#87 外縁
メルシエ准将らしい着眼点による報告が、もたらされる。
メルシエ准将が、この星系の特異性に気づいたのは、ここに到達した直後からだという。
『普通の星系には絶対にあるはずのものが、ここには見当たらないのです』
『見当たらない? 何がだ』
『ガス惑星です。普通の星系にあるはずのガス惑星が見当たらないので、何かあると調査していたのです。すると、気になる準惑星を発見しました』
随分と奇妙なところに目をつけるものだ。メルシエ准将がその特異性に気づき、さらに調べを進めたところ、外縁部に奇妙な準惑星をみつけたというのだ。
その準惑星のことを聞いて、僕は戦慄する。
「なんだって! 黒い艦隊だと!」
『はっ、捕捉しただけでもおよそ2000隻。さらに戦闘衛星も多数存在しております。その黒い艦隊の中心部には、小惑星を確認しております』
「どうしてそんなものが、外縁部に存在すると? いや、その前にどうして外縁部を調べようと思ったのか?」
「通常はあるはずのガス惑星が存在しない、ということは、もしかしたら外縁部に大量のガス体が存在するかもしれないと考えたからです。しかし、そんなものはありませんでした」
「いや、普通はガス体が存在するなどとは考えないだろう」
「恒星が誕生する際は、膨大な量の星間物質が必要となります。その余りがガス惑星という形で残るはずなので、まったくないというのは不自然なことですよ」
「で、そのガス惑星の代わりを探し求めた結果、その準惑星を発見した、と」
「そうです、提督」
「だが、それではメルシエ准将の疑問点は解消されていないことにならないか?」
「そんな事はありません。思った通りのものが、そこにはあったのです」
「何だその思った通りのものとは?」
「ワームホール帯です」
そこで急に重要な発見がもたらされる。まさに戦隊長に依頼していたものの一つを、メルシエ准将は見つけていた。
「ガス体がない、ということは、つまりそれが何処かに漏れ出ていることになります。その原因がもしかしたら、ワームホール帯なのではないかと考えたのです」
「ならば、そのワームホール帯の先を調査せねばならない、と考えていると?」
「おっしゃる通りですが、それができないのです」
「できない?」
「そのワームホール帯は、まさにその黒い艦隊に守られた小惑星のそばに存在するのです」
ここでさっきのあれが登場する。滅ぼしたはずの、黒い艦隊の存在。だが、それはそれで疑問がある。
白い艦隊が守っていた星に、黒い艦隊。本来なら敵同士のこの両者が、どうしてここでは共存している?
いや、その前に僕は、本題を忘れかけていた。
「メルシエ准将よ、そういえば貴官は、エネルギー体が流出したと言ってなかったか?」
「はい、その通りです。そしてそれも、この黒い艦隊の方面から出ていたのです」
「それがこの星、すなわち地球1051方面に放出されたといっていたが、どうして遠く離れた外縁部からこっちに放出されたと断定できる?」
「順を追ってお話します。まず我々は黒い艦隊の動きを観察しておりました。すると、先の高エネルギー流体を感知したのです」
「うん」
「それは黒い気体状のものでしたから、光学観測可能な物体でもありました、が、それが突然、消えたのです」
「えっ、消えた?」
「はい」
「それでは、地球1051に到達したとは言い切れないじゃないか」
「いえ、偶然にもその物体を見つけて報告してきた者がいるのです」
「報告? 誰だ」
「ちょうど、その星の衛星軌道上に展開している、エルナンデス准将ですよ」
なんだって? あいつ、そんな大事なことを指揮官である僕ではなく、メルシエ准将に報告していたのか。
「急に黒い流体が現れて、地球上に吸い込まれるように消えていったと、エルナンデス准将は話してました。あまりにも奇妙な現象だから、私の判断を仰ぎたいと言っておりました」
「待て待て、ということは、その黒いエネルギー流体が、一瞬でこっちまで跳躍したといいたいのか?」
「事実だけを並べると、そういうことになります。が、その方法が不明なのです」
「不明?」
「ええ、いきなりエネルギー流体が、光速でも数時間かかる距離を一瞬で跳躍したのですから」
「だが、そこにはワームホール帯があるといっていたではないか。それが関連していると考えられないか?」
「それならば、そちらにも出口となるワームホール帯があることになります。が、エルナンデス准将からの話では、そのようなものはないと」
