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#58 戦後

「いやあ、俺だけ活躍の場がなかったよなぁ」


 恨み節とも嫌味とも取れる一言を吐くのは、レティシアだ。といいつつも、にやにやと笑いながら、ミレイラとリーナに絡んでいる。


「そんなことはないだろう。レティシアは先の戦いで2度も特殊砲撃を放った上に、今回も機関室にて備えておったではないか。その備えがあると知った上で、我々は戦えたのだぞ」

「何言ってやがる。ただ暑いだけの機関室で、あのでけえロボット同士の戦いっぷりを眺めてただけだよ。おめえらみてえに、ロボットや敵の本拠地に乗り込んだりしてねえからな、俺は」


 皆の活躍を妬ましいとは思っているのだろうが、そこまでではないだろう。レティシアとしても、この戦いが終わったことを喜んではいるようだ。

 だからこそ、こんな場所にいる。


「さあさあ、活躍した人もそうでない人も、手羽先を食べるのデス!」


 ドカッと例のスウェーデン人が持ち込んだ大量の手羽先を見て、不安げな顔を浮かべるヨルゴス殿とその奥さん。茶色のこの奇妙な肉の塊を、彼らは恐る恐る手に取る。


「なんじゃ、これは……食えるものなのか?」

「食えますにゃん。とっても美味しいですにゃん」


 同じ獣人であるアマラ兵曹長が、小骨を取り除いて一気にかぶりつくさまを見て、それが自分達にも食べられるものであると一応は理解したようだ。が、いきなり艦内の、この庶民的な店に連れてこられた皇帝夫妻。見よう見まねで、それに食らいつく。


「ん~っ!」


 奇声をあげたのは、奥さんのディミトゥラ殿だ。女性特有の、美味しいものを口にした時のあの声は、この星域でも健在のようだな。


「どうだ、うめえだろう。これがナゴヤ名物の手羽先だ」

「な、ナゴヤ? なんなのですか、それは」

「おう、俺らの故郷だぜ」


 などと、出会ったばかりの皇族にナゴヤを雑に紹介したところで、とても理解はしてもらえていないだろうな。


「いや、まさか自身の重臣に裏切り者がいたなどとは考えもしなんだ。余の不徳であった、許せ」

「構わねえよ。もう倒しちまったんだから、結果オーライってことよ」


 一方、共通の敵が現れたおかげで、こっちの和平は進んでいるようだ。ヨルゴス皇帝とジーノが、手を組み合って互いの仲を深めあっている。


「へぇ、おめえやっぱり、あのジーノって男に気があるんだな?」

「ちょ、ちょっとレティシアさん! 声が、声が大きい!」

「構わねえよ。どうせあっちだっておんなじこと考えてんだよ。今夜あたり、おめえをベッドに誘って押し倒そうなんて思いながら、いやらしい手つきで今、手羽先にくらいついてやがるに決まってるぜ」

「い、いやらしいだなんて、そんな……」

「レティシア殿、このような場でそういう話は……」

「なんでぇ、ディミトゥラだってあの皇帝と一緒に毎晩寝てるんだろ? あの男、見るからにヤバそうな顔してるから、あの手のやつが夜になると理性無くして、まるで獣のようによ……」


 にしても、レティシアよ。お前、皇妃と女パイロット相手になんて話をしているんだ。相変わらずここの女集団は、とんでもなく危険な話で盛り上がる。


「おい、ヤブミ少将! あの戦い方はなんだ!」


 一方、呼んだつもりもないのに、なぜか僕のところにやってきて絡む鬱陶しい反抗戦隊長もいる。


「なんだ、戦いは終わり、平和裡に事が運んでいるんだ。何の問題もないだろう」

「そんなことあるか! 俺だけで200隻も抱えているんだぞ、それが何もなさずに戦いが終わってしまったなんて、そんな馬鹿げた話があるか!」


 いや、馬鹿げているどころか、理想的な状態じゃないか。戦わずして勝つことこそ、善の善なる手だぞ。古来の兵法書にもそう書かれているだろう、実に喜ばしいことだ。

 と、エルナンデス准将相手にはそう説く僕ではあるが、実際はそんな単純な話ではない。

 戦いは終わった。あのバキスという男の反乱のおかげで、むしろ両者は歩み寄るきっかけが得られた。めでたし、めでたし、となるはずだ。

 が、現実はこれからが大変だ。何しろ問題は山積み。まずあの小惑星に籠る20万人ものゴルゴン星人とやらをどうするか? この星に居住地を出してもらおうにも、そんな説得、どうやって進める? いや、その前にこの星の政治形態とはどうなっているのか?

