#74 怪異
「ちょっとカズキ! なんですぐに、あたいを呼ばなかったのよ!」
「仕方がないだろう。こちらだって想定外の接触だったんだ。まさか降り立ったその日のうちに交渉が始まるなどとは普通、考えないだろう」
0002号艦で呼び寄せたフタバが、到着するなり文句を言い出す。どうやら一番乗りができなかったことを不満に思っているらしい。そんなことにいちいち不満を持つこと自体が、僕には理解できないのだが。
「と・に・か・く! ここから先は、あたいが仕切るからね! 分かってんの、カズキ!?」
「分かった分かった、好きにしろ」
しょうもないこだわりを持つ妹を適当にあしらいながら、僕は艦を降りる準備を進める。これからヴィストレーム中将閣下と共に、このゴットランド共和国軍総司令部に出向くことになっているからだ。
「へぇ、てことはこの国の首都のど真ん中に行くことになるのかよ」
「うむ、美味いものがたくさんありそうだな」
「じゃが、この星には妾のような着物姿というのは見られぬと申しておったぞ」
どうでもいいが、この3人もついてくる気満々だ。僕は呼ばれているが、3人を連れてくるようになどとは言われていないぞ。ついていったはいいが、入れなかったらどうするつもりだ。
『提督、ダールストレーム少尉が迎えのため、いらっしゃいました』
「了解、すぐに行くと伝えてくれ」
『はっ!』
駆逐艦の入り口から有線電話で連絡が入り、迎えが来たと知らせてきた。現れたのは昨日、我々と最初に接触したあの戦闘機パイロットだ。我々と関わってしまったばかりに、こんな雑用まで請け負うことになってしまったようだ。
聞けば、彼は昨日が初めての単独任務だったそうだ。その初任務の成果が「宇宙人」の接触とは。運がいいのか悪いのか。
それにしても、急展開が続く。あの白い艦隊を破ってから、まだ3日しか経っていない。とんとん拍子にこの星の人々との接触、折衝が進んでいる。今までに幾つかの星々と接触をしてきたが、これほどスムーズにことが進むのは初めてだ。
そういう意味では、この星は普通ではないのかもしれない。いや、ジーノたちの星と違い、特殊な慣習や文化によってこうなったというより、単に運の要素が大きいだけだ。ここからはごく普通の折衝となるはずだから、運の良さもこれ限りだろう。
その辺りのことは、イキリ立つあの妹が責任を持って果たしてくれるだろうから、僕が手を煩わせることはない。任せろと言っていたから、全て丸投げしてやる。そんなことよりもだ。
僕はこれから、この星の大将と呼ばれる人物と会わなくてはならない。憂鬱だ。コールリッジ大将のような曲者でないことを願うばかりだな。
◇◇◇
「敬礼っ!」
総司令部本部ビルに並び立つ衛兵らが、一斉に敬礼する。それに返礼で応えるヤブミ少将と、手を振る3人の奥さんたち。そして、側近の3人の士官。そんな異様な集団がビルに入っていくのを見送ると、僕は本部ビルの下層にある控室へと向かう。
つい昨日、僕は彼らと接触した。刺激的な1日だった。宇宙船に乗った宇宙人との接触、ドラマティックな展開のはずだが、それにしてはあまりにも我々と変わらない姿に、宇宙人であることをすっかり忘れていた。
「ちょっと失礼」
僕が控室にいると、突然、見知らぬ人物が入ってきた。僕は身構える。
「誰だ? ここは軍施設であり、民間人の出入りは禁じられているはずだが」
「わたしゃ『自由の光』の記者、ステーンハルマンっていうもんですよ。一応、司令部担当の記者なんで、部外者ってわけじゃねえですぜ」
「自由の光」とは、先の戦争が終わった直後に発刊された雑誌だ。政治、軍事、そして街の治安維持に至るまでの硬派な話題を扱う情報誌として、最近特にその影響力を伸ばしつつある。
が、最近はそんな硬派な印象よりも、スキャンダラスな話題を捉えることで有名な雑誌となりつつある。そんな曰く付きな雑誌の記者が、なんだって僕のところへやってきたのか?
