#88 迷宮
想像以上にそこは、堅固な場所だった。
「準惑星を中心に、その周辺をおよそ300もの戦闘衛星が周回しております。また、一際大きい小惑星があり、その周辺を黒い艦隊が固めております。その数、およそ2500」
「その黒い艦隊は生きているのか?」
「はい。我々の接近と同時に砲撃をしかけてきました」
「そうか、厄介だな」
「ですが、戦闘衛星の方は、その多くが機能しておりません。いくつかは生きてますが、さほど障害にはならないレベルです」
「と、なれば、あの黒い艦隊のみが障害ということになるな」
到着と同時に、メルシエ准将から報告を受ける。准将によれば、瘴気を発生させているのはその黒い艦隊に守備されているその小惑星だという。
「その小惑星について、何か分かったことはあるのか?」
「いえ、なにも。接近を試みると黒色艦隊からの猛烈な砲撃に阻まれるため、接近もままなりません」
「准将、思うに、小惑星など砲撃にて軌道を変えて、準惑星に叩き落とせば良いのではないか?」
「それはすでに試しました。が、強烈な防御手段があるようで、砲撃が通用しないのです。裏側は手薄なようなので、準惑星側から接近を試みたものの、やはり黒色艦隊に阻まれる。まともに接近するのは、およそ不可能です」
「ならば、特殊砲撃により一気にあの黒い艦隊を殲滅するしかないか?」
「いえ、提督、それでは背後のワームホール帯を消失する恐れがあります。なので小官は、艦隊による陽動と、それに乗じて強襲艦による小惑星接近による破壊工作を行うべきと考えます」
メルシエ准将ほどの洞察力を持つ人物が、奇襲攻撃しかないと進言する。事前にいろいろと試したようだが、どうやらメルシエ隊だけでは無理だったようだ。
ということで、作戦会議が始まる。その場には魔法少女3人に、元・魔法少女、巡査部長殿、ダールストレーム少尉も同席する。
あれ、そういえばどうしてオースブリンク巡査部長までついてきた? 軍事作戦だから、警察官の職務ではないと思うが。
「私も私の妻も、魔法少女の行く末を見守るべき義務があります。ぜひ、参加させてください」
というので同席を許したけど、正直言って、あまり役に立つ気がしないなぁ。せいぜい、魔法少女の心のケアを担当できる、という程度か。
「と、いうことで、強襲艦にてあの艦隊を突破し、バリア障壁のない後方へと回り込みます。しかるのちに、小惑星へと取りつき、軌道変更のための爆破工作を実施いたします」
ヴァルモーテン少佐から、作戦の概要が語られる。なお、この作戦は工作任務であるため、人型重機によって行われる。一隻の強襲艦に人型重機20機。それが核融合爆弾20個を仕掛け、あの小惑星の軌道を変えて準惑星に叩き落とす。これが、作戦の概要だ。
だが、この作戦に魔法少女を乗せるべきだと主張する者がいる。マリカ少佐だ。
「ええとですね、いくらゴルゴンゾーラ少佐の進言でも、それはちょっと受け入れられませんね」
「あらあら、フランクフルトの分際で、案外お堅いんですわね、その脳みそは」
「ぐはぁっ! いいっ!」
またあの二人が毒舌合戦を始めてしまった。悶絶する使い魔はほっといて、一応はマリカ少佐の意見も聞いておこうか。
「マリカ少佐、貴官がわざわざ魔法少女らを乗せるべきと進言する、その理由を教えてはもらえないか?」
「簡単です。相手はあの瘴気を吐き出す物体ですよ。あれに対処できる武器は、我々のバリア粒子と、魔法少女らの魔法くらいなのでしょう。ならば、万一に備えて選択肢は増やしておくべきと考えます」
それに加えて、レティシアとリーナの魔力も有効ではあるのだが……いや、あの二人は旗艦オオスに置いてきた。魔法に頼るとすれば、今は魔法少女の力しかない。
「ですが、ここは宇宙空間ですよ。地上戦に特化した魔法少女が、どうやって真空中で戦うのですか?」
「ああ、もう、そんな事は行ってみてから考えればいいことでしょう!」
「作戦参謀としては、そんな無根拠な策を採用すべきとは思えません。ここは魔法少女抜きでお願いします」
