#48 激戦
「敵の陣形は!?」
「はっ! 十字陣形にて展開しつつ、こちらに接近中です!」
ほぼセオリー通りだ。やはり待ち伏せていた。おそらくはあちらの切り札であったはずの大型艦を撃破したから、いずれ攻めてくると想定していたのだろう。
「では、作戦通りに進める。特殊砲撃、用意だ」
「はっ! 特殊砲撃、用意!」
一万隻以上の艦隊が現れたなら、まず我々が特殊砲撃を行う。しかる後に第1、第6艦隊が合流し、敵を追い込む。コールリッジ大将発案のこの作戦は、敵を速やかに撤退に追い込むためでもある。
今回は、この旗艦オオスだけではない。特殊砲を持つすべての艦艇、およそ100隻もこれに加わる。10倍の敵を前にして、我々はその切り札をいきなり使う。地球001の安全保障がかかっているから、今度ばかりは手加減はできない。
「各艦、装填開始。まもなく射程内!」
他の特殊砲撃艦艇は、魔女がいない。通常の装填時間がかかってしまう。その時間はおよそ一分半。ただし魔石機関のおかげで、装填中でも移動が可能になった。初期の頃の特殊砲撃に比べたら、格段に進化した。
「目標、敵艦隊中央! 通常砲艦艇も、合図と同時に一斉砲撃! ジラティワット艦長!」
「はっ!」
「こちらもそろそろ、特殊砲撃の装填開始だ!」
「了解です! 機関室! 特殊砲撃用意!」
『こちら機関室! 了解だ、おい戦魔女団ども、装填始めるぞ!』
『アイアイサー!』
『アグリーですぅ!』
レティシア含む5人の魔女が、いつものように戦闘態勢に入る。彼女らの魔力が、魔石を介して直径50メートル口径の砲身に注ぎ込まれる。それは一気にピークに達し、この旗艦オオスを「破滅兵器」へと変える。
「全艦斉射、撃てーっ!」
僕の号令を合図に、一気に解き放たれる高エネルギーの塊が、45万キロ先の10倍の敵に叩きつけられる。艦内は激しい轟音と揺れに襲われる。
「ぐはぁ! やっぱうるせーっ! なんとかならねえのか、この音!」
その音に慣れていない女海賊が、横で騒いでいる。一方のリーナは、その脇で腕を組みじっとモニターを見つめている。マツは……やはり、しがみついているな。このか弱い姿を見せられると、また高ぶってしまう。さっさとこの戦いを終わらせて、部屋に戻ろう。
「弾着観測、完了! 敵艦隊3200あまりが消滅!」
早速、報告が入る。つまり3分の1ほどを、たった一撃で仕留めた。とてつもない戦果だ。しかもこれはまだ、最初の一撃に過ぎない。
「よし、このまま攻撃を続行、一気に押し返すぞ」
「はっ!」
そこからは通常砲撃に転じるが、残る7000隻足らずの艦艇が相手だ。いくら減ったとは言え、まだ7倍近い敵だ。油断はできないが、今は相当混乱しているはずだ。その混乱を、さらに助長する。
「敵艦隊の動きは?」
「はっ! 依然、後退せず! 陣形を立て直しつつ、前進と攻撃を続行しております!」
距離は40万キロ、奴らの射程外だ。だから砲撃といっても、減衰したビームが五月雨状に降り注ぐだけだ。おかしいな、いつもならこれほどの被害が出れば、すぐに後退したものだが。
大被害を受けつつも戦意を失わない敵に、攻撃が続けられる。そうこうしているうちに、第1艦隊がワープアウトする。
「第1艦隊、到着! 横陣形に展開しつつ、前進中!」
「提督、第1艦隊コールリッジ大将閣下より入電! 艦隊合流し、大攻勢に出る、以上です!」
「よし、攻撃を続行しつつ3万キロ後退する。第1艦隊と合流だ」
主力とも言える第1艦隊が現れた。数の上でも、我々が敵を上回る。勝負あったな。第6艦隊が出るまでもなく、勝敗は決した。
が、敵は後退する気配を見せない。
「敵艦隊、さらに接近中! 距離、31万キロ!」
