#53 勝負
私にとっては、久々の戦いだな。腰に携えた魔剣が、重く感じる。
「リーナ殿、まもなく巨大衛星表面に到達!」
「うむ、ところで、やつらはどこにいるのか?」
「うーん、そればかりはちょっと……でも、あの真ん中に見えるあの塔、あそこが怪しくないですか?」
そうデネット殿が指差す先には、実に禍々しい雰囲気の大きな塔が見える。確かに、あれは露骨に怪しい。
「よし、デネット殿よ。あれに突入してほしい。頼めるか」
「容易いものです。なにせ対空砲火も、防御兵器すもらないですからね。接近し放題だ」
うん、確かにその通りだが、あれほどの岩の星に居を構えておるわりに、守りが手薄すぎではないか?
こんな隙だらけのやつを相手に、あのヒペリオーンなどと宣う大型の兵器とやらは、何をしてきたのだ。今の私のようにさっさと乗り込めばよかったのではないか。
まあいい、私の目的はやつらの殲滅ではない。力の差を見せつけて、やつらを屈服させること。その上で、こちらの言うことを聞いてもらう。
◇◇◇
「おいチコ! 全力であのデクノボウにこの船を寄せるんだ!」
「へ、へい!」
リーナ姐様よ、なんだってこの連中の挑発に乗りやがるんだ? こんなガキみてえな連中、ほっときゃそのうち声も力も尽きて、おとなしくなるんじゃねえか?
そう思いながらも、あたいは高揚している。姐様に託されたこともそうだが、久しぶりの戦いに心踊っていることは否めねえ。
『卑怯者の一味だな! 負けてられっかよ、喰らえ、グラビティ・アローッ!』
「おいチコ、撃って来るぞ! 面舵一杯だ!」
「へい! 面舵いっぱい!」
「ランス、俺が合図したら、バリアを張れ、いいな!」
「いつでもいいですぜ!」
ベンが仲間をまとめて、うまく操船してくれる。にしてもやつらは、攻撃前にいちいち宣言してくれるから、避けやすいったらありゃしねえな。
『重力子パーンチ!』
「ランス、バリアだ!」
「アイアイサー!」
『ぐあああぁっ! クソッ、この悪魔どもめ!』
にしても、気に入らねえ。あたいらは正々堂々と、しかもこのミレイラ号っていう接近戦には不利な船でてめえらに挑んでんだぞ? なのに、卑怯者だの悪魔だの、人を悪の権化みてえに決めつけてきやがる。それが何よりも気に入らねえ。
だが、リーナ姐様に言われて飛び出しはみたものの、攻めあぐねているのは確かだ。だいたい、海賊船で人型の機体相手に戦いを仕掛けるってのが、何か間違ってやがる。
やつらのペースに、乗せられっぱなしだ。あたいらは海賊、しかもあたいは剣士ときた。こっちの戦い方に持ち込まねえと、ただ逃げ回るだけでは埒があかねえ。
などと、ぐるぐるとあのヒペリオーンとかいうふざけた名前の機体の周りを回り続けているが、その間もあたいは突破口を探し続ける。が、その時、あたいはあの機体の頭部の後ろに、ハッチらしきものを発見する。
「おい、あれ、ハッチじゃねえか!?」
あたいの言葉に、ベンが呼応する。
「多分そうですぜ……って、まさかお嬢、あれに突っ込むつもりですか!?」
「そうだ、あそこからやつに乗り込めれば、あたいの自慢の剣でカタがつく。どうだ、やれるかい?」
「やれるかって言われりゃあ、やれねえことはねえですが……ちょっと、あぶねえ橋を渡ることになりやすぜ」
「構わねえ。どのみち、危険は覚悟の上だぜ」
「そうとくりゃあ、やりますか。おいチコ! ランス!」
「「へい」」
「今から、俺の言う通りに動け、分かったな!」
「「承知しやした!」」
◇◇◇
