#61 遺跡
「まもなく、シチレール島に到着します」
駆逐艦0001号艦は今、重力子研究所のあるとされるシチレール島へと向かっている。トリエッセ市の南端に位置するこの島は、トリエッセ市がある半島から少し離れた、ちょうど我々のところの四国ほどの大きさの島だ。
その南端の島に、我々は接近している。
「レーダーに感。前方に飛行物体、数は5、距離200」
その島に着く直前、我が艦のレーダーが何かを捉える。数からして、だいたい想像はつく。
「姿を捉えられるか?」
「はっ、通常光学機器で捕捉可能な距離ですので」
「モニターに投影せよ」
「はっ!」
念のため、僕はその飛行物体の姿を確認する。モニター上のそれは、ちょうど空中でドッキングしている真っ最中だった。直後、無線からの音声が轟く。
『超重力ロボ、ヒペリオーン V!!!!』
あれを何度も見せられれば、あのテンションの高さにも慣れるものだな。僕は通信士に命じる。
「同周波数帯にて返信だ。出迎えご苦労、これより着陸態勢に入る、と」
「はっ!」
同時に、発光信号が送られる。といっても、ただ三回点滅を数度、繰り返すだけの単純な信号だ。これは一応、事前の取り決めで定めた信号でもある。示し合わせた相手がやってきたと知らせることで、彼らから見れば巨大なこの艦の到来に警戒心を抱かせないための配慮でもある。
ヒペリオーンVと合流し、彼らの誘導で重力子研究所とやらへ向かう。同じような名前の研究施設は地球001にもあるが、そちらは文字通り、重力子エンジンの改良を行うための組織だ。が、こちらの施設は話を聞く限りでは、遺跡から発掘された未知のオーパーツを解明するための研究機関だという。
つまりは考古学兼最先端科学を扱う施設ということだが、眼前に現れたそれにそんなイメージは感じられない。どこか既視感のある、それでいて奇妙な建物だった。
一言でいうと、エルネスティがよく見る特撮ものにでてくるような、そんな建物だ。真っ白で真四角なビルの上に、何ていうか、白鳥の首のようなものがついている。その脇には、巨大なパラボラアンテナがあり、派手な軍事施設といった様相だ。
だからだろう、エルネスティが窓にへばりついて、その建屋を凝視している。おまけに、その目の前には合体変形型のロボット兵器ときた。男の子にとってこれは、刺激が強すぎる光景だな。
「そうか、エルネスティはあれが面白いのか」
そんな息子を抱き上げるリーナは、ちょうど接近してきたヒペリオーンVに向かって手を振る。応えるように、その巨大ロボットも艦橋に向けて手を振った。エルネスティの興奮度合いがさらに増す。
やがて、その巨大ロボットは地上に向かって降下し始めると、大きなパラボラアンテナのすぐ脇にある広場に降り立つ。そして我々を手招きする。
『おーい、こっちだぜ!』
その手招きに応じて、我が艦も降下を開始する。思いの外、その広場は広く、駆逐艦の艦艇部が設置するには十分過ぎる広さだ。
「あと30……20……10……着底!」
ズシーンという音と共に、広場に降り立つ0001号艦。と同時に、レティシアが姿を現す。
「おう、カズキにリーナ。下に降りようぜ」
「おりよぜぃ!」
「なんだ、レティシア。マツはどうした?」
「マツなら、エレベーター前で待ってるぜ。あの白い城が気になるんだとよ」
城って、あれはマツ的には城に見えるのか? 威風堂々とした、露骨なまでに人目を引くデザインではあるが、さすがに城とは呼べないだろう。
と、このとおりレティシアらは降りる気満々だが、僕はこう答える。
「いや、レティシアよ、まず初めに、僕らが降りる」
「えーっ、なんでだよ!」
「遊びに来たわけじゃないんだ。ここに来たのはとある目的を果たすためだ」
と、せっかく降りる気でいたレティシアらをとどめる。それの会話を察したのか、エルネスティが恨めしそうな目で僕を睨む。が、仕方がない。安全のためだ。いきなり得体の知れない場所に、家族といえど民間人を先行させるわけにはいかない。
と、いうことで、僕は最小限の人員でまず降りることに決める。僕と、護衛士官の2人。そして、マリカ少佐だ。
「というか、マリカ少佐よ、貴官はいつの間に乗っていた?」
「何をおっしゃいますか、提督。これは私の仕事ですわよ」
いつもは何をしているのか分からんやつのくせに、この時ばかりは勤勉さをアピールする。しかし、0001号艦に乗っていたことすら気づかなかったぞ。基本的にこいつは、普段から何をやっているのかが分からない。報連相がなっていないんじゃないのか?
