#96 入港
「クーヴォラ港より入電、灰色の飛行船の受け入れ、了承。ヴェテヒネンの隣のドックへ入港せよと伝えよ、とのことです」
通信士が艦長と副長に、あの灰色の飛行船、彼らが言うところの「駆逐艦0001号艦」の受け入れを了承した。すでにクーヴォラ港まで20キラメルテまで迫っていた。
ヴェテヒネンは上空1500メートルを、最大巡行速力である毎時200キラメルテで進んでいる。が、あの艦、絶対に全力を出してないな。なにがしかの余裕を感じる。
そんな不可思議で不気味な灰色の飛行船は、我が艦の左舷、およそ500メルテまで接近し並走している。
目視でみれば、よくわかる。あれは固い岩盤のような材質だ。どう見たってヘリウムで浮かび上がらせられるような代物じゃない。さらに、副長とヤブミ少将との会話で明らかになったことだが、やはりあの艦の先端についた穴、あれが「主砲」だという。
威力については、途方もない。都市を一つ、吹き飛ばせるほどの威力だと言っていた。ただ、規則によって大気圏内では発砲できないことになってるらしい。
ほぼまっすぐに光速で放たれるそうだから、弾道計算など不要だろう。と思いきや、それはそれでいろいろと砲撃のコツのようなものがあるらしい。聞けば聞くほど、興味深い艦だ。
それ以上に、私には気がかりなことがある。
あれほど進んだ技術だ。ということは、ラハナスト先生がおっしゃっていた計算機の未来、それが実現されているのではなかろうか?
などと考えていたら、あの艦から再び、人型の機械が放たれた。人型重機というらしい。それがゴンドラの下に潜り込むと、ガラスの覆いの中からロッズと名乗る女が手を振っている。
「砲長、ここを開けてくれと言ってるみたいです」
「なんだ、今ごろ……まあいい、キヴェコスキ兵曹長、主砲を動かせ」
「アイサー!」
私が砲長に伝えると、砲長は兵曹長に命じて主砲を少しずらさせる。その隙間から、例の赤白の奇妙な姿の魔法少女が飛び込んできた。
ところがだ、この魔法少女を送り込んだ人型重機は、そのまま覆いを閉じて戻っていった。魔法少女を、置き去りにした?
まさか、この魔法少女で艦を乗っ取ろうというのか? いや、そのつもりだったら、前回飛び込んできたときにそれをしているはずだ。第一、そんな面倒なことをしなくても、あの艦に体当たりされるだけでヴェテヒネンはひとたまりもない。
では、なぜ乗り込んできた?
その疑問の答えを、この魔法少女は口にする。
「人質、というわけではないけど、到着時にそういうのがいないと困るでしょ。得体の知れない宇宙船なのだから。それで、ヤブミ提督から言われてここに来たの」
「人質……って、10メルテを軽く跳躍できる人物が、人質となりえるのか?」
常軌を逸した力の持ち主だということは、私にわかる。だから砲長はこの魔法少女にそう答えた。
「ちょっと待って」
するとロッズはひと呼吸すると、光り始める。また一瞬、全裸姿に変わると、ごく普通の服装の人物に変わる。
「変身を解いたから、普通の人間よ。これなら、文句ないでしょ」
いきなり全裸を見せつけられて、それでいて平然と言い放つこの女の神経が私には理解できない。私だったら、たとえ一瞬でも裸を見られたくないなぁ。
「あの、ロッズさん……」
「ああ、それは魔法少女の時の呼び名。今は、ブリットマリー・ダールストレーム。マリーでいいわ」
「ええと、それじゃマリーさん。あの、なんで姿を変えるたびに光って、その……裸体になるのですか?」
「知らない。そういう仕組みなの」
この人、なんかおっかないなぁ。あの赤白の派手な服装から、ベージュ基調のワンピース姿となっても、性格は変わらないようだ。
と、そんなときに艦橋から伝声管で、私を呼び出す声がする。
『計算士! 入港準備に入る、直ちに艦橋へ!』
ああ、そうだった。そういえば入港時の仕事をこなさなきゃならない。私は計算尺を握りしめ、艦橋と砲撃室をつなぐ通路に向かう。
「ねえ」
ところが、そんな私の後を、あのロッズ……じゃない、マリーがついてくる。
「何でしょう、マリーさん」
「その白い定規のようなもの、なんなの?」
どうやら、私の持っている計算尺が気になるらしい。
「何って、これ、計算尺というものです」
「計算尺……?」
「えっ、あなた方のところって、計算尺はないんですか?」
「知らない、初めて聞いたわ」
驚くべきことを聞かされる。それじゃこの人たち、どうやって普段、計算しているの?