なんだと? もうすでに敵は7000隻を大きく割り込んでいる。対するこちらは、1万1千。倍とは言わないが、かなりの戦力差。おまけに敵は打撃を受けて混乱状態。実際、あちらの攻撃には統制がなく、各艦の判断でバラバラに撃っているのが分かる。
どういうことだ。いつもならばとっくに逃げに入るほどのダメージを受けているというのに、一向に逃げる気配がない。これほど必死な白い艦隊は初めてだ。
「第6艦隊は?」
「はっ、まもなくワープアウトし、こちらに合流するはずです」
「そうか」
もしかして、今度の敵は圧倒的な差を見せつけないとダメなのか。そう思った僕は、第6艦隊に賭けることにする。あと一万隻が加われば、こちらは一気に敵の3倍以上。攻守三倍の法則に則っても、守り切れる状況ではなくなる。撤退を決断するには、十分過ぎる理由だ。
数分間の攻勢が続く中、こちらの最後のカードが到着する。
「第6艦隊、ワープアウト!」
ついに決定打の到着を告げる報告が入る。僕は確信する。これで、終わりだと。
が、その僕の確信はすぐに裏切られる。
「敵艦隊、30万キロ!」
猛烈なビームが、こちら側に浴びせかけられる。劣勢なはずの敵が、攻勢に転じた。むしろこっちの側に迷いが生じる。
「なぜだ……なぜ、撤退しない?」
まさか、混乱が裏目に出て、後退を命じるべき指揮系統が機能しなくなったのではないか? いや、その場合は勝手に後退を始める艦が出て、そのほころびがもとで敗走し始めるのが普通だ。だが、目の前の艦隊は明らかに撤退をする気配すらない。
「よほど、この宙域に守るべきものがあるんでしょうか?」
ヴァルモーテン少佐が、ぼそっと呟く。
「守るべきもの、とは?」
「いえ、もしここが地球001で、我々が敵艦隊と同じ立場であれば、同じように死守し続けるだろうなと、そう考えた次第です」
「確かにな。あるいは、罠の存在は?」
「そんなものがあれば、マツ殿かダニエラ殿が感知しているはずでしょう。それがないということは、やはり何かがあると考えるべきです」
「まさか、敵の本星か?」
「いや、そこまでのものではないと思われます」
「なぜそう、言い切れる?」
「もし敵の本星ならば、一万隻では済まないでしょう」
ああ、そうだった。一度、10万隻もの数で攻勢をかけてきたことのある相手だった。そんなものがあるなら、数万隻が現れるはずだろうな。
しかし、困ったものだ。もう6000隻程度まで撃ち減らされた艦隊が、一向に退く様子が見られない。
『困ったものだよ』
戦闘開始から、すでに1時間が経過した。あのコールリッジ大将が、珍しく困り顔だ。
『このままでは、我々は自暴自棄な敵にただ消耗させられるだけだ。無意味な上に、無視できない犠牲が重なることになる』
「おっしゃる通りです、閣下」
『そこでだ、第8艦隊を使ってこの状況を打開する』
僕はその瞬間に嫌な感触が背筋を走るのを覚える。この大将は、ロクでもない作戦を思いついたに違いない。
『第8艦隊は一時後退し、敵艦隊左側面に回り込め』
「はっ、そこで攻勢をかければよろしいですか?」
『特殊砲撃だ』
とんでもない言葉が飛び出した。一度使ったあれを、もう一度やれというのか。
「あの、コールリッジ大将閣下、すでに一度、使っているのですが」
『別に一度の戦いにつき一度きりだと、決まっているわけではない。ともかく、これは命令だ。直ちに敵艦隊側面に回り込み、作戦を完遂せよ』
そう告げると、この鬼大将は一方的に通信を切りやがった。僕はしばらくその場にて、頭を抱える。
『なんだってぇ!? もう一回、特殊砲撃をやれっていうのかよ!』
レティシアに作戦を伝えると、やはり文句が出てきた。僕だって、そんなお願いはしたくない。
「仕方がない、コールリッジ大将の命令だ。それに、大勢の命がかかっているんだ」
『なんだよ、その狸親父が死ねって言ったら、おめえは死ぬんかよ!』