 全く手探りな状況のまま、ともかく一つ一つ、片付けていくしかないだろう。それ以上に僕を悩ませていることがある。

 こいつらの戦いのスタイルは、我々の宇宙では通用しない。あれをこの星域以外の場所でやったら、こいつら全滅だぞ。それをどう伝えて、彼らを矯正していくのか?

 ゴルゴン星というのは、どうやらメルシエ准将が先に見つけた、かつて地球(アース)だった星であることは間違いないようだ。だから彼らもこの星域の住人であることには変わりない。

 そのゴルゴン星だが、つい最近までは豊かな森が広がる温暖な星だったそうだが、ある日それが死の星へと変化した、という。


「……そうだ。余が聞いておるのは、ある遺跡を発動したところ、突如、暴走を始めたというのだ」

「暴走?」

「青白い光を放つ機械であったと、そうきいておる。それが星全土に放たれ、死に追いやられた。そこで余はわずかに生き残ったゴルゴン星人を率いて、この小惑星に移住したのだ。そして安住の地を求めて、ゴルゴン星を離れた」

「あのぉ、遺跡とはどういうものなのです?」

「うむ、たとえばあの小惑星じゃ。あれこそまさに古代に失われた技によるもの。我らはその古代遺跡より超常的な力を得て、繁栄を極めておったのだ」


 どうやら彼らの文化レベルは、ちょうど我々の古代ローマ帝国時代のそれと同じ程度のようだ。だが、その超常的な「遺跡」より力を得て、彼らはすでに宇宙進出を果たしていた。

 だがその遺跡、どう考えても「ウラヌス」のものだろうな。あの白い艦隊が現れる場所であることから考えても、ありうる話だ。そんなものが星のあちこちに残されていれば、それを発掘して活用しようってやつが現れてもおかしくはない。


「おう、遺跡といえば、ヒペリオーンVもそうだぜ」


 ところが、この地球側の男、ジーノからも衝撃的な発言が飛び出した。


「おい、ちょっと聞きたいんだが、あのヒペリオーンVというロボットは、この星の技術で作られたんじゃないのか?」

「んなわけあるかよ。俺たちじゃこんなロボット作れねえよ。こいつはシチレール島っていう島にある遺跡から掘り出されたんだよ」

「はぁ? 堀り出された?」


 信じられないことを口にするやつだ。つまりあの赤青白で塗られたあの派手派手なロボット兵器も、古の遺物だというのか。


「でなきゃ、俺たちが宇宙に出るなんてことは不可能だぜ。俺たちの星の技術では、宇宙に行ける乗り物なんて、まだ作られちゃいないんだ」


 ああ、それで理解した。この星の周辺に、衛星軌道上に投入された人工物が全く見つからないという事実は、つまりはそんなものを打ち上げる技術水準が元からないからだ、ということか。

 だとすると、もしかして……


「ちょっと待て、それじゃ聞くが、お前らもしかして、あのヒペリオーンVというやつで直接宇宙に飛び出して、あれに乗ってそのまま帰るつもりだったのか?」

「そりゃあまあ、そういうことになるだろうな」

「いや、いくら自己修復可能とはいえ、あんな小型の機体に、大気圏突入能力なんてあるのか?」

「大気圏突入? なんだそりゃ」


だんだんとこいつらの無謀ぶりが露呈されるにつれ、僕は呆れるしかない。てことはなんだ、我々がこいつらを地上まで送っていかなきゃいけないってことか? それ以前に、僕らがここに現れなかったらこいつら、どうなっていたことか。仮にゴルゴン星人に勝利しても、彼らは大気圏上層で燃え尽きる運命だったというのか。

