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#68 越境

「艦影多数、約3千! 距離70万キロ!」

「艦色視認、赤褐色、連盟軍艦隊です!」


 西暦2493年7月1日。一週間の行程を経て、我々はとある宙域にたどり着く。地球(アース)1041へ向かうためには、その途中、連盟側の星である地球(アース)065を通過する必要がある。まさに今、その宙域へ侵入しようとしているところだ。だから当然、連盟艦隊との接触は予想された。


「共通バンドにて、通信を送れ。我々は地球(アース)001、第8艦隊である、暫定条約に基づき、現宙域の通過を許可されたし、と」

「はっ!」


 白い艦隊という共通の「敵」を抱えた連合と連盟は、連合と連盟間での通信用に使われる共通バンドにて通行許可を得ることが、連合と連盟の間で結ばれた暫定的な条約に決められている。その条約に則り、我々は定型文の通信を送る。

 だが、目前の連盟軍は、戦闘態勢を解く様子がない。


「連盟軍、単横陣に展開しつつ接近! 距離50万キロ!」

「提督、我々の呼びかけに応じる様子がございません! このままでは、戦闘に入らざるを得ず!」

「いや、待て。ここで我々も戦闘陣形に転換してしまえば、本当に戦闘に入ることになるぞ」


 焦るヴァルモーテン少佐に、僕は自重するよう告げる。あくまでも我々は、ここを通過したいだけだ。こんなところで軍事行動を起こし、こじらせたくはない。


「距離45万キロを切りました! 射程圏内!」


 我々の砲の射程内に入るが、向こうは一向に臨戦状態のままだ。一方で我々は、通常航行の三角陣形のまま前進を続けている。もちろん呼びかけは続けているが、返事はまだない。


「距離31万キロ! 連盟軍射程内まで、あと2分!」


 そしてとうとう、あちらの射程圏内まで迫りつつあった。このままでは、艦隊戦が始まってしまう。僕はヴァルモーテン少佐にこう指示する。


「少佐、向こうの砲撃に対しては、反撃を行わないよう全艦に指示。バリア展開のまま、全速前進でこの宙域を突っ切ることとする」

「はっ!」

「だが、相手はこちらの3倍だ。いくら我々の最新機関をもってしても、それで振り切れるかどうか……もしもの場合は、やむを得ず砲撃戦に入るかもしれない。そのことは、留意しておいてくれ」

「承知しました、提督」


 そして我々の緊張度がピークに達する。が、ようやく向こうに動きがあった。通信士が叫ぶ。


「提督、連盟艦隊より、直接通信です!」


 まさに戦闘が開始されるかというこのタイミングで、直接通信が入ってきた。僕は慌てて通信機の前に立つ。

 映像が現れ、一人の人物が映し出される。僕はこの人物に見覚えがある。僕が敬礼すると、画像に映るその人物も返礼で応える。


地球(アース)065艦隊所属、レイヴォネン中将です。ご無沙汰しております、ヤブミ少将』


 そう、まさに目の前にいるのは、僕らが地球(アース)065を訪れた際に、僕らをシャンパンまみれにした張本人だ。僕も中将に応える。


「はい、お久しぶりです、レイヴォネン中将閣下」

『申し訳ない、条約を利用した侵攻も考えられるため、ギリギリまで貴艦隊の動きを監視させていただいた。が、攻撃態勢への移行もなく、条約通りの行動であることを確認した。我が政府の名で、本宙域の貴艦隊の通行許可をお伝えする』


 ひやっとさせられたが、どうにか通行許可を得ることができた。なかなか返信もなく、しかも敵意丸出しだが、あれも意味があっての行動だったようだ。あちらからすれば連合側、すなわち敵の艦隊を自身の宙域に引き入れることになる。警戒して当然だろう。

 しかしあれは、心臓に悪い。できればもうちょっとマシな出迎えをしていただけないものだろうか? あの星でシャンパン漬けにされたあの一件以来のドッキリを、いや、あれ以上のものを仕掛けられた気分だ。


