#91 新任務
『魔法少女と共闘してたらしいが、いつもより元気そうじゃないか』
第1艦隊総司令官であるこのジジイ……じゃなくてコールリッジ大将は、僕の顔を見るなり、こう切り出す。多分、皮肉も入っているのだろう。
「大将閣下、おかげでその地球1051は、狂気の道を逃れることができました。成果はあったかと思います」
『誰も責めてはおらんよ。しかしだ、魔女に魔法少女、合体ロボ、賜物持ち、女騎士、女海賊、落城の姫。貴官の周りには、奇抜な人物ばかりが集まるものだな。いつもながら、感心するよ』
いや、感心などしていないだろう。どちらかというと、呆れてるはずだ。そんなことを言うために、わざわざ直接通信などしてきたのだろうか?
『おっと、いかんいかん。肝心な新任務のことを話し忘れるところだった』
時々、この豪胆で狡猾なクソ親父……大将閣下が、道を外さないかと心配になることがある。今度も本題を忘れるところだった。
『ヤブミ少将に、総司令部からの命令を伝える。新たな任務に移るため、第8艦隊は一時、地球001へ帰投せよ』
「はっ! ですが、地球1051はどうなさるおつもりです?」
『すでに地球401に引き継ぎを依頼した。ひと通り引き継ぎを終えた後に、すぐ地球001へと戻れ』
「はっ、承知しました」
『それにしても、その星と地球1019へつながる航路が見つかってよかった。貴官にとっては悪夢の地球1019だが、我々にとっては地球1041までの道を、連盟宙域を通らずに行く手段を得られたことになる。これは連合にとっても意義のあることだ』
ああ、そういえば地球1019で僕は、殺されかけたからな。あれからまだ5か月も経っていないが、いろいろとありすぎたせいか、遠い昔のような気がする。
マツの故郷である地球1041だが、連合側からそこへ向かうには、連盟側の地球065の宙域を通過する必要がある。それが今度のワームホール帯発見により、連合側が直接アース1041へ辿り着くことができる。確かに、地球065の宙域通過は神経を使ったから、それはありがたいことでもある。
「ところで、先ほど新たな任務とおっしゃいましたが、どのような任務なのでしょうか?」
で、コールリッジ大将はまた話の本題を忘れかけている。僕のこの一言で思い出したらしく、こう返してきた。
『おお、それも危うく言い忘れるところだったな。その宙域からは今のところ、白い艦隊につながる未知のワームホール帯は見つかってはいないと聞いている』
「おっしゃる通りです、大将閣下」
『となれば、地球1050の宙域内にある、まだ未探索のワームホール帯へ出向き、その先の探索を行うべきだろう』
「ということは、再び地球1050へ向かえとおっしゃるので?」
『そう、そういうことだ』
コロコロと行き先を変えてしまうこの大将閣下には困ったものだが、ようやくこの星から離れ、地球001へ戻ることができる。それは朗報だろう。この命を受けて僕は、地球001へと戻る準備を進める。
「えっ、地球001へ戻るのですか、にゃん」
「戻るんですか、にゃん」
司令部内のブリーフィングにて、この話を明かす。そこで実感したのだが、ずっと旗艦オオスに置きっぱなしだったアマラ兵曹長と、ゴルゴン星人の代表として陛下から預かっていたイラーラ、いつの間にかすっかり仲良くなってしまった。いや、なり過ぎた。両者とも尻尾が生えてきた上に、イラーラはアマラ兵曹長の語尾まで伝染ってしまったぞ。どうしよう、皇女様より預かっていた侍女が、すっかり乱されてしまった。
この2匹……2人は、旗艦オオスの街中に出没しては、あちらこちらでマスコットキャラとして持て囃されている事が分かった。そういえば、ナゴヤのオオスでもチヤホヤされていたから、こちらでもそういうキャラを踏襲し続けているようだ。ちなみにこの2人は同棲しているらしい。
ああ、せっかくの人材が、この侍女と共に堕落してしまったぞ。もっとも、この状態でありながら、アマラ兵曹長はそつなく仕事はこなしているというから驚きだ。いや、むしろ効率が上がったとかどうとか。
