#59 出会い
「高度3000、速力200! 前方に都心部を視認!」
旗艦オオスは大気圏を突破し、この星に降りてきた。海上を進むオオスの先に、ジーノたちの暮らす都市、トリエッセが見えてくる。
「トリエッセ空港の管制より通信! トリエッセ手前のアドリアーノ湾内にて停止し、その場で待機されたし、以上です!」
「そうか、了解した、と伝えよ」
「はっ!」
大気圏突入直後から、この都市にある空港からの指示が次々と入ってくる。あちらからすれば、得体の知れない宇宙人の来航。それも、これで二度目だ。またもや好戦的な種族が現れたのではないかと、戦々恐々だろう。
が、我々にとっては戦うメリットはなく、むしろ彼らとは友好関係を結びたいと考えている。その方が、得られるメリットが大きい。いや、メリットがなかろうが、戦う理由はないのだが。
「ねえ、カズキ! 私が真っ先に降りちゃってもいい!?」
そんな未知の星を前に、胸を躍らせているのはフタバだ。
「いや、ダメだろう。まずは軍属が先に降り立ってだなぁ」
「何言ってんのよ! こう見えても私、交渉代理人なんだからね! そこんとこ、忘れないでよ!」
忘れてはいないが、初期交渉にいきなり民間人を矢面に立たせるのはまずい。ここは前例に従い、我々から交渉を進めることとする。
「トリエッセの海岸まで、あと10キロ!」
「両舷停止、現空域にて停船する!」
ジラティワット艦長の指示で、全長3200メートルの艦が停止する。そこに、航空機の編隊が接近してくる。
「機影7、速力1050キロ。小型のジェット戦闘機と思われます」
モニターに、その迫りくる編隊の映像が映し出される。それを見ながら僕は、僕はヴァルモーテン少佐に尋ねる。
「少佐、あれをどう見る?」
「はっ! 我々の歴史上における、西暦1950年代に作られた第1世代ジェット戦闘機と同等のもの思われます」
機首に大きな導風口、流線型のキャノピー、その直前に並ぶ5つの機銃口、ブーメラン型の主翼、そして亜音速での飛行。まさしくあれは、第1世代のジェット戦闘機そのものだ。我々にとっては歴史博物館ものの、骨董品級の機体だな。
あのヒペリオーンVという機体とはうって変わって、ローテクな航空機によるお出迎えを受ける我々だ。その出迎えに応えるべく、我々もある仕掛けを使う。
『お出迎え、ご苦労である! 妾は地球001、第8艦隊司令官、ヤブミ少将が妻、マツと申す!』
巨大ホログラフィーに映し出される、体長100メートル以上のマツの立体映像が5つ、並んでいる。それが接近する7機の機体に向けて、深々と頭を下げる。
『此度の訪問で、我らはそなたらとの同盟締結を望むものである。我らとの交渉の機会と場を頂きたく、お頼み申す次第である』
『でありゅ!』
まあ、マツなら見た目が可愛らしいから、こういう呼びかけ役にはうってつけだろうと思い、その役目を担ってもらった。ついでに、ユリシアも引き立て役として、マツの足元で相づちを打ってもらう。
実に和やかな2人の登場で、この空域もすっかり友好モードかと思いきや、ここでユリシアがあらぬ行動に出る。その場でしゃがみ、床をバンバンと叩き始めた。
それが表の巨大ホログラフィー上では、20メートルほどの巨大な一歳児が艦の表面をバシバシ叩いているように見える。どうやらそれがユリシアには、面白くて仕方がないらしい。
『これ、ユリシアよ。あまり床を叩くでない。そなたの手が汚れてしまうではないか』
『きゃーっ!』
マツに抱き上げられても、手足をバタバタと動かして暴れるユリシアの姿が、まさに艦外にさらされている。だが、ユリシアとしてはその映っている自分が暴れる姿がツボにはまったようで、ますます興奮が止まらない。
