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#70 激突

「姫様~っ、ほ、ほんとに行かれるのでございますかぁ!?」

「うむ、(わらわ)はすでにカズキ殿が妻ゆえ、ここに残るというわけにはいかぬ」


 補給が完了し、いよいよ我々は、この先のワームホール帯へと突入する。その出発の日に、カツモト殿がマツとの別れを惜しんでいた。

 かつての家臣との別れ、その一番の家臣だったカツモト殿も名残惜しい気持ちは分かる。が、僕は少しだけ、その奥にあるやましさを感じている。

 こっそり探りを入れてみたのだが、やはりというか、マツの名を使った各種の土産の品はカツモト殿のプロデュースしたものであったことが判明する。ここがトヨツグ家の城であったことを示すため、マツの名を使おうというのは分かるのだが、それならば先代の名を使えばよかったのではないか? どうして、マツなのか? 単に姫のほうが人気があるのを利用しているだけではないか。露骨に見え隠れする商魂たくましいこの元武将が今、マツの手を握るその姿を、僕はどうしても素直に受け止められない。


「本当によかったのか? 今ならば、この星に残るという選択肢もあるんだぞ」


 出発前の艦橋で、僕はそうマツに問いかける。が、マツの返事は変わらない。


「構わぬ。すでにこの城も、トヨツグ家のものとは言えぬほど変わってしもうた。何も名残惜しいものなどない」


 これはもしかすると、マツ自身も呆れているんじゃないだろうか? マツ饅頭、マツ田楽、マツ団扇、マツタペストリー……売店を見れば右も左もマツの名ばかり。カツモト殿がマツの写真を何枚も撮っていたから、あれが製品に使われるのは時間の問題だろうな。そりゃあ、本人が一番ドン引きしているはずだ。

 一方で、かつての敵将を元気ならしめた結果、トクナガ公は宇宙に出ることを決意したらしい。あの老人め、宇宙に出て、何をしでかすつもりか?

 今回の旅で一番衝撃を受けていたのは、あのヒペリオーンVの5人組かもしれない。ここに滞在する3日間の間に、城の中の合戦再現ジオラマを彼らは何度も見返していた。あれが歴史的事実として、受け入れられないようだ。


「さてと、今度ここに来るときは、おめえの子供も一緒かもしれねえな」

「うむ、その時は再び天守に昇り、我がトヨツグ家のかつての栄光を我が子に見せてやらねばならぬな」


 などというマツだが、それでも残る気にはならないらしい。随分とドライだな。


「0001号艦、出港準備よし!」

「機関始動、微速上昇、繋留ロック解除!」


 ガコンと鈍い音と共に、船体を固定するロックが外される。と同時に、この艦はゆっくりと浮上を開始する。

 横に見えるオオヤマ城が、徐々に離れていく。それを窓越しにじっと見つめるマツ。そんなマツの肩を抱きかかえるレティシア。半年もたたないうちに大きく変化したかつての故郷は、やがて雲でかすんで見えなくなる。

 そして、それから1時間後には、第8艦隊一千隻は地球(アース)1041の衛星軌道上にたどり着いていた。


「さて、いよいよワームホール帯へ突入する。想定される白い艦隊との接触に備え、最後の作戦内容の確認を行っておきたい」


 僕は戦艦オオスに5人の戦隊長を集めて、作戦会議を行う。


「実に消極的な作戦だ。最初から突撃すればいいのではないか?」

「そうですよ、少将閣下。我らならば、たとえ相手が一万隻でも十分に敵を翻弄することも可能でしょう」

「いやいやカンピオーニ准将よ、そうはいかない。翻弄するだけではダメだ。何せ相手は、場合によっては全滅も覚悟で突入してくるような相手なのだぞ」

「ワン准将、それはその通りですが、なれど接近戦に持ち込むというのはいささか危険が多過ぎる気が……」

「危険は承知の上だ。だが、10倍の敵に対してまともにぶつかっては我々一千隻などひとたまりもない。奇策を用いねば、やつらを圧倒することはできぬ」

「まあまあ、メイプルシロップ入りのロイヤルティーでも飲みながら、落ち着いて話しましょう」


 集めたところで、個性派ぞろいの各戦隊長は御覧の通り、勝手なことばかり口にしている。唯一、無言を決め込んで静かに紅茶を飲むのは、メルシエ准将だ。


「で、メルシエ准将、貴官の提言したあの作戦、本当にうまくいくのか?」

「大丈夫です、閣下。おまかせください」


 この会議で、唯一メルシエ准将が放った言葉がこれである。他の戦隊長とは違い、自身の作戦によほどの自信があると見える。僕などはかえってその自信が不安を感じさせるのだが、しかし今まで何度もメルシエ准将に救われてきた。今度も多分、大丈夫だろう。


