#83 巨身
僕は別に、艦隊司令官としての仕事を放置していたわけではない。が、このところ怪異との戦いや、ウィスビー市にいる政府高官、軍関係者との折衝にうつつを抜かしていた結果、戦隊長らに呼び出されてしまう。
『おい、ヤブミ少将! 艦隊指揮官たる貴官は、地上でいつまで遊んでいるつもりだ!?』
遊んでいるとは心外だな。こっちは命を奪われかけたのだぞ。命のやり取りを遊びだと言い切るエルナンデス准将の言葉に、僕はカチンときた。
「エルナンデス准将よ。そう豪語するからには、ちゃんと指示通りの任務をこなしているのだろうな?」
『決まっている! すでにこの星域を2、3周した! だが、白い艦隊などいつまでたっても現れんぞ! どうしてくれる!』
いや、それは別にいいことじゃないのか。あんなものがしょっちゅう現れるほうがあまり良いこととは言えない。何事もないことが、善の善なる状態だ。
「ところで、メルシエ准将だけがいないようだが」
『ええ、提督。メルシエ隊は現在、この星系外縁部に出向いており、目下、調査を続けております』
「調査? ワームホール帯の有無の探索のことか」
『はい、その通りです。が、メルシエ准将はその他にも気がかりなことがあると言ってましたが』
ワン准将によれば、あのメルシエ准将が気がかりなことがあると言って、星系外縁部に向かったという。彼がよほどと言うからには、本当によほどのことなのだろう。少なくとも、ここで文句をたれているようなどこかの戦隊長よりは、役立つ何かをもたらしてくれそうだ。
そんな戦隊長との会話を終えて、僕は艦橋へと向かう。ここ3日間は怪異の出現はなく、静かだ。それゆえに、そろそろ警戒すべき時だと考えた。
このところ、2、3日おきに怪異が現れている。なぜかここ2回は、魔法少女だけでは手に負えないほどの強力な怪異の出現が続いている。
と、いうことはだ。次回はさらに強力なやつが現れるのではないか。そう考えるのも当然だ。
と、いうことで、作戦会議を行うこととなった。例の巡査部長と魔法少女の3人、ヴァルモーテン少佐とマリカ少佐、そして第7航空師団からはダールストレーム少尉も参加することになっている。
「ダールストレーム少尉、入ります!」
さて、駆逐艦の会議室には、少尉以外はすでに集まっている。最後に現れた少尉は、なぜか緊張している。変だな、僕とはすでに何度も顔を合わせている相手だし、いまさら何を緊張などする必要がある?
「全員、揃ったな。ではこれより、怪異出現時の対応を決めておこうと思う」
僕がこう切り出すと、イーダとモニカが反論する。
「決めるもなにも、決めてるじゃない。磁気嵐が起こったら、すぐにあたいらは警察庁に向かい、そこで車に乗って現場に向かう。いつもそうしてるんだぜ」
「そうですわ。なぜ急に対応を決めるなんて言い出すのかしら」
その言葉に、オースブリンク巡査部長がこう返す。
「いや、このところの怪異はあまりにも強力過ぎる。少将閣下の協力無くして、怪異との戦闘はありえないほどだ」
「なに言ってんのよ、オースブリンクさん。今まで、あたいらだけでやってきたじゃない。今さら宇宙人に頼る必要なんてないでしょ。ましてや、軍人なんて役に立ったことすらないじゃない」
それを聞いたダールストレーム少尉の表情が一瞬曇る。お呼びでない、と言われたようなものだからな。
だからか、なぜ彼が緊張しているのかと思ったが、それは魔法少女からにじみ出るプレッシャーによるものか。考えてみれば、僕は今回、軍関係者の同席を求めたが、やってきたのはどちらかといえば若手のパイロットがたった一人。いかに軍がこの件に関わるまいと考えているか、容易に推察できる。
が、その魔法少女のリーダーが、そんな雰囲気をぶち壊す。