『あーあ、ユリシアよ、おめえ無茶苦茶だなぁ、おい』
で、さらにそこへレティシアまでが乱入する。全長120メートルはあろうかという巨大なレティシアが、あの7機の前に現れた。
『っと、俺まで映っちまったじゃねえか。まあいいや、俺の名はレティシア! カズキの一番目の妻で、怪力魔女をやってるぜ、よろしく!』
『しくぅ!』
で、乱入ついでに自己紹介も欠かさない。困惑顔のマツの肩に手をかけて、その迫る飛行編隊に向かってウインクを送る。
レティシアなりに、場を和ませるためにやった行為だが、あの戦闘機パイロットはあれをどう見ただろうか。少なくとも、攻撃態勢には入っていない様子だから、多分受け入れられたのだろう。そう思うことにしよう。
ところで僕はその編隊を見て、ジーノに言った。
「なんだ、この星にも集団戦法があるじゃないか」
「集団戦法があるだって? どうしてそんなこと言い出すんだよ」
「7機の戦闘機が、編隊を組んで飛んでいるということは、少なくとも7機同士の戦いが、この星でもあるということの証明だろう」
「何いってんだ。戦闘機ってやつは、戦場では一騎討ちで戦って、落とされたら次のやつが出てくる。最後まで残ったほうが勝ち、そういうルールなんだよ」
えっ、そうなのか? それじゃあ編隊を組んでる意味ないじゃん。ターン制の古のシミュレーションゲームみたいじゃないか。なんでも、ジーノによれば10年ほど前に実際に大きな戦争がこの星でもあったらしいが、そういう作法で戦っていたらしい。なお、これは陸や海でも同じだとか。
そのおかげで戦死者がほとんど出ないらしいが、国家の命運を少数の個人技量に委ねても大丈夫なのだろうか。それはそれで、心配になる。
筋金入り、いや、もはやカーボンナノチューブ入りの一騎討ち文化な星だな。誰もそのルールとやらを変えようとは思わなかったのか。まさしくこの宇宙では絶滅危惧種、天然記念物ものだぞ。
地球001にも地域や時代によっては、それに近い風習、一騎討ちで決着をつけるとか、戦いの前に名乗るとか、そういう作法も存在したが、ことごとくそのルールは消えてしまった。ルールなんてものにとらわれない連中が現れて、有利に勝ちを掻っ攫っていったからだ。そうなると必然的に、そういう戦い方に変わらざるを得ない。
ちょうど艦橋の脇を、7機の編隊が通り過ぎていく。あれを見る限りは、この星では思った以上に「遺跡」の影響を受けてはいないようだ。もう一方のゴルゴン星人の方が、大いに遺跡の恩恵とその罰とを受けているように思う。
まあ、そもそも自分の星を「ゴルゴン星」などと恥ずかしげもなく呼ぶ種族に出会った事自体初めてだが、その星が滅ぶきっかけとなった話を、僕はヨルゴス皇帝から聞かされた。
ゴルゴン星にはいくつもの遺跡群があって、その中にはたいてい2、3本の巨大な塔があったという。ある時それが、強力な武器であると判明したらしい。
で、それを復活させる研究が行われていたが、ある時、その一つが暴走し、青白い光を放って周囲を焼き払ってしまう。
それに呼応して、他の遺跡群の塔も暴走を始めて、その周囲を巻き込んで次々と星の表面を破壊し始めた。辛うじて宇宙に飛び出した20万人だけが、その地獄から逃れられたのだという。
「まさに、我らに下された神罰としか思えぬ。触れてはならぬものに、我々は触れてしまった。だがまさかその塔の一つが、あの小惑星にもあったとはな」
などと、皇帝陛下にあるまじきうっかりぶりで、二つの星が戦争を継続することとなってしまった。どちらかが滅びる前に、あの悪宰相の悪事がバレてことなきを得たから良かったものの、我々が来なかったらどうなっていたのか?