「何か、腹の虫がおさまりませんね。一発、特殊砲撃で威嚇してやりますか?」


 僕以上に過激な思想を口にするのは、ヴァルモーテン少佐だ。が、まさかそれをやるわけにはいくまい。僕は聞かなかったことにして、涼しげな顔でやり過ごす。


地球(アース)065艦隊、我が艦隊の20万キロ先行。相対速度変わらず」


 それからの地球(アース)065艦隊は、先ほどまでのあの敵意丸出しの臨戦態勢からうって変わって、背中まで見せている。彼らが先行することで、我々が暫定条約に批准した艦隊であることを同じ星系内に見せつけるための行動ではあるのだが、それが先ほどまでの行動とはあまりに真逆すぎて、かえって気味が悪い。おそらくは、レイヴォネン中将なりの気の使い方なのだろう。


「なんだってぇ、あの粒の一つ一つが駆逐艦っていう宇宙船で、それが3千もあるってのかよ」

「そうですにゃん」

「そんなにたくさん並べて、どうするつもりだよ」

「この宇宙は広いから、あれだけあっても足りないにゃん」

「足りないって、3千隻もいるんだろう? あれ以上の数を揃えることがあるっていうのかよ」


 陣形モニターに映し出されたその地球(アース)065艦隊の全容を見て、その並びと数の多さを不思議に思ったジーノがアマラ兵曹長に質問を投げかけている。彼らからすれば、異次元の集団だろうな。もし条約がなければ、我々はあれと撃ち合っていたかもしれない。

 近々、それを体感することになる。いやでもこの先で、白い艦隊と衝突することは避けられまい。その戦闘を目の当たりにすれば、嫌でも彼らは己の常識を変えざるを得なくなるだろう。

 この連合、連盟艦隊の並走は、地球(アース)065宙域を超えて、その向こうのワームホール帯へと続く。そこは(ゲート)と呼ばれる人為的と考えられるワープポイントであり、その先には地球(アース)1041がある。

 その星は今、連盟側によって近代化が進められているはずだが、我々は一旦、その星に立ち寄って補給を受け、その星の衛星、すなわち月の上にある(ゲート)

に入る。

 そして、その先にあると考えられる何かを見つけることが、我々の任務である。


「まもなく地球(アース)065宙域外縁部、(ゲート)ポイントに到達します」


 さすがに連盟の星である地球(アース)065に、我々連合側の艦隊が補給で立ち寄ることはできず、一路、その半分中立状態の地球(アース)1041へと向かうこととなる。


「ワープポイント、(ゲート)突入まで10分!」

「各艦、砲撃戦に備え……あ、いや、超空間ドライブ始動準備」

「はっ!」


 しかし、いつものワープとは趣きが異なる。ワープアウト直後の遭遇戦に備えて、いつもならば砲撃準備のまま突入する決まりになっている。ところがここは、連盟側の宙域であり、かつ、その連盟側の艦艇と共に突入する。ゆえに、砲撃準備をする理由がない。

 もちろん、白い艦隊が出てくるというリスクはあるが、そこは地球(アース)065艦隊が先行しており、この先に白い艦隊がいないことはすでに確認済みだ。


「ワープまで、5、4、3、2、1、今! 超空間ドライブ作動!」


 通常のワームホール帯と違って目視可能なこの(ゲート)というワープポイントも、特殊といえば特殊な存在だ。ここを含めて数カ所しか存在しない構造体であり、また明らかに人為的なものでありながら、その原理も材料も判明していないという代物だ。我々の技術はまだ、原生人類のそれに及ばないということか。

 接近するとゴーレムが湧くという不可思議な仕掛けも存在するが、こうして通り抜ける分には何ら干渉されることはない。我々の遥か昔の先祖と考えられる原生人類が残したとされるこの遺物を、我々は疑問を抱きつつも活用している。