 むしろその辺りは、ゴルゴン星人の方が心得ているようだ。考えてもみれば、この星の地上にあの機械獣というやつをせっせと送り込んでいたという。つまり、機械獣ほどの大きさの物体を大気圏突入させる能力は保有していた、ということになる。

 と、話は逸れたが、ここではっきりしたことがある。

 つまりゴルゴン星人らは、その過去の遺物で文化レベルを「ドーピング」していた、ってことになる。

 片やそのオーバーテクノロジーが原因で星を滅ぼし、もう一方は自身が灰になるところだった。未熟な文明に、闇雲に高度な技術を与えてはいけないという良い事例だ。


「ふうん、違和感たっぷりですわね」


 と、そこにひょいと現れたのは、マリカ少佐だ。


「なんだ、マリカ少佐よ、お前生きていたのか」

「当たり前でしょう。なんで私が勝手に死んだことになってるんですか」

「いや近頃、まったく姿を現さないからな。どこかでのたれ死んだいるのかと思っただけだ」

「何をおっしゃいます! 活躍を見せたデネット様の後押しをしておりましたわよ!」


 後押しって……それ、単に夫の帰宅を待っていたというだけだろう。


「そんなことはどうでもよろしいですわ。それよりもここの両者、なかなか興味深い生態ですわね。一騎打ちへのこだわり、熱血過ぎる正義心、そしてあの遺跡。違和感しか感じませんわ」

「それは当然だろう。僕らとはあまりにも思想が違い過ぎる。これに、我々サイドの人間で違和感を感じないやつがいるのか?」

「あら、私と提督では、違和感の次元が違いますわよ」


 いちいち喧嘩を売ってくるやつだな。この挑発ぶりな態度は、どうにかならないのか?


「提督、もうお忘れになったのですか?」

「何のことだ」

「何のことって、この星系は、あの白い艦隊が全滅までして守ろうとしていた場所ですわよ。そのことを、もうお忘れなのですか?」


 マリカ少佐のこの一言に、僕は急に現実に引き戻された感覚を覚える。そうだった、ここはあの白い艦隊と、そして不可思議な光学迷彩によって守られていた場所。その先に現れたのは、この2つの星の住人だ。


「そこまでして守ろうとした価値のある何かが、ここにはあるんでしょうかね? 私はそれが気になって仕方がないのですよ。提督とは違って、ね」


 最後はマリカ少佐らしい一言が付随するが、確かに少佐の言う通りだ。我々はあの白い艦隊を殲滅し、ここに至った。言い換えれば、それほどの価値のあるものがここにあるということだ。

 が、ここは白い艦隊の本拠地でも拠点でもない。せいぜい古代遺跡を掘り出して極端な騎士道を拠り所にする二つの星の住人が、ここには存在するだけだ。


「……待てよ? そういえば、遺跡があると言っていたな。もしかして、それが守るべきものなんじゃないのか?」

「えーっ、あの白い艦隊を持つほどの種族が、この程度のテクノロジーを守るために、一万隻を犠牲ですか? ありえませんわね。それに、私だったらそんな大事な遺跡があると分かっていたら、とっとと掘り返して持ち出してしまうでしょうに」


 うむむ、マリカ少佐に一蹴されてしまった。だがそれは一理ある。確かに我々が目にした遺跡程度では、一万隻、おそらくは100万人の乗員をも犠牲にして守るべきものだったとはとても考えられない。


「まあ、私としては面白い材料を頂きましたわ。これで『ウラヌス』の姿にもう少し、迫ることができるかもしれませんわね」


 などと言い残して、マリカ少佐は手羽先屋を立ち去ろうとする。それをレティシアが呼び止める。


「おーい、マリカ。おめえもこっちに来いよ」

「嫌ですよ。どうせまた下品な話をしているんでしょ?」

「よく言うぜ、おめえだってその話、気に入ってるじゃねえか」

「今はそういう気分ではありませんの。では」

「なんでぇ、相変わらず付き合いが悪いやつだなぁ、おい」


 立ち去るマリカ少佐の後ろ姿を眺めつつ、そう呟くレティシアだが、その手には何かが握られている。あれは、なんだ? ヒクヒクと動くその長いものの先を追うと、そこにはディミトゥラ皇妃の姿がある。ああ、そうか、あれはディミトゥラ皇妃のしっぽなのか。なんてもの掴んでいるんだ、レティシアよ。

