#69 再会
「へぇ、そんじゃあんた今、この城の管理をしてるんだ」
「左様にございます。姫様が去られてから御覧の通り、この辺りも急激に変わっております。ですが、この城は残して活かそうということになり、こうして今では皆の憩いの場として使われておるのでございます」
などとレティシアに話すカツモト殿であったが、当然、最初は城を開放することに抵抗したらしい。特に本丸はトヨツグ家の住まい出会った場所であり、そこを人目にさらすのは家臣として許容できないと反対した。が、例の10万の兵を率いていた将軍、トクナガ公の一言で、ここを公開することに決まったという。
で、ここは三の丸の中に作られた応接室。そこで僕とマツ、レティシアにリーナ、ヒペリオーンVのジーノとイレーニアが、カツモト殿の向かい側にいる。
「ただ、トクナガ公はトヨツグ家の足跡を紹介する場を天守の中に設けるよう命じられ、その結果、トヨツグ家の面目は守られたのでございます。それゆえに、某は今、そのトヨツグ家を伝えるべく、この城の管理人を受けたのでございます」
「うむ、左様か。そなたにも苦労を掛けたな」
「ははっ、もったいなきお言葉でございます。姫様に比べれば、このカツモトの苦労など、大したことはございませぬ」
「いや、妾も苦労したと言えるほどのことは……いや、これからすることになるやもしれぬが」
「姫様、それはどういうことにございます?」
再会で互いの話で花を咲かせる中、このマツの微妙な一言に、カツモト殿が心配そうに尋ねる。それを聞いたレティシアが、代わりに答える。
「実はよ、こいつ、カズキの子供を身籠ったんだよ」
「えっ、身籠られた!?」
しゃあしゃあと打ち明けるレティシアの脇で、バツが悪そうな顔で目を背けるマツ。だが、カツモト殿はそれを聞いて喜ぶ。
「ということは姫様、トヨツグ家の血筋を残されることになったと、そういうことでございますか!?」
「う、うむ、そうじゃ。医者の見立てによれば、嫡男であることはほぼ間違いないと」
「なんと……いや、お館様がご存命ならば、さぞやお喜びになられたことでしょう。いや、もしかするとお館様の生まれ変わりなのかもしれませぬ。なんにせよ、めでたいことでございますな」
素直に喜びを見せるカツモト殿だが、僕にはどこかくすぐったい感覚が走る。
「ところでカツモトよ、トクナガ公はどうなっておるのか?」
マツもあまりこの件の話が続くことに恥ずかしさを覚えたのだろう、いきなり話題をかつての宿敵のことに変えた。が、その答えは、背後より発せられる。
「わしなら、ここにおるぞ」
この応接室に現れたのは、特有の御紋のはいった着物姿でちょんまげのままの御仁。僕ですらそれが、トクナガ公だと一瞬で分かった。
「な! なにゆえトクナガ公がここに!?」
前触れもなく現れたトクナガ公を前に、険しい表情を見せるマツ。が、トクナガ公はこう返す。
「なんじゃ、警戒する必要もなかろう。もはや天下泰平、敵も味方もこの地上ではのうなってしもうた。かつての戦場だったこの城も、ほれ、あの通りじゃ」
と言って窓の外を指差すトクナガ公。そこには大勢の人々が行き交い、天守閣をバックに写真を撮る姿も見える。
「で、なにゆえトクナガ殿がここにおられるか? 天下泰平なれど、そなたは政に精を出さねばならぬ身であろうが」
「いや、わしはもう引退じゃ。政ならば、息子のマサタダに全てを委ねた。ゆえにわしは今、ただの隠居の身なるぞ」
いきなり現れたかつての敵に、不機嫌な口調のマツに、飄々と答えるトクナガ公。相変わらずだな、この狸親父っぷりは。
「へぇ、てことはこの爺さんが、あの10万の兵でこの城を囲んでたっていう、その将軍なんだな」
