#75 魔法
場所を移し、僕らとそのオースブリンク巡査部長、そしてダールストレーム少尉とともに、近くのカフェに入る。
「すみません、閣下。巡査部長殿がどうしても閣下とつないでほしいと懇願されまして」
「いや、構わない。むしろ我々が知りたい情報でもある。で、巡査部長殿、その魔法少女という存在の話を聞かせてもらえますか?」
申し訳なさそうに僕に告げるダールストレーム少尉だが、僕としてはむしろ、望ましい展開だ。
白い艦隊の守ろうとしたものが、見えてくるかもしれない。それは今の僕にとって、最優先事項だ。
「ではまず、このウィスビー市で発生している謎からお話しいたしましょう。この街では数十年ほど前から、不可思議なものが現れるのです」
「不可思議、とは?」
「人やモノへ見境なく襲いかかる、いわば化け物です。ある時は獣のような姿で現れ、ある時は人のように手足を持つ姿になることもあるのです。我々はそれを『怪異』と呼んでます」
「……あの、その怪異というのは、どこからくるのでしょう?」
「それが、分からないのです」
「分からない?」
「はい、神出鬼没、この街のどこかに現れるということは確定しているのですが、やつらがどこからやってくるのか、まるで分かっていないのです」
この街は、何やら厄介なものを抱えているらしい。だが、この星はすでに戦闘機すらも飛ばせるほどの文化レベルだ。見つけ次第、射殺すればいいのではないか。
「その怪異というものが現れたとして、軍や武装警察を派遣し、殲滅すれば良いのではないですか?」
「それが、できないのです」
「できない? なぜです」
「我々の武器が、まったく通用しないのです。銃で撃っても貫通してしまい、傷一つつけられない状態です。それゆえにひと度、怪異が現れると、我々にはなすすべがないのです」
「それじゃあ、どうやってそれを排除するんですか?」
「唯一、怪異を倒すことができる存在がいるのです」
「怪異を倒す存在?」
「それが、魔法少女と呼ばれる存在です」
実に奇妙な話だが、治安維持が本職の人物がそういうのだから、そういうものなのだろう。巡査部長の話は続く。
「なお今、このウィスビー市に魔法少女は3人います」
「3人? これほど大きな街に、たったの3人ですか」
「誰でもなれる、というものではありません。ある程度の魔力を有し、そして使い魔との契約を交わしたものだけが、魔法少女になれるのです」
「なんです、その使い魔というのは?」
「ロプトスと名乗る、猫とウサギを合わせたような風貌で、常に宙に浮いている奇妙な生き物です。怪異と似た存在と言えるかもしれませんが、そいつだけは我々、人間側に与しており、魔法少女らに力を与え怪異と戦ってくれる存在なのですよ」
「具体的には、どうやってその怪異と戦うのですか?」
「その3人、普段はごく普通の民間人なのですが、怪異が現れると、怪異課の者が彼女らを連れ出し、戦闘を仕掛けます。一方で警察庁では周囲の安全確保、避難誘導なども行います」
「はぁ。で、その魔法少女というのは、どうやって戦うんですか?」
「まず使い魔の力を借りつつ、変身します」
「へ、変身!?」
「はい、姿を変えることで、本来の力を発揮することができるそうです」
変身する魔法少女って、アニメの設定そのままだな。そういえばあの記者が、レティシアに変身がどうとか言っていたが、そういうことか。
「1秒程度で変身し終えるので、すぐに戦闘に入ります。ただ、そこから先は相手次第で戦い方が変わるので、これと決まった戦い方はありません」
「ええと、ちょっと僕らの常識を超えているので、理解が追いつかないのですが……魔法少女というからには、魔法を使うので?」
「そうです。3人がそれぞれの特技を持っています」
そういうとこの巡査部長は、なにやら紙を差し出す。そこには、3人の顔写真が載っている。
「まず1人目。彼女の名は、ブリットマリー・ヘーグストランド、19歳。コールサインは赤。3人の中では魔法少女歴が一番長い彼女で、炎系の魔法を使い、炎の剣『レーヴァティン』を発現し駆使して相手を突く攻撃が特徴です」
その話からは、想像以上に「魔法」だった。しかし、その写真の姿はごく普通の女子大生ほどの人物にしか見えない。
「続いて2人目。名前はイーダ・リューブラント、16歳。コールサインは青。氷系魔法の使い手で、多量の氷粒を音速以上の速度で放ち、その勢いで怪異にダメージを与えます」
「あの、炎とか氷とか、ごく普通の自然現象や物質としか思えないのですが、怪異というのは通常の武器で倒せないのに、炎や氷では倒せるんですか?」
「はい、不思議なことですが、彼女らの魔法による攻撃のみ、怪異には通用するのです」
確かに不思議だ。なにか普通の炎や氷とは異なるのだろうか?
