#49 謎宙域
「提督がお楽しみの間も、ずっと索敵していたのですけどね」
翌日、ヴァルモーテン少佐から強烈な一喝を受ける。
「……で、その結果はどうだったのか?」
「何も見つからないのですよ、この宙域からは。あるのは巨大な岩石惑星ただ一つです」
「が、岩石惑星……?」
「恒星どころか、ここには赤色矮星すらないのですよ。あるのはたかが石っころひとつ。一体、あの白い艦隊は何を守ろうとしていたんですかね?」
ヴァルモーテン少佐の報告に、僕は愕然とする。あれほどの犠牲を払ってまで守ったものが、ただの巨大な岩の塊だったとは。少佐が苛立つのも分かる気がする。
「で、その岩石惑星は調べたのか?」
「当然、調査艦艇を派遣しましたし、今も衛星が探索中です。が、クレーターだらけのただの岩の塊で、大きさはちょうど火星程度なのですが、大気もなく、無論、生命反応もありません」
一万隻が守ったものとは到底思えない星しか、この宙域には見当たらないという。あとはただ、遠くに輝く巨大な棒渦巻銀河と、この銀河のものと思われる星々の姿を捉えるのみ。てっきり、とてつもない発見があると期待した僕は、この結果を受けて呆然としてしまう。
困ったな。コールリッジ大将になんて報告すればいいんだ? 「何も見つかりませんでした」が通らないことは確実だ。何せここは、白い艦隊が地球001へ侵攻するためのルートなわけだから、何もないとはとても思えない。
思えないが……それを裏付ける何かは、今のところ何も見つかっていない。
「で、困った挙句に、ここにきたと?」
レティシアがにやにやと笑いながら、そう僕に言い放つ。それを聞いたリーナとマツも、続いて口を開く。
「いや、レティシア殿よ、仕方あるまい。これほどの男が、かようにも困り果てておるのじゃからな」
「うむ、そうだな。私としてはむしろ願ったり叶ったりだ。たまにはこういうのも良い」
一見すると僕を擁護するように話す二人だが、今の僕を見てレティシア同様、意地の悪い笑みを見せている。特にマツよ、お前のそれからは、かなり悪意を感じるのだが。まさか昨晩のことを、まだ根に持っているのか?
「んじゃ、そういうわけだからよ、いただこうぜ!」
「うむ、冷めては味が落ちてしまう」
「そうじゃな、ナゴヤの象徴する料理であるこれを、カズキ殿の困り顔を肴にいただくとしようかの」
意気揚々と彼女らが手にするのは、ひつまぶしだ。いい加減、手羽先は飽きてきた。こういう時はこの上品で香ばしい香りの料理が恋しくなるというものだ。
「で、カズキよ、これからどうするんだ?」
「うーん、どうしようか……」
「なんだ、本当に手がないんだな」
「それはそうだろう、岩石惑星が一つしか見当たらないんだぞ? これで何をどうしろというのか」
「思うんだけどよ、どっかにワープポイントでもあるんじゃねえのか?」
「当然、それは考えた。が、地球001からこちらにつながるワームホール帯もそうだったが、どういうわけか探知し辛い仕掛けがなされているようで、かなり接近しないと見つけられない。あの白い艦隊が逃げ込んでくれたら、見つけられたのだろうがな。さすがにこの広い宙域から何の手がかりもなしにそれを探るのは、無理というものだ」
と、そう話しているうちに、僕の脳裏にふとある考えが浮かぶ。もしかするとあの艦隊は、そのワームホール帯を察知させないために全滅を選んだというのか? それならば、彼らの不可解な行動に筋が通る。
いや、それならそれで、ここに艦隊を残さなければよかったのではないか? やつらがいちいち現れるから、我々にその秘密のワームホール帯を発見されてしまう。ならば、わざわざ迎撃などせずとも、ここに現れなければよかっただけではないか。
そう思うと、やはりこの宙域に「何か」があると考えるのが妥当に思えてくる。直感でしかないが、僕にはそう思えて仕方がない。
「なあ、リーナよ」
僕は突如、4杯目に突入しつつあるリーナを呼ぶ。
「なんだ。私は4杯目は出汁茶漬けと決めているぞ」
「いや、お前の4杯目に意見するわけではない。だいたいお前、通常はひつまぶし一食分を4つに分けるところをだな、一食分まとめて一杯に……あ、いや、そんなことはどうでもいい。かつて、軍を率いた経験を持つリーナに少し、尋ねたい」
「そっちの話か。なんだ?」
「戦さや進軍で決断を迷った時、リーナならどうしていたのかと、そう思ったんだがな」
「ああ、私は常にテイヨ頼みだったからな。全部、テイヨに任せた」
そういえば、そうだった。こいつには優秀な副官がいたんだったな。この艦隊で言えば、ヴァルモーテン少佐がそれに当たるが、今回のはあの通り、その少佐でさえ投げてしまった案件だからな。
こういうときこそマリカ少佐の出番なのだが、やつはそういうのは専門外だと、同じく投げてしまった。ジラティワット艦長にも尋ねるが、ヴァルモーテン少佐と同じ回答だ。艦長もかつては僕の参謀ではあったが、そんなジラティワット艦長ですらも難しい課題。他に誰が、答えられるというのか?
