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#92 前線

「なあ、おっさんよ」

「なんだ、こんなときに」


 ジーノが僕に、何かを尋ねたいことがあるらしい。それは構わない。が、時を選んでほしいものだ。


「いや、実は俺たち、地球(アース)1050に戻らなきゃならねえんだよ」

「はぁ!?」


 なんだってこんな時に、そんな話をするんだ。


「急になんだ、またゴルゴン星人が暴れ出したのか?」

「いや、そうじゃなくて、人手、じゃねえロボ手が足りねえらしいんだ」


 どうやら、ゴルゴン星人らが住む居住区が手狭になり、増設が必要となったようだ。が、それをするための手が欲しいと、重力子研究所の所長であるパスクウヮーノ博士が打電してきたらしい。

 が、僕はこいつに言いたい。今はそんな余裕はない。


「敵艦隊、さらに接近! 距離、46万キロ!」

「提督、エルナンデス隊、加速準備よし、とのことです」

「そうか、では、作戦を開始する。エルナンデス隊、前進せよ」

「はっ!」


 なにせ、敵意むき出しの白い艦隊は目の前だ。その数およそ1万隻。こちらの10倍の敵を前にして、地球(アース)1050の事情など聞いてる場合ではない。

 西暦2493年9月15日。僕は地球(アース)1050星系外縁部にあるワームホール帯を超えて、その向こう側の宙域に来ている。案の定、そこには1万隻もの白い艦隊が現れた。

 おそらくあの1万隻は、全滅覚悟で対抗してくるつもりだろう。1千隻のこちらの艦隊だけでは歯が立たない。だが、そんなことは想定済みだ。

 だから、こっちもすでに策は打ってある。


「ワームホール帯よりワープアウト反応! 数、およそ1万!」

「味方識別信号(IFF)受信、第1艦隊です!」


 来たな。我が地球(アース)001最強の艦隊、コールリッジ大将麾下の1万隻が現れた。


「第1艦隊より入電、作戦通り突撃し、敵の側面を砲撃せよ、以上です」


 前回とほぼ同じ作戦ではあるのだが、少し違うとすれば、最初から持てるすべての手段を行使するということだ。前回もそうだが、やつらは全滅覚悟だ。そんな相手に容赦などしていたら、被害が増えるばかりだ。だから、最初から全力でやらせていただく。


「距離45万キロに達し次第、特殊砲撃を行う。全艦に下令せよ」

「はっ!」


 ちなみに、特殊砲撃の要であるレティシアを始めとするウィッチーズには予め、松坂牛と飛騨牛、知多牛のステーキ食べ放題を約束してある。にしてもその組み合わせはくどそうだな。

 とまあ、そこまで用意周到にして突入する本作戦。いよいよその戦いの火蓋が切られようとしていた。

 が、その時、マツが僕の服の袖を引っ張る。


「どうしたマツ、まさか、砲撃か!?」


 何かを察知したマツだが、意外な言葉が飛び出す。


「いや、砲撃はやめじゃ」

「は? なんだって?」

「あやつらは、退く。それを見届けるのじゃ」


 おかしなことを言い出すマツに、僕は一瞬、理解が追い付かない。が、その言葉の意味するところのものは、まさしく射程ギリギリのところで現れる。


「白い艦隊、後退していきます!」


 戦闘直前、まさにこれから砲撃というところで、やつらは後退を始める。未だかつて、見られないパターンだ。


「おい、おっさん! 敵が逃げちまったぞ!」


 今さら驚くジーノだが、そんなことくらい、言われなくても分かってる。


「どうします? 追撃しますか」

「いや、本当に逃げるだけならば、問題ない。むしろ追撃して、何かの罠にはめるつもりだとすれば、前進せず様子見した方がいいだろう。ヴァルモーテン少佐」

「はっ!」

「第8艦隊は停止し、敵艦隊の動きを注視すると、第1艦隊に打電せよ」

「了解しました!」


 その電文をアマラ兵曹長に託すヴァルモーテン少佐。やがて、第1艦隊より返信がくる。


「第1艦隊より返信。第8艦隊は現宙域にて待機、白い艦隊の行く末を見届けよ。以上です」

「そうか。了解したと伝えてくれ」

「はっ!」


 コールリッジ大将も、あの不可解な動きに注意すべしと考えたようだ。1万1千隻の2艦隊は、そのまま白い艦隊を追撃せず、その場にて止まる。

 やがて白い艦隊は、700万キロ離れた地点で消えてしまった。


「また、ワームホール帯が見つかっただけですね」


 ぼやくヴァルモーテン少佐だが、僕はそれに反論する。


「いや、その前に、この星系には地球(アース)型惑星があるかもしれない。どちらにせよ、あの白い艦隊につながるワームホール帯が見つかったというだけでも収穫だろう」

「そうでしょうか? また謎が深まったというだけではありませんか。あの先にはさらなる地獄が待ってるだけかもしれませんよ。なればいっそ、1万隻を殲滅できた方が幸せであったと感じるかもしれませんね」


