#63 封鎖
「高度4万メートルに到達!」
「了解。進路上に、障害物はないか?」
「はっ、前方300万キロ以内に、障害物なし!」
「よし、機関最大出力、大気圏突破、開始!」
ジラティワット艦長の号令と同時に、旗艦オオスの重力子エンジンがうなりを上げる。モニター上に映る地球が、後ろへと流れ始める。それを見て声を上げるやつがいる。
「うおっ!? 俺たちの地球が、突風に吹かれたように吹っ飛んでいったぞ!」
新鮮な驚き方をするものだな。このジーノという男は素直の塊であり、思ったことをストレートに表現する。が、少々、語彙力が足りないようだ。
「何言ってるのよ、ジーノ。どちらかといえば、私たちが吹っ飛んでいるのよ」
「そ、そうなのか? しかしなんだ、奇妙な風景だなぁ」
「いやジーノさん、そもそもこんな大きな宇宙船に乗って宇宙に出ること自体が、奇妙なことですよ」
イレーニアとヴァンニは姉弟だというが、この2人は5人の中でも知能レベルは高い方だという。それは、この会話にも現れている。ヴァンニという男はどちらかといえば頭でっかちな知識型の人間だが、イレーニアという娘は冷静で常識的な判断力を兼ね備えている、というのが他の3人の評価だ。ヒペリオーンVがたった一体で連勝を重ねてこられたのも、まさにこのイレーニアのおかげだと誰もが言っていたな。
「まあなんだ、宇宙船って言ったって、こんだけでけえ船だと宇宙にいる事なんて実感するこたあねえからな。手羽先でも食って、地球001へ行く日を待ってようぜぇ」
「ようぜぇ!」
そんな5人を手羽先店に誘うレティシアは、面倒見がいいのか、単に手羽先を食べる相手を求めているだけなのか、判別がつかない。最大出力で重力圏からの脱出を行なっているこの艦のビリビリと響く艦橋内で、呑気に手招きするレティシアたち。まだ重力圏突破中で、機関がうなり声を上げている時に手羽先の店へ誘うその神経が信じられない。
が、以前のポンコツ旗艦時代は、レティシアは機関室に貼り付いていた。ほぼ確実に冷却トラブルが起こり、その度にレティシアのあの能力に助けられてきた。
今の艦はそんなトラブルとは無縁、レティシアも機関が全力運転でもあの通り、手羽先を食べようなどと余裕を見せるほどだ。
「なんだ、レティシア。アンニェリカの店へ行くのか。私も行くぞ」
「妾も参るぞ」
「おう、いいぜ。カズキはどうするよ?」
「見ての通り、今は任務の真っ最中だ。無理に決まってるだろう」
「しょうがねえな。そんじゃ、あの海賊でも誘うか」
公私混同が過ぎて、軍務の真っ最中の僕まで誘うようになった。最近、ちょっと緩み過ぎていないか?
「あと4時間で、光学迷彩境界に達します」
「了解、第6艦隊との交信は?」
「先ほどつながりました。あと6時間でこの星域に達するとのことです」
今回の任務は、第6艦隊をここに案内することだ。何せここは、例の光学迷彩のおかげで見えない。我々、第8艦隊が一度、案内しなければ、ここに到達することはできない。
つまり、第6艦隊がこの星の担当になり、しばらくの間、駐留することに決まった。その引き継ぎも、今回の任務の内だ。
その出迎えのため、1000隻の大半が星系外縁部へと向かっている。
いや、別に数隻だけ向かわせれば良かったのではないか? 第6艦隊総司令官、オルランドーニ大将からの要請とはいえ、道案内のために第8艦隊の大多数を繰り出すというのは、いささかやり過ぎではないか。
どうもオルランドーニ大将は、慎重すぎるところがあるように思う。長年、地球001防衛のみに関わっていたからだろうか。第1艦隊のコールリッジ大将と比べれば、大胆さ、狡猾さがない。いや、狡猾さは不要だが、慎重も度が過ぎると勝機を失いかねない。
そんなド慎重な大将閣下の艦隊出迎えに、第8艦隊のほぼ全軍で向かっている。
が、よく考えたらこの宙域は、白い艦隊が出没する場所だった。むしろ、これくらいの数で向かわないといけないかもしれないな。ふと僕は、そう思い直す。
で、それから3時間ほどで任務を終えて、僕はレティシアらの元に向かう。
