#52 混迷
『おのれ、よくも我々の機械獣をことごとく葬ってくれたものだな。だが、それも最後だ!』
とうとう、敵の首領が出てきやがったな。新たな機械獣が、ゴルゴン星人の基地であるあの岩の塊の表面に現れる。真っ白だが、猛獣のような鋭い目つきと尖った耳を持つ、まるで堕天使のような姿の機械獣が現れた。しかも、このヒペリオーンVよりもでかいときやがる。
「ゴルゴン星人め、なんてものを隠し持ってやがったんだ」
『だけど、あれが最後の敵よ! ジーノ、もうひと踏ん張りで、地球は救われるわ!』
イレーニアの励ましで、俺は奮起する。仲間たちも同じ気持ちだ。2年もの間続いた苦しい戦いの日々も、これで終わりなんだ。
思えば、修行と戦いに明け暮れた日々だったぜ。17、8歳の若者なら当然、歩むであろう青春の数々を全て犠牲にして、俺たちはこの戦いに身を投じたんだ。こんなところで、負けられるかよ。
絶対に、この戦いに勝つんだ。勝った俺はそこで、イレーニアに自分の気持ちを、伝えるんだ。それだけを、たったそれだけを支えに、俺はここまで耐えてきたんだ。だから……
と、そんな決意をする俺の耳に突如、妙な通信が飛び込んできやがった。
『あーあー、小官は、地球001、第8艦隊司令官、ヤブミ少将である。この宙域に展開するすべての軍事行動中の艦艇、並びに戦闘機に告げる。直ちに戦闘を中止し、互いの陣営に退却せよ。我が艦隊は連合軍規、第53条に則り、同一星系内における戦闘の中止および和平会談の仲介を行うものである。この忠告を受け入れることを、切に願う』
な、なんだ今のは? あーす……なんとか言ったな。戦闘の中止? 何を言ってやがる。
「なんだ、今のは!? ゴルゴン星人の仕業か!」
俺は思わず叫ぶ。すると今度は、ゴルゴン星人の奴らがわめき出す。
『何を言うか! 我々が戦闘の中止など、訴えるものか! 窮地に追い込まれた地球人どもの仕業であろう!』
根も葉もねえことを言い出しやがった。俺は反論する。
「なんてこと言いやがる! あと一手で勝てる俺らが、戦闘をやめてくれだなどと言うわけねえ!」
『我らゴルゴン星人は、そんな卑怯なことはしない! 地球人の仕業であるとしか思えぬ!!』
「なんだとぉ!! もういっぺん、言ってみやがれ! その口、二度ときけねえようにしてやる!!!」
◇◇◇
あれ、かえってこじれているぞ。こっちの呼びかけなど無視して、勝手に口論を始めやがった。
「ええと……我々はゴルゴン星人でもなければ、地球人でもない。我々はここより別の星、地球001から来た艦隊であり……」
『なんだとぉ!? ゴルゴン星人以外にもまだ、宇宙人がいやがったっていうのかよ!』
『何を言うか! 我らゴルゴン星人は誇り高い種族だ! 宇宙人などと、雑に呼び捨てされる覚えはない!』
困ったな、こじれるばかりだな。どうすりゃいいんだ?
「ヴァルモーテン少佐、この事態、どう対処すべきと考える」
「はっ! こうなれば、やるべきことはただ一つ!」
「……と、いうと?」
「全艦突入し、数で圧倒するのです!」
「ええーっ、そんなことしたら、余計にこじれないか?」
「やつら、我々をみくびっているのです。たかが数十メートル級の兵器が二つと石っころひとつ。対する我々は、特殊砲撃すらも備えた一千隻の艦隊。我々が姿を表せば、我々の戦力が圧倒的なことは子供でも分かることです。この圧倒的な力を前に、やつらは戦意を喪失すること疑いないでしょう」
と、自信満々に答えるヴァルモーテン少佐。こいつ、少し興奮していないか?
