#45 撃退
「前方に、さらに艦影多数、にゃん!」
アマラ兵曹長からの報告は、さらなる緊迫感を艦橋内にもたらす。
「数は!」
「約一万、距離75万キロ、にゃん!」
「どういうことだ。それほどの距離にいながら、どうして今頃になって捕捉したのだ」
「おそらく、同地点にてワープアウトした模様、にゃん!」
なんてことだ。敵の増援まで現れてしまった。おそらくあれは、地球001に現れたあの一万隻だろう。我々が大型艦に向かって攻撃を加えたことで、こちらに気づいたらしい。
そこで僕は急に、思い出す。
「ジラティワット艦長! 特殊砲撃、用意だ!」
一瞬、艦長の顔が歪む。が、おそらく彼もあの時のことを思い出したのだろう。すぐさま僕の発令に答える。
「はっ! 特殊砲撃、用意! 艦橋より機関室! 特殊砲撃準備!」
このジラティワット艦長の指示に、機関室からすぐに反応が返ってくる。
『機関室、了解! おい、戦魔女団ども! 特殊砲撃、準備だ!』
レティシアの怒声が、スピーカーを通じてこっちに響いてくる。五人の魔女が魔石に力を込め、一気にエネルギーチャージを行う、この艦ならでわの特殊砲撃が、まさに行われようとしている。
「マツよ」
「なんじゃ、カズキ殿」
「左腕に、違和感はないか?」
「平穏そのものじゃ、何も感じぬ」
「そうか」
マツはあの腕輪から、まだ危険を知らせる予兆が感じられないという。ということは、あちらはすぐに発射できないということだろう。ということは、我々に勝機がある。
「旗艦オオスの全主砲門、ならびに全艦、間髪入れず砲撃を続けよ! あの大型艦には、絶対に攻撃の隙を与えるな!」
◇◇◇
特殊砲撃だぁ? あの魔女まで、何か叫んでやがったぞ。何が始まるんだ。
この艦橋内も、騒がしくなってきた。が、ここに至ってはあたいもリーナ姐様も、なすべきことがねえ。ただ黙って、これから起きる何かを待つのみだ。
ドンドンと、小さな音と揺れが伝わってくる。ありゃあ、大砲の音だな。この船にも大砲が12門あるって聞いたから、そいつが火を噴いてるんだろう。
にしても相変わらずブイヤベースのやつ、あのキモノ野郎を抱き寄せたままだ。そういやあ、ついこの間の戦いで、あのキモノ野郎が敵の砲撃を察知したっていってたっけな。つまりは、危ない予感を感じたら、すぐさま反応できるように密着してるってわけか。
だが、状況がわからねえというのも気持ちが悪いもんだなぁ、おい。痺れを切らしたあたいは、リーナ姐様に尋ねる。
「なあ、姐様よ」
「なんだ、ミレイラ」
「今から、何が始まるんですかい?」
「ああ、一騎討ちだな」
「い、一騎討ち……?」
「こちらからの砲弾が、まるで効かない相手のようだ。だから、レティシアらの力を使って、あれを一気に打ち抜こうというんだ。まさに、艦と艦の一騎討ちだ」
宇宙の戦いってのは、もうちょっと進んだものだと思っていた。それが、あたいの星でも時代遅れな一騎討ちをやるとは、ブイヤベースのやつ、一体何を考えていやがるんだ。
だが、あたいはそれを聞いて、ふとある時のことを思い出しちまった。
そう、あれも、一騎打ちだったな。うちの王国が、隣国と睨み合っていた時のことだ。向こうがいきなり、一騎討ちにより雌雄を決しようと言い出した。
それに呼応して、こちらから一人、名乗りを挙げた者がいた。そう、それはあたいの剣の師匠であり、騎士団長だったクアドラド様だ。
あの時のことは、今でも忘れられねえ。
そこは、平原だった。両軍、互いに睨み合い、すでに三日が経過していた。
こう着状態を打破しようと、隣国側から一騎打ちでの決着を提案されたのは、その日の明け方のことだ。
今どき一騎討ちかよ、と思ったあたいだが、その提案を受けて、なんとクアドラド様が名乗りを上げる。
「クアドラド様!」
「なんだ、ミレイラ」
まさに平原のど真ん中に乗り出そうとするクアドラド様を、あたいは呼び止める。
「やつら、正々堂々と戦うとは思えねえんですよ。そんなところに一人、クアドラド様が向かわれるのはあまりにも無防備というもんじゃありませんか?」
「うむ、そうだろうな」
あたいの懸念を、あっさりと肯定しなすったクアドラド様。それを聞いたあたいは、馬上のクアドラド様の足を掴んでこう叫ぶ。
「なら、なおのこと行くべきじゃねえでしょう! どうしてそんな手に乗るんですかい!?」
「分からぬか、ミレイラよ」
食ってかかるあたいに向かって、冷静にこう諭すクアドラド様
「このまま対峙し続ければ、もとより兵糧の少ない我が王国軍は疲弊し、いずれ敗れてしまう。この睨み合いを崩さない限り、我らに勝利はない」
騎士団長に言われるまでもなく、我々が不利な戦いだった。だが、だからと言ってあたいの師範が危険な戦場に一人、討って出る理由にはならねえ。
「で、ですがクアドラド様よ、討って出たところでよぉ……」
「これからいうことを、漏らさず聞け、ミレイラよ。一度しか言わぬぞ」
いきなりあたいの反論を封じ、こう告げるクアドラド様。