 そういえば、獣人と言ってもアマラ兵曹長にはしっぽがない。一方、ンジンガにはついているな。確かあれは……そうだ、そういえば獣人にとってのしっぽとは「大人の階段」を駆け上がった証拠だと聞いたな。そういわれてみれば、ヨルゴス殿にもついている。まあ夫婦だからな、当然か。

 だが、レティシアがそのしっぽを握っているというのは、どうせ下ネタの延長での話だろう。ディミトゥラ殿も、顔が真っ赤だ。それを隠すように両手で頬を抑えている。それを見てニタニタと笑うレティシア。おい、仮にもそのお方は皇妃だぞ。いいのか、そんな不敬な行為を働いても。

 もっとも、それを言い出したら、リーナは皇女で、マツは元天下人の娘。そんな2人を特別扱いすることなく接するレティシアからすれば、身分の高い低いなんてどうでもいいことなんだろう。


「そんでおめえは、このしっぽ使って、あの男にそんないやらしいことをしてるっていうのか?」

「いえ、あの、我らにとってそれは、さほどいやらしいとは……」

「そうかぁ? 俺にはしっぽはねえけど、あってもそこまではやらねえよなぁ」


 何の話で盛り上がっているんだ。下ネタであることは一目瞭然だが、その内容についていけてない。僕も知らない技能(プレイ)が、そこにはあるようだ。


「時にヤブミ殿よ、汝はこの後、どうするつもりか?」


 と、隣の会話に想像力を働かせる間もなく、皇帝が話しかけてきた。


「ええ、この星に降り立ち、交渉を行います」

「交渉、とな」

「我々との同盟交渉、20万人のゴルゴン星人の受け入れ、そしてもう一つ、遺跡に関する情報提供です」

「うむ、最初の2つは分かるが、なぜ遺跡の情報など知りたいのじゃ? 汝らはすでにこれほどのものを持っておるではないか」

「この星に、どれほどの遺跡が残されているのか。それは、我々にとっても大いなる関心事です。遺跡そのもののテクノロジーよりも、その遺跡が誰によって作られたものか、それが知りたいのです」

「ふーん、左様か。誰が作ったなどと知ったところで、どうなることか」


 と、この皇帝に話したところで、僕の意図はあまり理解してもらえないようだ。だが、遺跡の存在を知ってしまった以上、僕はそれを無視することはできない。

 確実に、あの白い艦隊とのつながりがある。さもなければ、この星を守ろうとするはずはない。マリカ少佐が言う通り、その遺跡自体に何らかの価値があるかどうかは微妙だが、その遺跡の成り立ちを追うことができれば、確実にあの白い艦隊、すなわち「ウラヌス」の正体に迫ることができる。

 数万年前には、この星系に「ウラヌス」と呼ばれる人々の手が入り、その名残として遺跡だけが残された。と、するならば、彼らの姿をほのめかす何かが、必ず残っているはずだ。それを知ることは、果たして我々に何をもたらすのか? かつてクロノスとウラヌスがたどった歴史から逃れることになるのか、それとも同じ道をたどるのか。

 いずれにせよ、あの光学迷彩の壁を乗り越えた瞬間に、パンドラの壺の蓋は開けられてしまったのだ。いや、クロノスを滅ぼしたときから、この道はすでに決定していたのかもしれない。今さら、引き返しようがない。

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[良い点] 手羽先ショップ、現在の客 ノブナガの再来、魔女、姫騎士、正統派の姫、獣人、合体ロボのパイロット、その敵だった皇帝とその后。 …こんな濃い面子、二度とお目にかかれんだろな(笑) その場にいた…
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