「あら、提督ではございませんか」
3時間後には、レティシアらはあの手羽先の店を出て、艦橋真下にあるホテルからほど近いカフェにいた。で、そこへ向かうと、珍しくマリカ少佐もいた。
「なんだ、マリカ少佐か。レティシアたちと一緒とは、珍しいな」
「そりゃあ私だって、働いてますから」
レティシアたちと一緒にいることが、どうして働いていることになるのかと思ったが、お目当てはジーノたちらしい。彼らから、ヒペリオーンVについて細々と尋ねていたようだ。
「てことでよ、俺たちの愛と勇気と正義の心で、あのロボは動いているんだぜ」
「ふうん、愛と正義などという測りようのない基準を元に動くロボット兵器なんて、とても信じられませんけどねぇ」
「何言ってんだよ! 俺たちが心合わせねえと、ヒペリオーンVはその力を発揮できねえんだぜ!」
「はいはい、それは単に脳波の同調を読み取っているだけでしょう。でも、どうしてそんなややこしいシステムなんて採用しているのかしら……」
随分と熱心なようだが、なぜ急にヒペリオーンVなどに興味を持ち始めたのか。この技術士官の考えていることは分からん。
「それよりもだ、マリカ少佐。気になることが二つ、あるのだが」
「なんですか? 私を5人目だなどと考えているのではないでしょうね」
「そんなわけあるか。そうじゃなくてだな、先日のあの話、白い艦隊がこの銀河で『争いをしない人類』を守ろうとしているという話。あれを聞いて思ったことがある」
「私の推論に何か、矛盾点でもございましたか?」
「いや、ウラヌス側の目的がこちらの銀河での人類の生存であるとするならば、二か所、不可解な星がある。マツのいた地球1041と、リーナのいた地球1019だ。どう見ても地球1019は『クロノス』側の星であり、一方で地球1041は『ウラヌス』側と接触していた形跡があるぞ」
「ああ、そりゃあクロノス側もウラヌス側も、互いの銀河の中だけで閉じこもっていたわけではないのでしょう。ウラヌス側の天の川銀河系側の飛び地が地球1041であり、クロノス側の飛び地が地球1019や1029、1030だったというだけに過ぎないのではないですか?」
「いや、それはそうだが……だとするとなぜ、地球1041に我々が進出した際に、白い艦隊はそれほど大きな抵抗を見せることなく撤退したんだ?」
「まあ、考えられることは、地球1041が白い艦隊、すなわちウラヌス側にとって、さほど重要ではなかったということなのでしょう」
「どういうことだ?」
「要するにですね、ウラヌス側からみればマツさんの星は、失敗作だったということです」
この強烈な一言に、そばにいたマツが怒りだす。
「なんじゃと!? この女子は、妾の星が欠陥品と申すか!」
「あくまでも『ウラヌス』側がそう思っている、というに過ぎませんわ。実際、この星系の方々から見れば、マツさんの星はあまりに『普通』の星でしたから」
「おい、マリカさんよ。それじゃまるで俺らが普通じゃねえ見てえじゃねえか!」
マツとマリカ少佐の会話に、今度はジーノが怒りを見せる。
「実際、普通じゃありませんわよ。あなた方はもっと、外を知るべきですわ」
が、そんなジーノをマリカ少佐は一喝する。でも実際、その通りだしな。その非常識さに、我々は散々振り回された。マリカ少佐のいつものあのどキツい言動も、この際は後押ししたくなる。
「ですが、マリカさん。我々はまだ、その外の世界とやらを見ていないのです。本当にこの星の外では、たくさんの宇宙船が徒党を成して、押し寄せてくるのが当たり前なのでしょうか?」
「遅かれ早かれ、あなた方も目にすることになりますわよ。ま、その目でじかにご覧になられるといいですわ」
やや突き放し気味なマリカ少佐だが、実際、百聞は一見に如かずというからな、それに直面した方が、それがどういうものかを理解できるだろう。
少なくとも、光学迷彩の外の世界は、我々の常識のみが通用する領域となる。
『ヤブミ提督、これより当艦隊は、光学迷彩領域に突入いたします』
そんな矢先に、ヴァルモーテン少佐から、我が艦隊がこの星系の小惑星帯、すなわち光学迷彩領域に到達したことを知らせる無線が入る。