「……私が討たれた後に、我が軍は敗走を始めるはずだ。その時、おまえは軍の一部を率いて、急いで退くのだ」
「ひ、退けって、どこへ向かうんです?」
「この先の、クエンカ砦まで一気に向かえ。そこで、敵を迎え撃って援軍を待て。さすれば、敗北は免れ、国を守ることとなる」
この方は、すでに負けを覚悟なされている。あたいはなおも反論しようとするが、あたいの手を振り払って、そのまま無防備な草原の直中へと向かわれてしまった。
そんなことを言われるくらいなら、さっさと軍を引けばいいじゃないか。ところが、そうもいかねえ事情があった。王国軍には、とある王族が将軍として赴任していた。こいつが、頑としてクアドラド様の意見具申を聞き入れねぇ。なんとしても勝利せよと、自軍の実情も見ねえで言いたいことを言いやがる。
そんな王族を思い知らせるために、自らの命を捨てる覚悟をした。そんなクアドラド様の覚悟を前に、あたいは何も言い返せなかった。
そして、一騎討ちが始まる。
あちら側からも、馬上の騎士が一騎、現れる。見たところ、クアドラド様の敵ではねえ。気迫が、感じられない。
両者向い合い、闘いが始まる。が、終始こちら側が相手を圧す。そのまま、とどめを刺さんと前に出るクアドラド様。
が、それがまさに、罠だった。
隠れていた敵兵が20人ほど、突如現れて、槍を突き立てる。いきなり出現した槍衾を前に、あっけなく討ち取られるクアドラド様。
卑怯な手ながら、これで一気に士気が上がる敵軍、一方で戦意を失った我が王国軍。クアドラド様の言う通り、あたいらの軍は敗走したが、あたいはその一部をどうにか率いて、クアドラド様が言い残されたクエンカ砦まで向かい、そこで踏みとどまる。そして、どうにか援軍を得て、敵軍を退けた。
嫌なことを、思い出しちまったなぁ、おい。あれと同じことを、ここでもやられるんじゃねえだろうな?
「敵艦隊、さらに接近! 距離60万キロ、急速接近中!」
『機関室より艦橋! こっちは準備OKだ!』
「了解! 機関室、装填開始!」
『そんじゃ、みんな行くぜ! おりゃあ!』
魔女の声で、あたいは我に返る。そうだ、ここはまさに宇宙という真っ暗闇の只中だ。あの草原じゃない。
「装填、完了!」
「よし、カテリーナ、撃てーっ!」
ブイヤベースのこの掛け声と共に、急に目の前のモニターが真っ白に光だした。ついに一騎討ちが、始まったらしい。
だが、直後にとんでもねえ音と光と揺れがあたいを襲う。落雷のような、地震のような、そんなものがこの艦橋一帯を襲ってきやがった。
「うわっ!?」
あたいは思わず退け反る。予想だにしねえ衝撃に、さすがのあたいもたじろいじまった。右腕で、目の前を覆う。
が、その光の只中に、あたいはある人物の姿を見る。
あたいは、目を疑った。
それはそうだ。あたいが今、見ているのは、ついさっきまで回想していた、まさにあの人物だったからだ。
甲冑に身を包み、馬上にて剣を携えるその姿。その人物が、あたいの方を見る。
振り返ったその顔を見て、あたいは確信する。そう、このお方はまさに、クアドラド様だ。
急に時が止まったように、静まり返る。その甲冑姿の騎士団長は、あたいに向かって、何かを告げようとする。
その口元を見て、あたいは何かを言い返そうとする。が、体がうごかねぇ。
そうこうしているうちに、あたりの光が急に消え、艦橋が見える。目の前には、キモノ野郎を抱き抱えたままのブイヤベース。そして、あたいのすぐ横には、リーナ姐様の姿。
「砲撃、完了!」
「敵大型艦の状況は!?」
「現在、確認中!」
緊迫したやりとりが、あたいの目の前で続く。あのマツとかいうキモノ野郎はといえば、ブイヤベースにしがみついたままだ。あれだけの音と光だ、あいつに、耐えられるはずもねえ。
しばらくして、一人が叫ぶ。
「目標、完全に消滅!」
その次の瞬間、急にあたりが騒がしくなりやがった。歓声、というやつか。つまりあの強烈なる一撃で、この一騎打ちに勝利したということみてえだ。
「まだだ! 敵はあと一万隻! 戦いは終わったわけではないぞ!」
このブイヤベースの一喝に、その勝利の喜びはかき消される。すぐに緊迫した状態に逆戻りだ。あのヴァルモーテンとかいう女が、その直後にこう叫ぶ。
「提督! 敵艦隊、後退し始めました!」
「後退だと?」
「はっ! その場にて反転し、進路変更。我が艦隊から離れていきます!」
「まさか、逃げたというのか」
「そりゃあ、たった一撃で敵の大型艦を叩いたわけですからね。それも、砲撃の効かないはずのあの大型艦を、ですよ。そりゃあ普通、逃げるでしょう」
なんとも投げやりな分析を返すヴァルモーテンとかいう女だが、これはあたいも納得する。まさに屈強なる騎士団長を失い、戦意を無くしたあの時の王国軍と同じだ。逃げて当然だろう。
どうやら、戦いは終わりを迎えつつあるらしい。一騎討ちの勝利によって、あたいらは勝ったみてえだ。
が、あたいは、さっき見たあの騎士団長の姿を思い出していた。
クアドラド様の声は、聞こえなかった。が、その口元は明らかに、あたいに向かってこう叫んでいた。
「生きろ」と。