と、ジーノがそう言うと、トクナガ公はこの見たこともない若者に答える。
「そうじゃ。なんじゃ、そなたらも知っておったのか」
「いや、その10万って数が信じられなくてよ。大勢で寄ってたかって戦うっていう感覚が、俺らにはないんだ」
「妙なことをぬかすやつだな。戦ならば当然のことではないか。多勢をもって、少数を屈する。それのどこがおかしいと申すか?」
「ああ、トクナガ殿、実はですね……」
僕がジーノとトクナガ公の間に割って入る。彼らの文化の特殊性を説明しなければ、トクナガ公も彼らを理解できないだろう。
「……なるほどのう、一騎討ちの文化であるか。まあ確かに、我らの歴史にもさような戦いの作法は、あるにはあったがな」
「へぇ、そうなんだ。だけどどうしてそれがなくなったんだ?」
「そりゃあ無くなるであろう。一騎で飛び出し名乗りを上げ、相手方の猛者を募るそのやり方は、どちらかがその礼儀を破れば成り立たなくなってしまう。実際、名乗りを上げている間に襲い掛かり、少数で多数を破る戦いが起きて以来、そんな悠長な戦いをする者はおらんようになってしもうた。そういうことじゃよ」
「うーん、そうなのか……やっぱ、俺らって変だったのか?」
ジーノはいまいち理解できていない様子だ。が、トクナガ公が言う通り、これが宇宙のスタンダードであり、現に我々が艦隊を繰り出して戦っているのはそれゆえである。
「そんなことより、カズキ殿よ。妾は三の丸だけでのうて、本丸や天守にもいきたいのじゃ」
「ああ、そうだな。慌てなくても時間はあるよ」
「はようはよう!」
目の前に懐かしの城があるというのに、まだその一部にしか入れていない。しかもここは破壊され、修復された三の丸であるから、本来の姿をとどめていない。それよりもマツが知る城を見たいと思うのは当然だろうな。急かすマツの手を握り、僕は立ちあがる。
「ほほう、すっかり夫婦じゃのう」
その様子を見たトクナガ公が、こう呟く。
「そうだぜ、なんせこいつ、もう身籠ってるからな」
と、それにダメ押しのような一言を加えるレティシア。
「なんじゃと? もうすでに子を宿しておるのか。この将軍めは、なかなかやり手じゃのう」
と、いやらしい目を向けてくるトクナガ公。ちょっと僕はその言い草にムカッとする。そのマツを押し付けてきたのは、お前じゃないか、と。
ところで、さっきからリーナが随分と大人しいと思ったら、どこで買ってきたのか、大量の串田楽を頬張っている。こいつ、相変わらずよく食べるな。花より団子、城より田楽か。
「うわぁ、なにこのキンキンのお部屋は!?」
本丸に入るや、金の屏風に金箔で覆われた柱を見て、イレーニアが驚く。それをマツが解説する。
「先代様が無類の派手好きであったがゆえに、かように金箔を多用した接見の間を仕立てたのじゃ。この豪華絢爛さを目の当たりにした多くの諸侯らが、先代様になびいたと聞いておる」
うーん、ますます僕の知るあの歴史上の人物とそっくりだな。というか、この接見の間は一度、僕も来たことがあるな。あの時はまさに戦闘の真っ最中だったからか、周りの様子などに気が回らなかった。
本丸を一通り回った後に、いよいよ天守閣へと向かう。狭い入口をくぐった先に、少し広い場所に出る。そこで僕らを出迎えたのは、ジオラマだ。
まさしくこのオオヤマ城の最後の戦いを模したジオラマで、手前側にはトクナガ公の陣、そこから城までの間にいくつもの陣が並ぶ。トクナガ公の陣の中で軍配を掲げているのは、トクナガ公自身だろうか。
いや、それ以上に気になるのは、このジオラマに作られたオオヤマ城の天守閣の麓だ。数人の槍兵に囲まれた、桃色の着物姿の人物がいる。
「……なんじゃ、あの人形は。もしやあれは、妾だというのではあるまいな?」
