#46 勝利の後
どうにか、無敵の大型艦相手に勝利した。加えて、接近する一万の艦隊の戦意をも奪い、結果的に撤退に追い込めた。
そして、やつらは出現した地点に達すると、再び消えていった。
敵は去った。が、新たなる疑問がもたらされる。
「ところで、ヴァルモーテン少佐」
「はっ!」
「ここは……どこだ?」
そう、いきなりの遭遇戦のおかげで、ワープアウトしたこの場所がどこなのかを特定していなかったことに気づく。すぐに星図照合を行い、場所の特定を急ぐ。
のだが、意外な答えが返ってくる。
「何? この場所が特定できないだって」
「はっ、そのようです。観測班に急がせてはいるのですが」
「いや、どうせ近くに棒渦巻銀河、フアナ銀河があるだろう。あれを目安に特定すればいいだけじゃないのか」
「ないんですよ」
「ないって、何がだ」
「だから、その棒渦巻銀河が、見当たらないんです」
てっきり僕は、ここはサンサルバドル銀河だと思いこんでいた。が、そうではないらしい。ということは、こちらの銀河系のどこかということになる。
「にしても、星図を照合すればすぐに分かるのではないか?」
「それがですね、暗黒星雲のガスで覆われていて、目印となる星がほとんど見えないのですよ。特定まで、しばらく時間を要するものと思われます」
なんてことだ。妙なところに飛ばされてしまったぞ。どうしたものかな。このまま、場所が特定されるまで待つしかないのか?
が、そこで僕はふと脇を見る。そこには、僕の軍服にしがみつき、不安げな表情を浮かべている赤い着物姿のマツが見える。
それを見た僕は、心の奥底から何かが高ぶってくるのを感じる。
「では少佐、僕はしばらく自室にて待機する。場所が特定され次第、報告せよ」
「はっ! 承知しました!」
待っていても仕方がない。そう思った僕は、後処理をヴァルモーテン少佐に任せ、しばらく自室にて待機することにした。
「んで、待ちきれねえから、部屋に戻るなりマツと一緒にベッドに潜ってた、と」
腕を組み、不機嫌そうにそう告げるのは、レティシアだ。僕はといえば、ベッドの上でシーツ一枚被って、部屋の入り口で仁王立ちするレティシアと対峙している。ちなみにマツはといえば、僕の傍で力尽きており、スースーと寝息を立てて寝ている。左腕の腕輪以外に彼女の身を包んでいたものは、ベッド横のテーブル上にぶちまけられている。
「何をいうか、私も一緒だぞ」
と、マツとは反対側にいる素っ裸のリーナが、反論する。
「いやあ、今回おめえはおまけのような……まあ、いいや。だけどよ、俺が砲撃で力を尽くし、体力回復に努めている間に、カズキときたらよ、何をしてるんだか」
「なんだ、相手をして欲しいなら、今からでもいいぞ」
「いや、まあ、そう……じゃなくてだなぁ、はぁ〜」
何が不満なのか。別にマツと同じベッドの上にいることくらい、ごく普通のことじゃないか。いきなり始まった戦闘に怯え、ずっと僕にしがみついていたのだから、まあこれくらいのスキンシップは構わないだろう。
「にしても、こいつもすっかり俺らに染まっちまったよなぁ」
「そうか?」
「そうだよ。ここに来たばっかりの時のマツは、なんていうかこう、もっと鋭い目をしてたぜ。それが今じゃすっかり丸くなったもんだ。見ろよ、この警戒心のない、ハムスターみてえな寝顔を」
そう言いながら、レティシアはベッドの脇に座り、寝入るマツの頬を撫でている。
「変わったといえば、ミレイラのやつもそうだな」
と、唐突にリーナがそう言い出す。
「はぁ? あいつのどこが、変わったんだよ」
「いや、ついさっきのことだ。急に深刻な顔つきになってたぞ」
「そりゃあおめえ、初めて特殊砲撃を体感して、ビビっちまっただけじゃねえのか?」
「そういうのとは、ちょっと違うな。なんていうか、心ここに在らず、といった表情だったな」
そうリーナは言うが、僕には別段、いつも通りに感じたがな。確かに、口数は少なかったようには思うが……いやまあ、僕はマツのことで頭が一杯だったから、そこまであの海賊に注意を払っていたわけではないが。
と、その時だ。部屋にある電話が鳴り出す。マツが起きないうちに、慌てて僕は受話器を取る。電話の相手は、ヴァルモーテン少佐だ。
「ヤブミだ」
『提督、お楽しみ……いや、お休みのところ申し訳ありません。たった今、場所の特定が完了しました。よろしければ、艦橋までいらしてください』
「分かった。すぐに行く」
電話を切ると、レティシアが不満げな顔で言い出す。
「なんだよ、もういっちまうのか?」
「そうだが……なんだ、相手してほしかったのか?」
「いや、そうじゃねえ……わけでもねえけどよ」
「安心しろ。帰ったらすぐに相手してやる」
「ちちち違えから! 俺だけ寂しいとか、思ってるわけじゃねえから!」
