#6 突入
既視感のあるものが現れた。この発見自体は予想外であるが、そこにはおそらく、当初予想通りのものがあるはずだ。すなわち、ワープポイントが。
「門ということは、そこにワームホール帯があの中にあるはずだ。さらに接近し、探査を続けよ」
「はっ!」
我が艦隊は、さらに接近を続ける。その結果、その予想通りのものを探知する。
「センサーに反応あり! ワームホール帯を確認!」
ワームホール帯、つまりワープポイントだ。あの100隻の白い艦隊が消えた場所と一致することから、当然、あの白い艦隊の本拠地につながる道なのだろう。
「ヴァルモーテン少佐!」
「はっ!」
「あれをどう考えるか?」
「はっ、これまでの経験から、あれは異銀河、すなわちサンサルバドル銀河につながる航路かと推察されます」
「だろうな……さらにいえば、あの先に白色艦隊の本拠地なり航路なりが控えている、ということでもあるな」
「そう考えるのが妥当であると、小官も同意いたします」
こんなところで門を発見することは想定外ではあるが、ともかくあの謎の艦隊の本拠地を見つけ出せれば、あちらとの接触が叶い、その先は両者にて和睦か宣戦布告かを選択することになる。今のようななし崩し的な戦闘突入を防ぐことはできる。
僕はヴァルモーテン少佐に尋ねる。
「我が艦隊を、あのワームホール帯に突入すべきと考えるが、貴官はどう思うか?」
門の発見は、これが初めてではない。だからこの幕僚長は、その時の前例に倣った進言を僕に提示する。
「小官も提督の意見に賛成ですが、ここは前例と同様に、まずは5人の戦隊長に意見をうかがうべきかと」
「だろうな。了解だ、アマラ兵曹長!」
「はっ! にゃん!」
「直ちに作戦会議を行う。5人の戦隊長を呼び出してくれ」
「了解しましたにゃん!」
と、いうわけで、メインモニターの画面越しに早速5人の戦隊長が召集される。
さて、僕がこの話し合いの議題を挙げようとしたその時、エルナンデス准将が口を開く。
『まず言っておく! 俺は門への突入は反対だ!』
以前の同じ話し合いの時は賛成に回ったエルナンデス准将が、今回は一転、反対に回る。
『貴官ならば、私同様に賛成するかと思ったのに、意外だな』
『ほんとですよ、今回、私は賛成ですよ。久々に暴れられる舞台ですから』
『前回のことを思えば、賛成するのが当然でしょうね。美味しいメイプルシロップは早めに手を出すに限りますし』
ワン准将、カンピオーニ准将、ステアーズ准将が、このエルナンデス准将の反対表明に対して、自身の意見を述べる。前回とは逆に、エルナンデス准将以外が賛成に回っっている。
僕自身、エルナンデス准将は今回も賛成するだろうと思っていたが、それとは逆の結果となったため面食らった。が、一方で他の戦隊長の賛成により、辛うじて議論の終結は免れる。
そこでただ一人、沈黙していたメルシエ准将が口を開く。
『エルナンデス准将、貴官はなぜ突入すべきではないと考える? 真っ先に手柄を、と考える貴官らしくないな』
いい質問だな。僕もエルナンデス准将のこの態度に違和感を感じていた。確かに、らしくない。
『いくらなんでも、この情勢下での突入は危険過ぎるであろう』
『なぜ、危険と考える?』
『決まっている。ここは連盟側の宙域、しかもこの周辺に、味方の艦艇や補給線は皆無。その態勢で突入するのは、危険過ぎると言っているのだ』
エルナンデス准将らしくない、実に慎重な意見だ。が、この意見には同意せざるを得ない。連盟側の星域を挟んだままの戦闘は、連盟軍が条約を反故にして豹変するという懸念も招きかねない。エルナンデス准将の言う通りではあるな。ここはせめて、第4艦隊辺りに展開してもらった後に突入する方が、懸命と言える。
が、メルシエ准将はそのエルナンデス准将に対して、こう言い放つ。
『ならば、なおのこと突入すべきであろう』
それを聞いた僕も他の戦隊長も、驚愕の表情を浮かべざるを得ない。まるで話の前後がつながらない。何を言っているのか、この戦隊長は? この場の皆が沈黙したことが、ここにいるメルシエ准将以外の者が僕と同意見であることを暗に物語っている。
『おい、メルシエ准将よ、どういうことだ!?』
反論するのは、その矛先を向けられたエルナンデス准将だ。その問いに、メルシエ准将は応える。
『連盟側の星域なればこそだ。さっさと突入し、この先の戦況を把握する。そこにいるのはおそらく、多数の白い艦艇。その情報把握で先手を取ることこそが、連盟軍に対して優位をとれる』
『いや、メルシエ准将よ、この先を知ることが、どうして我々が優位に立てるというのか?』