さて、それからひと月ほどかけて、地球401艦隊の受け入れと、引き継ぎが開始される。目下の懸案はゴットランド共和国とシャイナ合同王国との間の亀裂だ。いくら瘴気による影響だとはいえ、いきなり布告なしに核ミサイルを打ち込んだ相手に不信感を抱かずにはいられない。瘴気はなくなったが、その影響はまだ残っている。
その辺りをのゴタゴタの後処理をフタバに任せていたが、その件を後任者に引き継ぎつつ、ようやくこの星を離れる目処が立った。が、この星からある人物が我々と同行することとなった。
「ダールストレーム中尉、入ります!」
彼は昇進し、中尉となった。我々との接触、そしてその後の怪異や小惑星での戦いでの貢献が評価されてのことだが、それはともかく、我々に深く関わったということで、軍から正式に派遣されてきた。
駐在武官という名目だが、その実態は地球001の調査だろう。我々の持つ最先端の技術情報をもたらすよう言われているのは明白だ。
彼自身、この旗艦オオスにて人型重機パイロットの訓練も受けている。それだけ我々と関わった人物だからこそ、ゴットランド軍が彼に決定したのだろう。ちなみに、指導官であるデネット少佐によれば、かなり筋はいいそうだ。
が、そこにもう一人、同行する者がいる。
ブリットマリー・ヘーグストランド改め、ブリットマリー・ダールストレーム。皆からは「マリー」と呼称されている人物だ。つまりだ、元・魔法少女までが、我々に同行することになった。ダールストレーム中尉の妻として。
「それじゃあマリー、元気でねぇ!」
「帰ってきたら、すぐに連絡するのですわよ!」
「分かった、連絡する。2人も、そしてロプトスも、元気で」
「大丈夫だよ、マリーが帰るまでには魔法少女を一人、増やしておくから」
「いるわけねえだろう、今さら魔法少女になろうってやつなんてよ!」
「そうですわ、瘴気がなくなった今、魔法少女なんかになりたがる人がいるんですの? やっぱりロプトスって、ただのバカだったんですわね」
「ぐはぁっ! いいーっ!」
残る2人の魔法少女と使い魔に見送られて、我々は地球001へと旅立った。
そして地球1019を経由し、ナゴヤの暦で西暦2493年9月1日、午前8時10分、我々は地球001へ到着する。
「……あれ、4人目は……?」
宇宙港ロビーでダルシアさんの出迎えを受けるのは、もはや慣例となりつつあるな。この人、どうやって僕の到着を知るんだろうか。
「なによ、その魔法少女ってのは!? 魔女じゃないの!?」
「だからよ、おっかあ。こいつは変身しねえと力出せねえから、魔女とは言わないんだよ」
「なによ、そのアニメみたいな設定は!?」
「えっ……この人、誰?」
などと言いながらも、いつも通り、宇宙港のレストランで娘いじりを始めるダルシアさん。二の腕をダルシアさんとレティシアにいじられて、困惑するマリー。要するにこの人は、僕が連れてきた他の星の娘を、ただいじり回したいだけじゃないのか?
「うわあ、魔法少女かぁ。変身する姿は一度、見たかったなぁ」
と、お義父さんのアキラさんがまた適当なことを言い出すが、これに関しては本心だろう。実際にそれを目にしたことのある僕は、それを目にしたいというお義父さんのこの気持ちが痛いほどよくわかる。
「なんだか、どんどん変わった人が増えてくるねぇ。ついこの間は合体ロボで、今度は魔法少女かい。どうしてカズキには、変わり者ばかりが寄り付くのかねぇ」
今回、珍しく母さんまで宇宙港にやってきた。どうやらダルシアさんに誘われたらしく、ついてきてしまったとのこと。で、コールリッジ大将と同じことを言い出す。
もっとも、母さんがやってきたのには他にも理由があって、身重のマツの面倒を見てもらうためでもある。オオスにいる間くらいはマツのことを、母さんにお願いしようと思う。
「カズキさん! 4人目はないからねっ!」
と、いつもの捨て台詞を吐いてヨコハマへと帰っていくダルシアさんとアキラさん。レティシアは手を振って見送る。
そして、その翌日。僕とレティシア、リーナ、マツ、そしてユリシアにエルネスティで揃ってオオスの商店街へと出かける。
ここ最近、子供らの相手をしてなかったからなぁ。少し子供らと関わろう、そう思っての外出だ。
