#80 冷却
「デネット少佐、被害状況は!?」
『本体は無傷です。が、コックピット内はすでに40度を突破。もう一撃喰らったら、ここはサウナですよ』
なんてことだ。バリアは直接の攻撃は弾き返せるが、熱は完全に防げない。強力な空調を備えた人型重機でこれなら、魔法少女らに持たせた盾形のバリアごときでは、ほぼあの熱を防ぐことができないだろう。
切り札を与えた途端、それを上回る力をやつらは備えてきた。
まるでこちらの手の内を予測していたかのような、いや、そんなことはない、単なる偶然なのだろうが、しかし厄介な事態には違いない。
「提督さん、あの広場に、降ろして」
ところがだ、マリーは我々にこう告げる。あの灼熱怪異の前に出ようというのだ。
「いや、いくら何でも危険すぎる。手を考えてから出た方が……」
「それでは遅すぎ。まだ住人の避難が終わっていない」
といって、指差すその先には、人だかりが見える。大勢の警官隊が、逃げる人々を誘導するも、その先の橋で大勢が行き詰まっている。
なんてことだ。川に阻まれて、人々の避難が妨げられてる。なんて運がない。そんな群衆を隔てるビルに向かって、あの灼熱怪異がまた溶岩を噴き出す。
ビルが瞬く間に溶け、表面に大穴が開く。
「私、行きます! トランスファ!」
その光景にいたたまれなくなったのか、マリーが哨戒機内で変身を始める。相変わらず、身体のラインが……いやいや、こんなところ変身してどうするつもりだ?
変身を終えたマリー、いやロッズは、盾バリアを腕にはめて、レーザー通信のヘッドギアをつけると、哨戒機のハッチを開ける。
「イーダ、モニカ、先に行くから」
「あ!」
そう言い残すと、ロッズはハッチから飛び出す。
おい待て、ここは200メートル上空だぞ。この高さから飛び出すやつがあるか。と思ったが、そのまま落下し、デネット少佐機の後方に舞い降りたかと思うとすぐに走り出した。平気なのか?
「ああ、ちょっとロッズ!」
「私たちも変身しますわよ! って、オースブリンクさんも提督さんも、こっち見ないでくださいな!」
「いくよ、トランスファー!」
「トランスファーですわ!」
慌てて僕は目を逸らす。背後で光が照らされるのを感じるが、やはりあの瞬間を見られるのは嫌なんだろうな。お構いなしなのは、ロッズだけのようだ。で、残るその2人、ブリューとギュルも盾バリアをはめてヘッドギアを身につけると、開いたハッチから飛び出していった。
「灼熱物体、移動を開始しました。テバサキ、後退しつつも灼熱物体の前に出ます」
哨戒機パイロットが、戦況をレーザー通信機で実況している。デネット少佐の迷う気持ちが、手に取るようにわかる。前進すれば灼熱サウナ、引けば避難住民の犠牲。僕はデネット少佐に、指示を出す。
「テバサキへ、牽制しつつ右へ移動し、灼熱怪異の進路を変えろ。住人から引き離しつつ、魔法少女らにやつの側面を向けさせる」
『了解!』
このまま後退すれば、逃げ遅れた避難民らと接触する。そうなれば、凄惨なる悲劇が待っているだろう。なんとしても、それを回避する。
デネット機が発砲する。青白いビーム光は、あの黒い胴体に吸収されてしまう。あの攻撃は怪異にはまるで効き目はないが、注意を向けさせることはできる。右にいるデネット機を捉え、それを追う怪異。
そこに追いついた魔法少女らが、怪異の側面に出る。
『レーヴァテイン!』
ロッズが、炎の柱を立ててそれを怪異に突き刺す。頭上のど真ん中に刺さる。だが、まるで効き目がなさそうだ。炎相手に炎。熱の塊のような相手に、あの攻撃は無意味だったか。
『それじゃ、あたしのアイススピアなら!』
ブリューが、氷魔法による攻撃を放つ。だが今度は、焼け石に水といった具合だ。手前で溶けてしまう。
