#95 接触
「またしても避けられました、砲長」
私は報告する。あの船は、こちらが撃つたびに高度を上下して避ける。しかし、重そうな船だというのにあっさりと500メルテもの高度を自在に上下する。このヴェテヒネンではできない芸当だ。
根本的に、造りが違う船だ。おそらくはヘリウムなど使っていないだろう。
しかし、ではどうやって空に浮いていられるのだ?
「どうする、カルヒネン准尉。第6射、撃つか」
砲長が私に尋ねてくる。が、私の答えは一つだ。
「当然です。攻撃あるのみでしょう。せめて一撃でも当てなければ、気がすみません」
「だが、あの通り簡単によける相手だぞ」
「ですが、そのよけ方にパターンがあることに気付きませんでしたか?」
それを聞いた砲長は、私のいうことにピンときたようだ。
「なるほど、つまり今度は……」
「上昇して避けるはずです。それを見越して、弾道計算を行います」
そう言って私は、計算尺を取り出す。これまでのパターンで行けば、今度は500メルテ上昇するはずだ。となれば、初速度は、そして角度は……私はメモに計算結果を書き出し、予測されるあの船の位置へ砲弾をぶち当てる弾道を導き出した。
「砲長! 左81.7度、仰角64.1度、火薬袋7、遅延信管48秒!」
撃ってしばらくして、敵は急上昇する。その上昇した位置で、砲弾を炸裂させる。
「砲撃準備、急げ!」
いつになく、砲撃室は緊迫している。未知の相手に、しかも撃つたびに恐ろしい速度で避ける妙な仕掛けの船を相手に、砲弾を当てようというのだ。並大抵のことじゃない。
「砲長、射撃用意よし!」
「今度こそ当てるぞ、撃てーっ!」
砲長の合図とともに、25サブメルテ砲は火を噴いた。ゴンドラが揺れる。64度も上方に向けて撃った衝撃で、ヴェテヒネンが上下に揺さぶられたためだ。が、私はすぐさま望遠鏡を握りしめ、その艦の行方を見守る。
予想通り、やつは上昇した。そしてぴたりと500メルテ上空で止まる。
どうやら、勝ったな。今度こそ当たる。私はそう確信した。まもなく、弾着時間を迎える。
「だんちゃーく、今!」
◇◇◇
「砲弾、まっすぐこちらに向かってきます!」
「なんだと!? バリア展開!」
「間に合いません! 砲弾、着弾します!」
てっきり今度も避けたと思った砲弾が、何とこちらの動きを読んでまっすぐ狙ってきた。ちょうど甲板の辺りでその砲弾は炸裂する。
ドーンという音と共に、ビシビシと散弾が飛び散る音が響く。驚いたマツは、僕にしがみついた。直後、艦橋の前面ガラスに何発かが当たる。
もっとも、当たったのは小口径の弾だ。あの程度の弾ではこの艦橋の窓の強化ガラスに傷一つ与えられない。とはいえ、甲板上は大変なことになっている。
爆発で真っ黒に染まっている。煙も上がっており、散弾が炸裂したのが甲板上であることが分かる。なんというやつだ、小口径の火薬砲だとなめていたら、してやられてしまった。とはいえ、駆逐艦の装甲に傷をつけられるほどの威力はないのが幸いした。
「くそっ、読まれてしまったか」
同じパターンで避けていたこちらも悪いが、それでもジラティワット艦長はまさかここまで正確に当ててくるとは思わなかったようだ。無傷と言っても、甲板を黒く染められた。それが彼にとっては悔しいらしい。
しかし、幸か不幸か、この星の飛行船の持つ兵器ではこの艦にヒビ一つつけられないことを見せつけたことになる。しかし、それにしても正確に当ててきたものだ。
ということは、見かけ以上にかなり高度な計算機をあの飛行船は持っているということになるな。油断していた。
と、そんな時だ。格納庫から、まさにその船に接触を試みる人型重機が、発進許可を求めてきた。
『ダールストレーム中尉、ならびにマリー搭乗の2番機、発進します』
それに対し、艦長に成り代わり僕が答える。
「ヤブミ少将だ。発進を許可する。なるべく穏便に、そして友好的な接触が行われることを望む」
『了解、2番機、発進します!』
格納庫のハッチが開く。ちょうどあの飛行船が放った砲弾が着弾したすぐ右脇のハッチが開く。そこから、勢いよく人型重機が飛び出していった。
あとは、地球1051のあの2人組に任せるしかない。
◇◇◇
直撃した。狙い通り、あの船の上面に間違いなく直撃した。現に、煙も上がっているのが見える。
だが、びくともしない。炸裂時間も弾着直前に設定し、硬い装甲でも貫通するほどの爆発力を、あの船の上面甲板に与えたはずだ。
にもかかわらず、びくともしない。煙を上げたまま、その場にとどまり続ける。
なんてやつだ。予想以上に硬い。
「おい、どうなっている! 今のは直撃のはずだぞ!」
さすがの砲長も動揺している。それはそうだ。ほぼ弾頭そのものの炸裂力を直接本体に与えたにもかかわらず、びくともしていない。
散弾式とはいえ、自走砲車の装甲すら貫く弾頭だ。普通の飛行船ならばガス漏れを起こし、高度を低下させるはずだ。
いや、これで確信した。やはりあの船は、ヘリウムで浮いているわけではない。
自走砲車を越える装甲を施した飛行船が、ヘリウムや水素でうかんでいられるわけがない。
それを、さらに確定する出来事が起こる。
『不審艦に異変! 艦の上面が、開いてます!』
飛行船なら、開くはずのないところが開く。あんなところが開けば、気嚢からガスが漏れだして高度が低下する。が、そいつは高度を下げないどころか、その開いた重そうな扉の奥から、何かが飛び出してきた。
「なんじゃ、ありゃ?」
機関銃を構えたリーコネン上等兵が、望遠鏡でその不可思議な飛行船の上面から飛び出した物体をみて声を上げる。私はといえば、逆に声が出ない。
なんだ、あれは?