まさか、計算尺に変わる何かを持っているのか。
艦橋に着くと、もうクーヴォラ港は目前に迫っていた。一緒に入ってきたマリーの姿に、艦長や副長をはじめ、皆驚くが、今はそれどころではない。
「クーヴォラ港、第7繋留塔へ接舷する。繋留準備、かかれ!」
目前に、繋留塔が見える。私は鉛筆をかざし、塔と艦首のずれを目測する。
『速力30、風速15!』
観測士からのこの報告を受けて、私はメモにそれを書き込み。計算に入る。
ずれ補正の計算だ、弾道計算と比べたらなんてことはない。私は計算尺を滑らせ、算出された結果を伝える。
「右1.5度、速度そのまま!」
「航海士、面舵1.5度だ!」
「おもーかーじ!」
カラカラと回る操舵輪、船体はゆっくりと右に動き、その先端はぴたりと塔の先端と重なる。
その様子を、なぜか私の背後からジーッと見つめるマリー。なんだろう、ものすごい圧迫感をさっきから感じるんだが。やがて、ヴェテヒネンは繋留塔の先端に接舷する。ズシンという音を立てて、船体が止まる。
と、その繋留塔がヴェテヒネンを地上へと下ろし始める。ジリジリとチェーンがまかれる音とともに、ヴェテヒネンの船体は地上へと降りていく。
ゴンドラの底が、地面に当たる。と同時に、周囲にいた作業員らがそのゴンドラの周囲に繋留錘をつけ始める。船体の固定が終わったことを作業員が知らせると、艦長が叫ぶ。
「繋留、完了! 総員、下艦せよ」
側面の扉が開き、艦橋内の乗員らが外に出始めた。が、相変わらずマリーは私の背後からまじまじと私の手元を見ている。
「あの……さっきからなんですか?」
「いや、もしかしてこの白い定規、これで計算してたの?」
「当り前じゃないですか、計算尺なんですから」
「へぇ、もしかして、あの砲が放った弾の計算も、それでやってるの?」
「そうですよ。それが、なにか?」
妙なものに興味を抱く魔法少女だな。いや、私も人のことは言えないが。
「ヤブミ提督が言ってたの。あれだけ正確な弾道計算をするくらいだから、それなりの計算機が搭載されてるんじゃないかって。だけど、それらしいものが見当たらないって、この間の時に報告したの。それじゃどうやって計算してるんだって話になったのよ」
ああ、そういうことか。そういえば私、あの艦の上面に一撃、当ててやったな。私はマリーにこう答える。
「全部、この計算尺とメモ、そして鉛筆、これで弾道計算をしたんです。飛行船には、機械式計算機すら重すぎて載せられませんからね。計算尺を使うしかないんです」
「へぇ、じゃああれは、あなたが計算したんだ」
急に眼の色が変わったぞ。この人、相当な変わり者じゃないか? いや、私も人のことは言えないが。
「ねえ、ユリシーナ! 宇宙人さんて、この人のこと!?」
そんな時に、調理師のマリッタが現れた。
「そう、私、ここの人たちを安心させるために人質として……ふぎゅ!」
「うわぁ、私、宇宙人触るの初めて! へぇ、私らと全然変わんないじゃん!」
答えるマリーに、いきなり抱き着くマリッタ。あの大きな胸を、少し小ぶりなマリーの胸に押し付けている。
「そうそう、私はマリッタ。あなたの名は?」
「私の名はブラッドマリー・ダールストレーム。マリーでいいわ」
