#55 説得
リーナの方も、ゴルゴン星人の代表というのを連れてきた。が、やってきたのは何とゴルゴン帝国皇帝と、その妃だという。
まあ、話が早いといえばそれまでだが、どうしてこうなった? いくらなんでも偉い人過ぎだろう。
にしても、事前の報告通り、このゴルゴン星人というのはいわゆる獣人族だ。頭には耳がついてて、すぐ脇にいるアマラ兵曹長と同じ種族と分かる。あちらも、アマラ兵曹長が気になるようで、ちらちらと視線を送っているのが分かる。
にしても、それ以外のギャップが激しい。宇宙にあれほど巨大な小惑星型の宇宙船を保有しその中で暮らしている種族だというのに、来ている服はちょうど古代ローマ時代の貴族のそれである。レティシアに言わせれば「テーブルクロスを着ている」ってやつだ。ちょうどダニエラの故郷であるペリアテーノ帝国のかつての民族衣装とそっくりだな。とても高度の発達した文明の人々とは思えない。それが、もう一方の地球代表の5人の着ている派手な服と、絶妙なコントラストを生み出している。なんだか、子供向け映画のロケにでも放り込まれた気分だ。
で、両者は会議室の向い合わせのテーブルを挟んでにらみ合う。ついさっきまで争っていた両者だ。いきなり友好ムードになど、なれるはずもないか。
挟まれるこっちはかなりストレスがかかって胃が痛むが、仕方がない。こんな経験は初めてというわけでもない。僕はまず第一声をあげる。
「えー、それではまず、両者の戦闘停止、および和平に向けた話し合いを、始めたいと思う」
僕のこの一言が、両者の口論の火蓋を切る羽目になる。
「はぁ? 和平だってぇ!? 冗談じゃねえ! 何の布告もなく先に攻撃してきたやつらに、どうして俺たちがこんな卑怯な連中と妥協しなきゃならねえんだよ!」
「何をいうか! 我々こそが先に攻撃されて、滅びかけたのだぞ! 貴様らこそ、卑怯ではないか!」
「なんだとぉ! 俺らがそんなことをするわけがねえ!」
「何を抜かす! 現に我らに対して先に攻撃しておるではないか! そもそも我らは、不意打ちなどという卑怯な手は使わぬ!!」
あーあ、早速ぶつかり合ってしまった。両者共に、意見が噛み合わない。どちらも、先に戦端を開いたのはお前の方だ、という主張をしてすでに食い違いを見せている。これに関して論理的に考えれば、どちらかが嘘をついていることになる。つまり、先に攻撃を仕掛けたのはどちらか、ということだ。
「ゴルゴン星人の代表に伺いますが、その先制攻撃とは、どのようなものだったんですか?」
「我らゴルゴン星人は、母星を失い、わずか20万の民だけがあの遺跡である小惑星の船に逃れることができた。母星を離れてより2年、ようやく青い星を見つけたその時、我々は突如、この星より攻撃を受けたのだ」
「えっ、攻撃された? それはどんな攻撃だったのです?」
「青白い光じゃ。ちょうど、そなたらが放ったあれと同じものだ」
なんだと、青白い光? それってつまり、ビーム兵器だよな。
「そんなもの、撃つわけねえだろう! 言いがかりにしてもひでえ話だ!」
「何を言うか! 我らゴルゴン星人は嘘などつかぬ! むしろそれを認めぬそなたらこそ、嘘つきの卑怯者ではないか!」
「なんだと、もういっぺん言ってみろ!」
もう喧嘩腰だな。どうやればこの両者、歩み寄れるのか、まるで見当がつかない。間に挟まれた僕は、途方に暮れる。
が、そこで声をあげたのは、マツだった。
「双方、見苦しいぞ!」
黙って僕の隣に座っていたこの小柄な着物姿の娘が、いきなり怒鳴り声をあげたことが、この両者の不毛な言い争いを止めてしまった。
「そなたらは、自分らのことしか考えておらぬではないか! じゃが、そなたらの背後には平安を願う大勢の民がおることを忘れておるのではないか!?」
このあまりの正論に、両者は言葉を失う。マツは手に持った扇子を、ゴルゴン星人の皇帝を名乗る人物に向ける。
「ゴルゴンの長とやらに尋ねる。そなたが今、なすべきことは何か?」
「き、決まっておる。我ら20万のゴルゴン星人を安定の地に与え、移住させることだ」
「ならばなぜ、どちらが先に戦を始めたなどという、瑣末なことにこだわるのじゃ! この場は争いを収めて民の安堵を図ることこそが、長としての務めであろう! そして、そっちの5人組!」
「な、なんだ!」
「そなたらも武勇に目が眩み、よもや守るべき民のことを忘れておったのではあるまいな!?」
「そ、そんなことはねえぞ! 俺たちは愛と正義のため、そして地球の人々を守るために戦ってきたんだ!」
「その程度のことは、敵であるゴルゴンの民とやらも持っておるはずだと考えるべきであろうが。彼らとて、愛と正義を守らんとする者もおろう。その自らが正義で、他方では邪悪であると、なぜそう決めつけるのじゃ!?」