やったか? 今のグラビティ・アローが当たった途端、あの赤い宇宙船のやつ、やっと動きを止めやがったぜ。
「よし、今だ! みんなの愛と力を、俺にくれ!」
『いいわよ!』
『がってん承知!』
『早くやれ!』
『了解であります!』
「よーし、とどめだ! 必殺!! 超・重・力・剣!!」
俺はレバーを引く。背中に仕込まれたこのロボ最強の兵器が、徐々に姿を現す。真っ白に光るその剣を、あの赤い船に向ける。
「うおおおぉぉっ!」
とどめだ! と、俺はそいつをあの赤い船の船橋めがけて振り下ろす。その剣先があの船のど真ん中を捉えた、まさにその時だ。
この自慢の超重力剣がいきなり、弾き飛ばされる。
「うわあああぁっ! な、何が起きやがった!?」
信じられねえ力で、あの必殺技がいともたやすく弾き飛ばされた。ものすげえ火花と共に、剣先のビームが歪み、その柄は弾き飛ばされてしまう。
「く、くそっ! こうなったらキックで……」
俺はヒペリオーンVの背中のエンジンを目一杯噴かして、どうにか止める。いざ、あの赤い船を叩きのめそうと構えた瞬間、俺は異変に気付く。
「なっ! おい、あの船は、どこへ消えた!?」
いない。動けなくなったはずのあの赤い宇宙船は、忽然と姿を消す。バカな、動けなくなったはずでは、なかったのか?
などと俺は、見失ったその赤い船を捉えようと辺りを見回す。が、突如、ガツンという音と衝撃が、このコックピットに伝わってくる。
『ジーノ! せ、背中に!』
バックパックにいるイレーニアからの叫び声だ。背中に、何かがいるらしい。今の衝撃と何か、関係があるのか?
と、考えているまもなく、いきなりコックピットの後ろの扉が、ガンッと開く。
「へっへっへっ、いやがったぜ」
現れたのは、女だ。腰には、剣を携えてやがる。しまった、こいつもしや、あの赤い船のやつか?
今のは、赤い船がヒペリオーンVに取りついた音か。俺は慌てて銃を構える。が、その女、信じられねえほどの速さで、俺の目の前に迫る。
握っていたはずの銃は、コックピットの天井に当たり、そのまま足元に落ちる。
そして、まるで針みてえに細い剣身の先が、俺のヘルメットに突き刺さる。一瞬にしてそれははぎとられ、俺の頭は無防備にもその剣の前に晒される。
そして、その先は俺の額を捉えている。
「動くなっ! てめえの負けだ。ヘルメットがなければ、即死だったぜ」
この女が、そう宣言する。俺は反論する。
「こ、こいつ、いきなり乗り込んできて……卑怯だぞ!」
「何が卑怯だ! てめえが剣で戦いを挑んできたから、あたいも剣で応えた! 正々堂々の、一騎討ちじゃねえか! これのどこが卑怯だというんだ!」
ド正論を吐いてきやがったぞ、この女。それにしてもこいつ、なんて速さだ。こちらが銃を構えようと振り返ってから、やつが剣を抜くまでの間の動きが、まったく見えなかった。
この女、強い。俺は、初めての敗北を味わっちまった。
◇◇◇
禍々しい塔の窓に、デネット殿は人型重機を突入させる。そして、窓を打ち破り、私はこの建物の中へと入り込んだ。
そこには絨毯が敷かれており、その両脇には幾人もの家臣と思しき人物が、ずらりと並んで立っている。
いや、人というのはやや違うな。正しくは「獣人」だ。
アマラやンジンガのような耳を生やしており、ちょうどダニエラ殿の故郷の民族衣装のような、あのテーブルクロスを巻き付けたようなあの服を纏ったやつらが、私の周りには大勢いる。
が、私の気迫に押されてか、誰一人、襲い掛かってこない。