「へぇ、呼び名までよく似てるなんて、すごい偶然!」
喜ぶマリッタだが、当のマリーは迷惑そうだ。どうやら、こういう陽気な性格の人は苦手と見える。
そんなマリッタとともに、手をつないだまま外に出るマリー。そのあとを私も追う。
とまあ、そんな調子で外に出たが、そこにいる人々の視線はマリーではなく、空にくぎ付けだ。その目線の先を、私も見る。
そう、そこにはあの灰色の艦が空中停止している。高度はおよそ500メルテ、風で揺らぐことなく、先端には街を一瞬で吹き飛ばすという砲門を持ち、後方からは青白い光を4つ、放っている。それを見たマリーが、思い出したようにこう語る。
「そうだ、副長さん、あの駆逐艦が着陸してもいいかと確認してくれって言われてたの。誰に聞けばいい?」
すぐそばに立っていた副長が答える。
「すでに空軍司令部から、ヴェテヒネンのすぐ後方のドックに着陸許可が下りている。あの場所に降りるよう、伝えてくれ」
そこでマリーはまたあの半円の無線機を取り出して、こう話し始める。
「ジラティワット艦長へ、さっきの飛行船の、すぐ後ろのドックに降りてくれって」
そっけなく伝えると、あの灰色の艦が動き出した。私は、かたずをのんで見守る。
あんな重たいものが一体、どうやって降りるというのだろうか? それが今は一番の関心事だ。そのドックのやや左側にいた灰色のあの艦は、プロペラもないのにゆっくりと横に滑るように移動をする。と、繋留塔の前で降下を始める。
塔につけられた巻き取り機もなしに、高度を下げている。やがてあの駆逐艦の下に突き出た部分の底部から、脚のようなものが出てきた。それが地面に接するや、ズシーンという揺れが伝わってくる。
ヴェテヒネンの比ではない。いや、もしかすると海上戦艦ロイスタバ・クーヴォラよりも重いのではないか? そう思えるほどの重厚感が、その振動からは伝わってくる。
ヒィーンという奇妙な機関音が、徐々に小さくなっていく。我々の知る艦とは全く異なる原理で飛ぶこの不可思議な飛行機械に、我々は言葉もなくただ見守るばかりだ。
やがて、その底部のあたりが開く。横に長い扉が下に開き、それがちょうど坂道のように地面につく。そして、中から数人の人物が現れた。
真ん中にいるのは、明らかに指揮官だ。見るからに飾緒付きの軍服姿で、立派な軍帽もつけている。その脇には、おそらく参謀役の士官と思われる人物が立つが……どう見てもあれは、女だな。
いや、それ以上に気になるのは、その後ろから軍服ではない3人の女が出てきたことだ。
「おい、やっと着いたぜ!」
「レティシア、中で待ってろといっただろう」
「はぁ? いいじゃねえか。こんな軍服着た奴らばかりじゃ、あちらも警戒するだろう」
「その通りだ。最初の印象というものが重要だ」
「といいながら、リーナおめえ、なんだって腰に剣を携えてるんだよ」
「私は騎士だ。当然だろう」
「剣など、物騒なものをもっておると、余計に警戒するではないか」
「なんだ、マツまで来たのか」
「レティシア殿、リーナ殿に比べたら、妾が一番、無害な格好じゃからのう」
……明らかに偉そうな人物の後ろには、その偉そうな人物に対していやに馴れ馴れしい女が3人いる。誰なんだ、あれは?
