#97 出港
ほかでもない、恩師からの頼みだ。断るわけにもいかない。しかも、私一人ではなく砲長も付き添ってくれるとのことだ。
しかしなんだ、私のような者がその宇宙とやらに行って、何を得よと仰せになるのか?
ラハナスト先生ご自身は、宇宙からもたらされる計算機を得て、その使い方を習得するのに精いっぱいになるだろうとのこと。だが、実際に宇宙に行って、その広い世界の実態を知るには誰かが直接、出向いた方がいい。
そこで白羽の矢が立ったのが、私だった。
「君なら、彼らの文明の真の力を、知ることができるだろう」
などとラハナスト先生から言われてしまっては、断る術がない。
「これより、当艦は大気圏離脱を開始する。核融合炉および魔石エンジン、出力上昇。重力子エンジン始動」
「機関出力上昇、上昇、開始します」
「両舷、微速上昇。駆逐艦0001号艦、発進」
「両舷、微速上昇っ!」
私は、艦橋に連れてこられた。しかし、ここはヴェテヒネンの艦橋とはまるで違う。正面には、モニターと呼ばれる描画装置が置かれ、そこにこの艦内のあらゆる情報が表示されている。
そして、山城のような重い船体が上昇を開始する。ヒーンという甲高い機関音とともに、この艦は上昇を開始した。
私と砲長は、窓際に立つ。これまでも空中戦艦乗りとして、船が上昇する様は何度も経験してきた。しかしだ、今目の前で起きているのは、それらとはまるで違う。
「出力上げ、上昇速度、毎時200まで上げる!」
「はっ! 両舷、半速!」
途中から、上昇する速度が跳ね上がる。すでに見たこともない高度にまで達している。我々が上昇できるのは、せいぜい4500から5000メルテが限界。しかし、この艦はそれをも軽く凌駕する高度まで一気に上昇する。
「速力200、高度17000メートル!」
「長距離レーダー作動」
「はっ、長距離レーダー、作動開始!」
この高度に達すると、空がどんどんと暗くなっていく。空気が薄くなると、空の青さが消えていく。しばらくすると高度は2万メートル、我々で言う2万メルテを超えて、さらに上昇を続けている。
昼間とは思えない暗さだ。しかし、地上は明るい。遠くに目を移せば、うっすらと青白い筋が地上に沿って見える。あれが、空気の層を表しているのか。
「まもなく、規定高度へ到達」
「了解、通常出力で衛星軌道に乗る。出力上昇」
「はっ! 出力上昇、加速を開始!」
ゴーッという音とともに、地上が後ろに流れ始める。いや、我々が前に進んでいるのだが、この艦には加速時の衝撃を打ち消す「慣性制御」と呼ばれる仕組みのおかげで、衝撃を感じることはない。が、そのおかげでまるで地面が後ろに滑るように流れていく。
やがて、真っ青な球体の上、真っ暗な空間の中を突き進んでいた。
「第一宇宙速度に到達。高度100キロにて、僚艦との合流を待ちます」
どうやら、今、この青い球体の周りをまわっているらしい。私は、地上を見下ろした。ちょうど真下には、エラインタルハ海が見える。
ああ、あの海の端でかつて、得体のしれない「仕掛け」を破壊したな。我々に幻想を見せ、そして戦いをそそのかしていた真っ白で四角いその仕掛けの置かれていた、あのブルヴィオ火山の噴煙が見えてくる。
それにしても、我々の地面は、宇宙から見るとこれほど青白い球体なのだと、思い知らされる。美しい光景。だがそのうえでかつて、残虐な戦いが繰り広げられていた。そんな戦いの痕跡など感じさせぬほど静かで優美な光景が、真下には広がっている。
飛行船では、絶対に到達できない場所だ。そんな場所に、あの灰色の艦が次々と集まってくる。
それも信じられない数だ。10や20ではない。聞けば100隻が集められているという。
「ワン隊、およそ100隻が集結。全艦、当艦を中心に鋒矢陣形にて前進中」
「よし、ワン准将に伝達。全艦、最大戦速。当惑星重力圏を脱する、と」
「はっ!」
「ワン戦隊長より入電、全艦、全速前進の合図です!」
やがて、静かだったこの艦橋内が、徐々に機関音でやかましくなっていく。青い球体から離れ、やがて真っ暗闇の中に飛び込んでいく。
ビリビリと、壁や床が小刻みに揺れている。猛烈な速度で進んでいるのは間違いないのだが、目印がなく、その実感はない。
