#50 巨大衛星
「なんですと!? メルシエ准将が、星を発見したというのですか!」
この報告に驚くのは、ヴァルモーテン少佐だ。いや、少佐以外も驚きを隠せない。
それはそうだ。何もないはずの宙域から、いきなり地球型惑星を発見したというのだ。信じろという方が無理というものだ。
「ともかくだ、指定座標まで艦隊を移動する。全艦、前進せよと打電だ」
「はっ!承知いたしました!」
メルシエ准将の予感は大当たりだった、ということになる。いや、まだ僕はその実物を見ていない。一応、メルシエ隊から画像は送られてきており、そこには確かに地球が映っている。
しかし、やはり実物を確認しないことには実感できない。
なにせここからは、その地球はおろか、恒星すらも捉えられていないのだから。
だが、恒星も惑星も見えないのに、メルシエ准将はどうしてそれを見つけることができたというのか? 依然として、謎は残る。
「まもなく、所定のポイントに達します。が……」
「なんだ、何か問題でも?」
「はい、メルシエ隊がどこにも見当たらないのですよ」
わざわざ場所を指定しておいて姿を見せないとは、常識的に考えられないな。しかし、確かにレーダーは一隻の艦影も捉えていない。やつめ、どこにいるんだ。
「メルシエ准将より入電!」
が、その時、再びメルシエ准将から通信が入る。
「読み上げよ」
「はっ! これより我が分隊が宙域に出現する、待機されたし、以上です!」
は? 出現する? 何を言っているんだ。この奇妙な通信に、僕は首を傾げざるを得ない。
が、まさにその通りのことが、起きてしまう。突然、レーダーが艦影を捉える。
「レーダーに感! 艦影多数、およそ200! 距離2万キロ!」
突如、ワープアウトしたかのように200隻の艦影がレーダーサイトに現れる。艦橋内が緊迫する。
「なんだ? まさか、白い艦隊か」
「いえ、IFFを受信、あれはメルシエ隊です」
それがメルシエ准将麾下の戦隊200隻であることが分かると、艦橋内の緊張が一気に下がる。
「ここはもしかして、ワームホール帯でもあるのか?」
「いえ、ワームホール帯の反応はありません」
「それじゃどうして、あの200隻はいきなりワープアウトしたというのだ?」
不可解な現れ方をしたメルシエ隊だが、その理由がこちらでは把握できない。その時、メルシエ准将から直接通信が入る。
『提督、メルシエ准将です。これより旗艦オオスに移乗し、艦隊を案内いたします』
なんと、メルシエ准将自らがこちらに出向き、案内すると言い出した。
「了解した。第1ドックへの入港を許可する」
『はっ!』
僕はすぐさま、艦橋脇にあるドックへの入港許可を出す。正面に展開する200隻の中から一隻が、接近してくる。
「駆逐艦0160号艦、接近中! まもなく接舷します!」
その直後にガンという金属音が響き渡り、メルシエ准将の乗る艦がすぐ脇に接舷したことを知らされる。しばらくすると、この艦橋にメルシエ准将が姿を現す。僕のそばに来るや、敬礼するメルシエ准将に僕は返礼で答える。
「ご苦労だった。ところでメルシエ准将、地球はどこにあるのか? まさかこの先に見えないワームホール帯があり、その先にあるというのか?」
「ヤブミ提督、まあ焦らず。百聞は一見に如かずと言いますし、まずは私の指示通りに艦隊を移動させてください」
「わ、分かった」
ともかく、ここはメルシエ准将に従うこととする。准将はまず、さきほどあの200隻が出てきた地点へ前進するよう進言する。
「このまま、前進を続けてください。一瞬、暗くなるのですが、構わず前進です」
「りょ、了解だ」
暗くなるということは、やはりワープなのか? いや、超空間ドライブは作動させていないから、ワープはできない。特にメルシエ准将も、ただ前進としか言わない。
が、確かに辺りが真っ暗に変わった。まるでワープ空間に入ったかのような錯覚だが、すぐに星空に戻る。そこは、ついさっきまでいた宙域そのものであり、棒渦巻銀河もそのままだ。
が、これまで見えていなかったものが、見えてくる。
「前方に、恒星系!」
突如、恒星が現れた。距離にして6億キロ。ちょうど小惑星帯と太陽くらいの距離の位置に、太陽サイズの恒星が見えてきた。
「なんだあれは、まさか、ワープしたのか?」