『考えてもみろ、連盟のやつらはこの門を発見する術を持たない。この星の連中が宇宙進出して300年近く、この場所はやつらは探索したことはあるだろうに、この門を発見できていない。つまりこれは、賜物あってこその発見だ。我々が情報を提供しない限りは、彼らはあの白い艦隊がどこから現れるかどうかを察知できない。これは、大きな貸しになる』
『だが、それもこちらが情報提供するまでの話ではないか。あの門の位置を知らせてしまえば、やつらは我々に貸しなどと感じるものだろうか?』
『いや、感じるはずだな』
『そうか? そうはとても思えないぞ』
『考えてもみろ。門は一つとは限らない。となれば、やつらに賜物のことを知らせない限り、白い艦隊の出現ポイントとなる門を見つけ出せるのは我々だけ。その優位さを保ったままならば、門の情報を無条件に知らせることは、やつらにとっては大いなる貸しとなってのしかかる。特にそれが、門の先に多数の白色艦隊がいるとなれば、なおのことだ』
言われてみれば、あの門の位置は連盟側に知らせても、それを見つける方法までは知らせるつもりはない。となれば、メルシエ准将の言う通り、我々の優位さは崩れない。連盟が賜物の存在を知らない限りは、他にも存在するかもしれない門発見のため、我々に頼らざるを得ないだろう。
当然だが、あの門の先にもまだ門が存在する可能性は高い。我々の感覚では、一つの星で10万隻もの艦艇を維持するなどとても考えられない。おそらくはあちら側も、我々と同じく複数の地球があって、それらが連携してあの大艦隊を結成できるのであろうと考えられる。
『そうですな、あの門の先にある脅威と共に、連盟の地球065に情報提供すれば、それ自体が我々へ依存せざるを得なくなる、ということになるわけですな。まるでパンケーキにかけるシロップのように』
『うむ、当然、門は一つではないだろうと考えるだろうから、その門を探し出すことが可能な我々はますます有利になる』
『我々が安心してあの白い艦隊相手に暴れられるよう、連盟のやつらには感謝してもらわねばならぬ、というわけですかな』
ステアーズ准将、ワン准将、カンピオーニ准将もメルシエ准将の意見に同意する。そして、エルナンデス准将もこう応える。
『……なるほど、むしろあそこに突入し、あの門の脅威を連盟のやつらに知らしめる。ならば我らのやることは、この先に突入して敵情を把握、しかる後にこちらに戻る。そういうことだな』
このエルナンデス准将の意見に、皆が頷く。僕は、決する。
「では、第8艦隊はこれよりあの門に突入する。ヴァルモーテン少佐」
「はっ! では、各戦隊の突入順をご指示いたします。先陣はメルシエ隊、次いでエルナンデス隊、ワン隊、カンピオーニ隊、そして後衛はステアーズ隊です」
「突入作戦は艦隊標準時で1700、今から約2時間後に開始する。各隊、直ちに準備に入れ」
『はっ!』
あの門の先に突入することが決まった。一応、地球065と第1艦隊のコールリッジ大将にこのワームホール帯発見に関する速報を打ち、しかる後に調査と称してすぐに突入すると付け加えておく。やつらが何か言ってくる前に、すぐに進出を果たす。
「ヤブミ提督! 全艦、発進準備整いました、にゃん!」
そして2時間後、我が第8艦隊1000隻は予定通り、発信準備が整う。
「了解、全艦に伝達。臨戦態勢のまま、門への突入を開始せよ」
いよいよ、未知のワープポイントへの突入が開始される。最初に突入するのは、戦隊長を集めたブリーフィングでこの作戦への賛成を主張した、あのメルシエ准将率いるメルシエ隊だ。続いて、エルナンデス隊が突入する。
この旗艦オオスは、ワン准将率いるワン隊に属する。このため、エルナンデス隊200隻の後ろについて、突入を開始する。
目の前のモニターには、あの白く真四角な門が映し出されている。高さも幅も約5キロと、かなり巨大な構造物だ。誰が、何のために作ったのか分からない。が、これと同じものが地球1010近くの白色矮星域や地球ゼロと呼ばれる場所で見つかっている。
我々では触れる事すらできないワームホール帯を、この奇妙な構造物はその中に閉じ込めることができる。物理的に本来不安定なワームホール帯、つまりワープポイントを固定化するために作られたと考えられるが、その真意も方法も明らかではない。
しかしこれ、見れば見るほど、あの白い艦隊との関連性を感じずにはいられない。あの艦隊の船体は真っ白、一方のこの門も真っ白だ。スペクトル分析によれば、この両者の色はほぼ同一。200色あるとされる白色の中でも同じ色として分類されるこの両者。ゆえに、この門もあの白い艦隊も、同じ種族が作り出したものだと推測される。
と、いうことは、あの白い艦隊を運用しているのは、我々が「原生人類」と呼ぶ種族なのか?
