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#60 度肝

 一瞬、この市長は何を言い出したのかと思った。が、僕はそこでふと気づく。そういえばこの星は、我々の常識が通用しない。

 が、いきなりパーティー会場で勝負とは、どういう了見だ。まさかここで、一騎討ちをしろというのではあるまいな。


「さて、勝負といいましても、まさかこの場で剣や銃をふるうわけにはいきません。ルールは単純、相手の度肝を抜いた方が勝ちです」


 一瞬、僕は腰の銃に手をかけそうになった。が、どうやら命をかけて戦うというわけではないらしい。しかし、何というルールだ。まるで体育会系企業の新人歓迎会か。


「それではまず、こちらから参りましょうか」


 こちらに隙を与えまいと、いきなり向こうが先手を取る。市長がその場にて手を叩くと、入り口の方から大男が現れた。

 まるで武道家のようないかつい感じの大男だが、手には巨大な綿棒のようなものを持ち、反対側には瓶を抱えている。その男が、こちらに向かって深々と頭を下げる。と、その巨大綿棒の先に火を点ける。

 いや、まて、ここはビルの中だぞ? 火なんか持ち出していいのか? などと疑問を抱く間もなく、その男は瓶を持ち上げ、ラッパ飲みする。そして、それを火のついた棒の先に吹きかけた。

 ボーッと音を立てて、炎が上がる。会場内は騒然となるが、それを見ていた市長は上機嫌に男を讃える。


「あはははっ! さすがはトリエッセ市一番の大道芸人だ、いやあ、あっぱれあっぱれ!」


 焦げ臭い匂い漂うなかで、男が頭を下げる。と、会場内から拍手が沸き起こる。実にありがちな大道芸ではあるのだが、これを宴会場でやってのけたという意味では確かに度肝を抜かれる。

 が、ちょっと待て、あれに敵う相手を、こちらも出さなきゃならないのか?


「あはははっ! いやあ、すげえなぁ、おい!」


 能天気に拍手を送っているのは、レティシアだ。おい、レティシアよ、お前この状況、分かっているのか? まったく予想外の展開に僕は焦りを見せるが、レティシアは全く動じる気配がない。


「んじゃ、こっちの番だな」


 そういってレティシアは前に進み出る。おい、レティシアよ、何をやらかすつもりだ? 僕の心配をよそに、レティシアはその大男の前に立つ。


「俺の名は、レティシア。こう見えても俺は、魔女なんだぜぇ」


 いきなりこの会場内で、魔女宣言をするレティシア。対する大男は、その意味を理解し損ねている様子だ。


「魔女……ですか。魔女とはもしかして、ほうきに乗って空を飛ぶ、あれですかな?」

「なんでぇ、こっちの星でも魔女はそういうイメージなのかよ。まあ、そういうやつもいるにはいるが、俺は二等魔女だから空は飛ばねえよ。その代わりに、こういうことができるんだぜ」


 といいながら、その大男の右手をぎゅっと握るレティシア。ああ、まさかこいつ、あれを……僕らはレティシアが何をするのかをすぐに察するが、周りはそうではない。


「俺は、怪力魔女だ。その力がどんなもんか、見せてやるぜ」


 そう宣言するや、レティシアはその大男を持ち上げる。レティシアの1.5倍はあろうかという大男が、ふわりと床を離れる。


「なっ!」「う、浮いてる!?」


 当然、辺りは騒然となる。そりゃそうだ、あれほどの男を、片手で持ち上げてしまった。しかも相手はまるで浮力を得たかのように、握られた片腕だけで支えられている格好だ。この不可思議な光景を目の当たりにして、驚かないものはいない。


「これぐれえ、大したこたあねえぜ。車2、3台でもいけらあな。そういやあ、まだ片手が開いてんなぁ」


 レティシアは左腕をにぎにぎしながら、辺りを見回している。と、レティシアの目にあるものがとまる。それは、横置きされた巨大な樽。そういえばここはワインが名産だと言っていたが、まさにあれはワインを入れた樽じゃないのか。大男を抱えたまま樽のそばまで歩み寄ると、その樽に触れて、それも浮かせちまった。


