#93 獣人
獣人族自体は、珍しいわけではない。すでに獣人族のいる惑星が少なくとも3つ、確認されている。
内の一つは、自らが滅ぼしたようなものだが、それでも今ではどうにか人族の星の上でその生活基盤を築き始めている。
が、それがあの白い艦隊のものとなると、話は別だ。
「0031号艦の到着は?」
「はっ、あと10分とのことです」
その獣人を載せたカプセルを回収したとされる駆逐艦の到着を、僕は待ちわびる。かつてないほどの大発見だ、その獣人が生きているならば、我々は全く未知の文明との接触を果たすことになる。
報告によれば、冷凍睡眠状態だということらしい。我々の技術でも、冷凍睡眠はまだ実用化とまではいかない。長くてもせいぜい10か月ほど、その人の時間を止めるのが精いっぱいで、それ以上続けると、死に至るか記憶障害が起きるかのいずれかとなる。
かつて、星間航行の手段として冷凍睡眠蛾研究されたことがあるが、ワームホール帯の発見とそれを利用したワープ航法の確立により、冷凍睡眠の研究は行われなくなってしまった。それを用いる動機が、今はほぼ存在しない。
その獣人の「解凍」を、ここ戦艦オオスで行うべく、そのカプセルが運ばれてくることになっている。
で、当然、その解凍を行う士官は、こいつだ。
「ちょっと、なんで私が解凍なんてしなきゃならないんですか!?」
早速、マリカ少佐が抗議のために僕のところにやってきた。僕は答える。
「いや、マリカ少佐以外にいないだろう。技術武官だし、そもそもあの獣人との接触をしたがっていたじゃないか」
「氷漬けの獣人なんて、会うつもりはありませんわ! 私は便利屋でもなければ、かき氷としゃべる趣味もありませんわよ!」
相変わらず、反抗心だけは旺盛だなぁ。いいから、上官である僕に言われた通りやればいいのに。
「提督、この少佐にそんな役目を与えてはなりませんよ。本気でレンチンしかねません」
「ちょっと、ヴァルモーテン少佐! 私がそんなレトルト食品のようなこと、するわけがないでしょう!」
「いやあ、分かりませんよ。『このレンジの説明書には獣人を解凍するのに使ってはならない』とは書かれていないとか、あなたなら言い出しかねませんから」
そして、その反抗心に真逆の力で押し返すのが、ヴァルモーテン少佐の役目でもある。それにしてもこの二人、言い合いの時は息がぴったりだな。実は、仲がいいのでは?
ともかく僕は、ようやく得た「白い艦隊」の乗員の処置を、このヤバい技術士官に任せることにした。こいつ自身がその白い艦隊、すなわち「ウラヌス」の謎を解き明かしたがっている。ならば、無茶なことはしないだろう、と。
「へぇ、氷漬けの獣人ねぇ」
「うむ、まさか氷漬けとはな」
「氷は苦手じゃ、妾は暖かい茶漬けに梅干しが良いのじゃが」
「いや、俺はひつまぶしがいいぜ」
「私は、食べ応えのある味噌カツがいいな」
「妾は茶漬けじゃ」
「おい、何の話をしているんだ」
まったく、どうして獣人から味噌カツになるんだ。こいつら、食ってばかりだな。ていうか、なぜここで、そんな話題を出すのか?