その原生人類には出会ったことがないし、我々と同じ姿なのかすらも分かっていない。マリカ少佐の推測によれば、我々人類がその原生人類によって作り出された種族である可能性もあるという。
そんな原生人類が未だに生存し続け、あの白い艦隊を運用しているとすれば、もしかしたら我々は、自身を作り出した種族と接触することになるかもしれない。
……のではあるが、あの白い艦隊に原生人類が乗っているという今の仮定に、違和感を感じるな。
原生人類と言えば、我々が苦戦したあのアルゴー船を作り出した種族のはずだ。ついでに、黒い艦隊の創設にも関わっているに違いない。
にもかかわらず、だ。あの白い艦隊、我々に比べてあまりにも弱過ぎではないか?
その真実につながるであろう門に、今飛び込む。
「超空間ドライブ起動! ワープ開始!」
一瞬、周囲が暗くなる。モニターには星一つ映っていない。ワープ空間に入った証拠だ。そして、ワープ空間を抜ける。
「周囲の状況は!?」
「はっ! レーダーに感なし! 周囲に、艦影は確認されず!」
到着と同時に、周囲に警戒の目を向けるが、我々以外の艦艇がいない。僕は下令する。
「さらに索敵し、5分以内に艦影がなければ、戦闘態勢を解除する」
「はっ! 承知いたしました!」
ヴァルモーテン少佐が、僕の指令を全艦に伝える。やがてこの宙域に1000隻が揃い、全艦で周囲を探索するが、依然として何も見つからない。
なんだか拍子抜けだな、まさか一隻もいないとは。てっきり我々を警戒して、この出入り口周辺に哨戒艦を配置しているものと思っていたのに。
先に突入したはずの100隻の小規模艦隊すらも見当たらない。ということは、あの連中はすでにワープしてこの宙域にはいないということになるのか?
そう思っていた矢先に、意外な報告が入る。
「提督! 星図照合が取れました!」
現在地を知るため、周囲の星の配置から、我々の現在地を割り出す作業が終了したという。この場所が大体どの辺りなのかを知っておきたい。もしかすると、リーナの故郷である地球1019にほど近い可能性もある。
「そうか。で、ここはどのあたりになるのか?」
「それがですね……まずここは、サンサルバドル銀河ではありません」
「えっ? それじゃ、どこなんだ?」
「我々の銀河系内です」
「なんだって!? 銀河系内だと!」
てっきり僕は、ここはサンサルバドル銀河なのだと思っていた。が、我々はまだ銀河系の中にいるという。その衝撃的な報告は、さらに続く。
「星図配置から算定して、ここは地球065から110光年離れた宙域であることが判明しております」
「ちょっとまて……あの門は、たった110光年をジャンプするだけのワープポイントだというのか?」
「はい、そういうことになります」
この観測班の士官自身も、意外な結果だったという表情を浮かべている。が、事実は事実であるから、それをそのまま僕に伝えている。僕は正面モニターに目を移す。
確かに、向こうの銀河特有の星空、つまり、隣接する巨大な棒渦巻銀河の姿はない。ごく普通の天の川銀河のものと思しき一筋の星の河が見えるだけだ。
「……で、周囲に天体は?」
「はっ! 太陽型恒星と、その周辺の惑星の存在を確認しております」
「ならば、その惑星を直ちに調査せよ」
「はっ!」
観測班の士官は敬礼し、持ち場に戻る。僕は司令官席に腰掛け、再び正面モニターを見る。
わざわざここに移動するための門があった。ということは、近くに必ず何かあるはずだ。もしかするとあの白い艦隊を保有する連中の、こちらの銀河への拠点があるのかもしれない。
僕のその直感をうかがわせる発見が、すぐに報告される。
「提督! この星系の第4惑星に、地球型惑星を確認しました!」
あの士官が報告する。僕は席から立ちあがり、この士官に命じる。
「正面モニターに」
「はっ!」
士官はすぐに、正面のモニターにその第4惑星を映し出す。ここから1200万キロ先にあるその星の姿が、すぐにモニターに映る。
「……うん、どう見ても地球だな」
「はっ、典型的な地球です」
青い海に、緑と茶色の大陸に、表面を覆う白い筋。この星系の生命生存可能領域にあるその星は、我々が良く見る地球そのものだ。
と、いうことは、あれがあの白い艦隊の拠点か?
