#77 誘い
着ている服が、パアッと一瞬で吹き飛ぶ。光に覆われてはいるが、身体のラインが丸見えだ。
その身体を晒したまま、どこからともなく現れたリボンのようなものが全身に巻きつく。それが身体に密着すると、徐々にそれは服へと変化していく。
やがて白地に赤い襟、黄色のリボンを纏う、コスプレ服のような外観。頭には魔石のようなものが真ん中に取りついたティアラをつけた、いかにも魔法少女といった服装へと変わる。
「な、なんだぁ!?」
レティシアが気づいた。意識を取り戻した途端、非常識なものを目にして戸惑うレティシア。
残る2人も、変身を始める。パッと光ったかと思うと、身体のラインを見せつけながら、こっちもいかにも魔法少女という、白地に青や黄色のやや露出度の高い服装へと変化する。
「もしかして、あれが噂の、宇宙人の機械」
「みたいだねぇー、ロッズ」
「驚いた、腕を飛ばされながらも、あの怪異を弾き飛ばしたようですわよ」
人型重機のことを言ってるのだろう。唯一、バリアシステムだけが有効だと分かって、それでどうにか対抗できているような状態だ。そんな3人の1人、ロッズと呼ばれるリーダー格の魔法少女が、僕にこう叫ぶ。
「下がって、あとは、私たちがやる!」
そう叫ぶと、1人が走り始める。続いて、2人が左右に分かれつつ続く。
なんて脚力だ。あっという間に、身長9メートルはある重機の真上を飛び越えて、怪異の前に回り込んだぞ。するとあのリーダー格が、最初の攻撃を仕掛ける。
「レーヴァテイン!」
大きくジャンプしたその魔法少女のその手からは、真っ赤な炎の柱が吹き出す。それを剣のように振り上げつつ、デネット機が飛ばした怪異に斬りかかる。
慌てて怪異が突き出したその腕を、バサッと切り落とす。その後ろからは、青いリボンの付いたもう1人の魔法少女が怪異に迫る。
「今日は楽勝だね。いくよ、アイススピア!」
かざした手のひらの先で、数本の氷の槍が成長し始める。立ちあがろうと、上半身を起こした怪異に、それを飛ばす。猛烈な勢いで、胸に5本の氷の槍が刺さる。
「ギュル、とどめだよ!」
「分かってますわ、ブリュー! シャイニングサンダーですわ!」
差し出す手先から、黄色い光の玉が浮かび出たかと思えば、一瞬でその光が放たれる。まるで避雷針のように怪異の表面に突き出した氷柱に、青白い光を放ちつつ落ちる。
「とどめ!」
と、そこに真上から、ロッズが炎の剣を突き出してその頭上を突く。中で広がるその炎の圧に耐えきれず、爆発四散する怪異の身体。
「やったぁ!」「やりましたわ!」
実に見事な連携技で、あっという間にあの怪異を消滅させた。少し黒ずんだ煙、瘴気が微かに漂う。
「いやはや、今日はほとんど、私の出番はありませんでしたな」
オースブリンク巡査部長が、服に付いた塵を払いながら立ち上がる。僕とリーナ、そしてレティシアも、あの3人のもとへ向かう。
人型重機ですらもあれほど苦戦した怪異という化け物を、この3人はいとも簡単に倒してしまった。加えて、あの魔法というものを目の当たりにして、その威力に僕は驚愕する。
武器の威力だけではない。彼女らは、身体能力も強化されている。でなければ、生身の人間が人型重機の身長以上のジャンプなど、できるわけがない。
「いやあ、凄まじい戦いでしたよ、提督。ところで、なんですか、あの3人は?」
「少佐、あれが例の魔法少女だそうだ」
「えっ、魔法少女!? ほんとにいたんですか!」
重機から降りてきたデネット少佐が、あの3人の正体を聞いて驚く。なんだ少佐、お前だってあの巡査部長の話を聞いていただろう。まさかあれが冗談か何かだと思っていたのか?
