#79 灼熱
「マリカ少佐、一つだけ、確認したいことがあるのだが」
翌日、僕はマリカ少佐を呼び出して、ある疑問について尋ねようとしていた。
「何でしょう? あの3人の魔法少女の中で、誰が提督の4人目に相応しいかという相談ですか?」
「そんなこと聞くわけないだろう。あの怪異に対して、どうしてレティシアの魔力とバリアだけが有効だったのか。それについて、思い当たることはないか?」
「ああ、そっちの話ですか。おそらくですが、あの怪異とやらは、ドブネズミな使い魔曰く負のエネルギーの塊のようですから、同じ負のエネルギー同士ならば干渉し合うことが可能なだけなのでは、と考えてます」
「えっ、てことは、レティシアの魔力も、負のエネルギーなのか?」
「魔女の力の源も、まだはっきりとは分かっていないのです。ですが結果論から言えば、そういうことになろうかと思いますわ」
「だが、バリアの方はちゃんとした原理原則の上で成り立っているものだぞ。不可解なものというわけではない。こっちについては、どう説明するんだ」
「バリアシステムというのは、いわば反粒子的な物質を利用して、通常の物資とぶつかることで強烈な反作用を作り出し、エネルギーを中和、消滅させる仕組みですよ。言ってみれば、負のエネルギーそのものとも言えるのです。そんなこと、常識ではありませんか」
最後には、相手へのマウントを忘れない。そんなマリカ少佐の言葉には、高純度で濃密な負のエネルギーが込められている。そう語ったあの使い魔の言葉が思い起こされる。
が、その代わりに怪異への対抗手段として、十分な理由を得た。早速僕は、行動を起こす。
「ヴァルモーテン少佐、ブルンベルヘン少佐を呼び出してくれ」
「了解であります。提督、まさか手羽先でも取り寄せるので?」
「そんなわけ無いだろう。至急、調達したいものがある。直接通信で伝えたい」
「はっ!」
マリカ少佐もヴァルモーテン少佐も、なぜ僕がそんな無意味なことをすると思っているのだろう? この2人に共通しているのは、どことなく感じさせる負の思考だ。相手を貶めよう、殲滅してやろう、彼女らの言動からはそんな感じの退廃的な何かを感じ取ってしまう。
ということは、ヴァルモーテン少佐をあの使い魔とやらにぶつけたら、やはり負のエネルギー源として喜ばれてしまうんだろうか? そんな無益なことをするつもりはないが、気にはなる。
いずれ近いうちに、両者が接触する時もあるだろうから、その時に観察すればいい。
『ブルンベルヘン少佐です』
「すまない、作業中に呼び出して」
『で、小官にご用とは、なんでしょうか?』
「調達してほしいものがある。それも、できるだけ大量に」
『はっ!』
「で、その品とは……」
この怪異との戦いでは、これが有効だろう。そう判断した僕が要求した品だが、翌日にはもう第一便が届く。
再び、オースブリンク巡査部長と魔法少女らを呼び出し、それを見せる。
「これは……」
「局部バリア粒子発生システム。簡単に言うと、盾のようなものだ」
「ええと、バリアというのはこの間、閣下が言ってた、怪異にも効くっていうあの仕組みのことですよね?」
「そうだ。が、全身を覆うタイプのバリアシステムというのは、動きながらの戦いでは不都合が多い。そこで、一方向にのみ展開できるタイプのバリアシステムを取り寄せてみた。これならば魔法少女だけでなく、警官隊でも扱える。生身の人間ではなすすべもない現状と比べたら、いかばかりかマシな対抗手段となりうると思うのですが、どうか?」
これに対し、オースブリンク巡査部長が答える。
「我々、怪異課の警官隊の死傷者率は、群を抜いております。それを少しでも緩和できるものならば、ぜひ導入したい」