「全艦、回頭180度! 地球とのスイングバイに入ります!」
ところがだ、この艦は大きく向きを変える。周囲の星空が、ぐるりと回ったかと思うと、目の前に小さくなった青い球体を捉える。
えっ、私、あの星から、あんなに離れてたの? と思うのもつかの間、あっという間にそれは接近し、横を通り過ぎていく。私の目は一瞬、イーサルミ王国の姿を捉える。が、それもほんの一瞬で、すぐに真っ暗な空間に戻る。
やがて、機関音も小さくなり、徐々に静かになる。相変わらず機関音はするものの、ヴェテヒネンのあの機関音や風切り音に比べたらずっと静寂だ。
「よーし、おめえら、飯食いに行くぞ」
「行くぞー!」
と、宇宙に出るという行程の一部始終を見て唖然とする私と砲長に、あの銀髪の魔女が言い寄ってきた。隣には、まさにその魔女の小さくなったような銀色の髪を持つ子供がいる。
「おお、そうだった、ユリシアを見るのは初めてだったな。俺の娘だ。多分、すげえ魔女になるぜ」
「なるぜぇ!」
なんだか自信満々に語るレティシアだが、やっぱり娘がいたのか。そういえば、3人目の奥さんは妊娠中だと言っていたし、1人目、2人目にはすでに子供がいてもおかしくはないな。
その2人目のリーナとも、途中で合流する。手を引いて一緒に歩くのは、金髪の男の子だ。
まさか、こっちが2人目の方の子供か?
「カルヒネン殿、そういえば我が息子の紹介がまだだったな。こやつはエルネスティといって、カズキ殿との間に生まれた嫡男だ。いずれは、我が剣を譲れるといいのだが」
などと言っているが、当人はぶすっとした顔でこちらを見ている。なんというか、不愛想だな。あの魔女の娘の方が陽気だ。そんな息子に睨まれたまま、私はエレベーターへとたどり着く。
8階で止まり、そこを降りて奥へと進む。すると、ガラス張りの部屋があって、その中でなにやら奇妙な腕がせっせと洗濯をしている。洗われた服やカバーをせっせとたたんでいるのが見える。私はそれを見て、確信した。
間違いなくここには、とんでもない計算機がある、と。
あれはまさしく、人の動きをする機械だ。ということは、それをこなすための頭脳ともいえる計算機があるはずだ。でなければ、あれほど複雑な動きはできない。
いや、それ以前に、あの艦橋にあったたくさんの表示装置には、数値らしきものが常に表示されていた。航路図のようなものと、それと連動した計算機があって、この真っ暗な目印のほとんどない空間を進むために膨大な計算をさせているのだろう。ラハナスト先生のおっしゃっていた未来は、ここではすでに当たり前となっていた。
そして、それ以上に驚くべきものが、食堂と呼ばれる場所にあった。
「あの、これは……」
「おう、これはメニューだ。なんか、好きな料理を選べ」
「えらべぇ!」
そこには、料理らしき映像が映し出されている。が、選べと言われても、どうやってやるんだ?
「おい、レティシア殿。そのようなことを言われて、初見で分かるわけなかろう。妾も最初は、さっぱりであったぞ」
「おお、そうだったな。まずはよ、こうやってメニューを流すんだ」
そうやって、大きな映像のある薄い板に手を触れ、横に滑らせる。すると、次々と料理の映像が見える。
トナカイ肉はなさそうだが、なんだかおいしそうな肉料理らしきものがちらっと見えた。が、その魔女が選んだのは、何やら黄色いざらざらとしたものに、茶色の不可思議な液体のかかった妙な料理だった。
「俺は味噌カツだな。戦艦オオスに戻ったら、またアンニェリカのやつに手羽先ばかり食わされる羽目になるからな、ここじゃ別のものを食わねえとだめだ」
聞いたこともない料理名だな。ともかく、私もこのメニューを触れることになった。それを滑らせて、何やら肉料理らしきものを選ぶ。
「うーん、俺はこっちの方かな」
砲長が選んだのは、私の選んだものよりももう少しごついものだ。料理名はよくわからない。まあ、見た目通りのものが出てくるらしいから、ともかく待つことにする。
って、頼んだ料理は、どうやって出てくるんだ? 考えてみればここは、軍船の中だぞ。海上艦でも、これほど贅沢なものはなかったのに、どうやってこんなものを作るんだ?
