#72 邂逅
「高度2万メートルまで降下、現在、対地速度700」
白い艦隊との戦闘から、すでに5日が経った。今はナゴヤ時間、すなわち艦隊標準時で2493年7月10日、14時52分を指している。
白い艦隊の鹵獲には失敗した。が、その艦隊が隠し通そうとした星は、意外なほどあっさりと見つかった。
特に光学迷彩もなく、先の星のように同じ星系内の二つの星の人々が戦いを繰り広げているなどという、馬鹿げたシチュエーションも確認されていない。そこで我々は今、この見つかったばかりの地球型惑星の大気圏内に入り、徐々に高度を下げているところだ。
「高度を7000まで下げてくれ。地上の状況を把握したい」
「ですが提督、あまり接近すると、見つけられるかもしれませんよ」
「その時はその時だ。いずれは接触しなければならないのだから、遅いか早いかだけだ」
「提督がそう、おっしゃられるのなら……」
ジラティワット艦長は、僕が露骨に高度を下げるよう指示を出すことにやや、不満げな様子だ。
僕も少し、せっかち過ぎる自覚はある。が、あの失敗を取り戻さんとして焦っているというのが本音だ。あと少しというところで、白い艦隊の艦艇を鹵獲するところまで言っていたのに、目前で失敗した。これは手痛い失敗だった。
5千隻もの艦隊相手に、我々も決して少なくない犠牲を伴った。駆逐艦72隻、人型重機85機が失われた。5倍の敵と戦ったと思えば微々たる損失といえるが、一千隻の艦隊としては決して少なくない犠牲だ。しかも、最新鋭艦ばかりの艦隊であることを思えば、なおさらだ。
やりようはあったかもしれない、そういう思いが残り、それが余計に悔しさを増長している。あの時、ワン隊ではなくミレイラ号を向かわせていれば、もしかしたら自爆などされずに接触できたかもしれない。作戦終了直後にそう考えたものの、後の祭りだ。
なお、この星には高度な文明が存在することは分かっている。すでに発信される電波を捉えていて、そこからだいたいの文化レベルが把握できている。
ジーノたちの星よりも、若干進んだ文明であることは判明している。人工衛星にデジタル放送、大型のジェット旅客機など、ジーノたちの星では見られなかった技術をすでに保有しており、さらに言えば、この星には大規模な軍隊もいる。それは、空母部隊の存在から推定される。
空母などという、ジーノたちの星には存在しないものがここにはある。あれはまさに集団戦闘のためのものだ。つまりここは、あのややこしい非常識が存在しない可能性を示唆している。
それゆえに僕は、余計に危惧している。
あの白い艦隊が全滅、自爆までして隠そうとした星が、普通であろうはずがない。
それは遺跡の存在かもしれないし、はたまた予想もつかない習慣を持っているかもしれない。前回はあまりに無防備に接触し、大変な目にあった。今度はしっかりと下調べをした上で、接触を果たしたい。
「高度7000、速力300」
そうこうしているうちに、かなり高度が下がってきた。場合によっては、この星の航空機とすれ違う可能性もある高度だ。が、こちらはステルスで把握できないはずだし、逆にレーダーで航空機を捉えれば、接触を避けることができる。
もっとも近い航空機からは、ゆうに100キロ以上は離れている。これだけ離れていれば、彼らに捕捉されることはないだろう。実際、捕捉された形跡は見られない。
我が0001号艦以外にも、10隻の艦艇が大気圏内にて調査活動を開始している。また、各戦隊にはこの星周辺の調査を命じている。しかし今のところ、ごく普通の地球だという結論しか出ていない。
だが、僕の直感は、それを否定している。
必ず、何かある。