「現在、予備カードリッジを含めて、大量に発注をかけているところです。当面は今あるこれだけで対処するしかないが、しばらくすれば潤沢に持てるようになれます」
さて、問題は魔法少女側がこれを受け入れるかどうかだ。腕にはめて使うものだが、正直言って、かなり重い。しかも変身前後には取り外す必要があるなど、いささか煩わしい装備だ。
「うーん、あたいは要らないかなぁ。攻撃してくれば、逃げればいいんだし」
「そうですわね。なんだか重たいですし、私の電撃を放つ際の妨げになりかねないですわ」
ブリューとギュル、じゃない、イーダとモニカは、やはり拒絶した。それはそうだろうな。身軽さが売りの魔法少女が、こんな装備を好んでつけるはずがない。
で、残るはロッズことマリーだが、こちらは意外な反応を見せた。
「私は、使う」
と、彼女には少し大きめのそのバリアシステムを手に取り、腕にはめてその感触を確かめている。それをみたイーダが、こう反論する。
「マリー、そんな邪魔くさいものつけようなんて、よく考えるよね」
が、マリーの返答が、魔法少女の現実を突きつける。
「そうやって油断して、死んだ仲間を私は見てきた。だから、私は決して油断しない。使えるものは、なんでも使う」
年長者であり、古参でもあるマリーのこの言葉は重い。それを聞いた2人も、あわててそれを腕にはめる。
だが、僕もいくつもの戦いを経て、それなりに戦闘というものを語れるだけの経験をしてきた。だからこそ、マリーのこの一言には同意する。可能な限りの備えをして、戦いに臨む。兵法の基本中の基本ともいえる。
「加えて、これも使ってほしい」
「これは……まさか、通信機ですか?」
「そうですよ、巡査部長殿」
「ですがヤブミ少将閣下、怪異出現の時は磁気嵐で、通信不能になるのですよ?」
「大丈夫です。自律型ドローンを中継機とする、レーザー通信機ですから」
おそらく、何を言っているのか理解できないのだろうな。だがこれは、我が第8艦隊では過去の経験から用いられて、それなりに実績を上げている通信機だ。
以前、ザハラーという、まさに磁気嵐と同様の雑電波を発生させる能力者がいたことがある。その時、一切の無線通信が不能となるため、その代替手段が用いられた。それがこの、レーザー通信機である。
レーザー光は電波障害や磁気嵐の影響を受けない代わりに、直進性が強すぎて通信には向かない。が、それを中継するドローンと、そのドローンを自動追尾できる通信機との組み合わせることで、そのレーザー光を通信手段として用いる技術を持っている。もちろん、確実に通信可能と言うわけではないが、ないよりは遥かにマシだ。これは実際に、過去に何度も用いられ、実績を上げてきた手段である。
「へぇ、あの磁気嵐の中でも使えるんだ」
「それは便利ですわね」
これは、あの2人も素直に認めざるを得ないだろう。無線通信が使えないという状況がどれほどの不便を強いてきたか。さすがの彼女らとて、それは認識しているはずだ。
「我が夫であるブルンベルヘン少佐が、さらにこれらの機器を大量に調達中であります。しばらくは、現状の装備にて戦闘を継続せざるを得ませんが、近いうちにそれも改善されましょう。ところで提督」
「なんだ、少佐」
「先ほどから気になっているのですが、あの宙に浮かんだ、売れ残りの失敗ゆるキャラのような物体は一体、なんなのです?」
「ぐはぁっ! いいーっ!」
ああ、やっぱりこうなるか。特に必然性もなかったが、せっかくの機会だからと引き合わせてみたが、ヴァルモーテン少佐に対するあのロプトスとかいう使い魔の反応は、マリカ少佐と同じだったな。
「あれは、あの魔法少女らの使い魔で、ロプトスと呼ばれている」