ますます不可解な話が出てきたぞ。だが、一つ重要なことが分かってきた。
使い魔ロプトスが言っていた瘴気の出どころがその黒い艦隊の先にあるということ、そしてそこからもたらされた瘴気が今回の事態を引き起こした可能性が高いこと。これらを総合して、我々がすべきことは、ただ一つ。
その黒い艦隊の本拠地を、壊滅することだ。
なぜ急に、その瘴気の活動が活発化したのは理解出来ないが、すべきことはすぐにでもやるべきだろう。
「えっ、瘴気の出どころらしき場所が、わかったんですか!?」
その話は、ここに集まる魔法少女と関係者にも当然話す。
「さすが宇宙人! こんなに早く見つけるなんて、ボクの想像以上だったよ」
などと歓喜する使い魔だが、手放しでは喜べない。その発見のきっかけとなった瘴気がもたらしたのは、一歩間違えれば未曾有の被害が生じたかもしれない核攻撃だ。幸いなことに、我々が全弾防いだから良かったものの、あれが命中していたらと思うと……あまり想像したくないな。
「先ほど、シャイナ合同王国政府、および国王陛下の名で、声明が発表されました。国内の軍組織の一部が暴走し、弾道ミサイルの発射に至ったこと、この件に関しては、政府、国王陛下の意思でないことを表明してます」
「ええ~っ、ちょっとそれ、いい加減過ぎない? 軍が一部でも暴走したら、核ミサイルを発射できちゃうって、ヤバくない?」
「いや、そんな単純なものではないはずだ。いくらなんでも多重のセーフティーロックが掛かっているはずで、それらをすべてくぐり抜けるなんて、政府上位層の、それも宰相か国王クラスの介入なくしては絶対にあり得ない」
イーダの言葉に反論するダールストレーム少尉の言い分には一理ある。いずれにせよ、報復によって自国も無事で済まない事態を引き起こすようなことを、なんのきっかけもなしにおっ始めるほうが不自然極まりない。だからこそあれは、狂気がもたらした結果であると考えるしかない。
そしてその狂気は、瘴気によってもたらされた。
多くの状況証拠や証言を集めて総合的に判断すると、そういうことになる。
「行きましょう、その瘴気の発生源へ」
それまで黙って聞いていたマリーが一言、こう言い出す。
「えーっ、行こうってさ、まさか私たちも行くの?」
「そうですわ、私たち、宇宙では無力ですわよ」
「それでも、私は行く。怪異、いや瘴気との最後の戦いだから、魔法少女の役目を果たしたいの」
そう語るマリーには、何か吹っ切れたのを感じる。あれほど使い魔ロプトスに抱いていた怒りが、すべて瘴気に向けられた。そんな感触を受ける。
「僕も、行きます」
そしてもう一人、名乗りを上げる者がいる。ダールストレーム少尉だ。
「少尉、ついてくるのはいいが、何をするつもりだ?」
「この星の軍人として、見届ける責務があります。それに僕も、あの瘴気のおかげで父親を亡くしているのです。その仇を討つために、僕は軍人になったのですから」
この言葉に、僕は少し衝動を覚えた。少し僕と、境遇が似ている。もっとも、僕は仇を取ろうと思って軍人になったわけではないのだが、どことなく僕の半生と重ねてしまう。
「戦闘機の操縦士なんて来ても、足手まといよ」
そんなダールストレーム少尉に、マリーの投げかける言葉は冷たい。
「戦闘機乗りとはいえ、軍事教練を受けており、一通りの陸戦技能はある」
「これから向かう先で、そんな技能が役に立つかどうかなんて分からないでしょう」
少し言い合いになりつつあるな。もっとも、僕から見れば魔法少女とて足手まといな方だ。船外服を着て、果たして魔法が使えるかどうかも疑わしいから、結局は五十歩百歩ではないか。
「みんな連れて行けばよろしいのでは?」
と、そこに現れたマリカ少佐が一言、こう告げる。
「マリカ少佐、それは構わないが、貴官のその発言には、何か意図があってのことだと思うが」
「大したことではありませんわ。ただ、ここが少しばかり特殊な星ゆえに、この星の者を連れていくことがベターではないかと申し上げただけです」
マリカ少佐の真意は分からないが、言われてみれば、瘴気から作り出されたという怪異は、魔法少女の放つ魔法がもっとも有効であった。この先に、そういうものがないとは限らない。少なくとも、魔法少女とその使い魔くらいは連れていく価値はありそうだ。