「レーダーに感! 艦影多数、およそ3千! 距離60万」

「艦色視認、赤褐色、連盟艦隊です!」


 ワープアウト直後に、報告が入る。通常ならば戦闘配置につくべき内容だが、ここでの連盟艦隊は敵ではない。

 しかし、面倒なことだ。いっそ全ての宇宙でこういう関係にならないものか? そうすれば、我々も楽になれるというのに。


地球(アース)1041まで、あと3時間」

「そうか、で、どこの港に入港せよと言われている?」

「はっ、オオヤマ港とのことです」


 その名を聞いたマツの眉がピクッと動く。まさしくその地名は、マツがいた城の名だったからだ。

 あの地に、宇宙港が作られた。あの城のあった場所は、まさにお城があった場所くらいしか広大な土地がなかったという記憶だから、普通に考えればマツのいた城を潰して、そこに宇宙港を建設したと考えるべきであろう。

 そのお城の跡地に造られたであろう宇宙港を目指す我々だが、マツの心情を思うと複雑なものがある。

 ところが、だ。


「オオヤマ港管制より通信! 第10番ドック、オオヤマ城天守閣横への着陸を許可する、以上です!」


 僕は一瞬、耳を疑った。オオヤマ城天守閣の横のドックだって? ということは、少なくともオオヤマ城は天守閣が残されていると、そういうことになる。


「了解した。これより当艦はオオヤマ港第10番ドックを目指すと回答せよ」

「はっ!」


 ジラティワット艦長がそう通信士に指示を出す。僕はその横を通り、窓際へと向かう。

 そこには、薄茶色と深緑がまだらに染まる山々が広がっている。その向こうには、異質な一角が現れる。

 ビルが建ち並び、何隻かの宇宙船がその上を飛び交う。その中には、連盟側の赤褐色の艦艇も混じっている。

 一応ここは中立星ということになっていて、どちらの船がいてもおかしくはないのだが、連盟の領域を通らないとたどり着けない関係で、灰色の艦艇は我々だけである。ちなみに、民間船は連合側のものもいるようだ。

 そんな変貌した故郷の星を、マツが眺めていた。

 マツがここを離れたのは、ナゴヤの暦で今年1月終わりのこと。今日が7月1日だから、5か月ぶりということになる。

 そのたった5か月の間に、この地は大きく変わっていた。

 立ち並ぶビル群。その下に広がるアスファルトの地面。それをぐるりと高い壁が取り囲み、その向こうに建てられた宇宙港と、軍民の宇宙船が並んで見える。

 が、マツの視線は、その宇宙港の脇にある小さな建物に向けられていた。


「あ、ああ……オオヤマ城ではないか」


 はらはらと涙を流しながら、辺りの変貌ぶりの中、ポツンと取り残されたその見慣れた建物を食い入るように見るマツ。天守閣と本丸、その周りをぐるりと囲む一重の(くるわ)までが残されており、それがちょうど宇宙港とその街の間に挟まれるようにポツンと建っている。


「ビーコンをキャッチ、進路そのまま、誤差修正マイナス0.3!」


 この灰色の船体は、その城をめがけて進む。そういえば、あの城の脇のドックに入港しろとの指示だったな。徐々に懐かしの城へと近づく0001号艦。


「な、なんだ、あの古く臭え建物は……って、おい、着物の姉ちゃん、なに泣いてんだ!?」


 そこに現れたジーノは当然、マツの事情など知らない。涙を流しながら艦橋の窓に吸いつくように城を眺めるマツの姿に驚愕するばかりだ。


「へぇ、あれがマツさんのいたお城ってわけね。にしても、器用に残されてるわね」


 ある程度の事情を察したイレーニアは、こう告げるにとどめる。ここで起きたことを思えば、マツの心情はいかばかりのものか、僕はあの戦いを見ているからある程度は分かるが、今見えている地上からは、あの10万もの兵が取り囲み、落城寸前であったオオヤマ城の姿など想像もつかないほどの変貌ぶりだ。ジーノたちが実感できないのも無理はない。