そう、なんというか、人の形をした機械が飛び出してきた。が、その機械は、まるでキャタピラのついた重機に手足を生やしたような露骨な作業機械のような姿だ。
そんなものが、なぜか空を飛んでいる。
それは明らかにヘリウムではない。プロペラすらもなく、空に浮かび上がれるはずがない。
その武骨な手足の生えた作業重機が、あろうことかこちらに接近してくる。
「速力は、毎時100キラメルテ! こちらに向けて接近中!」
全長はせいぜい9メルテほどの小さく重そうな機械が、恐ろしい速さで接近してくる。
『不明機、急速接近中! 機関全速、回避運動!』
大急ぎで副長が回避運動を命じる。だがそいつは、こちらがようやく回頭して速力を上げ始めたところで我が艦に追いついてきた。
「接近戦なら任せろ!」
砲長の予感通りというか、リーコネン上等兵の機関銃が使われる事態になった。ガラス製の覆いのついた頭部を持つ奇妙な機械が、こちらに接近しつつあった。距離は、すでに100を切った。
「往生せいやっ!」
そう叫ぶリーコネン上等兵が、機関銃の引き金を引く。ババババッと鳴り響く機関銃から、薬きょうが飛び出す。
いくら機関銃といえども、ガラス製の覆いくらいならば貫通することができるはずだ。もはや望遠鏡すら不要な距離にまで接近した空飛ぶ重機械を相手に、曳光弾が吸い込まれるように流れていく。
ところがだ、その弾はことごとくはじかれる。いや、なんというか、あの機械の表面に見えない壁のようなものがあって、それが銃弾を溶かしている、といった方が正しい。
「くそっ、銃弾が効かねえのかよ」
そういいながら、弾倉を入れ替えるために銃撃を止める。空の弾倉を外し、次の弾倉を取り付けようとした、その時だ。
なんとあの重機械は、その隙にゴンドラの真下にまわりこんだ。そこで、あのガラスの覆いを開く。
私は主砲の尾栓を突っ込むための穴から下を覗き込んだ。中には、2人の人の姿がある。一人は黒い顔の覆いを被り、レバーを握っている。が、後席にいるのは、どう見ても女だ。長い黒髪をした、東方の民族のような姿の女。その女が、立ち上がる。
「トランスファー!」
その女が不可思議な言葉を叫ぶと、いきなりそいつは光り出した。着ていた服がはがれていき、一瞬、光の中で全裸姿になると、その周りに巻き布が全身を覆い、光が消える。
気づけば、白と赤、そして短いスカートに頭には妙な飾りをつけた奇妙な姿に変わっていた。どうしていきなり光り出し、しかもこんな一瞬で派手な姿に着替えられたのか?
と思いきや、信じられない行動に出る。
ここからその機械までは、10メルテ以上は離れている。が、あの赤白の派手な服を着た奇妙な女が、こちらに向かって飛び移ってきた。
この主砲装填用の穴から、その奇妙な女が飛び込んできた。飛び込んだその女はゴンドラの天井に手をかけると、私のすぐ脇にスタッと着地する。
唖然とする私を、見下ろすその女。が、その女は砲長の方を向く。おそらくは、この中で一番、高位な人物と認識したのだろう。
しかし、何という跳躍力だ。10メルテ以上だぞ。そんな高さを、軽々と飛び越える人間なんて見たことも聞いたこともない。そんな強靭な女が、砲長にこう尋ねる。
「私の言葉、分かるかしら?」
その問いに、砲長が答える。
「ああ、分かる」
「そう。なら、よかった」
ゴンドラの下をちらっと見ると、あの機械はすでにハッチが閉じていて、ゴンドラの下で待機している。
が、今はこの目の前の女だ。何のために、わざわざ我が艦、ヴェテヒネンに乗り込んできたのか?