「そういえばあのゴルゴンゾーラチーズのように不快でゴミな技術少佐がひどく罵っていた相手というのは、この使い魔でしたか」
「うう、このお姉さんも、あのマリカって人並みに負の感情が強くていいね。ビンビンくるよ。ボクは、大いに気に入ったよ」
「なんですか。小官は店頭で9割引セールのシールを貼られてそうな薄汚れたぬいぐるみのようなやつに、好かれる要素なんて微塵もありませんが」
「ぐはぁっ! いいーっ!」
ダメだな、こりゃ。やっぱり我が艦隊には、少し毒舌すぎる人物を抱えすぎということか。
「ところで提督。これで、彼らへの引き渡し任務は完了ですか?」
「ああ、滞りなく終えられた」
「そうですか。では」
さて、そんなヴァルモーテン少佐が、なにやらメモ帳のようなものを取り出す。そしてそれを、リーダーであるマリーの前に差し出す。
「な、なに……?」
「小官は魔法少女というものにずっと憧れを抱いており、その実物に出会えたことを光栄に思います。ぜひ、サインをいただけませんか?」
ヴァルモーテン少佐といえば、偽物茶器やツボを集めるのが趣味というイメージだったが、そんなイメージからはかけ離れたことを言い出した。
「おい少佐、貴官はどちらかといえば、まだ合体ロボの方が萌える人物だと思っていたが」
「何をおっしゃいます、提督。女の子にとって憧れは、はるか昔より魔法少女と決まっております。欠陥品が5つ合体しなければ使い物にならない兵器などに、微塵も魅力を感じませんよ」
「ぐはぁっ! いいーっ!」
なんだ、他人への罵りも、こいつにとっては餌になるのか。都合のいいことだ。それはともかく、まさかヴァルモーテン少佐が魔法少女好きだったとは、意外すぎる。にしても、あのクールなマリーが、困惑する顔を見せるのも珍しい。ぎらぎらとした目で見つめられながら、たどたどしい手つきでメモ帳に何かを書くマリー。当然それは、イーダとモニカにも手渡される。
どうして自分たちがこれほどまで憧れを抱かれるのか、多分、理解していないと思う。この星で、魔法少女とはどういった受け止めをされているのかといえば、おそらくは怪異と戦う正義の戦士、あるいは命知らずな異端者、といった2極化した存在ではなかろうか。必要ではあるが、自分はなりたくない存在。ちょうど軍隊に対して多くの人々が抱く感情と似ているのではと思う。
僕らにとってはアニメ上の存在にすぎなかった魔法少女だが、いざそれを現実として目の前にすると、彼女らに対し手放しな憧ればかりを向けるわけにはいかない。
「まほーしょーじょ、だぁーっ!」
ところが、手放しな憧れを向けるやつが現れた。ユリシアだ。ああ、やっぱり女の子だから、こういうのが好きなのか。
「あれぇ? なんで軍艦に子供がいるの?」
「おう、そいつは俺の娘で、ユリシアっていうんだ」
「げ! てことは、魔女さんと提督さんの子供!? こんなにかわいい顔してるのに!?」
余分なお世話だ。僕の子供だからと言って、どうして可愛くないと思ったのか。
「てことは、あんなことやこんなことして出来た子供ってことですよねぇ」
「決まってるだろう。まさかおめえ、コウノトリが運んで来るとでも思ってたのかよ」
「コウノトリ? なんですそりゃあ」
どうやらこの星にはコウノトリはいないのか。いや、それよりもレティシア、お前イーダたちにどういう話をしたんだ。
「にしても、可愛いですわね。やっぱり魔女になるのですか?」
「そりゃあおめえ、なるだろう。俺と同じ怪力魔女となるのは確実だぜ」
「へぇ、そんな風には見えませんですわ」
ユリシアを抱き上げて、まじまじとその笑顔を眺め呟くモニカ。ユリシアはといえば、憧れの魔法少女に抱き上げられて嬉しそうだ。
