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#9 挑発

「ぼ……小官は地球(アース)001、第8艦隊司令官、ヤブミ少将と申します」

「トヨツギ家が一女、マツと申す」


 先に接触したデネット少佐からの報告では、この城の当主は家臣と共に出撃し、すでに亡くなっているという。で、今はこの目の前にいる姫様が当主を務めているのだという。城内に残された兵士はわずか1500人。一方で、外に陣取るトクナガ軍は総勢10万。最後の突撃を受けてるところにデネット機が降り立ち、まさに間一髪で落城を免れたと言う。

 見たところ、ここの兵器は日本刀に長槍、薙刀、火縄銃、そして大砲のようだ。まさしく僕の故郷の戦国時代末期とほぼ同じ技術と文化レベル。しかも、状況が「大坂夏の陣」とよく似ている。

 マツ殿の話によれば、このトヨツギ家は先代の当主がこの島国一体を統一し、天下人となったそうだ。が、年老いて息子にその当主の座を譲り、まもなく亡くなってしまう。

 が、その時から四人の大老の一人であったトクナガという武将が、天下人の地位を奪わんと蠢動し始める。で、トクナガ公の策略によりわずか数年でこのトヨツギ家の勢力は衰え、そしてこのオオヤマ城に追い詰められた。

 で、二代目の当主は家臣と共に、一か八かの夜襲に撃って出て返り討ちにあい、戦場にて討死。その知らせを受けて攻勢に出た向こうの軍がまさに襲いかかってきたところを、デネット少佐の人型重機が防いだ。

 これが、昨晩起きた出来事だ。ますます「大坂の陣」だな。

 そして今、この城の上空には20隻の駆逐艦がいる。


「……なるほど、父上殿が。それは心惜しいことだ。我らがもう少し早く、駆けつけておればな」

「いえ、済んだことを悔やんでも、それで父上が生き返ると言うわけではござらぬ。それよりも今は、生き残った我らがどうすべきかと」

「うむ、左様であるな。すでに怪我人の治療を始めておる。あの三の丸門とやらも、暫定的に修復が進んでおるし、何よりも人型重機が20体も展開している。今はゆっくりと休まれよ」


 うーん、普段は戦艦オオスの艦橋で手羽先や串カツをガツガツと食べ続けてばかりのリーナが、こう言う時だけはなぜか「皇女」らしく振る舞うのは、ギャップが大きすぎて脳がついていかない。まるで別人を相手にしているようだ。


 すでに日は昇り、城外に布陣する10万と言われる兵士らが見える。城の外側に広がる平野部に、大きく7つに分かれた集団があり、奥には20以上の層からなる縦深陣を引く大集団がある。あれの後方にあるのがおそらく、本陣なのだろう。

 この戦さに関わってしまった以上、この両者を説得して和解させなければならない。しかし、どうやってあの本陣に向かう? 哨戒機か駆逐艦で向かえば、不必要に恐怖を与えかねない。それ以上に、あちらの人物の素性が知れない。

 こういう時、頼れるのはフタバだが……いや、相手は武人だ。刀を持っている。そんなところにフタバを送り出したら、真っ先に殺されるか、捕らえられてしまう。ここは我々、軍人がまず出るべきであろう。

 それ以上に問題なのは、こちらの姫様だな。我々が行うべきは、この城の外と内両方の軍を和解させること。さて、どうやってその和解の話を切り出そうか? こちらは刺し違えてでも、外の連中に屈するつもりはないと言っている。死を覚悟した相手の説得ほど、厄介なことはない。あちらが魔物であれば容赦なく殲滅してやるんだが、人である以上、そうはいかない。さて、どう説得したものか……