軍服を着る僕にムキになって反論するレティシアだが、こいつは本心を隠すということが大の苦手だ。素直な時は素直なんだけどな。などと思いながら、僕はそっとレティシアの頬に手を添えて、そっと口をつける。
◇◇◇
「えっ? クアドラド様の姿を、見たっていうんですかい? そりゃあ、お嬢の見間違えでしょう」
あたいは、ベンたちがいる機関室の脇の詰所ってところにやってきた。そこでベンにさっき見たものを話したら、こう返された。
「なんだよ、あたいが、嘘ついてるっていうのかい!」
「いやあ、そうじゃねえです。そうじゃねえですけど、もう4年も前に亡くなられた方ですぜ。いくらお嬢の言葉でも、そりゃあ信じろって方が無理ですよ」
「んなこたあ分かってるよ。だけど、見ちまったものはしょうがねえだろう」
常識人なベンは、あたいが見たものをまるで信じちゃいねえ。あたいだってそうだ。ブイヤベースのやつが父親を見たって聞いた時は正直、こいつ何言ってんだって思ってたからな。
だが、あれは正真正銘のクアドラド様だ。目で見えただけじゃねえ。剣豪の持つ気迫みてえなもんも、同時に肌で感じたんだ。ただの幻とは、到底思えねえ。
「あっしは、信じますぜ」
そんな中、チコがそう言い出す。それを聞いたベンと他のやつらは、ここぞとばかりにチコに反論する。
「何言ってやがる。何を根拠におめえ、そんなこと言えるんだ!?」
「おめえ、ここぞとばかりにお嬢の中で株を上げようとして、適当なこと言ってんじゃねえのか!?」
「ち、違いますよ! あっしにも覚えがあるんですよ!」
「覚えって、なんのことだ?」
「あっしも、みたことがあるんですよ、幽霊ってやつを」
「はぁ!? いつのことだ」
「ちょうどお嬢に、海賊に誘われた時でさあ。あん時あっしは、ちょっと考えさせてくれって、お嬢に申しました」
「ああ、そういやそうだったな。一日だけ、考えさせてくれって」
「その日の夜ですよ。あっしの夢枕に、死んだおふくろが現れたんです」
なんだって? おい、そんな話、初めて聞いたぞ。
「嘘をつけ、そんなわけねえだろう!」
「いや、そんなことねえです。あれは間違いなく、おふくろだった」
「だが、それがどうしたっていうんだ? おふくろの幽霊が現れて、何かしたのかよ」
「実はあっし、海賊に入るのを断ろうと思ってたんでさあ。だけど、おふくろがその時、お嬢についてったほうがいいって、そうあっしに言ったんですよ」
「はぁ!? それじゃおめえ、おふくろの幽霊のおかげで、海賊になったっていうのかよ!」
ベンやランスが、チコに詰め寄る。が、あたいはそれを押し退け、チコに尋ねる。
「なあ、チコのことを疑うわけじゃねえけどさ、それ本当におふくろだって言えんのか?」
幽霊を信じろと言ってた本人が、幽霊の話を疑うってのも変な話だ。が、あたいは確かめたくなった。だから、こいつに聞いた。
「へ、へぇ、間違いなくあれは、おふくろでした」
「だから、なんでそう言えるんだよ」
「あっしが、現れたおふくろに、海賊に誘われてるって言ったんです。そんとき、おふくろは頭を掻いて考え込んでたんですよ。その仕草は、まさに生前のおふくろそのものだった」
「なんだ、それだけかよ」
「いや、その後もおふくろらしくて……おふくろはあっしに、こう尋ねたんです。『そのお嬢って人は、あんたの大事な人かい?』って」
「そんで、なんて答えたんだ」
「そりゃあもちろん、大事な人だって言ったんですよ。そしたらおふくろのやつ、急に大声でこう怒鳴り返してきたんです。『だったら四の五の言わず、お嬢について行くのが筋ってもんだろう!』って。それであっしは飛び起きて、お嬢のところに行ったんでさあ」
確かにあんときチコは、朝早くに訪ねてきて急に海賊になりますって言いだしたよな。あれは、そういうことだったのかよ。
「なんでぇ、やっぱり夢じゃねえのかよ。おめえ、お嬢にどやされるのをおふくろに見立てただけじゃねえのか?」
「いや、そんなことねえですよ!」
「なんだよ、そう言い切れる理由が、他にもあるんかよ」
「いや、だって……その日はおふくろの、命日だったんですよ」
それを聞いた一同は、急に黙り込んでしまった。そういやあなんか、似たようなことをブイヤベースのおっかさんも言ってたな。
あれ、もしかして今日は、クアドラド様の命日だったのか? 宇宙に来てからというもの、あたいは自分の王国の暦を忘れちまったな。どうだったか。
だが、チコの話を聞いて、あたいは確信した。やっぱりあれは、本当にクアドラド様だったんだ。幽霊を見たやつがこれだけいるんなら、クアドラド様が現れたっておかしくねえ。
しかし、なんだってクアドラド様はあのタイミングで、あたいに「生きろ」と言うためにやってきたんだろうか?