ヴァルモーテン少佐のいう事は尤もだ。しかも魔法少女といえど、3人とも未成年の娘に過ぎない。とても軍事作戦などに参加させていいはずがない。だから通常の指揮官ならば、ヴァルモーテン少佐の意見を採用すべきところだろう。が、僕はこう決断する。
「マリカ少佐の進言を採用する。ここは、不測の事態に備えるべきだろう」
あとで考えると、どうしてこんな無謀な決断をしたのかは分からない。直感、とでも言えばいいだろうか。僕には時々、こういうことがある。
が、この時、さらに僕は非合理的な決断をしてしまう。
「少将閣下、僕も参加させてはいただけませんか!?」
その時、強襲艦への乗艦を申し出たのは、ダールストレーム少尉だ。彼はただのパイロットに過ぎず、魔法少女よりもさらに役に立てるとは考えられない。が、僕はその時、こう答える。
「承知した。少尉の参加も許可する」
これもまた、どうしてそう決めてしまったのか、今となっては分からない。だが、面白いもので、この決断がその後の作戦の成否を大きく左右することとなった。自分の直感が、恐ろしい。
「では30分後に、作戦を開始する。第8艦隊全艦で黒い艦隊に砲撃を加える。その混戦に紛れて、強襲艦を突入させる。各員、直ちに作戦準備となせ。以上だ」
全員立ち上がり、敬礼する。魔法少女らも、雰囲気で思わず敬礼してしまう。僕は返礼で応える。
どうしてここに黒い艦隊がいるのかは、全くもって不明だ。が、ともかく今はあの瘴気の源泉を破壊し、この星域に安穏をもたらすことが最優先だ。
◇◇◇
『砲撃開始! 撃ちーかた始め!』
無線で、砲撃開始の合図が伝えられる。青白いビームの光が、この真っ黒な宇宙空間を照らす。今、僕は強襲艦と呼ばれる一回り小型の宇宙船に乗り換え、あの小惑星を目指すこととなった。
「うわぁ、とんでもない数の光だよ」
「あ、あれに触れてしまったら、どうなるのかしら?」
窓の外を眺めつつ、イーダとモニカの2人は戦々恐々とその戦いぶりを眺めている。が、我々はこれから、あれの中に飛び込むことになる。
一方のマリーは落ち着いたものだ。7年もの間、魔法少女をしているというから、肝の座り具合、面構えが他の2人とは違う。
そして、あの両者が戦いを始めた直後、この艦に発進命令が下る。
『作戦の第2段階に入る。強襲艦1番艦、直ちに発進せよ』
無線から入った指示を受けて、強襲艦は発進する。その向かう先は、あのビームの雨が降り注ぐ戦場の、真っ只中だ。
窓のすぐそばには、ウィスビー市内を流れる河川、ウィスビー川ほどの太さの青白い閃光が横切る。僕も一瞬、そのビームの光に慄くが、そこは軍人である以上、なんとか耐える。
「ひえええぇっ!」
「きゃああぁですわ!」
他の二人が叫び声を上げる中、僕のすぐ傍に立つこのリーダー格の魔法少女は、叫び声ひとつあげずにじっと窓の外を見つめる。これから起こるであろう戦いに、思いを馳せているのだろうか?
が、その時だ。艦橋内の一人が叫ぶ。
「直撃、来ます!」
「バリア防御、急げ!」
艦長がすぐさま、指示を出す。その直後、窓の外は真っ白に変わり、グラインダーで金属片を削るような不快音が艦内に鳴り響く。
「きゃあっ!」
さすがのマリーも、耐えられなかったようだ。また僕の腕にしがみつく。二つの膨らみの感触が、僕の二の腕のあたりにある。
「ダメージコントロール! 被害状況を知らせよ」
『機関部、問題なし』
『艦内気圧正常、損傷なし』
「よし、進路そのまま、全速前進して黒い艦隊を突破し、あの小惑星に飛び込むぞ!」
機関音が響き渡る。どうやらこのゴゴゴッという音が苦手らしく、リーダー格の魔法少女とあろう者が、僕の腕にしがみついたまま離れようとしない。一方の他の2人の魔法少女は、互いに抱き合っている。
やがて、艦隊を突破したようで、急に青白い光が見えなくなる。遠くでは相変わらずあの砲撃が繰り返されているが、我々の周りにはもはや、あの河川ほどのビーム光は存在しない。
代わりに、ゴツゴツとした大きな岩の塊が見えてきた。やや黒っぽい土壌のその岩の表面にはたくさんのクレーターが存在するが、その内側の影が近くで行われている砲撃戦の青白い光によって、少し青っぽい色で照らされている。