「もしやもなにも、その通りじゃよ」
「なんじゃ、あれでは道化ではないか。いくらなんでも、妾とて戦場に出向く際は、袖をくくり鉢巻を巻き、なぎなたを片手に出陣したのじゃぞ」
「そんな恰好では、姫だと分からんじゃろ。あれでいいんじゃよ。ほれ、よく周りを見てみよ」
トクナガ公がそう言うので、辺りを見回す。すると、このジオラマをバックに写真を撮る姿、そのジオラマ自体を写真に収める者がいるが、いずれもそのピンク色の「マツ」を中心に撮っているようだ。どうやら、人気があるらしい。
「これを作って公開してみれば、皆、オオヤマ城の悲劇の姫の方に行ってしまう。わしの本陣の方など見向きもされぬ。せっかく勝ち戦を納めたというのに、やれやれじゃ」
とぼやくトクナガ公だが、それは僕にはなんとなく分かる気がするな。こういうのは悲劇のヒロインの方が人気があるのは当然だし、大軍で取り囲む側を良しと思う人はあまりいないだろう。
で、マツは気づいているのかどうか知らないが、さっきからマツ自身も写真に撮られている。この場所を着物姿で現れたこと自体が、見物客の目を引いたというのもあるのだろう。が、彼らはそれが本物の姫であることをご存知なのだろうか?
そんな悲劇の姫と、不人気な将軍がそろって天守閣の中を巡る。そこにはマツの言う先代の歴史がジオラマ展示されている。トクナガ公が監修していると聞いたので、てっきり悪人として描かれているのかと思いきや、マツによればわりと事実に即した展示がされているようだな。おそらくは、カツモト殿の尽力の賜物だろう。
「そうじゃ。そなたの名の饅頭が売られているのじゃが、これがよく売れておっての」
「な! 饅頭とな!?」
「そうじゃ、あとで売店に行かれるとよい」
「おおい、マツよ。これだ、これ。美味いぞ」
その途中、トクナガ公がマツの名前が勝手に使われた商品があることを暴露する。で、その名の刻まれた饅頭を、すでにリーナが手にしていた。ピンク色の小さな饅頭の上面には、姫の横顔らしきものが描かれている。唖然とするマツ。うーん、なんていうか、シュールな組み合わせだな。それを迷うことなくバクバクと食べるリーナ。よく食うな、こいつ。いやそれ以上に、マツのネーミングをちゃっかりと利用しているここの売店の商魂たくましさに、僕は驚く。
そんな調子で、天守閣のてっぺんにたどり着く。
「きゃーっ!」
ユリシアとエルネスティが、窓の外の眺めに歓喜している。といっても、エルネスティは無口にただ目を輝かせているだけだが、ユリシアはどういうわけか外の眺めに向かって叫んでいる。
その様子を、マツはじっと見ている。いずれは我が子を連れて、同じようにかつての故郷を眺める姿を想像しているようにも思う。しかし、外の光景はあまり眺めがよいとは言えず、片やビル群が、そしてもう一方は宇宙港ドックに横付けされた我が駆逐艦0001号艦にふさがれており、せいぜい眼下にいる人々くらいしか眺めるものはない。
そんな光景を、トクナガ公が眺めつつ、なにやらため息をついている。
「はぁ~っ」
どうして天下をわが手に収めた人物が、この場でため息などつくのか、その心情が理解できない。それはマツも同じだったようで、かつての宿敵にこう尋ねる。
「なんじゃ、ため息などつきおって。ここの眺めが気に入らぬと申すか?」
「そうではない。むしろ、ここの眺めがわしの心に刺さるからこそ、虚しさを感じておるのじゃ」
「言いたいことが分からぬ。そなたはここで10万の兵を率いて勝利し、天下人にまで登り詰めたではないか。なぜ、虚しさなど感じるのじゃ?」
「うむ、それじゃ。登り詰めたが故の虚しさじゃよ。そなたには、分からぬかのう」
