#47 待機
「と、いうことで、うちの店に来たわけデスねぇ!」
「ですねぇ!」
「いつでも歓迎しまーす! それじゃあ手始めに、手羽先10人前デス!」
手羽先ラブなスウェーデン人、アンニェリカの歓迎を受けるヤブミ一家。ユリシアは相変わらずバンバンとテーブルを叩き、エルネスティは店内のメニュー表を睨みつけている。手羽先の入った皿が運び込まれると、リーナは早速それをガツガツと食い始める。
「しっかし、一週間もここで待ちぼうけかよ」
レティシアのやつは不満を口にしつつ、手羽先を食べる。時折、ユリシアにも分け与える。
「仕方がないだろう。まさかそのまま飛び込むわけにはいかないからな。こちらも迎え撃つ準備をして、今度こそやつらに打撃を与えておきたい。でないと、この先は地球001だぞ」
「前回よりは真面目にやろうってんだな。まあ、気持ちはわかるけどよ。その間、俺らは手羽先三昧かよ」
いや、別に一週間続けて手羽先でなくてもいいぞ。たまにはひつまぶしもいいと思っているんだが。
「にしてもカズキ、妙に慎重だよねぇ。マツちゃんの影響かしら?」
と、横からちゃちゃを入れてくるのはフタバだ。なんだ、こいつもいたのか。
「マツは関係ないだろう。一千隻の艦隊を預かる者としては、当然の判断だ」
「ふうん、そうかなぁ。だって以前はクロノスとかいう黒い艦隊相手に、結構無茶してたじゃない」
「そんなことはない。あの時だって勝算のない戦いはしていない。勝つ望みが見えて初めて、戦いを仕掛けていたぞ」
フタバのやつ、僕が無茶ばかりしていると言わんばかりだ。が、むしろ僕は以前から慎重派のつもりだぞ。多少の博打要素はあっても、ある程度は勝つ算段をした上で戦いに臨んでいる。
「そういえば、女海賊のミレちゃんがいないねぇ」
「おお、そうなんだよ、最近あいつ、付き合い悪くてよ」
「なんかあったの?」
「いや、それがだな……まあ、なんだ、カズキと同じことが起きたみてえなんだけどよ、そっから考え込んじまってなぁ」
「同じこと? 何があったの?」
「いやあ、つまりだな、お化けを見ちまったみてえなんだよ」
「えっ、お化け!? まさか、海賊の!?」
急に話がミレイラに移る。確かに最近、やつの姿をほとんど見かけない。手下の5人がいる機関室そばの詰所に入り浸っているらしい。何か、企んでなきゃいいが。
「はぁ? 海賊がどうしたってぇ?」
と、噂をしていたら急にそのご無沙汰なやつが姿を現す。いつも以上にボサボサの髪で、だらしのないワンピース姿のミレイラがフタバの後ろに立っている。
「なんでぇ、急に現れやがって。おめえ、どこ行ってたんだよ?」
「なんだよ魔女。あたいがどこ行こうが、関係ねえだろう」
「そんなこたあねえよ。剣の師匠のお化けを見て、考え込んちまったっていうからよ。心配にもなるわな」
「柄にもねえこと言うんじゃねえよ、魔女め。まあ、確かにいろいろと考えちまったけどよ、ようやく吹っ切れたんだ」
「吹っ切れたって、何がだ」
「クアドラド様が残した、言葉の意味がようやく飲み込めた気がして、そんで吹っ切れたんだよ」
なんでもこいつは先の戦いの特殊砲撃中に、剣の師匠で4年前に亡くなったというクアドラドという騎士団長の姿を見たと、そう言っていたらしい。幽霊なんているわけないじゃないか、と僕は思わず否定したくなるが、こっちも出会ってるから否定はできない。大体、こいつは僕が父さんの姿を夢の中で見たと話した時は、嘲笑していたくらいだ。そんなやつが、そんなことを言い出したんだ。嘘を言っているとは思えない。
「言葉って、『生きろ』といったっていう、あれか」
「そうだ」