「ちょっと待って下さい、あらゆる食材で最強のものは、手羽先デス!」
といいつつ、ドンと大皿にのせた手羽先を運んでくるアンニェリカ。どうして手羽先屋で、他のナゴヤ飯の話題をするのだろうかと、僕でなくても思うことだろう。
「じゃが、よかったのか? その獣人をマリカ殿などに任せて」
「そうだな、やつなら、この手羽先みてえに甘辛に仕上げちまうかもしれねえぜ」
「うむ、獣人の甘辛揚げか、あまり食えそうなものではないな」
などと、勝手なことを言い出す我が妻たち。なお、レティシアとリーナは手羽先をぼりぼりと食べているが、マツはそうはいかない。だから、この店特製の「茶漬け」を食べている。ほんのりと淡い緑色の茶漬けの真ん中に、大きな梅干し。の、周りには、ちゃっかり鶏肉がまぶしてある。それをマツは、ずるずると食べている。
「んなことよりも、カズキよ。この星系には、人はいねえのかよ」
「それ以前に、まだ地球型の惑星が見つかってはいない」
「どうせまた、見えねえなんか奇妙な仕掛けで隠されてんじゃねえのか? あの合体ロボんとこの星みてえに」
「そう考えて、メルシエ准将に探索を任せてある」
「おお、メルシエ殿か。あやつならば、すぐにでも見つけてくれそうだな」
「妾は、茶漬けのお代わりが欲しいのじゃ」
この支離滅裂な昼食をどうにか終えて、手羽先屋を出る。と、そこに、マリカ少佐からのメッセージが入る。曰く、獣人を回収、これより解凍作業に入る、と。
「なんだ、もう来たのかよ」
「先ほどの、氷漬けのやつじゃな」
「うむ、食えるのかどうか、気になるな」
いや、食っちゃダメだろう。何を言い出すんだ、リーナよ。ともかく僕は、マリカ少佐がいる研究施設へと向かう。
この艦には、研究施設が備えられている。場所は、街の外れにある射撃訓練場の敷地内。そこに4階建てほどの建物を新設し、あらゆる謎解明のために様々な機器を設置している。
我が第8艦隊は、ただでさえ謎だらけの場所に出向くことが多い。元々、正体不明の艦隊を追い、その正体を暴くことが任務だ。そういう任務の性格上、謎の存在にぶち当たることが多い。だからこそ、このような施設が必要となる。
マリカ少佐以外にも、ここでは何人かの技術武官や研究員が働いている。例の合体ロボに魔法少女も、ここでの研究対象だ。
その研究対象の一人が、ちょうどこの場所にいた。
「おう、なんだ、マリーじゃねえか」
射撃訓練場の真ん中には、変身済みの赤色基調の魔法少女マリー、ではなく、今はロッズか、が一人ぽつんと立っていた。遠くの的に煙が上がっているところを見ると、彼女の魔力測定をしているところなのだろう。
「ああ、魔女さん」
「ああじゃねえよ。マリーおめえ、こんなとこで何やってんだよ」
「マリカって人に頼まれて、私のレーヴァテインの力を、測定してるの」
「なんだよ、ついこの間も測ってたじゃねえか。まだやってんのかよ」
「これが、ここでの私の仕事なの、悪い?」
相変わらずというか、ツンツンしている。そこに、マリカ少佐も現れる。
「あらあら、変態提督一家おそろいで、何しにいらしたのですか?」
相変わらずの毒舌だなぁ。僕は答える。
「何しにも何も、貴官が獣人を受け取ったと聞いたから来たんだ」
「まあ、それはそれは御足労をおかけしました。別に来いだなんて、ひと言も言ってないんですけどね」
「あの白い艦隊につながる、重要な証拠、いや証人を得たのだぞ。来ないわけにはいかないだろう」
「別に提督が来たところで、何かが進展するわけでもないでしょうに」
いちいち、余計なことを言うやつだ。まあ、これ以上言い合ったところで何かが得られるわけでもない。僕は少し睨みつけただけで、この不毛な会話を止める。
「ねえ、マリカさん。もういいですか?」
「ああ、ロッズ、ご苦労さん。もういいわよ」
それを聞いたロッズは、即座に変身を解く。ぱあっと輝く全身からリボンのようなものがほどけて、一瞬、あられもない姿を見せる。が、すぐに服がその身体を覆う。ほんと、こいつは恥じらいとか遠慮というものがまるでないな。
「お疲れ、マリー」
と、そこに彼女の伴侶であるダールストレーム中尉が駆け寄ってくる。するとマリーは中尉の左腕にしがみつく。相変わらず、中尉への依存度が高いな。
「これはヤブミ提督、何か御用でも?」
そのダールストレーム中尉は空いている右腕で敬礼するので、僕は返礼で応える。
「いや、ここに獣人が運び込まれたと聞いたので、やってきた」
「獣人、ですか?」
「そうだ。おそらく、あの白い艦隊のものだ」
ここに到着する直前に、彼は初めてあの白い艦隊という存在を目にする。が、彼らは今回、戦闘もせずに撤退した。ここに来るまでにあの艦隊のことは当然聞いてはいるが、ダールストレーム中尉はまだ白い艦隊の真の姿を知らないままだ。
「ということは、いよいよ謎の艦隊の姿に迫る何かが見つかった、と」
「おそらくはな。ただ、冷凍睡眠されているようで、これからそれを解凍し蘇生を試みるところだ」
と、僕は中尉にそう話したところで、ふと気づく。
そういえば、獣人をほったらかしにしてこいつは、こんなところで何をやってるんだ?