それはまさに、あの瘴気の元とされる小惑星だ。僕ら人類は、地球以外の天体を訪れた事はない。近くの月ですら、まだ到達していない。にもかかわらず、僕らはそれらを飛び越え、この名もない天体までやってきた。
手に届きそうなところにある天体だが、この強襲艦はその周りをぐるりと周回し、裏側へと回る。ごつごつとした岩肌が続くその天体の表面をなぞるように進むこの宇宙船。
「ちょ、ちょっと、なにやってんのよ!」
と、ここでようやく我に返った魔法少女が、僕の腕を突き放す。いや、だから僕は何もしていない。勝手につかんで、勝手に放り投げているのはお前だろう。その様子を、2人の魔法少女がにやにやとしながら見ている。
さて、裏側へと回ってきた強襲艦は、この小惑星表面に接近する。高度にして、およそ500ヤーデというところか。これだけ近いと、あの岩肌の表面がよく見える。
岩石ばかりと思っていたが、細かい砂状の土壌も見える。当然、植物などはなく、ただ死の世界が広がっている。我々など、生身で飛び出せば一瞬とて生きられない。そんな世界だ。
「垂直射出装置(VLS)解放、重機隊、全機発進せよ!」
と、目の前に並ぶたくさんのハッチが一斉に開く。中からは、多くの人型重機が射出される。それらは弧を描きながら集結し、そして小惑星表面へと向かう。
『テバサキより各機、所定の地点に到着し次第、直ちに核融合弾を設置する』
無線からは、あのデネット少佐という重機隊のリーダーが指示を出しているのが聞こえる。それを見た僕は、ふと思う。
この先は、もう宇宙時代に入る。となれば、我が国の最新鋭機であるグリーネホークなど、あっという間に旧式化するだろう。その時僕は、どうするべきか?
操縦士の腕を活かすならば、あの人型重機のパイロットを目指すのも悪くはないな。あの万能機ならば、活躍する場を得そうだ。
などと考えていると、あっという間にその重機隊は小惑星表面に取りつき、そして爆弾を仕掛け終える。
「カウントダウン。10……9……8……」
実に、あっけない戦いだったな。あとは爆弾を起爆するのみだ。その衝撃により、この小惑星は軌道を外れて落下を始め、やがて準惑星に衝突する。
その最後の時が、刻一刻と迫っていた。
「3……2……1……今! 起爆開始!」
カウントダウンが終わり、起爆が開始される……はずなのだが、何も起こらない。
『テバサキより一番艦! 起爆しないぞ、どうなっている!?』
「一番艦よりテバサキ! 起動スイッチを押しているが、起爆しないか!?」
『小惑星表面に変化なし!』
どういうわけか、仕掛けた爆弾が起爆しないらしい。何度か起爆を繰り返しては確認するというやりとりが、両者の間で続く。
『やむを得ない、直接、ビーム攻撃にて起爆させる!』
とうとうデネット少佐が、直接攻撃により起爆させようと言い出す。が、その直後に、信じがたい通信が入ってくる。
『な、なんてことだ……ビーム兵器、使用不能!』
今度はビームが出ないと言い出した。あらゆる攻撃が、封じられてしまう。それを見ていたあの使い魔のロプトスが、こう呟く。
「ああ、やっぱりね」
まるでこうなることを分かっていたような口ぶりだな。それを聞いた艦長が、使い魔に尋ねる。
「使い魔殿には何か、思い当たる節でもあるのか?」
「うん、あるよ。きっとあれは、瘴気のせいだ」
「瘴気といわれても……特に何も見えないようだが」
「いや、かなり濃い負のエネルギーが、この岩の塊の表面を覆っているんだよ」
淡々と述べる使い魔だが、つまりそれは、その負のエネルギーによってあらゆる兵器が封じられているということになる。ということは、なすすべがない、と言っているようなものじゃないか。
「まさか、それを除かなければ、我々はこのミッションを達成できないと?」
「そうだね。この小惑星のどこかに、その強烈な瘴気を出しているやつがいるね。それを倒さない限りは、君たちの武器は使えないね」
「ちょっと待て、それではどうすれば良いのか?」
「簡単だよ。魔法少女を使うんだ」
と、使い魔はそう言い出すが、それのどこが簡単な話なんだ? ここは地上とは違い、空気もない死の世界だぞ。宇宙服なしでは生きられない場所で、果たして魔法少女は戦えるのか?
