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Low人生  作者: 福口貴晃
(アニメーターと浪人生)
1/3

1話

週1投稿予定です。

1話のみ長めになります。

大学浪人、それは人生のドロップアウト


無職といえば無職であり、学生といえば学生であり


高校生でなければ大学生でもない中途半端な存在


これは、そんな浪人生の物語






~Low人生~  




「であるからして、我が予備校の合格者9割という数字は保たれているというわけです。次の10ページのグラフを見てもらってもこれは明らかで―――」




「……ふぁ~」




市民ホールのとある席で手元の資料に目を落としていた秋月楓(あきづきかえで)の口から小さく欠伸が漏れる。


壇上では西宮にしのみや予備校福岡校の事務長が、照明で頭を光らせながら西宮予備校、略して西予備の良さを改めて説明しているところだった。


ここはとある市民ホール。集まっているのは今年から西予備に入る浪人生とその保護者たち。そして、今行われているのは西予備の入学式だ。


入学式を行う予備校は少ない。そもそも、浪人生は目的の大学に受かった時点で浪人卒業なわけなので、当たり前だが卒業式が存在しない。あったとしても、重視はされないだろう。同様に入学式も一般的には存在しない。


実際、今行われているものは入学式という名の保護者に対する学校説明会であった。


楓はそのことは知っていたし、この入学式に出なくとも入学自体は出来るのだが、一応念のためという気持ちで入学式に出席していた。


しかし、興味・関心を持てない話はどんなときでも子守唄。




「ふぁ~…眠い」




本日二度目の欠伸をした楓は手元の資料に目を落とす。


基本的に、資料に書いてある事以外は特に目立つ話もない。合格率がどうのとか点数がどれだけ上がっただとか、売り文句としては一番大事なところかもしれないが、基本的に保護者向けのトークという感じだった。


とりあえず分かったことは、日本は浪人生が多すぎるってことだな。まあ自分がそうなったからなんも言えないんだけど。


ということで熱心に聞く気になれない楓はぼーっと聞き流すことにする。




「―――というわけで、残り一年を切っているこの受験本番までの期間を浪人生の皆さんには頑張って乗り越えてほしいと思います」




壇上のモニターに映る『浪人生』という文字を見ながら、ああ、そうだよなあと改めて楓は自分の状況を思った。




……………………………………………………………………………………………………………………………




昔から夢のない子供だった。


楓が自分の将来について考えた時、一番に思ったのはそれだった。


偏差値が高いとも低いとも言えない公立高校での生活を送っていた楓は高校三年の最後まで自分の行きたい学部すら決めることができなかった。


いや、そもそも大学に進学したいのかさえ楓は自分が分からなかった。


高校生活で頑張ってきたことと言えば家事ぐらい。


逆に言えば家事に関してはそこらの高校生には負けない自信がある。だから何だという話だが。


そんな高校生活だったが、時は人を待ってはくれない。とりあえず理系だから、という理由で近くの国立の理学部化学科に出願し、結果不合格。


まあ、こんなもんか。


その結果をネットで見ながら、楓は自宅のパソコンの前で小さく息を吐いた。


だいたい三年間の高校生活の中で特に頑張って勉強してきた記憶はないし、出願した学部学科は自分の本当の希望かどうかも分からなかったからな~。こりゃバイトでもなんでもいいから働くしかないなー、下に後三人いるしと、まるで他人事のように自身の将来について漠然と楓は考えていた。ちなみに受かったとしても進学しないしお金がもったいないという理由ですべり止めも受けることはなかった。


そんな不合格の結果が出て家事をしながら、無為な時間を過ごすこと1週間ほど。




「楓、予備校に通え」




久しぶりに家族が全員揃った夕食後。秋月家の居間で、珍しく早く帰ってきた楓の父、秋月(あきづき)(りょう)は楓と楓の母、秋月かんなを呼び出すと、開口一番とんでもないことを口にした。




「は?」




あまりにも唐突過ぎる言葉に楓は、その一言しか言えなかった。ついでにこいつマジで何言ってんの?と口に出そうになったが、今更言うことでもない。昔からこの父親はよく突拍子の無いこと言いだすのだ。




