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#99 意思疎通

「マカ ハーン チュ!?」


 いきなり獣人が何かをしゃべるが、何をしゃべっているのか通じない。万能な翻訳機を使うが、どうも我々の言語データにはなく、解読不能なようだ。


「困ったな。これでは、何も聞き出すことができない」

「と、その前に、私をほめるべきじゃないですか!? 獣人を解凍したんですよ、提督!」


 確かに、マリカ少佐はよくこの不可思議な機械を制御し、中にいた獣人を生きたまま出すことができた。が、言葉が通じないとあっては、意味がない。


「うーん、困ったな……いや待てよ、もしかしたら……」


 僕はその獣人の顔を見て思った。その僕の顔を、半ばにらみつけるように見るその白い獣人。その顔を見て、ますます僕は確信する。

 獣人には、獣人だ。

 そう思った僕は、ここにある者を呼ぶことにした。


「アマラ兵曹長を、ここへ」


 10分後に、アマラ兵曹長が現れる。彼女自体、この射撃場そのものに来ること自体が初めてだ。ましてや、こんなところに研究施設があることなど知らない。


「アマラ兵曹長、ただいま参りました、にゃん!」

「すまないが、あの白い艦隊のものと思われるカプセル装置から、獣人が回収された。が、言葉が通じない。もしかすると同じ獣人同士、通じないかと思ってな」

「にゃん?」


 さすがにアマラ兵曹長が呼ばれた理由が意外過ぎて、一瞬呆けていた。そんなアマラ兵曹長に、あの獣人が驚きの声を上げる。


「ヘー、ティミー コー ハウ?」


 それを聞いたアマラ兵曹長が、たどたどしくもこう答える。


「メーロー……ナーマ アマラ ホー。タパーイームケー バンヌフンチャ?」

「メーロー ナーマ シェリル ホー。エーカ ラダーク」


 会話できているように聞こえるが、果たしてどうか? 僕はアマラ兵曹長に尋ねた。


「彼が何と言っているか、分かるのか?」

「はい、古代の言葉ですが、何とかわかるです、にゃん」

「で、なんと?」

「彼の名はシェリルといい、戦闘員なのだそうです、にゃん」


 シェリルと名乗るその男は、急に叫び出す。


「ティミー マラーイー ケー ガルチャウ? マ ムリチュサンガ ダラーウンディーナ!」


 なんとなく、雰囲気でわかる。やつは戦闘員だといった。そして、今までの白い艦隊との戦闘で、なんとなく感じていることをやつは口走っているのだろう、と。


「私を、どうするつもりか、死など恐れぬ、と言ってます、にゃん」


 やはりな。まさしくあの白い艦隊が全滅を恐れず、最後の一隻まで抵抗を辞めなかった、その行動を言葉に表したにすぎない。そこで、マリカ少佐が口を開く。


「実は目覚める前に毛を採取し、遺伝子を調べさせてもらったんですよ」


 意味ありげな言い方だが、そんなもので何が分かるというのか。


「遺伝子なんて調べて、そんなもので何が分かる?」

「あーら、意外なことがわかりましたわよ。知らなくてもいいんですかぁ?」


 いちいち反抗的な態度だな。これだからマリカ少佐は……まあいい、とにかく今は、その意見とやらを聞こう。


「で、何が分かったんだ」

「えー、今のやり取りで、私に洗いざらいしゃべれと?」

「なんなら、デネット少佐と所属を分けてもいいんだぞ? それでも、話さないと?」

「くっ!」


 僕は最後の手段に出た。これ以上、やり取りしている時間はない。ならば、相手にとって一番弱いところを突くのが手っ取り早い。


「では、話します。まずは、アマラ兵曹長ら獣人と、ほとんど同じ遺伝子を持っているということです」

「それは、そうだろうな。見ればわかることだ」

「いえ、そのほとんど同じ、というのが問題なのです」

「どう、問題なのだ?」

「つまりですね、人工的過ぎる配置だ、ということです」


 そう言えば以前、アマラ兵曹長をはじめとする獣人は、人工的に作られた民族だという仮説をこいつは唱えていた。それと同じものが、あの白い艦隊の乗員にも引き継がれている。マリカ少佐は、そう言いたいらしい。