「では、ウィスビーの時刻で明朝0800に出発するものとする。全員、出発の30分前までには乗艦すること。以上だ」
僕がそう告げると、全員立ち上がり、オースブリンク巡査部長およびダールストレーム少尉はさらに敬礼する。いや、なぜかマリーも敬礼しているな。僕は返礼で応える。
「てことは、とうとうその敵の本拠地に殴り込むのかよ」
レティシアが嬉しそうに言うが、何がそんなに嬉しいのやら。
「にしてもじゃ、その瘴気とやらは、なにゆえ垂れ流されておるのじゃろうな」
「分からぬ。それを言い出したら、我が故郷である地球1019にも以前は瘴気が出ておったな。魔物を伴う厄介な存在であった。そもそも瘴気とは何物なのか」
マツとリーナの間では、瘴気が話題だ。特にリーナはその瘴気にやられたことがあるから、その厄介さが痛いほど分かっている。
が、リーナの星にあった瘴気とは、明らかに異なる。地球1019では瘴気そのものが化け物になったり、人を狂わせることはなかった。魔物の栄養源、という程度のものであったか。
そして、翌朝。
「どお? いいでしょう」
「あら、可愛いですわね」
妙にめかしこんだ姿で現れたのは、イーダとモニカの2人。
「ちょっと、これから戦いに向かうんだよ。何、着飾ってるの」
と呆れるマリーはといえば、ジャージ姿に金属バットを持った、これまたよく分からない格好。調べると、カバンには包丁まで入っていた。
残念だが、許可がなければ我が艦には武器に類するものは持ち込めない。包丁とバットは没収となった。後には、ジャージのみが残る。不満そうな顔のマリーだが、どうしてそんな格好で行こうと思った? 逆に僕は聞きたい。
「これより0001号艦、発進する。機関始動、微速上昇!」
「了解、機関始動、微速上昇!」
ジラティワット艦長と航海長の復唱と同時に、艦が浮き上がる。窓には、イーダとモニカが張り付いている。
「うわぁ、浮いてますわよ!」
「ほんとだ。どんどん浮いてる!」
あれ、この艦で空に浮くのは初めてではないはずだぞ。だが、前回は核ミサイルの迎撃だったから、外を楽しむ余裕なんてなかったか。あれを見れば、女子高生だと言うのは納得する。
一方のマリーは……あの2人とは逆側の窓辺にいて、じっと外を眺めている。そのすぐ後ろには、ダールストレーム少尉も立っている。
◇◇◇
よく考えてみたら、こんな重い物体が、宇宙空間に出られるのか?
宇宙に出るために必要な速力は、我がグリーネホークの10倍以上の速力であるはずだ。しかもこの宇宙船は、それすらも上回る速力を出せるのだと言う。しかし、にわかには信じられない。
徐々に高度を上げる宇宙船。聞けば、高度4万メートル、我々の単位で4万4千ヤーデまで上昇したのちに、全速力でその速度まで達するのだそうだ。多段式ロケットでもないこの艦が、本当にそれだけの速力を出せるのだろうか?
「……ちょっと、あなた、なんで私の後ろにいるの」
などと考えに耽っていたら、いきなり僕は不快そうな声で文句を言われる。よく見れば、目の前にはジャージ姿の魔法少女、マリーがいた。
「あ、いや、窓の外を見ていただけだ」
「なによそれ。私の方を見てたんじゃないの?」
「そういう君は、どうして窓の外を?」
「珍しいから。こんなに高い場所へ来たの、初めてだし」
ああ、そうか。魔法少女とはいえ、高高度の空に上がることはない。戦いは常に、地上で行われていた。
そういう僕も、グリーネホークで上がった高度は1万7千ヤーデが最高だ。すでに2万ヤーデは超えているようだから、僕にとっても未知の領域に入りつつある。
すでに空が暗い。まだ朝方だというのに、この暗さだ。いかに大気が薄いかわかる。
「あれ、空が暗い……おかしいな、まだ朝のはずなのに」
ところがこの光景は、魔法少女にとっては奇怪な光景らしい。向こうでも2人の魔法少女がきゃあきゃあと騒いでいる。
「大気が、それだけ薄いんだ。さらに上に上がれば、真っ暗になる」
「なによ、知ったような口を聞いて」
このマリーという魔法少女は、刺すような冷たい口調で話す。あっちの2人は明るい性格だというのに、炎の使い手というわりに冷た過ぎる態度のこの魔法少女とは、僕はあまり気が合わないように思う。
「一応、パイロットだからね。ここまでの高さに来たのは初めてだけど、空気の薄いところには慣れている」
「あ、そう。私とは違うって、言いたいんだ」
別にそんなことは言っていない。にしてもこいつ、なんでさっきから僕に突っかかるかな。