「もう一度言うぞ。楓、一年間予備校に通い大学に行け」




「いやいやいや、俺は働くつもりだから。それに三人も下にいるのに家にそんな金はないだろ!」




「今の時代、アルバイトなどではなくしっかりと就職するには大学に行く事が不可欠、とまではいかないが大学に行くことで将来の選択肢が広がるのは確かだ。お前が専門学校にどうしても行きたいと言うのならそちらでも構わんが」




「人の話を聞いてくれよ。いくら家が共働きで、親父が医者だからって子供4人を育てるとなると、お金の無茶な使い方ができないのは馬鹿な俺にでも分かるよ」




「なんだ、やはり専門学校ではなく予備校にするのか」




「お願いだから話を聞いて!」




こいつと一度でも会話がかみ合ったことがあっただろうか。楓は心の中で溜息をつく。


そこで父亨は真面目な顔で話を切り出した。




「そもそも働くといっても当てはあるのか。だいたいそれはお前の意思なのか。とりあえずという気持ちだけで流されているだけじゃないのか」




矢継ぎ早に繰り出された言葉は楓の心を見透かしたようだった。


昨日合否の発表があったのにそんなの決められるわけないだろ、という言葉がつい口をつきそうになるが、楓は必死に飲み込んだ。この言葉が言い訳だということは自分が一番よくわかっている。


決められないし決めてはいけないと思ったからこそ、働くなんて言う言葉が自分の口をついたのだ。




「それにだ」




父が続ける。




「あまり俺たちをなめるなよ。いざとなったらお前たち全員を私立大学に行かせてやるぐらいは余裕だ」




「それはちょっと見栄を張りすぎだと思うわよ、お父さん」




キリリと効果音のつきそうなキメ顔で語った父に母から横やりが投げ込まれる。


『ゲッ』言いたげな父と涼しげな顔でお茶を飲んでいる母。この光景が改めて両親のパワーバランスがはっきりと表していた。




「っんん。ともかくだ、学費のことは気にしないでいい」




「でも俺、自分がいまだに何をしたいかも分からないし。どの学部に行きたいとかもないし……。本当に大学に行く意味があるのか分からないんだよ」




これから自分は何をすればよいのだろうか。


いきなりの展開で楓の頭は追いつかない。本当にこのままではいけないという自覚はある。自覚はあるのだが、何かをするためには目標がなければならないのではないか。自分には何もないのに。楓の視線は気持ちと共に自然と下がっていく。




「楓、あなた勉強以外では何が好き?」




母の優しい声に余裕ふと顔を上げる。




「………家事」




口からなかなか出なかった言葉だが、答えは最初から決まっていたかのようにはっきりとしたものだった。その答えが長年やってきた家事とは我ながら情けないが。




「そうよね。家のことも任せっきりになってたもんね、ありがとう楓」




「母さん」




「仕事の忙しさにかまけて、あなたの進路相談に私たちは寄り添ってあげれなかった。本当にごめんなさい」




母さんが頭を下げる。


父もその横で同じようにすまんと頭を下げた。




「予備校はあくまで建前みたいなものなの。あなたが将来何をしたいか、勉強しながら考える時間をとって欲しくて」




母は顔を上げ、続けた。




「だからね、この一年間は自分のことだけ考えてみなさい。自分が何になりたいかを勉強しながら見つめなおすこと。楓は昔から家事を理由に勉強から逃げることが多かったから」




「………はい。おっしゃる通りです」




家事はもちろん好きだったが、それを理由にやりたくないことを避けていたのはお見通しだったらしい。




「楓はお祖母ちゃん子だったからね。たまには私たちに甘えて自分の将来を考えなさい。もしそれで家政婦とか調理師の専門学校に行きたくなったりしたときは、私たちも協力するから」




「母さん………」




「ごめんね。4月からはなるべく夜勤も減らすようにお願いしてみるからね」




楓が母の言葉に感動していると




「ん、んん。まあ、そういうことだ。お金や弟妹の心配はしなくていいから、自分のために頑張れ。そして、自分の意志で決めたことは決して曲げるな。最後までやり切れ、いいか」