すると、そばにいるマリーが教えてくれる。
「真ん中にいるのがヤブミ提督、そしてその横に立つのが参謀のヴァルモーテン少佐、そして後ろに立っているのは、ヤブミ提督の3人の奥さんよ」
「えっ、3人の奥さん!?」
なんだあの指揮官、3人も妻がいるのか。そういえば、最初にマリーが来た時も、そんなことを言ってたな。だから、司令官に対してああもタメ口なのか。にしても、その3人が3人、皆、ばらばらな姿だ。
一人は銀髪で薄い赤色のワンピースを着た女。喋り口調が、どことなくリーコネン上等兵とそっくりだ。その横に立っているのは金髪の、古風な刺繍を施した男装の令嬢といった風貌の騎士姿の女。腰には、剣を携えている。その横は……小柄で、長い黒髪に赤い重ね着された服。何やら東方の民族が着る衣装にそっくりだ。しかし、妙に優美な顔立ちをしており、育ちの良さが伝わってくる。
そんな多彩な奥さんを3人も引き連れるこのヤブミ提督というお方は、何者だ? 確か副長が、1千隻もの艦隊を率いる司令官だと言っていたが、それにしてはなんだか頼りなげに見える。本当だろうか。
と、そこに黒い車がやってくる。降りてきたのは、カンニスト中将だ。真っ直ぐそのヤブミ提督のもとへ向かうと、互いに敬礼をする。
「イーサルミ王国空軍総司令官、カンニスト中将です」
「はっ、地球001、第8艦隊司令官の、ヤブミ少将です」
互いに挨拶を終えると、カンニスト中将の側近の案内で、ヤブミ提督と数人の士官はクーヴォラ港の奥の建物へと案内されていった。
後に残ったのは、あの3人の奥さんだ。その3人が、ズカズカとこちらにやってくる。
「おう、マリー、ご苦労だったな」
「私、何もしていない」
「んなことねえだろう。こうして無事に俺らが降り立てたのも、おめえのおかげだ」
「そうじゃ、謙遜することはなかろう。そなたのあの力なくして、接触はままならなんだ」
「ところで、こちらの2人は?」
騎士姿の女が、私とマリッタに目を向ける。
「私はマリッタ。戦艦ヴェテヒネンの調理師をやってまーす。で、マリーとたった今、お友達になったところなのでぇす」
「ほう、マリーとこれほど短時間で友達になれるとは、よほど相性が良かったのだな」
「いや、別に、友達になったわけでは……」
「えーっ、さっき互いに自己紹介したじゃん」
とにかく、マリッタは人懐っこい。誰とでも仲良くなれる自信があるから、あの冷たい感じの性格のマリーですら友人と呼んでしまうほどのお気楽ぶりだ。そんな私たちのところに、ある士官が駆け寄ってくる。
「マリー!」
軍服姿のその男性を見るなり、困り顔だったマリーの顔がぱっと変わる。そして、やってきた男の腕にしがみつく。
「遅い」
「いやあ、ごめんごめん。お役目、ご苦労様」
「それよりボリス、ここは苦手、行こう」
そういうと、あのさっきまで人を寄せ付けない雰囲気丸出しだった魔法少女が、現れた男の腕にべったりと腕にしがみついたまま行こうとする。
「ああ、小官は人型重機パイロットのダールストレーム中尉と申します。先ほど、そちらの艦の下に……って、ちょっとマリー!」
「いいよ、しばらくここにいるんだから、そういうのは後で」
と言いながら、マリーは人型重機を操っていたというダールストレーム中尉の腕を引いて、あの灰色の艦の中へと戻っていった。
えっ、もしかしてあの二人、恋人同士なの? いや、そういえばさっき、ブラッドマリー・ダールストレームと名乗っていたな。ということは、夫婦なのか?
「あーあ、マリーのやつ、行っちまったな」
「仕方あるまい、あやつは常に中尉殿に夢中だからな」
「やれやれ、ダールストレーム殿の嫡子誕生も、間近やもしれぬぞ」
で、残ったのはこの3人の提督の奥さんたちだが、当然、マリッタがこの3人に声をかけないわけがない。
「ねえ、3人って、本当にさっきの提督さんの奥さんたちなの?」
「おう、そうだぜ」
「ねえ、自己紹介しましょ。私はさっき名乗ったから……じゃあ、その銀色の髪の人!」
「俺か。俺はカズキの一番目の妻でよ、名前はヤブミ・レティシアってんだ」
「へぇ、最初の奥さんなんだ」
「そんでもって俺は、怪力魔女だ」
「えっ、魔女!?」
またとんでもない言葉が飛び出した。魔法少女の次は、魔女だって?