とおもったら、その食堂の奥では腕だけの奇妙な機械が、せっせと何かを作っている。先ほどの黄色いざらざらとしたものをカットし、その上から茶色い液体をかけて皿にのせて、出してきた。
「でよ、こうやって出てきた料理をトレイの載せて、席に持っていくんだ」
よく見ればその食堂という場所には、20人ほどがいて何かを食べながら談笑している。ヴェテヒネンでは、考えられない光景だ。マリッタが見たら、狂喜乱舞するような場所だろうな。
あの固いビスケットや、酢漬けキャベツなどを食べている者はいない。ただ、カレーを食べている者は一人いるな。カレーは宇宙にもあるのか。
で、私の料理が出てきた。聞けばこれは、ハンバーグというそうだ。ひき肉を焼き固めて、その上から粘度の高いソースをかける。横には新鮮な野菜と、炒めたニンジンが載せられていた。
で、砲長はカットステーキだった。かなり贅沢なものばかり頼んでしまったが、別に咎められる様子はない。
「砲長」
「なんだ」
「……ここは、飛行船内なのですよね?」
「いや、これは宇宙の船、宇宙船というべきだろう」
「どちらでもいいですよ。そんな船内で、どうしてここの食事はこれほど普通なのですか」
「俺に聞くな。知るわけないだろう」
だよなぁ。そんなこと、砲長だって聞かれても困る。では、誰に尋ねればよいのか?
聞けばこの艦、100人分、2週間ほどの食糧を搭載しているという。ということは、それなりに保存性のある食材でなければならないはずだ。
それなのにどうしてこれほど柔らかな、それでいて美味な肉を提供できるのか?
ヴェテヒネンならば比較的腐りにくいとされるトナカイ肉でも、塩漬け肉や干し肉だ。ましてやこれは、どう見ても牛肉。それをまるで王都内のレストランの如く調理して提供する。
なぜだ、なぜ瓶詰の酢漬けキャベツやあの硬いビスケット、あるいは香辛料の塊であるカレーに頼ることなく、これほどの食材が提供できるというのか。
「はぁ? どうして干し肉や硬いビスケットが出てこないのか、だってぇ?」
「だってぇ!」
そこで、あのヤブミ提督の一人目の奥さんとされるレティシアという魔女に、思い切って聞いてみた。
「そうです、なんでこれほど新鮮な食材が、2週間にもわたって提供できるのですか?」
「んなこといわれてもよ、俺が知るわけねえだろう」
「私に聞かれても、知らんな」
「妾もじゃ」
なんとこの3人、この艦内の食事に何ら疑問を持ったことがないという。ちなみに二人目の妻とされるリーナは、ピザというなにやらチーズと干し肉を大量に乗せた円形の食べ物を、何枚も口にする。一方で3人目のマツは、白い粒々を薄緑色の液体で浸し、その中に干したプルーンを赤くしたようなものを放り込んで食べている。なんだ、あの食事は。にしても、2人目の妻とやらはよく食べるな。
「だけどよ、言うほどここの食事がいいわけじゃねえぜ。戦艦オオスなら、もっといいものが食えるんだぜ」
「えっ、戦艦オオス?」
「駆逐艦じゃあよ、この程度の食堂しかねえからよ。その点、オオスなら街があるぜ」
「ええっ、戦艦に、街が!?」
もはや魔女の言うことが私の理解をはるかに超えている。この食堂ですらも、すでに私にとっては常軌を逸している。というのに、ここを遥かに凌ぐ料理を提供できるところが、彼らの戦艦ならばあるのだという。
いや、待て。その前に「街」といったぞ。街ができるほどの艦とは、どれほどの大きさなのか。
「ちょっと、レティシアちゃん、適当なこと言わないでよ! この駆逐艦だって、かなりレティシアちゃんの要望を聞いてメニューそろえたんだから」
と、そこに別の女士官が現れた。この口ぶりからすると、どうやらこの食堂を仕切る者のようだ。
「俺は正直に言ったまでだ。いくらメニューそろえたって、さすがに戦艦オオスの街には敵わねえだろう」
「よく言うわよ。その戦艦オオスで、手羽先ばかり食わせるスウェーデン人がいて困るとか言ってたの、レティシアちゃんじゃないの」