「つまり、アマラ兵曹長やあのバカ犬ども獣人と同じく、彼らも作られた民族だということです」

「……SF映画のような設定にしか聞こえんが、本当なのか?」

「それですよ、それ。そのSF映画のような設定ということに問題があるんです!」


 と、興奮気味に叫んだところで、マリカ少佐は落ち着きを取り戻す。


「……と言いたいところですが、今はまだ仮説すらままなりません。ともかく、この獣人から聞き出せるだけの情報を聞き出さなければ、何もわからないでしょうね」


 まだ何か、隠しているな。僕はそう感じたが、敢えてそれ以上は問わなかった。

 調査はまだ、始まったばかりだ。


「アマラ兵曹長」

「はい、にゃん!」

「申し訳ないが、しばらくこの獣人との仲介を頼む。言葉が通じるのが、唯一、貴官だけだ」

「承知しました、にゃん」


 ともかく、まずはこの謎の白い艦隊の乗員との接点を持つことができた。まさかこんなところで、アマラ兵曹長が役に立つとは思いもしなかったが。

 しかし、そこからが困難を極める。

 アマラ兵曹長が尋ねても、彼らの戦闘の「目的」が分からない。


 通常、軍隊というものは何らかの政治的、地政学的理由があって戦いを行っているはずだ。たとえ末端の兵士といえども、それを理解した上で戦っている。

 例えば、我々連合と連盟は、互いの存亡をかけて戦っている。元をただせば我が地球(アース)001が地球(アース)003という星を総攻撃し、絶滅に追いやったことが発端なのだが、それ以降はともかく互いの勢力を拡大し、守り抜くために戦っている。


 が、この白い艦隊の乗員には、それがない。

 戦う理由を問うのだが、答えは「戦うためだ」としか返ってこない。


 脳波読み取りなども試みるが、言語が違い過ぎるためか、役に立たない。かといって、何かを隠している風でもない。本当に「戦う」ためだけに生み出された戦闘民族、といったところだ。


「やれやれ、おそらくは『戦闘奴隷』なのでしょうね」


 と、マリカ少佐は言う。


「つまり、戦闘をするためだけに生み出された種族だと、そう言いたいのか?」

「そうですよ、提督。ですから、理由など尋ねても、まともな答えが返ってくる可能性は低いでしょうね」


 うーん、困ったものだ。我々は、できれば白い艦隊とは戦いを避けたい。が、やつらとは交信ができない。通じない相手に、毎回激しい戦いを強いられている。全滅覚悟の、しかも人工的に量産された民族との果てしない戦い。こんな連中と戦いを続けていたら、連合と連盟が連携したところでいずれ互いに滅びる運命へと向かうだけではないのではないか。