「おい、カズキ殿、どうしたのか?」

「あ、いや、これからどうしたものかと考えていて……」

「どうするも何も、まずは傷病者の手当、飢えた兵士らへの施しであろう」

「それはそうだな。今、ブルンベルヘン少佐に、医療品と食糧の手配を頼んだところだ。軍医も数人、城内に配備した」

「うむ、さすがであるな」


 なんだか、この場をリーナが仕切っているような雰囲気だ。皇女としての風格がそうさせているんだろうが、一応、僕が司令官なんだけどなぁ。


「失礼いたします!」


 と、その場に士官が一人、現れる。士官は敬礼し、僕は返礼で応え、尋ねる。


「どうした?」

「はっ! 提督宛てに、エルナンデス准将より通信が入っております」

「准将が? で、なんだと」

「いつまで司令官が地上にのさばっているんだ! とのことです」


 あの反抗期真っ盛りな戦隊長め、任務は与えているのだから、緊急事態でもない限り、通信は不要だろう。それを横で聞いていたリーナが、僕にこう告げる。


「カズキ殿、ここは一旦、0001号艦に戻るのが良いのではないか?」

「ああ、リーナ。だけどなぁ……」

「私のことなら、心配はいらぬ。戦場には慣れている。これ以降のことは、任されよ」


 と、リーナが言うので、僕は彼女に地上のことを任せることにする。

 外の軍勢は、こちらの艦艇を見て怖気づいたのか、接近しようとすらしない。これならば当面は、ここも安泰だろう。何か起これば、地上に待機させている人型重機隊、哨戒機隊が行動を起こす。上空にいる駆逐艦20隻を使って何らかの圧力をかけてやれば、やつらは手出しもできない。

 相手が動かぬうちに、まずは城内の兵士らの怪我の治療だ。それと食料の供給。交渉は、その後でもいいだろう。


「それじゃリーナ、何かあったらすぐに連絡せよ」

「承知した。では、レティシアとエルネスティにもよろしく伝えてくれ」


 と、リーナは敬礼する。僕もそれに、返礼で応える。そして僕は、この本丸を出た。


◇◇◇


「遠慮いたすな、これは美味いぞ!」


 リーナ殿がそう申すので、(わらわ)は恐る恐るその不可思議なる「食物」に手を伸ばす。見たこともない器にお湯が注がれ、中には薄黄色の太い木綿糸のようなものが浮かんでおる。

 渡されたのは、漆も塗らぬ粗末なる竹の箸。その器の中は温かく、異国の香辛料のような香りを漂わせている。その竹の箸にて、中に浮かぶ木綿糸をつまみ上げる。

 リーナ殿はすでに箸でそれをすくい上げ、ズルズルと音を立てて豪快にすすっておる。何とも品のない姿であるが、これがこの食物の作法なのであろう。(わらわ)もそれを箸ですくい上げ、口に入れる。

 ……見た目では考えられぬほど、柔らかい。木綿糸というよりは、うどんの類いに近いと見える。ここしばらくは、(わらわ)も食事が喉を通らなんだ。いや、そもそもこの城にはほとんど、糧の貯えが残っておらぬ。

 何日ぶりの温かな食事であろうか。このところは、(わらわ)も城兵も、干し(いい)を水で戻したものを食らうておった。それに比べれば、この食べ物のなんと芳醇で深い味であることか。


「リーナ殿……これはなんという食べ物であるか?」

「うむ、これはカップラーメンと申すもの。お湯で戻し、すぐに食べられるという非常に便利な食べ物であるな」


 兵らも、(わらわ)と同じこのカップラーメンと申す食べ物を食べておる。城外からの襲撃の恐れもなく、しかも温かな食事。兵達の顔にも笑顔が見える。

 にしても、リーナ殿よ。先ほどから見ておるが、この者は一体、何杯のカップラーメンを食べておるのじゃ? 猛烈なる勢いでズルズルと飲み込むと、空になった器を脇に置いては、用意された別のカップラーメンに手をつける。なんという豪快なる食べっぷり。しかしこの女子(おなご)、やや食べ過ぎではないのか?


「ところで、マツ殿よ」

「な、なんであろうか?」


 いかんいかん、そんな食べっぷりに見とれておったら、急に食事を止めたリーナ殿に声をかけられる。


「そなたには一つ、申し上げねばならぬことがある」

「なんじゃ、改まって」

「いや、この先、避けては通れぬ話であるからな。落ち着いたところで、そなたには話しておかねばならぬ、と思ってな」

「はぁ……して、その話とは?」

「うむ、つまり、外にいる10万の軍勢を率いている将軍と和睦せねばならぬ、ということだ」


 それを聞いた途端、(わらわ)に戦慄が走る。先にそれを口にしたのは、カツモトだ。


「リーナ殿! 何を申す! あのトクナガと和睦せよと申されるのか!」


 が、リーナ殿はカツモトのこの恫喝に屈することなく、こう応える。


「カツモト殿よ。ならば聞くが、我らが何のためにここに来たと思っておるのか?」


 すると、カツモトは黙り込む。むしろこれは、我らこそが問いたいことであって、リーナ殿自らがそれを尋ねるのは筋違いであるからだ。そのカツモトの様子を見て、言葉を続けるリーナ殿。