「使えるものは、使う。たとえ軍でも、ウィスビーを守ろうとする気持ちは同じ。ならば、その気持ちを最大限に使うのは、ウィスビー市民の命を守るためには必要不可欠なはず」
「だけどさぁ、マリー。軍がいつ、市民を守ってくれたっていうのよ」
「普段から守っている。怪異よりも大きくて恐ろしい相手、そんな相手からの侵略の脅威を退けている。私たちはそれを、知らないだけ」
マリーにしては、妙に熱っぽく語る。言ってることはまったくの正論ではあるが、それが魔法少女の口から出てくることは意外だ。しかしマリーへの反論は続く。
「何を言ってるんですの、マリー。まさかその相手って、シャイナ合同王国のことを言ってますの? そんなの、怪異に比べたら大した相手ではありませんわ」
モニカのやつ、随分と強気だな。しかしマリーは冷静に返す。
「そんなことはない。私たちの魔力は、怪異には効果的だけど、人間相手には戦車一台分にも満たない力。その相手はそんなものを数百、数千も持っている。たった3人では数で圧倒されて、いずれやられる。ちょうど20年前の戦争の時のように」
これにはさすがのモニカも言い返せない。桁違いの戦力相手では、さすがの魔法少女も敵わないことを、マリーはよく心得ている。
実際、以前の戦争で魔法少女が亡くなっていると、巡査部長殿は話していた。あれだけの身体能力を持ちながらも、人間同士の戦いの前では無力に近いというのは実に皮肉なものだ。
「一応、我々からも、対怪異戦闘用の兵装を提案し、すでに実戦化している。だからこそ今回、ここに参加してもらった。彼らも次回の怪異出現時には、出撃してもらうこともありうる。そのことは、心に留めておいてほしい」
僕は今回、ダールストレーム少尉が参加した理由を述べておいた。実際に出撃することがありうるかどうかは不明だが、どんな敵が出てくるか分からない以上、備えるべきだろう。
それに、わざわざ軍を呼んだのには理由がある。
一言で言えば、いつまでも我々が関わるわけにはいかない。この終わりの見えない怪異との戦い、いつまでも我々が介入するわけにもいかないだろう。だから、軍に引き継ぎをする必要がある。それが、僕がこの場に軍関係者を呼んだ一番の理由だ。
「……ということで、磁気嵐発生と同時に、基地局となるドローンを発進させます。また、怪異出現の場合は直ちにレーザー通信機で知らせて下さい。我が艦隊に所属する哨戒機、人型重機隊も可能な限り発進させます」
ヴァルモーテン少佐の説明が、一通り終わる。イーダとモニカは終始、めんどくさそうな表情でそれを聞いていたが、マリーとダールストレーム少尉は熱心に耳を傾ける。
今ひとつ読めないのは、同席したマリカ少佐だ。
今回、こいつを呼んだ覚えはないのだが、なぜか同席を求めてきた。にもかかわらずこいつはこの会合中、終始無言だった。そこで僕は、マリカ少佐に尋ねる。
「マリカ少佐、貴官に意見があれば、聞こうか」
だが、この技術士官は妙に冷めている。
「いえ、ございませんわ、提督」
分からんやつだな。ならどうしてこの場に参加している? 意見がないなら、いつも通りデネット少佐の部屋にこもっていればいいものを。しかしこいつは終始、黙ったままだ。ただ一点を見ているようではあったが。
さて、この作戦会議が終わると、皆、一斉に立ち上がって食堂へと向かう。
「さて、食堂へ行くとすっか」
「そうですわね、仕方ありませんね」
どういうわけか、イーダとモニカは文句を言いながらも、必ず食堂へ向かう。どうやら何か、お気に入りのメニューがあるようだが、それを口に出すことはない。素直じゃないな。
「私も、行く。手羽先が食べたい」