 白い艦隊の乗員と接したら接したで、かえって悩みが増えてしまった。何も進まないではないか。困ったものだ。せめて何か、別の視点でもないものだろうか。

 と、そこでふと、僕はあることを思い出す。


「そうだ、マリカ少佐」

「なんですか」


 いつにも増して、機嫌が悪そうだな。デネット少佐を交渉の引き合いに出したことが気に入らないと見える。が、僕はそんなマリカ少佐にこう告げる。


「この宙域の地球(アース)、おそらくは地球(アース)1054と命名される予定のこの星の者で、カルヒネン准尉という人物がいる」

「ああ、そういえばこの星の住人を連れてきたと聞きましたね。それが、どうかしたのですか?」

「マリカ中佐に、尋ねたいことがあると言っていた。なんでも、あの星で不可思議なものに出会ったそうだ」

「不可思議? それはどのようなもので」

「詳しくは、カルヒネン准尉に聞いてくれ。その方が早い」

「なんですか、結局、私にまた丸投げですか」


 丸投げには違いないが、そのためにお前がいるのだろう。普段は何をしているのか分からんくせに、こういう時だけは妙に権利を主張したがる。


「もしかしたら、貴官の謎に迫る何かが得られるかもしれない。僕はそう、直感した。ともかく、話だけでも聞いてやれ」

「へぇ、しかも直感頼みの丸投げですか。ですがまあ……提督の直感というのは、それはそれで不思議なまでによく当たりますからね。まあ、聞いてやらんでもないですわ」


 マリカ少佐らしい、投げやりな返答ではあるが、ともかく、カルヒネン准尉との面会の約束を取り付けた。しかし、僕にとってはにわかに信じがたい話だ。

 とある火山にあったという、立方体。それが世界中の要人らに幻想を見せて、戦争を誘発していたというのだ。

 ビーム砲をもっていたことから、古代の遺跡と考えられる。ウラヌス側か、それともクロノス側か、はたまたアポロン側の遺跡かは分からない。が、それ以上に、戦争を誘発したところで何の利益があるというのか?

 こういう考察は、マリカ少佐にしかできまい。それを僕は直感と称したが、要するにそういうことだ。


◇◇◇


 この大型艦の中の街で、コーヒーを頼んだだけでパンや卵が出てくるというたまげたサービスに驚いていたが、その直後に、急にヤブミ提督から呼び出される。

 いや、正確には、マリカ少佐と面会せよとの指令だった。

 話を聞く限りでは、ケンカ腰な態度を露骨に見せる士官だという。どうしてそんな人物と会わなければならないのか?

 まあいい、憂鬱な面会は、今に始まったことではない。これまでも、何度もあった。でも相手は技術士官だというから、きっと計算機の話で盛り上がれるはずだ。計算士としての意地を見せ、共感を得てやる。

 そういう心意気で、私はマリカ少佐の待つ研究施設に向かって臨んだ会見だったが、いきなり私は相手の気迫に押される。


「へぇ、あなたがあの星の、士官だっていうの?」


 いきなりこの態度である。明らかに嫌がっている。計算士の意地とはどこへやら、私は恐る恐る尋ねる。


「あ、あの、ヤブミ提督より、マリカ少佐に面会するようにと……」

「あなたが、あの星の不可思議なものの正体についての相談をしたいというから来ただけですわ。別に、あの星の謎なんてものに、興味なんてありませんのよ」


 もう、人の話を聞くつもりなどないらしい。うう、断るべきだったかな。などと思いつつ、とりあえず私は言葉を絞り出す。


「ええとですねぇ、実は大戦末期に、とあるものを破壊したんです」

「そういえばあの星、つい半年ほど前まで、大きな戦いをしていたんでしたわね」

「その通りです。その末期の話ですが、それはエラインタルハ海の端にある、ブルヴィオ火山というところの火口にあるもので、立方体をした 岩のような物体でした」

「ふーん、それで?」

「その立方体なのですが、我々がそれを攻撃しようとすると、幻想を見せてきたんです」


 なぜか、私が「幻想」という言葉を話した途端、急にこの士官の態度が変わる。


「ちょっと待って、幻想を見せたってどういうことよ?」

「つまりですね、我々の意識の中に入り込んで、故人の姿を使って我々に訴えかけてきたんです」

「訴えた? 何をです」

「一言で言うと、故人らの幻影を使って戦争継続を促すんです」

「ちょっと聞くけど、じゃあどうして幻想からあなたは逃れられたの?」

「私の戦友だった人物が現れたんです。が、その人物が絶対に口にするはずのない戦争継続を、私に訴えかけてきたのです。ですから私は、手に持っていた計算尺をへし折って腕に刺し、その痛みで幻想から目覚めることができたのです」

「えっ、計算尺!? そんなもの、まだ使われていたの!?」


 計算尺と言って通じた人物は、このマリカ少佐が初めてかもしれないな。まあ、ともかく私はその先の話を続ける。


「……で、あなたはつまり、その空中戦艦の乗員を目覚めさせた後、その立方体に攻撃を仕掛けたというのね」

「そうです。が、不思議な青い光、つまり、ビーム砲によって私の狙った弾頭はすべて撃ち落されてしまったのです。が、立方体ではなく、あえて火山の火口を狙って溶岩噴出を誘発させることで、その立方体の岩でできた装置を破壊することができたのです」