かつて、この人物とやり合ったことがあるが、これほど弱気なトクナガ公を見るのは予想外だ。そんなトクナガ公が、語り始める。
「わしは十五の時より戦場に出て、勝ち戦も負け戦も幾度も経験し、そして最後の戦いでどうにか悲願を果たし、戦のない世の中を作り上げた。が、ふと気づけば、わしの居場所はどこにものうなってしもうた。所詮は戦馬鹿のおいぼれ爺、平和な世でわしはこれから何をなすべきか、かつての戦場のここに立つと、ふと我に返ってしまうんじゃよ」
トクナガ公が、これほど勢いをなくしていようなどとは思いもよらなかった。戦の世が終わりを告げ、てっきりそれを謳歌しているものとばかり思っていたのだが、違った。だが、そんな弱気なトクナガ公を、マツは一喝する。
「なんじゃ、それでもそなた、かのトヨツグ家を滅ぼした将軍か!」
この声に、辺りにいた人々が振り返る。もちろん、一番驚いたのはトクナガ公だ。
「そういわれてもじゃな、わしには戦をすることしか能がないのじゃ。天下泰平の世で居場所をなくし寂しく思うは、当然であろう」
「何が当然じゃ。妾など自らの居城を去り、宇宙を旅しておったのじゃぞ。だがその中でも自らの生き甲斐を見出し、今に至るのじゃ。そなたとて、何かを見出せばよいだけではないか」
「そうは言うてもじゃ、今さらこの歳で何を見出せと申すか?」
「カズキ殿の星にいた、かつての天下人は、大乱の世が終わった後には薬学にいそしんでおったと聞く。そなたも、茶でも道楽でもいそしめばよいではないか。我がトヨツグ家に仇なしておいて勝手に腑抜けるなど、先代様に申し訳が立たぬわ!」
こういう時のマツは、きつい正論を述べる。が、言っていることはまさしくその通りで、天下人とは思えない弱りっぷりを見せつけるトクナガ公など、僕も見たくはない。
「……そうじゃな。太平の世なりの楽しみを、せねばならぬな。いや、まさかかつての宿敵に励まされるなど、思いもよらなんだわ。マツ殿よ、礼を言うぞ」
「な、何を申されるか! 妾はただ、かつての宿敵が落ちぶれる姿など見とうないと申しておるだけじゃ!」
かつての宿敵に頭を下げられて、激しく照れるマツ。その姿を見て、僕はふと思う。
マツの言ったかつての天下人は、大坂夏の陣からわずか1年後に亡くなった。思えば、トクナガ公と同じ心境だったのではないだろうか? このままではトクナガ公も生き甲斐をなくし、寂しくこの世を去ったのではないか? そんな思いが去来する。
「あの……」
ところがだ、そんなマツのところに、他の観光客がやってくる。
「なんじゃ?」
「あの、マツさんって、この城のお姫様だった方ですよね?」
「うむ、そうじゃ」
「うわぁ、本物だ! あの、写真撮らせてもらってもいいですかぁ!?」
このやり取りを聞いた観光客の一人が、声をかけてきた。確かに、さっきのやり取りを聞いていれば、トヨツグ家最後の姫だとバレバレだな。
で、その後は当然、他の観客も次々にやってくる。挙句には、レティシアとリーナまで加わっての撮影会がこの天守閣で始まる。ちなみに、僕はお呼びではない。
「やれやれ、なんという人気ぶりじゃ。やはり爺より娘の方がよいのじゃな」
とぼやくトクナガ公だが、さっきまでの弱気な表情は消えている。まるで、自分の娘でも見ているような、そんな老人の顔だ。
もっとも、僕は気が気ではない。
マツの写真が出回れば、当然、マツの名前を勝手に使っているこの売店の商品にも、いずれ使われてしまうのではないか?
そこで僕は、ふと考える。
そういえば、この城の管理人をカツモト殿がやっている。ということは当然、マツの名前が使われていることを知らないはずがない。
いや、むしろその名を使っているのは、カツモト殿自身ではないのか?