別に何かあって欲しいと願っているわけではないのだが、こればかりは現実を直視しなくてはならない。思えば、白い艦隊という謎の存在に迫ることすらできていないのだ。あれがなんのために存在するのか? それが見えていない今は、やつらが秘匿する何かを暴きながら、その正体に迫るしかない。
「……あれ?」
と、その時、タナベ大尉が不可解なことを口にする。
「タナベ大尉、何があったか? 報告せよ」
「はっ、レーダーノイズが現れ始めてます。レーダーが効きません」
「なんだって? レーダーが効かない?」
「すでにレーダーサイトがノイズで埋もれております。磁気嵐に突入したのかもしれません」
と、ここでいきなりレーダーが効かなくなるという思いがけない事態が発生する。
「レーダーの回復に努めよ。観測班、予備システム起動」
「はっ! 予備システム起動!」
予備システムとは、簡単にいってしまえばカメラとAIを組み合わせた目視のシステムだ。レーダーが効かない場合に備えて、機械の眼を働かせる。
が、所詮は「目」だから、索敵範囲はさほど広くない。せいぜい4、50キロ程度が限界だ。
困ったものだ、こんな時に磁気嵐など、まったくもって運が悪い。
◇◇◇
『ダールストレーム少尉機、ガネット12、発進許可了承、直ちに発進せよ』
発進許可が下りた。ウィスビー第7航空師団に配属されて早3か月。ようやく今日、パトロール任務としての出撃が許された。
我がゴットランド共和国は、隣国のシャイナ合同王国よりしばしば領空侵犯を受けている。その牽制のため、パトロール任務と称して国境ギリギリまで飛行し、あちらが緊急発進したところを見計らって引き返す。一言で言えば、嫌がらせをするために僕は発進する。
「ガネット12、発進する!」
スロットルレバーを徐々に倒す。グリーネホークの2基のエンジンが甲高い音を奏でて、滑走路を走り始める。
機速がのったところで、レバーを一気に倒す。アフターバーナーの炎の光がキャノピーを照らしつつ、短い滑走路を一気に駆け抜ける。そして僕は、操縦桿を引いた。
グッと加速度がかかる。高度計はぐるぐると回り、雲を抜け青空の下に出る。が、まだ上昇を続ける。
高度はすでに7200ヤーデを超えた。そこで水平飛行に移り、シャイナとの国境へと向かう。
海上に出る。しばらく飛ぶと、向こうの防空識別圏にかかる。グリーネホークの機影を捉えてから、迎撃に上がるまでが3分、シャイナ空軍機が国境に到達するまでがおよそ20分。その時間のギリギリで引き返して、奴らに無駄な燃料と神経を消費する。これを、週に3日やる。当事者が言うのも変だが、この任務になんの意味があるのかと思うこともある。
が、単独飛行というのはいい。教導機との編隊飛行ほどつまらないものもない。まるで散歩に連れられたペットのようだ。今日は首輪を外されて、思う存分、隣国に嫌がらせをさせてもらえる。そこに意味があるかどうかなど、今の僕にはどうでもいいことだ。
あと2分で向こうの防空識別圏というところまで来て、事態が急変する。このタイミングで、あれが起きてしまったのだ。
「ガネット12より管制! 磁気嵐に突入した!」
レーダーサイトが乱れ始めた。てことは、シャイナの連中は僕のグリーネホークを捉えていないかもしれない。これじゃ、なんのために上がったのかわからないじゃないか。
『……12、……より……せよ……』
管制からの返信は、もはや聞き取れない。どうせ目視にて警戒しろと言っているだけだろうな。そう解釈して、僕はゴーグルを外す。
雲が多い。不本意だが、あれを避けつつ飛ぶしかない。民間機の航路からは大きく外れた場所ではあるが、万が一にも不意に侵入してきたシャイナ空軍と衝突することにでもなったら大変だ。とんでもない国際問題に発展しかねないな。そう考えた僕は機速を落とし、雲沿いに飛行を続ける。
