#82 相殺
「提督! 哨戒機のエンジンがやられました!」
悪いことは、立て続けに起きる。着陸した哨戒機の後方からあの怪異が襲い掛かり、噴出口部分を破壊してしまった。哨戒機はもはや、飛び立つことができない。
が、変だな。川岸からは離れた場所に着陸した哨戒機が、なぜやられる? 疑問に思うが、哨戒機の背後にあるものを見れば、その理由は明らかだった。
水路がある。川から水を引いたその細い水路は、哨戒機のすぐそばまできていた。
いや、それだけではない、ちょうど僕らが立つこの場所は、まさしくその水路にぐるりと囲まれた場所だった。水路をまたぐ細い橋が1箇所。それ以外にこの場所を出る術はない。
つまり、だ。逃げ場はない。
「くそっ、はめられた!」
怪異の分際で、なんて狡猾な手を使うんだ。まさに僕らは、やつの術中にはまった。どちらに向かっても、水路越しに怪異が迫り、あの高波で襲い掛かってくる。
だが、ちょうど水路で囲まれたいわばこの「島」の中央部までは、やつは及ばない。かろうじて、中央部にてやつの攻撃をしのぐことができる。
「らちが明かない。行くよ」
「おう、行くぜ!」
「行きますわよ!」
3人の魔法少女が、果敢にもその形の定まらない怪異に戦いを挑む。目の前に、液状の絶壁で迫る怪異に、ブリューがあの氷の矢を放つ。
「くらえっ!」
ところがだ、あまりにも速すぎる矢は、液状の怪異を突き抜けてしまう。勢いあまって、その対岸に立つビルに氷は刺さる。
「レーヴァティン!」
が、間髪入れずに炎の剣を握るロッズが襲い掛かる。が、その炎はあの液状の身体を貫けない。それどころか、炎が消えてしまう。
「くっ!」
そのロッズに襲い掛かる高波。が、間一髪、デネット機がロッズに覆いかぶさるその波を腕で受け止める。怪異に触れて、侵食されるする右腕。根元の溶け落ちたその腕が、ゴトッと音を立てて落ちる。
『大丈夫か!?』
デネット少佐の声に、無言でうなずくロッズ。だが、液状の怪異は間髪入れず、バシャバシャと攻撃を続けてくる。こうなったら、中央部に逃げるしかない。
さて、周りを波打ちながら威嚇する液体に囲まれて、なすすべもない我々。ここには、哨戒機パイロットにリーナ、僕とオースブリンク巡査部長、そして3人の魔法少女。
「打つ手がないな。何か、方法はないか?」
などと考えていると、急に辺りが暗くなる。
まさか、やつが襲ってきたのか? 僕が見上げると、そこにいたのは赤、青、黄色で彩られた、巨大な人型の物体だ。
『ヒペリオーンVッッッ!!!』
こんなところに、あの合体ロボが何の前触れもなく現れた。波立つ怪異を見るなり、やつは叫ぶ。
『おおおおっ! 重力子パーンチ!』
液状の波に向かって実にどストレートな攻撃をお見舞いするヒペリオーンVだが、やつの攻撃がその波を弾き飛ばした。
なんだと、まさか、ヒペリオーンVの攻撃も効果があるのか? と思ったものの、よく見ればやつの右手の拳が脆くも崩壊している。無傷とはいかなかったようだ。
が、ヒペリオーンVの自己再生機能はあの怪異の攻撃に対しても有効らしく、徐々に修復していく。
「な、なんだよ、あのバカでかいロボットは」
「ほんとですわ、なんて暴力的な」
口々に不満を述べるブリューとギュルだが、今この状況であれに文句を言える立場ではないだろう。追い詰められているんだぞ。少しでもやつにダメージを与え、現状を打開する方法を考えなくては。
ところで、さっきからリーナが黙ってジーッと怪異の様を眺めている。リーナにしては、珍しい。まさかとは思うが、あれが食い物にでも見えているんじゃないだろうな。
が、打つ手もなくその場でとどまる我々に、リーナがこんなことを言い出す。
「以前、まだ魔物と戦っていた時のことだ」
何を急に昔話を始めるのか? 僕は聞き返す。
「いや、リーナよ。今はそんな話をしている場合じゃ……」