なお、その塔については今、我々の艦隊にいる技術者を派遣し調査させているところだが、やはりというか、それはまさに我々の持つ主砲とほぼ同じものだと分かった。長さ150メートルの砲身で、通常型の駆逐艦に取り付いているそれと同じタイプで、射程は30万キロと推定された。おそらくあの白い艦隊の砲身とも同じではないかと考えられている。
このオーバーテクノロジーがどうしてこの星系に残されているのか? とかくここは、謎多き場所だ。
その謎多き星の住人と、折衝を開始する。が、その前にやらなければならないことがある。
「第12ドック開放、ヒペリオーンVの各機、発進せよ」
そう、大気圏突破ができない彼らを、ここまで送り届けるという役割を果たさなければならない。開放されたあの機体は、順次発進する。
『うおおおぉぉっ! 超重力合体! ヒペリオーン、ゴォーオンッ!』
……いや、待て。なぜここで合体を始める。艦橋目前に飛び出した彼らは突然、青白い光を発ながら5機を合体させ始める。
エルネスティは爛々とした眼でそれを眺めているが、僕はそれを冷ややかな目で見つめる。まさか、我々に戦いを挑むつもりか? などと考える間に、合体は完了する。
『超重力ロボ、ヒペリオーン V!!!!』
あのロボットは、叫ばないと動作しない仕様にでもなっているんだろうか? 平文の通信でいちいちその声を送信し続けるその機体の決めポーズを眺めていると、ホログラフィーで映るレティシアの前に、ヒペリオーンVは止まる。
『あとのことは、俺たちに任せろ! 必ずいい知らせをもたらしてやるぜ!』
『おう、期待してるぜ!』
巨大ホログラフィー映像とスーパーロボットが無線越しとはいえ、この海上の空で会話しているのは、シュールとしか言いようがない。7機の編隊とともに飛び去るあの大型兵器を、巨大レティシアとマツ、そしてユリシアが手を振って見送る。やがて、巨大映像は消える。
「彼らの言を信じるなら、ここで3日、最長でも一週間は待機することになりそうだな」
「ええ、そうでしょうね。もっとも、彼らとここの政府との交渉が上手くいく保証はありません。すでに宇宙人の侵略を受けた後となれば、なおさらでしょう」
「うーん、その場合の交渉手段を考えておかないといけないな」
ヴァルモーテン少佐が、実にリアルな予想を述べる。それは見事に正論で、当然予想される事態だ。もしここが地球001だったなら、少なくとも一週間やそこらではけりがつかない。宇宙人との交渉など、世論を二分するほどの大騒ぎとなろう。ましてや、宇宙人からの襲撃を経験している星となれば尚更だろう。
が、意外にも翌日には、向こうから返信が来る。
「えっ、トリエッセ空港への着陸許可が下りた? ほんとか、それは」
「はっ! 空港管制より、滑走路横への駆逐艦着陸許可をする旨の通信が入りました!」
ここまで順調だと、逆に罠の存在を疑ってしまう。空港にのこのこと現れたところで、我々は拘束、監禁されてしまうのではないか? いや、彼らはそういう手を使わない思想のはず。そうならないことを願うとしよう。
と言いつつも、やはり心配になった僕は、ジラティワット艦長に24時間連絡不通となった場合を条件として開封する、地上に対して威嚇射撃を許可する旨の命令書を渡しておく。その後、人型重機隊による奪還作戦も授けた上で、僕は駆逐艦0001号艦に移乗する。
「前進微速、ヨーソロー!」
僕はレティシアとリーナ、マツを連れて、地上へと赴く。そんな場所に彼女らを連れて行くのは、むしろ相手の警戒心を誘わないための配慮でもある。ジーノら5人とこの3人はすでに顔見知りであり、そんな彼女らを連れて行かないのはかえって不信感を抱かせる可能性があると踏んでのことだ。が、同行するのは、彼女らだけではない。
「いやあ、地球001の人間がここを訪れるのは、私たちが間違いなく初めてだよね。カズキ、最初の一歩は、絶対に譲らないから」
と僕に対抗心を燃やしているんは、スーツに身を包んだフタバだ。
「いや、別にお前が来る必要こそなかっただろう。どうしてついてきた」
「何言ってんのよ! あたいは交渉官代理なんだよ、代理! レティちゃんにリーちゃん、マツちゃんが行くってのにあたいが行かないってわけにはいかないでしょ」
いやあ、やっぱり不要だなぁ。ミツヤとともに親子で旗艦オオスにて待っていてくれたら良かったのに。第一、今回はミレイラですら置いていった。いくらなんでも、海賊を連れてくわけにはいかないからな。ましてやミレイラは、ヒペリオーンVに潜入して打ち負かした張本人でもある。そんなやつを連れて行ったら、さすがに印象が悪くなることは確実だ。
そこまでの配慮をした上で臨む初期折衝。それをフタバが掻き乱さなければ良いのだが。
「あと、40……30……20……10……着底!」
ズシンという音とともに、0001号艦は着陸する。場所は、トリエッセ空港の端。長い滑走路のすぐ脇だ。