「いえ、ワープではありません。あの恒星は元よりこの宙域に存在していたものです」
「存在って、ついさっきまで捉えてなかったぞ?」
「それはそうです。巨大で巧妙な光学迷彩によって、秘匿されていたのですから」
「こ、光学迷彩?」
いきなり不可解なことを言い出したメルシエ准将だが、僕が尋ねるよりも先に、准将は話し出す。
「どうやら恒星の重力とこの辺りにある小惑星帯とを組み合わせて、光を封じ込める仕掛けを施したようです。それゆえに、この小惑星帯より外にいると、この恒星系を見ることができなくなっていた、ということなんです」
「そんな大掛かりな仕掛けが、こんな広い宇宙にあると?」
「その全貌は、私にも分かりません。が、現実としてこの通り、内側に入れば恒星系を確認することができました」
こんな大掛かりな仕掛けを作り出した連中にも驚きだが、それ以上に、それを見抜いたメルシエ准将にも驚愕せざるを得ない。
「なあ、准将」
「なんでしょうか?」
「どうして、ここにあの恒星系があると確信した?」
「簡単ですよ。あの岩石惑星から、この恒星の位置を特定したんです」
准将曰く、この恒星系で唯一、秘匿できなかったのがあの岩石惑星がヒントだったということだ。
「だが、あの星からどうやって恒星系の位置を?」
「その前に、我々の地球001にある月、あれの表面がどうなっているかご存知ですか?」
「そりゃあ、クレーターだらけの灰色の大地が広がっているだけじゃないのか」
「いえ、実は表と裏で、大きな差があるんですよ」
「大きな差?」
「地球から見える側には『海』と呼ばれる平原が広がっているのに対し、裏はクレーターだらけなのです」
「そうなのか?」
「まだ月の内部が熱く液状だった時期に、地球の重力に引かれて現れた溶岩が冷えて固まった部分が今、海として見えているんです。一方で裏側に海がないのですが、それが地球とは反対側だったからというわけです」
「ちょっと待て、もしかしてあの岩石惑星にも?」
「そうです。海があったんです。つまり、そちらの面の先に、恒星があるはずだ、と」
とんでもない洞察力だな。言われてみればその通りだが、そんなこと、よく気付いたものだ。
「そこで、岩石惑星の『表』の延長上に向かって艦隊を進めた結果、光学迷彩を抜けてこの宙域にたどり着いた。そういうわけです」
種明かししてしまえばそれまでだが、そこにたどり着いたメルシエ准将の推察力の深さに、僕は圧倒させられる。
「ともかく、ここに恒星系があることは分かりました。そして通信でもお知らせした通り、地球型惑星を発見することができたのです」
「それが、あの写真だと?」
「その通りです。ここからおよそ5億キロ先にあります。時間にしておよそ8時間の道のりです」
それほど近くまで、知らないうちに我々は地球に接近していたことになる。にもかかわらず、その不可思議な光学迷彩とやらで覆い隠されていた。
全滅した艦隊、そして大掛かりな目隠し。そこまでして秘匿するべき秘密が、この星系には存在する。
もしかすると、開けてはいけないパンドラの箱をまた開いてしまったのかもしれない。以前にもそういう記憶がある。おかげで黒い無人の艦隊と戦い続ける羽目になった。今度は白い艦隊との戦いに、身を投じることになるのか。
いや、既になっているな。ということは、ここはその白い艦隊の拠点の一つか何かか? となれば、慎重に接近する必要があるだろう。
「メルシエ准将」
「はっ」
「この星域について、何かわかったことはあるか?」
「はっ、この星系には地球型惑星が2つ、存在していた形跡があります」
「なに? 2つ?」
「はっ。ですが、一方はかなり環境破壊が進んでおり、既に生命体が存在し得ないほど劣化した星となっておりました」
「そうか。で、もう一つの地球は?」
「いえ、そこまでは調査しておりません。ただ、遠方からの観測では気温や大気圧、組成、そして地上の様子から、人が住んでいる可能性が高いと考えられます」
いよいよ、白い艦隊の真髄に迫ることになりそうだ。そこにいるのは、その艦隊を作り出している種族なのかもしれない。
「ならば、接近するしかないな。これより、我が第8艦隊は地球型惑星めがけて接近する。ところで准将」
「はっ」
「白い艦隊とは、接触しなかったのか?」
「いえ、それが、一隻も見当たらないのです」