「おい、どうした! 一対一で正々堂々と勝負せよと、貴殿らは叫んでいたではないか! 私に立ち向かう、骨のあるやつはおらぬと申すか!?」
私の恫喝に、辺りは騒然とする。が、挑んでくる気配はない。その絨毯の先には階段があり、その先には玉座と思しきものが見える。そこには、3人の人物が見える。
玉座に座る者、その左に女、そして右には太った獣人が、私の方を睨みつけるように凝視している。
「どんなやつが現れたかと思えば、耳なしの下等種族ではないか」
玉座に座る男が、私に向かってそう告げる。私は、反論する。
「下等とは心外だな。私は、フィルディランド皇国の皇女にして、艦隊司令官ヤブミ少将の妻、リーナ・グロティウス・フィルディランドである。貴様らが一騎討ちを望むゆえ、わざわざこうしてまかりこした次第だ」
それを聞いて、玉座の男は一瞬、眉をピクリと動かす。私が皇女であると聞いて意外に思ったのか、それともわざわざ生身で飛び込んできたことに、動揺を隠し切れなんだか。
「まさか、機体に乗らぬ生身の者とは、戦えぬと申すか? 剣の心得のある者は、ここにはおらぬのか!」
私は魔剣を抜き、それを前に掲げて高らかに煽る。だが、意外にも私の挑発に乗ってこない。こやつら、そろいもそろって腑抜けか。
「私が、参ります!」
ところがである、前に進み出たのは、なんとあの玉座に座る王と思しき人物の左脇に立っていた、あの女だった。
「何を言うか! なぜお前が戦う!?」
「私めは、ヨルゴス陛下の妻にして、女騎士でありました。相手も女なれば、私こそがこの場の相手に相応しゅうございます」
「し、しかし……」
「私の剣を、ここへ!」
これほど屈強そうな男どもがそろっているというのに、私に挑んできたのは、あの王の妻だという。家臣の一人がその女に剣を渡すと、鞘からそれを抜き出して、私に向ける。
「私の名は、ディミトゥラ・ゴルゴン! 死ぬまでのわずかな間、覚えておいてもらうわ!」
そう告げるや、いきなりその女は切りかかってきた。相手の白い剣身が、私をめがけて振り下ろされる。それを私は、漆黒の魔剣で受け止める。
カキンと、甲高い音が響き渡る。女だと思っていたが、なんて力だ。想像以上に重い殺陣を放つ相手、これほどの力を持っている相手とは、今まで出会ったことがない。私は少々、この相手を見くびっていた。
が、所詮は思った以上だった、というだけに過ぎない。剣を交えて確信した。私に敵う相手ではない。
私は、交えたその剣を力づくで押し返す。その白い剣は真っ二つに割れ、ディミトゥラと申すその女剣士ごと後ろに弾き飛ばす。
「きゃあっ!」
周囲の家臣どもは、悲壮な顔つきでその倒れた女を見ている。その女に、私は剣先を向ける。
「私の勝ちだ! 負けを認めよ!」
ところが、である。その女の前に立ちはだかる者がいる。
「ま、待てっ! 命だけは、ディミトゥラの命だけは奪わないでくれ!」
それは、つい今まで玉座でふんぞり返っていた、あの王だった。私の剣先の前に現れ、この女剣士をかばう。
「陛下、なりません! 私など見捨てて、どうかお逃げください!」
「そうはいかぬ! そなたを失えば、私は何を支えに生きていけばよいと申すか!」
うむ、仲の良い夫婦であることはよく分かった。それを見た私は、剣を鞘に納める。そして、その王にこう言い放つ。
「私の目的は、殺生ではない。この戦いの勝利で、そなたらに受け入れてもらうことがある」
「な、なんだ! 余の命を、差し出せと!?」
「だから、そんなものは要らぬ。私の要求はただ一つ。この不毛な戦いに、終止符を打つこと、ただそれだけだ」