「魔物の群れが押し寄せて、逃げ惑うしかなかった時があって、しかし我々よりも勢いのある魔物の群れが、まさに襲い掛からんとしていた時だ」
リーナは、僕の言葉などかまうことなく続ける。
「テイヨが言った。勢いには、勢いで止めるしかない。勢いさえ止めてしまえば、やつらにはさほど力はない。そういってテイヨはわが部隊を止めて、銃士隊を並べた。目いっぱい火薬を詰めた銃で、魔物の群れの先頭めがけて撃ち込んだ」
「……で、その時は、どうなった?」
「あれほどの勢いのある銃撃は、それまで見たこともなかったほど激しいものだった。さすがの魔物も、その出鼻をくじかれてその勢いが止まる。すぐさま間断なき攻撃を加え続けた結果、我々は魔物を退けることに成功したのだ」
リーナはつまり、今ここを打開するには、あの波の勢いを止めろと言いたいのだろう。が、やつは液体であり、ここにはそれに抗えるだけの勢いのある何かがあるわけではない。
試しにデネット機からビームを放ってみたが、やはり効き目がない。ヒペリオーンVからもグラビティ・アローという光の矢を放ってはみたが、多少の勢いを落としてくれはするものの、これも特段の効果なし。リーナの経験は、この場においては何の意味もなさなかったようだ。
いや、ちょっと待てよ……僕はふと、波打つ怪異を眺めながら思いつく。
波というやつは、同じ高さの同相の波をぶつけてやれば打ち消しあう。波の干渉というやつだ。当たり前のことではあるが、それが今、使えるのではないか?
「ヒペリオーンVへ、聞こえるか?」
僕は、レーザー通信で呼びかける。一応、やつらにもあの通信機を持たせておいたが、これがなんとか通じる。
『なんだよ、おっさん!』
「あの怪異の波を引き寄せて、それが押し寄せるのに合わせて、反対の波をやつに打ちつけられないか?」
『なんだと! ヒペリオーンVで、波遊びでもやれっていうのかよ!』
「いいから! それが有効かもしれないんだ!」
『ちっ! しゃあねえなぁ』
『ジーノ、文句言わない! 私たち、せっかく合体して現れたというのに、今のところ何もできていないのよ。なら、その手に乗るべきよ』
『イレーニアが言うんなら、まあ……』
やや腹落ちしていないジーノではあるが、イレーニアに言われてはやらないわけにはいかない。
そして、ヒペリオーンVは背中に腕を伸ばす。と、やつはあの巨大な剣を取り出した。
おい、人の話を聞いていたのか。僕は波を起こせといった。が、やつは何を思ったのか、剣を取り出した。やつをバッサリと斬るつもりなのか?
と思いきや、それを水路の中に浸けて、おもむろに構える。それで僕は察する。あれで波を起こそうというのか?
すると、そんなヒペリオーンVにめがけて怪異が襲い掛かってくる。高さ60メートルのヒペリオーンVだが、その半分ほど、30メートル前後の波が襲い掛かる。
『うおおおおっ! 超・重・力・波!』
などと叫びながら、その波めがけて剣で反対の波を起こす。やがてその波同士がぶつかり合い、ヒペリオーンVと同じ高さまで立ち昇った。
が、そこで両者は勢いを失う。波は干渉しあい、やがて消滅した。だが、そこで僕は重大なことに気づく。
しまった、波は打ち消しあうが、ただそれだけだ。怪異は健在のまま、もう一度波打ってくるだけだった。
いい作戦だと思ったが、決め手がなかった。勢いを消せばおしまい、という相手ではないのだった。なんて浅はかな案を思いついたのかと嘆いていると、リーナが僕にこう叫んだ。
「カズキ殿よ、もう一度、あれをやつらにやらせてはもらえぬか?」
リーナはそう言いながら、魔剣を抜く。僕は答える。
「それは構わないが、しかしリーナよ、どうするつもりだ?」
「策がある。おい魔法少女らよ、聞け! 私が合図したら、私と同時に持てる力をすべて、あの波にぶつけよ!」
「はぁ!? ちょっと剣士さん、何言ってんのよ」
「そうですわ、あの怪異には、私たちの攻撃が効かなかったのですよ」