咳払いして、自分も忘れるなと言わんばかりの父からもしっかりと熱い言葉が送られる。


ここまで言われたら、断れないじゃんか。


まだ未来の自分を想像することはできない……でも。




「はい。この一年間、勉強頑張ってみます」




楓は両親に深く頭を下げる。


この気持ちは大事にしていかなければならないということは、今の楓でもしっかりと分かった。





「あ、あと一ついいか楓」




話が終わり自分の部屋へと戻ろうとする楓をちょいちょいと手招きをして、父が呼んでいる。近づくと耳を貸すようにとしぐさをするので、楓はそうすると母の方をちらちら確認しながら親父は耳元でごにょごにょ言い始めた。




「できれば、大学は国公立の方が父さんは金銭的には助かるなあって」




「気持ちは分かるけど、台無しだよ親父!」




ちょっとかっこいいと思った気持ちを返して。




……………………………………………………………………………………………………………………………




「本日はありがとうございました。それではお気をつけてお帰り下さい。」




それぞれが立ち上がり、会場の出口に向かう。


ふと、時間を確認するために携帯端末を確認すると、弟の慧人から不在着信が入っていた。


今日の夕飯の話だろうか。確認のためかけ直してみる。




「どうした」




『おっ兄貴。あのさ、まだ電車に乗ってないよね』




「ああ、まだ乗ってないぞ。なんか用事か」




『漫画の新刊買ってきてほしいんだよね。こっちの書店じゃ売ってないし、ネットで注文するのもクレカもってないからできないしさ』




本をよく読むこの弟は、田舎の本屋の品揃えが悪いことをよく嘆いている。今回も同様らしい。




「分かった。それくらいなら大丈夫だ」




『ありがと。あと、今日は晩飯どうすんの?家で食べるだろ』




「食べて帰るかどうかは考え中だけど、寄り道しなくても帰るのは8時すぎになりそうだから。今日は先に食べときな」




『2人が兄貴のカレーが食べたいってうるさいんだけど』




「今日は絶対無理。出前でも取れ」




お店のカレーな、と弟が電話の向こうで話す声の後に、あと数日で小学生になる2人の妹、紅葉と柚が文句を垂れる声が聞こえる。




『お前ら落ち着けって。ちょっ、脛蹴るな、紅葉』




どうやら実力行使に出たようだ。




「ちょっと二人に変わって」




『今兄貴に変わるから待てって。イタイイタイ』




耳、耳ぃ。と痛がる弟の声が遠ざかるとピッという電子音の後に二人の声が入ってきた。スピーカーにでも切り替えたようだ。




「紅葉もみじ、柚ゆず」




電話に出ると、楓にいちゃんいつ帰ってくるの。今日はカレーだよね。おなかすいた。とやいのやいの。こちらはスピーカーを使わなくても周りに聞こえるほどの声だ。




「いいか、今日兄ちゃんはどうしても一緒にご飯を食べることができないんだ。帰るのが、すごーく遅くなるからな」




『『えーーーー』』




思わず端末から耳を離してしまった。




『どのくらい遅いの?』




「2人がおなかがすいて倒れちゃうくらいかなあ」




『『えーーーー』』




お腹がすくとこの二人はハモることが多くなる。好きな食べ物も基本的に同じなので、食に関してだけは双子パワー満点なのだ。




「だから慧兄ちゃんのいうことをよく聞いて」




『外より楓にいちゃんのご飯がおいしい』




『そうそう!』




嬉しい声だが、今日に関しては期待に応えられない。仕方ないが最終手段だ。




「………じゃあ、外のご飯と慧兄ちゃんのご飯どっちがいい?」




『外!』




現金な二人だが、これでも進歩した方なのだ。1年前だったら選択肢を拒否して「や、楓にいちゃんのご飯!」と言っていたところだ。




「よし。じゃあ慧兄ちゃんに電話を代わって」




『『はーい』』




「慧人終わったぞ」




『兄貴ありがとう』




「夕飯代は建て替えといて」




『了解。あと漫画のタイトルはメッセージで送るから確認しといて』




「はいはい」