なんてことだ。航空大学校を卒業し、教導機付きの訓練から解放されての初任務が、磁気嵐に襲われるなんて。
いや、磁気嵐が起きたということは、僕よりも大変な思いをする者もいるのだったな。その人たちには感謝しつつも、僕は僕のすべきことをするしかない。
が、雲に沿って国境を目指すうちに、ますます雲が増えてくる。思えば、低気圧が接近しているとの予報だった。レーダーが効いていればこの程度の雲はどうということはないんだが、有視界飛行では邪魔以外の何者でもない。
「くそっ、なんでこんな時に」
悪態を吐く。やはり磁気嵐が忌々しい。このまま、引き返すか? いや、そうもいかない。どうにかして国境を脅かし、奴らの力をすり減らしてやらなければ、こちらの燃料損だ。
つい20年前には、そのシャイナと我が国は、同盟国をも巻き込んで戦争をしていた。そこでは同胞が大勢、亡くなった。僕の父親も、その一人だ。だから、まだ子供だった僕はそのときから航空隊を目指した。
航空機は我が国が優位だ。音速の倍を超える戦闘機は、未だシャイナでは作られていない。こいつの加速についてこられないヘボな戦闘機しかない。だから僕は航空隊を目指した。敵を圧倒する力を、僕は欲していた。
その力を手に入れた初めての日である今日、任務も中途半端に帰るなど言語道断だ。だから僕は意地になって飛び続ける。
もう少し高度を上げれば、雲を避けやすくなるな。そう思った僕は機種を上げて上昇に転ずる。高度計はすでに、1万ヤーデを超えている。
水平飛行に移り、磁気嵐の只中を僕は、高度1万1千ヤーデを飛行していた。
そこで、奇妙なものを目にする。
灰色の雲、いや、雲にしては少し変だ。角張り過ぎている。
まるで岩肌が浮かんでいるような、そんな不可思議な雲だ。いや、あれは絶対に雲じゃないな。どう見てもあれは、人工物だ。
真っ先に考えたのは、シャイナ空軍の飛行船ではないかということだ。あの国が上空で通信傍受のため飛行船を飛ばすことはそれほど珍しくない。だが、国境を越えたこの空域までやってきた前例がない。
磁気嵐のどさくさに紛れて、こっちの領空まで入り込んできたんじゃないか? ならば、重大な国際法違反だ。僕は機種を下げて、その雲の中を進む飛行船と思しき物体を追う。
だが、接近するにつれて、それが飛行船であることに疑いを持ち始める。
高度は8000ヤーデ近い。これほど高いところを飛べる飛行船なんて、どう考えてもあり得ない。せいぜい4、5000ヤーデが限度だ。
とすれば、あれは一体、なんだ?
距離1200ヤーデまで接近した時、その飛行船らしき物体が雲から姿を現す。それを見た僕は、かつて見たことがないその異様に息を呑む。
「が……ガネット12より管制! 未確認飛行物体を視認! 全長およそ500ヤーデ、灰色の飛行船タイプ! 機体照合を乞う! 送れ!」
慌てて僕は無線で管制を呼び出すが、磁気嵐の真っ只中で、まるで応答がない。
その灰色の異様な物体は、速力は毎時40万ヤーデで進んでいる。全体がまるで石造りの塔のようにまっすぐで、後方は膨らんでいる。どう見たってこれは、飛行船などではない。
僕は機体を大きく旋回させて、この不可解な飛行船をひと回りする。先端部は、空力を無視した巨大な穴、後方には四つの四角いジェット噴射口、そしててっぺんには大きな窓のついた船橋と思しき建造物。
僕は、確信する。
これは紛れもなく「空中戦艦」だ。
だが、どこの国がこんなものを作り上げたというのだ。まさかシャイナ合同王国がこれほどの空中戦艦を、いつの間にか作り上げたというのか?