「あの野郎、俺が別の店に行こうとすると、すぐに嗅ぎ付けてきやがるからな。まったく、何とかしてほしいもんだぜ」
何の話をしているのかが見えないが、ともかく、ここの食事のことはこの女士官に聞けば良さそうだ。
「あの、士官殿」
「ああ、こっちの星の人ね。私は主計科のグエン中尉っていうの」
「ではグエン中尉殿、尋ねたいのだが、どうしてここの料理は瓶詰や干し肉、塩漬け肉などの保存食ではなく、普通の食事ができるのか?」
「えっ、干し肉に塩漬け肉? それに、瓶詰? あなたたちって、そんなものばかり食べてたの?」
逆に驚かれてしまった。いや、保存食なら当然のものばかりだろう。
「その他にも、石のように硬いビスケットやオリーブ漬けの豆など、1週間ほどの航行でもそれくらいの保存食しか出なかった。なにゆえにここは、普通の食事ができるのですか?」
「ああ、それはね、保存手段が違うのよ。そうだ、ちょっと見せてあげる。ついてきて」
私は残った食事をかきこむと、グエン中尉についていった。向かったのは、あの食堂のすぐ裏側にある大きな倉庫の扉の前だった。
「ここは、あまり他の人に見せたことないけどね。というか、興味ないんだよ、みんなは」
そういって、分厚い扉を開く。
私の顔に、冷気がかかる。奥を見ると、大量の食材が氷漬けにされておかれていた。
「ここは冷凍庫。こうやって冷凍保存して、食べる直前に解凍してやれば、いつでも新鮮な肉や野菜を提供できるのよ」
なんてことだ。まさか、これほど大きな氷室を抱えていたとは。そりゃあ新鮮な肉が2週間は保存できてしまうわけだ。
「ここは常にマイナス20度に保たれているけど、使われる直前に、隣の冷蔵庫へと移されてゆっくり解凍されるの。で、それを調理に使っているというわけ」
さらっと言ってのけたが、これはとんでもない技術だ。確かに真冬に氷室を作り、そこで肉を凍らせて保存するという方法が我がイーサルミ王国には昔からあるが、それを人工的にやってのけるというのは初めて見た。
ちなみにこの駆逐艦、450メルテもの大きさながら、そのわりに中は狭い。それを言ったら飛行船も300メルテの大きさがあっても、その大半はヘリウム袋が占めている。しかしこの艦の場合、船体の大部分を占めるのはなんと「主砲」だという。
それが、船体の半分近くを占めているというのに、残った場所に100人もの乗員が寝泊まりできるベッド付きの個室、巨大な機関、それだけでも驚きだが、さらに驚くべきものが、そこにあった。
それは、風呂場だ。
「ほらほら、まずは身体を洗わなきゃ」
「ひえええぇっ!」
そのグエン中尉に連れてこられた風呂場とやらで私は、なにやらロボットとかいう腕によって身体を泡だらけにされてまさぐられている。ゴシゴシと頭から足の先まで、こいつは念入りに洗ってくる。
短時間で洗えるとはいえ、随分と屈辱的なしくみだ。なんでも、水を節約するためにこうしているのだという。
のわりには、なみなみと満たされた湯船があり、私はふらつきながらもその湯船に浸かる。
あー……温かい。
「ね、すっきりしたでしょ」
もはやここは、飛行船と比べてはいけないな。そう思った。いや、それ以上に気がかりなのは、ここが「駆逐艦」と呼ばれていることだ。
となると、これよりも大きな戦艦や巡洋艦だってあることになる。特に戦艦には「街」があると言っていた。どんだけでかいんだ、その戦艦とやらは。
「じゅんようかん? なんだそりゃ」
そう思って、あの魔女に尋ねてみたのだが、巡洋艦という言葉を知らないという。
「あー、この宇宙には、戦艦と駆逐艦、この2種類しかないんだよ」
と、その会話を聞きつけたヤブミ提督が私にそう告げる。
「えっ、たった2種類の艦で、どうやって戦うんですか?」
「基本的には、駆逐艦で横一線に並び、30万キロ離れた敵を撃つ。それがこの宇宙における基本戦術だ」
