#44 調査
「えっ! 我が第8艦隊があのワームホール帯の向こう側を、調査するんでありますか?」
軍司令部総参謀長であるエストラダ大将から受けた命令に、僕は思わずこう答えてしまう。
『当たり前だ。元々、白い艦隊の担当は第8艦隊と決まっている。今さら驚くことでもないだろう』
いや、それはそうだけど、たかだか一千隻の艦隊にそれは、荷が重すぎるんじゃないか。
「あの宙域には第6艦隊がすでに展開しております。第6艦隊でまず調査を行えばよろしいのではないですか?」
『その第6艦隊総司令官、オルランドーニ大将が貴艦隊の戦いぶりを見て推薦してきたのだ。その期待に応えるしかなかろう。それに、防衛艦隊である第6艦隊を送り出してしまえば、本星の守りがなくなってしまう。やはりここは第8艦隊が動くべきであろうな』
なんだ、厄介ごとを押し付けてきたのか、あの大将閣下め。無論、軍司令部からの命令には逆らえないため、僕はすぐに出撃することになった。
「両舷前進微速、進路そのまま。予定宙域到着までの時間は?」
「はっ! およそ10時間後!」
「了解した。進路そのまま、艦隊集結地点である小惑星帯軌道上へと向かう」
ジラティワット艦長と航海科とのやり取りが、ここ司令部エリアにまで聞こえてくる。すでに地球重力圏を脱出し、あと30分ほどで火星軌道を通過するという地点まで来ていた。
「すでに小惑星帯に集結した艦艇は、戦艦1、駆逐艦400隻。あと12時間以内にはすべての艦艇が集結する模様です」
「了解した」
「で、その集結済みの艦艇より、通信が入りました」
「何か起こったのか? 読み上げよ」
「はっ! ヤブミ少将、いつまで待たせるのか!? さっさと来い! 発、エルナンデス准将、以上です」
なんだ、反抗期真っ盛りの戦隊長か。元気がいいのはいいことだが、独断専行でワームホール帯の向こう側に勝手に突っ込んだりしないか心配だ。いや、そういえば前回似たような状況の時は、むしろ突入に反対していたな。その心配は無用か。
それにしても、地球001に戻ってきてからも戦いから逃れられないことになろうとは想像すらしなかった。いや、それを言えばこのところ立て続けに二度、死にかけた。それどころか、僕が艦隊指揮官になってからというもの、常に想定外な出来事ばかり起きている。言い出したら、きりがない。
それから半日後には、すべての艦艇があのワームホール帯の前に集結する。その間、エルナンデス准将から2、3度、反抗的な通信が入った程度で、実に静かなものだ。あの白い艦隊が1万、そして謎の砲撃があったとは思えない。
「全艦集結、発進準備、整いました、にゃん!」
アマラ兵曹長の報告を受けて、僕はついに発令する。
「全艦、戦闘準備! エルナンデス隊を先頭に、順次突入せよ!」
僕の発令と同時に、この謎のワームホール帯への突入が始まる。まずはエルナンデス隊200隻、次いでメルシエ隊、ワン隊、カンピオーニ隊、最後尾にはステアーズ隊と続く。我が旗艦オオスはワン隊の最後尾にて、この未知のワープ航路にはいりこむ。
てっきり、すぐに会敵があるかと踏んでいたが、反応はなし。拍子抜けしたと思われるエルナンデス准将から、通信が入る。
『なんだ、敵なんていないじゃないか! 我らに恐れをなして逃げ出したか!?』
エルナンデス准将がこう言うのを聞いて、僕は思わず頭を抱える。
「あちゃー……」
「カズキ殿、いかがした?」
そんな僕を、隣で怪訝な顔で見上げるマツがいる。僕は答える。
「戦場で、言ってはいけない言葉があるんだ。油断、思い上がり、そういう類の言葉を発すると、たいていは痛い目にあう。それを、死亡フラグというんだよ」
「死亡……フラグ?」
「想定を上回る攻勢が、くるかも知れないな」
そう僕はマツに告げると、思わずマツを抱き寄せる。驚くマツだが、すぐに意を察して、僕の軍服の裾をギュッと握る。
「なんだよ、おい。リーナ姐様と魔女を差し置いて、キモノ野郎にゾッコンかよ。ブイヤベースの分際で、なに発情してやがんだ?」