とはいえ、実際に目にするまでは信じられないというのは、僕もそうだった。が、彼女らの力は紛れもなくレティシア以上だ。当のレティシアが、驚愕している。
「なんだありゃ、あんなすげえ魔力、俺は初めて見たぜ」
「うむ、それどころか、異様なまでの跳躍力。ただ者ではないな」
「そうであるな。まさか重機の腕を一本たやすく奪うほどのやつに、あれほどあっさりと勝てるのじゃから、大したものじゃ」
マツもいつの間にか横にいる。レティシア、リーナと共に、あの3人を見て感心している。
「ところでマツ、お前、駆逐艦に戻ったんじゃないのか?」
「レティシア殿とリーナ殿が出向いておって、妾だけが留守役とは参らぬであろう。そこで、デネット殿に頼んで乗せてもらったのじゃ」
うーん、来たからといって、どうにかできるわけではないと思うのだが。妙に義理堅いところがあるマツだが、今は普通の身体ではないのだから、もう少し自重してほしいな。
「オースブリンクさん、遅れて、申し訳ありません」
「何を言う、上出来だ。幸い、怪我人も死者も出ていない。こんなことは珍しい」
リーダーのロッズが、オースブリンク巡査部長に詫びている。この巡査部長は、そのリーダーの肩をポンと叩いて労っている。
「ところでよ、あのロボットみてえなのは、昨日来たって言う宇宙人さんのものか?」
「もしかして、ここに宇宙人さんがいらっしゃるのですか?」
青と黄色、ブリューとギュルだったか、残る2人も巡査部長のもとへ来て尋ねる。
「そうだ。で、ここにいらっしゃるのが、その宇宙人のヤブミ少将閣下と、その奥さんたちだ」
「えっ! この人、宇宙人だったの!?」
「そうだ。僕は地球001、第8艦隊司令官のヤブミ少将だ」
「なんでぇ、アースなんとかってのは。それもしかして、星の名前か?」
「妙な名前ですわね。ガレオン星人とか、もっとそれっぽい名前を名乗るものと思ってましたのに。それよりも、『奥さんたち』ってどういうことですの?」
「どういうことって、おめえ、俺はこいつ、カズキの妻やってる、レティシアだぜ」
「同じくカズキ殿の妻であり、フィルディランド皇国の皇女、リーナ・グロディウス・フィルディランドだ」
「妾はトヨツグ家が娘で、カズキ殿の妻、マツであるぞ」
「オースブリンクさん、まさかこの人、奥さんが3人いるってことですの?」
「そういうことらしい」
「うげぇ、宇宙人ってとんでもねえやつだな」
「ほんとですわね、とんでもございませんわ」
「宇宙人」とひと括りで語らないでほしいなぁ。みんなそうだというわけではない。それに僕だって、自身の欲望にまかせてこうしたというわけではなく、成り行きでこうなっているんだからな。最初の印象だけで、変な目で見ないでほしいものだ。
「にしても、あのロボット、どうやって怪異を止めたの?」
そんな話の流れをぶった斬るように、ロッズというリーダー格が疑問を投げかけてくる。
「そうだ、あのロボットもそうだが、閣下も一度、怪異を弾き返した。あれは一体、何をやったのです?」
「あれはですね、バリアシステムという防御兵器を用いたんですよ」
「防御兵器? ということは、レティシアさんがトラックを振り回して怪異を弾いた時も、それを?」
「何いってんだよ、俺はバリアなんて使ってねえぜ」
「怪異というのは、触れた物質をすべて崩壊させる存在です。トラックだって、さっきのロボットの左腕のように、触れた瞬間に粉々に吹き飛んで然るべきだった。どうしてあれで、怪異の攻撃を受け止められたんですか?」
「んなこといわれてもよ、俺だって必死だったし、よくわかんねえよ」
「ちょい待てよオースブリンクさん、この人、トラック振り回したってのかよ?」
「そんなこと普通、できないですわ」
「何いってんだよ、俺は怪力魔女だから、その程度は楽勝だよ」
「魔女? 魔法少女ではないのです?」
「おいなんだよ、魔女って」
「なんだって言われてもよ……てか、おめえらだって魔法少女なんだろ。そっちの方がよく分かんねえよ」
ああ、魔女と魔法少女が言い合いを始めてしまったぞ。どうやら双方、いろいろと疑問に思うことがあるらしい。
僕らからすれば、あの怪異という存在が最大の謎だ。確かに触れたあらゆる物質を崩壊する。ビームですら通用しない。ただし、どういうわけかバリアだけは機能した。
