#8 籠城
「……つまりそなたは、空高くより見えたあの三の丸の炎を目印に、この城に駆けつけたと申すか?」
「ええ、その通りですよ、お姫様」
どこか馴れ馴れしい話ぶりのこのデネットと申す男、聞けばこやつ、空から我らの様子を見て駆けつけたのだという。
確かに、その通りではある。しかもあの勇猛果敢なイデ軍2万を、たった1体の化物でいともあっさりと退けた。死を覚悟した妾が今、こうして生きていられるのも、この男が操る化物のおかげであることは否めぬ。
それどころか、あの化物と同じものが2つ3つ、大砲により破られたあの三の丸門の虎口に降り立つ。そして火が放たれた三の丸の上にも別の化物が浮かび、内堀から汲み出した水をかけて、火消しを試みておる。
が、それにしても奇妙なことだ。我らには、こやつらに助けられる道理がない。我らが言うのもなんだが、落城寸前のこの城よりも、外に陣取るトクナガ殿に味方する方が、どう考えても利があるというものだ。一方の我らなど、すでに手勢は満身創痍な1500の兵のみ。トヨツグ家もこの戦さに際して金銀家宝もすべて投げ打ち、残るはこの妾の身一つである。
「救われて物申すのも憚られるが、そなたに尋ねたい。なにゆえ我らを手助けするか? すでに嵐の前の蝋燭の火よりも儚き我らなど、助ける道理が見当たらぬゆえ、そなたらの真意を測りかねる」
カツモトも妾と同じことを感じたようで、この男に問いただす。当然であろう。だが、このデネットと申す男は、ただこう応える。
「心配には及びませんよ。これが我々の仕事ですから」
まるで答えにならぬ答えで、ますますどう解釈すれば良いのか分からぬ。まるで葦の野原の上に広がる曇りなき晴天のように清々しき笑顔を浮かべるこの武人の、その心の内は新月の夜に飛ぶ黒カラスのごとく見分け難いものがある。
にしても、さきほどからこの場がまるで昼間のように照らされておる。いや、それ以上に気がかりなものが、妾の頭上にある。
巨大で灰色の、切り立った岩を横倒しにしたようなものが、まるで雲のようにこの新月の夜に浮かんでおる。それはまるで、都で見た水墨画に描かれた山水図景にあるような真っ直ぐ切り立った岩山にも見える。その岩櫓から、真昼のように眩い光が照らされておる。
デネット殿によれば、あれはこやつらの「船」だという。空浮かぶ船。あれを見たとき、てっきり妾の元へ極楽浄土への迎えが降臨したのかと思ったほどだ。
が、この男が言うには、この空のずっと上は極楽などではないと申す。そこにあるのは、数多の星の散らばる宇宙と呼ばれる漆黒の空間。こやつらは、あの光る星の一つからここに参ったばかりだというのだ。
しかし、星の国より参られたというだけで、我らを救う理由にはならぬ。だが、三の丸門を一撃で粉砕したあの大砲の弾すらも弾き返し、岩山をも空に浮かせられる力を持つこやつらならば、外に陣取るトクナガ軍すらも破ることができるのではないかと、そう思わずにはいられぬ。なればこそなぜ、わざわざ落ちぶれた我らを守ろうとするのか?
その不可解な空からの使者であるデネット殿の懐から、ピーピーという奇妙な音が聞こえてくる。それを聞いたデネット殿は、懐よりその音の元と思しき板を取り出し、何やら独り言を始める。
「デネットです……はい……えっ、そうなのですか?……はい……了解です、では地上にて待機いたします」
何を急にぶつぶつと言い始めたのか。再びその板を懐に収めたデネット殿が、我らにこう告げる。
「もう一体の人型重機が降下してきます。申し訳ないですが、スペースを空けていただいてもよろしいですか?」
「あの、デネット殿、人型重機とは?」
「ああ、これのことですよ」
そう言いながら、デネット殿はあの17尺はあろうかと思われるあの化物を指差す。うむ、これは人型重機と申すか。化物らしからぬ響きの言葉であるが、どういう意味なのであろうか?