「ところでヤブミ少将、なんだこの饅頭は!?」

「ああ、マツ饅頭だ」

「いや、それは箱に書いてあるから分かるとしてだな。どうして少将の3人目の名前が書かれているのかと聞いている」

「なぜって……それは、この土産が売っているオオヤマ城の姫だったからだろう」

「いや、少将よ、それはその城の売店に文句を言わないとダメだろう。勝手に名前が使われていて、よく平気でいられるものだな」


 エルナンデス准将だけが、なぜかふるまったお茶菓子にケチをつけてくる。こいつ、常に反抗するネタを探しているだけじゃないのか? 僕にはそう思えてならない。


「と、いうことで、明朝0800(まるはちまるまる)、突入作戦を開始する。各戦隊ともに、準備を怠らぬよう」

「はっ!」


 で、会議ともお茶会ともいえるだらだらとしたこの作戦会議は、ようやく終える。


「おい、マツ、大丈夫か?」


 会議を終えて艦橋に戻ると、ぼーっとした顔で立っているマツがいた。


「うむ、さっきから気になっているのだがな。ずっとこの調子なのだ」


 とは、リーナの話だ。


「うむ……大事ない」

「いや、ちょっと医師に見てもらった方がいいだろう。この後、すぐに行こう」


 心配になった僕は、軍務を早めに終えてから医師の元へと急ぐ。


「軽い貧血ですね」


 医師から言われたのは、この一言だった。


「ということは、鉄分が不足していると?」

「それはその通りですが、妊婦さんにはよくある話ですよ」

「それはまた、なんで?」

「人の身体というのは、常に鉄分不足なのですよ」


 いきなり、一般論を述べ始める医師。いや、僕はマツが貧血気味な理由が知りたいだけなんだが。


「簡単に言うとですね、鉄分というのは人間に限らず、あらゆる動物、そして細菌に至るまで必要不可欠な元素なんです」

「はぁ」

「と、いうことはですよ、体内に鉄分が豊富だと、細菌の繁殖が止まらなくなるんですよ。それを抑制するためにはどうすればよいか、提督ならお分かりでしょう」

「ええと、つまり、鉄分を減らせばよい、と」

「その通りです。病原菌に対して抵抗力を上げるために、敢えて鉄分の不足状態を作り上げるんです。特に妊婦は、その傾向が強いんですよ」


 へぇ、そんな防衛機能が人体には働いているんだ。ということは、マツのこの状態は人体の免疫反応のひとつということか。

 もっとも、衛生環境が整ったこの艦内であれば過剰な防衛反応であるとして、医師からはサプリメントを処方された。


「そうだったのか、貧血だったんだな」


 レティシアにそ医師からされた話をすると、マツの頭をなでながら何やら納得しているようだった。レティシアにも覚えがあるんだろうか?


「それにしても、面白いものだな。このぼーっとした状態に陥ることが、病気にかかりにくくなるためだというのだから」


 僕もその話は驚きをもって受け入れることとなった。一見すると身体に害があるだけの貧血状態が、実は細菌の繁殖を抑えるためだと言われて、その人体の不思議に触れることとなった。