ここの航空機は、長い滑走を必要とする古典的な離陸手段をまだ用いている。いや、ヒペリオーンVだけはそうではないのだが、あれはこの星の超文明品だからな。あれがここのスタンダードというわけではないらしい。滑走路向こうに見える航空機群を見ると、プロペラ機とジェット機は半々といったところか。
「重力子アンカー作動よし! 船体固定!」
ヒィーンという甲高い機関音が徐々に静まる中、艦橋の窓から外を眺める。滑走路とは反対側に目をやると、「摩天楼」という言葉がぴったりなやや古めかしいデザインの、100メートル前後のビルが密集している場所が見える。その手前にあるターミナルビルの方から、黒い車が一台こちらに迫ってくるのが見える。
「お出迎え、かな?」
「そのようですね」
「ならば、行くか」
「ご武運を、お祈りいたします」
僕はその使者の到着を出迎えるべく、艦橋入り口へと向かう。だがヴァルモーテン少佐よ、戦いに出向くわけではないんだぞ。武運とはなんだ、武運とは。
「絶対、私が先に降りるんだからね!」
一方で僕は、出入り口で別の人物と争うことになる。といっても、相手はフタバ。先に降りると言ってきかない。
「いやダメだ、まずは軍属が地上に降りて安全を確認した上で、民間人を降ろすことになっている。いくらフタバでも、ルールには従ってもらう」
「なに言ってんのよ! もうこの星の住人とは接触してるじゃない、大丈夫だって」
どうしてもはじめの一歩を譲りたくないらしい。が、いくらジーノたちと意思疎通をとれたからと言って、他の人たちが同じとは限らない。
などと争っているうちに、駆逐艦のハッチが開く。開いた分厚いハッチは、そのまま地上とをつなぐスロープとなる構造だ。そのハッチが降り切って、スロープになろうかというその時だ。
見れば、目の前には黒い車が止まっている。そこには、3人の男が見える。黒づくめが2人、真ん中には太ったやや明るい茶色の背広姿。その真ん中の太った背広男が、いきなりスロープに乗り込んできた。
僕とフタバがあっけにとられているうちに、ずかずかと僕をめがけて歩み寄るその男。僕の脳裏に、つい先日のあの暗殺の瞬間がよぎる。が、この男、僕の前に立つなり、いきなり抱きついてきた。
「おーっ! ヤブミ将軍、ようやく会えましたーっ!」
僕も何度か未知の惑星に降り立ったが、男に抱きつかれたのは初めてだ。後ろに控えていたレティシア、リーナ、マツ、そして脇に立つフタバが、唖然とした表情でこちらを見ている。
「あ、あの、あなたは……?」
「私は、このトリエッセ市の市長、カラブレーゼといいます。重力子研究所のヒペリオーンVパイロット5人衆からあなたの話を聞かされて、私、どうしても会いたくて、すっ飛んできましたよ」
なんだか、熱烈歓迎されているようだが、熱すぎるだろう、いくらなんでも。初対面で男同士、いきなり抱きつくか?
「やった! 一番乗りぃ!」
と、目を離したそばから、フタバがいつの間にか地上に降り立ち、最初の一歩というやつを果たしていた。これらやり取りに、僕の護衛のため脇にいる士官二人も、そして向こうの黒い車にいる護衛らしき二人も呆れた表情を見せる。
「さあ、ヤブミ将軍。これより互いの出会いを祝して、パーティーを準備してございます。あちらの車へいらして下さい」
「えっ? あの、ちょっとよろしいですか」
「何でしょう」
いきなり友好的すぎるこの相手に、僕は戸惑う。何の意思疎通も交渉ごともなしに、いきなりパーティーとはどういう了見か。
「我々は、あなた方との交渉のために降り立ったのです。まずは政府高官との接触、およびこちらの全権代表との交渉にあたっての事前の……」
「ああ、なるほど、報告通りですな」
僕がこの訪問のあらましを説明すると、このカラブレーゼという市長はなにやら意味深なことを宣う。
「あなた方は、我々とは随分と違う価値観をお持ちのようだ。ですが、我々にとってはそのパーティーこそが、事前の交渉としての役目を果たしているのですよ」
とんでもないことを言い出したぞ、この市長。
「ええと、我々は市ではなく、この国の代表とお会いしたいのですが、そのパーティーにはどなたか政府高官は参加されることになってるんですか?」
「国? ああ、我々の星には、そんなものはありませんよ」
「へ?」
思わず変な声が出た。何だって、国がない? どういうことだ。我々、地球001も実質的に統一政府制に移行したものの、国は存在する。だがこの市長、ここには国はないと言い出した。
「ああ、つい20年前までは、我々のこの地球にも国は存在していたんです。が、20年前に終結した戦争で、国というものを無くしてしまったんです」
「なくしたって……ええと、それじゃ今はどうやって政治運営がされているんです?」
「市や村がありますからね、それぞれで勝手にやっとるんですわ」
勝手にって……それでこの星の政治は成り立つのか?