「もしもそなたらの前に、あの10万もの兵を率いるトクナガ殿ですら敵わぬ相手が現れて、あの軍を襲ったとする。そのような敵を前にして、そなたらはどうなされるか?」

「……その問いかけの、真意が分からぬ。なにゆえそのようなことを聞かれるのか?」

「ではもう少し、言葉を変えよう。今、この上空に浮かんでおる20の駆逐艦、その先につけられた砲は、たった一発で目の前のトクナガ軍をすべて消滅できるだけの威力を持っておる。その威力をもってしても敵わぬ敵が現れたとすれば、そなたらはどうするかと聞いている」


 途方もない話を始めたリーナ殿。我らが答えに窮していると、リーナ殿はさらに続ける。


「つまりだ、このようなところで些末な争いなどしている場合ではなくなる、ということだ。外にいるトクナガの軍どころか、海を越えた大陸や島々にいる民とも強調し、これに対抗せねばならない」

「……つまりリーナ殿は、そのような敵がいると?」

「そうだ。我らはそれを追ううちに、この星を見つけた。そして、そなたらを助けた」


 途方もない話だ。今、空に浮かんでおる駆逐艦と申す灰色の岩砦のようなあの船が持つのは、なんと10万の兵を一撃のもとに粉砕する恐ろしき武器であると言われる。あの大砲の比ではない。しかもそのようなものが、20も浮かんでおる。

 だが、その砲を持つ船ですら敵わぬ敵を前にすれば、我らとてトクナガ公とも手を結ばざるを得なくなるであろう。とはいえ、我らにはあのような空に浮かぶ船に、対抗する術を持たぬ。


「ではリーナ殿よ、そなたは我らに、どのようにいたせと申される?」

「簡単だ。我々が、そなたらにあの空に浮かぶ船とその武器を供与する。その上で、そなたらには宇宙から来る外敵に備えてもらう」

「な、なんじゃと!? あの船を、我らに渡すというのか!」


 突拍子もない話が飛び出す。リーナ殿は我らに、あの船を渡すなどと言い始めたのだ。


「無論、あの船をそのまま渡すというわけではない。が、作り方や使い方、戦い方をそなたらに伝授する。そういうことだ」


 もしもあの船が一隻でも我らが元にあれば、トクナガの軍勢など一撃で粉砕できる。いや、そのようなものが20も集まってようやく対抗しうるその外敵とやらに備えるには、確かに我らだけでは足りぬ。


「ところでマツ殿よ、あの船一隻に、どれくらいの人員が必要か、分かるか?」

「うむ……船一隻となれば、我らの常識なれば数十は下るまい」

「左様、あの船には、一隻当たり100人は必要である」

「と、言うことは、20の船には2000の兵がいると?」

「そうだ。だが、船は20ではとても足りぬ」

「20で足りぬとは……ならば一体、どれくらいあれば足りるというのか?」

「1万だ」


 とてつもない数が、リーナ殿の口から告げられた。20どころではない、1万と申した。いや待て、1万の船がいるということは……それに必要な兵の数は、100万を超えるではないか。


「これで分かったであろう。トクナガと申す将軍と戦い、いたずらに兵の数を減らしている場合ではないということを」

「う、うむ……」

「これはトクナガ殿も同じだ。この事実を知れば、彼らとて戦さどころではないことを悟るであろう。今は一人でも多くの兵が必要であり、新たなる戦いに備えなければならない、と」