 物騒なことを期待する参謀長だな。殲滅戦など、愚の骨頂だ。戦わずして勝つことこそ、善の善なる戦い方だ。今回のように、さっさと諦めてくれればその方が楽だ。


 ここでようやく、ジーノたちの話に戻る。人手、じゃなくてロボ手が足りないという件だ。地球(アース)1050であれば、ここからすぐであるが、我が艦隊はこの先の探索に向かわねばならない。


『かまわんよ。我が第1艦隊が、地球(アース)1050に立ち寄ろうじゃないか』


 嫌に親切だな、コールリッジ大将は。こういう時は何か、厄介なことを要求してくるものだ。


『その代わりと言っては何だが、この星系を可及的速やかに調査せよ。貴官ら第8艦隊の本来の役目は、新たな星系の発見と探索だ。早急に本来の任務に取り掛かるべし。以上だ』

「はっ!」


 意外とごく普通の任務を申しつけられただけで終わった。ということで、ジーノらを乗せたヒペリオーンVは、迎えに来た第1艦隊の艦艇にのって、こきょうへと向かうこととなった。


「世話になったな、おっさん」


 こいつは、最後まで僕のことをおっさん呼ばわりしやがる。気に入らないが、熱意だけはある男だ。僕は堅く握手を交わす。


「お世話になりました、ヤブミ少将閣下」

「ほんと、あんたがいなけりゃ、こんな面白い旅はできなかったぜ」

「ほんとよね。感謝してますよ、閣下にも、レティシアさんにも」


 パオロ、ヴァンニ、イレーニアらも握手をしつつ、あの合体ロボに乗り込んでいった。一人、アルバーノだけが無言ながら敬礼し、機体へと乗り込んでいく。


『よし、それじゃみんな、いくぜ! 故郷の地球(アース)1050へ帰るため、心を一つにするんだ! パオロ、アルバーノ、ヴァンニ、イレーニア! 超重力合体だ!」


 などと叫びつつ、ついさっきまで白い艦隊との緊迫した状態が続いていたこの宙域で、5機の機体が合体する。

 そしてそのまま、第1艦隊より派遣された迎えの駆逐艦に乗って去っていった。


「最後まで、騒がしいやつだったじゃねえか」

「いや、あれくらい元気な方がいい。エルネスティもあれくらいの熱意があるといいのだが」

「おめえとカズキの息子が、ああも騒がしくなるはずがねえだろう。まあせいぜい、カズキみてえに絶倫になるのがオチだな」


 と、言いたい放題のレティシアとリーナの会話を聞きながら、我が艦は本来の任務へと戻る。


「では、この星系を探索する。各戦隊長に連絡、直ちに調査を開始せよ、と」

「はっ!」


 僕はヴァルモーテン少佐にそう指示すると、司令官席に座るマツの手を取り、そのまま2人で艦橋を出る。下に向かうエレベーターへつながる通路の途中で、リーナとも合流する。