「まあ、なんだ。サプリメントをとりゃあ、このぼーっとした状態が治るんだろう?」

「その通りだな。が、その分、伝染病などに注意しなくてはいけないな。妙なことだが、貧血を直すことはかえって抵抗力を下げることになる、というのだからな」


 思わぬ知識を得ることになった。もっとも、艦隊司令官である僕がそんな話を知ったところで意味があるとは思えないが。

 そんな一幕があったが、その翌日、艦隊標準時0800についに(ゲート)への突入の時を迎える。


「全艦、突入せよ!」


 定刻を迎え、僕は突入を指示する。地球(アース)1041の月面上にある(ゲート)めがけて、艦隊が次々に突入していく。

 先発はエルナンデス隊、続いてカンピオーニ隊、ワン隊、ステアーズ隊、そして最後尾にメルシエ隊が続く。

 突入するや、すぐに白い艦隊を捉えたとの連絡を受ける。


「エルナンデス隊より入電! 白い艦隊、見ゆ、艦影多数、およそ5千!」


 てっきり一万隻が現れるものだと思っていたが、その予想の半数の艦隊が現れたとの報告が入る。


「距離は?」

「はっ! およそ300万キロ、我が艦隊の出現に呼応して、接近中とのことです!」


 当然だが、あちらは攻撃態勢をとってくる。まあ、いつもの反応だ。我々もひとまず、いつも通りの対応を行う。


「白い艦隊へ、いつもの呼びかけだ。我々は貴艦隊と敵対を望まず、接触の機会を乞う、と」

「はっ!」


 もっとも、この呼びかけに応じられたことは一度もない。もし一度でも応じられたなら、我々は白い艦隊との戦闘を回避できていることだろう。が、今回もまた、いつも通りの対応だった。


「白い艦隊、応答ありません! さらに接近中、およそ50分後に接敵!」

「これより、眼前の白い艦隊を『敵艦隊』と呼称する。第8艦隊、全艦、艦隊戦闘用意!」

「了解! 艦隊戦闘、用意!」


 現時刻をもって、白い艦隊は敵艦隊として扱うことになる。陣形図上の点群は、敵艦隊であることを示す赤色に変わる。こうして着々と戦闘準備が進む中、例の5人組が艦橋に走り込んでくる。


「おい、白い艦隊ってのが現れたって、本当かよ!」

「ああ、そうだ。まもなく我々は、奴らとの戦闘に入る」

「なら、私たちも出撃させてくれませんか。この間みたいに、ヒペリオーンVが出ていったら、もしかすると彼らは引き返すかもしれないわ」


 ジーノとイレーニアが、僕にそう進言する。そうだ、言われてみればそういう事があったな。


「その意見には一理ある。了解した、直ちに発進せよ。ただし、彼らに動きなき場合は、速やかに撤退すること。それが、条件だ」

「分かってるぜ、おっさん。それじゃみんな行くぜ!」


 リーダーであるジーノは、明快な言葉で皆を引っ張る。そこはいいのだが、おっさんと呼ぶのだけはやめてくれないかなぁ。ジラティワット艦長のすぐ脇で、グエン中尉が笑いを堪えているのが見える。


「敵艦隊までは?」

「はっ! およそ250万キロ、こちらの射程内まであと40分!」

「そうか」


 敵の位置を確認する。その数は5千隻と、いつもと比べて少ない。それゆえに僕は、罠の存在を警戒する。


「マツ、今のところ、何も感じないか?」

「う、うむ、感じぬ」


 まだ貧血気味のマツを立たせるわけにもいかず、僕は司令官席にマツを座らせている。頼みの綱は、マツの左腕につけられたあの御守り。もしこの間のように不意打ちをされようとも、これがあれば回避できる。

 が、マツを部屋に帰してやりたいというのが本音だ。この状態で戦闘に参加させるなど、本意ではない。だが、相手は未知の集団。まだ接触もままならない連中との戦闘で、どんな飛び道具を持っているかさえ不明な相手だ。どうしたってマツの腕輪に頼らざるを得ない。

 あの腕輪、他の人につけても同様の効果が得られるものであれば、たとえばリーナに付け替えることもできるのだが、それが可能かどうかの確証はない。いや、あれを受け取った経緯からしても、マツ以外には発揮できないと考える方が自然だ。

 身重な妊婦まで駆り出してのこの戦闘。この間のように、合体ロボの姿を見て引き返してくれればいいのだが、そんな都合のいいことは今度も起こりうるのか?