「あの、魔女って、魔法少女とは違うんですか?」
「魔法少女てのは、その身体能力はすげえんだが、変身しねえと力が出せねえんだよ。俺は違うな、変身なんてしねえし、いらねえ。例えばよ……」
と、この魔女を名乗る女は、すぐそばに置いてあった繋留錘に手をかけた。力ある男が、5人がかりで持ち上げられるほどの重さのものだ。
それをなんと、片手で触れて、持ち上げてみせた。
「うわっ、すごい! 怪力って、そういう意味だったんですね!」
「おうよ。俺のおっかあが地球720出身の魔女でよ、いろいろあって地球001にやってきた。そんで俺も地球001出身ながら、魔女ってわけだ」
なんかさっきからアースなんとかと言っているが、星に番号がついているようだ。つまり、アース001というのは、最初の星ってことなのか。
「で、私は地球1019出身、フィルディランド皇国の第2皇女で、カズキ殿の2番目の妻である、リーナ・グロティウス・フィルディランドである。私もかつて魔物らと戦った魔力持ちで、魔剣使いでもある」
といって、腰に下げた剣を少し、抜いて見せる。真っ黒な剣が、垣間見えた。しかし魔剣ってなんだ? 不気味な名だ。
「そして妾は、地球1041出身の、トヨツグ家が姫、そしてカズキ殿の3人目の妻となったマツである。まさに滅亡寸前であったトヨツグ家の最後の血筋を持つ妾を救い出し、そしてカズキ殿にその身をゆだねることとなった」
「ゆだねるどころか、今こいつ、妊娠中だぜ」
「れ、レティシア殿、そこまで言わぬともよいではないか」
そ、そうなんだ。いわれてみれば少し、おなかがぽっちゃりしている気がするな、この3人目の人。
「ところで、マツさんは魔女とか魔剣とか、そういう類いの何かをお持ちなのです?」
私は思わず、この小柄で赤い東方民族衣装を着たお方に尋ねる。
「妾はただの人間じゃ。こんなバカ力や怪しげな剣の使い手などではない」
「は、はぁ……」
「じゃが、とある城にて妾はこの腕輪をもろうての。それ以来、何か危ない予感を感じることができるようになったのじゃ」
そういいながら、そのマツという人は腕につけた不思議な色の腕輪を見せてくれた。
「そういやあ、そんなことがあったよなぁ。大阪城で、急に姿を消しちまってよ」
「あの時は焦ったぞ。私やレティシア、カズキが探し回って、ようやく見つけたんだったよな」
うーん、つまり簡単に言ってしまえば、あのヤブミ提督というお方は、只者ではない人物ばかりを妻にし続けた、そういう人物ということか。
宇宙人の事情というものは、何とも不可思議なものだ。
「で、そのおめえはなんて名なんだ?」
と、レティシアという魔女に私は、自身の名を尋ねられる。
「わ、私はユリシーナ・カルヒネン准尉と申します」
「へぇ、軍人なんだ。だけどよ、なんだって胸に2つも勲章つけてんだ?」
この魔女、目ざといな。さっそく私の軍服につけられた勲章に目をつける。
「これはその、計算士としての実績を評価されていただいたものですよ」
「計算士? なんだそりゃ」
そう魔女が私に尋ねるので、私は腰に差していた計算尺を取り出す。
「これを使って、弾道計算から進路予測など、あらゆる計算を行ってるんです」
「そういやあ、うちの艦に弾頭がぶち当たったって言ってたけど、まさかそんな定規みてえなので計算して、あれを当ててきたってのか?」
う、しまった。弾道計算のことを迂闊にしゃべってしまった。もっとも、すでに魔法少女には話してしまったから今さらではあるが、あの司令官に伝わったら大変なことになるんじゃないか?