艦橋内が、一気に静寂する。この使い魔の進言を、どう実行に移すべきか。この場所で判断できる者がいない。
が、ある一人の報告が、事態を動かす。
「小惑星表面の組成を分析しました。気圧は1012ヘクトパスカル、酸素濃度30パーセント、気温18度。どういうわけか、生命の生存可能条件を満たしております」
「な、なんだと!? ほとんど地上と変わらんじゃないか! もう一度、チェックせよ!」
「はっ!」
僕もさすがに耳を疑った。ここは宇宙空間だ。しかも、小型の天体。どう考えてもあり得ない。
だが、デネット少佐がその場に降り立つ。そして実際に降り立ち、それが事実であることを確認する。
『こちらデネット少佐。今、船外服のヘルメットを外してみた。確かに、空気が存在する』
まるで我々に、降りてこいと言わんばかりの環境が用意されていた。それを受けて、この強襲艦は小惑星の表面に降りる。
「……気味が悪いな」
図らずも僕は、自分の星で初めて別の天体に降り立った人間になってしまった。小銃を片手に、この細かな砂の大地を踏み締める。
「なんにも、ないじゃない」
その背後から、3人の魔法少女と使い魔がついてくる。灰色の大地がただただ続く場所に、僕らは向かうべき目標を見失っていた。
降り立ったはいいが、どうすればいいんだ?
「こっちだよ」
ところがだ、あの使い魔がふわふわと、ある場所を目指している。僕らはその使い魔の後を追う。
しばらく歩くと、突き出した岩が見えてきた。それは10ヤーデほどの高さの岩だが、そこには大きな穴が開いている。
「なに、ここは?」
「この奥から、何かを感じるんだ」
「感じるって、何を」
「この岩の塊を操ってる、何かだよ」
この使い魔の一言を聞いて、マリーは突然叫ぶ。
「トランスファ!」
目の前で、彼女の服が弾ける。一瞬、光の中で自身の身体を曝け出したかと思えば、あっという間に魔法少女へと変身する。
「ちょっと、ロッズ!」
「こんなところで、変身するんですの!?」
ところが、他の2人を置いて先に走り出すマリー。使い魔も、それに続く。
「仕方ありませんわね。トランスファですの!」
「と、トランスファ!」
残りの2人も変身し、岩に開いた穴に飛び込んでいく。僕も、その後を追う。
「軍人さん、あんたはついてこなくていいよ!」
「そうですわ、足手まといです!」
魔法少女というのは、身体能力が強化される。だから、脚力が異常なほどある。常人にはとても追いつけない。
ところがだ、穴の奥に続く通路を走ると、その3人に追いついてしまった。いや正確には、その3人が立ちすくんでいた。
そして目の前には、2つの穴が開いている。
「ロプトス、どちらに進めばいいんですの!?」
「そうだよ、どっちだよ!」
「うーん、分かんないなぁ」
そんなやりとりをしているところに、僕は追いついてしまった。肝心の使い魔が、どちらが正解か見当がつかないと言っている。
「そうだ、2つに分かれて、手分けして進もう。ブリューとギュルは右、そしてそこの軍人さんとロッズが左だ」
「はぁ!?」
「ちょっと、ロプトス! 何言ってんだよ!」
「何かあったら、すぐに知らせてね。それじゃ、いってらっしゃい」
この期に及んで、なんて能天気な使い魔だ。僕はといえば、マリーと共に行けと勝手に決められてしまう。だが、マリーはといえば僕のことなど構わず、さっさと左の通路に飛び込んでいく。
「ちょ、ちょっと待って!」
「足手まといよ、ついてこないで!」
そう言いながら、すごい勢いで奥へと進むマリー。僕はとても追いつけない。
やはり、生身の身体で追いつこうなどと考えるのが無理というものか。120ヤーデのビルの天辺にすら跳躍できる魔法少女の身体能力と比べたら、いくら軍事訓練で身体を鍛えた僕であっても、その桁違いの力には及ばない。
どれくらい走っただろうか。突然、奥の方から叫び声が聞こえる。
「きゃあああっ!」
マリーの声だ。只事ではないその悲鳴を聞き、僕は急いで向かう。
狭い入り組んだ通路の先に、少し広い空間が広がっている。その部屋に入ると、僕は恐ろしい光景を目にする。
巨大な黒い影、まさに怪異が、両腕を押し当てている。
その前には、白地に赤い襟、黄色のリボンをつけた服の魔法少女マリーが、その怪異の両腕をあの細い腕で押し返している姿があった。