「で、ちょっと聞きてえんだが、あんたが、いや、少尉殿があの宇宙人と最初に接触したって話らしいが、そりゃほんとか?」
「本当だ。グリーネホークに乗り国境警備任務へ向かう途中、磁気嵐によって雲海を彷徨っていた時に偶然、遭遇した」
「ふうん、偶然ねぇ。そんなことがあるのかねぇ」
この図々しい記者は、僕のいうことを信じられないというのか? 僕が不満げな表情を浮かべていると、慌てて先の発言を打ち消すように質問を続けてくる。
「あ、いや、それよりもだ。その宇宙人の指揮官には、3人の妻がいるって聞いたんだが。それもほんとか?」
なんだ、そんなことまで知っているのか。そんなことを確認するために、わざわざ僕のところに来たというのか? おそらくは、衛兵か基地の守備兵から聞いたのだろう。隠すようなことでもないし、僕は答える。
「ああ、それも本当だ。しかも3人中、2人がその指揮官であるヤブミ少将とは違う星の出身だと聞いた」
「へぇ、星間結婚かい。外の宇宙じゃ、常識なのかねぇ?」
「昨日会ったばかりだから、分かるわけがないだろう。いずれその辺りの情報も、おのずと入ってくるんじゃないのか?」
とにかく僕は、この不愉快な記者の相手をさっさと終わらせたかった。だから、投げやりに答える。しかしこの記者は、僕にこんなことを言い出す。
「まあ、その辺はその少将閣下とやらに直接聞いてみるとして、だ。その宇宙人ってのは、とんでもねえ武器や乗り物を持ってるんだろう?」
「それは第7航空師団の基地にあるあの大型の宇宙船を見れば分かることだろう」
「だったらよ、このウィスビーのあの長年の問題を、片付けてくれるかもしれねえって期待してもいいのかよ?」
この記者の一言に、僕は思わずハッとする。そうだ、言われてみればその通りだ。昨日だって、磁気嵐が起こっていた。ということは当然、あの問題も起きていたはずだ。
「正直、分からない。が、そういえばあの少将閣下の奥さんの一人が、魔女だと言っていたな」
「魔女? なんでえ、それは」
「さあな。分からない。我々の知るものと同じかどうかまでは、確認できなかった」
「ふうん。だけどそいつはちょっと、心強い情報だなぁ」
この下品な記者からの質問はもうしばらく続き、帰っていった。ようやく静けさを取り戻したこの狭い控室で一人、思いを巡らせる。
そうだ、彼らならもしかしたら……
国家がひっくり返るほどの問題、というわけではない。が、目に見えぬ恐怖に、このウィスビー市は絶えず脅かされてきた。隣国の脅威もさることながら、内部に抱えるこの問題を、我々は疎ましく思い続けてきたのは事実だ。
もしかすると、彼らの登場はその問題の根本的解決につながるかもしれない。そんな期待を、僕自身も抱いてしまう。
と、再びこの控室に、また誰かがやってきた。ただし、先ほどの下品な記者とは違い、その相手はドアをノックする。
「失礼、ダールストレーム少尉はいらっしゃるかな?」
また、どこかの記者だろうか? さっきよりは紳士的だが、再び質問責めされるのかと思うと少しうんざりしてしまう。が、その人物はこう続ける。
「私は、警察庁、怪異課のイデオン・オースブリンク巡査部長という者だ。少尉にお願いしたいことがあってやってきた。上官の許可はもらっている」
その人物の肩書を聞き、僕は慌ててドアを開け、その人物を招き入れた。
◇◇◇
はぁ、やっと終わった。
何をさせられるのかと思えば、宇宙における戦闘のやり方を説明させられた。我々は戦列砲艦主体の長距離砲撃による正面決戦を基本とすること。その射程は30万キロ、それはこの星と月までの距離とほぼ同じであると説いた。あまりピンときてはいない様子だったが、動画を交えながらの説明で、それが事実であることは伝わっただろう。
こちらの大将閣下は、コールリッジ大将ほど狡猾さはない。さりとて、オルランドーニ大将のように何かを洞察する風もない。無味乾燥、そういう感じで、終始黙ったままだった。周囲にいる中将クラスが、僕にあれこれと質問を投げかけてきた。
ここでは、航空戦力による制空権の奪取および艦艇支援による制海権の取り合いが基本戦略となっている。それゆえ、戦闘機パイロットに重きをおいている節はあるが、それがほぼ通用しないと知って愕然としているようだ。
で、一通りの説明を行ったのちに、後のことは担当士官に引き継ぎ、僕とデネット少佐は大会議室を出る。急展開続きで、少し疲れてしまった。
さて、僕とデネット少佐は、レティシアたちが待つ控え室へと向かう。ここの士官が、我々をそこに案内してくれる。
が、その控え室の前に、何やら妙な雰囲気を醸し出した男がいる。くたびれた背広姿に、茶色のベレー帽。手には大きめの手帳を持つその男は、僕を見るなり駆け寄ってきた。
「あんたが、宇宙人のヤブミ少将か?」
いきなり遠慮のないタメ口で、僕はこいつがヤバいやつだと一瞬で理解する。案内役の士官が間に入る。
「ちょっとあんた、ここは将校以上が入ることができるフロアだ。記者が来ていい場所じゃない」
「なんだよ、こんなスクープ前にして、禁止もへったくれもあるかよ」
ああ、やっぱりヤバいやつだった。記者という人種は、どこの星でも倫理観が欠如しているらしい。