『仕方ありませんわ。シャイニングサンダーッ!」
電撃魔法を放ったギュルだが、今度はそれが怪異以外の場所に落ちてしまう。ブリューの氷を避雷針にしないと、狙いが定まらない。
「なんてことだ……まるで攻撃が通用しないぞ」
横で巡査部長殿が絶句する。こんな事態は初めてらしい。その後も何度かブリューが攻撃を加えるも、まったく効果がない。ギュルの攻撃も当たらない。見るからに、芳しくない状況だと分かる。
そんな怪異は、狙いをデネット機からロッズに変える。炎の剣を持つロッズを追って、あの溶岩を放つ。それを腕につけたあの盾で防ぐロッズだが、かなりの熱にさらされているのはここからも見て取れる。
炎系の怪異だから、炎系の魔法少女に惹かれたか? 後退しつつ、攻撃をかわすロッズだが、徐々に追い詰められる。背後には、川が迫る。
幸いなことに、あれだけいた避難民も、この短時間にほぼいなくなりつつあった。が、川を越えられたらその先には、まだ大勢の人がいる。
相手が熱という属性を持った途端、あれほど脆弱になろうとは予想だにしなかった。あの熱をどうにかしなければ、手も足も出ない。しかし、どうやって?
と、僕はふと、あるアイデアを思いつく。
「巡査部長殿、作戦があります。僕の言う通り、彼女らに指示を出してください」
「作戦、ですか?」
「やつの『武器』を奪うんです」
「武器とは……いや、その前にどうやって……」
僕のこのいきなりな提案に半信半疑なオースブリンク巡査部長だが、僕の作戦案を聞いて同意する。
「ロッズ! やつを川に引きつけるんだ」
『川、ですか?』
「やつを川に落とす。やれるか?」
『やってみます』
数度ほど溶岩攻撃を受け、かなり負荷がかかっているであろうロッズだが、闘志はまだ、失ってはいない。
人々より遠い川岸を選んで誘導するロッズ。それを追う怪異。時折り放つ溶岩が、ところどころで小規模な火災を起こしている。その熱の塊を、ロッズは我慢強く誘導し続ける。
そして、川岸まで到達する。
『よし、ロッズ、今だ、飛べ!』
合図と共に、反対側の岸までジャンプするロッズ、それを追う怪異。だがやつは、川岸手前で止まる。
そりゃあそうだ、そこで落ちれば、自身の強みを一気に失ってしまうことになる。それぐらいの知性はあるようだな。
だが、もう遅い。
「テバサキ!」
『了解!』
やつの相手は魔法少女だけではない。人型重機の存在を忘れてもらっては困ると言わんばかりに、その怪異の背後にデネット機が体当たりをする。バリア全開で突撃し、やつを川に突き飛ばした。
川に落とされた怪異からは、猛烈な水蒸気が立ち昇る。思ったよりも浅い川だ、倒れた怪異がどっぷりと浸かるほどの深さはない。
が、効果はあった。徐々に怪異から赤い光が、失われていく。
「ブリュー、ギュル、攻撃だ!」
『了解っ!』『了解ですわ!』
すかさず、あの2人が飛び出してくる。ブリューが、氷による攻撃を仕掛ける。冷えた溶岩の塊のように変化した怪異に、数本の氷矢が刺さる。蒸気は昇るが、氷が消えることはない。そこにギュルの雷魔法が撃ち込まれる。
『喰らうのですわ、シャイニングサンダー!』
ほとばしる電撃を浴びて、怪異がもがき苦しむ。上空からも聞こえるほどのあえぎ声をあげながら、ぼろぼろと表面の冷えた溶岩が砕け始めた。
それを待ちわびていたかのように、ロッズが反対岸よりジャンプし、怪異に飛びかかる。
『レーヴァテイン!』
炎の剣が、再び怪異に突きつけられる。熱を失った怪異からは、先ほどのように抗う術を持たないようで、先の戦いでもみられたように、この一撃で砕け散る。
『やったぁ!』『やりましたですわ!』