僕は旋回を続ける。なんとしても、この恐るべき兵器の存在を本国に知らせなくては。
◇◇◇
「航空機一機、旋回しつつ接近!」
しまったな、まさか航空機に発見されてしまうとは。しかも、あれは見るからに戦闘機だ。
「何とか通信はできないか?」
「ダメです、依然、磁気嵐の影響が強くてあらゆる電波機器が使用不能です」
このままでは、攻撃されてしまうのではないか。そうなったら少し厄介なことになる。どうにかしてあの機体の操縦士に、敵対心なきことを伝えなくてはならない。でも、無線すら使えない今、どうやって伝えればいいんだ。
「困ったな。こういう時、どうすればいいのか。ヴァルモーテン少佐、なにかアイデアはないか?」
「無線も使えないとなれば、砲撃でもして、意思を伝えるくらいしかできそうにありませんね」
いや、それは逆効果だろう。この星の表面に住むすべての人類を敵に回すことになるだけだ。
発光信号ならば使えるが、符号が違うだろうから伝わらないことには変わりない。甲板に出て、身振り手振りで伝えれば……いやダメだ、ここは上空7000メートルを超えている。生身の人間が外に出ていい場所ではない。
「何やら、騒がしいことになっておるようじゃな」
この偶発的な事態に、司令官席に座るマツが呟くように言う。このところ、マツは貧血状態が治りつつある。サプリが効いているのだろう。
「この星の航空機に見つかってしまったんだ。それで、こちらの意思を伝えたいのだが、無線が使えない。それで今、困ってるところだ」
「うむ、左様であったか。ならば、旗か手振りで意思を伝えるしかなかろう」
「それはそうだけど、どうやって?」
「古来より、恭順の意思を表すのは、白と決まっておる。白い旗などを掲げてはどうか?」
マツは、あの機体に向けて白旗を揚げよと言うのだが、それって僕らの感覚では「降伏」を意味する。いくらなんでも、ちょっとそれは……と思ったが、とりあえずはなんでもいいから、敵対心なきことをまず示し、後で事情を話せばいいか。僕はそう考える。
が、白旗を揚げようにも、そんな都合のいい物はあったかな。テーブルクロスか、それとも機器類の保護カバーか何かで代用するか。
「提督。白い旗ではありませんが、それっぽいものがあるにはあるのですが」
そんな時、ジラティワット艦長が僕に進言する。
「それっぽいのとは、何だ?」
「はい、観艦式に使うあの旗ですよ。この艦は司令官付きの旗艦という扱いですから、観艦式を想定して識別旗が搭載されてるんです」
「あ……」
ジラティワット艦長のこの言葉で、僕も思い出した。確かに、そういう旗が搭載されているな。だが、あれは白旗などではないぞ。れっきとした意味のある識別旗だ。
だけど、考えてみればあれは警戒心を誘う類の模様でもない。むしろ、こちらの意図を伝えられるのではないか。そう思った僕は、指示を出す。
「デネット少佐を呼出せ。人型重機にて発進し、識別旗を掲げよ、と」
◇◇◇
まだ磁気嵐は、おさまっていない。第7航空師団の管制との連絡が回復しない中、僕はこの不可解な飛行船を追い続けている。
しかし、見るからに重そうなこの飛行船、一体どうやって飛ばしているのだろうか? 空力的にも浮力的にも、とても空に浮かびそうな形をしていない。
その飛行船に、急に動きが見られた。上面の一部が開くのが見える。そして、その中から奇妙なものが出てくる。
10ヤーデほどの大きさの、人型の何かだ。ロボット、と呼べばいいだろうか。まるで特撮か動画から飛び出したような不格好な機械が、あの飛行船の甲板の上に立つ。その手には、何やら長いものを持っている。
もしや、機銃の類か? 一瞬僕の緊張を誘うが、それは大きな旗だった。あのロボットは、白っぽい旗を掲げ始めた。
が……白旗では、ないな。何だあの模様、白地に赤い丸。不可解な船の上の、不可解な機械が、不可解な模様の旗を振り始めた。