「だが、一見すると、とても艦隊の拠点にしている星とは思えないな。周囲に何もないとは」
「はい、それどころか、電波すらも検出されません」
「なんだと? 電波も感知できない?」
「はい。あの白い艦隊ですら、レーダーと思われる電磁波を出しているというのに、この星からはそういうものが一切、検出されないんです」
「……それじゃまるで、未発見の地球みたいじゃないか」
「実際、あれは未発見の地球です。現在、登録されている1040個の地球の場所とは異なる座標にあります」
白い艦隊を追いかけてきたつもりだというのに、もしかすると未知の地球を見つけてしまったかもしれない。いや、まだあれが白い艦隊と無関係だという証拠はない。
ひょっとして、我々の出現で警戒して、星全体で電波管制を……とも考えたが、それはおよそ不可能だ。
そもそも電波管制などしたところで、星全体を隠すことはできない。その上でレーダーすらも使えなくすることは、我々の位置すらも把握できなくなり、リスクが大きい。
それ以前に、星全体で電波を消すなど不可能だ。地球001が同じことをすれば、生活が成り立たなくなる。
つまりここは、元から電波など使っていない星ではないか?
「警戒しつつ、接近する。あの星の情報を集めたい」
「はっ!」
とはいえ、やはり気がかりだ。何もないところに、門などあるはずがない。僕の直感は、あの星に何かあると感じている。今のところ、僕の直感は外れたことはほとんどない。
「艦隊を、第4惑星に向けて進める。ヴァルモーテン少佐」
「はっ!」
「全艦に伝達、あの惑星周辺に艦隊を展開する。白色艦隊からの攻撃に警戒し、ステアーズ隊、メルシエ隊、エルナンデス隊、カンピオーニ隊は高度36000キロの軌道上に展開、旗艦オオスとワン隊は、さらに低軌道上に侵入して、惑星表面を探ることとする」
「はっ! 承知いたしました!」
「それと、マリカ少佐を呼んでくれ」
「えっ? あの頭のおかしい青カビチーズピザ少佐を、ここに呼ぶのでありますか?」
「こんな時ぐらいしか、役に立たないだろう」
「おっしゃる通りですね。せめて給料分は働けと。承知いたしました、あのイカれたイタリアーノをお呼びいたします」
正直、あまり呼びたくはないのだが、事態が事態だ。あれに頼るほかはないだろう。
「まったく、何ゆえ私を呼びつけるのですか!」
いや、上官が部下を職場に呼び出して、何がおかしい? 仕事があるからこそ、呼び出したんだが。
「貴官も知っての通り、先ほど門を通り抜けてこの宙域に達した。なにか、思うところはないか?」
僕のこの問いに、マリカ少佐は今回、どういう仮説を述べるだろうか? あの門の意味は何なのか? それを期待しての質問だ。
が、この士官の応えはそっけない。
「何もございませんわ」
「えっ? 何も?」
「当たり前でしょう! ただ門がそこにあり、くぐった先には地球があった。それだけの情報で、何を思えと?」
うん、期待した僕が馬鹿だったと言わんばかりだ。いや実際、馬鹿であったと考えざるを得ない。なぜ僕はこいつを、このタイミングで呼んでしまったのだろうか?
そんなやり取りをしていると、観測班が僕に接近中の地球表面の異変らしきものを報告する。
「報告! 第4惑星表面に、光点を視認!」
「光点?」
「はっ! メインモニターへ映します!」
観測班は張り切ってるな。普段はあまり出番がないから、こういう時は活き活きと仕事しているのがよく分かる。が、高々光点ごときで……と思いつつ、僕はモニターに目を移す。
ちょうど接近中の地球の夜の面に、ポツンと赤い点が光っている。他にもちらほらと灯りらしきものは見えるが、その一点だけ格段に明るい。
「……単なる山火事か何かではないのか? 一応、映像を拡大せよ」
「はっ! 了解です!」
何気なしに僕は、その映像を拡大するよう指示する。観測班の士官が、その光点をズームアップする。
ただの赤い点だったものは、拡大するにつれてそれが、炎であることが分かる。
しかもその炎が燃やしているものが明らかになると、僕はがたっと席を立つ。
「おい、あれは……」
あまりに見慣れたそれに、僕は驚愕する。マリカ少佐もその映像を見て、こう呟くように告げる。
「お城……ですわね。しかもあれは、ニホンのお城ですわ、提督」
そう、マリカ少佐の言う通り、それはどう見てもお城の一角だ。
城郭と思しき壁の一角に建てられた、瓦葺の建物。それが激しく炎を上げて燃えている。
拡大した映像は、その炎に照らされたそれ以外のものも映し出す。城壁の外側には、槍を持った兵士の一団。時折、城壁から噴き出す幾筋もの白煙。おそらくあれは、古式の銃火器が出す煙と思われる。
これはどう見ても、戦さだ。それも攻城戦の類い。城に火が放たれているということは、あの城がまさに落ちようとしているところだ。僕は直感で、そう感じた。
僕は叫ぶ。
「0001号艦を、あの城に向けて緊急発進する!」