 着陸態勢に入り、徐々に高度を下げる。やがてズシンと音を立てて地上に到達する。


「着底、繋留ロック完了、船体固定よし!」


 艦橋の窓のすぐ脇には、天守閣が見えている。間近で見ると、やや黒ずんだ部分がところどころ残されている。あれはまさに攻城戦の名残だろう。

 周囲の郭にも戦の跡が残る。大砲で吹き飛ばされたという三の丸とその脇の門は修復されているものの、周囲と比べて明らかに真新しくて、いかにも付け足しました的な雰囲気を隠し切れない。その門から地上に伸びる橋はというと、コンクリート製の今どきのものだから、余計に違和感が漂う。


「カズキ殿! (わらわ)はすぐにあそこへ参りたいのじゃ!」


 さっきまでぼーっとしていたマツは、あの城の天守閣を見るや急にテンションが上がってきた。そりゃまあ、当然だろうな。だが、あまり興奮しすぎてお腹の子に障らなければいいのだが。


「分かった、分かったから落ち着け」

「落ち着いてなどおられるか! 眼の前にはオオヤマ城があるのじゃぞ!」


 すっかり興奮している。困ったな。何とかもう少し、落ち着いてはくれないだろうか。


「あの、マツさん」

「なんじゃ!」


 と、そこにイレーニアが寄ってきて、マツに話しかけてくる。


「オオヤマ城って、あの小さくて瓦葺の建物のことですか?」

「そうじゃ、我がトヨツグ家の居城である」

「へぇ、ということはあのお城、マツさんが住んでいたんですね。どんなところなんですか?」

「うむ、そうじゃな。天守は戦の際の物見やぐらのような役割であったから、兵が大勢押しかけて、矢や鉄砲を撃ちかけるため、やや殺風景なところであるな。じゃが、本丸には金箔を押しあてられた屏風の上に描かれた見事な虎と松の絵が……」


 興奮状態だったマツが、イレーニアの誘導にうまく乗せられて、オオヤマ城のことを話し始めた途端に落ち着きを見せ始めた。なんというか、手慣れている。

 思えば彼女はあの5人が操るロボット兵器の中で、調整役をやっていた節がある。5人も集まれば、意見のぶつかり合いがあるだろう。それを上手くなだめてきたという実績があり、今目の前でマツを鎮めるのに発揮された。

 地上に降り立ち、すぐ脇に見えるオオヤマ城を目指す。あれはこの星の側の建物ではあるが、宇宙港とその街の敷地にめり込む形で残されている。

 降りてみて分かったのだが、その城を目指す人の数は予想以上に多い。ということは、あれは観光スポットとして使われているようだ。ちょうど、名古屋城のように。

 ビル群の中にポツンと、しかし堂々と鎮座している姿は、まさしく名古屋城と同じだ。戦火の中、残されたその威厳ある天守閣の姿は、急激に移り変わるこの街を前にしてもかすむことはない。

 そんな城の麓に向かい、ちょうど三の丸に続く橋の手前の建物にたどり着く。どうやらそこは、入場チケットを販売する建屋のようだ。うーん、ますます観光地だな、ここは。

 で、その建屋に向かうと、突然、声をかけられる。


「ひ、姫様!? もしや、マツ様ではありませんか!?」


 僕とマツが、声の主の方に振り替える。そこには、背広姿の男の姿。はて、どこかで見たような人物だが、誰だ?

 が、マツは一目でそれが誰かが分かったようだ。


「おお、カツモトではないか!」

「ああ、やはり姫様でしたか! 左様です、カツモトめにございます!」


 いきなりの再開劇だ。すっかり宇宙港に染まってしまったかつての重臣との再会を、喜ぶマツだった。

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