いや、そういえばこの星は我々にとって「非常識」が常識な、そういう場所だった。しかし、国をなくしたってことは、我々は一つ一つの市や村を相手に、交渉を続けなきゃいけないってこと?
かと思いきや、カラブレーゼ市長がこの星の全権を代表することになっているとの話を、その出迎えのリムジンの中で聞かされる。
なんでも、ここトリエッセという市はこの星でもっとも大きな都市だという。上空から見ると、ここは大陸の端に位置する巨大な半島で、大きさはちょうど地球001のニホンほどはある。で、その半島全部が「トリエッセ市」だということらしい。大きすぎないか、この都市は。
「にしても、奥さんが3人いらっしゃるというのは本当だったんですねぇ」
「そうなんだよ、ま、いろいろあってよ」
で、カラブレーゼ市長はなぜかレティシアとウマが合うのか、妙に意気投合している。リムジンの中での会話の多くは、レティシアを始めリーナ、マツとの間だけでかわされているほどだ。僕とフタバは蚊帳の外、とまではいかないが、レティシアらの勢いに圧されて割り込めない感じだ。
「ちなみにこのトリエッセ市は、ワインが名産なんです」
「へぇ、ワインねぇ」
「あれ、もしかしてあなた方の星にもあるのですか、ワインが」
「まあ、あるにはあるな。こっちと同じものかどうかは分かんねえけど」
「私のフィルディランド皇国でも名品といえるワインがあるぞ」
「妾は、ワインはちと苦手じゃな」
大きなビル街のど真ん中を走るリムジンの中で、こんなたわいもない会話が繰り広げられている。この車内にはカラブレーゼ市長に僕、フタバ、リーナ、マツ、そしてレティシアが乗っている。もう一台には、こちらとあちらの護衛が乗り込んでいる。その一行を乗せた黒いリムジンは、やがてあるビルの前で停まる。
「さ、着きましたよ」
といいながら、カラブレーゼ市長は手を差し伸べる。その相手は、レティシアだ。
「うー、私が交渉人なのにぃ……」
一方で、この星への第一歩を踏み出して上機嫌だったはずのフタバは、不満顔だ。そりゃそうだろう。これじゃレティシアの方が主役だからな。そんなカラブレーゼ市長の案内で、我々はそのビルの中に入る。
ビルの一階は、大きなロビーがある。そのすぐ奥にエレベーターがあり、それに乗り込んで最上階を目指す。やがてエレベーターは止まり、その降りた先に開いた扉の向こうに、大広間が見える。
「へぇ、なかなかいいとこじゃねえか」
「うむ、立派なビルであるな」
レティシアは上機嫌だ。そりゃあそうだろう、フタバを差し置いて主役級の扱いだからな。一行が広間に入ると、市長が口を開く。
「さて、地球001、でしたかな? 皆様を歓迎して、これよりパーティーを開催させていただきます」
その市長の発声と共に、拍手が沸き起こる。大勢の人々、おそらくはこの星の行政か経営者かの集まりだろう。身なりや雰囲気から、僕はそう察する。
で、このまま宴に突入するかと思いきや、まったく想定外のことをこの市長は口走る。
「それでは宴に先立ちまして、我々とヤブミ将軍たちとの間で勝負といきましょうか!」