「済まない、邪魔をしたようだ。それじゃ僕は、あっちに行くから」
僕自身、魔法少女という存在を知っていた。が、魔法少女に抱く感情は、可もなく不可もなく、と言ったところ。縁遠い存在と思っていたというのが正直なところか。
そんな魔法少女だが、思った以上に人間臭い。まあ、人間だから当たり前だけど、人によっては聖人扱いされる存在だ。自身の命を顧みず、怪異と戦う正義の味方。そういう評価に、僕ももう少し高尚な人物だと思っていた。ところが実際に会ってみたら、ジャージ姿で高高度に驚愕し、軍人を毛嫌いする、街でよく見かけるような普通の娘だった。
「待って」
ところが、僕がその場を離れようとすると、引き止められる。
「別に邪魔だとは思ってない。むしろ、一人にされると目立つから、そのままそばにいて」
よく分からない理由で、僕は引き止められた。いてほしいのか、ほしくないのか、どっちなんだと僕は思う。
そんな娘に振り回されているうちに、高度4万メートルとやらに到達したようだ。
「規定高度に到達!」
「前方300万キロ以内に、障害物なし!」
「了解、これより大気圏離脱シーケンスに入る。機関最大出力、前進いっぱい!」
「はっ! 機関最大、前進いっぱーい!」
その直後、ビリビリと床が震え始める。まるでアフターバーナーを吹かしたような強烈な噴出音がこの艦橋内に響き渡る。と同時に、周りの風景が動き出す。
途轍もない加速だということは、飛行機乗りだから分かる。が、まるで加速度を感じない。風景が後ろに流れていくようだ。
「えっ、ちょっとなに!?」
ところがだ、あの魔法少女はこの音と振動、そして流れ出す風景に混乱している。やがて真っ暗な空間に飛び出すと、ますます恐怖を感じたのか、思わぬ行動に出る。
なんとこの娘、僕の軍服の袖をつかんだかと思うと、いきなりその腕を抱き寄せてきた。
ちょっと待て、なんで僕が魔法少女に腕をつかまれている? 徐々に加速度を増し、大きな音を響かせるのに比例して、その力を増していく。
僕はやや、混乱状態だ。魔法少女に抱き付かれるなんて、考えたこともない。いや、今は変身前だから魔法少女というわけではないけれど、それにしたって死地を垣間見るほどの経験を重ねた魔法少女が、たかが宇宙船の機関音に驚くのか?
だが、その驚きはやがて、驚愕へと変わる。
「180度回頭、地球重力によるスイングバイへ移行!」
艦がぐるっと反転し、地球の方角を向いた。その瞬間、窓の外にはぽっかりと青い球体が映る。
衛星画像では、何度も見たことがある地球の姿。だが、それは実際に目にした姿は、映像からでは感じられないその奥行きと雄大さで、僕らを圧倒する。
その球体が、徐々に近づいてくる。目の前に見える大陸は、我がゴットランド共和国のある大陸だ。そして湾を一つ隔てて、隣のシャイナ合同王国の領土が見える。
宇宙から見れば、ほんのわずかの距離を隔てた2つの国。あんなに狭い場所で僕らは、互いに牽制しあっていたのかと思うほどの、儚い距離だ。その大陸が目の前に迫ったかと思うと、やがてそれは脇を通り抜け、そして窓の外は再び真っ暗に戻る。
「規定速力に到達、予定航路に乗りました」
「了解だ。近隣に展開するワン隊、エルナンデス隊と合流しつつ向かう。メルシエ隊が待機している場所まで、何時間で到達する?」
「はっ! およそ20時間後!」
「了解した。進路そのまま、これより外縁部へと直行せよ」
機関音が、静かになった。巡航速度に乗ったようだ。静けさを取り戻したこの艦橋内で、僕の腕をつかんでいた魔法少女が、急に我に返る。
「ちょ、ちょっと! なにしてんのよ!」
「いや、いきなり引っ張ってきて、僕の腕に抱きついてきたのはそっちだろう」
「あれぇ? マリー、もしかしてその軍人さんのこと、気に入っちゃったのぉ?」
「あらあら、マリーにも春が訪れたのかしら」
「そ、そんなわけない! 私、もう行く!」
大声を出したものだから、余計にあの2人の魔法少女から揶揄われる羽目になってしまった。プリプリと怒りを顕にしながら、この艦橋の出口へと早足で立ち去っていく。
やがて静かになった窓際で、僕は再び外を見る。地上では見られないほどの、無数の星々が光り輝くその世界を見て、僕は自らの儚さというものを実感する。
いや、今もっとも感じているのは、ついさっきまで誰かさんに抱き寄せられていたあの腕の表面に残る、二つの膨らみの感触の方か。