#76 魔戦
「オースブリンクさん、すぐに第2路地へ回ってください!」
現地に着くと、すでにそこは大変な騒ぎになっていた。人々が逃げ惑い、それを数人の警察官らしき人たちが誘導しているのが見える。
4、5階建のビルが並ぶ場所で、道路はナゴヤと比べると狭い。その道を、古典的な内燃機関式の車が走っているのだが、この混乱で渋滞している。いや、乗り捨てているようだ。
それほど大急ぎで逃げ惑う人々がいるが、怪異がどこに現れるなんて分かるのだろうか?
などと思いながらも、僕は巡査部長と共に進む。ダールストレーム少尉とデネット少佐に頼んで、マツは0001号艦に戻ってもらった。が、リーナとレティシアは僕についてくる。なんだってついてくるんだ、この2人は?
「で、巡査部長殿、怪異はどこに現れるのか、わかってるんですか?」
「一目瞭然ですよ。もうすでに見えているはずです」
見えている? 何か見えるんだろうか。疑問を抱きながらも僕は、巡査部長について行く。
ああ、見えてるわ。あからさまに分かるな。
真っ黒な煙のようなものが、ビルの合間から噴き出しているのが見える。それを見たリーナの表情が険しさを増す。
「あれは……瘴気ではないか?」
そうだ、リーナの故郷でかつて見られた魔物が棲む場所に見られたあの瘴気らしきものが見える。
「思ったよりも多いな。そろそろ、出てくるぞ」
巡査部長が部下に警告する。僕は、腰につけた武器に手を伸ばす。
怪異という存在は、武器が効かないと言っていた。が、それはこの星の武器だ。
だが、我々の武器ならば、どうか?
やってみないと分からないが、試してみる価値はありそうだ。
いや、その前にその怪異とは、どういう存在なんだ? あの瘴気から察するに、魔物の類か。
だが、それならば武器が通用するはずだ。リーナの故郷である地球1019の魔物も、我々の武器で倒していた。火縄式の銃しかない技術レベルだから苦戦していたが、ここはジェット戦闘機、それも第4世代のものが現役で存在する星だ。もし相手がリーナの星の魔物ごときであれば、どう考えても苦戦などするはずがない。
ということは、我々のビーム兵器も通用しない可能性が高い。
等と考えている間にも、徐々に黒い瘴気が一か所に集まり始める。やがてそれは、徐々に人型に変わる。もしかして怪異というのは、瘴気そのものなのか?
「来るぞ!」
オースブリンク巡査部長が叫ぶと、部下が一斉に拳銃を向ける。どす黒い瘴気が集結しただけのその不気味な巨人は、いきなりその太い腕を振り下ろしてきた。
その脇に立てられていた道ばたの看板が、怪異の太い腕に触れた途端、まるでドライアイスのように煙と化してしまう。
あの怪異、もしかして、触れた物体を崩壊させる力があるのか? こちらの攻撃が効かないと言っていたが、そういうことか。
その化け物に向けて、拳銃が放たれる。
が、まさに焼け石に水。どこに当たったのかすら見えないほど、効果がない。
そんな行動に意味があるのかと思ったが、あれはあれで意味があった。
「怪異をこっちに引き寄せます! 閣下は下がっててください!」
ああ、あれは怪異を誘導するためにやってるのか。逃げ遅れた住人などに手出しされても困るし、それなら意図的に引きつけたほうが得策だ。彼らはあれの扱いに慣れているってことか。
だが、慣れが生む油断というのはある。それがまさに僕の目の前で起ころうとしていた。
後退しながら、拳銃で威嚇する警官らに、その怪異が脇にあった貯水タンクのようなものに手をかける。と、それを引き千切り、上に掲げる。
あっ、と僕は心の中で叫ぶ。警官らに危機が迫る。咄嗟に、僕の身体が動く。そして腰から銃を抜くと、目盛りを最大に回す。
そしてあの怪異が、まさにそれを警官らに投げつけんとしたとき、僕はその引き金を引く。
放たれた最大出力のビームが怪異とタンクに着弾、バンッという破裂音を放ち、そのタンクの中身が一気に噴き出した。当然、その下の怪異の頭にも、その高エネルギー体がかすっている。
弾筋からすれば、首から上は吹き飛んだはずだ。と思った矢先に、信じられないものを目にする。もうもうと上がる水蒸気の中から、無傷の黒い首が姿を見せる。
なんてやつだ、あのビームが、効かないだと?