「えっ? 一隻も?」
「私も当然、ここにいるものだと思い警戒していたのですが、まったくいないのですよ」
「妙だな。ここは白い艦隊の拠点か何かではないのか?」
「その代わりに、あの地球にはひとつ、妙なものがあるのです」
「妙なもの、とは?」
「はい、巨大な衛星です」
どうもメルシエ准将の発する言葉は理解し難い。僕はこう返す。
「いや普通、月くらいはあってもおかしくはないだろう」
「月のことではありません。月とは別に、直径200キロほどの小惑星型の大きな天体が、その地球の周りを回っているんです」
「月が2つある星は珍しいが、ないわけではないだろう」
「それがですね、明らかに人為的な軌道を回っているんです」
「人為的?」
「はい」
「言っている意味が分からないな。その小惑星がどう、人為的だと?」
「一言で言えば、地球に近すぎるんです。高度7000キロの軌道を、小惑星サイズの天体が回っている。通常ならばこの距離ではこのサイズの衛星は安定せず、落ちるか離れるかのいずれかになるはずです。それが、安定軌道を回っている。だから人為的だと申しております。それゆえに、我々は艦隊到着を待って、あの星を調査することにしたのです」
そう聞くと、確かに不可解だな。いや、しかしだ。あの白い艦隊に、そして宇宙規模の光学迷彩を施すような相手なんだぞ。人為的な軌道を回る巨大衛星が一つくらいあったっておかしくはないだろう。
「了解した。ともかく、慎重に接近する必要がありそうだな。これより、艦隊を前進させて、あの星を調査する」
「はっ!」
僕に敬礼すると、振り返り出入り口へと向かうメルシエ准将。やがてメルシエ隊の旗艦である駆逐艦0160号艦が、艦橋横から離れていく。
「これより、地球型惑星へ接近する。警戒を厳にしつつ、前進!」
僕の号令の下、前進を開始する第8艦隊一千隻。さっきのメルシエ准将の言葉を思い出しながら、もう一つのことを頭に思い浮かべていた。
そういえば、マツのいた星、地球1041にも似たような仕掛けがあったな。一瞬、あの大きな星を見失ったことがあった。今回のものほど大掛かりではなかったが、あれも一種の光学迷彩だ。
ということは、まさかマツの星も白い艦隊、すなわち「ウラヌス」が関わる星だということになるのか? だが、あの星にいたのはごく普通の人類であり、獣人ではなかった。現にここにマツという、あの星の住人がいる。
ということは、この先にいる連中も、獣人とは限らないのかもしれない。
などと考えつつ前進を続けるが、その地球まであと少しという地点で、不可解な事態が発生する。
「提督、電波を、あの地球方向から電波を受信いたしました!」
通信士から突如、電波を受けたという連絡が入る。
「電波だと? 発信源は」
「はっ! ちょうど巨大衛星と称する小惑星と地球の間より発信されているものと推測されます」
間って、それって宇宙空間じゃないか。つまりこの星にはすでに宇宙に進出した種族がいるということになる。
「発信源に、何か見えるか?」
「いえ、通常レーダーでは捉えられません」
「指向性レーダーを使え。何かいるはずだ」
「はっ!」
「提督! 奇妙な通信を傍受しました!」
「あの発信源からか!」
「そうです、しかも、平文です!」
「なに、平文?」
「はっ! 通信内容を、流します!」
通信士が、奇妙な通信を受信した。しかもそれが平文だという。ということは、民間船か何かということか? ともかく、僕はその通信内容に聞き入る。
が、それは本当に奇妙な通信だった。
『……地球侵略をたくらむゴルゴン星人め! 今日こそ、決着をつけてやる! パオロ、アルバーノ、ヴァンニ、イレーニア! 超重力合体だ!』
『分かったぜ、兄貴!』
『さっさとやれ、ジーノ!』
『ジーノさん、重力子、正常、いつでもいけますよ!』
『頼んだわよ、ジーノ!』
『うおおおぉぉっ! 俺たちの力、見せてやるぜ! 超重力合体! ヒペリオーン、ゴォーッ!』
僕はこのとき、この星の特撮番組の音声でも受信したのかと思っていた。それがあまりに現実離れした、非常識な会話だったからだ。
が、まさかこの子供向け番組のようなやり取りが、現実に起きている出来事であると知るまでに、さほど時間はかからなかった。
第4部に続きます。