だが、少佐の進言にも一理ある。圧倒的な数と力を見せつければ、やつらは戦う意志を失わざるを得ないだろう。僕は、決断する。
「よし、全艦で威嚇砲撃を加えつつ突入し、彼らを圧倒する。しかるのちに彼らを、和平のテーブルに引き摺り出すぞ」
◇◇◇
『この宙域にいる全戦闘員に告ぐ! 直ちに、戦闘を中止せよ! しからざれば、我々は相応の手段をとらざるを得ない!』
訳のわからねえ通信が、再び入ってきやがった。どうやら、ゴルゴン星人というわけではないらしい。ということは、新手の宇宙人か?
何がこようが、やることは同じだ。宇宙からの侵略者を倒し、地球を守る。俺たちの愛と青春のすべてを賭けて、この青い星を守り切るだけ……
と、考えていた矢先、突如、信じられない光景が目に飛び込む。
無数の青白い光の筋が、ヒペリオーンVのそばをよぎる。
「な、なんだっ!?」
『じ、ジーノさーん! 機器類が、メーターに異常が!』
『きゃああああぁっ!』
突然湧き出したこの謎の光によって、5人の心が乱れちまった。いや、それだけじゃねえ、ヒペリオーンVの計器類にも異常が起こる。目の前のモニターは、ビリビリとノイズが走ってよく見えねえ。
だが、それはゴルゴン星人の方も同じらしい。
『な…………が起こっ………』
ゴルゴン星人の皇帝とやらが、何やら叫んでいる。しかし、どうやら同じく混乱しているみてえだ。この光、やつらが出したものではないのか?
まさか本当に、別の宇宙人が現れたというのではないだろうな。しばらくの間、この究極のロボの全機能が不能状態となったが、やがてノイズは収まり、モニターが復帰する。
その映像を見て、俺は唖然とする。
「な、なんだありゃあっ!!」
そこにあるのは、灰色で細長い、まるで潜水艦みてえな形の物体が見える。大きさは、このヒペリオーンVの数倍はある。しかもそれは、一つや二つじゃない。
そんな奇妙な灰色の宇宙船らしき物体が、俺たちを取り囲むように無数に並んでいる。ゴルゴン帝国の星の周りにも、それは並んでいる。一体、いくつありやがるんだ?
「おい、ヴァンニ! あれはなんだ!?」
「わ、分かりませんよ! 一体、なんなのですかあれは!」
天才ヴァンニにすら分からねえときた。整然と、しかし不気味に、それは我々を威圧しているようだ。
『な、なんだこれは……何が、あらわれたというのだ!?』
こっちだけじゃねえ、ヨルゴス皇帝までが困惑してやがる。つまり、ゴルゴン星人のやつらまで困惑の渦に飲み込まれてやがる。てことは、こいつらはゴルゴン星人のものじゃない、ということになる。
そしてさっきのあの、ヒペリオーンVを一時的に狂わせたあの青い光を放ったのは、こいつらということか?
『地球001、第8艦隊司令、ヤブミ少将だ! この宙域は、我が艦隊が完全に掌握した! これ以上、無駄な抵抗をやめて、大人しく交渉のテーブルにつくことを求める!』
またけったいな通信が飛び込んできやがったぞ。アースなんとかの、ヤブミとかいうやつがこの灰色の宇宙船をけしかけてきた宇宙人の首領と見える。俺は高ぶる心を抑えつつも、この卑劣で醜悪なる宇宙人に向かって叫んだ。
「おい、卑怯者のヤブミ! 正々堂々、一対一で勝負しやがれ!!」
『そうだ、戦いとは一対一で行うもの! それを無数の宇宙船で取り囲み我らを威圧するなど、姑息で醜悪で卑劣なる行為だ!! 恥を知れ!!!』
◇◇◇
なんだ、あいつらは。
さっきまであいつら、互いに死闘を繰り広げていたじゃないか。それがどうして、第8艦隊が現れるや、協調してこちらに向かって手汚い言葉を投げかけてくるんだ?