「今回は、事もなく終わったようであるな」


 どこで買ってきたのか、手羽先の詰まったパックを片手に持ち、もう片方の手で器用に軟骨を取り除きつつそれを食べている。残った骨は、腰に下げた袋に放り込んでいる。


「うむ、何も仕掛けてこなんだな。誠に不甲斐ない敵じゃ」


 と、マツはそう言い切るが、砲撃が始まると嫌な顔をするやつには、言われたくはないな。


「で、マツ、これからどこへ行く?」

「そうじゃな、手羽先よりは、もう少しあっさりしたものを口にしたい」

「そうか、あっさり系ねぇ……」


 マツは手羽先程度の油っぽさですらも苦手になってきた。最近は茶漬けや味噌汁など、さっぱりとした和食を好むことが多い。特に茶漬けは、梅干を欠かさない。


「うむ、このキシュウの梅とやらは、まことに美味いものじゃな。何ゆえ今まで、この味に気づかなんだのか」


 たどり着いたのは、枯山水の庭園を構えた茶漬け専門の店。そこでマツはいつものように茶漬けを頼み、大きな梅干しをパクッと頬張る。


「げ、そんなもん、よく一口で食えるな」


 その様子を見て、店で合流したレティシアがしかめっ面でこう述べる。


「なんじゃ、なかなか美味いぞ。レティシア殿も、食べてみればよいではないか」

「俺はダメだな、酸っぱいのは苦手だ」


 確かに、レティシアが梅干しを食べるところは想像がつかない。膝にのせたユリシアと一緒に、海鮮茶漬けを食べている。なお、ユリシアはマグロ好きで、あの赤身を一口で食べる。一方のリーナは、すでに7杯目。茶漬けなどでは足らず、肉入りうどんの大盛りがすでに6杯目に突入してるところだ。それを、横に座るエルネスティが呆れ顔で眺めつつ、自身は明太バター茶漬けを食べている。どうやらエルネスティには、あの胃袋は遺伝していないようだと認識する。


「で、なんか見つかったのかよ」


 と、不意にレティシアが僕に尋ねる。


「何か、とは?」

「決まってんじゃねえか。星だよ、星」

「ああ、それは今、各戦隊長に探索させているところだ」

「なんだよ、そんな星、いつもならすぐに見つかってる頃だろう」

「そうなんだが、今度ばかりはそうはいかないんだ」

「なんでだよ」

「無いんだよ、青い星が」


 それを聞いたレティシアが、怪訝な顔をする。それは僕がここに来る途中、レティシアと合流する前にヴァルモーテン少佐からの連絡を受けた時の僕の表情に似ていると思う。

 生存可能領域(ハビタブルゾーン)にある惑星は一つ、当然それが地球(アース)だと思っていたが、そこにあるのは真っ黒な星。およそ生命の存在が感じられない星だと、メルシエ准将が伝えてきたという報告を受けたからだ。

 そうは言えど、あの白い艦隊が現れた宙域だから、何かあると踏んでいる。少佐には調査の続行を伝えておいたが、それにしても奇妙な話だ。

 赤い星や灰色の星というのはよくある。あるいは青でもガス惑星という場合もある。しかしだ、黒い惑星というのはあまり聞いたことがない。黒曜石にでも覆われているのか?


「あたし、魔女! エルは、悪魔!」


 などと考えていると、食事を終えたユリシアが、エルネスティに何やらごっこ遊びを仕掛けてくる。しかし、エルネスティが悪魔だと?


「おりゃあ! 炎の魔法だぁ!」


 勝手にエルネスティを悪魔と決めつけた挙句、魔女というより魔法使いな技を繰り出すユリシア。不意打ちをくらい、やや戸惑い気味のエルネスティだが、急に立ち上がると、腕を振り上げ、それを真っ直ぐ下ろしつつこう叫ぶ。


「うちーかたはじめ!」


 息子よ、砲撃戦でもする気か? そんなエルネスティを見たリーナが、慌てて訂正する。


「おい、エルネスティよ。そういう時は剣士らしくだなぁ……」


 と言いつつ、リーナは何やら剣の構えのようなものを教えるが、エルネスティ自身はまるで興味がなさそうだ。だが、僕自身もまさか自分の息子が戦闘開始時の号令を叫ぶとは思わなかった。子供というのは、何を見て育つのかわかったものではないな。注意することにしよう。


「あら、奇遇ですわね」


 と、そこに現れたのは、タナベ大尉とダニエラだ。


「なんで、ダニエラとタナベ大尉がここに?」

「何でって言われましても、マツさんと同じ理由ですわ」


 と、そう告げると、ダニエラは早速、テーブルの上のタッチパネルでメニューを開いている。で、正にマツが食べているあの梅の茶漬けをチョイスしているのが見えた。ああ、ダニエラも同じなのか。しかし、元ペリアテーノ帝国の皇族が梅茶漬けを食べるとは、どこかずれてる気がする。同じ酸っぱいものでも、もっとローマ的なもの、例えばバルサミコ酢とかあるだろうに。なぜ梅干し?


「やはり、梅干は美味しいですわね」

「うむ、そうじゃな、ここの梅干しは絶品じゃ」


 ダニエラとマツがそろって話をするところなど、あまり見たことがないな。だが、この会話を見る限りではこの二人、意外にも気の合う関係だったのか。


 そんな平和な会話の中、この茶漬け屋にいた僕に、新たな報告がもたらされる。

 てっきり地球(アース)でも見つかったのかと思いきや、それは意外にも、我々がそれ以上に待ち望んだ報告だった。

 それは、あの白い艦隊のものと思われる、獣人を載せたカプセルを発見、回収したというものだ。

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