「言葉の意味っていってもよ、そのままじゃねえか。簡単に死ぬんじゃねえってことだろう」
「あのクアドラド様が、そんな浅はかな意味であたいに物申すことはねえんだよ。もっと深い意味があるにちげえねえ。そんで、しばらく考えて、やっとその意味がわかってきたんだ」
「なんだよ、その意味って」
「生き永らえろ、って言ったんだと思う」
それを聞いた僕もレティシアも、いや、フタバもマツも一瞬、凍りついてしまう。散々考えた割に、レティシアの解釈とどこが違うのか、と。
「なんでぇ、それじゃやっぱり生きろって、そのまんまの意味じゃねえか」
「馬鹿野郎、そうじゃねえよ! あたいは自暴自棄になって、海賊になっちまった。で、挙句、軍に捕まってよ、命を落としかけた。だが、あたいはこうして生きている」
「そうだな。カズキに感謝しろよな」
「ブイヤベースのことは置いとくとして、ともかくこうして生き永らえた命だ。これ以上、命を粗末にせず真っ当に生きろと、そう伝えたかったんじゃねえのかとあたいは思ったんだ」
「へぇ、海賊から足を洗うってか?」
「とっくに洗ってるだろう。ここにきて以来、あたいは海賊行為はしちゃいねえ。それにあたいは4年前に、クアドラド様によって命を託された身だ。その命を無駄にするなと言いたかったんだろうぜ、きっと」
「とはいえ、ここは軍船だ。いつ敵の砲撃を受けて沈むか分からねえんだぜ?」
「そんときゃそんときだ。バルハラに行って、そこでクアドラド様にお会いするだけだ。ブイヤベースの下手な指揮のおかげで、思ったより早く来てしまいました、申し訳ありませんって言うことになるだろうよ」
こいつしゃあしゃあと、僕に自分が死んだ時の責任を押し付けようとしているな。そうはさせるか。その時は僕もその騎士団長とやらに、こいつのしつけの悪さに文句つけてやる。
「まあ、いいじゃない。どうせいつかは死ぬんだし、それまで楽しく生きなきゃ」
「その通りデスよ! 死んだら手羽先、食べられないデスからね!」
と言いながら、アンニェリカは手羽先の入った皿をミレイラの前に置く。ミレイラはその皿の手羽先を無造作に掴み取ると、すっかり慣れた手つきで小骨を取り、するっと身を剥ぐように食べる。
「師匠は良い人物であったようじゃが、肝心の生き残った者が、こうもだらしがないとはな。あの世から嘆いて、一言言いたくなっただけではないのか?」
「なーに言ってやがる、キモノ野郎。おめえみてえに、見知らぬ幽霊に連れ回されるほど、あたいはドジじゃねえぜ」
「な、何を言うか。その時、妾がヒロイ殿に会わなんだら、我らは皆、この世におらなんだのじゃぞ?」
この会話を聞いて、ふと思う。考えてみれば、この短期間に幽霊と遭遇したというやつが3人も出たことになる。ダニエラやカテリーナのような賜物という特殊能力を持った者でも捉えられない霊という存在に、僕を含めてどうして出会ってしまえたのか。
偶然に、意味を求めても仕方がない。が、僕が第8艦隊司令になってから起きた数々の不可解な現象のおかげか、このことに何か意味があるのではないかと疑ってしまう。すでに7皿目に突入したリーナの食べっぷりを目の当たりにしながら、僕は僕の身辺に起きた不可思議な現象に思いを馳せてしまう。
一週間は、長いようで短い。センサーの敷設には2日、全艦の補給活動には4日、そして援軍の到着には5日かかる。
が、ようやく現れた援軍に、僕は面食らう。
『大型艦を一撃で、撃退したそうじゃないか』
通信機を前に、僕は敬礼したまま凍り付く。この独特の語り口調、まさにコールリッジ大将だ。
「あの、コールリッジ大将閣下がどうしてここに?」