「私は魔法少女、ロッズ。今、あなた方と並走しているあの船の使者としてきたの」
「し、使者?」
「そう、悪い?」
なんというか、態度が横柄だな。冷たい感じがする。使者にしては、あまりにもぶっきらぼうというか、言葉遣いがそっけなさすぎる。
「とにかく、私の伝えたいことは、あの駆逐艦はあなた方を攻撃するつもりもないし、それどころか接触をしたがっていること。その上で、この星の国との同盟を求めている。それを、この船の偉い人に伝えてほしいということだけ」
「俺は、この艦の砲撃を指揮する砲長に過ぎない。そういう話なら、艦長か副長にしていただきたい」
「なら、すぐに案内して。伝えるから」
というので、この魔法少女と名乗る奇妙な女を、あの布製の通路を通って艦橋に連れていくことにした。
「……つまり、貴殿はあの艦に敵意がないことを伝えるために、我が艦に乗り込んできた、と」
「そう」
「わかった。が、貴殿のあの艦に攻撃の意思がないということを、どう証明するのか?」
「現に、攻撃していないでしょ。他に、理由なんて必要?」
私も艦橋についてきたが、やはりこの女は態度を変えない。魔法少女とか言っていたが、そういう存在なのだろうか。
「わかった。で、我々はこれから、どうすればいい?」
「ちょっと待って、それ以上は私も聞いていない。今から、聞いてみるから」
えっ、今から聞いてみる? 何をするのかと思いきや、何やら奇妙な半円状のものを取り出すと、それを頭に付けて、突き出た突起物に向かって話し出す。
「こちらロッズ。この船の艦長と副長と、話ができたわ。で、これから何をすればいいのかって、聞かれてるの……そう、それじゃそう伝えるわ」
どうやらこれ、無線機のようだ。こんな小さなもので、あれほど離れた船と無線交信ができるとは、ただの技術ではない。
「あなた方の先導で、同行させてほしい、そう、ヤブミ提督は言ってる」
「ヤブミ提督?」
「あの駆逐艦を率いる艦隊の指揮官。奥さんが3人もいる変わり者だけど、話は通じる人よ」
その魔法少女とやらは、小さな無線機で伝えられた内容を話す。だが今、艦隊の指揮官だといった。ということは、あれ一隻だけではないということか。
いや、それ以上にさっきから私は、ずっと気になっていることがある。
それは、この「魔法少女」という存在だ。異常なまでの跳躍力、そして先ほど、姿を変えた不可思議な術。さらにその魔法少女がさっき「この星の国と同盟」と言っていた。この星とわざわざ言うあたり、気になる。
そこで私は聞いてみた。
「あの、一つお聞きしたいんですが」
「なに」
うう、なんか刺さるような喋り口調だな。だが、ひるんでいる場合ではない。そこで私は質問を続ける。
「まず聞きたいんですが、魔法少女って何ですか?」
「私の星、地球1051ではかつて、怪異が発生していたの。それを倒すために使い魔と契約し、力を得た者、それが『魔法少女』よ」
今、私の星といった。やっぱり、そうだ。私は確信した。
「ということはつまり、あなたはこの地球の外から来た、宇宙人ってことですか?」
この質問に、砲長をはじめ、艦長や副長、その周りの乗員らの表情が一気に変わる。
「そうよ、悪い?」
ところが、その問いに、短く、そしてそっけなく答える魔法少女。
「いや、悪いとか、そういうのじゃなくてですね……」
「それを言ったら、あの駆逐艦は地球001という、別の星から来た船なの。私自身、他の星の船に乗って、ここにやってきたの」
などと、不可思議なことを言い出した。なんだって、宇宙人が、他の宇宙人の船に乗ってやってきたというのか?
「私だって、つい最近まで知らなかったの、宇宙人の存在を。でも、いまじゃもう常識。彼らは、あなた方との交流を求めている。そのために、この星の大気圏内に降りてきたのよ」
なんか、宇宙人なんて常識だと言い出したぞ。そうなの? 宇宙人って、当たり前のようにいるのか?