そういえば、ユリシアもエルネスティも、ひつまぶしのうなぎくらいならば食べられるようになってきた。エルネスティはマツに、ユリシアはレティシアからそれぞれ、小さじで掬ったうなぎをパクッと食いついている。ユリシアの笑顔と、エルネスティのしかめっ面を眺めていたら、ふとリーナがこんなことを言い出す。
「そういえば、テイヨですら迷う時もあったが、その時、テイヨは3人の分隊長に意見を求めていたな」
突然出てきたリーナのこの一言に、僕は尋ねる。
「分隊長に? なぜだ」
「テイヨ曰く、彼らはそれぞれの性格があり、彼らなりに死戦を超えてきた。だから、テイヨの持つ知識以外の新たな視点を与えてくれるそうだ」
「ふうん、そんなものか」
その話を聞いて、僕はふと思う。この艦隊の場合その分隊長に該当するのは、あの5人の戦隊長だ。言われてみれば、彼らにこそ相談すべきだったな。
そのリーナのヒントを得た直後に、僕は5人の准将をオオスに呼び出す。そして、現状を打開すべき策を尋ねてみた。
「そんなこと、我々の仕事ではないだろう」
「そうですよ、提督。そういうのは司令部の役目のはずです」
「うーん、我々に聞かれても、なんとも……」
「海に投げ入れたメイプルシロップを集めろと言われているようなものですよ」
いきなりエルナンデス、カンピオーニ、ワン、ステアーズの各准将から、批判を浴びせられる。やはり、頼るべき相手を間違えたか? 僕はそう思い始める。
「だいたい、その岩石惑星とやらはちゃんと調査しているのか?」
「してるに決まっているだろう。すでに200個の衛星を放ち探索している。が、クレーター以外の何かが見つかる気配はない」
「その惑星だけなのですかね? なんなら私が、片っ端から探し回ってみましょうか?」
「そのためだけに200隻の艦艇を動かすのはどうかと思う。そういう役目は哨戒艦の方が向いているし、実際そうしている」
「その岩石惑星、一皮剥けばなかから何かが染み出してくるやもしれませんぞ?」
「いや、メイプルシロップじゃないんだから……」
そんな虚しい会話を、僕と各戦隊長との間で交わし続ける。ただ一人、メルシエ准将だけが腕を組んだまま、その岩石惑星の映像をじっと凝視していた。
「提督、一つ、お願いがあります」
しばらく、他の4人の会話に加わらず、黙り込んでいたそのメルシエ准将が、ついに口を開く。
「なんだ、お願いとは?」
「その200個の衛星から得られたデータ、ならびに哨戒艦の報告書、それらを一式、私にいただけませんか」
「ああ、それは構わない。手配しよう」
「それともう一つ。我が隊にしばらく、この宙域内の探索許可をいただけませんか?」
「探索? 貴官の隊、200隻のか」
「はい。おそらく3日ほどあれば、何かを見出せるかもしれません」
この自信に満ちたメルシエ准将の発言に対し、他の4人は当然、反論する。
「いや、メルシエ殿。何を根拠にそのようなことを?」
「そうだぞ。そういうことは、無能な司令部にでも任せておけばいいんだ」
「3日という具体的な期間を提示されたからには、何か根拠でもおありか?」
「3日ではとても、メイプルシロップすらも作れませんぞ」
だが、各戦隊長のこの言葉にただ一言、こう返す。
「確証はある。だから、現地に行ってそれを確認するだけです」
言われてみれば、いままでもメルシエ准将によって解明された謎がいくつもある。今度の件でも、おそらく彼は何かを察知したようだ。それを受けて僕は、こう返答する。
「分かった。では3日間、貴官の麾下の艦隊への探索行動を許可する」
「はっ!」
「ただし3日後、どのような結果であれ、まず報告せよ。それ以後のことは、こちらで決めることとする」
「それだけあれば十分です。ありがとうございます。」