などと思いつつも、僕らは艦を降りる。出るとそこには、あの大型のロボット、そしてその足元には白衣の男が3人いた。
「おう、来たな。ようこそ重力子研究所へ。ここはヒペリオーンVの基地でもあるんだぜ。で、こっちにいるのが所長の、パスクウヮーノ博士だぜ」
ジーノの紹介で、その3人の真ん中にいる人物がこの研究所の所長だと知る。が、やっぱりというかこの人、博士なんだ。何から何まで、設定が子供向け番組のそれだな。
「ようこそ、重力子研究所へ。私がここの所長をしている、パクスウヮーノと申します」
「地球001、第8艦隊司令、ヤブミ少将です」
そんなシュールな場所で、ごく常識的な挨拶が交わされる。僕らはパクスウヮーノ所長の案内で、あの奇妙な建物に向かう。
「ところで、あなた方はあのような軍船を、宇宙に一千隻も配備していると聞きましたが、それは本当ですか?」
その途上、いきなりこの博士からストレートな質問が飛んでくる。
「はい、我が第8艦隊の一千隻は今、この星の静止衛星軌道上にて待機中です」
「うむ、静止衛星軌道ね……我々では到底、到達できない場所だ」
「あの、ヒペリオーンVであれば到達できるのではないですか?」
「そうですね、あれならば可能でしょう」
と言いながらこの所長は、広場に立つあの大型ロボットを見上げながらこう告げる。
「が、あれは我々が作ったものではないですから」
「……それはつまり、あれが遺跡から掘り当てられたものだから、ということですか?」
「ええ、そうです。将軍も、ジーノたちから既に聞いておりましょう」
「はい。で、その遺跡とは?」
「ちょうどこの研究所の裏に、それはあるのですよ」
そういいながら、パクスウヮーノ所長は白い建物の方を指差す。そうか、あそこにあれを掘り当てたという遺跡があるのか。
「ですが、あなた方がどうして遺跡に興味をお持ちなのか、我々には理解できませんなぁ」
ところがだ、この所長はこんなことを言い出す。
「あの……我々が遺跡に関心を抱くことが、どこか妙だと?」
「それはそうですよ。あれほどの船を、それも一千隻もの数を衛星軌道上にそろえられるほどの科学力をお持ちながら、我々の見つけた古臭い技術に興味関心を抱くなど、妙だとは思いませんか?」
「いや、古臭いなどとは。むしろ我々にとっても、あのヒペリオーンVには我々でも理解しがたい、超越した技術が見られます。いや、技術だけではなくてですね……」
僕がそう答えかけた時、後ろからマリカ少佐が割り込んでくる。
「技術にはさほど、興味はございません。我々の関心は、その遺跡を作ったとされる種族なのですわ」
「あの、ところでヤブミ将軍、こちらの方は?」
「ええと、彼女は我が艦隊所属の技術士官で、マリカ少佐といいます」
「マリカと申します。以後、お見知りおきを」
にこりと笑みを浮かべるマリカ少佐だが、こいつの狙いは大体わかっている。その遺跡だろう。
しかし先日の手羽先屋では、遺跡などあまり重要でない的なことを言っていたにもかかわらず、関心はあるようだ。
「では所長殿、その遺跡とやらにご案内いただけますかしら?」
「ええ、こちらです」
マリカ少佐がしゃしゃり出て、その場を仕切り始める。それを見たジーノが、僕に耳打ちする。
「なあ、ヤブミ将軍よ。あんなやつ、いたのか?」
「一度、あの手羽先屋で姿を現しただろう。覚えてないのか?」
「そうだったか? あんなひ弱そうな姉ちゃんを、見た覚えはねえけどなぁ」
そりゃそうだろうな。姿を見せたと言っても、ほんの一瞬の出来事だった。普段は存在感が薄くて、この艦内にいたことすら把握していなかったくらいだ。同じ司令部所属の士官とは思えないな。
そんなマリカ少佐を伴いつつ、我々はあの白い建物にたどり着く。
「それにしても、まさに難攻不落な城、といった風貌ですわね。まさにあの宇宙人からの侵略を阻止するための前線基地にふさわしい場所ですわ」
建物の麓まで来ると、マリカ少佐はこの研究所を見てこんなことを言い出す。が、いうほど難攻不落っぽさがあるのか? ただ真っ白な四角いビルに、鷹の頭のような形の展望台のようなものがてっぺんについているだけで、特に戦闘を想定したつくりとは言い難い。
「難攻不落、というほど堅固なところではありません。むしろこれは、カムフラージュのための建物でもあるんですよ」
ところだが、今度は所長から想定外の発言が飛び出す。難攻不落云々はともかく、これがカムフラージュだと?