電話を切り、会場の外に出ると地面に水たまりができている。どうやら式の間に、雨が降っていたらしい。


空を見るとまだどんよりとした怪しい灰色の雲が広がっていた。


朝見た予報通りの天気だったということは、これから夜にかけて雨が降る確率も高そうだ。


楓はバッグの中の折りたたみ傘を確認すると駅に向かって歩き出した。





……………………………………………………………………………………………………………………………




書店から外に出ると日も完全に沈み暗くなっていた。金曜日の夜ということもあり、飲み屋街から笑い声が聞こえ、数える程度だが酔っ払った人ともすれ違う。


一抹の寂しさを感じながらも、楓は駅の改札に向かう。


来週から電車でここまで通うことになるのかと楓は小さくため息をついた。


毎日片道1時間以上の通学は、乗り物酔いしやすい体にはあまりにもつらい現実だったし、


1年ほど前、目の前で痴漢の冤罪によって連れていかれる男性を見てからは、電車に乗ること自体ストレスがかかるものだった。


さらに乗る時間帯は通勤時間の真っただ中。満員電車必須である。小中高、徒歩と自転車での通学をしていた楓にとって、この一年が勉強以外でも苦しくなるのは避けられない未来なのだ。


予備校の寮という手もあっただろうが、両親から提案された時期が入寮の締め切りがギリギリの時期だったし、寮の金額を見た楓は目玉が飛び出るほどの金額にパンフレットを閉じてしまったのだ。ただでさえお金を出してもらっている立場でそんな贅沢は口にできない。


そんなこれからの1年に悲そうな思いをはせていた時、反対方向から目を引く一人の女性が歩いて来た。春の装いも艶やかな黄緑のスカートを穿き、3月にはまだ寒いであろう薄手のピンクのカーディガンをはおる。髪を後ろで1つにくくる女性。きれいではあるのだが、特に物珍しい髪形でも服装でもない。ただ、彼女を楓が気にしたのは恰好の話ではなかった。


あれは、ひどく酔ってるな。


遠めに見ても足取りはおぼつかづ、顔は真っ赤。おまけにぼーっとして目の焦点はあっていないように見える。ただ、赤らんだ顔は嬉しそうな表情で歌を口ずさんでいるようだ。


それに加えてきれいめの女性なだけに周りの通行人も女性から一歩離れて歩いている。ただ、好奇の複数の視線が彼女に向けられている。


自分の母親がそうだが、こんなに酔っぱらった人は避けるに限る。流石に絡まれるということはないだろうが、酔っぱらいの介護は公務員の仕事なのだ。


楓は女性とぶつからずどういったルートで通りぬけるか考えながら改札方向に進む。


人通りが多くて横を通りそうだが、素早く通り抜ければ問題ないだろう。


女性の横を素早く通り抜けようと、楓は少し歩くスピードを速める。




「♪~」




ふと、横を通り過ぎようとした楓の耳に女性が口ずさんでいた歌が耳に入ってきた。楽し気に歌う声に楓はついそちらを向いて歩くスピードを緩めてしまった。


その時、千鳥足だったからかヒールが引っ掛かったか、はたまたその両方か、不運にも女性が自分に倒れるこむ形でバランスを崩した。


とっさに女性を受け止めるように体を移動させる。胸に少しの重さ、背中に道路の硬さと湿り気を感じるがなんとか怪我なく受け止めることができたと思う。




「大丈夫ですか?怪我とかありませんか?」




念のため現状を確認するために、自分に馬乗り状態になった女性を見ると、ひどく青ざめている。


もしかして、どこか打ち付けたか。


楓としてはきれいに受け止めることができたと思ったが、なかなか物語のようにはうまくいかないのかもしれない。




「すいません。どこか怪我をされてませんか?」




不安になってもう一度聞き直す楓に帰ってきた言葉は、質問の返事ではなかった。




「うっ。気持ち悪い」




それだけ言うと、楓が感じたのは胃液とむせるようなお酒の匂い、そして。


あ、お好み焼きだなこれ。


やはり人生は物語のようにうまくいかない、と痛感しながら楓は目の前の現実から目をそらす。


駅前にできた小さな水たまりに、桜の花が一枚落ちた。

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