「時と場合によっては、それもありうる。ここを突破されたら、我々の星が危ないんだぞ」
短いやりとりだが、レティシアは僕の覚悟を悟ったらしい。しばらく考え込んだ後に、レティシアがこう返事をする。
『おいカズキ!』
「なんだ」
『今日の晩飯は、ひつまぶしだ! それでチャラにしてやる!』
そういって、ぶちっと電話が切れる。やれやれ、素直じゃないと言うか、なんというか。ともかく、了解は取り付けたということか。
「提督、よろしいのですね?」
そのやりとりを横で聞いていたヴァルモーテン少佐が、僕に確認を求めてきた。
「ああ、作戦通りだ。第8艦隊はこれより敵艦隊左側面に回り込む」
「はっ!」
元々、この第8艦隊は機動重視の艦隊として編成されていた。だから、この手の任務は本来の姿を見せることになる。とはいえ、旗艦オオスという大型艦での移動だ。以前ほどの機動性はない。
とはいえ、大型艦とはいっても小ぶりなこのオオスならば、駆逐艦ほどでないにしてもそこそこの機動力はある。この作戦で初めて、その機動性を活かすことになる。
「全艦、全速前進!」
一度、1万キロほど後退した後に、我が艦隊は進路を変え前進を始める。向かうは敵艦隊の左側面だ。
「予定通りいけば、およそ20分ほどで敵側面45万キロに達します」
「了解だ。そのタイミングに合わせて、特殊砲撃艦の装填が完了できるよう、時間管理を徹底せよ」
ついに動き出してしまった。一度の戦いで、二度の特殊砲撃。過去に例がないわけではないが、この旗艦オオスでは初めてのことだ。
「あと5分で、目的地点です」
「よし、進路変更90度、敵の側面へ向かう!」
このとき一瞬、罠の存在を疑い始めた。敵のあれは、こちらを誘っていたのではあるまいか? そう思った僕は、マツを抱き寄せる。
「腕輪は、何事もないか?」
「うむ、ない」
小さな身体ながらも、気丈に振る舞うその姿は、どことなく凛々しくて可愛らしい。このままベッドに……いやいや、今は決戦の時だ。
罠はなさそうだが、この時点である意味、内部の「罠」が炸裂する。
『おい、ヤブミ少将!』
ここで直接通信をかけてくる相手は、あいつしかいない。
「なんだ、エルナンデス准将。今は作戦中だ」
『なんだって45万キロから撃つんだ! 確実性を上げるためには、もっと距離を詰めるべきではないのか!?』
いちいちうるさいやつだな。敵の射程は30万キロ、こちらは45万キロ。この射程差を活かしたアウトレンジ攻撃をするのは当然だろうが。
「いいから、命令通りにやれ。大体この作戦はコールリッジ大将閣下直々の命令だぞ」
『うっ……了解した』
あの大将閣下の名前を使わせてもらう。もちろん、大将閣下はアウトレンジ攻撃をしろとは言っていない。が、この際はそういうことを匂わせておく。この反抗期准将を黙らせるには、それが一番効くからだ。
「前方45万キロ、敵艦隊側面! 提督、作戦宙域に到達です!」
「よし、特殊砲撃開始だ、ジラティワット艦長!」
「はっ! 艦橋より機関室! 特殊砲撃、装填開始!」
『おりゃあ! 二度目の気合だぁ! 行くぜ、戦魔女団ども!
『 は、はい〜!』
『ひええぇ〜!』
『オーマイガー!』
気合よりも悲鳴の方が強い。あれはかなり体力を消耗すると、レティシアが言っていたからな。嫌がる理由も分からなくもない。
が、そんな魔女たちの渾身と悲鳴の結晶が、魔石に込められる。
「特殊砲撃、用意よし!」
この号令を受けて、僕は発令する。
「目標、敵艦隊側面! 特殊砲撃、全艦斉射! 撃てーっ!」
ガガーンという揺れと轟音が、再びこの艦橋内に轟く。すでに6000隻の敵艦隊だが、こちらからは縦一列に並んで見える。つまり、その6000隻の多くが密集しているように見える。
そんなところに、この特殊砲撃を加えたら、どうなるか?