『なんだ、貴官が援軍要請をしたのではないのか?』
「いえ、しました。が、第1艦隊が来るとは思いもよらなかったもので」
『地球001の危機だぞ。第6艦隊だけを向かわせるわけにはいかないと、軍司令部の判断だ』
「はぁ、左様で」
『なんだ、急ぎ援軍に来たというのに、浮かない顔だな』
「い、いえ、そんな事はありません! 第1艦隊ならば、これほど心強い援軍はないと思ってます!」
うん、これほど援軍としてふさわしい艦隊はないだろう。我が地球001の8つの艦隊の中で最強と謳われる第1艦隊だ。むしろ、軍司令部の本気がうかがえる。
もっとも、軍としてはともかく、個人としては正直言って複雑だ。あのお方だけはどうも苦手だな。いや、アントネンコ大将も苦手ではあるが、あっちの方がまだ話しやすい。
『突入は明日、第1艦隊の艦隊標準時で5月10日、2200(ふたふたまるまる)とする。第8艦隊は直ちに突入準備に入れ。以上だ』
コールリッジ大将はそう告げると、直接通信を切る。ええと確か、第1艦隊の艦隊標準時はニューヨーク時間だから、こっちの標準時とのズレは13時間。つまり、こちらの艦隊標準時で5月11日、1100(ひとひとまるまる)いうことになる。あと10時間後か。
「これより全艦に発令、突入は10時間後、各員戦闘準備と為せ、と」
「はっ!」
僕はヴァルモーテン少佐に命じて、自艦隊を戦闘に備える。暗黒星雲のおかげで、宇宙空間にしては星の少ないこの宙域で、突入に向けた準備が進められる。
それにしても、なんて厄介なワームホール帯が地球001につながっているんだ。外宇宙進出から300年も経つのに、そんなワームホール帯がどうして今まで発見できなかったのか。不可思議極まりない。それ以上に「ウラヌス」、つまりあの白い艦隊がよく今まで我が地球001に到達せずにいられたものだ。
そういえば、マリカ少佐が言っていたな。クロノスという守護を失ったために、あの白い艦隊がこちらに現れるようになったと。以前戦った黒い無人の艦隊が、我々をあの脅威から守り続けていた、と。
そんな絶妙なバランスの下、我々は呑気に連盟軍と戦い続けてきたのか。で、挙げ句にそのバランスを僕は、ぶっ壊してしまった。途端に、新たなる脅威にさらされる羽目になった。因果応報とは言うが、僕自身は何も悪いことはしていないつもりだ。咎められることといえばせいぜい、妻が3人いるということぐらいだ。それだって成り行きでなったことだし、3人とも同意の上だ。
などと悶々と思考を巡らせているうちに、その10時間が経過する。
「作戦開始まで、3……2……1……今!」
「作戦開始だ。全艦、ワームホール帯に突入せよ!」
第8艦隊標準時で5月11日の午前11時、ついに作戦が開始される。けたたましくサイレンが鳴り響き、我が艦隊一千隻が動き出す。
後方からは第1艦隊、そのさらに後方には第6艦隊。計2万1千隻が動き始める。
その2個艦隊に先んじて、我々は未知の宙域に突入する。
「ワープアウト完了!」
「周囲の星図照合! 場所の特定と同時に、索敵も続けよ!」
そして先陣の我々第8艦隊はワームホール帯を通過し、あちらの領域に足を踏み入れた。
僕は、モニターを見る。そこに映っていたのは、やはりあの棒渦巻銀河。我々が「フアナ銀河」と呼ぶそれは、つまりここがあちら側の銀河であることを示している。
が、感慨に浸っている暇はない。すぐに、事態は動く。
「レーダーに感! 艦影多数、およそ1万! 距離50万キロ!」
この宙域に飛び込むなり、我々はいきなりあの白い艦隊と遭遇してしまう。そしてこれが、かつて経験したことのないほどの苛烈なる戦いの始まりであった。