「ちょっと尋ねるが、見たところ同じ人間にしか見えないのだが、本当に宇宙から来たのか?」
「そうよ」
「どうして、宇宙人だというのに同じ姿なんだ?」
「そういう詳しい話、私にはうまく言えないから、後からあっちの人が説明してくれるわ。とにかく、宇宙から来たからと言って、同じ人間なのよ」
いやあ、同じ人間が10メルテ以上の高さを跳躍したりしないよなぁ。やっぱり、宇宙人って我々とは違うんじゃないのか?
「そう、あとのことは直接、この通信機を使ってやり取りしてほしいって、ヤブミ提督が言ってたわ。そういうわけで、私、戻るから」
「えっ、戻るって……」
「下で、ボリスを待たせてあるから。それじゃ」
そういって、なにやら小さな板のようなものを私に渡すと、この場を去ろうとする。
「ちょ、ちょっと待って魔法少女さん!」
「なに?」
「これでやり取りって……どうやって使うんですか?」
「ここにあるボタンを押せば、画面が点くの。そして、通信用のアイコンを指で押せば向こうとつながるわ」
「せめて、つながるところまで試してから、帰ってもらっていいですか?」
「しょうがない、分かったわ」
そう言うので、私は言われた通り、ボタンを押す。すると整然と並んだ模様が現れる。
「こ、ここからどうすればいいんですか?」
「この緑色のこれ、これを押すのよ」
なんというか、不親切だなぁ。宇宙人というのは皆、そっけないんだろうか?
そう思いながらも、私はそれを指で触れる。
すると、プルルルルという音を立て始める。しばらくすると、画面に誰かが現れる。
『地球001、第8艦隊司令官のヤブミ少将です。あの、艦長はおられますか?』
突然、その画面に現れた軍服姿の男が敬礼しつつそう語りだした。私は返礼し、慌ててこう告げる。
「わ、私は計算士のカルヒネン准尉と申します! 副長に代わりますので、お待ちを!」
いきなり向こうの司令官が現れた。見たところ、それほど歳ではなさそうだ。砲長よりは少し年上という程度のお方だったが、ともかく、この魔法少女と比べるとずっとまともな会話ができる方のようだ。
「副長のライサネン中佐と申します。艦長の代理として出ました。現在、この戦艦ヴェテヒネンを指揮する者であります……はい、それは彼女より聞いております」
という具合に、会話が始まった。それから、ヤブミ少将と名乗る司令官との間で、事務的な会話が続く。
「それじゃ私、戻るから」
そういいながら、魔法少女はあの布製通路を歩き始めた。私もその後を追う。
「あの、魔法少女さん」
「ロッズでいいわ」
「それじゃ、ロッズさん。なぜわざわざ、この船に?」
「私しか、この船に飛び移れないの。魔法少女は、私だけだから」
そう告げると、魔法少女のロッズはつかつかとあの主砲装填用の穴へと歩く。そして、下に向かって手を振る。
私も、その穴からのぞき込む。すると、あのガラスの覆いが開く。それを見たロッズは、あっという間に穴から飛び降りて、乗り移る。
そして、再び覆いを閉じた人型の機械は、ここから離れていった。
◇◇◇
「お役目、ご苦労」
僕は戻ってきたマリーにそう話す。が、特に返事をすることもなくダールストレーム中尉の腕にしがみついて立ち去ろうとする。中尉はといえば、僕に敬礼すると、そそくさとその場を離れていく。
にしても、あの船に乗り移って直接接触すると言い出した時はどうなるかと思ったが、マリーのやつ、何とかその役目を果たしてくれたようだ。
あの通り、ぶっきらぼうなやつだからな。よく相手はこの魔法少女と会話できたものだ。普通なら、不審しか抱かないだろうに。
その後、あちらの副長を名乗る人物と話をつけ、この先にあるというイーサルミ王国の王都であるクーヴォラという都市に誘導してくれることになった。その辺りは、あの青い派手な帯をつけた船に任せるしかない。
それにしても、奇妙な飛行船だ。
あの青い色の帯は、どう見たってこの空の上では目を引く。いや、敢えて目を引かせている、ということか。
それほど自身があるということなのだろう。先ほどの空中戦闘を見れば分かる。たった一隻で3隻を立て続けに沈め、結果的に10隻の艦隊を退けた。
それだけではない、この艦にも一撃、当ててきた。
見たところ、航空機は見当たらず、あるのは海上の船と飛行船程度。他の艦艇からの報告によれば、自走砲や戦車の存在までは確認されたが、我が地球001からみれば第1次か第2次世界大戦頃の近世の技術レベルだ。
が、あの弾着技術を見るに、意外と計算技術だけは進んだ世界なのかもしれない。
そんな飛行船、ヴェテヒネンといったか、あの空中戦艦と彼らが呼ぶ船と共に、その王都へと向かう。