さ、30万キロ!? ええと、たしかキロとは、我々で言うところのキラメルテだから、30万キラメルテということか。それって、光が1秒の間に進む距離ではなかったか。
それほど離れた場所同士から敵味方、分かれて撃ち合うのか。宇宙というところは、戦いですら規模が大きすぎる。
「と、ところで、戦艦オオスというのは……」
「全長が3200メートルという、比較的小型の戦艦だ。とはいえ、魔石エンジンを採用したから小型化しただけであって、街もあるしドックも十分ある」
また途方もない数値が出てきたぞ。3200メートル、つまり、3200メルテもの大きさの艦ということか。そりゃあ中に街があってもおかしくはない大きさだ。しかし、そんなでかいもの、どうやって動かすんだ? さらにそれでも小型の部類だと言っている。どうなってるんだ、ここの連中の感覚は。
それから私と砲長は、この宇宙のことについて聞かされる。
この宇宙では、1050ほどの星があって、それが2つの勢力に別れており、それぞれ連合、連盟を名乗っている。かれこれもう300年近く、戦い続けているそうだ。
で、この地球001というのは連合側の星であり、我々を連合側に引き入れようとしている。
が、不思議なことだが、私のいる宙域ではその2つの連合、連盟は不戦条約を結んでいるのだという。
それは、「白い艦隊」と呼ぶ共通の敵が、この辺りにいるからだ。
「その白い艦隊とは、どのような存在なのですか?」
「さあ、まったくの謎だ。我々は以前、古代の文明が残した黒い艦隊と戦い、これを殲滅したことがあるが、どうやらその黒い艦隊と敵対していた連中だということは分かっている。つまり、我々をあの白い艦隊から守っていた、ということになるが、そんなこともわからず、我々はその黒い艦隊を破壊してしまった。それ以前に、どうして白い艦隊が我々に戦いを挑んでくるのか、まったく呼びかけにも応じないのか、まるで分っていない。それどころか全滅の道を選ぶこともある、そういう不可思議な連中だ」
と、不可思議の塊であるこの駆逐艦を指揮する指揮官が、さらに不可思議なのだというのだから相当なものなのだろう。不可思議な存在……そういえば、私にもそんなものに覚えがあるぞ。
大戦末期、我々に故人の幻想を見せて戦いに導いてた、ブルヴィオ火山の火口にあった、あの仕掛けだ。
思えばあれも、我々の攻撃を見えない光で弾き返していた。同じような仕組みが彼らにもある。ビーム兵器と呼ばれるものだ。
一度、王都クーヴォラで、人型重機が試射して見せたのを、私は目にしている。あれはまさに、あの火口で見た白い立方体の不可思議な仕掛けが放ったそれと同じものだった。
あれのさらに大きいのをこの駆逐艦には搭載されており……というのはともかく、そうなるともう一つの仕掛け、つまりあの幻想を見せる仕掛けを彼らも持っているかもしれない。
私は思い切って、尋ねてみた。
「提督、一つ、お尋ねしたいことがあります」
「なんだ?」
「我々の星で、それこそ大国同士が相争う事態がつい半年前まで続いていたと、その話はすでに御存知ですよね」
「あ、オレンブルク連合皇国という国の皇帝が死去されて、停戦に向かったと聞いた」
「その皇帝が亡くなったその日、我々はあるものを破壊したんです」
「あるもの?」
「見た目は、白い立方体の岩のようなものでした。が、そいつは我々に、幻想を見せてきた元凶だったのです」
「幻想?」
「私の場合は、亡くなった家族や戦友、砲長も以前乗っていた艦の亡き戦友を見たと証言しております。他の乗員もそれぞれ、亡くなった人たちを見たと証言してました」
「つまり、亡くなった人の幻想を見せる、白い立方体の岩……で、それが?」
「その幻想は、我々だけではなく、どうやら世界中の主だった人々にも見せられていたようなのです。で、彼らはその幻想を見せる相手に、敵を倒せ、と促していたのです」
「つまり、戦争をそそのかしていたのではないかと、そういうのか」