こうなると、怪異の狙いはこっちに向く。僕と巡査部長、そしてレティシアとリーナは一斉に逃げ始める。
「こ、こっちに引き寄せてしまいました!」
「いや、あれはあれでいい、そうしなければ部下は助からなかったので!」
などと言いながら走るが、黒い怪異とやらは躊躇なくこちらを目指す。
「クソッ、魔剣があればな!」
とリーナは叫ぶが、あれにリーナの魔剣が通じるのか、という疑問も残る。あれだけの高出力の攻撃が通じないんだぞ。
と、よく見るとレティシアの姿が見えない。おかしい、一緒に走り出したはずだが。と、僕が振り返ると、レティシアがあの怪異の前に立ちはだかる姿が目に飛び込んだ。
「おいレティシア! 逃げろ!」
だが、レティシアは振り向かない。腕を伸ばし、すぐ横に駐車されたトラックに当てる。
「おりゃあ! これでも喰らいやがれ!」
バカ、ビームですら通用しない相手に、そんなものが通じるわけがないだろう。その怪異も、レティシアめがけて腕を振り下ろしてきた。その腕を、トラックで受け止める。
「と……止まった!?」
大きな音とともに、トラックが怪異の腕を止めた。どういうわけか、そのトラックはバラバラにならない。それを見たオースブリンク巡査部長が驚愕する。
「くそっ! この野郎っ!!」
レティシアが渾身の力を込めて、怪異の腕を振り払う。吹っ飛ぶ怪異、だがその勢いでレティシアの手を離れたトラックは、粉々に砕けてしまう。
僕は、レティシアのところに駆け寄る。力を使い過ぎたのか、その場でへたり込む。力尽きたレティシアを、僕は抱き寄せる。
怪異が、その僕らの前に立ちはだかる。僕は、その怪異を見上げる。怪異は、僕の目を見るなり、あの棍棒のような太い腕を振り上げてきた。
ああ、ここでおしまいか。僕はレティシアを抱えたまま、バリアのスイッチを押す。これが効くとは思えないが、どうせ死ぬならレティシアと一緒に……
と、僕が覚悟を決めたその次の瞬間、怪異が振り下ろした腕から火花が散り、怪異が再び吹き飛ぶ。腕の勢いがついていたせいか、さっきのトラックのときよりも派手に飛んだ。
怪異のやつ、吹き飛んだぞ。僕は唖然とする。
携帯バリアが、効いた。ビーム兵器の効かない相手に、この防御兵器がなぜか効いた。予想外の出来事に、僕はしばらくそこで倒れた怪異がもがくさまをただ傍観していた。
「少将閣下、こっちへ!」
巡査部長の声で、僕は我に返る。すぐさまレティシアを抱きかかえて、僕は走った。
「閣下、今、何をやったんです!?」
「それは……」
オースブリンク巡査部長が僕に問いかけるが、答えている暇などない。怪異が再び立ち上がる。
が、偶然にも、バリアシステムが効くことが分かった。これが効くのなら、どうにか戦うことができる。
と、そこに、空から何かが降りてくる。太い脚、無骨なキャノピー、あれは人型重機だ。
だがなぜここに、人型重機が? その人型重機から発せられた声で、それが誰の操縦しているかを知る。
『提督! ここはテバサキで抑えます!下がってください!』
『そうじゃ、下がっておれ!』
マツを連れて戻ったはずのデネット少佐が、わざわざこっちに来てくれたのか。いや、あの声、マツも乗ってるぞ。なぜお前まで来た。
立ち上がった怪異に、腕につけたビーム砲で一撃与える。が、まるで効かない。身体を貫くも、傷一つつかない。すかさず黒い怪異は、その太い腕でデネット機に襲いかかる。
腕を突き出す怪異の攻撃を、デネット機は左腕で受け止める。が、やはりというか、まるで蝋細工のように左腕を根本から脆くも砕かれてしまう。僕の前に、その腕がガツンと音を立てて落ちる。
「デネット少佐! そいつの物理攻撃は効かない! バリアを使え!」
『了解!』
磁気嵐の中、無線が使えないが、僕の叫び声が届いた。次の一撃を、重機のバリアが弾き返す。再び倒れる怪異。
しかし、吹き飛ばしはしたものの、ほとんどダメージが与えられていないように見える。再び立ち上がり、重機と対峙する怪異。なんて化け物だ、あんな反則だらけな存在を、どうやって倒せというんだ?
が、そこに車が乗り込んでくる。路上を避け、歩道を滑り込んできたその車から、誰かが降りてきた。
「遅くなりました!」
それは二十歳前後の女性と見える。いや、あの顔、写真で見た3人の1人だ。もしやあれが、この怪異へ対抗できる唯一の存在、魔法少女なのか?
「頼む、すぐにやってくれ」
「はい!」
リーダーらしき娘に続き、さらに2人が降りてくる。そしてリーダー格が、こう叫ぶ。
「行くよ、ロプトル!」
「うん、いつでもいいよ」
宙に浮いたぬいぐるみっぽいやつが、何かしゃべったぞ。あれが使い魔と言うやつか。言われてみれば、猫とウサギを混ぜたような、なんとも不自然な姿をしている。
リーダー格の、確かロッズとかいう魔法少女が、何やら右手首の腕輪を握りしめる。そして、こう叫んだ。
「トランスファ!」
同時に、彼女の全身が光り始めた。