「そうか、了解した。そろそろ艦橋に戻る」
『はっ、承知いたしました』
「あら、フランクフルト少佐殿は、艦橋で寂しく任務でしたの?」
『これはこれはゴルゴンゾーラチーズ少佐殿、小官は貴官のようにカビの生え過ぎた年代物のチーズではございませんので、この通り常日頃より任務にいそしんでおりますよ』
おっと、無線越しに喧嘩を始めやがったぞ、この2人。混ぜると危険な士官同士だから、あまり合わせない方がいい。さっさと艦橋に戻ろう。
というタイミングで、突如、異変が起こる。
『提督! レーダーに感! 艦影多数、およそ1万隻!』
まさに手元の無線を切ろうとしたその直前に、ヴァルモーテン少佐から報告が飛び込む。僕は確認を求める。
「少佐、それは第6艦隊ではないのか?」
『艦影視認いたしました、艦色は白、つまり白い艦隊です!』
「なんだと!? 距離は!」
『およそ250万キロ、星系内を横断しつつある模様です!』
「了解した。艦隊に警報発令、全艦、戦闘準備となせ」
『はっ!』
いきなり、白い艦隊が出現した。あと3時間ほどで第6艦隊が現れるというこのタイミングで、厄介なものに遭遇した。僕は戦闘準備を進めるよう、ヴァルモーテン少佐に指示を出す。
「なあカズキよ、いきなり遭遇戦かよ?」
レティシアがそう僕に尋ねる。
「ああ、そうらしい」
「てことは、俺は機関室へ向かった方がいいな。おい、マツよ」
「なんじゃ」
「ユリシアを頼んだぜ。リーナと一緒に、艦橋に行っててくれ。そんじゃな」
といいつつ、レティシアは機関室へと向かう。
「なあ、将軍さんよ、あの魔女さん、機関室へ向かうって言ってたが」
「ああ、そうだ。レティシアを始めとする5人の魔女には、この機関室でやるべき仕事があるんだ」
「えっ? 魔女が宇宙船で、仕事?」
「ともかくだ、急いで艦橋に向かう。ここでは外のことが分からない、まずは状況把握だ」
僕が軍帽を整えて、まさにホテルの方へと足を向ける。その直後、この旗艦オオスの街の中に、警報を示すサイレンが鳴り響く。
それを聞いた軍属は、大慌てで走り出す。民間人はといえば、戦闘に備えて多くが閉店する。250万キロといえば、あと1時間程度で接敵し、戦闘に入れるほどの至近距離だ。グズグズしていられない。
「状況は、どうなっている?」
「はっ! 白い艦隊は現在、こちらに向けて進軍中。陣形は十文字、彼らの戦闘隊形に整いつつあります」
「くそっ、この間の弔い合戦をするために現れたか?」
艦橋に入ると、僕はモニターを睨みながら状況報告を受ける。あの白い艦隊の全容はまったく分かっていない。少なくとも10万隻が存在することは分かっているから、当然、1万隻規模の出現は十分に予想された。
が、位置が悪い。ちょうど我々から見て、この星系を抜け出るためのワームホール帯との間にあの白い艦隊がいる。つまり、やつらを突破しなければ、我々はこの星系外に出ることができない。つまりやつらの今の行動は、我々の退路を封鎖し、追い込むことが目的か?
「な、なんで1万もの宇宙船が、攻めてきやがるんだよ!?」
「ですから、これがこの宇宙では普通なんですわよ! 何度言ったら分かるんですか!」
ジーノとマリカ少佐がやり取りしているが、まあそんなのは放っておき、とにかく今は目の前の艦隊をどうやり過ごすかを考えよう。
この間の戦いから、やつらは全滅覚悟での戦闘を仕掛けてくる可能性が高い。もう守るべき星は我々の側にあるというのに、それでも必死の抵抗を続けるものだろうか?
となれば、また特殊砲撃2回か。いや、あの時は味方の2万隻の援護があったから、どうにか側面に回れて殲滅できた。が、今は我々しかおらず、側面を見せることはないだろう。となると、少なくとも第6艦隊の到着を待ってから戦闘に入らねば、相手を殲滅できない。
「第6艦隊の位置は?」
「はっ! 未だこの宙域に至らず、あと2時間はかかるとのことです」
2時間か……とても1千隻で持ちこたえられるだけの時間ではないな。やり過ごすしかないが、しかし、どうやって?