白旗であれば、恭順または降伏を表す意味になるが、真ん中の赤丸は、どういう意味があるのか。意図が読めない。が、どうやら、攻撃の意思はないと言いたげだ。それはあのロボットの動きからも読み取れる。
見るからに兵器には違いないあのロボットが、わざわざ旗を掲げているからには、あちら側にも国際問題にしたくないという意図があるのだろう。領空侵犯には違いないが、何らかのトラブルによってここにいる。そう考えるのが妥当だ。
なにせ今、磁気嵐の真っ最中だ。トラブルが起こりうる条件は揃っている。
ともかく、こちらもあれに答えるべきであろう。たとえ相手がシャイナ空軍であったとしても、攻撃する理由が見当たらない。そこで僕は、グリーネホークを寄せて併走し、翼を上下に振った。
それを見たあのロボットは、今度はこちらに向けて敬礼をする。僕も、おそらくは見えていないとは思うが、コックピット内で返礼する。
しかし、これはどこの国のものだ? 普通は国旗または軍旗を掲げるところだろう。しかしあれは、見たことのない模様の旗だ。
いや、もしかして……僕の頭には、ふとある考えが浮かぶ。
見たことがない種類の飛行船。しかも、航空力学的に見ても明らかに不自然な飛行を続けている。
ひょっとしてあれは、地球外の何かなのではないか? そう考えたほうが、筋が通る。
その考えが浮かんだ途端、僕の脳裏に緊張が走る。
と、その時、急に目の前のレーダーサイトが、回復する。磁気嵐が、ようやくおさまった。僕は慌てて無線のスイッチを入れる。
「ガネット12より管制。現在、未確認飛行物体と接触、何らかのトラブルにより、我が領空に侵入した模様。攻撃の意思はないと見られる。なお、信号旗らしきものを掲げて航行中、模様は、白地に赤い丸。指示を乞う」
◇◇◇
「なに? 電波機器が回復した?」
「はっ、たった今、急に」
その報告を受けて僕は、正面モニターを見る。確かにレーダーが回復し、すぐ脇を併走するあの戦闘機が映っている。
直後、通信士が何かの通信を傍受する。
「提督、通信を傍受しました。発信源は、すぐ横を飛ぶあの機体からです」
「内容は分かるか?」
「はっ、統一語が使われており、わかります。再生します」
通信士が、傍受した通信を艦橋内のスピーカーにて流す。
『ガネット12より管制。現在、未確認飛行物体と接触、何らかのトラブルにより、我が領空に侵入した模様。攻撃の意思はないと見られる。なお、信号旗らしきものを掲げて航行中、模様は、白地に赤い丸。指示を乞う』
うん、内容的には申し分ない。僕らの意図が、十分に伝わっていることが読み取れる。
とっさに用いたあの日章旗が、まさかこんなところで役立つとは思わなかった。白地の旗だから、戦闘意思がないと伝えるのにたまたま役に立った、ということか。
地球001では、稀に観艦式を行うことがある。その時に、どの艦隊の司令官の艦であるかを識別するために旗を立てるが、各艦隊司令官の国籍が違うことが多いため、その国籍の国旗が使われることが多い。例えばコールリッジ大将は星条旗を、オルランドーニ大将はイタリアの三色旗を用いる。
とはいえ、まだ一度も観艦式に呼ばれたことがなくて、この旗を使うのはこれが初めてだ。その機会が、別の星になろうとは、考えたこともなかったな。
ところが、これに対する地上の管制と思われるところからの返答は、冷ややかなものだった。
『管制よりガネット12へ、レーダー回復、現在、ガネット12以外の飛行物体は認められず』
『ガネット12より管制! そんなはずはない、目視にて、500ヤーデの物体を確認している! 再度、確認されたし!』
『了解、ガネット12、待機せよ』
地上は、このパイロットからの通信が信じられないようだ。まあそりゃあレーダーに映らなければ当然、そうなる。映ったとしても、ステルス技術により通常のレーダーでは小鳥ほどの大きさにしか映らないから、見逃されても当然だろう。
『管制よりガネット12へ、再度確認したが、やはりレーダーに機影なし。雲の見間違いではないか?』