「最高潮に立ち昇った時には、あの怪異の身体のほとんどがそこにあると見た。ならば、それに向かって我らのすべての力をぶつければ、やつを消せるのではないか?」
リーナが、そんなことを言い出す。ブリューとギュルは半信半疑な表情だが、ロッズが答える。
「分かった。やろう」
「ちょっとロッズ! そんなあやふやな策に乗るの!?」
「ならブリュー、他に手はあるか?」
「いや、ないけど……」
「ならばそれに、賭けるしかない」
ロッズという魔法少女は、これと決めたら肝が据わる。迷いがない。それを聞いたリーナはうなずいて答える。
と、そんな間にも、怪異が再びヒペリオーンVに襲い掛かってくる。
『うおおおおっ! 超・重・力・波ぁ!』
ヒペリオーンVの剣は、さっきよりも勢いよく波を起こす。いや、勢いはいらない。あれをちょうど打ち消してくれればいいのだが。しかし、正義に燃えるヒペリオーンVの剣が引き起こす波は、怪異に襲い掛かる。
そして両者が再びぶつかる。波はヒペリオーンVを超えて立ち昇る。それを見たリーナが叫んだ。
「雷神の使い、紅蓮の精霊、我が剣先に集い、その力を顕現せよ!」
リーナが、久しぶりにこの詠唱を唱える。雷神炎という魔法、いや、魔導と呼んでいたな。剣先からは赤い炎と青白い稲妻とがほとばしる。そしてそれは、立ち昇った怪異めがけて放たれる。
「おっしゃあ! アイススピア!」
「行きますわよ、シャイニングサンダー」
「レーヴァティン!」
4人が、ほぼ同時に攻撃を放つ。唯一、ロッズだけが接近戦向けの武器であるから、怪異めがけて飛び掛かるが、そのほかの3人の放った魔法と魔導は、まっすぐと怪異に向かって撃ち込まれる。
電撃と炎、そして氷が襲い掛かる。あれほどのエネルギーを一度に食らえば、さすがの怪異の身体も耐えられないようだ。蒸気を上げながら、飛散し始める。
そこに、ロッズの炎の剣が突き刺さる。耐えられず爆発四散し飛び散る怪異の身体。やがてそれは、川の上にぼとぼとと音を立てて降り注ぐ。
「や、やったのですか?」
ギュルが呟くが、まだ油断できない。僕は念のため、バリアシステムのスイッチを押しつつ接近する。川岸まで迫るが、川面は特に異常を示さない。ただ一方向にゆっくりと、その流れを保っている。
怪異は消えたのか、それともまだ潜んでいるのか? だがその時、オースブリンク巡査部長が僕に向かって、こう叫ぶ。
「怪異は消えました! 磁気嵐が、消えてます!」
そうか、磁気嵐が消えたということは、つまり怪異が倒されたということに他ならない。巡査部長殿のこの叫び声をもって、この戦闘の終わりを知る。
「やったあ!」「やりましたわ!」
ブリューとギュルは、勝利に歓喜する。ロッズは、ただ無表情で戦闘の終了を受け入れ、通信用ヘッドギアと盾バリアを外してオースブリンク巡査部長に渡し、さっさと変身を解く。終わりなき戦いの一つが、終わっただけだ。その程度の認識で、いちいち喜んでなどいられるかと言わんばかりだ。
「いやあ、あれだけの怪異をやっつけられるなんて、とんでもないことだよ」
と、まるで他人事のように呟くのは、あの使い魔ロプトスだ。そういえばこいつ、戦闘中は何をしていた? 3人の変身には関わるものの、それ以降はただボーッと戦闘を眺めているだけ。使い魔のくせに、あまり役立っているとは思えないな。
リーナとヒペリオーンV。今回、この2つの戦力が加わって、ようやくあの怪異を倒すことができた。が、僕はふと思う。
今までだって、これくらい激しい戦いはあったはずだ。が、今日の敵は明らかに3人の魔法少女だけでは倒せなかった。新たな戦力が加わったからこその勝利だ。
しかし、前回もそうだが、なぜ怪異は我々に合わせたかのように、ひときわ強くなって現れたのだろうか? まるでこちらの手の内を知っているかのようだ。少し僕は、薄気味悪いものを感じていた。