「で、3人目。名前はモニカ・カルステニウス、17歳。コールサインは黄。雷撃系の魔法を使うのですが、ブリューの放った氷を避雷針のように使って、相手の中枢神経を破壊するのが彼女の攻撃の特徴です。なお、この3人の指揮を私が行っており、怪異の性質や弱点を見出して、彼女らに指示を出す。それが私の役目です」
話を聞く限りでは、圧倒的に魔法だ。が、話だけではそれがどれほどすごいものかが伝わってこない。変身という要素のみに特異性を感じるのみだ。
「うーん、確かにすげえんだろうけどよ……」
「うむ、その程度であれば、私も使えるぞ。私だって魔剣があれば、雷神炎を放てるからな」
話を聞いたレティシアとリーナが、率直にそう語るが、これには僕も同感で、実際にそれを見てみないとなんとも言えないというのが正直なところだ。
「ところで、なぜあなたは僕に、その話を?」
「あなた方は、我々以上の技術をお持ちだ。その怪異自身への攻撃手段に加え、あの怪異の謎も明かしてほしいというのが、私からのお願いなのです」
ああ、それで僕との接点を求めたのか。しかし軍ではなく警察が管轄とは、どういうことなのだろうか。治安維持が担当だというのは分かるが、軍ならばどうにか対応できる事態ではないのだろうか。
「その怪異というのは、どういった条件で現れるものなのです?」
「規則性はありません。続けざまに現れることもあれば、一か月の間、現れないこともある。ですが、前兆があってですね」
「前兆?」
「はい、怪異が出現する直前には必ず……」
巡査部長が何かを言いかけた時、呼び出し音が鳴る。それは、オースブリンク巡査部長の持っている携帯電話だ。画面が小さく、ボタンがついている古典的なその電話に話しかける巡査部長。
「オースブリンクだ……そうか、で、どのあたり……」
電話に出たばかりだというのに、この巡査部長は早々に電話を切ってしまう。なにやら不可解だな。
「だめだ、切れてしまった。まさかこのタイミングで起きるとはな」
その携帯電話を握りしめながら、意味深なことを言い出すオースブリンク巡査部長。それを見て何かを察したダールストレーム少尉が尋ねる。
「もしかして、電話が使えないのですか?」
「そうだ。つながらなくなった」
「ということは、すでにあれが発生しているということでしょうか?」
「うむ、そうだ。磁気嵐だ」
このオースブリンク巡査部長とダールストレーム少尉との会話に、僕はハッとする。
「あの、磁気嵐というのは、ここではよく起きるものなのです?」
「はい、そうですね。これこそがまさに、怪異が出現する前兆なんですよ。直ちに向かわねば」
それを聞いた僕は、あの時のことを思い出す。まさにダールストレーム少尉との接触することになったきっかけが、磁気嵐だったからだ。
あの磁気嵐のおかげでレーダーが効かなくなり、その結果、この星の人々と接触することができたようなものだ。だが、その磁気嵐が怪異出現の前兆だという。
ということはあの日も、その怪異とやらが出現していたというのか?
バタバタと身支度を整え始めるオースブリンク巡査部長。背広を羽織り、まさにそのカフェを出ようとした時、僕の方を振り向く。
「そうだ、少将閣下。せっかくの機会です、彼女らの戦いぶりを、ご覧になりませんか?」