「へぇ、こんなに小さいのに、すごい魔力だ。魔女さんの子供っていうだけあるよね。ねえ、ボクと契約して、魔法少女になら……ぐはぁっ!」
そんな我が娘を、魔法少女にしようと企むあの使い魔だが、近づいた途端、いきなり殴りかかられる。普段からユリシアは、ぬいぐるみを見ると殴りつけてるからな。それと同じ感覚だろう。ユリシアには、おもちゃ相手に容赦するという概念が存在しない。
「おい、ユリシア。使い魔殴っちゃダメだろう」
レティシアが抱き上げると、ようやくユリシアの魔の手から逃れられた使い魔。魔女の娘の魔の手から逃れた使い魔、やたらと「魔」が出てくるな。そんなどうでもいいことをふと思う。
さて、それから格納庫内で魔法少女らにバリアシステムのレクチャーが行われ、これで滞りなく装備品の引き渡しを終え、あとは怪異とやらが登場するのを待つだけだな、というところまで来た。
そう思ったのがいけなかったのだろうか。突如、格納庫内の拡声器が僕を呼び出す。
『提督! 緊急事態です、直ちに直通電話へ!』
それはヴァルモーテン少佐の声だった。何か起こったらしい。僕はすぐに電話へと向かう。
「ヤブミだ」
『提督、例の磁気嵐が発生しました』
「いつからだ」
『つい今しがた、徐々に電波障害が酷くなっております』
「了解した。これより、作戦を開始する。デネット少佐は人型重機で発進、すぐ横にいる0002号艦からは哨戒機を発進させ、0001号艦の1番格納庫へ向かわせろ」
『はっ! 承知しました!』
僕が電話をしているうちにも、デネット少佐機がすでに発進準備を終えて、まさにこの1番ドックの扉が開こうとしていた。扉が開き終わるや否や、すぐに発進するデネット少佐搭乗の「テバサキ」と入れ替わるように、0002号艦からやってきた哨戒機が着陸する。
「ヤブミ閣下、まさかこれに乗って現地へ向かえと?」
「この方が早いです。直ちに、皆で現場に向かいます」
哨戒機のハッチが開かれると、僕と3人の魔法少女、そしてオースブリンク巡査部長が乗り込み、直ちに発艦する。
『テバサキよりヒツマブシ1、現在、怪異の発生を確認、映像送る』
ヒツマブシ1とはこの哨戒機のコールサインだ。先行したデネット少佐機から早速、ドローン中継のレーザー通信によって一報が送られてくる。この磁気嵐の中、通信が使えるというのはありがたいことだ。そのレーザー通信によって送られてきた映像の映るモニターを、5人が注視する。
真っ黒な瘴気が、徐々に人型へと変化している。一昨日現れたあの怪異とよく似ている。前回同様、怪力でもって暴れまわるタイプだろうか?
「変だな……一昨日と、ほとんど同じ姿だぞ。同じ姿の怪異が続けて現れるなど、今までなかったことだ」
とつぶやく巡査部長殿だが、僕はまだあれを見るのが二度目で、とりたてて違和感を感じない。が、経験者が見ると異様な光景らしい。
「ヒツマブシ1よりテバサキへ、バリアを展開しつつ接近し、魔法少女らが展開するまで、あれを引きつけよ」
『テバサキよりヒツマブシ1へ、了解、これより接近します』
モニターを見ると、怪異に向かって接近するテバサキの映像が送られてくる。かなり身体は構成されつつあり、もはや実体を現しつつある。そんな怪異の前に降り立つテバサキ。
が、怪異の体内からは、真っ赤な光が見える。それは徐々に大きくなり、やがて頭部目掛けて上昇する。
かと思うと、その頭から、勢いよくその赤い何かが噴き出した。
一瞬だった。まるで粘性の低い溶岩のようなものが、デネット少佐搭乗の手羽先を覆う。バリアによって弾かれているものの、見ている方はその真っ赤に覆われた光景に圧倒されてしまう。
『怪異より、熱流体らしきものの射出を確認! 推定温度、およそ一千度超!』
そいつは、とんでもない高熱を放つ、灼熱怪異だった。