この艦橋内に設置された大会議室でのこのブリーフィングは、一同、敬礼して閉会する。こうして僕は、メルシエ准将にこの謎解きを託すこととなった。
「なるほど、謎解きに3日間か」
「へぇ、そんなに自信があるのかよ。大したものだなぁ、おい」
「じしんっ!」
レティシアとリーナは、口々にメルシエ准将のその自信溢れた態度に関心を寄せている。僕もそうだ、これでこの不可解な謎が解けるかもしれないのだから。
だが、マツだけは少し、違う反応を示している。
「謎解き、か……」
「なんでぇ、マツにはなにか、この謎に思い当たることでもあるのか?」
何やら意味深なことを言い始めたマツに、レティシアは尋ねる。
「いや、そうではない。ただ、妾にも謎と言えるものが、すぐそこにあるのじゃ」
「えっ? それって、ここにもあるのかよ」
「うむ、ある」
急に意味ありげなことを言い出したぞ、マツのやつ。なんだ、その謎とは。
辺りを見回すが、ここはいつもの手羽先屋だ。謎と言えるものは見当たらないな。いや、確かにあのスウェーデン人がどうして手羽先狂いになってしまったのかについては大いなる謎ではあるが。
「なんだ、アンニェリカと手羽先の謎なら、直接聞いてみればいいじゃないか」
「あの店子のことではない。妾の謎とは、もっと身近にあるものじゃ」
「そんなに身近なものに、謎なんてあるのか?」
「そうじゃ。その謎とは……」
と言いながら、少し躊躇いつつもマツは、レティシアの方を指差す。
「えっ、まさかレティシアの魔力の謎のことか?」
「違う。この服じゃ」
「服?」
「そうじゃ」
「レティシアが来ているのは、ごく普通のワンピースじゃないか」
「そうじゃ。だが、妾は一度も、このようなものに袖を通しておらぬ。だから謎なのじゃ」
ああ、なるほど。言われてみればマツは着物ばかり着ているな。あれを着るところを見るが、下着に当たる白い装束を着込み、その上から煌びやかな刺繍の施された赤い着物に袖を通して、さらに帯を締めて……着付けだけで毎日、大変な作業を繰り返している。
幾度か洋服を勧めたのだが、その度に断られてきた。身につけるものに関しては、なかなかこちらの文化に馴染めないと見える。が、そんなマツが少し、興味を示すようなことを言い出した。
当然、レティシアがこんな提案をする。
「だったら、簡単だ。今すぐ街に出てよ、着てみりゃあいい」
「な! いや、それはそうじゃが、今すぐというのはじゃな……」
「思い立ったが吉日、すぐに動かねえと、機会を逃しちまうぞ」
と、レティシアに押されるがまま、マツは服飾店へと向かう羽目になる。
「うう、なんだかありすぎて、どれがどれやら分からぬな」
「そりゃあおめえ、まずは今着ているやつによく似たやつから探せばいいだろう」
「そうだよ、マツちゃん。あ、着物が赤だから、この赤いやつはどう?」
「いや、それはちと、赤過ぎではござらぬか?」
「今着ているんだって、赤いだろう」
「これならば、腰に剣を付けても違和感がないぞ」
「いや、リーナよ、マツは腰に剣なんぞつけねえよ」
なぜかフタバまでやってきて、マツの服選びが始まる。今着ている着物が赤だからと言う理由で、赤い服が何着か当てられる。
「それならば、こういうのはいかがですか?」
そんなやり取りを見た店員が持ってきたのは、やや薄い赤色ながら、白の大きな襟を持つ服。整った形のスカートが、一体感を出している。そういう服だ。
「おお、いいではないか! なかなか似合うぞ、マツ殿」
「うーん、だけどこれ、どこか少し幼く見えない?」
「そうかぁ? いや、そうだなぁ。なんていうか、妙に見覚えがあるようなないような服だなぁ」
が、この服……僕もどこかでみたことがあるとは思ったが、後ろ姿を見て確信する。
大きくて四角い襟の付いたこの服、いわゆる「セーラー服」というやつじゃないか?