◇◇◇
「えっ、地球ゼロのすぐ近くだって!?」
「はっ! 地球ゼロからおよそ10光年先の地点と判明いたしました!」
つまりここは、天の川銀河の真っ只中ということになる。しかも、地球ゼロのすぐそばだとは。
この宇宙では、直径1万4千光年の円環状の宙域に人の住む星、地球が分布している。すでに一千を超える星が見つかっており、推定では三千はあると言われている。
その円のちょうど中心には、赤色矮星がある。その位置からその星は、地球ゼロと命名された。もしかするとそこが、我々の原点ではないかという意味を込めてだ。
そこでは我々の銀河を超えた外の銀河、サンサルバドル銀河へとつながる道が発見されている。あらゆる謎の原点とも言える場所。そんな場所のすぐそばに、我々は出現したというのだ。
だが、近いといっても、10光年は離れている。宇宙の規模からみれば些細な距離でも、我々からすれば結構な距離だ。ワープにして、一回分。そんな微妙な地点に現れた意味は、一体なんだろうか。
「しかし、だ。10光年という距離は微妙に離れてはいないか?」
「その通りです、提督。さすがはお楽しみの後、冴えてますね」
こいつ、さっきから一言多くないか? 最近姿を見せないマリカ少佐の代わりに、僕を狙い撃ちしているんじゃないだろうな。
「それよりも、気がかりなことがありますね」
「なんだ、この不可解な場所以上に気がかりなことでもあるのか?」
「もうお忘れですか。白い艦隊はこの先から現れて、この先で消えていったんですよ。ということは、そこにもう一つのワープポイント、ワームホール帯があるということに他なりません」
あ、そうだった。言われてみればその通りだ。白い艦隊一万隻はそのワープポイントより現れて、そして去っていった。ということは、その先にやつらの本拠地があると考えられる。
「このパターン、以前にも覚えがあるな」
僕はヴァルモーテン少佐に告げる。すると少佐はうなずき、こう返す。
「確かに、マツ殿の星、地球1041と似てますね」
「そうだ。あそこにもワープポイントがあり、その先がサンサルバドル銀河につながっていた」
「ということは、あのワープポイントの先にはもしかすると、サンサルバドル銀河につながっていると、提督はお考えですか?」
「白い艦隊が出てくるということは、恐らくそういうことだろう」
「おっしゃる通りです。となれば、白い艦隊がいつ出現してもおかしくはないと、そういうことになります」
少佐に言われるまでもない。我々、地球001側の人間からすれば、安全保障上の重大な問題だ。このままではあの白い艦隊が、いつでも我が地球001星域に現れても不思議ではない。何か対策を講じねば。
「そうなると、あの先に向かう必要はあるだろうな」
「強行偵察ですか。いきなり、待ち伏せを受けませんかね」
「今すぐは無理だろう。我々の行動を警戒しているはずだ。しばらく時間をおいて、あのワームホール帯の先にある宙域に向かう」
「承知しました。で、しばらくとは、どれくらいでしょうか?」
「うーん。一週間ほどか」
「それは、短すぎるのではありませんか?」
「なぜだ」
「現に前回、地球065宙域に現れた白い艦隊を追って、その先に現れたマツ殿の星、地球1041に立ち寄り、その後にその先のワームホール帯に突入をしましたが、白い艦隊からの手酷い歓迎を受けたではありませんか。あれが大体、一週間ほどでしたよ」
よく覚えているな、そんなこと。言われてみれば、あの時も白い艦隊一万隻に迎え撃たれそうになった。一週間ごときでは、足りないというか。
だが、あまり長いこと時間をかけるわけにもいかない。それに、この宙域でもやるべきことがある。そう考えるとやはり、一週間が妥当ではないか?
「いや、一週間だ。その間に、この先のワームホール帯に探知センサーを敷設しておく。それならば、あちらから白い艦隊がいつ現れても迎撃可能だ。ついでに、我々の突入に合わせて第6艦隊に後衛を努めてもらう。我々が突入し、白い艦隊一万隻が追撃してきても、第6艦隊一万隻でそれを迎え撃ち打撃を与える。それだけの前準備を施した上で、向こうの宙域に進出することとする。そこまでの段取りで、だいたい一週間はかかってしまうだろう」
「はっ!」
「軍司令本部に打電、我が第8艦隊は一週間後、さらなる奥の宙域へと進出す、と。加えて、ステアーズ隊に、ワームホール帯周辺への工作活動を行うよう連絡せよ」
「了解であります!」
「順次、戦艦オオスとキヨスで、全艦の補給を行う。その旨も各戦隊に打電せよ」
前回は前準備もなしに突入し、大艦隊の出迎えを受けた。が、今度は準備万端にしつつ突入し、あちらの意図を挫く。同じことを、二度やるほど僕も馬鹿ではない。
その準備として、一週間という期間を設けることとした。増援の到着と前準備を終えたのちに、直ちに突入することとした。
つまり、一週間はこの宙域にとどまることとなるな。その間、どうしたものか。