『ガネット12より管制、すぐ脇を飛行しており、見間違いではない! 全長およそ500ヤーデ、速力毎時40万、角柱型の船体に、4基のジェット口、白地の旗を掲げており、全体が灰色で……』
あのパイロット、必死になって我々のことを伝えようとしているが、まるで信じてもらえないらしい。その後も通信を続けるが、地上からは見間違いの一点張りだ。
なんだか、少し気の毒になってきたな。なんとかできないものだろうか? 援護したくなってきた。
「あの無線に、割り込むことは可能か?」
僕は、通信士に尋ねる。
「はい、デジタル暗号コードは解読済みですので、こちらの声も送れます」
「ならば、つないでくれ。地上管制とあのパイロットと、直接話したい」
「はっ!」
僕の命を受けて通信士が、無線をつなぐ。僕はマイクを受け取り、話すタイミングを伺う。
『管制よりガネット12、それほど大きな物体が、なぜこちらのレーダーに映らないのか?』
地上管制が、パイロットには到底答えられないような質問を投げかける。その瞬間、両者の会話が途切れた。そこで僕は、ここで割って入ることにする。
「あー、小官は地球001、第8艦隊司令官、ヤブミ少将である。現在、当該戦闘機横、200メートルを併走している。聞こえていたら、応答願いたい」
……あれ、応答がないな。どちらも、静まりかえってしまった。もしかして、聞こえていない?
が、10秒ほど沈黙が続いた後、パイロットから応答がある。
『が……ガネット12より、アース、ワン? ええと……一つお聞きしたいことがあります』
ちょっと飛び方がふらついて見える。よほど動揺していると見えるな。僕はすぐに答える。
「了解だ、なんでも聞いてくれ」
『この飛行船、レーダーに映らない船体、おまけに、航空力学的に飛ぶはずのない形や重さで、平然と我がグリーネホークと並んで飛行できること、それらから総合的に考えて、あなた方は地球外生物ではありませんか?』
なんだ、そんなことか。もっと深刻な質問を投げかけるものと思っていたが、実にたわいもない質問だ。
「その通りだ、我々は地球001という星から来た、あなた方から見れば宇宙人に当たる」
僕がそう答えた瞬間、なぜか急にあの戦闘機がこの艦から離れていく。それを見た僕は、察する。
「あ、待て、この宇宙にはすでに1050もの人類生存星があって、宇宙人といっても、決して珍しい存在ではない」
しまったな、ここは宇宙人という言葉に免疫がない星だった。僕のこの言を聞いたパイロットは、再びあの戦闘機を寄せてくる。すると今度は、地上から質問が飛んでくる。
『こちら第7航空師団管制塔、アース・ワンから来たと名乗る宇宙人に尋ねたい。貴殿らの訪問の目的を、お聞きしたい』
彼らが宇宙からの訪問者を警戒する理由として、宇宙人が侵略目的でやってきたのではないかと疑うことが挙げられる。考えても見れば、無断でこちらの領空侵入もしているし、疑われて仕方がない。もちろん、こちらにそんなつもりはない。が、それをどうやって彼らに知らせればいい?
僕は、言葉を詰まらせる。次になんと答えれば良いのかを見出せていない。そんな僕を押し退けるように、割り込んできた者がいる。
「妾は、ヤブミ少将が妻、マツである!」
司令官席に座るマツが、僕のマイクを取り上げて、この会話に割って入ってきた。
「ちょ、ちょっと、マツ……」
「妾は、地球1041なる星より参った者である。妾は10万の兵に囲まれ、まさに風前の灯であったところを今の我が夫であるヤブミ少将によって救われ、そして今、この地へとやってきたのである」
雑に自身の経緯を語るマツだが、別の星の人間もこの艦に乗っていると知られることは、我々の印象を大きく変えてくれるだろう。
「そなたらは外より現れた我らに警戒心を抱いておるのであろうが、そなたらが思うような恐れを抱くものではない。このトヨツグ家、最後の血筋である妾が、保証しようぞ」
このマツの一言が、我々と彼らとの敷居を、大いに下げることになったのか。その後の折衝が、スムーズに進むこととなる。
 