「どうよ? これが魔女の力だぜ」


 彼らの知る物理学が成り立たないこのレティシアの魔女の力を見せつけられて、皆、唖然としている。が、ただ一人、市長だけが拍手を送る。


「いやあ、これはやられましたなぁ! お見事ですぞ、レティシア殿!」


 そんな市長の拍手につられて、一人また一人と手を打ち始める。やがて会場中が拍手に包まれる。両手に大男と樽を抱えたレティシアは、そんな拍手の渦に応えつつ、大男と樽を下すレティシア。

 そんな突発的なイベントが終わると、この会場は立食パーティーの場へと変わる。


「なんですって!? つまりあなたは以前、魔物などというものと戦っていたというのですか!?」

「そうだ。体長はあの火吹き男など比べ物にならぬほど高く、凶暴で、見境なしに生きとし生けるものを攻撃しておったぞ」


 リーナが話す魔物の話に、集う人々は驚愕しているのがここからも分かる。が、こう言っちゃなんだが、宇宙人と戦った連中が驚くような話なのか?

 だが、そんな彼らをしてさらに驚愕させられていたのは、マツの話だった。


「えっ!? つまりあなたは、10万もの人に囲まれて、追い詰められていたのだと、そうおっしゃるのですか!」

「左様じゃ。トクナガ軍10万に、迎え撃つ我らの手勢はすでに一千を切り、まさに風前の灯火であった」

「だけどお嬢さん、まさか10万もの兵士が一度に攻め込むなどということは、さすがにないでしょうに」


 彼らの常識では、たとえ数万の兵士がいたとしても、一騎討ちによって勝敗を覆すことができると考えている節がある。それゆえに、大軍勢に囲まれ追い詰められたというマツの窮地を理解することができないと見える。聞いていて奇妙だが、ここはそういう星だ。困惑するマツを眺めながら、僕はいただいたワインをぐっと飲み干す。


「魔女がいると聞いていたので、あなた方が勝つとは思ってましたよ」


 レティシア、リーナ、マツが、参加者らと談笑する姿を眺めつつ、カラブレーゼ市長がこう切り出してきた。


「ということは、さっきのあれは我々が勝つように仕組んでいた、と?」

「ええ、まあ、その通りです」

「ですが、なぜそんなことを」

「この地球のことを、あなた方はご存知でしょう。我々の間では正々堂々、一対一の正面対決でしか、相手を認めることができない文化なのです」


 この星の人間の中から、初めて自身の文化を客観視する人物に出会えた気がする。


「あの、どうしてそのような文化が、ここでは常識として通用するのですか?」

「さあ、わかりませんな。気が付けば我々は、何事も潔しとした勝負であらゆることを決定する文化が根付いてました」

「と、おっしゃるからには、市長殿はこの文化や風習に疑問を?」

「2年前にゴルゴン星人が攻めてきた時から、そう感じておりましたよ。ただ、やつらは機械獣を一体づつ降下させてきては戦いを仕掛けてくれたおかげで、我々はどうにか戦えたのです。その数、全部で45体。対する我々は、遺跡から掘り出してようやく手にしたあのヒペリオーンVのみ。もしもゴルゴン星人があの機械獣で一度に攻めてきたならば、我々はひとたまりもありませんでした。そう感じる者は、この地球にも少なからずいるのです」


 我々の常識的な感性を持つ人物が、この星にもいる。すべての人々が異常というわけではないことを、僕は思い知らされる。そのカラブレーゼ市長が、われわれの艦隊についても言及する。


「あなた方にとっては、集団対集団の戦い方というものに精通しておられると感じる。なんでも、この地球に一千もの宇宙船を率いて現れたと、そう聞いておりますので」

「はい……もっとも、我々の方がこの宇宙では常識なのですが」

「でしょうな。バカ正直に一対一の戦いにこだわるなど、相手の良心を前提とするスタイルが通用するなどということ自体が、おかしなことなのですから」


 この市長の言葉から溢れてくるのは、為政者として人々の安全保障を担う責任感とでもいえばいいだろうか。もしゴルゴン星人が戦力の逐次投入ではなく集中投入をしてきたならば、市長としては打つ手がなかっただろう。たまたま似たような常識を共有していたゴルゴン星人が相手だったから、どうにか立ち回れたのだと、この市長は僕に話す。