ブリューとギュルの歓喜の声が、レーザー通信越しに聞こえてくる。が、とどめを刺したロッズは2人のそばに降りると、そのままへたり込んでしまう。
『ちょっとロッズ! 大丈夫か!?』
『大丈夫ですの!?』
駆け寄る2人の魔法少女が、力尽きかけたロッズを抱える。僕らも、その場所に降り立つ。
「おい、大丈夫か!?」
オースブリンク巡査部長は、ロッズのもとに向かう。憔悴し切った表情ながらも、気を失うほどではないようだ。
「大丈夫……疲れただけ」
僕は持っていたペットボトルを渡すと、その冷えた飲み物を一気に飲み干す。側には、デネット機も降りてきた。
「いやあ、際どい戦いでしたよ、提督。この機体の中にあって、あれほどの熱にさらされるとは思いませんでした」
「ほんとだよね、少佐さん。あたいが攻撃を受けてたら、多分、倒されてたね」
「炎に強いロッズですら、これですのよ。私などひとたまりもありませんわ」
「ボクも、こんな怪異、見たことないや」
戦いの当事者らが、口々に今の戦いを振り返る。ところが、最前線に立っていたロッズの言葉は、彼らにも増して重い。
「これがなかったら、死んでいた」
そう言いながらロッズは、左腕にはめられたあの盾のバリアシステムを見せる。熱でフレームがやや変形している。このチタン合金製フレームが熱変形とか、どれだけの熱が加わったのやら。それを見せられた僕らは、言葉が出ない。
さて、問題は熱で歪んだその盾バリアが、腕から外せなくなってしまったことだ。一旦、駆逐艦に戻って、工具で外すしかないということになり、彼女だけは変身が解けずに、そのまま格納庫へと向かうことになった。
そんな彼女を、2人の怪異的な士官が待ち構えていた。
「ふえー、これが魔法少女の服ですか!?」
「なんて言うか、ちょっと破廉恥ですわねぇ」
「いやあ、ピザ少佐殿のデネット少佐の前で出すみっともないメス声と比べたら、まだ破廉恥ということはないでしょう」
「よく言うわ。フランクフルトソーセージ少佐なんて、その存在そのものが破廉恥ですわ」
「あらあらピザ少佐、とうとう返す言葉を無くして、印象操作ですか?」
「うるさいわね! 私は今、大事な仕事をしてるんですよ! 邪魔しないで!」
「あの、ちょっと、スカートの中はやめてほしい」
「へぇ、ここはこういう構造をしてるんですね」
「なんて短いスカートなのでしょう。どこかのソーセージ少佐がこんな姿をしたらと思うと、かなりキツいですわね」
「何をおっしゃいますか。ゴルゴンゾーラチーズ少佐だと、臭いが漏れてさらにキツいですよ」
「ぐはぁっ! いいーっ!」
「ちょっと何ですの、あの2人の軍人は?」
「さっきからロッズばかり触って、何やってんだよ……」
あーあ、魔法少女が一人、そのままの姿で帰投すると連絡したら、マリカ少佐とヴァルモーテン少佐という、混ぜるな危険な2人がやってきて、ロッズをいじり始めた。そんな2人の毒舌に悶絶する使い魔と、呆れ果てるイーダとモニカ。
「そろそろ、変身解きたい……」
「ダメです! 今、科学的な調査をしてるところですよ!」
「そうです、この先の魔法少女の戦いのため、協力するのです!」
「えぇーっ……」
だがこの二人、ロッズいじりに関しては息がピッタリだ。ロッズには可哀想なことをしたな。にしても、マリカ少佐は彼女の二の腕の辺りを念入りに触っているし、ヴァルモーテン少佐はパシャパシャとロッズと共に写真におさめている。あれのどこが、科学的調査なのか?
しかし、今回の戦いは、明らかに我々がいなかったら勝ち目はなかった。前回はあっさりととどめを刺したこの3人に加えて、我々からの幾つもの支援機材を加えていながら、この苦戦だ。
今回の怪異は、特段強かったということか?