「うむ、ちょっとあの匂いも苦手じゃな……」
マツは、どきどき商店街の飲食店から漏れ出る匂いに反応している。全てがダメというわけではなく、甘い香りであれば大丈夫とのこと。ただ、肉系の油っぽい匂いは今は受け付けないという。
「大変ですね、手を、貸します」
「おお、マリー殿、優しいな。どこぞのカズキ殿とは大違いじゃ」
そこにダールストレーム夫婦と合流し、マリーがマツの手を取る。このひと月ほどのうちに、マリーからあの刺々しさがなくなったように思う。マツが言う通り、優しくなったな。
「それにしても、このオオスというところは、この最先端の星の街にしては随分と古めかしいところですねぇ」
と述べるのは、ダールストレーム中尉だ。随分と失礼な物言いだな、歴史ある街だと言ってくれ。
「そういやあ、カズキ」
「なんだ、レティシア」
「今回は、飛ばさねえのかよ」
「そんなこと、するわけないだろう」
レティシアが言ってるのは、ヒペリオーンVのことだ。今度もオオス上空で合体させないのかと聞いている。が、あれを毎度毎度、やるわけにはいかない。
もちろん、オオス商店街からも要請はあった。それどころか、世界中の観光地から依頼が来ている。そのおかげで、軍からは二度とやるなと叱られてしまった。やりたくても、もう許可は降りないだろうな。
さて、そんな平穏なオオスの商店街だが、不意に事件は起こる。
「きゃぁーっ! ひったくり!」
叫び声の方に、目を移す。人混みに紛れて、女性のカバンをひったくる男の姿が目に飛び込む。男は身を屈めたまま、商店街を走り抜けようとする。
「おい、レティシア!」
「承知だ!」
リーナとレティシアが、そのひったくりに立ち向かおうとする。そういえば以前にも、似たような事があったな。が、男はこっちに来ない。細い路地の方に向きを変えて、そのまま逃げ切ろうとしているようだ。あいつ、オオスを知り尽くしたやつだな。予め逃げ道を確保していたようだ。
が、その時だ。僕のすぐ横で、眩い光が放たれる。
「トランスファ!」
金色の光を発して、一瞬、全身のラインをさらけ出す。かと思えば、あの白と赤、黄色の派手な魔法少女へと姿を変えた。
呆気にとられる僕。いや、周囲の人々も、いきなり現れたこのコスプレ風な姿に驚愕する。そんな人々の真上をジャンプし、裏の路地に入った犯人を追う。
慌てて僕らも追いかける。ちょうど路地の真ん中あたりで、ロッズがひったくり犯の腕をねじって押さえつけている。身体機能が強化された魔法少女が相手では、この男も敵うわけがない。
ひったくられたカバンは、元の持ち主に返される。そして犯人はその場にきた警官に引き渡された。
事件は解決し、結果、ロッズは注目を浴びることになる。だが、一つ大いなる疑問がある。
「マリー、じゃない、ロッズよ。一つ聞きたいのだが」
「なに」
「使い魔のロプトスがいないのに、どうして変身できるんだ?」
「私は長年、魔法少女やってた。だから、使い魔なしで変身できるの」
「な、なんだって!?」
「なに、悪い?」
というと、ロッズは再び光り始め、変身を解く。公衆の面前で、一瞬とはいえあの全身を曝け出してしまう。まるで気にする様子を見せないマリーだが、周囲はざわつき、驚きを隠せない。
が、なぜかこの直後に、商店街の中で拍手が沸き起こる。それはもちろん、事件を解決に導いたマリーへの賞賛の拍手。あまりこういうことに慣れていないと思われるマリーにとって、意外な反応だったのだろう。割れんばかりの拍手の音に、それまでクールだったマリーの頬が少し赤く染まる。いや、もしかするとこれは、変身シーンを見せてくれたことに対する感謝の方が大半じゃないか?
「行こう、ボリス」
「ああ、行こうかマリー」
やや恥ずかしそうな顔を見せる彼女は、夫であるダールストレーム中尉の腕にしがみつく。そしてそのまま2人揃って、大須観音の方へと進む。そんな2人には、あちらこちらの店から声がかかっているのが見える。うん、今日もオオスは平和だ。
そんな和やかなオオスを後にして、僕が再び地球1050星系へと出発することとなるのは、それから数日後のことであった。