『超重力ロボ、ヒペリオーン V(ヴイ)!!!!』


 合体完了を知らせるセリフが、艦橋内に轟く。僕は陣形変化がないか尋ねる。


「敵艦隊に動きは?」

「はっ! 依然、変わらず!」


 やはり、今度ばかりは効果がなかった。つまり目前の艦隊は、同じ白い艦隊でも地球(アース)1050のある星系にいた艦隊とは別のミッションを持っているということになる。つまりこの先に、隠すべき何かがある。

 僕はそう、確信する。


「ヒペリオーンVに連絡、直ちに撤収せよ、と。加えて、予定通り作戦を実行する。各戦隊長に作戦命令書の開示を指示せよ」

「はっ! 了解です、にゃん」


 アマラ兵曹長が、直ちに僕の命令を伝える。が、1人だけそれを拒絶するやつがいる。


『何言ってんだ、おっさん! 俺たちは戦うために出ているんだ!』


 今回はエルナンデス准将ですら反抗しなかったというのに、まったく予想外のやつが僕に反抗してきた。


「たった一機でどうするつもりだ! 相手は5千だぞ、焼け石に水だ! すぐに引き返せ!」


 思わず通信機に怒鳴ってしまった。命に関わることだ、放置するわけにはいかない。しばらく僕とジーノの間で、戻れ戻らないのやり取りが続く。が、その間に割って入るものが現れる。


『提督、ワン准将です。私にヒペリオーンVをあずけてはもらえませんか?』


 5人の戦隊長の中でも、比較的良識派と思っていたワン准将からの、思わぬ提案だ。僕は当然、その真意を尋ねる。


「ワン准将、あずけるとはどういう意味か?」

『はっ、あのロボット兵器はこの後の作戦において十分な働きをしてくれるものと考えます。ゆえに、私にその指揮権を頂きたいと考えます』

「いや、たかが一機のロボット兵器だぞ? 機動性が重視される数百機の人型重機隊に混じって、あの大きすぎる図体のロボットが、何の役に立つと?」

『いえ、場合によっては百機の重機に勝る働きをするものと考えます。提督、あの機体の指揮権を頂けませんか?』


 人型重機の戦闘に関しては、ワン准将の右に出る者はいない。その准将があそこまで言うからには、何か考えがあるに違いない。


「了解した。では現時刻をもって、ヒペリオーンVの指揮権をワン准将に委任する」

『はっ!』


 どうせ僕の言うことなど聞こうとしない相手だ、ここで指揮権をゆだねたところで、結果は変わらないだろう。そう思った僕は、ワン准将に任せることにした。


『そういうわけだ、ヒペリオーンV、これより私の指揮下に入ってもらう。直ちに旗艦オオスの第12ドックへと向かえ』

『はぁ!? 何言ってるんだ、冗談じゃねえ!』

『敵はまだ遠い。攻撃を仕掛けるのは、もっと接近してからだ。それまでは我が重機隊と同様に、まずは艦にしがみついていてもらう』


 するとあの反抗精神丸出しのジーノが、あっさりとワン准将に言われた通りドックへと引っ込んでいった。思えば一度、ワン准将と共に戦い、その戦いぶりを間近で見ているだけに、僕よりは彼を信頼している節がある。ここは任せて正解だったな。


「まもなく、敵艦隊までの距離、45万キロ!」

「少佐、特殊砲艦全艦に伝達! 特殊砲にて一斉砲撃、目標、敵艦隊中央!」

「はっ! 特殊砲艦全艦、特殊砲撃用意!」


 作戦の第一段が動き出す。僕は特殊砲撃による攻撃を行うよう、ヴァルモーテン少佐を通じて命じる。当然、この旗艦オオスも特殊砲撃にかかる。


『おっしゃぁ! ひっさびさの砲撃だ! 行くぜ、ウィッチーズどもよ!』

『あいあいさー!』

『了解ですぅ!』

『アグリーです!』


 そうだ。予めレティシアたちには伝えておかないといけないな。僕はマイクを持ち、こう告げる。


「機関室、ウィッチーズに告ぐ。前回同様、第2射があると、予め心得ておくように」


 この一言で、機関室からは悲鳴が上がる。


『な、なんだってぇ!? おいカズキ! あれを2回やれっていうのかよ!』

『ひえええぇっ!』


 気持ちは分かるが、仕方がない。何せ相手は5倍の兵力だ。たった一回の特殊砲撃でかたが付くとは思えない。


「敵艦隊まで、45万キロ!」

「よーし、特殊砲撃、撃ち方始め!」


 僕の号令一下のもと、ついに熾烈な戦いの火蓋が切られた。

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