が握られている。
「よぉじいさん、町の物々交換でいいものを手に入れたらしいじゃねえか」
「隠してねえで、俺らにちょいと見せてくれよ」
「ほら、さっさと袋の中身を出してみな」
「うう、これは誰にも渡せん。この種もみは1週間分もの食料でやっと交換した大切なものなんじゃ!」
老人は布袋を両手で大事そうに抱える。
「この種もみがあれば、すぐにたくさんの米が作れるんじゃ。米ができたらあんたらにも分ける、だから、だから今は見逃してくれえ!」
「なにぃ! すぐに米ができるだとぉ!」
「俺らに分けられるほどたくさんの米が作れるだあ!? ずいぶんと軽々しく言ってくれるじゃあねえか!」
「ふざけやがって! なめた野郎だぁ!」
「ほ、本当じゃ、収穫するまで待ってくれたらちゃんと分けると約束する。あんたらにも悪い話ではないじゃろう。だから後生じゃ、どうか今だけは」
「そんな話はしてねえ! 米作りはなあ、そんな簡単なもんじゃねえんだ!」
「は?」
「米作りってのは、まず種もみを選別して発芽させて、苗をしっかり育てなきゃならねえ」
「ああ、田植えしてからだって油断は禁物だ。日照時間や気温、湿度の管理にも毎日気を使わなきゃ、稲はすぐにやられちまう」
「台風、冷害、病気や害虫の対策、そういったいくつもの苦労と困難を乗り越えて、ようやくあの尊い穂が実るんだ」
「え、あ、はい」
「そもそもじいさんよぉ、稲を育てられるだけの、豊富な水を張れる、良質な田んぼは準備できてるのか?」
「そ、それはまだ。うちの村は小さい井戸と砂地の多い畑ばかりで」
「田起こしした田んぼもねえのに米を作りたいたぁ、ふざけた野郎だ!」
「米作りは本当に難しいんだ! なんの準備もなく、米ができると思ってるのか!?」
「じいさん、だいたいあんた米作りの経験はあるのか」
「いや、米作りは昔親戚の手伝いをしてたくらいで。この食料不足の時代、それを思い出して、自分でもなんとかできないかと」
「そんな思いつきでできるほど、米作りを甘かねえ!」
ひび割れた大地に怒号が響きわたる。
その声に老人は震え上がるが、
「う、うう。逆に、あんたら、なんでそんなに詳しいんじゃ」
「なんでだとぉ? そりゃあ、俺がもともと農協に勤めてたからよ」
男は頭に彫られた「JA」のタトゥーを指さした。
どこからどう見ても農協の元職員に間違いない。
「俺は世界が荒れる前は、農大で農業や作物の講義をしていた」
「米作りには俺が1番うるさいぜ。なんたって有名な米どころの、米農家のせがれだったんだからなあ!」
「え、えぇ……そんな真面目な人たちが、なんで周りを威嚇するような格好を。バイクに乗るときも吠えるような奇声をあげて」
「今の世の中、なめられたら生きちゃあいけねえ」
「自衛のためにこんくらいの格好はしなきゃな」
「弱い奴から死んでいく、悲しい時代だ」
彼らの理屈は間違ってはいない。
力がすべての世界では、弱みを見せた者から先に搾取され、暴力の前に屈していくのだ。
「じいさん、悪いがその種もみはあんたには任せられねえな。いつか米が作れる環境が整うまで、そいつは俺たちが預かっといてやるぜ」
「あ、ああっ」
男はむしり取るように半ば強引に布袋を奪うと、老人に別の布袋を放り投げた。
「代わりにこいつをやる。れっきとした物々交換だ、ありがたく思いな」
「ん、な、なんじゃ……この芋は」
袋には十数個の細く小さな芋が入っていた。
種もみと交換した乾パンや缶詰めと比べると、あまりにも落差がある。
「こ、こんなもの、すぐに食べきってしまう……」
「馬鹿野郎、それは自分で食うんじゃねえ! 土を耕して植えるんだ!」
「植える?」
「そいつはさつまいもの種イモだ」
「さつまいも? あの?」
「そうともよ、こんなときの救荒作物といやあ、さつまいもだろうが」
「じいさんの村のような、水の少ない、痩せた土地でもよ~く育つぜ」
「畑の管理は難しくねえから、不馴れな初心者でも育てられるし、収穫量もそれなりに期待できる」
「お、おお」
それを聞くと袋の中身が宝に見えてきた。
老人は大切に抱え込む。
「さつまいもは栄養があって保存もきく。まったく大した作物だぜ」
「獲れた芋は全部食わねえで、また種イモにして畑を増やすんだ。根気よくやりゃあ、集落の1つぐれえは養えるようになる」
「食い物が増えりゃあ、飢え死にが減るってもんよ。そうやって生活を安定させて人手を確保できるようになりゃあ、新しい町を作ることだってできらあ」
明るく、前向きに励ますような口調に、老人は思わず涙腺をゆるませてしまう。
「こ、こんな、強い者が弱者から奪うのが当たり前の、誰もが心を荒ませるこの時代に……他人を助け、生きていくための術を施してくれるなんて……あ、あんたたちという人は」
「なあに、俺たちは自分らの知識を生かして、みんなが手を取り合って幸せに暮らしてた日々を少しでも取り戻したい。ただそう思ってるだけのことよ」
「奪い合いにならないように今はまだ隠しているが、実はな、俺たちの仲間が核戦争の影響が少ない、汚染されていない土地をいくつか見つけてるんだ」
「そ、そんな土地がまだ残っていたとは!?」
「ああ。安全な土壌や水源があれば、作れる作物も多い。食い物があれば自然と人の行き来ができて、やがてはそこが盛んな交易の場になる。そうして集まってきた人間が一致団結すれば、恐怖や暴力と切り離された秩序あるコミュニティが作り出せるはずだ」
「仲間は他にも、医者を見つけては声をかけて、医薬品も集めてる。直せば使えそうな機械や重機なんかは探せばそこらに残ってるし、専門家やエンジニアも結構生き残ってるみたいでな。まだまだかなり先になるだろうが、世界の復興も夢じゃねえってわけだ」
老人は彼らを見て、瞳の奥を震わせ、声をつまらせながら思った。
こんな輝いた目で未来を語る者たちを見るのは、この荒廃した世になってから初めてだと。
「じゃあなじいさん、希望を捨てるなよ」
「つらくても今日を生き抜くんだぜ」
「必死に生き抜いた今日の積み重ねが、明るい明日につながっていくんだからよ」
3人はバイクにまたがると、砂煙をあげて走り去っていった。
そんな彼らの姿を、暗雲の切れ目から差した陽の光がやさしく照らしていた。