よくもうちの艦に、弾をあてやがったなと、苦情を言われてしまう。
「いやあ、すげえな、おめえ」
ところがである。この魔女はいきなり、私を褒めてきた。
「は、はぁ?」
「はぁ、じゃねえよ。そんな定規みてえなのであれだけ離れた場所から、よく正確に当てられるもんだよなぁ、おい」
「うむ。我がフィルディランド皇国にも砲術隊がいたが、あれほどの距離を狙い撃てる者はおらんな。相手の動きや風向きで、すぐに位置が変わるからな」
「かつて、敵方の一艘の船の上に立てられた扇を、遠くから射落とした猛者がおったと聞いたことがあるが、まさに神業じゃな」
なんだかよくわからないが、どうやら私はこの3人から賛美されているようだ。と、いうことは、あの件はおとがめなしということになるんだろうか。
「ところでよ、さっきの提督、カズキのやつ、普通の司令官だと思ってるだろう」
と、突然、あの魔女が話を変えてきた。
「いや、すでに皆さんがそれぞれ、超人的なものをお持ちなので、とても普通とは……もしかして、あの方もとんでもない能力をお持ちなのですか?」
「そうなんだよ。この3人がかりでも、夜のカズキの相手は大変なんだぜ。昼間はあんな大人しい顔してるくせに、夜になると……」
「えっ、3人相手に、そんなことまで!?」
まあ、魔女とはよく言ったものだ。とんでもない卑猥な話を、私とマリッタに話し始めた。うーん、あの提督、魔力はないが、精力は半端ではないらしい。やっぱりあの提督も普通じゃないのか。考えてみれば、あの若さで少将にまで昇進し、艦隊司令官を任されたほどのお方なんだよな。
「おい、カルヒネン准尉、何をしている」
「あ、砲長」
と、そこに砲長が現れた。
「こちらの3人は?」
「ええと、この艦を含む艦隊司令官であるヤブミ提督の、3人の奥さんだそうです」
「えっ、奥さんが、3人!?」
さすがの砲長も驚きを隠せないな。
「おい、ユリシーナ、誰だこいつ?」
「ええと、私の上官で、砲長のマンテュマー大尉です」
と、私はそう紹介したのだが、砲長が不機嫌そうな顔をして、私の背中を肘で突いてくる。
今のでは紹介になってないだろうと、そう言いたげだ。
「あ、ええと、その、私の、その……」
「おい」
「その……恋人のアウリスです」
それを聞いた魔女の目の色が変わった。
「おお、そうなのか! てことは夜になるたびに、(ピー)や(ピー)なことをしてるってことか!?」
ああ、今度はこちらが巻き込まれた。やはりとんでもない魔女だな。ところが砲長はそんな魔女に一言、こう答える。
「それはその通りだが、酒を飲んだ後のこいつは、特に激しいぞ」
などと余計なことを言うもんだから、私はその場から逃げ出したくなった。
まあ、それから1週間ほど、あの艦はこの場にとどまった。その間にも3隻ほど、別の駆逐艦がやってきた。一方のヴェテヒネンはといえば、哨戒任務に就く必要がなくなってしまった。というのも、ヤブミ提督の指揮する第8艦隊が上空から逐一、オレンブルク側の動きを探っており、彼らが動き出すと同時にそれを数隻の駆逐艦でけん制した後、追い返してくれるからだ。
なお、ヤブミ提督に呼ばれて、計算尺のことを聞かれた。これであの距離で砲弾を……と、半ば呆れたような驚きのような表情をされた。彼らの星にもかつて、計算尺はあったらしいが、今はさすがに存在しない。なぜか「ソロバン」という名の計算道具は残っているらしいのだが、なんだ、ソロバンって?
で、しばらくの間はそんな具合に持て余していたのだが、突然、軍司令部から呼び出される。
「カルヒネン准尉、入ります」
司令部の一室に呼び出された私は、そこに並ぶ人物を見て驚く。
空軍司令官であるカンニスト中将とその参謀たちがいるのはわかる。が、そこには中央経産局の局長であるヴァルビア大佐の姿もあった。
それ以上に驚いたのは、あのお方がいたことだ。
そう、我が恩師、ラハナスト先生である。
そのラハナスト先生が、私にこう告げる。
「カルヒネン君、君に宇宙へ行って、彼らの文明、文化を直に学んできてもらいたいんだ」