「へぇ、なるほど、考えましたですわね。確かにこれは、巧妙な隠匿ですわ」
で、それに納得するマリカ少佐。いや、少佐よ、この派手な建物のどの辺が巧妙だと言えるのか?
「まて、マリカ少佐。こういっては何だが、かなり派手だぞ。隠匿という言葉が似合わない建物ではないのか?」
「何をおっしゃいます、提督。この建物のデザインを見て、ここに重要な遺跡がありますよ、って分かりますか? 分かんないでしょう、だから上手い隠匿だと言ってるんですわよ」
ああ、言いたいことは分かる。だからカムフラージュに最適だと言いたいのか。だが僕はどうにも納得できていない。そうは言っても、このデザインの正当性を主張するには、あまりに奇抜すぎる。
建物に入る。中はいたって普通だ。照明には、今は無き蛍光管式とフィラメント式のものが使われているが、それ以外は特に違和感を感じない。時折、白衣を着た人物とすれ違う。
本当にここは研究所なのだな。それは実感する。ここがゴルゴン星人からの攻撃の最前線基地としての機能を果たしていたとは、にわかには信じられない。そんなゴルゴン星人の永住権についての話し合いが、トリエッセ市との間で執り行われている。だから、トリエッセ市にフタバを置いてきた。
そういえば、ゴルゴン星人側への対応にメルシエ隊を割り当てておいたが、上手くやれているのだろうか。それ以上に気がかりなのは、ゴルゴン星人が居住する小惑星内の劣悪な食糧事情だ。聞けばもう生鮮食品は底をついており、保存食のみで食いつないでいる状態だという。そこでブルンベルヘン少佐に、あの小惑星への食糧援助を担当してもらっているが、獣人に我々の食べ物は合うのだろうか? いや、それは大丈夫だろう。ヨルゴス皇帝も、手羽先を平気で食べていたし、どうやらアマラ兵曹長やンジンガたち獣人ともほとんど同じようだったしな。
などと、この星への様々な施策に思いを巡らせていると、廊下の突き当たりにある大きな鉄製の扉が見える。
「この向こうに、遺跡があるのですよ」
と、パスクウヮーノ所長はその扉の脇にある大きなレバーに手をかける。そしてそれを倒す。
ギシギシと軋み音をたてながら扉が開く。その奥の光景に僕は思わず息を呑む。
ドーム型の大きな屋根で覆われたその場所の下は、まるで棚田のように段々型に掘られており、中心には深い穴。その穴の周りには数人の白衣姿と作業着姿が各々の作業を粛々と行っているのが見える。
ここが、例の遺跡か。
まさにここは発掘現場だ。表からでは想像もできないほど、それはごく普通の発掘現場といった様相だ。
「ここから掘り出されたものの中に、あのヒペリオーンVもあったのです。が、多くはその動作原理はおろか、使用方法も分からぬものばかりでして。ただ、はっきりとしていることは、ここから掘り出されたものの中には明らかに重力を操るものがあり、それを解明すべく設立されたのがここ、重力子研究所なのです」
所長の口から、ここで出土したものの概要を聞く。ここは一見すると、ただの発掘現場に過ぎない。だがそこは明らかに我々が追っている「原生人類」につながる何かがあると、僕は確信する。