「おい、マリカ少佐」
「はい、何でしょう、提督」
「その獣人はどうなっている? なぜ貴官はこんなところにいるんだ」
「いやですねぇ、提督。私はずっとあの獣人に張り付いてなきゃいけない決まりでもあるんですか?」
「そんなものはないが、今現在、最重要な課題だぞ。それを放っておいていいのかと聞いている」
「放置してるわけじゃないですわよ。今、別の技術士官に調査してもらってるんです」
「調査? なんのだ」
「あれを閉じ込めている、冷凍カプセルの、ですよ」
何を言っているのか分からない。カプセル何ぞ調査して、どうするつもりなんだ?
「おい、そんなもの調査してどうするんだ」
「どうするって、解凍作業には必要なんですよ」
「よく分からんな。なんでただの容器が、解凍作業に必要なんだ?」
「えーっ、ヤブミ少将ともあろうお方が、カプセルをただの容器だとお考えなんですかぁ!?」
こいつ、いちいち挑発的だな。僕はムッとする。
「おい、マリカ殿。そもそもカプセルとは何のことだ?」
「そーじゃそーじゃ、意味不明なことを言うてカズキ殿を愚弄する前に、それがなんじゃと説明すべきであろう」
「あらあら、野蛮な文明出身の方々には、難しい言葉でしたかしら?」
「野蛮とはなんじゃ! 野蛮とは!」
「まあまあ、マツよ、ほっとけこいつのことは。どうせ口から毒しか出てこねえやつなんだからよ。相手にするだけ無駄だぜ」
「それを言うなら、レティシアさんの手からも、馬鹿力しか出てこないじゃないですか」
「あんだと、オラァ! やるか!?」
「おい、レティシア。やめとけ、こいつの挑発に乗ってどうする」
危うく喧嘩が始まるところだった。近くに置いてある大型の測定器に手をかけようとするレティシアをどうにか抑える。
「そんなことよりもだ、その獣人を一目見たい。どこにいるんだ?」
「しょうがないですねぇ、それじゃ提督、案内しますわ」
四方八方に喧嘩を売るマリカ少佐に、その獣人まで案内させる。マリーたちは特に興味はないようで、そのまま二人そろって街へと戻っていった。一方、レティシア、リーナ、そしてマツは僕についてくる。
研究施設の1階の奥の部屋に、その獣人を収めたカプセルが置かれている。それは3メートルほどの大きな鉄製のタンクのようなもので、外側には四角い箱と、それとカプセルをつなげる二本の管がある。
「思ったよりも、大きいな」
「そりゃあそうですわよ。これ自身が、冷凍装置そのものなんですから」
「なんだ、カプセルと言いつつ、冷凍機も備えているのか」
「でなきゃ、回収の途中で中身が溶けだして、冷凍している対象がダメになってしまいますでしょう。この装置のおかげで、どうにか生きたまま回収できているんです」
「だが、どうやって中にいる獣人が生きていると? いやそもそも、どうして獣人がいると分かった?」
「上に窓がついてるんです。そこを覗いたら、獣人がいたんですよ」
マリカ少佐が指差すカプセルの脇には、脚立が立てられている。僕はそれを見て、脚立の上に立つ。
するとその奥には、確かに獣人がいる。白い毛におおわれ、頭には獣人特有の獣耳、口元も少し犬っぽい。というか、こいつの顔は人というよりやや犬に近い。
「ミリ波レーダーにより、心臓の鼓動も確認されております。加えて、回収された際の中身はマイナス120度だったのが、今は0度近くまで上昇しております。おそらくは、解凍の途中ではないかと推察されますわ」
「なんだって? 解凍が始まってるのか」
「どういう理由で冷凍されていたのかは分かりませんけど、このカプセル自身に冷凍と解凍の両方の機能が備わっているものと思われます。ですから、その機能を調べ、安全に中身を回収するために調査しているんです」