「参謀長、ヴァルモーテン少佐、意見具申!」
と、参謀長であるヴァルモーテン少佐が意見具申を求めてきた。
「具申、許可する」
「はっ! ここは第6艦隊の到着を待つため、一度、光学迷彩領域に突入するのはいかがでしょうか?」
「つまり、一旦後退する、と」
「あの迷彩の向こうであれば、白い艦隊といえども我々を捕捉することは不可能でしょう。この宙域には哨戒艦のみを残し、第6艦隊到着までの時間を稼ぐことに専念するのが最良と思われます」
なるほど、言われてみればその通りだ。現に我々は光学迷彩の向こう側にいたが、あの白い艦隊は捉えられなかった。ということは、あそこに飛び込めばやつらの目を逃れられるということになる。
が、やつらがこの光学迷彩のことを知っていたとするならば厄介だ。やつらもここに突入してくるかもしれない。なにせここはやつらの領域だ。この仕掛けの存在を知っていてもおかしくはないだろう。
後退するか、それともこのまま遅滞戦闘に持ち込むか? 不確かなこのいずれかの作戦を、僕は選択する必要がある。それも、今すぐにだ。
僕は、決断する。やはりここは一旦、後退だ。もしやつらが光学迷彩を突破したならば、その時は遅滞戦闘に入る。時間稼ぎが目的ならば、二段構えの作戦をとる方が不測の事態に備えられるというものだ。
「ヴァルモーテン少佐、ここは後退する。その上で、もしあの白い艦隊が……」
僕は参謀長に作戦を指示し始めた。が、それが言い終わらないうちに、事態は思わぬ方向に動く。
『よしっ! 全機発進だ!』
いきなり、無線から叫び声が聞こえてきた。あの声は、ジーノだ。ちょっと待て、どうして無線からやつの声が?
あたりを見回すと、あの5人の姿がない。どこへ行った。
「あの5人は、ヒペリオーンVの操縦士らはどこへ行った?」
「はっ! 艦橋脇の格納庫に向かった模様、5機の機体が発進したとの報告が入っております!」
は? おい、まさかこの状況下で、たった5機で出撃したというのか。何を考えている。
『それじゃみんな、いくぜ! 相手がゴルゴン星人から、白い艦隊とやらに変わっただけだ! パオロ、アルバーノ、ヴァンニ、イレーニア! 超重力合体だ!」
『兄貴、俺はどこまでもついていくぜ!』
『いいからさっさとやれ、ジーノ!』
『ジーノさん、重力子は正常、脳波の同調率も閾値を超えました! いつでもいけます!』
『やっちゃいましょう、ジーノ!』
『うおおおぉぉっ! 白い艦隊だか何だか知らねえが、俺たちの力を見せてやるぜ! 超重力合体! ヒペリオーン、ゴォーオンッ!』
えっ、何が始まったというのだ? まさか1万隻を相手に、たった一機のロボット兵器で対抗しようというのか。
「呼び戻せ! たった一機でどうにかなる戦闘じゃない、すぐに回収だ!」
「はっ! ですが、すでにあの5機の周辺に発生した重力子フィールドの影響で、通信途絶状態です!」
「なんだと!?」
モニターを見ると、真っ青な光を放ちながら、あの5機が次々と合体していく。ジーノが乗っているであろう赤い小型の機体を頭部として、その頭部へ引き寄せられるように、胴体、腕、脚、そして背中部へと変形した機体が合体する。
やがてそれは、全長60メートルほどの人型の兵器へと姿を変える。
『超重力ロボ、ヒペリオーン V!!!!』
この決め台詞が、やつらとの通信が回復したことを告げる。僕はすぐに、彼らを呼び出す。
「通信士、直ちにジーノたちに、後退するよう伝えろ!」
「はっ!」
無謀という、一言に尽きる。相手は我々とほぼ同等の戦闘力を備えた宇宙船を、一万も有している。その一隻を相手に敵うかどうかも分からないヒペリオーンVが、一万隻など相手にできるわけがない。
が、そこで全く想定外の事態が起こる。
「提督! 白い艦隊に、動きが!」
士官から、報告が入る。どうやら、何事か起きたらしい。
「なんだ、どうした?」
「はっ! 白い艦隊、急速に後退を始めました!」
「はぁ!? 後退だと!」
「距離、離れていきます! 現在、距離140万キロ!」
徐々に詰めていった両者の距離が、再び離れ始める。これはヒペリオーンVの方でも捉えたようだ。
『おい、なんだ! やつら逃げ出しやがったぞ!?』
あの機体のレーダーですら、やつらが後退する様子を捉えたようだ。つまり、それだけ急速に事態が動いたということになる。
「まさか、第6艦隊が到着したのか?」
「いえ、第6艦隊は未だ、この宙域に至っておりません。後退の理由は、不明です」
レーダー圏内には、我々と白い艦隊しかいない。他に、第3者の存在は確認されていない。なぜ後退し始めたのか、我々はその理由を掴みかねていた。
そんな唖然とする我々を前に、白い艦隊はそのまま後退を続け、やがてこの宙域から消えていった。