その結果は、命じた本人も驚愕するほどの数字だった。
「て、敵艦隊、約6000隻……すべて消滅!」
たった、一撃だ。この一撃で、6000隻を消し飛ばしてしまった。これまで幾多の戦いを経験したが、一個艦隊規模の艦隊戦での全滅は、経験がない。いや、これは僕だけでなく、連合と連盟を含む数多の戦いにおいてもほとんど例がないはずだ。
「抵抗する敵艦は、もはや存在しません。戦闘の終結を、報告いたします」
ヴァルモーテン少佐が、淡々と現状を伝える。が、僕はその戦果に内心穏やかではいられない。見たことのない相手とは言え、おそらくは無人ではない艦艇を一万隻、この宙域から消し飛ばしてしまったのだから。
『ご苦労だった。貴艦隊の奮戦に感謝する。これで地球001への直接的軍事脅威は排除され、90億人の地球001住人の命を救った』
そうねぎらいの言葉をかけて下さるコールリッジ大将だが、僕は正直、喜ぶ気にはなれない。ただ僕は大将閣下に、敬礼して応えるのみだ。
『なんだ、全滅に追い込んだことを気にしているのか? あちらも覚悟の上で、挑んできたことだ。なんなら逃げる機会はいくらでも与えたというのに、それに応じなかった。この全滅は貴官ではなく、あちらが選択した結果によるものである。気にする必要はない』
「はっ!」
そんな気持ちを察してか、コールリッジ大将はそう最後に言葉を付け加えた。
それを横で聞いていたマツが、僕にこう呟くように言う。
「戦場でのことじゃ。悔やむ気持ちも分からぬでもないが、忘れることが肝要であるぞ。妾が何か力になれるならば、なんでもいたそう」
そう話しかけてくるマツだが、なんだか急にいつものあの尖った顔つきから、柔らかで優しげな姫と呼ぶにふさわしい表情に変わったように見える。あれ、そういえばこの表情、この間の戦闘の際にも見せなかったか?
今なら分かる、あの時、レティシアが言っていた言葉の意味が。マツは確かに、変わった。武将の娘ではなく、まさしくカゴの中で手塩にかけて育てられた大切な姫、そう表現するにふさわしい。実際、あの籠城戦以前はそうだったらしいからな、その本来の姿を、取り戻しつつあるということか。
「ヴァルモーテン少佐!」
「はっ!」
「戦闘終了を、全艦に宣言せよ。さらなる敵増援に備え、全艦の補給作業に移行せよ、と」
「はっ! 承知いたしました!」
僕はそう告げると、マツと共に艦橋を出た。
「……で、肝心のひつまぶしそっちのけで、部屋に直行したってわけかよ」
「そうだ」
「んー、でもまあ、しょうがないな」
「ああ、しょうがない」
「そうだ、私もそう思う」
レティシアが部屋に戻ってくるなり、こう僕に告げる。それに、リーナも同調する。
「ちょ、ちょっと待たれよ! 何ゆえ妾にだけ、皆の視線が集まっておるのじゃ!?」
「だってさっき、マツは僕に何か力になってくれるって言ってくれたじゃないか」
「そうだそうだ、私も後ろで聞いていたぞ」
「てことでよ、今日のメインディッシュは、マツってことで」
「ま、待たれよ。皆で何をするつもりなのじゃ?」
「未だかつて、体感したことのない世界へいざなうだけだ」
「そうだな、本人がそう申し出たのだから、カズキ殿のなすがままにされるしかなかろう」
「俺も加わるぜ!」
「い、いや、カズキ殿はともかく、なんでリーナ殿やレティシア殿まで……」
「よっしゃ、それじゃいただくとするか!」
「では、いざ!」
「ひえええぇっ!」
レティシアとのひつまぶしの約束は、先延ばしとなった。代わりに皆で、マツを攻める……じゃない、相手をすることとなる。
寝息を立てて眠る2人の子供のすぐ脇で、4人の大人は激しい夜を迎えることとなる。
それはもう、口にするのもはばかられるほどの、そんな一夜となった。