「普段が着物というフォーマルな服を着こなされていらっしゃるので、ならばと少しフォーマルなデザインの服がお似合いなのではないかと思いまして」
店員がそう勧めるが、うーん、確かにフォーマルといえばその通りの服だ。
「うん、確かにフォーマルっちゃフォーマルだけどよ」
「そうだね。だけどまるで、学生さんみたい」
「がくせい? なんだそれは」
「あ、そうか。リーちゃんの国には、学校ってなかったの?」
「あるにはあるぞ。騎士団養成所や、貴族向けのギムナジウムがあったな」
「うーん、なんだかお堅いのと体育会系なところって感じだねぇ……そういうのとは、ちょっと違うなぁ」
ともかく、この店員が勧めるセーラー服風の赤い服を着せることとなった。試着室に入り、中でレティシアがマツにその服を着せている。
外では、鏡の前でユリシアとエルネスティが睨めっこをしている。が、ユリシアは自分の顔を見つめるとすぐに噴き出してしまう。一方、エルネスティはあの無愛想な顔で睨み続けている。が、じーっと見続けているところを見ると、まんざらでもないようだ。我が子ながら、何を考えているのかが分からないな。
などと子供らを見ていたら、試着室のカーテンがさーっと開く。中から、あの赤いフォーマルな服装が現れる。
僕は一瞬、軽い衝撃を覚える。
「ど、どうじゃ?」
頬を赤く染めながら、すこし髪を上げながらこちらを見るマツ。髪型はロングストレートのままだが、服装が変わるとこうも印象が変わるものかと感心するほど、別人のような変わりようである。
「なかなか、似合うじゃねえか」
「うん、初々しさがいいね。カズキにはもったいないよね」
「うむ、思いの外、凛々しい服であるな。これならば剣を携行しても似合いそうだ」
レティシアにフタバ、リーナが勝手なことを言い始める。が、おおむね好評のようだ。
「で、カズキはどうなんだよ?」
そして僕に振られる。が、僕はなんと表現していいのか分からない。率直に言わせてもらえるなら、このままお持ち帰りしてベッドインしたい、そういう気分だ。しかしそれがまるで大罪であるかのような感覚を覚えてしまう。
そうだ、この姿格好そのものが、学生の雰囲気なのだ。だからこそ惹かれてしまうし、なればこその後ろめたさも感じる。
これを、この店員もいる前で僕は、なんと表現すればいいのか?
「なんだよ、おめえまさか、気に入らねえのか?」
「い、いや、違う。なんていうかだな、その……上手く言葉に表せなくてだな」
「ははーん、おめえ、なんか下心丸出しなこと考えてるんだろう」
おい、レティシアよ。おまえ、店員の前でそういうことを言うか。一瞬、その店員の顔が歪む。僕はこの艦隊の司令官なのだから、あまり印象を悪くしないでほしいな。
などと考えていたら、一人のお客が入ってくる。が、一同はその人物に、釘付けとなる。
「あ? なんだよ、魔女がどうしてここに……」
そうだ、それはミレイラだ。どういうわけかこのタイミングで、女海賊が現れた。
「んん〜っ? こいつ、どっかで見たことがあるな。誰だ」
ところがミレイラのやつ、赤いセーラー服風の服を着たマツに気づかない。あまりに印象が変わりすぎて、まだ見知って日の浅いミレイラは認識できなかったようだ。
「何言ってんだよ。こいつ、マツだよ」
「はぁ!? ちょっと待てよ。こいつが、あのキモノ野郎だってのか?」
この口の悪い女海賊の言葉に、店員が思わず噴き出しそうになる。が、ミレイラはというと、マツの顔をじーっと見つめる。
「な、なんじゃ、ミレイラ殿よ! どうせ妾にこの服は似合わぬと、そう申したいのであろう!?」
動揺するマツをよそに、しばらく見入るミレイラだが、ついに口を開く。
「ん〜、確かに似合わねえな」
おい、せっかく勇気を出して洋服に挑戦している相手に、その一言はあまりにも酷だろう。僕はミレイラを制止しようとする。
「ちょっとまて、ミレイラ。マツはだな……」
「いやあ、似合わねえのは確かなんだけどよ、なんていうか……良いんじゃねえか?」
ところがである。予想外の言葉が飛び出す。
「な、なんじゃと? 似合わないのに良いとは、これいかに?」
「うーん、やっぱり着物の方がてめえらしいって思うんだけど、これはこれで惹かれちまうんだよな」
「ひ、惹かれるとな?」
「あ、おい! 変なこと考えてんじゃねえぞ! あたいはごく普通の男が抱くであろう印象を、ただ口にしただけだからな!」
なんだかギャアギャアと騒がしくなってきたな。が、ミレイラですら良いというこの服をマツは気に入ったのか、これを買って帰ることになった。
さて、それからのマツだが、普段は相変わらず着物姿を通している。が、時折、あのセーラー服風のあの服にそでを通すことがある。
それは、ミレイラと行動を共にする時、そして僕をけしかける時、この2つだ。
そんな平和な日々を街で過ごしているうちに、約束の3日が経過する。
その3日目。僕は艦橋にて、メルシエ准将の報告を待つ。そして、指定の時間に通信が入る。
直ちに通信士がそれを報告する。それは、驚愕すべき内容だった。
「メルシエ准将より入電! 我、地球を発見せり、直ちに指定座標宙域まで急行されたし! 以上です!」