 リーナ殿のこの途方もない話を伺い、私はただ茫然とするしかない。が、カツモトがさらにリーナ殿に問い詰める。


「リーナ殿よ! そなたの言う通りではあるが、それが真である証拠はあるのか!?」


 このカツモトの問いに、リーナ殿はゆっくり応える。


「では聞くが、なぜ我らはそなたらをはるかに上回る力を持ちながら、そなたらを滅ぼそうとしないのか? その理由を、そなたらはなんと考える?」

「いや、それは……」

「簡単だ。今言ったことが真実であり、我らとてそなたらを力で圧殺している場合ではない、ということだ。それが、この話が真実であるという証拠である」


 言われてみれば、あの人型重機と申す武具を我らに向ければ、我らなどひとたまりもない。無論、トクナガの軍勢などあっという間に蹴散らされるであろう。

 にもかかわらず、こやつらは我らを生かし、それどころか食物までふるまう。それだけ、人を欲しているということの証左でもあるな。


「と、いうことだ。我々はこの戦さを収め、そなたらの命を救い、その先に控える戦いに備えようと考えている。まさに私の星も、そのようにして軍備を整えつつあるのだ」

「リーナ殿よ、ということはもしや、そなたはあのヤブミ殿とは違う星の生まれと申すのか?」

「左様、私はカズキ殿とは違う星の出身。我が故郷もまさに今、あの空に浮かぶ船をそろえて、外敵との戦いに備えているところだ」


 てっきりリーナ殿は、先ほどのヤブミ殿と同じところから来たものかと思って居った。が、どうやら違うらしい。言われてみればこやつだけは、他の者と雰囲気が違う。


「私もカズキ殿に命救われ、そして皇帝陛下の命により、カズキ殿の妻となった。偉そうに話しているが、私にはあの空に浮かぶ船の作り方など、まるで心得がない」


 などと言いながら、またあのカップラーメンを一つ手に取り、それをズルズルと食べ始める。実に品のない、しかし豪快な女子(おなご)だ。だが、この女子(おなご)の申すことは本当なのであろう。(わらわ)にはそう、感じずにはいられない。

 途方もない話を聞かされ、途方もない食欲を見せつけるリーナ殿を前に、我らが唖然としているその時、突如、城外から声が響く。


「我はイデ家当主、マサノブなり!」


 (わらわ)はカップラーメンの箸を止める。あれは三の丸そばに押し寄せた大軍の将、イデ殿の声のようだ。


「……なんだ?」


 その声を聞いて、リーナ殿が振り向く。城外のその声は、続ける。


「当主が討ち死にし、すでに勝ち目の無い戦さを前にしながら、この期に及んで怪しげな術式にて得体の知れぬ化物を呼び寄せ保身を図るなど、トヨツギの姫は『化物姫』か!」


 その声を合図に、一斉に笑い声を上げるイデ軍の2万の兵士達。

 突如浴びせられた、(わらわ)への嘲笑と侮辱の言葉。あれはおそらく、我らに対する挑発であろう。こちらに得体の知れぬ者が味方し手出しできぬが、トクナガ公の手前、恐れ慄くわけにもいかぬ。それゆえに我らを挑発し、逆上させることで、事態の打開を図ろうと考えたイデの策略であろう。

 にしても、酷い言い様である。(わらわ)を化物呼ばわりとは、なんという品性のない悪口(あっこう)であるか。

 が、それを聞いたリーナ殿が、立ち上がる。


「なんという連中だ。看過できぬな」


 そういうとリーナ殿は、本丸の外に向かう。


「リーナ殿、何をなされるというのか!?」


 (わらわ)も立ち上がり、リーナ殿の後を追う。


「決まっている。一言、文句を言ってやるのだ。おい、デネット殿!」


 本丸の外には、(わらわ)と最初に接したデネット殿と、そやつの操る人型重機がある。そのデネット殿に、リーナ殿はこう告げる。


「なんでしょう、リーナ殿」

「デネット殿よ、この重機に拡声器はあるか?」

「あるにはありますけど……って、まさかリーナ殿、今のあれに応えるつもりです?」

「当然だ! なんと愚劣なる輩が、好き放題言いおって……あそこまで言われて、黙ってはおれぬであろう!」


 と言いながら、リーナ殿は人型重機に向かう。

 そして、なにかを手に握ると、高らかに笑うあの軍勢に向かってリーナ殿は叫ぶ。


『私は地球(アース)1019、フィルディランド皇国の皇女、リーナ・グロディウス・フィルディランドである!』


 およそ人の声とは思えぬほどの大音響。おそらくあれは、人の声を大きくする仕掛けを使っているのであろう。2万もの兵士の笑いをかき消し、リーナ殿の声を響かせる。


『このオオヤマ城の兵士達、およびそなたらは国と名誉のためにその命を投げ打つ覚悟で戦ってきた! たとえ敵味方別れていても、戦う相手を敬うのは戦場において当然の礼儀であろう! そなたらは10万という数に驕り、礼節すらも忘れたか!』