「いずれにせよ、あなた方の『勝利』によって、我々はゴルゴン星人の受け入れと、あなた方との同盟交渉に向けて動き出すことになるでしょう。幸いにも、あのレティシアさんは我々の期待以上のものを見せてくれた。そして今日の出来事が、この星を大きく変えるきっかけとなることでしょうな」


 想像以上にこの人は、この星のことを憂いている。実際に、超越した技術力を持った宇宙人からの侵略を受けている。普通に考えたら危機感を抱いて当然な状況だ。

 レティシアの方を見れば、再び樽を持ち上げ、あの大男と何やら話し込んでいる。大男もその樽を持ち上げようと試みるが、相当な重さだ、さすがにあれを一人で持ち上げるなど、屈強な男でも無理だ。それを見たレティシアは嬉々として周りの人たちに何かを語っている。おそらくは、魔女自慢をしているところなのだろう。


「そうだ、市長殿。一つお尋ねしたいことがあります」

「はい、なんでしょうか?」

「あのヒペリオーンVという巨大ロボットですが、あれは遺跡から発掘されたものだと聞いております。一体その遺跡とはどのようなものなのですか?」


 この星の文化の非常識さもそうだが、僕はもう一つの疑問をぶつけてみる。やや困惑した表情を浮かべつつも、カラブレーゼ市長は答える。


「ああ、あれを遺跡からの発掘物だということに関心があるのですか。ですが、あなた方の技術ならば、あのようなものから得られるものなどないのではありませんか?」

「いえ、あれは我々の常識ですら超えたものを持っており……いや、そんなことよりも、我々にとって関心があるのはそのロボットそのものではなく、その遺跡を築いた種族の方なのです」

「種族、ですか?」

「おそらくは数万年前の、あなた方よりもずっと以前に栄えた文明が残した痕跡、それが遺跡と呼んでいるものではありませんか?」


 僕の直感が正しければ、あのヒペリオーンVやゴルゴン星人の言っていた「遺跡」は、おそらく「ウラヌス」がもたらしたものだろう。我々の宇宙でも、そのウラヌスとかつて戦ったとされる「クロノス」、そしてそのクロノスと袂をわかったと考えられる「ゼウス」や「アポローン」の存在した痕跡がいくつも残されている。

 その遺跡とやらからウラヌスの痕跡を追うことができれば、あの白い艦隊の正体に迫れるのではないか?

 と、僕は我々のこの仮説を、市長に打ち明けてみた。


「……なるほど、あなた方が戦ったとされる、白い艦隊というものにつながると言われるのですか」

「そうです。その白い艦隊は、この星の存在を我々から隠し通さんとして、全滅の道を選びました。と、いうことは、あの白い艦隊にとってここは、我々に知られてはならない何かを持っていると考えるのが妥当です。その鍵が、その遺跡にあるのではないかと考えています」


 こういうことは、ストレートに聞いた方がいいだろう。周りくどい聞き方をしても、かえって不信感を招く結果となりかねない。この問いかけに、市長はこう答える。


「重力子研究所へ、行かれるといいでしょう」


 突然、市長からの提案を受ける。


「重力子研究所とは?」

「例のヒペリオーンV、あれを遺跡から掘り出し、復活させたのはその重力子研究所なのですよ。他にも、遺跡から多くの発見を得て、それを解明するべく日々研究を進めている機関なのです。そこへ直接、行かれてはどうですかな」


 どうやら重力子研究所とは、遺跡の発掘とその超文明技術の解明を目的とした機関のようだ。確かに、そこならば遺跡のことが分かるかもしれない。僕は、その重力子研究所へ向かうことに決めた。

 そこには、何があるのだろうか? いずれはゴルゴン星の方にあると言われる遺跡も、調査することになるだろう。あの白い艦隊が、我々から何を秘匿しようとしていたのか、まずはそれを知るための行動を始める。

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