トライアングルレッスン M
小説家になろうラジオの企画コーナー「トライアングルレッスン M」のテーマ”両片思い”で実験的に書いてみました。三人が手をつなぐシーンは変更するかもしれません。
「おお、ヒロシ」
塾教室の入っているビルの玄関前の歩道、ガードレールに腰掛けるように寄りかかっていたタクミが、俺に気付いて声をかけてきた。
昨日、何年かぶりに深く雪が積もり、通行の為に除去された雪が今夜になっても溶けずに歩道のあちこちに山を築いていて、今もかすかに雪がちらつき、大気が肌を刺すように冷たい。
小学生の時に塾に通っていたユイコが、来年には高校受験ということで再び塾に通い出し、俺も再びユイコを迎えに来るようになったのだが、小学校時代に俺と同じようにユイコを向かいに来ていたタクミも再び迎えに来るようになっていた。
俺はタクミの隣で同じようにガードレールにもたれかかる。
「早いな。結構待ってるのか?」
「学校から帰って、メシ食ってそっこーで来たからな。体が冷えてめっちゃ寒いぜ」
俺が聞くと、寒さで鼻と頬を真っ赤になったタクミがニヒヒ笑って言った。
「どうせ塾が終わるまで出てこないんだ。そんなに急いで来なくてもいいだろうに」
「いいだろう、別に。どうせ暇だったんだから……」
俺が指摘するとタクミはムッとした顔でぼやくとガードレールから腰を浮かし、少し離れた暗がりで煌々と明かりの灯った自動販売機に行って飲み物を物色しはじめた。
「ちぇー……あったけぇやつ、コーンポタージュしかねぇのかよ……」
不満を漏らしながらコインを投入し、ボタンを押して出てきた飲み物を取り出し口から掴みだして戻って来た。見ると結局コーンスープを買ったらしい。
「ん。半分やるよ」
俺の隣で再びガードレールにもたれかかったタクミは、今買ってきたばかりのコーンポタージュを俺に差し出してきた。
「お前が買って来たんだ、先に飲めばいいだろう?」
「いいから、お前が先に飲めって」
俺が言うとタクミは苛立ち交じりに突き出してくるので、渋々受け取った。小ぶりな缶は量が少ないため半分にすれば結構少なくなってしまう。俺は二口だけ飲むとタクミに返した。
「遠慮しないで、もっと飲みゃいいのに……」
そう言ってタクミは、飲む直前に一瞬手を止めたあと、そっと缶を口に添えて喉を鳴らしながら味わうようにゆっくりとポタージュを飲んだ。
俺はしばらくタクミの喉を見つめていたが、塾の入ったビルの玄関に視線を移してユイコが出てくるのを待った。ユイコはいつも、ガラス張りの自動ドア越しに見える、明るく広いエントランスの少し奥に見えるエレベーターから出てくる。今はまだ誰もいないが、そろそろ塾が終わる時間なので、そのうち他の学生たちに混じって現れるだろう。
「あー。くそっ! とれねぇー…」
タクミの苛立った声がしてそちらを見ると、缶を逆さにして飲み口に舌を突っ込みながら中にあるコーンの粒を取ろうとしているようだった。
タクミの整った口元、飲み口の穴に先端を出し入れしながら生き物のように動く舌を見つめていると心臓が高鳴り、顔が燃え上がりそうなほど熱くなってきたが、俺は目を離すことが出来なかった。
「ん? ヒロシ、どうした?」
ハッと我に返り、咄嗟に顔をそむけた。
「なんでもない……コーン一粒くらいで意地になるなよ……」
「いやー、やっぱなんか残ってたら気になるし、取れなかったら余計に取ってみたくなるじゃん?」
タクミはいつものように朗らかな口調で言うとニヒヒと笑った。どうやら俺の表情には気付かなかったらしい……。俺は顔の熱が引いていくのを待って、再びビルの玄関に視線を移した。正直、いまタクミの方を見て平静な顔を保てる自信がない。
俺はタクミが好きだ。小学生の頃、明るく活発なタクミがとても眩しく、その頃から密かに心惹かれて いた。塾にユイコを迎えに行くようになったのも、タクミがユイコを迎えに行っているのを知って、ユイコを待っている間、タクミと一緒にいたかったからだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「おまたせぇ~」