 なんという正論であろうか。これを受けて、それまで高笑いしていたあの2万の兵が、一瞬にして静まり返る。よほど返す言葉がなかったのか、返答は返ってこなかった。


「……黙りましたね」

「うむ、静かになったな」


 デネット殿とリーナ殿が、そう言葉を交わす。そしてリーナ殿は、(わらわ)の方を向く。


「マツ殿よ!」

「な、なんじゃ!」

「しばしの間、2人だけになれるところはないか?」


 いきなりリーナ殿は、(わらわ)にそのような提案をする。


「天守の(ふもと)なれば」

「うむ、そこへ向かいたい。私とマツ殿だけで」


 突然、どうしたのであろうか? ともかく(わらわ)はリーナ殿を天守の麓の、人気の少ない場所へと案内する。

 なにやら、不穏な気がする。いきなり二人だけになりたいと申すリーナ殿の意図が読めぬ。(わらわ)とリーナ殿は天守の作る影の元に立ち、向かい合う。

 姿は見えぬが、(わらわ)の後ろにはカツモトが控えている。あやつも怪しいと感じたのであろう。いざリーナ殿が豹変し、(わらわ)に襲い掛かるとなれば、カツモトが差し違える覚悟で(わらわ)の身を守ろうとするつもりである。

 そして、そのような状況でリーナ殿は口を開く。


「城外の悪口に、いちいち気を使う必要はない。やつらはただ、トクナガと申す将軍の手前、事態打開のため虚勢を張っているだけだ」

「そのようなこと、言われなくとも分かっておる」


 なんだ、まさかそれだけのことを告げるために、わざわざ(わらわ)と2人きりになったと申すか? だがリーナ殿はさらに続ける。


「それ以上に、気がかりなことがある」

「気がかり、とは?」

「そなたのことだ」

(わらわ)の何が、気がかりと申すか?」

「昨晩の戦いで、父上を亡くされたと申しておった。今、そなたは兵の手前、心を殺して虚勢を張っておるのではないのか?」

「どういうことじゃ?」

「どうもこうもない、そのままを言ったまでだ」


 リーナ殿よ、何を言い出すかと思えば、(わらわ)が虚勢を張っている? 何が言いたいのだ。


「マツ殿よ、父上を亡くすことがどれほど深い悲しみであるか、私には分かっているつもりだ。私にも父上がおり、しかも私は今や人の親でもある。それゆえに父上との不本意な別れを悲しむ気持ち、私にすらよく分かる」


 こうリーナ殿から告げられた途端、急に私の心の内に、父上の顔が思い浮かぶ。

 先代がお元気なころ、(わらわ)は父上と先代と共に花見に出かけたことがある。政務に追われて険しい顔の父上が、この時ばかりは穏やかな顔であったことを覚えておる。

 そして、トクナガ公挙兵の報を受けて、憤慨する父上の顔。昨晩の出陣前に、(わらわ)の手を握りながら別れを告げる父上の手。

 急に父上の姿が、私の頭の中を駆け巡る。その心の中に現れた父上の姿に、(わらわ)は思わず、涙する。

 ああ、現世ではもう二度と会えない父上、(わらわ)はこうして生き延び、悪口(あっこう)を浴びることができるが、父上はすでに遠くにあって会うことも叶わぬ。


「う……うう……」


 とめどなく涙がぼろぼろと零れ落ちる。そんな(わらわ)を、そっと抱き寄せるリーナ殿。


「今のうちに、心の中にあるものを吐き出しておけ。大丈夫だ、ここには今、私しかおらぬ」


 そう告げるリーナ殿の胸に、私は顔をうずめて泣いた。心の奥に封じ込めていた感情が、一気に漏れ出した。それを受け止めるリーナ殿。

 半刻ほどであろうか、(わらわ)はリーナ殿の胸でしばらく、嗚咽していた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] リーナさん、いい女や(´;ω;`) マツさん、男前なリーナに惚れたりして(^_^;) [気になる点] 異星の人から見てもリーナさんは大食いなんですね(笑) マツさんも可能性あり? カズキ…
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