そんな姿を見て品のない揶揄をするのは、ミレイラだ。すぐ後ろにはリーナもいる。が、リーナは僕の意図を悟っているからか、険しい顔でモニターを睨みつつ、こう呟く。
「カズキ殿よ、やはりレーダーとやらは何も捉えておらぬようだな」
「そうだ。なればこそ、我が艦にいる異能集団に頼るしかない」
今度もまた、あらぬ方向から砲撃を喰らうかも知れない。敵がいるはずの宙域で、何も見えないからこそ感じる不安と恐怖。ちょうど今、それが絶頂を迎える。
マツの左腕に巻かれた、あれが頼みだ。艦隊の命運を左右するマツの動きを漏らすまいと、こうして人目もはばからず抱き寄せている。
が、先に反応したのは、意外にもダニエラだった。
「前方に、何か見えますわ! 大きなもの!」
もちろん、レーダーサイトには何も映ってはいない。が、ダニエラの「神の目」が何かを捉えたらしい。すぐにダニエラとペアを組むタナベ大尉が、指向性レーダーを作動させる。
「レーダーに感! 0時方向、距離23万キロ、大型戦艦クラス!」
「戦艦クラスって……一隻か?」
「はっ! 全長4000メートル級の船体を捉えました!」
「光学観測! 艦色視認、白色!」
突如現れた大型艦。しかも、船体は白色。間違いなくそれは、コードネーム「ウラヌス」の船だ。
「武装などは確認できるか?」
「はっ! 先端部に大型砲らしきものが二門! 4、50メートル口径と推定されます!」
さらにその船に、大型砲の存在が確認された。状況から判断して、あれが不意打ちを仕掛けた張本人だろう。それを聞いた僕は、下令する。
「直ちに戦闘配置! 全艦、迎撃態勢に移行!」
「はっ! 全艦、迎撃態勢に移行!」
この広い艦橋内に、サイレンがけたたましく鳴り響く。いつもならば事前に通信を打って停戦を促すところだが、今回はしない。どうせいつも無視されているうえに、ここは地球001とはワームホール帯一つでつながる場所。そこにいる得体の知れない相手で、しかもこちらに不意打ちを仕掛けたとなれば、問答無用で攻撃するしかないだろう。
「敵艦、反転! こちらに砲口を向けつつあります!」
「まさか、砲撃するつもりか?」
ここで、その大型艦に動きがある。その動きからも、意図は明らかだ。
我々を、攻撃しようとしている。
「全艦、砲撃開始!」
このまま、攻撃などさせるつもりはない。それゆえに僕は、攻撃命令を出す。相手が装填し終える前に叩く。そのつもりだった。
全艦が一斉に、砲撃を加える。が、想定外の事態が起きる。
「提督! こちらの攻撃が、全く効いておりません!」
「なんだと!?」
ヴァルモーテン少佐が報告する。が、その報告が信じられない。大型艦とは言え、4000メートル級が一隻、こちらは最新鋭の一千隻からの一斉砲撃だぞ。負ける要素など、どこにも見当たらない。
「ちょっと待て少佐、今、どういう状況だ!?」
「はっ! まさに『アルゴー船』と同じ状況です!」
ヴァルモーテン少佐のこの言葉に、僕は嫌な記憶が呼び起こされる。アルゴー船とはかつて地球001星域内、木星軌道上まで曳航され、暴走したあの古代船のことだ。
あの時も一千隻の砲撃が、まるで通用しなかった。今回もそれと同じ状況だと、少佐はそう告げる。
「まさか……我々の砲撃を跳ね返しているのか?」
「その通りです、提督。一千隻の高エネルギービームを、まるでカラオケ屋のミラーボールみたく跳ね返しております」
らしくない例えで答える少佐が、モニターを指差す。その先には、一千もの艦から放たれる閃光を、いとも容易く四方八方に弾き返す様子が映し出されている。肝心なその艦の姿は、眩い光に包まれて見えない。
やはり、アルゴー船だ。あの時の悪夢が、まさか再現されることになろうとは考えもしなかった。
そうだ、あの時たしか、あの不死身の船を撃退したはずだ。思い出せ、あの時のことを。
そんな僕の記憶を辿る暇すら与えまいと、事態は悪化する。