このマツの述べるド正論を前に、5人の少年少女らも黙らざるを得ない。今、ここでの言い争いが、数十万、いや数百、数千万人もの人命に関わることになると、彼らは思い知ったはずだ。
人が戦いを始めるにあたって、誰もが正義を唱える。自身こそが正当であり、敵対する相手は悪だと言ってこれを憎悪する。それはやがて、悲惨な戦いへと向かう。マツ自身がそれを体験しているし、僕も連盟との戦いではそれを嫌というほど味合わされている。
「……ところで、ゴルゴン帝国皇帝、ヨルゴス殿よ」
両者が沈黙したところで、僕はヨルゴス殿に尋ねる。そこで僕は、ヨルゴス殿が受けたというその攻撃の話を聞いて、率直に感じたことを伝える。
「なんだ、将軍よ」
「貴殿の申し出が正しいとするならば、一つだけ疑問がある」
「なんだと!? 余が嘘をもうしておると、そう言いたいのか!」
「いや、そうは言っていない。が、貴殿が主張したこの星からの先制攻撃、それは青白い光の筋だと言った」
「そうだ。我がゴルゴンの民のいるこの衛星を掠めて、危うく全滅するところであった」
「だが、それほどの兵器を持つ相手が、なぜその後の戦いでそれを使わないのか? ここにいる5人の乗っていた、ヒペリオーンVという人型兵器にも、そんな武器は備わってはいる形跡はない。もちろん、地上からもそのビーム兵器が放たれた形跡もない。その点は、おかしいとは思わないのか?」
「うっ……た、確かに……」
僕は、この矛盾点を突く。駆逐艦の砲撃ほどの威力を持つ兵器ならば、この全長200キロの小惑星を狙い撃つことは容易だろう。それほどの兵器がありながら、どうしてここで使用しないのか。そのことに疑問を抱いた者がいないことに、僕は少し苛立ちを感じる。
「だ、だがあの攻撃は、確かにこの地球という星から放たれたと聞いている」
「聞いている、ということはつまり、あなた自身はそれを直接見たわけではない、と?」
「うむ、それは確かにその通りではある。だが2年前のあの日、我らとこの地球にしか、攻撃を加えられるような存在はおらぬ。と、なれば、我らが受けた攻撃はこの地球からとしか考えられぬ。違うか?」
うーん、それはそうとも言えない。現にこの辺りには、あの白い艦隊もいる。が、もしそれがあの白い艦隊だとすれば、それはそれで謎が深まる。
この宙域で出会った白い艦隊は全部で一万隻、それほどの艦隊ならば、ただの一発で終わらせるはずがない。わざわざ一発で済ませる理由がない。せめて数百、数千の攻撃を加えていてもおかしくはない。
次に考えたのは、戦闘衛星の仕業という線だ。これはリーナの星、地球1019に初めて出向いた際に攻撃してきたのが、原生人類が残したと思われる戦闘衛星だった。あれと同じものが、ここにある可能性は十分に考えられる。
が、それもあり得ないと僕は思い直す。それならば余計に一発で終わるわけがないし、確実にこの巨大衛星は撃たれていたであろう。それ以前に、この周囲にはそんな衛星らしきものがどこにも見当たらない。
あるのはただ、ゴルゴン星人が住むという、あの小惑星のみだ。
地球と称する星が撃ったのでなければ、ゴルゴン星人自らが撃ったとしか考えられないな。自分の兵器を放って、向こうが撃ったと言い張る。それくらいの兵器なら、この小惑星に載っていてもおかしくはなさそうだが、いや、それならばなおその理由がない。
ということは、やはり戦闘衛星でも存在するのだろうか。この衛星軌道上にあるとは限らないし、もう少しその線で考えるしか、この矛盾を解消できない気がする。
「我々に、思うところがある。その先制攻撃をしたのが何かということは、我々が調査することにしよう。この場は、まずは両者の妥協点を探り合うこととする」
僕はこう告げて、この場を収める。彼らが嘘をついているとは思えないが、かといって今、確たる証拠はない。このまま議論を続けたところで進展は望めないだろう。ならば、保留とするのが一番だ。
で、ようやく両者は罵り合いから、ある程度の歩み寄りを見せ始める。といっても、なかなか敵対心は消えず、ところどころ逆上する場面も見られたが、そこはマツが抑えつける。そんなやりとりを、かれこれ2時間ほど続けた時だ。
突如、僕のところにとんでもない情報が舞い込んでくる。
「て、提督! 緊急事態です」
慌てふためく士官を見て、僕はこう返す。
「どうした、まさか白い艦隊が現れたのか!?」
ここで想定される緊急事態といえばこれ以外に考えられない。が、そんな僕の予想を上回る事態が起きていた。
「違います! ゴルゴン帝国にて、新たな皇帝が即位したという通信が、全周波数帯で流されてます!」
全く想定外の報告が飛び込んできた。僕以上に、僕の目の前にいる当の皇帝がその報告に驚愕したのは、言うまでもない。