ああ、そういうことか。だからカプセルを調査していると。機械分野はマリカ少佐の専門外だから、それを他に士官に任せているということか。
「と、いうことですので、あと数日か、場合によってはひと月はかかると思いますわ。なので、さっさとその変態の種を宿した子持ちシシャモと共に、お帰り下さい」
「もしや、子持ちシシャモとは妾のことか!?」
「おい、マツ。ほっとけこんなやつ。ほら、行くぞ」
ということで、僕らはそろってその研究施設を後にする。
「れーとう、れーとう!」
ところで、その冷凍状態の獣人がいたカプセルがよほど気に入ったのか、ユリシアは街へと戻る車内でひたすら冷凍を連呼している。一方のエルネスティは腕を組み黙ったまま、何やら思考を巡らせている。目の輝き具合からすると、あのカプセルそのものが気に入ったのだろう。こういうときのこいつは、妙に大人っぽいところがあるな。
「しっかし、あんなもんから何か、分かるんかねぇ」
レティシアがぼそっとつぶやく。
「あんなもんって、意思を持った獣人だぞ。大変な発見だ」
「そりゃそうだけどよ、指揮官ならともかく一介の兵士じゃねえのかよ。そんなやつ捕まえて、何が分かんだろうねぇと思ってよ」
「全貌解明は無理でも、やつらの生態というか、そういうものが分かるだけでも大いなる収穫だと思うがな」
「だけどよ、もう一つ別の問題があるぜ」
「なんだ、別の問題って」
「あの女海賊、どうするよ」
そこで僕はふとミレイラのことを思い出した。そうだ、やつら海賊を生かし、この艦隊の一員として加えているのは、まさに獣人らとの接触のためであった。だが、その獣人が発見されてしまった以上、彼らにその存在意義はもうない。
せめて彼らが見つけたというのであれば、その成果に報いることができるのだが、見つけたのは我が艦隊の駆逐艦だ。女海賊たちは、何の成果もない。
「まあ、一度の接触だけですべてが終わりというわけではないし、それにあの獣人も無事に蘇生できるかどうかは分からない。しばらく、様子見だな」
僕はそう答えるにとどめた。つまり、問題の先送りを宣言しただけだ。しかし、最近は輸送任務をこなすなど、それなりの働きも見られるミレイラたちを、用済みだからと無碍にするわけにはいかない。はて、どうしたものか。
そんな悩ましい事態を迎えていたが、その後一家で街を巡り、ホテルに着いた頃、驚くべき報告がもたらされた。
それは、メルシエ准将からだった。
「なんだって、地球を発見した!?」
『はっ、星間物質が星の周囲に広く分布しており、我が艦隊からは黒い星にしか見えなかっただけです』
「……で、どんな感じの星だ?」
『ごく普通の地球型惑星です』
「いや、それはそうかもしれんが、ロボットやら魔法少女やらが飛んでたりしないか?」
『そのようなものは確認されておりません。が、電波は飛んでいることが確認されました』
「電波? ということは、人類は存在すると」
『はい。ただし、解読は困難。この星の信号符号がわからなければ、解読のしようがありません』
メルシエ准将からは淡々と事実だけが伝えられてくる。どうやら音声通信やデジタル通信ではなく、それ以前の、我々の星のモールス信号のようなものが飛び交っているらしい。それを聞いて、僕は少し考えた。
ともかく、人がいる星だということは間違いなさそうだ。ならば、白い艦隊が戻ってくる前に、すぐにこの星の調査を始め、可能ならばこの星の住人と接触した方がいい。
不思議と、接触後にはあの白い艦隊はその星に固守しようとしなくなる傾向がある。理由は不明だが、ともかくそういうものらしい。
となれば、我が艦隊がするべきことは、たった一つだ。
「これより、第8艦隊は発見された地球へと向かう」