『卑怯者で醜悪で、ゴキ○リ以下の恥知らず将軍ヤブミ! 貴様に微塵でも人の心があるのなら、正々堂々と一対一で勝負しやがれ!!』
持てる全ての語彙力を総動員して、僕を罵倒してくるぞ。うう、僕はただ威嚇射撃を加えつつ、艦隊を動かしただけだ。この程度で卑怯者呼ばわりされる覚えなど、ないんだが。
「うぷぷぷ……害虫以下だと言われてますよ、ヤブミ提督。まだ出会ったことのない人たちだというのに、よく分かってるじゃありませんか」
ちょうど艦橋内の点検に来ていたグエン中尉が、その通信内容に聞き入りながら薄気味悪い笑みを浮かべている。
そうなのだ、グエン中尉が喜ぶほど、僕はさっきから敵同士だった連中から揃いも揃ってどちゃくそに誹謗中傷を受けている。挙句の果てに、あの何とかロボのヒペリオーンとかいう人型の兵器が、艦隊の一隻に殴りかかってきた。こいつ、暴力的過ぎだろう。
『おのれ! 我らを数で脅すなど、アブの大群と等しき所業! 人語を発する知能の持ち主とは思えぬ恥晒しであるぞ!』
一方で、一時は出撃していたゴルゴン星人とかいう方の白い兵器は、砲撃の際に発する放射エネルギーによって不具合が起きたのか、早々に引っ込んでしまった。で、あの巨大衛星にこもって悪口を投げかけてくるから、余計にたちが悪い。
「困ったな、想定外の事態だ。やつら、こっちの話を聞こうともしないぞ」
「まったくですね。これはこれで面白いですけど、そろそろ終わらせないと、きりがありませんね」
ヴァルモーテン少佐は楽しいらしいが、誹謗中傷される側としては何も楽しくはない。
しかしこいつら、こちらが攻撃しないことをいいことに、やりたい放題言いたい放題じゃないか。我々のどこが卑怯で卑劣なんだ。本当に卑怯なやつらなら、今ごろはお前らを総攻撃して、全滅させているところだぞ。
などと悶々と心の中で反論するしか、やつらの誹謗中傷をやり過ごす術はなく、ただいたずらに時間ばかりが過ぎていく。いつまで、耐えればいいんだ。
『重力子パーンチ!』
おまけに、こちらの艦艇に殴りかかるやつもいて困る。駆逐艦の分厚い装甲があの程度の打撃で貫けるはずもないが、当たりどころが悪ければ、無視できない被害となりかねない。
そんな頭を抱えている僕に、突然リーナが叫ぶ。
「なんだ、こやつらは! 口を開けば卑怯卑怯と、貴様らの方がよっぽど卑劣で下品ではないか!」
僕のために怒ってくれるリーナが、頼もしく思える。うん、やっぱりそうだよな。やつらこそ、卑劣で姑息だ。
「そうじゃそうじゃ! こう見えてもカズキ殿は温情深く、礼節ある男じゃぞ!」
こう見えても、という一言に引っ掛かりは感じるが、マツも僕をフォローしてくれる。
「まあ、ブイヤベースがどう言われようが構わねえが、こっちが手出ししねえのをいいことに言いたい放題ってのも、どうかと思うぜ」
海賊にすら、やつらのこの非道な行いにお怒りなようだ。それはそうだろう。こっちは威嚇射撃以外の直接攻撃は一切していない。
「こうなったら、やつらを黙らせるまでだ。望み通り、一騎討ちをしてやろうじゃないか。おい、ミレイラ!」
「は、はい、リーナ姐様!」
「お前、あのヒペリオーンと称する巨人に乗るガキどもをやれ。私は、あの岩にこもるゴルゴンゾーラとやらを相手する。おい、通信士よ!」
「はっ!」
「やつらに伝えよ、今から我らが、正々堂々と一騎討ちで相手してやる、首を洗って待っていろ、と!」
「あの、ちょっと待てリーナ。何をやらかすつもりなのか……」
「デネット殿を呼べ! 今から敵地に乗り込むぞ!」
そう言い残すと、リーナはズカズカと艦橋を出て行ってしまった。その後を、ミレイラが追う。おいリーナよ、お前、どこに向かうつもりだ?