ヤンデレ病弱令嬢とヤンデレ護衛騎士くんの、美しすぎる恋物語。
「…………ねぇ、ギル」
俺が誰よりも忠実に仕え続けている、大切なお嬢様が俺を呼んでいる。
「はい、いかが致しましたか、ソフィアお嬢様」
「今日は、天気がいいわね」
ベッドに横になったまま、窓に切り取られた青空を眺める横顔は、薄く微笑んでいた。
「そうですね。お嬢様のお加減も、いつもよりはよろしいですか」
「…………そう、ね」
晴天に輝く太陽とは対象的な、お嬢様のお姿。
見ていて苦しくなるほどにやつれた頬、みるからに頼りなげな身体。
お嬢様は、死病を患っているのだ。
生まれたときから、ずっと。
昔、俺がこの屋敷に来たころは、ここまで悪くはなかった。
ベッドから出られないほどに調子の悪い日がたまにある、という程度で、比較的病弱な子どもだというだけだった。
しかし、医師の話によると、お嬢様の心の臓は酷くか弱いのだという。
成長に伴って大きくなってゆく身体を支えきれないほどに。
お嬢様は、ついこの間15歳の成人を迎えられた。
その日もベッドから出ることは出来なかったが、ささやかながら宴をした。
俺と、お嬢様の2人きりで。
永らく旦那様も奥様もこの離れに訪れてはいらっしゃらないので本当にささやかではあったが、お嬢様は楽しんでいただけたようだった。
そして、今日。
最近では稀に見るほど、格別に調子の良い日。
「わたくしは、あとどれだけ、こうしてここに居られるのでしょうね」
酷く落ち着いた瞳でそう呟いた。
いつもなら、『いつかは元気になります。それまでの辛抱ですよ』そういった声を掛けるのに、今日のお嬢様の雰囲気には、それを許さない何かがあった。
「……」
何も返せない俺をよそに、お嬢様は淡々と話続ける。
「わたくしは、怖いのです。
最近は、今までよりもずっと、息が苦しくて、身体が重たくって。
これがまだまだ続いて、その先にやっと終わりがあるのだとしたら、それはどれだけ辛いことでしょうね」
明確に『終わり』を見据えるお嬢様の目には、ある種の狂気が宿っていた。
そして、それを含めた全てを受け入れる俺も、恐らく同じ。
「…………ねぇ、ギル」
お嬢様の澄み切った瞳が、まっすぐ俺に向けられる。
「昔のように、元気になることは、もう、望んではいません。
ですから、せめて…………くるしみたく、ないのです。
わたくしは、どうしたらよいのでしょうね?」
お嬢様の台詞は問いかけのかたちではあったが、もう既に結論は出ているのだ。
「お嬢様は、いつか元気になることよりも、今すぐ楽になることをお望みですか」
「うふふ、やっぱり、ギルはわたくしのことをよく分かってくれているわね」
「ありがとうございます」
「そう。いつも、ギルは、わたくしのことを分かってくれる。
でもね、こわいの。怖い。
…………だから、ギルに、お願いしたいの」
暫し、場を沈黙が支配した。
何を言いたいかなど分かりきっている。
それに対する俺の返答も、ただひとつきり。
しかし、それを本当に言葉にしてもよいのか。
それは本当に、お嬢様のためになるのだろうか。
ほんのわずかの間の葛藤は、しかし俺の返事を変えることにはならなかった。
「それが、ソフィアお嬢様の願いであれば、俺は叶えるだけです」
俺の返事を聞いたお嬢様は、満足気にゆったりと微笑む。
「ギル、ありがとう」
お嬢様の穏やかな笑みと短いひとこと、それだけで俺も満足だった。
「お嬢様、外をご覧になりますか?」
「ええ、そうね」
背を支えて身体を起こして、彼女を抱きかかえるようにすると、いつも俺を褒めてくれる時のように、頭に手を載せてくれる。
もう手を上げるだけでも精一杯なはずなのに、それでも俺を認めてくれる。
「ねぇ、ギル。ごめんなさいね……ありがとう」
カーテンを久しぶりに開けて身体を起こし、真昼の光に照らされた彼女の笑顔は、本当に美しくて儚げで。
吐息が触れ合うほどに近しい距離で、俺をまっすぐに見つめ続けてくれていた。
彼女の願いどおり、項に刃を突き立てる。
そして、その刃はそのまままっすぐに、俺の喉笛をも引き裂いた。
ずっとずっと願い続けている。
彼女と共に在ることを。