エントランスが学生たちであふれかえり、玄関からぞろぞろ出て行く中から朗らかな声が聞こえたかと思うと、ユイコが手を振りながら俺たちの方に駆けてきた。
「じゃ、帰ろっか」
「あ、ユイコ」
歩き出そうとするユイコを呼び止め、俺はコートのポケットからカイロを取り出してユイコに手渡した。
「寒いだろ、これ使えよ」
「わっ、あったかーい。ありがとう、ヒロシ!」
ユイコは嬉しそうに俺に微笑みながら、両手でカイロを包み込む。それを見ていたタクミがムッとした顔をユイコに向けたかと思うと。突然俺を羽交い絞めにした。
「おい、ヒロシ! まだカイロ持ってんだろう? 俺によこせっ!」
言いながらタクミは、コートの上から俺の体を弄りだす。俺は慌ててタクミから逃れようとしたが、タクミはそれを先回りするように抑え込んで逃れることが出来ない。
「お、ここかぁ~?」
タクミの手が俺の胸ポケットのふくらみに気付き、ポケットの中に滑り込んで弄るように中をはい回ってカイロをつかみ取った。
「へへ~ん、いただき!」
にやりと笑うと、タクミはカイロを自分のポケットに仕舞いこみ、俺たちのやり取りを見ていたユイコが呆れた顔で言う。
「もう! バカなことやってないで、早く帰るよ──うわっ!!」
「あぶないっ!」
勢いよく踏み出したユイコは凍った路面に足を滑らせバランスを崩し、俺は咄嗟に手を伸ばしたが間に合わず、ユイコはしりもちをついてしまった。
「いったぁ~~い……」
ユイコは辛そうに打ち付けたところを摩る。俺はため息を吐いてユイコの前に背中を向けてしゃがみこんだ。
「ほら、負ぶってやるよ」
「あたた……ありがとう、ヒロシ……」
礼を言いながらユイコが俺の肩に手を掛けた時──
「ちょっと、待てよ!」
タクミの叫び声に俺が振り向き、ユイコが驚いた顔でタクミを見つめると、二人の視線を受けてタクミはバツが悪そうに顔をゆがめて言い訳がましく言った。
「ほら、アレだ……負ぶってると歩きにくいし、そんなんで転んだら二人とも怪我すんだろ……やめとけって……」
俺とユイコは顔を見合わせ、タクミの言うことももっともかもしれないと思ったのか、ユイコはぎこちなく立ち上がろうとし、タクミがユイコの手をとって立つのを手伝う。
(タクミには悪いことをしたかな……)
ユイコが塾に通う時、毎日迎えに来るのだ、それほどタクミはユイコが好きなのだろう。出過ぎた真似をしたのかもしれないと後ろめたい気持ちで立ち上がった俺の手をタクミが握ってきた。見れば反対の手はユイコとつないだままで、タクミの顔を覗き込むと照れ臭そうに顔を背けた。
「……ユイコが転びそうになったら俺が支えるから……俺が転びそうになったらヒロシが俺を支えろよ……」
顔をそむけたまま、タクミはボソボソと独り言のように言った。
「あははははは! 両方から手をつながれているタクミ、なんかお父さんとお母さんに手をつながれてる子供みたーい!」
「うるせぇ!! ……ほら、さっさと帰るぞ!」
恥ずかしさをごまかすように叫ぶと、タクミは俺たちを引っ張るようにして歩きだした。
タクミとつないだ掌が、しっとりと汗で濡れていた。気持ち悪くないだろうかと妙なことを心配しながらも、俺はその手を離すことが出来なかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
俺と手をつなぎながら、おかしそうに笑い続けるユイコの顔を、内心申し訳なく思いながら見つめる。
(ごめんな、ユイコ。ヒロシはお前のことが好きなんだと思う。だからお前と一緒にいることで、俺の気持ちを隠したままヒロシと仲良くなれると思って、ユイコを利用してた……。けど、やっぱりヒロシがお前と親密にしているのは我慢できねぇわ……ほんと、ごめんな)
ヒロシとつないだ掌が、汗でジットリしてる……。ヒロシ、気持ち悪くねぇかな、なんて柄にもなく思ったけど……この手、離すなんて出来ねぇわ
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
両片思いを短い文章で仕上げるのは、普通の片思いより難易度高いですね。