一方で、クールな性格のはずのマリーの方が、こういうところは素直だ。どうやら手羽先が気に入ったようで、ここに来ると毎回、これを食べて帰る。アンニェリカとは、気が合いそうだな。
だが、このタイミングで、事態は急変する。
『艦橋より提督へ! 磁気嵐、発生! 直ちに艦橋へ!』
当直の士官の一人が、艦内放送で磁気嵐の発生を知らせる。エレベーター前から、慌てて艦橋へと向かう。
「ドローンの発進は!?」
「すでに発進済みです。現在、瘴気の発生場所を特定中」
なんてことだ。タイミングのいいこった。これならばすぐに、哨戒機で魔法少女らを送り出すことができる。手羽先をお預けされたマリーは不満顔だが、仕方あるまい。帰ってきてからの楽しみとして、残しておこうか。
と、僕はふと、艦橋の窓の外を見る。ここは郊外にある軍事基地の一角で、少し離れた場所にはウィスビー市のビル群が見える。
が、僕はそのビル群を見た瞬間、目を疑った。
とてつもない瘴気が、そのビル群の真ん中から立ち昇っているのが見える。大体100メートル前後のビル群のはずだが、そのビルとほぼ同じ高さの瘴気が、まるで黒い竜巻のように激しく渦巻いている。
おい、まさか、今度の怪異は巨大化するんじゃないだろうな? 嫌な予感しかしない。
「な、なんだあの瘴気は!?」
この驚きぶりを見るに、オースブリンク巡査部長も見たことのないサイズのものなのだろう。おそらくあのビル群の周辺は今ごろ、大混乱に陥っているはずだ。
「周辺の各艦に連絡。哨戒機隊、および人型重機隊、全機発進。市民の避難を援護せよ、と」
「了解しました!」
「ダールストレーム少尉」
「はっ!」
「第7航空師団に、出撃を要請する。例の武装を使う場面があるかもしれない」
「了解しました!」
ダールストレーム少尉は敬礼すると、すぐに艦橋の出口に向かう。真下にある基地司令部に戻って、僕の要請を伝えてくれるはずだ。
徐々に集束しつつある瘴気を眺めながらも、僕はいずれ姿を現すであろう巨大怪異を撃退すべく、着々と準備を進める。
◇◇◇
『第1滑走路、ダールストレーム少尉機、ガネット12、発進を許可する』
「了解、ガネット12、発進する!」
ヤブミ提督より供与された、対怪異用兵装をこのグリーネホークに2発、搭載する。僕は発進許可と同時に、緊急発進する。スロットルを一気に引き、アフターバーナーを吹かしつつ滑走路を疾走する。
機体はすぐに離陸し、操縦桿を手前に引く。急上昇により、身体に強烈なGがかかる。が、今度の敵は地上、それも自国の首都であるウィスビー市の市街地にいる。高度2000ヤーデで操縦桿を左に倒し、旋回しつつその「敵」のいる場所へと向かう。
速力は毎秒300ヤーデだが、それでもこの基地のすぐそばにある都市だ。あっという間にその敵がいるとされるビル群の辺りに到達する。
僕はそこで、信じがたいものを目にする。
それは真っ黒で人型の、大きな物体。そう、まさしくそれは、瘴気でできた巨人だ。
すぐ脇には120ヤーデのビルがそびえているが、それとほぼ同じくらいの高さのその巨人は、徐々に実体化しつつある。
と、それはいきなり手を振り上げる。そのすぐ脇にあった120ヤーデのビルに、その腕を振り下ろす。
ガラスが砕け散り、辺りにその破片をちりばめながら、ビルは真っ二つに切り落とされる。
操縦桿を持つ手の震えが止まらない。あそこにはまだ、逃げ遅れた人々もいるはずだ。その人々ともども、目の前でそのビルは粉砕されていく。
「くそっ!」
僕は、自身の無力を悟る。搭載された2発の対怪異兵器を、今にも放ちそうになる。
が、僕は思いとどまる。
ヤブミ提督より、告げられていた。ここぞというときに、攻撃命令を出す。それまでは、決して撃ってはならない、と。