やがて、星の瞬く空から別の化け物が降りてくる。それはデネット殿の乗り込んでいた人型重機のすぐ傍に向かって降り立つと、ズシンと音を立てて地面に立つ。あのびいどろの覆いが開き、中からまた別の人物が現れる。
中には2人いるが、そのうち後ろに座っていた者が立ち上がって、その人型重機とやらから降りる。見たところ、妾と同じ女子であることはすぐに分かるが、豊作の田に実った金色の稲穂のような色の長い髪に、南蛮の鎧、腰には太い剣を身につけた女子が、妾の元にやってくる。
そしてその女子は妾の前で胸に手を当てて軽く頭を下げ、こう申す。
「私はリーナ・グロティウス・フィルディランドと申す。地球1019のフィルディランド皇国の皇女であり、また地球001、第8艦隊司令官、ヤブミ少将の妻でもある。此度の戦さにて多くの将兵らを失い、さぞかし気落ちしておられることだろう。が、我らがこれより先は、この城の一兵たりとも失わせることはない。この私が約束しよう」
デネット殿とは明らかに異なる、むしろ我らに近い人物と見た。このリーナと申す女子に、カツモトは尋ねる。
「今一度、尋ねたい。我らの城はすでに落城寸前、そなたらの利する何かを持っておるわけではない。何ゆえ、我らを手助けしようとなさるのか?」
「うむ、その理由は、この周りに広がる堀よりも深く、この戦場よりも広い話ゆえ、ここですぐに説くと言うわけにはまいらぬ。だがひとつだけ、はっきりと答えられることがある」
するとこのリーナという女子は右手を横に伸ばし、こう我らに述べる。
「それは、この城にいる兵士らを一人も漏らさず生かすこと、これが我らの目的に適うことにつながる。それだけはここで、明言しておこう」
なんと、一人も漏らさず生かすとこの女子は我らに宣言する。それを聞いた妾は、そのリーナと申す金色の髪の女子にこう応える。
「……相分かった、ならば我らの命、そなたらに預けようぞ。そのためには妾の身を差し出すことも、一向に構わぬ」
妾は進み出て、リーナと申す女子の前で頭を下げる。それを聞いたカツモトは、慌てて妾にこう言う。
「お待ちくだされ、姫様! このカツモトめがその役目、果たします! 先代様、二代様のため、姫様はその御身を大切になされませ!」
カツモトが妾の前に進み出て、リーナ殿の前に立ちはだかる。それを見たリーナ殿はこう応える。
「うむ、良い副官をお持ちであるな。まるでテイヨのようだ。安心召されよ、そなたらを引き剥がすようなことなど、いたしはせぬ」
そう力強く告げるリーナ殿。それを聞いた妾は、こう言った。
「……失礼した。まだ、妾は名乗っておらなんだな。妾の名はマツ。このオオヤマ城の城主が娘、かつて天下を治めたトヨツギ家の最後の血筋である。家臣、城兵らの命を、そなたらに預ける」
「心得た。フィルディランド皇国の名に賭け、そなたらを守り抜く。安心召されよ」
妾はリーナ殿に名を名乗る。理由はないが、この者ならば信頼に値する者だと察した。仮にこやつらが豹変し、我らを貶めることがあれど、もはや失うものはない。ならば、全てをこやつらに預けるとしよう。妾はそう思った。
◇◇◇
大丈夫なのだろうか? 急にリーナがあの城内に降りると言い出し送り込んでしまったが、上手くやれているんだろうか。心配だ。
「おう、カズキ。何そわそわしてるんだ?」
と、そこにレティシアが現れる。こいつは今、ユリシアとエルネスティの2人の子供を抱えている。リーナが下に出向くと言い出したので、息子エルネスティをレティシアが預かった。
「そりゃ、そわそわもするだろう。リーナは今、あの戦場の只中にいるんだぞ?」
「心配するな。リーナなら上手くやるだろう。それに8機の人型重機を派遣してんだろ? あんな弓鉄砲しか持たねえ連中が、あれに敵うわけがねえ」
「とはいえ、リーナの降り立った周辺だけでも2万、その外側には推定10万もの兵がいると聞いたぞ。やはりたった8機では心もとない。よし、もっと増援を出そう」
「おい、カズキ。増援って言ったってよ、おめえどんだけ送り込むつもりなんだよ……」
すでに20隻の艦艇をこの戦場に向かわせることを決定している。そこには人型重機10機、哨戒機20機を積み込み、さらに医療品や設営テントなどを手配している。それが到着するまでは、この一隻で踏ん張るしかない。
うーん、それにしても心配だ。早く地上に降りて、リーナの元に駆け寄りたい気持ちを抑えつつ、僕は増援部隊の手配を進めていた。