「で、それが何をもたらしたというの?」

「実はそれまでにも、世界中で戦争を続けよという幻想を目撃したという人物が、特に政治家や軍人を中心に大勢いたのです。特に、オレンブルク連合皇国の皇帝は戦争継続のために尽力していた人物です。ところが、その立方体の破壊と同時に幻想を見る者はいなくなり、そして戦争継続を訴え続けた皇帝はちょうどその日、亡くなったのです」

「つまりあなたは、その不可思議な仕掛けとやらが、大きな戦争を引き起こしていたと、そう言いたいのね」

「はい。実際、あれを破壊した後に、急に戦争続行のムードが消えて、小競り合い程度の戦いしかおこらなくなりましたので」

「ふーん、興味深いわね。戦争を、継続させる幻想を生み出す機械、ですか」


 私の話の、どこら辺に共感したのかが分からないが、ともかく話が通じた。考え込むマリカ少佐だが、しばらくして私にこう告げる。


「それはたぶん、ウラヌスの遺跡ね」


 唐突に、奇妙なことを言い出す士官。遺跡なのは薄々、感じていたが、ウラヌスってなんだ?


「あの、ウラヌスって……」

「ああ、私の星の神話に基づいた名前なの。本当にウラヌスと言われているかどうかは知らないけど、便宜上、その神話の位置づけとしてウラヌスと呼んでいるの」


 マリカ少佐によれば、どうやら数万年前にこの宙域で、ウラヌスとクロノスという2つの勢力が争っていた。神話上ではウラヌスがクロノスに敗けたことになってるが、実態はクロノス側が無人の防御装置を築き上げ、その後にアポロンと呼ばれる人物が、多くの星に今の人類を住まわせた、とされる。現にあちこちの星に、アポロンと、その上官であったとされるゼウスの名が神話として残っているという。

 ところがだ、宇宙に進出した彼らが、今度はその防御装置だったクロノスに攻撃された。そのため、クロノスを破壊したが、その結果として「ウラヌス」がこちらの領域に侵攻し始めたとマリカ少佐はいう。

 と、いうことは、我々はもしかして、ウラヌスの子孫ということになるのか? だとするならば、我々は彼らの敵方、ということになりかねない。


「そうそう、あなた方が別にウラヌス側がどうかなど、知る由もないし気にする必要もないでしょう。現にそのウラヌスの遺跡によって、滅ぼされそうになったのですから」

「は、はぁ、確かに」


 そう言われてみればそうだ。我々がもしもウラヌス側だったなら、ウラヌスの遺跡によって殺されるはずがない。

 ならば、あの遺跡は一体、何をしたかったのか?


「ともかく、私にとってはいいヒントが得られたわね。私の仮説がまた一つ、確実なものに近づいた、ということかしら」

「あの、仮説とは……?」

「そのうち、話をするわ」


 なんだか、よくわからない人だ。どうやら自身以外を信用していない様子だな。そんな士官が、今度は私に尋ねてくる。


「ねえ、あなた、計算尺ってさっき言ったわよね」

「はぁ。弾道計算から進路予想など、計算士である私の仕事ですから。そのために計算尺を用いておりました」

「ねえ、それ、見せて頂戴」


 不思議な人物だ。この研究所の中を眺めると、明らかに計算機と思しき機械がいくつも並んでいる。そんな最中で、計算尺に興味を抱くなど普通ではない。

 そこで私は、計算尺を取り出した。


「ご、ご覧の通り、定規のような仕掛けで加減乗除から三角比の計算まで行うものです」

「こんな単純な仕掛けで、あの駆逐艦0001号艦に直撃弾を当ててみせた、というわけね。なかなか面白いわね、あなた」


 うーん、なんだか奇妙なことになってきたぞ。マリカ少佐に気に入られてしまったらしい。


「そうだ。いいことを思いつきましたわ」


 と、突然そのマリカ少佐が私の計算尺を見て、何かを思いつく。


「思いついたって、何をですか?」

「ここに、ちょっと面白いゲームをしている場所があるの。あなたのその計算尺でなら、そのゲームで勝利を得ることができるかもしれませんわ」


 不敵な笑みを見せるマリカ少佐だが、何やら妙なことに巻き込まれそうな予感がするな。

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