一方で、あの魔法少女という存在だ。変身した途端、攻撃魔法だけではない、身体能力まで向上している。どういう仕掛けでああなるのか、不思議でしょうがない。
そして、その鍵を握っていそうなやつが、僕のそばまでやってくる。
「やあ、興味深いね」
垂れ耳ウサギのような頭に、真っ赤な丸い小さな瞳、猫のような髭、そして真っ白な全身を持ち、オスともメスとも区別できない、そんな不可思議な生物が空中を浮いて移動している。
「その魔女さんからは、とてつもない魔力を感じるよ」
「ほんとかよ、ロプトル」
「それって、私よりも多いのです?」
「多いね。ブリュー、ギュルどころか、ロッズ以上だ」
「私以上って……それじゃほんとに、魔女なのです!?」
「その横にいる2人からも、やはり魔力を感じるね。いやあ、実に興味深い3人だ」
こいつ、何をいっているんだ? 魔力を感じるって、どういうことだ。確かにレティシアとリーナは魔力的なものを持ってはいるが、マツは……ああ、そうか。あの腕輪の影響か。
ところがこの生物、この3人を見てとんでもないことを口走る。
「ねえ、魔女さん、そしてそちらのお二人さん、ボクと契約して、魔法少女にならないかい?」
なんだと、レティシア、リーナ、マツに魔法少女になれと? なんて事言い出すんだ、こいつは。こう言ってはなんだが、もはや少女ではない……いや、そういう問題じゃない。ところが、この3人は同時にこう答える。
「やなこった!」「断る!」「いやじゃ!」
「ぐはぁっ!」
3人が一度に断ったので、いきなり心のダメージを受ける謎の生物。
「俺は魔女だ、魔法少女じゃねえぞ。だいたい、魔法少女ってのはああいう格好になっちまうんだろう? そんなの絶対に嫌だぜ」
「私もだ。剣の道を極めたというのに、なにゆえ少女呼ばわりなどされねばならぬか?」
「妾は武将の娘ぞ。あのような格好をするわけには参らぬ」
「ちょ、ちょっと、そこの奥さんたち? なんかすごーく、あたいたちに失礼なこと言ってないかい?」
「何だよ、失礼も何も、俺はアニメかコスプレでしか見たことねえぞ、あんな格好」
「ちょっと! 私たちも結構、気にしているのですわよ! 言ってくれるじゃありませんか!」
「そうだそうだ! あのロボットの方がもっとガキアニメくさいってもんだぜ。人のこと言えた立場かよ」
「はぁ? 普通だろう、ロボットなんて」
ますます収拾がつかなくなってきたな。どうおさめりゃいいんだ、この場は。魔女と魔法少女が言い合いになっているぞ。
が、そんな言い争いがヒートアップしかかったところで、あのロッズとかいう娘が口を開く。
「あの、オースブリンクさん」
「なんだい、ロッズ」
「そろそろ、変身を解いてもいいですか? いい加減、窮屈なので」
「あ、ああ、構わない」
「では」
レティシアたちがわーわーと騒いでいるそばで、いきなりこの娘は光り始める。変身を解くって、まさかさっきの逆をやるのか? 身体から服が解けるように剥がれていき、再び身体のラインをさらけ出したかと思うと、元の服がその身体を覆う。光が消え、私服姿に戻ったロッズ。
さっきの変身もそうだが、これは男の僕の前でやられると、ちょっと目のやり場に困るやつだな。光に覆われているとは言え、丸裸を見せびらかすようなものじゃないか。さっきまで騒いでいたレティシアや残り2人の魔法少女たちも、その光景にドン引きしている。
「うげぇ……ロッズ、よくそれ人前でやるよね」
「そうですわ。変身を解くときぐらい、車の中や更衣室でやりませんこと?」
「別に、私は気にしない。むしろ、その格好でいる方が、私は耐えられない」
このロッズという娘、ややクールな性格のようだ。その娘に耐えられない格好だと断言されて、残りの2人もいそいそと人型重機の影に回る。そこで変身を解いているようで、パアッと光が見える。
ともかく、怪異と魔法少女、この両方の存在を実際に見ることができた。
一方であの怪異とやらには、僕らの技術がほぼ通用しない。唯一、バリアだけが機能した。謎だらけの存在だ。この事実を、どう解釈すればいいんだ?
仕方がない、あれに頼るか。こういう時にこそ仕事するべきやつが、我が艦隊に一人いる。僕はデネット少佐を見ながら、そう考えていた。