が、この騒ぎを聞きつけて、控え室の中にいたレティシアたちが出てくる。
「なんだぁ? なんか外が騒がしくなってきたぞ」
ゾロゾロと出てきたレティシア、リーナ、そしてマツに、その記者はさっそく食いつく。
「もしかしてあんたら、ヤブミ少将の3人の奥さんか?」
「おう、そうだぜ」
「ちょ、ちょっとステーンハルマンさん、ダメですって」
「誰だこいつ?」
「わたしゃ『自由の光』って雑誌の記者で、ステーンハルマンってもんだ」
「なんだ、雑誌記者かよ。で、俺たちになんか用か?」
「なんかじゃねえでしょう。あんたら宇宙人だぜ? この地上の連中が、気にならないわけがねえだろう」
「ああ、そりゃそうだな。んで、何が気になってるんだ」
「そりゃあもう、少将に3人もの妻がいるってとこでしょう。こいつは、衝撃的な事実ですぜ」
「そうかぁ? 人間臭い話しかねえし、別にそれ以上に面白い話があるわけじゃねえがな」
「その人間臭さが、読者の一番知りたがってるところなんだよ。あんたらにも、夜の営みが気になってしょうがねえ人種ってのがいるだろう」
「ぐへへ、俺は好きだぜ、そういう話は」
なんか妙に波長が合うようで、レティシアのやつ、すっかりこの記者のペースに飲まれちまった。で、控え室にこのヤバい記者を連れ込んでしまう。
「するってぇと、レティシアさんが最初の奥さんで、その後、リーナさんとマツさんを助ける過程で、奥さんになってしまったと?」
「まあ、そんなところだな」
「うむ、先ほども言った通りだ。カズキ殿と出会わなければ、私はすでにこの世の者ではなかった」
「妾とて同じじゃ。これも定めであろうな」
「にしても、2人にお子さんがいて、マツさんも懐妊中って、どんだけ少将閣下はお盛んなんだよ」
「そりゃああんた、カズキを舐めちゃいけねえぜ。こいつの相手に、3人でもどうかって時があるんだよ」
すっかりノリノリで答えるレティシアだが、お前、分かってるのか? ここでしゃべったことは全部記事に書かれてしまうんだぞ。
「そうだ、さっき聞いたんだが、魔女の奥さんがいるってのは本当か?」
この記者、どこでそんなことを聞いたんだ? だがそれを聞いたレティシアが勢いづく。
「おう、俺が魔女だぜ」
「へぇ、あんたが魔女?」
「おうよ。こう見えても、怪力魔女なんだぜ」
魔女と聞いて、それなりの反応を返したのは、この記者が初めてだ。そりゃそうだな、ゴシップネタが好きそうな記者だから、そういう話に食いつきやすいはずだ。
が、この記者、思わぬことを尋ねてきた。
「てことはあんた、変身するんかい?」
「は? 変身?」
「だって、魔女なんだろ」
「そりゃそうだけどよ、なんで変身する必要があるんだよ」
そういうと、レティシアはそばに置かれた大きな置物に手を当てて、それを浮かせてみせた。
「ほれ、俺にかかりゃ、この程度のもんはすぐに浮かせられるぜ。なんなら、車でも戦車でも持ち上げてやらあな」
それを聞いた記者は、何やらぶつぶつと言いながらメモを取る。
「うーむ、変身しねえで、重いものを持ち上げられる魔女……と」
僕が違和感を感じたのは、このゴシップネタ好きの記者ですら、どこか反応が薄いということだ。どうしてだろうか。何か引っ掛かる。
その後もいくつかの質問と、回答の応酬が続く。もっとも、あまり軍事的なことは聞かれなかった。そういう情報はいずれ軍がリリースするからだとこの記者は話しており、それよりも宇宙人がどういう人たちなのかを知らせることが、自分の使命だと言っていた。
ヤバいやつだが、案外考えて行動してるんだな。僕らとしても、彼らと同じ人間であることを知ってもらうことはむしろ望ましいことだと思う。僕のプライベートがかなり漏れてしまったのは気がかりではあるが。
「いやあ、いい話が聞けたぜ。ありがとうよ、いい記事が書けそうだ。そんじゃな!」
そう言いつつレティシアと握手して、その記者は出ていってしまった。
「いやあ、提督のハレンチぶりが、この星の人にもバレちゃいましたね」
涼しげに話すデネット少佐だが、貴官だって相当なものだろう。あのマリカ少佐と一緒にいるだけで、かなりのヤバさだ。だが、ここでは僕の異常さだけが暴露されてしまった。案内役の、この星の士官の視線が冷たい。
そんな一幕があった後に、ようやく僕はこのビルの一階で待つダールストレーム少尉と合流することとなる。
が、エレベーターを降りて、少尉の姿を見つけ、少尉の横に背広姿の人物を見つける。
まさか、また記者か? 一瞬僕は戸惑うが、僕の顔を見るなり、その人物は会釈をして、僕に近づいてきた。
「お初にお目にかかります、ヤブミ閣下。私は警察庁、怪異課の、イデオン・オースブリンク巡査部長と申します」
「はぁ……えっ? 怪異課? なんでしょう、怪異というのは?」
奇妙な部署だな。なんだその怪異というのは。僕のこの問いにその巡査部長は、驚くべき質問を僕に投げかけてきた。
「魔法少女、という存在を、ご存知でしょうか?」
この瞬間、僕の中にあったミッシングリンクが、ようやくつながったのだと確信する。
ああ、やはりこの星は、普通ではなかったのだ。