「私はその幻想の正体に気付き、ヴェテヒネンの皆を正気に戻し、その立方体に攻撃を仕掛けたんです。すると、我々の放った弾を、ちょうど人型重機が持っているあのビーム光と同じようなもので、次々と撃ち落としてきたのです」
「ビームを放った? ほんとか、それは」
「ですから私は、その立方体ではなく、その火口に向けて砲を放ったのです。岩盤を砕いて溶岩の噴出を誘発し、その立方体を溶岩流の中に陥れたのです」
「それはまた、大胆なことを考えたものだな。だが、そのおかげで、あの星の大戦が急速に幕を閉じたと」
「お尋ねしたかったのは、そのような仕掛けがあなた方にもあるのか、ということです。もしかしたら、宇宙からもたらされたものではないかと思いまして」
思ったままを、私は問うた。だが、ヤブミ提督の回答は芳しいものではなかった。
「ビーム兵器ならば、確かに我々も持っている。が、広範囲に幻想を見せるような仕掛けを、我々は持ち合わせていない」
ああ、そうなんだ。あの幻想を見せる仕組みだけは、彼らにとっても未知の存在だったんだ。が、ヤブミ提督は続ける。
「もっとも、その話をすると、その謎を解いてくれそうなやつがいる。ちょうどそいつは今、我々が戦う白い艦隊の謎に迫るため、ある作業に従事している」
そう答える提督に、そばにいた参謀がこう反論した。
「あの、提督」
「なんだ、ヴァルモーテン少佐」
「もしかして、あのマッドなサイエンティストのマリカ少佐のことをいってるのでありますか?」
「確かにマッドだが、こういうことに関しては頭の回るやつだろう」
「単に狂ってるだけかもしれませんよ。あまり、期待させない方がよろしいかと存じます」
よくわからないが、頭の切れる者がいるらしい。が、この参謀役は、その人物のことが気に入らないようだ。それだけはよくわかった。
「おお、マリカのことか。ありゃあ確かに頭おかしいやつだぜ」
「そうか? 私はさほど気にならぬが」
「リーナ殿は、なぜかマリカ殿と気が合うようじゃからのう。頭は切れるやもしれぬが、妾は苦手じゃな」
その後、食堂にてあの3人の奥さんにそのマリカ少佐のことを聞いてみると、三者でまるで違うことを言っている。
「まあ、あいつと会う時はそれなりの覚悟がいるぜ。人を怒らせることに関しては、まさしく天才だからな」
「まったくじゃ。妾も好かぬ」
「まあまあ、カルヒネン殿のその話を聞けば、何かひらめくかもしれんではないか。今までもそうやって、謎を解いてきたのだからな」
「そんなに謎を解きたいかねぇ……」
どうも不安になってきた。できれば、そのマリカ少佐とは会わぬ方がよいのかもしれぬ、と。
「お前も、妙なことを気にするやつだな」
部屋に戻ってから、砲長は私にこう告げる。
「何を言ってるんですか、砲長……」
「おい」
「あ……アウリス。だって、あの不可思議な仕掛けがなければ、死なずに済んだ人たちが大勢いたんですよ?」
「それはそうだが、破壊してしまったじゃないか。今さらそんなものにこだわってどうするつもりだ?」
「本当に、あれで終わりなんですかね」
「変なやつだ。計算士というのは、変な事ばかり気にする連中ばかりなのだろうか」
この男は、計算士とひとくくりにして変人扱いしてきた。気にならない方がどうかしているだろう。現にいまだにあの立方体に対して、計算士でなくても疑問を抱いている人たちは大勢いるのだから。
ともかく、我々はそれからしばらくして、戦艦オオスという巨大な艦にたどりたどりつく。
それは紛れもなく、巨大な宇宙船だった。いや、宇宙船というより、岩の塊だな、これは。それも、見たこともないほど巨大な一枚岩の塊だ。
「繋留ロック作動! 艦固定よし! まもなく、エアロック接続が完了します!」
どうやら、これからあの大きな岩の塊……いや、戦艦オオスというところに乗り込むらしい。砲長と共に、私は恐る恐る、エレベーターを降りてその艦に乗り込んだ。




